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 明晰夢を見た時、夢でなく眠りに落ちた時の境とはどこになるのだろう。自然に目が覚めるとそこは自分のベッドだった。他よりも高級なシーツに少しお高めの毛布。もぞもぞと体を動かせばそんな滑らかな感触が肌を触る。働かない頭のまま枕に顔を埋めてもぞもぞ優雅に朝の時間を堪能していると、ハッと気が付き直ぐ様顔を上げた。

「そうだ日記!」

 自分が見た夢を思い出しルークは直ぐ様立ち上がる。机の引き出しから日記を取り出して確認するが、夢の中の日記帳とはやはり違う。それも当然で、あれはこれよりも前に使っていた物。ペラペラと捲って昨日書いたばかりのページを見るも、当然変わりなんてない。黒一色の、何気ない自分の文字。改めて見れば青色の文字はそう、どう見ても自分の筆跡だった。気にした事は無かったが案外汚くて少し落ち込む。
 ベッド横を見れば昨日ミアリヒがくれた夢の実の植木鉢が。あの夢はきっとこの実を食べたからだろう。だが彼女はぐっすり眠れるとしか言ってなかったと思うのだが、ルークが夢で見た不思議な出来事はどういう事なのだろうか。
 元々チビとオールドラントのルークだけが会う空間で、なんの偶然か自分が紛れ込んでしまったとか? それはそれで邪魔者扱いされているようで気に入らない。そもそも同じルークなのに何故自分を呼ばないのか。彼らは自分に会いたくないと思っていたからなのか? そう考えると悲しさよりも怒りがこみ上げてくる。同じ自分なのに薄情な奴らだ!
 とりあえずミアリヒに、この夢の実はどこから持ってきたのか詳しい話を聞きに行こう。あの夢が本当にあった事なのか、それとも悩む自分に都合の良い夢を見せていただけなのかハッキリさせたい。
 夢の中とは思えない程の現実感、そして嬉しさだった。あれが本当にただの夢ならば自分のお花畑さに少々呆れてしまう。できればそんなものではなく、現実であれば嬉しいなと願って。夢の話なのにおかしな話である。

「今日は私がルークと一緒にお買い物に行くんです、お菓子作りしか脳のない女男はひとりでキッチンに篭って女子会でもやっててください」
「ほぉーお菓子作りしか脳がないかどうか、ちょいと自分の体で確かめてもらおうじゃねーか」
「体で確かめるだなんていやらしい……誰か助けてくださいここに変態がいます。私に変態行為を働いていいのはルークだけなんですからね! 個人的に言えば私がルークに変態行為をしたいんですが、妻として愛しい旦那様の性癖ならどんな事にも応えるつもりです私って健気属性なので」
「だれが妻で誰が旦那様だ? お前はその変態性癖の前に虚言癖をなんとかした方がいいんじゃないですかね」
「あっすいません目の前に変態性癖の総本山がいらっしゃいましたね。ルークが押しに弱いと知っていて変態的プレイを強要しているんでしょう羨ましい……言ってみなさい毎晩ルークにどんな変態行為をしているんですか? 内容によっては事細かく記録する準備があるので細部までお願いします!」
「してねーよ! お前みたいに相手の嫌がる事を喜んでするような奴と一緒にすんな!」
「えっ……でも嫌がるルークの顔ってば最高じゃないですかぁ」
「それは否定しねーな」
「ほらやっぱり言質抑えましたよ観念しなさい! それで本当の所どうなんです? ぺろぺろしたんですかねちょねちょしたんですよね? キィー許せないそのご自慢の黒髪を全部引っこ抜いて世界中から集めた白髪を植毛してやります!」
「お前のそのテンションの高さに付き合うのもいい加減ウンザリだ、覚悟決めろよ!?」

 エントランスに出た直後、目に入った光景がこれならば誰だって辟易すると思う。特に話題の張本人であるルークにとっては、毎回自分の与り知らぬ所でこんな恥ずかしい喧嘩を見世物にされては引き篭もりになっても致し方ないんじゃないのか。
 毎日毎日飽きもせず、彼らもよくやる。いい加減喧嘩のネタが尽きるのではないのかと思うのだが、基本的にミアリヒが重箱の隅を突付いて吹っかけるので終わりが見えない。これがまた、今日は天気が良いから喧嘩をするのではなく何かしらルークを絡めてイチャモンを付けるので面倒臭いのだ。
 ユーリも無視すれば良いのに、ルークを話題に使われているのが気に入らないのか毎回相手をしてやっている。というか、体の良い喧嘩相手が出来て丁度良いから付き合っているのではないだろうか。一部ではミアリヒと喧嘩をする為にルークとはダミーで付き合っているのではないか説まで流れたのだ。勿論それを耳にしたアッシュとガイの尋問により丁寧に却下されたが、噂の出処であるレイヴンとゼロスは一週間医務室から出られなくなったとかなんとか。
 同姓で付き合っている事を皆に、それこそ常識のように知られているだけでもルークには引き篭もりになりたい程恥ずかしいのに、毎日毎日宣伝するようにエントランスや果ては外ででも平気で大喧嘩を始めるふたりに、最近本当にウンザリする。
 ふたりが自分を好いてくれている事は痛い程感じているし、ミアリヒが言ったように恥ずかしくも好意の押し付けには弱い自覚がある。しかしこれだけ自分を置いてきぼりにして好き勝手されては、本当にただ大暴れする為のダシにされているように思えてきた。
 違うとは分かっていても、こうも積み重なるとどうしても。何よりも戦っている間のふたりは本当に生き生きとしているのだ。ユーリは魔物以外で全力で戦える歓びを全身で、ミアリヒもそれに釣られているのか段々と戦闘狂になってきているような気がする。
 ただ共に居るだけよりも、反発しながら刺激し合うミアリヒの方がユーリにとって良いのではないだろうか。ディセンダーである彼女ならば様々なタイプで戦えるし、行動力もあって意志をハッキリ表に出す明朗さ。中身はアレだがルークの事以外ならば大人しく、カノンノやロックスを本当に大事にしている情の深さもある。
 ユーリの親友であるフレンもタイプとしては反対だ、ルークと比較すればどう考えてもミアリヒの方がユーリの性に合っている気がしてしょうがない。骨太で真っ直ぐな性格もユーリの好みだろう。

「ミアリヒ、またユーリとケンカしてるの? 朝ごはんが冷めちゃうよ」
「カノンノ、すみませんもうそんな時間でしたか。すぐに行くので一緒に食べましょう。ユーリ、この場は引いてあげますが負けた訳ではありませんから。次に会った時はそのかっ開いた胸元に綿毛を植毛して一生ボタンを締められない体にしてやりますよ」
「じゃあ俺はその綿毛をお前の頭に移植してタンポポ栽培してやるよ」
「キィィ! ロックスがタンポポ茶を淹れてくれても呼んであげませんからね!」

 自ら栽培するのかよ……とその場に居た全員は思ったが、ミアリヒはカノンノに一声呼ばれただけであっさりと踵を返しエントランスを出て行く。他の誰が止めても止まる事は無いが、カノンノとロックスだけは特別らしくすぐに大人しくなる。やはり初めて出会い家族同然となっている彼女達は、ミアリヒにとって特別なのだろう。
 ルークがいくら止めろと言っても止めないのに、カノンノの言葉ならば止まる。そしてそれはユーリもだ。ルークがいくら止めてもユーリは剣を簡単に収めたりはしない。すぐに言う事を聞くのはフレンくらいだろう。
 そう、ふたり共どれだけルークの事で争っていても、結局一番はルークじゃないように見えてしょうがない。ルークよりも特別が存在している。恋人と家族を一緒にするなと言われてしまえばその通りなのだが、それらが積み重なった最近、引っかかり抜けないトゲとなってルークを苛んでいた。

「ったく、あいつはちょっとくらい大人しく話せねーのかよ。……おう、おはようさんどうしたルーク?」
「……朝っぱらからお前ら、飽きねーなと思って」
「オレは飽々してるんだが、あちらさんがしつこいんだよ」
「ふーん? そう言うわりに楽しそうだよなお前ら」
「何、ご機嫌斜めじゃねーかどうした」

 場にルークが居ると気が付けばユーリはすぐに話しかけてくる。それは常に認識しているという意味なのだから勿論嬉しいのだが、だからといってミアリヒとの喧嘩をすぐに止めるという訳でもない。だがそんなイチャモンのようなやっかみが浅ましくて、ルークは口を閉ざす。
 含みを持って不満な視線を投げつければすぐに気が付いてくれるし、先程までの表情を落として優しい手で顔を撫でてくれる。それはユーリが他の誰にもしない自分だけの表情だと知っている。
 少し乱暴なくらいにゴシゴシと額を撫でられ、寄っているのだろう眉間の皺を親指で伸ばされる。体もそれに揺らされ少々うっとおしい。ちょっとだけ嬉しかった頬を隠してルークは止めろよ、と怒りながら手を払った。

「オレ達も朝飯食おうぜ、外に出るだろ?」
「ああ……」
「昨日言ってたパンケーキの所に行こうぜ、3段重ねのやつ」
「ほんっと、朝からよくやるぜ」

 食事をミアリヒと同席すると大体喧嘩になるので、夜以外は別れて食べるのが共通認識になっている。夜は夜で、外に泊まるとガイやアッシュが乗り込んでくるので滅多に出る事は無い。こんな風に些細な束縛が面倒臭いとルークは思う、これでは屋敷の時と同じではないか。
 アッシュと共に修行の旅に出た時は自分も認められていたんだと嬉しかったのだが、蓋を開けてみれば単なる保護者付きの旅行みたいなもののような気がする。外で魔物と戦うといっても傍にガイやヴァンが居るのだ、王の影として教育されてきたアッシュだって剣も魔法もお手の物である。はっきり言って自分の出番が来た事は殆ど無い。きちんと魔物と戦ったのはこの船に来てから暫く、だった気がする。
 息苦しいと思う反面、大事にされているのも最近ようやく分かってきた。黙って見守る愛や、寄り添う愛の形。好きで愛されるという事は、良い事ばかりじゃないという事も。
 街への街路をのんびりふたりで歩いている。ユーリがミアリヒについて迷惑そうに話しているのをルークは適当に相槌を打っていた。ぼんやりしながらもじゃあなんでお前達は飽きもせず毎回やってんだよ、と言おうか言うまいか。聞いてもどうせ止めないんだから意味はないし、何よりそんな事をしつこく聞く自分にうっとおしい。
 呆れた溜息で誤魔化しているとユーリの手が引き止める。街はもうすぐそこなのに、と振り返れば少し真面目な瞳とぶつかった。

「朝から変だぜ、どっかしんどいのか」
「な、なんでもねーって」
「お坊ちゃんの嘘は分かり易いな、んな顔してねーから聞いてんだって」
「マジで何でもねーよ、ただちょっと……変な夢、見ただけだ」
「夢って……怖いのか?」
「ガキ扱いすんなってのちげーよ! もう忘れちまった!」

 つい本当を口にしてしまい、それを真面目に受け取られる。今は軽く流してくれる方がルークには良かった、あの夢はまだ自分でも上手く説明出来ない。怒って有耶無耶にしようと振り切る。ずかずか進む足は街に向かっていて、今すぐ着いて逃げたくなった。
 そんな必要は無い、何も追い詰められていないというのに。この不思議な焦燥感は何なのだろう。スピードを落としてちらりと振り返れば、何時もの意地悪そうに笑うユーリが追い付いてくる。

「お前は普段単純なクセに時々変に考えが吹っ飛ぶからな。あんまり難しく考えんなよ」
「う、……うるせぇ」

 今の自分をずばり言い当てられているようでドキリとした。慌てて前を向けば横から伸びてくる手がぐしゃりと頭を乱暴に撫でる。馬鹿にしているのか、とジロリ睨みつけても相手の紫黒は知らんぷりだ。振り払おうとする前に手はポンポン、と肩を叩いて去っていく。過ぎ去った温度が望み通りなのに少し寒い。
 ユーリと出会ったのはアドリビトムに来てからだというのに、随分と理解されているようだ。それが嬉しくて恥ずかしい。じんわりと募るものがあってルークの指先を落ち着かせなくした。
 首を動かさないようそっと横目でユーリを見る。風に揺れるサラサラとした髪が軽やかで、彼そのもののよう。ああ羨ましいな、とふと思って自分の毛先をピンと弾く。国のしきたりに従い無駄に長い髪は特に思い入れなんて無い。邪魔なら切ってもいいのだが、手入れをするのも洗うのも今まで誰かにやらせていたから何とも思っていなかった。案外面倒臭いものだと思ったのはアドリビトムで初めてひとりで風呂に入った時だ。
 そういえばその時ユーリに髪の洗い方なんてものを教えてもらった気がする。記憶を辿って頭の中で描かれる景色にルークは途端に首を振って四散させた。些細な事でも最終的に繋がる先が決まっていて、自分に恥ずかしくなる。わざわざ外でまで考える事じゃない、あんな事は。ひとりで寝る前に悶々と悩むくらいで丁度良いのだ、どうせ誰にも言えないのだから。
 横から視線がチクチクしている気がして振り向けば呆れた瞳が無遠慮に。そんなはずは無いのだが、もしも自分の思考が読まれていては恥ずかしすぎて死んでしまう。ルークはぎこちなくも突っかかって睨み返した。

「まぁ悩みたい年頃だってんなら好きなだけやれば良いけどな。でも街でその百面相はしない方が良いぜ」
「百面相なんてしてねーっての! なんでもねーよ!」
「ハイハイ、分かりました分かりました」
「うぜぇー!」
「気晴らししたいなら今度……どっか行くか?」

 その言葉は矢となってルークの心臓に突き刺さる。ちらり横顔を盗み見てもユーリは特に態度も声色も変えず何時も通り。どこかの街で見かけたスイーツが気になって、と勝手に喋っている。深い意味など無くごく普通に元気付ける為の提案なのだろう。ルークはそれにホッとして、同時にこの野郎と憎々しい。
 結局ふたりの足が目的地に辿り着くまで、ルークは遊びの提案に対しての返事を濁した。ユーリは気にするだろうか? と少しドキドキしたが、本人まったく気にせず嬉しそうにケーキをほうばるマヌケな姿に怒りも湧かない。
 ただ今夜、またあの夢を見たいな……とだけ思った。

 風呂に入って歯を磨いて、ガイによる髪の手入れを待っていれば頭は勝手にゆらゆら揺れ始める時間になる。いい加減身の回りの事くらい自分でやると言っても、ガイは中々譲ってくれない。ティアに正座で説教されている場面を見てからはある程度マシになっているが、それでもまだ幾つかは頑なにガイの手は甲斐甲斐しい。
 以前はガイにしてもらうのが当然過ぎて何とも思っていなかったが、最近の悩みと共に少し気恥ずかしいのも事実。だが自分でやるからほっといてくれ、と言うと物凄く、それこそガイの大事にしている機械を壊されたくらいに物凄く悲しそうな顔をするので拒絶し難い。
 こんな時自分は甘やかされているんだな、と強く感じる。嬉しいけれど同時に息苦しさを覚えたのも最近の話だ。特に手入れの場面をユーリに見られてからは。
 子供のように世話をされていると思われただろうか。それとも嫉妬をしただろうか。あの時彼は自分もやってみてーなと笑っただけで、話が続く事は無かった。自分の考えすぎなのか、それともただの自意識過剰なのか、もしくは……そこまで強く想われていないとか。

「馬鹿らしー」

 自分で毒づいてルークは書いていた今日の日記を適当に切り上げた。この習慣もよく続いているものだ、我ながら不思議になる。パラパラと適当に捲って、書いてきた日々をぼんやり想う。この日記帳になったのは修行の旅に出る日で、最初は初めての外に興奮してかなりの情報量を書いていた。だがそれも次第に飽きたのか、それとも外に出ても変わらず守られている自分に気が付いたのか段々と短くなっていった。
 再びびっしり書くようになったのはこの船に来てから。テロの事、暁の従者の事、国に残っている両親の事、初めて出来た同い歳の友人の事、それから……ユーリの事。
 好きだと、想い始めたページに触れてルークは拒否した。ばたんと強引に閉じ、慌てて立ち上がる。ベッド横に置かれた植木鉢から夢の実を適当に一粒もぎり、ぽいっと口の中に入れ水を飲んで流し込んだ。そういえば結局ミアリヒにこの植物の事を聞けなかったと飲み込んでから思い出す。昨日はあんなにも躊躇していたのに、己の現金さに苦笑した。
 さっさとベッドに入り目を瞑る。昼間触れてきた体温を思い出しそうになるのを必死で抑え、ただひたすらに睡魔が全ての幕を下ろしてくれるのを待つ。夢の中へ、あの庭園へ。もうひとりの自分達が居るだろう安全な、あの場所へと。


「やっぱここなのかよ」

 気が付けば足元はふんわりと優しい芝生。立っているのか浮いているのかよく分からない不可思議な感触、踏みしめようとしても上手く力が入らない。周囲を見渡せば相変わらず自分のよく知っている風景の中に、全く知らない異物が点々と混ざっている。
 ルークは知らないが、でもどこか知っているような気にさせる風景だ。もしかするとこれは別の世界のルークが知っている植物達なのかも。そう思えばこの庭もなんだか親近感が湧く。小さい方のルークはきっと幼い頃の自分のように外には出ないだろうから、突然にょっきり生えている南国風の木はオールドラントの木なのだろうか? ルミナシアでも似たようなものは見たが、葉っぱの形が違う。
 前回日記が置かれていたのは休憩所なので今回も同じだろう、ルークはふわふわした足取りで風景を見ながら歩く。これはどんな国のものなのか、どんな目的で行ったのだろうか。オールドラントのルークに会えたら聞いてみたい事が増えていった。
 そして目的の休憩所、やはり中央のテーブルには日記が置いてある。残念ながら椅子には誰も待っておらず寂しげなまま。どうせならば誰か出迎えてくれればいいのに、とほんの少しムカッとした。

「返事は……おっ、書いてるじゃねーか!」

 わくわくとした気持ちで昨日自分が書いたページまで捲る。すると予想通り返事が。ルークが書いた行の下から少しだけ開けて、最初よりかは幾分読めるようになった赤色のインクで文字が。そのまた下に青色のインクで返事が書かれていた。
 これは自分の日記なのに、こうやって返事が書き込まれるなんて変な感じだ。しかし反応が楽しみというのは事実。これはこれで、現実でもやってみても良いかもしれない。クレスとロイド達とならば面白い事になりそうだと思いながらも、彼らとは毎日顔を合わせているのだからわざわざ文章にする意味は薄そうでもある。
 ルークは彼らの返事を目で追った。

「俺の夢の中ってなんだ? ここは俺の夢だぞ、お前こそ誰だよ」
「もしかして、ルミナシアのルークか? 久し振り、元気にしてたか?」

「……ん? 一言、だけなのかよ?」

 他のページを捲るが先は真っ白なまま。という事は一日ごとに返事を待たなくてはいけないというのだろうか。それは随分と面倒臭いな、とルークは率直に思う。
 書き込んだルークへの返事だけで一日使うというのは随分と不効率な気がする。もし顔を合わせていればたった一言で終わりじゃないか。そんな数秒で終わるような事を、この日記上では日を跨いでやっているとは……気の長い話だ。
 前のページを改めて見れば大量ではないがそれなりの期間を使っていそうな文字量。青色文字であるオールドラントのルークはよくもまぁそんな長い間、幼い赤文字のちびルークに付き合っていたものだ。

「ってかどんだけ前からやってんだこいつら」

 文量から数週間ではなさそう、もしかしたら2・3ヶ月はかけているのではないか。よくやる、と思ったが彼らはそんなに早い内に互いにコンタクトを取っていて、自分はすっかりハブられていたのだと思うとムカムカ怒りが込み上げる。
 一声かけるくらい、同じルーク同士なのだからいいだろうに。一言ずつの交換日記は遅すぎてイライラするかもしれないが、それでも全く知らないままより随分マシだ。前の時は気に食わなくてろくに話さなかった分今ならば色々な事を話したいと思っているのに。特に、最近の悩みの辺りを。
 文句を言ってやりたいが、残念ながらこの場には自分以外誰も居ない。日記に書いても良いが彼らは一言ずつ書いているのに突然自分が長ったらしく文句を書くのも少し大人げなく見えて嫌だ。しょうがねーな、とぶつぶつ言いながらもルークは許す事にして、何を書こうかと迷う。

「ん〜、こいつらは確かオールドラントって所に居るんだよな。そういやあいつらの事、何にも聞かなかったっけ俺……」

 子供のような嫉妬で避けて、最後の最後に約束をしただけ。会えたら会おう、と。正直夢の中で日記を通してだなんて、再会したとは言えないと思う。もっと普通に、起きている時に会いたい。ルークと同じ顔と声と名前の彼らは、自分とは違う世界でどんな生き方をしているのだろうか。
 ごちゃごちゃ考えた辺りで段々と面倒になってきたルークは、頭をガリガリと掻いて黒いインクをペンに取った。とりあえずストレートに。

「おう、ルミナシアのルークだ。こっちは変わらずやってるけど、お前らはどうなんだよ?」

 普段書いている日記のように書けばいいのかそれとも手紙のように書けばいいのか。分からなくて一瞬悩んだが、ひとまず簡単に様子を聞く一文を。わざわざ聞かずとも前のページを見れば元気にやっている様子は分かるのだが、自分の存在を主張するつもりで書いた。改めて文面で見ればちょっと変な感じかもしれない、とルークは少しソワソワする。ペンをぐるぐる回して書き直そうかどうしようか迷い、結局そのままにする事に。
 普段の日記は自分が見る為のもの。こんな風に、誰かに向けて書いた事はあまりない。特にそれが自分相手だなんて調子が狂う。やはり夢や紙の上だなんてあやふやなものより、きちんと現実世界で会いたいなと思った。






  


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