オルタ・ヴィレッジ在住のやる気のないごく一般的な若者(16)の青臭い日常を綴る記録の内の極端な天災に出会った時の出来事








それから数日後、ギルドから冒険者の人達が村に来てチラホラ姿を見かけるようになっていた。といっても僕は相変わらず決まった行動範囲以外を歩かないから、後ろ姿をちらりと見たり窓から見えたり、機嫌の治った妹から話を聞いたりしただけだけど。
舞台を作りに来た赤い服を着てる男の子は手先がとっても器用で、丸太1本から信じられないくらい細かな飾りの付いた柱を掘ったり、大掛かりな装置を作ったりするんだと。本人もすごく明るくて親近感が湧いちゃった、と妹は見た事の無いブローチを自慢気に見せて言っていた。お前、物をくれればなんでもいいんじゃないのか……と思ったが流石に言えなかったけど。
その少し後に、猟師の人も村に来たみたいだ。やたら口の悪い弓矢の人と、空をボーっと見てのんびりしてる剣士の人。妹は最初見た時、なんて頼りない人達だろうって思ったらしい。大地や世界樹からトゲが無くなってから、村の周囲は自然がわさわさ生い茂って森の範囲も広がっただけじゃなく、元からいた生き物達も手が付けられないくらい元気、というか乱暴になったんだよね。だから肉を手に入れる時は村の男達総出で、誰かしら怪我をして帰ってくるぐらいの大仕事になっているんだ。
だからこんなやる気の無さそうな人達が凶暴なイノシシや素早い野鳥を狩れる訳が無い。大怪我して帰ってくるに違いないって思ったらしい。ところがどっこい、いざ狩りに出れば3人がかりでも持ちきれない程の獲物を仕留めて帰ってきたんだと。
一緒に行っていた熊殺しのゲンさん(数百メートル追いかけっこして、双方疲れきった所に偶然熊が転んで偶然尖っていた木の枝にぶっささって倒した)が、若いのに大したもんだ! と褒めちぎっていたようだ。スパイシー手羽先が大好物な妹は、沢山の鳥を見て評価をコロッと変えていたよ。まだまだ色気より食い気だね。

冒険者ってのは剣や魔法を使って血みどろ泥臭く魔物を切り殺しまくってるってる世間からあぶれた、これ以外出来る事も無さそうな人達というイメージだったんだけど、どうやら全然違うみたいで僕はちょっと戸惑っている。
かなり若い、僕と同世代かも。一度見かけた、僕よりも断然年下の女の子が大人でも持てそうにない大きな斧を平然とした表情で持ち歩いていたのを見た時は衝撃だった。だってどう見ても妹よりも下なのに、あんな小さな子までいるなんて。ギルドってのは荒くれ者の集まりじゃなかったの?
妹が言うには、僕達はド田舎者だったから知らないだけで、世間ではギルド員ってのはこの不安定な世の中でも食いっぱぐれない自給自足出来る職業のひとつで、その上人助けまで出来る最高の仕事なんだとさ。うさんくさっ。
元々夢見がちで好意的に取る所がある妹だけど、村に来たギルドの人達が凄いからってオーバー気味に褒めている気がする。ミーハーなんだよな、結局は。そんな妹を冷めた目で見ている僕は、全くの正反対に不安ばっかり募っていた。
明日にはパーティだってんで、村全体がどこか浮足立っているのにちょっとイライラする。少し前までは世界の終わりだーって見てるだけで呪いが移りそうなくらい辛気臭かったのに、変わりすぎだよ。そりゃまああんな重っ苦しい雰囲気よりは断然良いけどさ、あんまり浮かれ過ぎるのもどうかと思うんだよね。
だってそれまでに怪我や死んだ人があんまりにも沢山いるじゃないか。僕の故郷の人達だって半分以上死んじゃったし、難民でここに流れ着いた人だってたった数人ぽっちだったのも日常だった。裏手の共同墓地って名前の、何も埋まっていないただ名前が書かれた棒きれが立っているだけの土地も、以前はいつも誰かがシクシク泣いて手を合わせていたってのに。
パーティの準備で忙しいのか今じゃ朝か夕にぽつぽつと居るだけ。顔なじみだった向かい角のお姉さんすら、前はここで一日過ごすんだろうかってくらい手を合わせていたのに今じゃすぐに立ち去る始末。お墓の前に添えられる花は、毎日少しずつ明るくて鮮やかな色になっていた。
……愛を誓った相手でも、いつかは忘れられちゃうって事なのかな。なんだか薄情な世の中だよ。僕はめでたく騒がしい周囲に反発するみたいに、心がクサクサしてきていた。

翌日、朝っぱらから村の入り口でボケーッと突っ立っている僕は傍から見ればかなりの間抜けに見えるような気がする。役者さんが朝から来るから、宿屋とか舞台の場所とかを案内する為なんだけど、ちょっと早すぎるんじゃないの。
といっても太陽は昇って周囲はすっかり動き出してるんだけどさ。普段の僕はこの時間、まだまだ毛布に包まって無駄にゴロゴロしてる時間なんだよね。あ、自分で無駄にって言っちゃった。
これも妹が言ってたけど、やっぱり役者もギルドメンバーなんだと。台本も衣装も自作で、アクションいっぱいの楽しい劇になる予定らしい。その割に明日が本番なんだけど、練習しなくて大丈夫なんだろうか。
もしや子供相手だからって適当にやって終わらせようって魂胆だとか? 恩を売るだけ売って面倒な難民を受け入れさせようって事じゃないの。ああいやだいやだ、世の中上手くやった者の勝ちなんだよねきっと。ババを引くのは毎回弱者になってるんだ。はぁー、憂鬱。

「よぉ、あんたが案内人か?」
「……あっ、はい!」

ブツブツ世の不条理を恨んでいると、いつの間にか目の前に人が。小心者の僕は驚いて顔を上げれば、剣を持った一目で冒険者だと分かる人物が立っていた。真っ黒くて長髪、なんだか余裕が溢れてますって表情が眩しい気がする。一言で言えば爆発しろ、って所かな。言えないけど。
後ろからゾロゾロやって来ていて、僕はちょっと圧倒されてしまった。

「えっと、アドリビトムからの人……ですよね」
「はい、よろしくお願いします」
「早速だけど舞台の方に案内してくれない? 演出装置がどうなってんのか見たいんだけど」
「私は神父様の方に挨拶してこなくちゃ。場所は分かるから先に行ってるわね」
「へぇ、話は聞いてたけど随分大きいんだな。本当に機械は使ってないのか?」
「必要な所には設置している。ただ星晶燃料を使ってないだけさ。他にも水力や風力を利用して動かしているから、数値としてはかなりクリーンなはずだ」
「キールの話が難しいなぁ。メルディちっとも分からないよ」
「ルーク、村に着いたんだからいい加減不貞腐れるのはやめて」
「誰が不貞腐れてるってんだよんなガキみたいな事すっか!」
「セリフはちゃんと入ってるか? 服にカンペでも縫い付けてやろうか」
「そんなモンとっくの昔に完璧だっつーの」
「……ちょ、ちょっと一気に話さないでくれる」

普段引き籠もりをしている僕からすれば、大勢の人間を相手にするのは些かレベルが高すぎるんだ。それにギルドの人達はなんだかみんなキラキラしている。容姿が良いってのはもちろん(ピンク色の女の子がお淑やかそうで見た目にも優しくて気になるんだけど、見ていると隣の茶髪の女の子にギロリと睨まれてチビッた)なんというか、こう……全員アクが強そうだなと思った。
シスターらしい人は先に入って、ローブを着ている男の子と褐色の肌の女の子も勝手に僕の横を通り抜けて行ってしまった。別にいいんだけどさ、それじゃ何のために僕が案内役に任命されたんだか。他に残っている人達は一応待っていてくれてるけど。
とりあえず僕は、勝手に小さくなる声でおそるおそる宿屋に案内した。この全員が役者なんだろうか? 随分と大人数だなぁ。
村人に大注目されながら案内して、その後舞台を造ってる広場の方も案内して僕はようやく開放された。たった少しの時間だったけど、背中に汗びっしょりでかなり疲れたよ。
なんだか特に女性達の黄色い声が飛び交っていた来がするな。多分黒くて長髪の人と、金髪碧眼の人がカッコ良かったからだろう。やっぱり外から来た人というか、ギルドの人ってのが良いイメージなんだと思う。特に先に来てたギルドの人達に好印象を持っているからね。あーあ、天から与えられし人達ってのは違うもんだね。

明日のイベントに向けてどこもかしこも大忙しだ。女の人達は大皿料理の仕込みで家の晩御飯がおざなりに。男の人達は学生さん? 知らないけど見た目は若そうなギルドの人にこれからの事を聞いてたり、何故か睨まれた女の子は見た目によらず大きな機械をちょこまか扱って関心されていた。
演目の舞台になる広場は劇の練習が始まってて、一応関係者以外立入禁止なのに見物人が影に隠れてキャーキャー騒がしい。現金なものだよね、ほんと。妹なんか黒髪の剣士様がすっごく格好良かった! って頭の花を満開にしてのぼせあがってたのが哀れだよ。
僕から見ても顔が良いし先頭を立っていたから、きっと元々モテる人なんだろう。そんな人が田舎の芋臭い子供に興味を持つと思うのかい? もし興味を持たれたとしたらそれはあの黒髪の剣士がロリコンだったって事だよ。端から相手にされる訳ないんだから止めときな、と僕が丁寧に解説してやれば、妹はカンカンに怒って僕の皿からコロッケを丸ごと奪って行ってしまった。
……ごめん、謝るから返してくれよ。土下座までしたのに妹は許してくれなかった、なんて奴だ。でも後からこっそりカップケーキをくれたので、やっぱり優しい自慢の妹だと思う。

それから夜なんだけど、僕はちょっとした用事で外に出てたんだ。用事っていっても本当に大した事のない、手を合わせてしまえば簡単に済んでしまう用事さ。まぁ日中引き籠もってる僕の唯一の外出先というかなんというか。
とにかく用事をさっさと済ませて、僕はひとりで夜道を歩いていた。夜になれば村の明かりは殆ど消されてしまい真っ暗なんだけど、星が綺麗に輝いて遮るものが無いから十分なんだ。都会から来た人は、街の明かりで星の光が弱く見えていたと言って、ここでの夜景に感動してたけどさ。僕からすればいつでもそこにあるものだからどこに感動する要素があるのかさっぱりだ。これも慣れってやつなのかな。
それにひとりで考え事をする時間というものも結構気に入ってる。シーンと静かで聞こえるのは虫の鳴き声とか木が擦れる音くらいなんだけど、それでも昼間は沢山の人通りがあったんだっていう温かみがあるんだ。不思議だけどね。ひとりだけどひとりじゃない、そんな感覚が好きなんだ。

「……、……」
「ん?」

今日もゆっくり散歩して家まで帰る途中、小さな声を拾った。聞き違いじゃない、確かに人の声だと思う。妹なら幽霊か何かだと騒ぎ出しそうだけど、僕はそんなもの怖くない。むしろ文句があるから出てきやがれって感じ。
普段は誰かの声なんて気にせず帰るんだけど、聞こえてくる声が断続的に続くものだからちょっと興味が湧いてきた。じっと耳を澄ませ、発生源はどこからなのか辿る。近付けば近付く程はっきり聞こえてくるし、何か喋っている様子は、ただの会話って感じじゃないから分かりやすかった。
ゆっくり距離を詰めていけば、昼間ギルドの人達を案内した宿屋の前で立ち止まる。ここはこの村の中でも比較的大きな建物で、室内にいるなら声が漏れる事なんてまず無い。じゃあどこから聞こえてくるんだろう? と不思議に思って足を勧めれば、裏手に行く事になった。段々声も近くなって何を喋っているのかはっきり分かるようになる。そこでようやく、僕は無駄足を踏んだと分かったんだ。

「みっ……未来溢れる、その……子供達を傷付けさせはしないっ。くらえっアビスソーッド!」
「ルーク、本番は明日なんだから今から照れてると覚えきれないぞ」
「うるっせー大体なんだよこの陳腐でだっせー台本は。俺こんな役だって聞いてねーぞ!」
「主役がやりたいって我儘言ったのはお前だろ? 格好良く敵を倒してスッキリするアクションにしろって、わざわざエステルに台本変更してもらったんだし」
「絶対最初のやつのが良かったじゃねーか……。あのドラゴン退治するやつ」
「ドラゴンのセットを作るには時間が足りないんだと。ロイドが悔しがってたなぁ」

どうやら明日の劇のセリフ合わせをしているみたいだ。……だよね? というか今更してるの、と思わなくもないんだけど。本番明日だよ?
こっそりと建物の角で隠れて覗き見れば、暗いけどぼんやりふたり分の人影がある。ひとりは夜にも眩しい金髪で、昼間来たギルドのキャーキャー言われて愛想良くしていた方だと分かる。もうひとりは……服の白い生地がぼんやり浮かび上がってるのしか見えないや。けど言葉使いだけで随分乱暴な感じがするのは間違いない。
やっぱり適当に済ますつもりなんだな。文句ばっかり言う主役なんて、子供達すら騙せないぞ。明日の、妹が楽しみだと言った劇の散々だろう内容に僕は期待する事を止めた。別に元々してないけど。
怒り狂う妹の矛先が僕に飛び火しない事を祈りながら、僕はそーっと離れる。背中から聞こえる練習のセリフが少しだけ気になるけど、どうにもぎこちなく吹っ切れてない言い方が余計に酷く感じさせるだけだった。


「お兄ちゃん朝だよ、起きて! 起きなさーい!」
「…うう、勘弁してくれよ」
「勘弁しません、朝ごはんが片付かないから早く食べちゃって! それに劇は今日でしょ? 見に行かなきゃ!」
「僕の仕事はただの案内だから、劇の内容がどうなろうと構わないんだよぉ」
「私が気になるの! ほら早く食べて行くわよ!」
「横暴だぁ〜…」

普段から多少強引ではあったけど、ここまで無理強いする程でも無かったのに。どうやら妹は相当に興奮しているみたいだ。このテンションの高さが、劇が終わった後どうなってしまうのか今から考えても恐ろしいよ。
僕は頭の隅で昨夜の練習風景を思い出したけど、たった一晩でどうにかなるとは思えない。そもそも通しの練習だってしていないんじゃないのか? 直前に来るなんてちょっと舐めているとしか思えない。ギルドの仕事と平行して練習してるのかもしれないけど、そんな片手間で成功するんだろうか。
まぁ僕にはそんな事関係ないけどさ。ただ直接被害がこなければいいだけ。具体的に言うと怒り狂った妹の矛先はどうしたって僕が受け持つ事になるんだよ、これも兄の仕事だからね。はぁーあ。

散々叩き起こされて、僕は渋々暖かい毛布から蹴落とされてしまった。せっつかれて朝食を食べ、身支度もそこそこ引っ張られて家を出る事に。そりゃあ別に綺麗好きって訳じゃないけどさ、ボサボサ頭のまま我慢出来る程僕は思春期ってやつを捨ててないんだぞ。兄がみっともなくて恥を掻くのは妹本人なんだ、頼むから顔くらい洗わせてくれよ。
時間は昼前、本来なら外は行き交う村人が居るはずなんだけど、今はとんと見かけなくて随分物寂しい風景。色んな所から人が集まって住んでいる村なのに、こうも閑散としてしまうなんて不思議なものだな。
でも妹に引っ張られて広場まで行けば、一気にどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。馬鹿みたいに陽気な騒ぎ声は近付く前からうんざりしてきて、くるりと踵を返して家に帰りたくなってきた。
酒の入った大人程理不尽なものはないから、僕はああいった乱痴気騒ぎには極力近付きたくない。勝手に喧嘩して勝手に仲直りして勝手に忘れてるのさ。僕は絶対あんな大人にならないぞ。
会場に着けば、劇をする広場前でパーティが真っ盛り。一応酔っぱらいがフラフラ立たないように簡単なロープで囲ってるけど、そんなもの効果は無いと思う。村の大人8割は集まってるんじゃないかって数で、男の人は酒飲みまくって女の人は集まって思いっきりお喋りしてるみたい。その隙間を縫うようにギルドの人や、手伝いの人が次々と料理とお酒を運んでいた。流石の僕もあれにはご苦労様、と労らずにいられない。
相変わらず引っ張る妹の足はそんな現場を完全に無視して、広場の方へ意気揚々と歩いていた。

「あーん、みんな早い!」
「……け、結構本格的なんだ」

元々の広場は本当にただの開けた場所であって、こんな立派な舞台なんて影も形も無かったのに。演劇をするっぽい立派な舞台がしっかり造られていて、両側を立て板で塞ぎ演技する裏手は見えないようになっている。
首都でやってるような劇場を見に行った事は無いけど、写真で見た舞台と負けず劣らず、いいや資材なんてそこらへんに生えてる木くらいしかないこの村で、よくぞここまで立派な物を作ったとむしろ感心してしまった。
そしてこれも手作りっぽい長椅子がずらーっと扇状に並び、驚くべき事に半分以上の席が埋まっているじゃないか。まだ時間には早いはずなのに、みんな一体どれだけ楽しみにしてるんだよ。
ひと通り見渡せば、前列は小さな子どもで埋まってる。気を使って大人達は後ろの方で固まってるけど、ほぼ母親達でペチャクチャお喋り中。一応男の人もいるにはいるけど、子供に付き合わされてる感満載で後ろの宴会に行きたそうにちらちらしていた。
僕と同年代の男達は一体どこに退避してるんだろう。僕もそっちに逃げたいや……。

「ねぇ、お兄ちゃんは役者さんの案内をしたんでしょ? なら出番前に挨拶とかした方がいいんじゃないの?」
「責任者ならともかく、僕はただ単に案内しただけだよ。それもほんの一瞬で終ったし。邪魔になるだろうから止めとけって」
「も〜……お兄ちゃんには責任感ってものがないの!?」

途端に怒りだした妹は無責任にも僕を放置して、さっさと友達らしき集まりの中へ行ってしまった。あいつが僕を強引に連れ出したくせに、酷いじゃないか。基本的に引き籠もりである僕が、こんな場所で苦労を分かち合える友達が居るはずも無く肩を項垂れるしかない。というか僕この村でできた友達なんて居ないんだった。
思いがけず自由になった僕はさてどうしようかと、周囲をキョロキョロ見渡す。帰ってもいいんだけど、朝食を食べてここまで来て、素直に帰るってのもなんだか勿体無いだろ。ちゃんと働いた対価はもらうべきだと思うんだ。お小遣い制で誤魔化せるなんて純粋無垢な子供までなんだからな。
これだけ観客が集まるとは正直予想外だったので、昨晩練習していた主役がこの数を見てどう狼狽えるのかちょっと興味が湧いてきた。基本僕も手間取るし人前では上がってしまう方だけど、他人がそうなると途端に冷静になって面白がれるタイプなんだよね。自分で言うのもなんだけど性格悪い。
ようし、しょうがないから僕もこの劇を見ていこう。そして飛び交うブーイングをニヤニヤしながら聞くんだ。でも帰りに妹に見つかるととばっちりをくらうので、なるべくすぐ出られるように一番後ろの席に座ろうかな。
僕は一番後ろの端っこに、まだまだ場所は空いているのに肩を狭めて座った。周囲を見れば誰かしら喋り合って楽しそうにしているので微妙に肩身が狭い。
時間が迫ってくればどんどん人がやって来て、席が埋まってみれば同年代もちらほらと姿を見せていた。彼らは手に食べ物を持って何やら楽しそうだ。時々こちらを見ているような視線を感じるけど、僕は徹底的に知らんぷり。別に何かある訳じゃないんだ、気まずいって事もない。ただ何となく僕の勝手な引っ掛かりが彼らと交じるのを拒んでるだけなんだ。
この村の人達は良い人ばかりで、それが余計に居心地を悪くする。こんな風にひねくれてる事を自覚してるから、僕は引き籠もっているんだけどなぁ。

――カァンカァンカァン
甲高い音が鳴り響くと、舞台の幕がするすると引いて中央に人が立っていた。その人は昨日案内した中のシスターで、マイクを持ってにっこり微笑んでいる。あれ、これって劇なんだよな? 僕は不意に嫌な予感に襲われた。

「昔々ある国では、とある悪の組織に支配され暗黒の時代をおくっていました。街は恐怖と悲しみに包まれ、か弱い市民は怯えて暮らすしかありません。そして今日も……見てください、悲劇が起きようとしています!」
「失礼な事を言う……オレはこの国を想い良くしてやろうとしているだけ。国が割れ争いが起こるくらいなら、この手の中で纏まれば戦争も起きはしない!」

直ぐ様反対側の裾から、頭に角を生やしたいかにも悪そうな大魔王って感じの人が出てきた。あの黒髪長髪は昨日のキャーキャー言われても普通にしていた方だ。座っている反対側から、大きな声援がキャーッ! と一際上がる。ちらりと横目で見れば妹が興奮して立ち上がっていたので、僕はそっと顔をそらす。
そして進行していく舞台を見て、これは参加型のやつだ……とげっそりした。
昔僕が子供の頃、小さな村にも移動演劇団が来て幾つかの演目を見せてくれたりしたけど、断トツで盛り上がるのが観客を巻き込む劇なんだよな。
内容は単純、悪い奴が悪い事をする為に観客席から人質を取り、司会の人が正義の味方を呼び込んで正義の鉄槌を下して終わり。当時の僕はそりゃあ純粋無垢な子供だったから騙されたけどね、この歳になれば痛々しいだけなんだよこーいうのは。
昨日の人が恥ずかしそうにセリフを練習していたのを思い出して、手のひら返して同情にあふれる。
舞台の上では胸元を開けて悪そうに微笑む自称大魔王が、観客席の女性達を順調に魅了していっているようだ。やっぱり顔か、顔なのか。そういえば小さかった当時の妹もあの時、マスクで顔を隠した正義の味方よりもやたら渋くて格好良い悪役に向かって瞳をキラキラさせてたっけ。……これは筋金入りだな。
気恥ずかしさから顔を逸らしても、高い空に響く演技の会話はどうしても耳に入ってくる。無駄に良い声で聞き取りやすいのが憎らしいんだけど。

「この国は腐っている。国民の声を忘れ己の私欲を肥やす為に税を上げ、無駄な国益の為に戦火を広げようと働き手を奪おうとするとは、許せる事ではない!」

悪役のくせになんか真面目っぽい事を言ってる。小さな村出身の僕にはよく分からないけど、都会から来た人によると貴族の汚染ってのはよくある事らしい。妹からの又聞きなので汚染ってのがどういう事なのか意味不明だったけど。

「故に! 真にこの国を愛するこのオレが、無能な国王に変わって導いてやろうというだけだ!」
「けど、貴方のせいで傷付いた人もいるんですよ!」
「それは逃げ足だけ早い騎士団の事かな? それとも保身に走って国外逃亡した貴族達の事か? 良いではないか、逃げた者を追ってまで始末はしていないのだからむしろ優しいと思うがね」

うーん、確かに話だけ聞くと大魔王の方が国の事考えてるな。僕はちょっとだけ話に興味が湧いてきて、舞台は見れないけど声でストーリーを追う事にした。
どうやら国の腐敗が進んで内乱が起きそうな所に、この大魔王が突然現れ侵略宣言をしたみたい。国の重税や徴兵に苦しめられていた人達は、大魔王の方がよっぽどマシだと考えて日々そっち側に着く人数が増えているそうだ。騎士達が出てきて捕らえようとするけど、守るべき一般人が庇うので手出しが出来ない状態らしい。
もう明け渡しちゃえば? と僕は思ったんだけど、今まで国の中で働いてた人達の安全もあるから簡単には譲れないんだと。えー、でも大魔王今逃げる者は追わないって言ってたじゃん。
舞台の上では、金髪碧眼のキャーキャー言われて愛想よくしていた方が鎧を着て大魔王に剣を向けている。なんかこっちの方が見た目的にも主役っぽいな。というか観客席はみんなそうだと思ってるっぽい。僕は昨日見たから、主役がまだ出てないって事を知ってるんだけど……。いやこれ、出てこなくてもいけるんじゃないの?

「国の為を想ってなど随分な詭弁だな大魔王よ! 貴様が国民を扇動し、各所で暴れさせている事は知っている。耳障りの良い言葉だけを並べ、真実を隠すとは……所詮悪の大魔王か!」
「フッ……オレは直接手を出していない。ただ、国を想う皆が自発的に動いてくれているだけ。皆誰も彼も、愛する国の為に我が身を削って革命を成そうとしている。一介の騎士である貴様に、それを非難する資格があるというのか?」
「……クッ!」

子供向けの劇って書いてたと思うんだけど、随分切り込んだ内容な気がするのは気のせい? 周りを見てみると何も考えず声援を贈ってる層と、苦虫を噛み潰しような顔をしている層に分かれてる。特に僕の2席分横に座る、どこかの都会から逃げて来たっていう武器屋のおじさんが泣きそうな顔してるんだけど。
ちょっと誰かのトラウマっぽいものを容赦なく抉ってる感があるから、早く正義の味方出てきてあげてよ! 僕がこんなに必死になるのはここに来て初めてだよ!

「そこまでだ!」
「この声は!」
「チッ……毎回毎回、凝りもせず良い所で邪魔をする」
「正義の使者! アビスレッド参上おおっ!!」

何故か天井から降りてきた真っ赤な、……上から下まで真っ赤なぴったりとした皮のスーツを着た正義の味方が、自棄糞気味に聞こえなくもない叫び声で登場した。謎の人間ドラマ的展開に飽きていた子供達はこの衝撃に歓声を上げ、後列の大人達はどよめきのハーモニーを奏でた。そりゃそうだ。
国の行く末を描くドロドロした善悪の人間劇かと思っていたら、突如場面に粗ぐわぬ仮面の男が正義の味方だと叫んで登場してきたんだから。普通の判断力があるならまずそっちの方を警戒すると思うよ。
でも舞台に立つ登場人物達はそんな事を疑問に思わないようで、むしろ宿敵の相手みたいな感じで会話を始めた。
そういえば正義の味方って事はあの不審な方(酷いかもしれないけど事実だ)が、昨夜セリフの練習をしていた方なのか。ぎこちなかった割に、今は良く響く声で空までハッキリと通る声で喋っていた。
なんだ、文句を言ってたわりにちゃんとやるんだな。やっぱり冒険者やギルドの人って元々選ばれた人なのかも。武器や防具を持っても台本を持っても、何でもできちゃうなんて不公平だよ。
暗に失敗すれば良かったのに、と思っていた僕の思考はその事実に落ち込んだ。僕はなんて卑劣で卑屈なんだろう。でもさぁ最初から持たざる者って居るもんだよ。僕だって好きで持たざる者って訳じゃないんだから、ちゃんと生まれる時に持たせて欲しいもんだ。
鬱々とした勝手に沈む僕の気分とは他所に、正義の味方が現れた事で舞台への声援が真っ二つに割れている。片方は子供組のアビスマンとやらに、片方は女性陣のハートをがっつりキャッチしてる悪の大魔王に。僕としてはどっちでもいいや。どうせただのお芝居なんだし。
あの雰囲気ぶち壊しなアビスマンの登場のお陰で、ある意味これは完全に創作物だと思えてきた僕は、逸らしていた目をようやく舞台へと向けた。するといつの間にか騎士は居なくなってて、舞台上では悪の大魔王と正義の味方の対決になっている。なんか展開早いなー。っていうか、お約束な人質はいつの間に終わったの?

「アビスマン、何故貴様は国の味方をする? 貴様とて知っているだろう、この国の腐敗を!」
「知っている、だがそれは俺の正義を止める理由にはならない」
「フッ……正義、か」
「何を笑う?」
「たったひとり正義を振りかざしたとしても、誰もそれを認めてくれる者などいやしない。誰も貴様を正義と言ってなどいないのだ、なのに自らを正義と名乗る貴様の滑稽さが哀れなのだよ」
「正義は数なんかじゃない、人の心に宿る光だっ」
「貴様が奮起したとして、ひとりで何が出来る? 我々を追い払うとして、根本的な解決になりはしまい。むしろ住民達から恨みを買っている事に気付いていない訳でもあるまい?」
「……それはっ」
「誰からも感謝されず、尊敬されず、むしろ疎まれて……一体お前に何の利益がある? 顔を隠しているおかげで攻撃されずに済んでいるようだが、そのせいで誰からも覚えられない存在なのだ。見よ、先ほどの輝ける騎士すら、貴様を置いて逃げたではないか!」
「彼らはそんな人間じゃない……っ!」
「命がけで誰かを助けても、結局は都合良く忘れ去られる運命なのだよ正義の味方なんてものは!」

僕は瞬間、大声で叫んで舞台を台無しにしてやりたくなった。けれどドクドクと血管がうるさいし、喉がカラカラで引っかかって声が出ない。目がジンジンしてとてつもなく痛くなっている。
偶然視界に入った斜め前方には妹がいて、今にも泣きそうな顔でこっちを見ていた。駄目だ、泣くんじゃない。妹が我慢しているのに兄が先に泣くわけにいかないんだ。
ちくしょうちくしょうちくしょう! ただのギルドの、くっだらないお遊びだと思って油断していた。僕はがばりとうずくまり、これ以上聞きたくないと遮断した。
しかし憎々しい事に、正義の味方の高く聞き取りやすい声は大きく空に響く。聞きたくない、早く帰って毛布をひっ被って閉じこもらなくては。そう耳を塞ごうとして届いた答えに、僕の体は硬直してしまった。

「俺がしたいと思った事なんだからそれでいいんだよごちゃごちゃうっせーな! いちいち他人の都合に合わせてられっか!」
「……コホン」
「あっ! ……えーと、そうじゃなくてだな」

今まで無駄に威勢がよかったアビスマンが突然しどろもどろになり、チラチラと舞台袖を気にしている。正面からは見えないが、僕の座っている端からは先程舞台を捌けた騎士が必死に大きな紙でセリフを教えている姿が見えていた。……やっぱり一晩じゃ覚えきれなかったんだな。

「そうそう、正義とは見返りを求めるものじゃないんだ! 誰かの涙が一粒でも零れないように駆けつけるものだ!」
「……どうやら我らは永遠に分かり合えない運命のようだ。残念だが、君はここでその生涯を終えてもらおう!」

そして唐突に始まるアクションシーン。ふたり剣を手に取り、やたら迫力のある……いや、あれって本物? ちょっと真剣過ぎて見てるこっちが怖くなってきたんだけど。

「てぃ、はぁっ! 襲爪雷斬ッ!」
「なんのぉ! 戦迅狼破ァ!」
「イテッ! てめー本気でやりやがったな!?」
「殺気丸出しで斬りかかってきたのはそちらさんが先だろ?」
「溜まりまくった鬱憤を晴らしてやるっ! 閃光墜刃牙っ!」
「そりゃこっちのセリフだっての、峻円華斬!」

演技めいていた動きを忘れて、舞台の上では完全にただの斬り合いになっているような気が……。これはこれで観客達は目の前のド迫力に大喜びだけど。やっぱり大衆娯楽って、こういった単純なものが向いてるんだよね。
僕はがっくりと力が抜けて、脱力感が伸し掛かってきた。なんだろうこの劇、色々普通じゃない。今度から予算をケチらず、きちんとしたお芝居の人を雇った方が良いと思う。

「……こうして、正義と悪の戦いは一旦の幕を閉じたのです。しかし忘れてはいけません。悪の大魔王は何時でも私達を利用しようと闇の隙間から窺っているのです」
「あの大魔王様なら私、利用されてもいいけどなー」

最後の締めに入っているシスターに割り込んだ言葉に、後方の女性陣はウンウンと同意している。しかしにっこりと、凄みのある笑顔でそれ以上を封殺されてしまった。神に使える人って、得も言われぬ迫力を持つ人でないと勤まらないのかな?

「今日はありがとうございました! 美味しいお食事とお酒はまだまだ沢山あるから、みんなしっかり食べて英気を養ってね!」

今度こそ終わりの挨拶で締めくくり、舞台の幕も降りていく。僕はボーっと間抜けな顔のまま、その舞台をじっと見つめていた。観客達は楽しそうに語り合ってほうぼう散っていくのに、ぽつんと取り残されても僕はその席に座っていたんだ。






  


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