persona curtainCall








5

 朝起きて目が覚めると、ボロボロになったユーリとミアリヒが団子状態でルークと同じベッドに入り込んで眠っていた。流石に3人詰めはぎゅうぎゅうで苦しい。ベッドの上でも位置取りで争った形跡があり、ここでルークが退けば彼らが目覚めた時面白い事になりそうだとほくそ笑む。
 ふたり揃って抱き付いて絡まる腕からそーっと抜け出し、代わりにお互いの距離を近付けてやる。昨晩何時までやっていたのか、普段気配に敏感なユーリですら起き出さないとは余程だ。やはりこのふたりは基本気が合うのだろう。
 いい感じに抱き合わせれば、パッと見彼らが恋人同士だ。喋らず動かず黙っていれば、中々絵になるのではないだろうか。起きれば猛獣の縄張り争いよろしく激しい事になるだろうけれど。
 顔を上げて部屋の惨状と、外の破壊の爪痕を確認する。ああ、これは派手にやったものだ。昨日この宿屋に入る前に見えていた周辺の緑が綺麗さっぱり無くなっていた。剣士と僧侶の戦いで、ここまで激しい戦いをする方がある意味凄いというかなんというか。
 ルークは雑に身だしなみを整え階下に降りる。食堂になっている1階では昨夜の話題で持ちきりのようだ。破壊神同士の戦争だの天上人の侵略だのカンガルーの殴り合いだの……耳を澄まさなくても聞こえてくる。どうやらユーリとミアリヒは心ゆくまで戦ったらしい。人間の被害者が出なかったのは流石というか当然というか。

「おはようルーク。ねぇ、アレってやっぱりミアリヒとユーリのせいだよね?」
「あいつら以外いねーだろ」
「昨日すぐに寝るんじゃなかったよ……アンジュになんて言おう」
「まぁ、俺も面倒くさくなってさっさと寝たからな……。とりあえず今日は外の補修やって弁償する分はあいつらに体で払わせればいいんじゃねーの」

 流石に黙ってこの場を去る訳にもいかない。現在ギルド・アドリビトムはディセンダー有する世界を救ったギルドとして名声がやたらと高い事になっている。依頼に行った先で破壊活動をしてそのまま帰還するというのは評判的にも色々まずいだろう。個人的にはさっさと帰りたい所だが、一応原因の中心である自覚はあるし、フォローもせず帰ってアンジュにどんなお仕置きをされるか分からないのが怖い。
 はぁ、と仕方なくの溜息を吐けば、隣に座ったカノンノからじーっと見つめられて視線が妙に痛いのはなんだろうか。昨日の今日で少々照れくさくもある、ルークはジト目でなんだよと見返した。

「ミアリヒ達の為にフォローしてくれるんだね」
「いやあいつらの為って言うか自分の為だからな! てかフォローっていうより俺に被害が来るのを避ける為にだなぁ」
「でも前のルークだったらひとりで先に帰ってたよ」
「どんだけ前の時の事言ってんだっつーの……」

 変わったな、と自分でも思って他人にも言われるとなんだか気まずい。変化が訪れたのは何時だろう? 修行の旅に出た時、アドリビトムに来た時、ユーリを好きになった時、ミアリヒが告白してきた時、それとも……。
 別れ目が多過ぎてよく分からない。とりあえずそんな事を真剣に考えても大して意味は無いな、とだけ思った。ひとまず今日の所は、グースカ上で寝ているふたりが起きて一緒に外の修繕をしてからだ。ミアリヒはともかくユーリがどんな言い訳をするのか、少々楽しみでもある。

「うわ、なんだ? どこからか豚の発情期みたいな叫び声が!」
「おいなんだか揺れてねぇか? まさか地震?」

 どうやらタイミング良く揃って目覚めたようだ。響き渡る形容しがたい叫び声に周囲の人間はどよめきを上げ、ドスドスと揺れ天井から落ちる埃に不安がっている。隣のカノンノを見れば小さく笑い、それから立ち上がって2階へ消えていく。
 今度は宿屋を破壊しないだろうな……と呆れ、ルークも後を追う事にした。ふたり共自分が好きなのではなく、喧嘩が好きなんじゃないだろうか。似た者同士で本当に困った奴らである。しかし、そんな騒がしい彼らを好きなのだから、自分も大概だなとルークは今更ながら自覚した。

 結局船に戻ったのは夕方過ぎ。幸いな事に建物自体はあまり破損は無く、殆どが自然破壊だったようで木々の植え替えだけで済んだ事もあり予想よりも早く帰れる事になった。とばっちりを食らった建物の修繕は、手馴れているのかユーリがやればあっという間に終わってしまう。やはり少々落ち込んでいるらしく、おやつに出たケーキのおかわりに手を付けなかった。ミアリヒの方はと言えば、カノンノに怒られたらしくしょんぼりという空気を背負っているのでからかい難い。
 いい加減きっちりと片を付けなければいけないのはこちらも同じようだ。残念だが一生何時迄もこの船に乗っていられる訳でもないのだから。
 笑顔が怖いアンジュに報告して、お仕置きにエントランスでの正座2時間が終わってようやく開放された後は時間もとっぷりと夜になっている。痺れる足で部屋に戻れば気力も尽きて、どすんとベッドに顔からダイブだ。上から降ってくるお疲れ様、という労りの言葉も笑いながらではいまいちそう思えない。

「チキンサンド用意しておいたけど食べるか?」
「食うっ!」

 相変わらず用意の良い兄貴分のお手製をもぐもぐと食べ終える頃には足の痺れは取れたが、今度は全身の疲れがドッとやってくる。なんだかんだと今日はよく動いたものだ。土を触るなんて以前は絶対に嫌だったのに、慣れてしまえば案外なんという事もない。そういえば昔はペールに教えてもらって花の植え替えを手伝っていたような幼い記憶があるようなないような。
 変化した事や覚えた事は多いが、忘れてしまった事も多い。子供のルーク・フォン・ファブレは、今沢山の事を覚えている最中なのだろう。大量の記憶に押し込まれて、ルミナシアに落ちた事を忘れてしまったりするのだろうか。それは嫌だな、とふと思った。

「今日は疲れたからもう寝るわ」
「あれ、日記は書かなくてもいいのか?」
「明日まとめて書くからいいんだよ」

 書かなかったのは昨日の夢の中。だから今日は、行かなくては。ルークは重くなってくる瞼を我慢し、夢の実をぱくりと飲んでベッドに沈み込む。
 逃げる為に行くんじゃない、会う為に行くんだ。紙と文字を通してでも、やっぱり彼らに会いたい。日記の返事はどうなっているのか、まだあの庭園は自分を受け入れてくれるのか。考え始めれば不安ばかりが浮かんでしまうけれど、でもやっぱり。自分を受け入れてくれるのは自分だ。それを僅かに期待してルークは眠りに就いた。


「あ……」
「よう、今日は来たんだな」

 降り立ったのは芝生の上でもなく断崖絶壁でもない、日記を置いている休憩所。何時もは少し離れた所から始まるのに、今日は既に目の前だ。そして今まで誰も待っていなかった椅子には初めての待ち人が。朱い短髪、碧の瞳。服は以前落ちてきた時に着ていた物とは違い、ごく普通のシャツとズボンだった。
 ルーク・フォン・ファブレ。顔も名前も同じ、見た目の違いは髪の長さだけ。アッシュよりもそっくりで、コピーでもしたんじゃないかとからかわれた事を思い出す。自分はその時怒ったけれど、彼は……どんな顔をしていたのか覚えていない。オールドラントの、もうひとりの自分が休憩所の椅子に座ってルークを待っていた。
 不思議な感触、不思議な気分。ここは間違いなく自分の夢だし、連日見ていた夢の庭園だ。そこに彼が、ルークが待ってくれていた事に膨れ上がる喜びがあった。言葉にはしないけれど、物凄く嬉しい。思わず反応が固まって、何をどう言っていいのやらあわあわとみっともなく手を振る。

「何変な踊り踊ってんだよ。とりあえず座れば?」
「お、お、おま……お前、なんでここに居るんだ!?」
「なんでって、お前を待ってたんだろ。日記にあんな事書いておいていきなり返事無しとかちょっと自分勝手過ぎじゃないのか、チビが気にしてたぞ」
「あんなの……ただの、夢の中の話だろ?」
「ここはお前だけの夢じゃないって、もう分かってるんだろ? だからお前だって戻ってきたんだ」
「俺だけの夢じゃ、ない? もしかしてお前も夢の実を食べてここに来たのか」
「夢の実ってのを食べてる訳じゃないけどな。俺もチビの方も、夢を見てここに来てる」
「……本当、に? お前は本物のルークなのか? この日記も……一体どうなってんだよ」

 自分ひとりだけが出演者ならば、夢の幻だと無理やり忘れる事も出来た。けれどルークはこれを幻にしたくなくて、忘れたくなくて、また会いたくて。違うと言われるのが怖くて疑ってきた。
 もしこの場所が夢ではなく、ルークという存在を繋げる空間なのだとすれば、今まで呼ばれなかった自分は傷付く。でも、それを乗り越えても再会の期待が勝つ。ルークは自分の頬を抓るが痛くない。しかし触っている、という感覚はした。不思議で、この夢がどんな状態にあるのかさっぱりだ。
 手招きをするので呼ばれ、大人しく隣に座る。目線で高さを見てみれば1ミリも違わず同じ高さ。体付きもシャツの上からではあるが、おそらく自分と同じなのだろう。いやしかし、以前バンエルティア号に落ちてきた時は若干オールドラントのルークの方が筋肉が付いていたはず。服まで同じだったので、その分腹の筋肉の違いが目に付いたので覚えている。今はむしろ落ちているような気がした。
 じっと顔を正面から、見れば見る程鏡写しのよう。これは髪の長さを揃えればガイだって騙せるかもしれない。だがふと気が付く。自分の髪は伸びた毛先の色素が落ち、金髪になるのだが……オールドラントのルークにはそれが無い。勿論短くしているからとは思うが、それでも前髪や後れ毛の先っぽは以前見た時薄っすら色が透けていたと思ったのに。今は綺麗に全てが朱色だ。
 ルークは改めて彼を見る。表情が少し穏やかかもしれない。雰囲気も前のように生き急いだ感じが無く物静か。日記で青文字を導いていた文章通りの人物像に見えてくる。なんだかよく分からないが、以前会った時と圧倒的に違う気がした。
 思い出したのだが、そういえばミアリヒがルークは一度死んだとか言っていたのだった。まさかここは夢ではなく、あの世だったとか?

「なぁお前ってマジで死んだのか?」
「勝手に殺すなよ失礼な奴だなー。色々あったけど今はちゃんとオールドラントで生きてるぞ」
「そっか良かった……。か、勘違いすんなよ俺が死んだなんて縁起が悪いから気になってただけで、お前の心配なんかこれっぽっちもしてねーからな!?」
「うーんなんか、自分相手に言われるのってすっげー微妙だな……。まぁとにかくさ、お前今何か悩み事あるんだろ? 聞いてやるから全部言ってみろよ」
「は、はあっ!? なんでお前そんな……っ」

 まるで全てお見通しだ、と言わんばかりにニヤリ意地悪そうに笑う。自分の顔で言われているのに他人に見えるなんて、奇妙に混乱してルークはドギマギ焦った。確かに元々会いたいと思っていたし、会えたら自分の悩みを聞いてもらいたいと思っていた。だがそれは彼が自分と同じ、迷って困っているからだと思っていたから。言い方は悪いが同じ立ち位置同じランクだからこそ弱音を言い合いたい、と。
 だが日記を読み、ここに座って待っていたオールドラントの彼は自分よりも随分と余裕に見えてしょうがない。これはなんというか、自分と同じというよりグラニデのルークに近いんじゃないか。彼も彼で、似ているようで微妙に格差を感じたのだが……それと同じ気配だ。
 自分が格下のようで、正直ムッとする。ああしたいこうしたいと思っていた期待に背を向けてルークは反発した。

「なんか、自分は分かってますって態度がすげームカツク。お前ほんとに俺か?」
「俺はルークだけど、お前じゃないって。でもさ、俺達って違うけどやっぱり同じで繋がってるんだよな。いい加減分かってるだろ?」
「どっちだよ意味分かんねー!」
「魂は違うし命も違う、世界だって違うし容れ物すらちゃんと違うんだ。でも俺達、ルーク・フォン・ファブレだろ。アッシュとは違うどこかが絶対繋がってる。俺はずっと感じてきたよ。お前は? お前の方が俺達の事忘れてたんじゃないのか」
「そ、それは……」

 正直言うと図星だった。ルークがオールドラントの彼らを恋しく思ったのは、悩み始めた最近。吐き出し相手を探してようやくの事だ。それまでは毎日が楽しくて満足で新鮮で、薄情にも忘れていたと言ってもいい。
 なんと身勝手な都合だと自分に突き付けられる。オールドラントのルークの瞳は真面目にまっすぐで、どこか責める色合いに見えて怖い。もしかして、怒っているのだろうか。ルークは我慢出来ずに顔を逸らしてしまった。

「まぁ忘れてたって事はそんだけ充実した毎日送ってたんだろ? 別に怒ってないって、それはそれでいいじゃないか。俺はむしろ嬉しいよ」
「……なんか、お前余裕面でむかつく」
「今のお前よりかはそりゃあ余裕だし。助けてオーラ思いっきり飛ばしまくってただろ、そーいうのも分かるんだぜ」
「んなモン出してねぇ適当な事言うなっつーの!」
「分かるんだって。俺達だぜ? 自分に遠慮とか恥ずかしがってどーすんだよ、聞いてやるから言ってみろって。それとも俺が当ててやろうか? どうせアッシュと喧嘩したんだろ!」
「あのなーそんないっつも喧嘩してねーよ! あっちが勝手に怒鳴ってくんの!」
「まぁアッシュだからなー。怒るのにも種類あるから、見極めれば案外扱い安いぜ」
「お前ん所はアッシュと仲良い……のか?」
「うーん切っても切れないっていうかなんというか。出会った時よりは普通に話せるようになったよ」
「出会った時って、双子だろ?」
「こっちはちょっと違うからさ」
「マジかよ」

 生まれた時から今日までアッシュとはずっと双子でこれからも双子だと思っているので、他人から始まるというものが理解不能域だ。というか他人同士だった場合、アッシュがルークを嫌って近付かない気がする。オールドラントという世界は、ルミナシアのルークにとって随分不思議な世界のようだ。
 同一人物で他人。ルークは高さが同じ頭のてっぺんを見て、ふよふよ遊ぶ毛先を見た。散々望んでいた自分が目の前にいる。庭園や日記の仕組みはよく分からないが、ここは自分達ルーク・フォン・ファブレの為だけの場所らしい。そしてルークが、自分の為に待っていてくれたと。
 ぎゅっと拳を握り、ルークは意を決して今まで溜め込んでいた胸の内を吐き出す事にした。

「あ、あのよぉ……お前は、お前ってそっちで、オールドラントで恋人、とか…付き合ってる奴とか、いたりする、か?」
「は? え、いきなり何の話だ?」
「いいから答えろよっ自分同士なんだろ!」
「う〜ん、恋人というか……通り過ぎちまって家族みたいになったというか。まぁいるかいないかで言ったら、いるかな。そっちは確か黒くて長髪の、ユーリだったっけ、そいつと恋人なんだよな」
「う、あっ…いやその、うん、まぁ……。そ、そうなんだけど」
「自分相手に照れるなよ」
「うるせー馬鹿! だ、だからその、そいつだ、だな」
「あ、もしかして男同士だからどうしようって話か?」
「そこらへんは良いんだよ結論出してるから。そんなんじゃなくてだな、つ、つまり……」
「なんだよハッキリしないな。どんな事でも大丈夫だって、俺が自分の事で笑うワケないし気持ち悪いなんて思うはずないだろ? もっと自分を信じてみろよ」

 もごもごと言い難くて、あんなに悩んだ内容でも上手く言葉に出来ない。それは気まずさもあるし恥ずかしさもある。いくら自分相手でも、頭の中で考えるだけと言葉に出して伝えるのでは必要な度胸が違うのだ。しかしこの機会を逃せば他は無いに決まっている。こんな話、自分以外の誰が真剣に聞いてくれると言うのか。
 ルークは精一杯の勇気を出し、縋る気持ちで全てを吐き出した。

「……さっ」
「さ?」
「触って、くるんだ、……よっ」
「……触って? え、何を?」
「だから、ふたりきりの時とか、何時もと空気ちげーなって時あんだろ? ふわーっとしてぽわーっとした感じがよぉ。そんでそーいう時にその、ユーリが、……触ってくるんだ」
「はぁ?」
「か、髪とか、腰とか、足とか……は、腹とかっ!」
「……はぁ」

 恥ずかしく恥ずかして死にそうな程恥ずかしくて誰にも言えなかった内容は、一度口に出してしまえば堰を切ったように溢れだしてくる。頬が熱くなるのを自覚しながらルークはぶちまけた。出せば出す程、聞いている相手の瞳が死んだ魚のようになっていく事に気が付くなんて気遣いは残念ながら持ち合わせが無い。

「何時の間にか服とか脱がされてたりして俺全然気が付かなくってよあいつ剣士じゃなくて手品師かなんかじゃねーかと思ってるんだよなだって菓子作ってる時とかあっという間に粉からケーキになってるんだぜすげーよな。俺だって別に触られるのが嫌ってわけじゃねーんだむしろ気持ち良くってこのまま身を任せたいなって思うんだけどほらやっぱなんつーか恥ずかしいだろバンエルティア号には他の奴らだって乗ってんのに壁一枚隔てりゃティアとかクレス達がいるかと思うともー駄目でさ。だからって宿屋にふたりで泊まった時とかあん時は本気でどーしようかと思ったんだよだってわざわざその為に外泊だぜ? いやそりゃ勿論依頼で外に出たは出たんだけど泊まる必要は無かったから絶対その為なんだろーなって思ってたんだけどさ。でも結局その日もペタペタ触るだけだったんだけどユーリはもっとしたそうな感じなのを俺が寝たフリして誤魔化したんだよな。それ以来どっか行くかって誘われてもまた寝たフリしなきゃなんねーのかでも次あんな風にされたらぜってー無視できねーだろうし俺はもーどうしたらいいのかずっと悩んでてよぉ……! おい聞いてんのか? なんでも言ってみろって言ったのはお前なんだからちゃんと聞いてろよな!」
「知らねーよこの色ボケ野郎っ!」
「へぶらっ!?」

 突然の顔面パンチにルークは夢の中で豪快に吹っ飛んだ。アッシュでさえ直接手を出して来る事は無いので、こんな真正面から殴られたのは何気に初めての体験である。後ろは壁なのでゴン! と鈍く硬い音は響くが痛みは感じない。ここは夢の中だから大丈夫とはいえ、現実ならば中々に危険だ。
 痛みは無いが殴られたという衝撃にルークは直ぐ様反撃する。自分に殴られたのだから自分が殴り返すのは当然の権利である。

「いてー…くはなかったけど何しやがるっ!」
「ここはあえて言うけど俺は悪くねぇ! 散々勿体ぶっといて色ボケかよ知るかよ! お前恵まれ過ぎなんだよ自覚しろよっ!?」
「だっ誰が色ボケだよちげーっての俺はちゃんと抵抗しようと思ってんだけどただ緊張して体が動かなくって気が付いたらなんかやばい所まで指が伸びてるだけであってだなぁ! 流石にぱんつの中は早過ぎるから止めろって言ってるんだけどあいつ全然聞かねーし声やべーしでもーどーしたらいいか!」
「うるっせぇ俺のそんな情事事情知りたくもねーよそれが色ボケって言ってんの! 馬鹿らしい心配して損したじゃねーかそんなモン子供じゃないんだからさっさとヤればいいだろ? まさかやり方が分からないんですってカマトトみたいな事言ったら俺はこの場でロスフォンするぞ!」
「馬鹿野郎ヤリ方はちゃんとジェイドに聞いたっつーの! そうじゃなくて! まだナタリアの婚約解消してねーのにそんな事出来る訳ねーだろ!」
「ジェイドに聞いたのか!? それはちょっと……って、え? ナタリア? なんでナタリアが出てくるんだ?」

 騒がしい怒号に共鳴してざわついていた木々は途端に止み、先程までの熱気を忘れたかのようにしーんと静まり返る。
 何をどう勘違いしたのか、オールドラントのルークは突然出てきたナタリアの名前に目を丸くして驚き、マヌケな表情を晒したまま。自分の顔を客観的に見るのは初めてだが、これはちょっとアッシュが注意するのも分かるくらいには馬鹿面だな、とルークは思った。
 それから、ユーリとの触れ合いから端を発した、自分と周囲の将来に関わるが故に答えが出ないままの悩みをようやく口にする。

「俺の継承権一位は無くなったけど、ナタリアとの婚約関係はまだそのままなんだよ。本国に帰ってアッシュが王になるって言えば自動的に移りそうだけど、あいつは俺を教育するまでは帰らないとか言ってやがるし」
「ええ、ちょっと待ってくれよ。ナタリアと結婚する奴が王じゃないのか? アッシュとナタリアは好き同士なんだよな?」
「そうだけど、なんかあいつら自分からは言わねーんだよ。多分俺が辞退して国出れば結婚して後継ぐんじゃねーのかな」
「ええ〜アッシュはともかくナタリアはもっとこう、グイグイいきそうなんだけど」
「ナタリアとの付き合いは俺達長いから……どっちと結婚しても良いって考えてるんじゃねーの。流石に直接聞いた事ないけど」
「聞けよそこは大事な所だろ!?」
「だって直接じゃないけど聞いてみたら両方大事ですみたいな事言われたんだからしょーがねーだろ!?」
「あーそっかこっちだとお前ら双子で最初から両方居るもんな。でもなーそーかうーん……ナタリアなら言いそうだなぁ」
「ナタリアには俺とユーリが好きで付き合ってる事はもう言ってる。けどよ、やっぱりナタリアは俺にとっても……家族みたいに大事、だから、宙ぶらりんでしたくないっつーか、ちゃんと婚約解消してからユーリとはそういう関係になりてーんだよ」
「え、あーうーん、まぁそうだな、うん。……意外と硬いというかちゃんとしてんだなお前。殴ったりして悪かった」
「てかそれが筋ってモンだろ。あと色ボケって言ったのも謝れよな」
「いやそれは謝らねぇ」
「なんでだよ!」

 ナタリアと婚姻関係を結んだのはルークが幼い、お互いの顔も知らない頃だ。ファブレ家の血筋は王家とも近く、ライマの古いしきたりに沿った赤い髪と緑の瞳という容姿において、産まれた時点でほぼ確定されていた。そして双子ながらも先に産まれたとされたルークが、次代の王だという事も随分昔に勝手に決められた事なのだ。
 小さな時からお前には未来の妻がいる、婚約者がいると言い聞かされて育ったルークにとって、ナタリアとの婚約はライマを継ぐという将来よりも重要だった。何せ未来の妻なのだから好きになるだろう、と思っていたけれど特にそんな気持ちにはならず、世話焼きの姉のようで。むしろアッシュとナタリアの距離が近付いていくのを見て、自分が好きになってはいけないと恋になる事すら禁忌になっていた。
 ナタリアの事は大切だ。アッシュだって大事なのだ。そのふたりに関する事で、ルークが頭を悩ませない訳がない。
 男のこちらから婚約解消を申し出ては今のライマではナタリアの恥として噂されるだろう。彼女はただでさえ活発に動きすぎて一部の貴族からは煙たがられている。下手に攻撃する隙を与えるなんて出来ない。だがあちらから解消を申し渡すには理由が足りなさ過ぎた。
 第一位継承権は無くなったが、アッシュがルークを蹴落とさなければどちらにも平等に権利はある。能力として優秀なのは当然アッシュだが、彼もその能力故に一部上層からは嫌われている事を知っていた。むしろ操り易いルークを祭り上げようという動きすらある、とジェイドが教えてくれたのだ。
 世界を救ったと名高いギルド・アドリビトムに所属している事もあって、ルークが王でいいじゃないかという声は日に日に高くなっている。アッシュとナタリアが動くのを待っていては外堀から固められて、言い出せなくなるかもしれない。もしそうなれば、ふたりは自分の気持ちよりも民の為に、と口を閉ざすだろう。だからルークとしては出来るだけ早く婚約解消を実行したいのだ。
 だが肝心の理由が無い。自分が辞退するとして、ナタリアの恥にならないような理由が思いつかなかった。王になりたくないから、単に気に入らないから、なんて論外。他に好きな奴がいるからと素直に言っても、では側室に置けば良いと言われそうで恐ろしい。ユーリが側室だなんて、似合いすぎて絶対に断られるだろう。元々貴族嫌いな彼ならば、離れていても心は繋がっているなんて言って去りそうである。今のルークにとって、彼と離れるのはナタリアを辱めたくないと思うのと同等には嫌なのでこれもまた困った問題だ。
 何か、現王や大臣、出来れば両親も納得して、アッシュとナタリアに泥が被らなくて、ユーリとは離れなくて良い、そんな都合の良い理由はないだろうか。ずっと、ずっと考えている。考え過ぎて他の事に手が付かないし、イライラしてピリピリしていた。
 悩んでいる事を察して、癒やすように触れてくるユーリの指先はとても優しい。優し過ぎて溺れたくなるけれど、この問題が片付かない間はどうしてもナタリアの悲しむ顔が浮かんでくる。
 悩んで困って誰かに相談したかった。ガイに相談したとして、彼はルークの行く先に行くと言い切るだろう。少なくとも反対はしないだろうけれど、ユーリと離れたくないと口にすればユーリの安全が保証しかねないので大変に言いにくい。
 他はライマ国軍人、クレスとロイドは国の事を言ってもピンとこないだろうし、同じ王族であるウッドロウやエステルに言うにはやはり恥ずかしくて躊躇する。
 だからルークは、自分と同じ悩みを持つ者を探していた。恥ずかしくてでも切実な、励ますだけでなく具体的な案を出してくれるような救世主を待っていたのだ。都合の良い事に、それまで忘れていたオールドラントのルークを思い出したのは、同じ名前同じ姿だから。もしかして遠い世界の自分も、同じような事で困っているのかもしれない……そんな風に期待していた。
 けれど日記から見える彼らは、ルークのような恥ずかしい悩みも深刻な様子も無く、人生を問題なく謳歌しているように見えて羨んだ。勝手に期待したくせに勝手に裏切られたとショックを受ける、随分な身勝手。だって彼ら以外にもうルークは頼れる先を思いつかなかったのだ。
 そもそも、新たな発想や機転、人生経験がルークには圧倒的に足りない。無いものを出せと言われても無いのだから、どうしようもなかった。

「大体さ、俺国を出るつってもその後どうすりゃいいのか全然想像が付かねーんだよな。だって基本なんもしねーから何かしろって言われてもわっかんねーんだよ。イリアやルーティみたいに金貯める目的もないし、アニーやルカみたいに将来なりたいものとかもねーし。でもそんなのそのまま言ったって誰も説得できねーだろ?」
「そうだなぁ、父上は怒るだろうし母上はぶっ倒れるかもしれないな」
「んな事言われたら余計言えねーじゃねーか! 俺ユーリの事もちゃんと紹介する予定なんだぞ!」
「ううう〜ん、それはなんていうか……。今まで継承者として育ててもらっておいて、向いてないから辞めたいけど将来は特に決まってなくてでも男の恋人は紹介するのかぁ」
「整頓すんなよ考えないようにしてたのに!」

 言葉で聞きたくない事実を耳に入れないように、ルークは両手で耳を塞いであーあーと叫び首を振る。恐る恐る目をちらりと開けば、自分と同じ顔をしたルークが苦笑していた。
 オールドラントのルークはどうにも、他のみんなには気を遣っているのに同じルークに対してだけ妙に強気だ。自分相手に…と言ったのは本人だからそのつもりなのだろうけれど、でも少々上から目線過ぎる気がしなくもない。それが彼の旅を経ての自信だというのならば反論出来ないのだが、でも腹が立つものは立つ。グラニデのルークも余裕があって大物感があったが、こんなに高圧的ではなかったのに。
 なんとか反撃したいルークだが、今相談をしているのは自分で聞いてもらっているのはあちらだ。悔しいが全く弱点が分からない。ここが夢ではなく現実世界ならば、直接乗り込んでやるというのに。
 思考がズレていく最中、オールドラントのルークが真面目な顔で考え、ぽつりと口にした。

「あのさ、外交官ってどうだ?」
「へ? 外交官? 何の話だ?」
「だから、継承権を降りて国を出る理由。ほらお前今ギルドってのに所属してるんだろ? そこで各国との繋がりの重要さを感じて自分の国にも外の繋がりを持ちたくなった〜とか言えば、すっごく格好付かないか?」
「え、え? そもそも外交官って何すんだ? てかいるの?」
「簡単に言えば国と国を繋げる代表みたいな奴の事だから結構重要職だぜ? 色んな所に行けるし王になるアッシュ達の手伝いも出来るし、一石二鳥!」
「マジで、そりゃすげーな。俺にも出来るか?」
「出来るかどうかじゃなくって、やってみればいいんだよ。ルークはひとりじゃないだろ?」
「そりゃそうだけど……でも俺の都合で降りるのに、手ぇ貸してくれっかな」
「縁ってさ、案外色んな所で繋がってるもんなんだぜ。俺今はアルビオールに乗って運び屋やってるんだ、世界中色んな場所飛び回ってさ。旅の間に色んな場所に行ったと思ってたけど、気付かなかった景色っていっぱいあって、今はそれを楽しんでる」
「アルビオールって何だ? 運び屋って、やばい商売してんじゃねーだろうな」
「バンエルティア号の少人数版みたいなものかな。仕事先は色々受けてるけど、半分くらいは国からだから大丈夫だって。これも旅の間で培った縁なんだけど」
「ふーん、外交官、かぁ……。まぁお前が出来てるんなら俺だって出来ねーとおかしいよな」
「言うなぁ、この野郎」

 小国で周囲の国ともあまり外交が無かったライマでは、外交官という立場はあまり高くない。だがラザリスからの侵略を経て、世界の協力が必要だと叫ばれるようになった昨今、需要が高まると予想がされている。ルークはあまり詳しくないが、ジェイドかそれこそウッドロウに聞けば教えてくれそうだ。
 世界中を飛び回る、という言葉にもルークは揺れる。正直アドリビトムの生活は気に入っていて、国の問題が無ければずっとここに在籍していたいと思っていたくらいだった。何よりも、この場所にいればユーリやクレス達と離れないで済む。
 アッシュ達に面倒事を押し付けるような気がして二の足を踏んでいたが、自分が外交官として働く事が彼らの利益になると言うのならば何よりじゃないか。成功者の言葉としては少々頼りないが、オールドラントのルークの推しは随分とすんなり心に落ちた。
 今まで立ち止まっていたのが不満だと言わんばかりに、想像するだけで胸が踊る予感がする。誰かに世話してもらい何かしてもらうばかりなのはもう止めだ。今度は自分が、大切で大事な彼らの為に何かをしたい。そこにユーリが隣にいてくれてるのならば尚の事。
 夢の中へ逃げ込みたいと思っていた昨日を忘れんばかりに、途端ルークは早く目が覚めたくなった。やる事があるならば早い方が良い。まずジェイドに外交官の事を聞いて勉強し、国に帰って辞退し、それから……。そわそわと想像の翼を羽ばたせていると、覚えのある痛い視線が突き刺さる。置いてきぼりにしていた朱髪をそーっと見返せば、予想とは裏腹に嬉しそうな笑顔が咲いていた。

「なんだよ、ニヤニヤして気持ちわりーぞ」
「誰が気持ち悪いんだよ誰が。同じ顔って事忘れてないか」
「同じ顔だけどなーんかちげーし。そーいやお前がここにいるって事はチビの方も来れたりするのか?」
「いや、あいつは正確には違うけど、あれは俺の過去だから直接は会えないみたいだ。それになにより、チビは子供だから寝るのが早くてすれ違うんだよ……」
「あー納得。でもチビは俺の過去じゃねーし、寝るのが早いならその時間に合わせれば良いんだろ? 俺だけでも会えたりしねーの」
「それは無理だな」

 オールドラントのルークには会えたのだから、折角ならば子供の方にも会いたい。前の時は無視してしまった分を取り戻したいという気持ちと、正真正銘年下の弟というものを可愛がってみたいという企みだ。
 だがそんなルークの淡い期待は、バッサリと冷たく切り捨てられる。先程まで穏やかだった相手の表情が突然哀しそうに染まり、ごめんな、と小さく呟いたのが風のざわめきに混ざった。
 空気が変わったのを肌で感じる。ふと顔を上げれば空に灰色のノイズが混ざり始めているではないか。周囲を見渡せば青々しかったはずの庭園は煤のように灰色がかり、輪郭が薄ぼんやりして形を保てなくなっている。
 まるで世界の崩壊。ルークはこの変わり様に驚き振り向く。

「この庭園はお互い会いたいって思わなきゃ呼べないみたいなんだ。俺達の混ざり合った繋がりでギリギリ成り立ってたらしくってさ。でも、お前は今自立に目覚めた。チビの方もさ、もうそろそろ自己が確立する頃だったから限界だったんだと思う」
「ちょっと待てよ何言ってんだ? こんなのただ俺が起きようとしてるだけだろ? 明日また夢の実を食べて寝ればお前に会えるんだよな? ……会えるって言えよ!」
「無理だって、何度も言ってるだろ? 俺達は別々の個人になったんだ、もうあやふやな境界線を誤魔化しきれない。でもさそれが普通なんだ。目が覚めてもお前の隣には大事な人が全員いるじゃないか。世界の違う俺に頼るより、そっちを頼ってやれって」
「……でも、そんな今日いきなりでなくってもいいじゃねーか! もっと後でも……!」
「何言ってんだ、むしろこの庭園が無くなるのは成長した証なんだからもっと喜べよな。大丈夫だって心配するなよ。世界は……何だかんだあるけど、結構優しいんだぜ」

 何かを深く想う言葉に、ルークはこれ以上追い縋る事が出来ない。でも、再会から別れまでが急展開過ぎる。もっと色々な事を話したい。もっと愚痴を言ったり言われたりしたい。もっと、もっと! だがやはり、それも口には出来なかった。目の前のルークが、自分と同じ顔をしているくせにもっとずっと大人の顔をして嬉しそうにしているから。独り立つ寂しさを誤魔化してでも、羽ばたく事を喜ばなければならないような気分にさせる。
 甘えていたのは自分だ、それは分かっている。ぎゅっと拳を握りルークは踏ん切りをつけた。

「ちくしょう、お前ってなんかすげー自分勝手でむかつく」
「そっちがそれを言うかぁ? お前こそな、もっと恵まれてるって自覚しろよな! アッシュに苦労かけんなよ?」
「うるせーばーかばーかアッシュばーか! アッシュはなーお前が言う程お前の事なんか気にしてねーぞばーか!」
「うっわピンポイントですっげーむかつく! 今のは結構傷付いたぞ!」
「勝手に傷付いてろよばーか! 俺はな、お前が羨ましくってヨダレ垂らすくらい超すげー奴になってやるからな! テメーを遥か上から見下ろしてやるんだからな!」
「はは、その意気だがんばれよー」
「そっの余裕気なのがムカツクって言ってんだよっテメー本気で! 覚えてろよ!?」

 絶対絶対忘れるなよ! そう強く叫ぶ。今度は自分だって忘れない、忘れてなんかやらない。ねちっこく死ぬまで覚えているつもりだ。自分がその予定なのだから、相手だって忘れるのは許されないのだ。今は夢の中でも、ハロルドの機械の修理が終わればもしかすると直接会いに行けるのかもしれないのだから。
 その時こそ、好きなだけ話して好きなだけ言い返してやる。ルークはそう決めて記憶に刻む。だが残酷な事に、世界に広がるノイズで自分達の体も掻き消える寸前、オールドラントのルークはとんでもない事実を口にした。

「悪いけどさ、この日記が消えれば俺達がここで会ったっていう記憶も消えちまうんだ」
「え……お前、なんて?」
「いや違うかな、夢になるんだ。正真正銘、ただの夢を見ていたって書き換わる。目が覚めればどんなに強烈な夢でもどんどん忘れちまうだろ? だって現実じゃない、夢なんだから。でもルークが決意した気持ちは残るから大丈夫だ」
「待てよ! 俺は忘れない、夢だからって誰が忘れてやるもんか! 絶対、ぜったいに……っ!」

 間際になんて事を言い出すのだ。ルークは腹が立って相手の腕を掴もうと手を伸ばすも、自分の腕はノイズにまみれて消えていた。体を見ればすでに殆どが無い状態で、意識が強く引っ張られるのを感じる。
 だがまだ行きたくない、去りたくない。まだ良いじゃないか、だってさっき会えたばかりなのに! 強い願いを叫んでも、まるでその強さと反発するかのようにルークの体は消えていく。緑溢れていた庭園も今では無くなり最早この休憩所だけが宙に浮いている。オールドラントのルークは悲しそうに微笑み、伸ばした先の何もない空間を握り締めてくれた。
 ルークは自分と同じ名前を大声で力の限り呼ぶ。しかし声すらもノイズが走り、視界すらも灰色が占領していく。このままでは起きてしまう。彼の言うように不思議な夢だったという事にして忘れてしまう。そんなのは嫌だ。
 自分の我儘な悩みと贅沢な想いを聞いてくれた、お礼だってしていないじゃないか。借りを貸したまま勝ち逃げするなんて絶対に許せる事じゃない。まだ自分は、ルークと話したいのに!

 こんなにも求めているのにまるで冷たくされて素気ない恋のよう。ルークのくせに大人ぶって導いた気になるなんて生意気だった。悔しいけれど、でも――
 目が覚めた朝、ルークが起きた時間は何時も通り。船内が騒がしくなった1時間後の事。迎えに来たユーリのブザーの音で、誰かから撫でられた気がして瞼を開けた。






  


inserted by FC2 system