persona curtainCall








6

「おいルークお前……すっげー顔してるぞ。どうしたそんな顰めっ面して。そんなに嫌な夢見たのか?」
「……あ゛ーー?」
「声も枯れてるし、大口開けて寝たのかよ。ほら、とりあえず水飲め」

 働かない頭をふらふらと揺らし、妙に眼の奥が痛いなと眉間を揉む。ユーリが注いだコップを受け取って飲み干せば多少なりとも起きた気になった。それでも何故か振り払えないモヤモヤとした眠気。放っておけばルークの瞼は勝手に下がっていき、ベッドの住人として帰りたくなる。

「おーい待て寝るな。もう朝だぜ、いい加減起きねーとお日様に笑われるぞ」
「んーーー、なんか、頭がハッキリしねぇ……」
「風邪か? ちょっと頭かしてみろ」

 ユーリの冷たい手が額に触れ熱を計る。が、寝起きを考慮しても大した事は無いようで、にっこり笑顔に頬を撫でられただけ。甘やかしてくれるかと思えば毛布をひっぺがされ豪快に床へゴロンッと落とされる。恋人なのだからもうちょっと優しく起こすのが普通なのでは? まさか昨日を根に持っているのだろうか。ルークはよろよろと立ち上がり優しくない恋人に無愛想に挨拶を返した。

「うー、もうちょっと優しく起こせよばかやろぉ」
「優しくしてたらルークは起きないのは学習済みだ。諦めて、ほら着替えて飯食いに行こうぜ。それともオレが着せてやろうか?」
「馬鹿にすんな、服くらい着れるっつーの!」

 子供を諭すように言う口調にカチンときて、ルークはパジャマをずぼらに脱いでガイがきちんと用意したのだろう着替えを手に取った。この私服はルークが着やすいようにデザインされた物で特注品だ。頭を引っ掛けたりなんてしないしボタンをかけ間違えたりもしない。最後に手袋をはめた時少々手こずったが、見事ひとりで身支度を終えてみせる。それまでずーっと見物していたのだろうか、笑いを堪えきれていないユーリを蹴りつけてさっさと部屋を出る事にした。

 エントランスに足を踏み入れると毎朝聞き慣れた声が早速響き渡る。彼女の声は大人しそうな見た目から反抗期なのか、結構に高く声だけ聞けばキャピキャピと女の子そのもの。勿論女性なのだが、日々彼女の暴走を見ていると別の何かのような可能性を見出してしまう。

「おはようございますルぅーーーーっク! 昨日は私のせいで一日潰してしまってすみませんでした……」
「ああ、別にいーって。てかお前らはちゃんと宿屋のおっさんに謝ったのかよ」
「それはもうバッチリです! アンジュ直伝の誠心誠意丹精真心が伝わる謝罪をそれはもうみっちりとやって、宿屋の旦那さんからもう二度と来るなと泣いて頼まれたくらいですから!」
「お前それ出禁にされるじゃねーか! どんな謝り方したんだよ……俺が帰る前は普通だったぞ」

 心当たりがあるはずの隣の紫黒をじろりと睨めば、オレは何もやっていないと首を振っている。ミアリヒは正直で全力過ぎるので、また何かやり過ぎて度を越したのだろう。先に帰らずちゃんと最後まで見ておけば良かった。とりあえず事実として悪評ならば、後でアンジュが直接出向くだろうからそれ程心配していない。ギルドマスターは管理も雑用も大変そうで、その苦労は如何程だろうか。まぁアンジュもディセンダーの名声を全力で利用しているので、お互い貸し借り無しで丁度良いのかもしれない。
 ルークの腕に絡んでこようとするミアリヒの手を、ユーリがばしりとはたき落とす。沈黙のまま鋭い睨み合いが始まり、今日も毎朝の恒例行事が始まろうとしていた。本当に毎朝毎朝飽きないものだ。ルークは無言でふたりから離れ、壁際で待っているカノンノに挨拶をした。

「おっす。あいつら駄目だな、全然反省してねーだろ」
「おはよう。そんな事ないよ、昨日本当にすっごく落ち込んでたんだから」
「今じゃ見る影もねーんだけど」
「それはその……反省して、次に活かすんだってさ」
「へー」

 その反省とやらは一体どんな反省なのやら。今目の前で、両名剣を鞘から抜いたのは反省ではないのだろうか。カノンノを見れば笑いながら呆れて応援している。奥のアンジュの完全無視スタイルはもはや堂に入っており声や破壊の音すら聞こえていないようだ。
 今日は腹が鳴る前に終わればいいな、とのんびり考えながらルークは壁に背中を預けて大きなあくびをした。目が覚めてからそれなりに時間が経っているのに中々意識がハッキリしない。今までに無い不思議な感覚で、まだ夢の中にいるように錯覚する。
 しかしどれだけ頭を捻っても見ていた夢がちっとも思い出せない。何か、すごく大事な夢だった気がするのに、昔見た夢を必死で思い出そうとしているようなあやふやさ。夢を見ない程に熟睡していたとか? いいやそんな事はない、ルークの中で確かに夢は見たと確信している。
 なのにそれが思い出せないでいる。歯の奥に食べカスが引っかかったような、なんとも焦れったく腹の奥がムカムカするようなじっとしていられない感覚は初めてだ。何かキッカケがあればそこから一気に掴めそうなのに、今はまるで霧の中を探っている無謀さ。
 ついにお馴染みの喧嘩が始まってエントランスホールには騒音が我が物顔で暴れまわっているのに、ルークの瞼はふー…っと重くなった。ゆっくり下ろして視界を真っ暗に。自分は今日、どんな夢を見ていたのだろう。自問自答しても返ってこない。
 たかが夢に馬鹿らしい。と笑う自分がいるが、でも確かに気にする自分もいる。諦めきれない何かが泣いていると思った時、ミアリヒの甲高い声が耳から代わりのように入ってきた。

「なんで私の予定したデートにユーリが来るんですか! わーたーしーがー! わたしがあのカフェテラスを予約したんです! ルークと一緒に美味しいスイーツを食べてデートしたいっていう乙女心が分からないんですか!? 邪魔しないでください!」
「馬鹿野郎あそこのカフェは2時間待ち必須でカフェテラス限定メニューのホットブルーベリーパイは予約瞬殺スイーツのひとつじゃねーか! オレだって随分前から狙ってるのに全然予約取れなくて涙を飲んでるのにお前はどうやって取ったんだよオレにも食わせろ!」
「そこで恋人だからという理由を使わないのが余裕ぶっていて超ムカつきます! 絶対に嫌です来ないでください! 私が女の子らしくルークとキャッキャッウフフする為に一生懸命考えて最適な場所を用意したんですからねぇぇぇっ!」
「オレにも限定スイーツ食わせろってんだよっ!」

 あのふたりは一体何を取り合いしているのか。ルークは馬鹿らしくなって頭を掻き、さっさと置いて今の内に食堂で朝食を済ませようかなと思い始めた。だがその瞬間、頭の中で閃光のように閃きが走る。ミアリヒから夢の実を貰い食べ、夢の庭園に導かれた記憶が――弾けた。

 夢の庭園の理屈はよく分からない。ただルークは救世主としての力を持つミアリヒや、世界を内包するラザリスの力の存在を知っている。だから自分が分からない原理だとしても、何か不思議な神のような力があるのだろう、と勝手に納得していた。
 それに日記だ。休憩所に置いていたオールドラントのふたりのルークが綴った内容。あの1ページ目は汚くて文字とも読めないただの線で、子供のルークが自分の名前を練習代わりに使っていたのだと勝手に予想していた。いや事実そうなのだろう。
 最初にあの汚い字があって、ようやく文字らしくなってきた頃に赤文字で、オールドラントのルークが書き込みをした。その後の交換日記だって、先にチビが書いてその後に赤文字で書かれていたからそう思っていたのだ。顔を合わせた時も、まるで第三者が用意した風に言うのでてっきり。
 オールドラントの神のような力が偶然を呼び、意図せずあの庭園を創りあげて、偶然縁の強い自分達が利用していたのがあの夢の庭園だとばかり思っていた。しかし違う。冴えた頭でルークは確信する。
 出会った事のあるルーク・フォン・ファブレ3人だけを選別なんて出来るものか。単純に同じ名前で近い魂を引っ張ってきたのならばもっと他の世界のルーク・フォン・ファブレも呼ばれなくてはおかしい。あの夢の庭園を用意した人物が選別していたのだろう。
 そしてそれは……オールドラントのルークだ。彼が一番最初に、会いたくてあの世界を用意したのだ。会いたいと想わなくては呼ばれない。彼は間違いなくそう自分の口で言った。誰よりもルークに会いたがったのは、彼だった。繋がりのある自分達に会いたくてあの場所を創りあげて用意し、会いたいと想うのを待っていたのだ。
 第一別れ際。突然の事実に驚きノイズに塗れて自分の体が消え去っていく中、あちらのルークの体には今思い出せばどこにもノイズなんて走っておらず消えてもいなかったじゃないか。あれこそ庭園の主という証。ルークが消えたあの後、何もない空間にひとりぽつんと佇む姿を想像して胸が痛くなった。
 この事実に気が付き、ルークはようやく全てを思い出して愕然とする。自分は婚約解消の事が無ければ彼らの事なんてすっかり忘れていて、自分がどうしようもなくなって初めて思い出した程度だったのに。都合良く、困った時に呼び出すような扱いで。自分の事ばかり、自分の事だけで精一杯だった。
 オールドラントのルークはずっとルークに会いたがっていたのに! 第三者が用意した奇跡に乗っかかったフリをして、本当は待っていたルーク。直接来れたのは庭園を作った張本人だから。ようやく望まれて呼ばれて、会えて、話を聞いて、笑わずに背中を押してくれた。
 そして頼りきってしまわないように、あの世界を本当の夢にしてしまったのだ。自分で世界を創ってしまう程待っていてくれたのに、邪魔になってはいけないからと。
 本当に、本当に本当に本当に――ルーク・フォン・ファブレという人間は大馬鹿者だ。ルークは煮え立つ腸の熱を隠さず、怒りのまま吐き出して叫んだ。

「なんでもっと早く言わねーんだよばっか野郎! あいつマジぶん殴ってやる!」
「えっ!? いきなりどうしたのルーク?」

 突然の怒声にカノンノがビクリと驚き、それに反応した喧嘩真っ最中のふたりも目を丸くしている。だがそんな視線達を無視してルークは駆け出し、すぐ隣の科学部屋に入った。朝を少し過ぎて動き出している研究者達は、怒りの形相にこれまた驚いている。
 ルークはずかずかと中に入り、マイペースとマイルールを体現したような天才科学者に掴みかかる勢いで迫った。

「おいハロルド! あの時空と繋がる装置でオールドラントに行けるんだよな!? 今すぐ起動させてくれ!」
「ん〜? アレはまだ修理が終わってないのよね、後回しにしてたから」
「今すぐ! 今すぐ使えるようにして俺をオールドラントに飛ばしてくれ!」
「何よ、あんたなんでそんな急にオールドラントに行きたいワケ? あれから結構経ってるから忘れちゃったのかと思ってたわよ」
「忘れてねーよっ! ただ……あいつがあんまりにもムカツクから、直接ぶん殴りに行きたいんだよ! もしかしてそんなに時間かかるのか? まさか1ヶ月かかるとか言うなよ!」
「あら、もしかしてあたし見くびられてる? 修理だけなら1時間くらいで楽勝よ。ただオールドラントへのゲートを開く数値は正確には分かってないから、このままじゃ目的地に辿り着かないどころか何もない空間に一生閉じ込められるだけよ?」
「なんだよ、お前こそ時間あったのに調べてねーのかよ」
「だって特に興味湧かなかったし。一応出た時と帰った時のデータを合わせて限りなく近い地点は分かってるわ。それでも40%って感じだけど」
「んだよ分かってんならそれ使えよ。んじゃ1時間は待ってやるから今すぐやれよ!?」
「60%の確率で一生閉じ込められるけどいいの? 言っとくけど調査データの無い白紙空間に放りだされたら、助けになんて行けないからね」
「はん、そんな確率がなんだってんだ。行くって言ったら行くんだよ! 俺は準備してくるからな!」

 60%の確率なんて、ルークからすれば無いも同然だ。何せ自分達は繋がっている。オールドラントのルークが夢の庭園で自分達だけを探り当てたように、こちらだって見事辿りきってみせる。今ならばこの沸き立つ怒りでどんな事でも出来そうだ。
 呆れたハロルドの瞳を無視してルークは科学部屋を出る。すると集まって聞いていたのかユーリとミアリヒが揃って仲良く待っていた。

「ルーク、オールドラントに行くなら私が案内します! ほら私、あっちのルークを再生する時せっせとマナを送ったのでなんとなーく分かるんですよ。こう……ルーク臭がする、みたいな?」
「お前は犬か。でもそれならそれで丁度良いから付いて来い。あとユーリも来いよ!」
「オレは別に良いけど保護者サン達は黙ってないんじゃないのか? ちゃんと説明してから行った方が良いと思うぜ」
「あー……、そういやアッシュ達にはなんて言えばいいんだ」

 ユーリに言われて初めて、怒りに任せていた気持ちが落ち着き冷静になる。オールドラントに行くという事はルミナシアを留守にするという事だ。あんなに早く本国へ帰り婚約解消をしなければと思い悩んでいたのに、吹き飛んですっかり忘れていた。ナタリアに筋を通したいだのなんだのと言っておいて、今世界を飛び出せばそれこそ無責任極まりない。
 しかしアッシュ達になんと説明すればいいのか。正直に話したとして、夢の話なんて信じてくれるかどうか分からない。むしろ最近苛々していた原因として疲れているのでは、と医務室のベッドを薦められてしまいそう。それにオールドラントのルークはこちらので評判がやたらと良い。記憶が確かならば滅多に他人を褒めないジェイドやアッシュが褒めていたはず。それにも嫉妬したのでよく覚えていた。
 止められるだけならばともかく、信じてもらえず説教までされてしまえばそれこそ怒り心頭だ。拳でも剣でも持ちだして強引に行ってしまう想像が己の性分として簡単に付いてしまう。しかしそんな風に、自分の都合だけ喚き散らして理解してもらえないと言い張る事はしたくない。
 一番の原因は、この自分の中にある憤る感情を上手く説明出来る気がしないという事。甘えていた自分、それを最初から指摘していたルーク。悩んでいる時だけ思い出して縋り、同じように悩みがあるんだと思い込んで違っていれば勝手に怒って。自分本位過ぎてそれこそ自分を殴りたいくらいだ。
 でもそんな自分でも、場所を創ってまでも会いたいと想ってくれた。なのにそれを口にしない。遠慮するなと言っていたのは自分のクセに、どうしてあの時言わなかったのか。顔色を窺っていたというならばそれこそ他人扱いするな。気にしないようにとの配慮ならば水臭くて腹が立つ。とにかく、何でもかんでもあちらが大人の顔をしているのが気に入らない。
 どれだけの経験を積んだとしても、ルークはルークだ。そのルークが自分に対して良い顔をして大人ぶって、気持ちを隠していただなんて到底許せる事じゃない。こちらは恥ずかしい事も真剣に悩んだ事も全部言ったというのに。あちらももっと本心を曝け出さなければフェアじゃない。
 だから。だから殴りに行く。直接行ってぶん殴り、本人の口から会いたかったんだと言わせたい。オールドラントにどんな困難があるのか、あちらのルークがどんな事情を抱えているのかは想像も付かないけれど、でも夢の庭園まで創り上げて待っていたのだから、絶対に何かあるのだ。
 それがどんな理由でも構いやしない。世界の危機だの、恋人との生活の悩みだの、仕事の愚痴だの、何でも良い。今回くらいは特別にルミナシアの事が心配だったというムカツク理由でも許してやろうじゃないか。むしろ無ければ許さない。
 自分を助けられなくて、どうして他人を助けられる。どうやって将来アッシュとナタリアの為に動くというのだ。一筋の道を示してくれたのはオールドラントのルークなのだから、その彼の望みを是非にでも叶えなければ。
 しかしこれを言葉にして他人に分かってもらうという難しさ。どうやって気持ちを例えればいい? どうして今でなくてはいけない? ジェイドやアッシュから問われるであろう質問の予想をするが、自分でも答えられなくなる。こんな時、今まで面倒事は誰かに任せて自分の言葉を育ててこなかった事を後悔した。
 分かっている。甘やかされて育ってきて、それに甘えて生きてきた。継承者第一位の座が揺らぐなんて考えもしなくて、王になっても誰かがやってくれるのだと疑いもせず。けれど今、そんな自分から成長しなくては。自分を助ける為なのだ、自分が成長しなくてどうする。子供のように感情だけで突き進むのではない、自分は背中を押してもらって自立に目覚めたのだから。
 強い気持ちと拭い切れない不安に拳を硬く握り締めれば、そっと触れてくる冷たい指先があった。顔を上げれば、呆れた紫黒の瞳と意地悪そうに笑う口元。何時ものように大人ぶって、皮肉げで。でも何時ものように居てくれる。ユーリは眉間の皺をちょん、とつついて微笑んでいた。

「だから、すーぐ自分の中で終わらせるなって。お前がやりたいと考えて決めた事なら、あいつらだってちゃんと聞いてくれるさ。そんな真っ赤になるくらい力んで、喧嘩でもしに行くつもりか?」
「……会いに、行きたいんだ。借りを作りっぱなしなんてぜってー嫌なんだよ」
「裏のない真剣な気持ちならそのまま真っ直ぐぶつけろ。お前なら絶対にその方が良い。小手先の小細工なんて似合わないぜ」
「捻くれ者が言うと実に説得力がありますね」
「まぁな。オレはこれでいいんだよ。ルークが表の道で困った時は裏の道から助けてやれるだろ」
「ユーリお前……」

 ユーリの性格を知っていたはずなのに、そんな風に言われてルークの瞼は大きく開く。自分は本当に、四方八方から助けられて恵まれている。元気が無ければミアリヒが気にして、悩みがあっても言わない性格を察して見守ってくれているガイとティアがいて、自棄になっていればカノンノが激励してくれて、思い詰めていればこうしてユーリが背中から支えてくれる。他にも、他にも。アッシュやナタリアやクレスやロイド達や……みんなが。
 自分の足元しか見ていなかった日々は今日で終わりにしたい。右と左から伸ばしてくれる手を握り、後ろを押してくれる人に感謝して、前を歩く彼に追い付きたいから。
 ルークはじんと胸の奥が熱くなる感情のまま、ユーリの手を感謝と共に握る。そしてずっと、何時言おうか迷っていた言葉を告げた。

「あのさユーリ。今の件が終わったら俺……お前に、ちゃんと言いたい事があるんだけど聞いてくれるか」
「ん? そんなかしこまってどうしたよ。別に今でも構わないぜ」
「いやその、順序があるっつーかなんつーか。今まであやふやにしてた事に、きっちりケリつけたいんだ」
「なんか逆にこえーな。まぁ、別に良いけど」
「それでその、か、帰ってきたら……ど、どっか、出かけない、か。…………ふ。ふたり、きりで」

 ふたりきりで。最近ずっと、個室でふたりきりになるのを無意識に避けていた。例えふたりで居てもそれは外出先だったり、常に出入りがありそうな休憩室だったりと。この状態になったのはある日を境にしてなのだが、ユーリは原因を何となく察して特定の雰囲気を避けてくれていた。
 実際の所、婚約解消や将来の事は何ひとつ話した事が無い。だからユーリからすれば恋人がそんな空気を避けるようになった理由が分からないだろう。家族や身内の事を優先し過ぎて、ユーリは大人だから分かってくれるだろうと勝手に思い込んで放置していた所もある。しかし考えてみれば随分と独り善がりではないか。
 包み隠していた決意と全面に預けている心をきちんと伝えたい。それは謝罪の意味もあるし、知って欲しいと乞う気持ち。やはりルークは、ユーリが好きだから。
 頬に熱が集まり首がカーっと燃え上がる。逸らしたい羞恥を必死で我慢して見つめ上げ、言葉にしない想いを瞳に投げつけた。滅多に無い、いいや初めての仕草にユーリも珍しく息を呑む音。一瞬照れて目を反らし、それから戻ってふんわりと頭を撫でた。

「ああ、わかった」

 低い声は、あの時の熱さを思い出させる。今思い出している場合ではないというのに、勝手に体が反応してしまうのだ。ルークの血は上から下まで全身を駆け巡り、一時世界が止まったかのように固まってしまう。なのに、ユーリが触れる部分だけは大声で叫んでいるのがとても不思議だ。
 が、涙目で剣を振り下ろし腕を引き裂こうとした救世主様の奇声で、その雰囲気はガラスのようにパリンと見事に割れたのだった。

「私の目の前でルークとピンクの空気を生産するなんていい度胸していますね天誅!」
「お前天誅って意味ちゃんと知ってるか? リフィルの授業サボってないで今からみっちり聞いてきた方が良いと思うぞ行って来い今すぐに」
「ルミナシアの天は世界樹。世界樹から生み出された私はルミナシアそのもの。つまり私の憎しみはそっくりそのまま世界の憎しみという事ですよ」
「びっくりする程私欲化してるじゃねーか! お前もう世界樹に還れよ一度行ってきたんだからもっかい行けるだろ!」
「私が世界樹にまた還る時はルークと結婚して子供を50人は産んでルークが150歳まで大往生して幸せそうに逝くのを見送ってからと決めているんです! そして世界樹と同化してルーク大好き成分を散布し皆ルーク大好き人間として一丸となり戦争もなくなってめでたしめでたしですよ!」
「何のホラーだ!? 前々から頭の病気だとは思ってたが、流石にこれは放っておけねーな。別に正義の味方を気取る気はねーが、オレとルークが帰ってくる世界なんだ……ここで憂いを断っておくのも悪かねぇ」
「ユーリがどうしてもと言うなら毎日ルークのぱんつを届けてあげても良いんですよ? こんな好待遇を蹴ってそれでも私と戦うおつもりで? ちなみに私、今あなたの稼ぎ5年分をつぎ込んで合成した海賊装備ですがそれでも?」
「おーいアンジュ、こいつ取り分ちょろまかしてやがるぞー」
「わーーーー待ってくださいそれは卑怯じゃないですかぁ! 嘘! 冗談ですごめんなさい! 待ってくださいアンジュ違うんですこれはお小遣い貯金で貯めて合成した装備でしてそんな全然大した物じゃありません! すっごいお金掛けてるのはみんなに渡してますってば! おのれユーリ・ローウェルううううううううっ!」

 あっという間にかき消された空気だが、今のルークにとってはこれも笑いがこみ上げる。ミアリヒのようなバイタリィもある意味見習わなければならない所には間違いないだろう、多分。あんなにも一途に自分の気持ちと意志を持ち続けられるのも一種の才能だ。なんと言っても全て自分で選び、行動しているのだからルークよりも自立していると言えよう。その被害には目を瞑らなければならないが、瞑るのは極一部の人間だけなので多数決で黙殺だ。
 それにやはり。ミアリヒと喧嘩するユーリはルークから見て楽しそうなのだ。世界最高峰の実力者と思う存分戦える喜びを奪うのは可哀想であるし、なんだかんだと付き合ってやっている分下町の子供の相手をしている気分なのだろう。
 自分達は複雑で単純な関係ではあるが、それに甘えて甘やかしている側面が大きかった。だからこれからも、彼らの気が済むまでそれに付き合っていけるよう努力したい。まさか一生喧嘩をしている訳でもあるまい……いいや彼らならばしそうではあるが、それはそれで面白いかも。
 ルークは想像するだけで笑ってしまい、そっと騒がしいエントランスホールをひとり抜け出す。背中に視線を感じたのでおそらくユーリは気が付いたのだろうけれど、追ってこないという事は任されたという事なのだろう。その信頼がくすぐったいような、誇らしいような。
 アッシュやジェイド達への説明だってそうだ。怖がるよりも、正直に言おう。彼らは自分との付き合いが長い分、きっと気持ちも汲み取ってくれる。もし止められたとしても、それを突破する事こそ成長の第一歩だ。ずっと付き合いがあるのはあちらだけではない、こっちだって知っている事はそれなりにある。
 前まではアッシュやジェイドに反論するなんて面倒で恐ろしい事考えもしなかったのに、今は少しワクワクしている。何しろオールドラントに行き殴って帰って来れば、その後にやりたい事が多過ぎて爆発しそうなのだ。特に、久し振りにユーリとふたりきりになりたい。
 恥ずかしい妄想が頭の中を駆け巡る前に、勿体無いがブルブルと振りきって覚悟を決める。この程度躓いてちゃ次はもっと困難になる。だから。

 後押しされたふたり分と、救世主の強引さを見習ってルークは自らの手で扉を開けた。








ミュウ様、リクエストありがとうございました
前回リクエスト企画の続きをご希望いただきまして
最初にネタで書いたディセンダーがこんな風に続くとは自分でも思っていなくてびっくりです
何しろディセンダーが書きやすいのでギャグにしやすいんですよね
まぁそろそろ数を重ねてきたので
「本人真剣で真っ直ぐにアタックするので周囲の応援はそれなりに受けるけど、実際その被害を受けるカップルにしてみれば割りとマジでウザい」
っていう設定も分かりやすくなってきたかなと
いやぁオリキャラはいくらでもゲス役任せられるから楽だなぁ(ゲス顔ダブルピース)

今回のリクエストをいただいて、再会するシチュエーションで最初に浮かんだのがサモンナイトの夜会話なんですよね
あっエクステーゼの方です!夢の庭園のイメージもそのまんまです!
普通に会いに行くのも考えたんですけど、行く理由がちっとも思いつかなかったoh
夜会話すっっっごく好きなんですあのちょっとずつ仲良くなっていく感じがたまんねーぜ!
その割には夜会話っぽさゼロですけどねこのお話oh
あと突っ込み所としては再会ってリクエストなのに再会してねーじゃんとかね
いやほら……その……これから会いに行くし……未来観測的に言えば会ってるという結果は出てるし……
今から一緒にこれから一緒に殴りに行くんですよ
行った先でガイがΣ(゚Д゚;)エーッ!?って驚いて泡噴くのは予定調和イベントです
Aルークのお相手は特に決めてないんですが、とりあえず全員との5股は確定だと思うんですよね
誰が愛人とか本命とかじゃなくてみんな大好きみんなで仲良くしよ?みたいな
あれ……ゲスいな……違うんですなんかこーなんていうかー、ね?
父ガイ母ティア兄アッシュ姉1アニス姉2ナタリア親戚の叔父さんジェイドよしこれでいこう!

そして何気にこのシリーズでのユーリさんの紳士さがパない事になってるのは自覚してます
相手一応女の子だからって以上に大人紳士的に描写してます
だってそうしないと他全員基本暴走しかしてないから……
原作のユーリさんは結構大人気ない所もあるんですよね、そこも魅力のひとつなんですが
まぁほら、ルークにしてもそうだけどこれマイソロ設定だから!みんな原作を超越してるから!

今企画この後書きは脱線し過ぎちゃいますのん?と思うようになってきました
ありがとうございました






  


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