オルタ・ヴィレッジ在住のやる気のないごく一般的な若者(16)の青臭い日常を綴る記録の内の極端な天災に出会った時の出来事








世界はちょっと色々あり過ぎるんじゃないかな、と僕は学の足りない頭で最近必死に考えているんだけどどうだろう。帝国の襲撃を受けて故郷を焼かれ、ふらふら難民生活をしていた時はそりゃあこの世の終わりかと思ってたけどね、でも僕が嘆こうが大人たちが泣き喚こうが毎日世界樹は平然と中心に生い茂ってて、何が世界樹だよ木偶の坊が、僕達の里が焼かれても黙って見ていたくせに、と恨んだ時もあった。
けれどやっとの事で難民を受け入れてくれる所を見つけ、とりあえず定住出来る場所を得て、日々の食事も安定とは言い難くも最低限保証出来るようになった頃なんだけど、ちょっと前はあんなに恨み辛みを呟いてた世界樹に信じられないくらいでっかいトゲがざっくり刺さってるとか、小心者の僕としてはまさか日々の恨み事があの樹を傷付けてしまったんじゃないだろうか、なんて思ったものさ。
やっと落ち着ける場所が出来たのに、世界樹の痛々しい姿をああも毎日見せられちゃやっぱりルミナシアの民としては、願う事なんて早く良くなりますように、だろ? 老人達も毎日祈りを捧げてて、それを見た子供達も一緒になってお祈りしてるもんだからこれはこれで世紀末っぽく見えてどこか嫌だった。
祈るくらいなら何かすればいいのに、なんて偉そうな事だけは頭の中にあって、でもそれならどうすれば良いんだ? って事になる。世界樹に刺さっているトゲを抜いてやろうとしても、あんなにでっかいトゲを抜ける道具があるもんか、それに持てる人間だっていやしないじゃないか。
そもそも生まれ故郷が帝国の侵略に会い、ガタガタ震えて縮こまっていた僕が一体何を出来るっていうんだ。冒険者でもない僕は魔法だって使えないし剣もろくに使えない、拳を奮えば逆にこっちが怪我するくらいの貧弱さ。がっくりと項垂れ、今日もペラッペラのシーツに包まって眠るんだ。明日目覚めたら何もかもが良くなりますように、ってね。
でもまさかそれが本当になると、やっぱりびっくりするのが人ってもんだろう? 世界樹に刺さっていた白いトゲも覆ってた魔法陣も、昨夜はしっかりあったのに起きたら綺麗さっぱり消えている。それだけじゃない、寒々しい岩肌だらけだった土地や、枯れていた森の泉に水が湧いているじゃないか。まるで世界に色が灯ったみたいに、全てが生き生きとしていたんだ。
もうね、喜ぶ前にぽかんとしちゃったね。だってさ、どれもこれも、僕の知らない所で世界は勝手に滅亡しかけてたり綺麗になったり、どこでそんな話が進んでいるっていうんだい? 僕だって曲がりなりにもルミナシアの住人なんだから、そーいったスケジュールの端っこくらいは知っていたっていいじゃないか。次の予定はなんだい? 世界は生まれ変わった! と見せかけて更に突き落とす予定? 故郷が焼かれてから悪い知らせは先に聞いておく事にした僕にとって、喜ばしい話ってのは後の落差が怖いものになってしまった。

それから色んな人に、と言っても今の僕はそんなにコミュニケーションが取れる方ではないので、ほとんど活発な妹が仕入れてきた話を聞いていただけなんだけど、救世主様が世界を救ってくださったんだとさ、終わり。
おいおい、今どきそんな作り話を誰が信じるっていうんだい? 妹は僕より3つ年下だけど僕よりしっかり者で、なのに時々びっくりするくらい夢見がちで困る。お兄ちゃんは根暗なのをなおしたほうがいいわよ、とはっきり言うくらい気が強くて、他所で誰かと衝突していないか心配だよ。
しかしこの話の出処が教会の神父様やおばばというのだから僕はちょっと気になってしまった。おばばはこの村に住むおばあさんで、魔法の素質があるらしく占いで天気を見たりと妙な信頼がこの村ではある。僕は占いなんて信じないから胡散臭いおばあさんだなぁ、程度にしか思っていないんだけど、教会の神父様はみんなの話を聞いてくれたり意見を纏めたりと、わりと発言権は大きくて僕にとっての信用度が違うんだ。
ちょっと気になるし、僕も話を聞きに行こうかな。そう思って外に出てみる。曇っていた天気は暑いくらい良好で、土の道は雑草が生い茂りすぎて絨毯状態だ。ふわふわする足取りなもんで、同じように僕の気分も浮かれてきた。
もう戦争も無くなって気味の悪いトゲも無くなったんだ、故郷が焼けたのは悲しいけど今はなんとか生活出来ている。ならもうそれでいいじゃないか、きっとこれからは良い事ばかりに違いない。普通の人ならそれだけで未来を喜べるんだろうけど、生憎僕は現実的なのでそんなお手軽に楽観出来なかった。こういう時自分の性格は生き難いなぁと実感するよ。ちょっと前まではそんな事なかったんだけどね、人って分からないもんだ。
うっとおしい空気を振り切る為に、わざとらしくスキップしてぎこちない笑顔をしてみたけど、見られたくない時に限って見られるのはお約束というもので、すぐに足を止める結果になった。

「お前さん、良くない相が出ておるから気をつけるんじゃぞ」

出会い頭に突然こんな事を言われて、僕みたいな小心者がチビらない理由ないだろ。迫力あるおばばの顔は、お日様の下だろうがお構いなしに雰囲気がある。どうして老人の顔って黙ってるとあんなに怖いんだろう。

「おばば、いきなり挨拶も無くそーいう事言うのやめてよ……」
「なぁに、村の集会にも顔を出さんくせにうっとおしい顔を振りまいとったガキが、ますますうっとおしい顔しとったからねぇ」
「ううっ……なんでこう年寄りは人の痛い部分を遠慮無くズバズバ言っちゃうんだろう」
「偶にはちゃんと顔出せぇ、お前の妹が心配しとったぞ」
「分かったって、次の集会にはちゃんと出るよ」
「ほんでなぁ、馬には気ぃ付けるんじゃぞ」
「馬? 村で飼ってる馬の事?」
「わしの長年のカンがそう言っとる。下手に近付いて蹴られんようにせぇ」

ひょっひょっひょ、と胡散臭い笑い声をあげておばばはのそのそ行ってしまった。普段家から滅多に出歩かないのに、今日に限ってどうしてひとりでフラフラしてるんだよ。この村は僕の故郷の人達や、他の難民も一即多に引き受けてるから僕の常識とはまったくかけ離れた人を知る事が多い。
時にはそのせいで村人同士衝突する事あもって、何度も話し合って分かり合い、以前よりも結束が強くなったりもしているんだけど。まぁ僕は家で引き籠もってたから、そういういざこざが起こりそうな話も全部妹から聞いた話だけどね。
それにしてもおばばの言っていた馬に気を付けろってどういう意味なんだろう。この村で労働力として飼っている馬はもちろんいるんだけど、ああいう世話するのにも力が必要だったりする動物は僕には不向きだから近付いた事が無い。僕が世話出来る動物なんてせいぜいねずみや猫くらいかな。犬も大型になると無理だし、野犬なんて自分が餌になるのがオチだ。うう、想像したら怖くなってきちゃったぶるぶる。
とにかく、教会に入る前に気分の悪い事を言われ、繊細な僕は長ったらしい話を聞く気がすっかり無くなってしまった。面倒になってきたから今日は帰ろうかな。話なんていつでも聞けるし、そもそも放っておいても妹がぺちゃくちゃ喋るんだ。
ちらりと覗く緑は教会の後ろにある牧羊地。牛や豚と一緒に馬が見えて、僕の足は勝手にくるりと回ってしまったのだ。体は正直だよね。それに年長者の言う事は聞くべきだよな。うんうん、とひとり頷き僕は歩いてきた道を駆け足気味で戻っていくのだった。

あらおかえりなさい、と母親が声をかけるが僕は返事もせず隅っこに逃げ出して、覚えてしまうくらい何度も読んだ本を手に取る。これはここに来る以前から持っていた、子供の頃に自分のお小遣いで買った古い図鑑だ。子供向けに絵が大きく載っていて文章も少なめのやつ。というかこれは大きな一枚絵をバーンと載せる事によってページを稼いでいるんじゃなかろうか。
子供相手だからっていい加減な仕事をしないでもらいたいな、とぶつくさ言いながらもページをめくる。なんだかんだいって生まれ故郷からの付き合いなので捨てられない。けれど最近は逃げ場所に使われて少々不満気に見えるのは、あまりにも僕の精神が軟弱者だからだろうか。
僕は元々人見知りかつ繊細なので、色んな土地から来た色んな常識を持つ沢山の人というものが苦手なのだ。いくら戦争下でそんな事をいっている場合じゃないといわれても、性格はそんな簡単に修正出来るものじゃないんだよ。これが一人っ子なら助け合いの村でそんな我儘通るものかって話なんだけど、おしゃまで活発で世話焼きな妹が居るお陰で強引に引っ張りだされたりもしないんだよね。むしろ駄目な兄を助ける健気な妹っていうアクセサリーにされている気がしなくもない。
それは別に良いんだ、僕は自分の小心者で臆病な性格を結構嫌いじゃない。下手に勇敢だと、無謀な事に首を突っ込んで怪我をするものさ、父さんみたいにね。

その数日後、僕は村の集会に顔を出した。おばばに脅されたってのもあるけど、いい加減参加しろと前々から言われていたのを思い出してさ。何せ僕はこの村に流れて来て以来一度もこういった集まりに顔を出していなかったもんだから近所の人に大変評判が悪い。ちょっとおどおどと頭を下げながら部屋に入れば、一瞬誰だ? って空気になって、妹が続いてすぐに挨拶をしたのでやっとああ、あの引き籠もりのお兄さん! というお言葉を頂いた。世間は厳しいや。
ほうぼうからかけられる声は全て妹に向けて。顔の広いらしい妹は大人気だなぁ兄としても鼻が高いぞ。開いている場所に座り、前の方で白熱している議論をぼーっと聞く。
今話し合っているのは、この村に定住する人間が増えてきたのは喜ばしいけれど、その分居住区がもっと必要になってきてその土地をどうするかって会議らしい。住む場所が無いというのは大変に苦しいし惨めな想いをするものだ、それは僕も体験してきたのでよく分かる。
でもこの村は頭のいい学者さんの論文? みたいなものに沿って建てられた集落らしくて、大きな国や街では当然にある星晶エネルギーによる機械や大規模施設が存在しない。僕みたいな元々小さな村の出身だとなんとも思わないんだけど、都会から来た人は原始的で野蛮だと喚いていた、らしい。これも妹から聞いた話。まぁつまり自然と共に生きろって事だよね。
でも予想以上に人が増えすぎちゃって土地を広げたいけど、そうなると近くの森を切り開いたり周囲の自然を壊さなくちゃいけない事になる。それを反対派と賛成派が毎日議論してるそうだ。でも両方意見の押し付け合いでちっとも解決策が見つからないらしい。妹が小さな声で丁寧に説明してくれた。お前は本当に頭も要領も良いよ。
それで、いい加減白熱し過ぎて空気が暑苦しくなってきた頃合いさ。ギスギスしだして僕はケンカになる前に帰りたいな、と思っていた時に神父様が止めてくれた。

「お互い少し熱くなり過ぎています、このままでは良い案も出ませんよ。今日はここまでにして、次の議題に移りましょう」

まだまだ言い足り無さそうな村人達だけど、神父様のきっぱりした声で見事遮断してしまった。ああいうの格好良いよなぁ、と本当に思う。
僕は正直、冒険者だとか英雄ってものが好きじゃない。だって剣を持てばそれを振り下ろさなくちゃいけないだろ、そうしたら切られた相手は傷付くじゃないか。余計な力を持つと、それに対して義務が付き纏ってくる。強い者が弱い者を守るべきだって常識に従って自分が死んだりしちゃ元も子もない。

「では、もうすぐイベントでギルドからボランティアの方が来るのですが、その時に手伝っていただける人を決めたいと思います」
「……イベント? ボランティア?」
「あのね、ギルドの人達がパーティを開いてくれるのよ」

全くの初耳でびっくりしてしまった僕に、隣の妹がこっそり説明してくれた。といってもそのままその通り、ギルドの人が来てパーティを開いてくれるそうだ。何故なんの関係もないギルドが突然やってきてそんな事を? って胡散臭く思ったんだけど、表情に出ていたのか妹が丁寧に補足してくれた。
なんでもこの村の仕組みを構想した学者さんが所属してるギルドらしくて、これからはこの村みたいな作りの村を世界中に広めたいから、その為にも戦争難民を積極的に引き受けてもらいたいそうだ。生活や仕組みを勉強して、故郷に戻りたい人は戻って新たにここと同じような村を作ってもらいたいんだと。そうすれば以前の星晶戦争みたいな事は起こらなくなるらしい。
今増えすぎた村人の為に土地を広げようか広げまいと言い争っているのに、空気の読めないボランティアだなぁと正直に思う。つまりはもっと大きくしろよって圧力をかけてる訳だよね。僕的に言わせてもらうと今の生活と星晶戦争がどう結び付くのかさっぱり分からないが、その戦争から逃れて来た村人達にとっては頷くしかない言い方だ。なんかちょっと卑怯っぽい。ほら、反対派のおじさんが微妙に難しい顔してるじゃないか。突然ケンカしないでくれよ。

「では食事のお手伝いをメリカさん達にお願いして、舞台のセット作りをオーベリーさん達に……後は」
「なんだか随分大掛かりなんだな」
「大人達にはたっくさんのごちそうとお酒、子供達には舞台をしてくれるのよ」
「でもその準備だって結局は僕達が手伝うんだろ? それってボランティアって言わないと思うんだけど」
「戦争の心配が無くなって楽しく騒ぎたいのよ、みんな」
「戦争の心配が無くなったからこそ、これからが大変なのに……冒険者ってのは一般人の苦労を知らないもんなんだなぁ」
「毎日家でゴロゴロしてるお兄ちゃんが一般人的な苦労をしてるとは思えないけどね」
「……」

正論が痛い時は、全くその通りだからだね。妹よ、もうちょっと手加減してくれないかい。ぐっさりと根本まで刺さった痛みに僕は思わず呻き声を上げ、同情してもらおうと妹の肩をゆさゆさと揺する。だが冷たい視線すら見せてくれず、完全に無視されて僕はますます情けなくなった。そこへ不相応に一般人の苦労を語った罰が突然降りかかってきたのは予想外の不幸だ。

「では、案内役を君に任せようか」
「……へっ?」
「今まで集会に顔を見せてくれなくて心配していたけど、やる気は十分あるみたいで安心したよ」
「え? え……ちょっと待ってください、何の事?」
「お兄ちゃん、今度来るギルドの人達の案内役に決定したの。良かったわね」
「待ってくれよそんな事いきなり言われても困るって! 僕は冒険者みたいな荒くれ者に臆面もなく話しかけられるような心臓は持ってないんだ!」
「でも今手を上げたじゃない。神父様は影が薄すぎてみんなから忘れ去られないように、ちょっとはお兄ちゃんにも存在感を与えてあげようと考えてくれたのよ」
「あれは手を動かしただけで上げてない!」
「男が一度決まった事をグチグチ言わないで! もう決定!」
「え、えーっと……」

人前で始まった兄妹喧嘩に神父様は戸惑っている。しかしどう見ても僕の劣勢で、正直僕の方がオロオロしてきた。それに珍しく怒っている様子の妹に僕は結構ビビっている。普段しょうがないなぁと言って引っ張ってくれていたのに、心の底ではやっぱり思う所があったみたいだ。
周囲は当然妹の味方なので、この場で僕は頷くしかない。一応神父様が優しい顔で本当に無理ならいいんですよ、と言ってくれるけど、もしそんな事を言おうものならどうなるか分かったもんじゃない。何よりも怒っている妹の顔が怖いのだ。

「案内と言ってもそんなに難しい事をする訳じゃないから大丈夫だよ。イベント当日のスケジュールに添って、ギルドの人達を案内するだけだから」
「……はぁ」
「食事は前日に準備するし、お酒も倉庫から出すだけです。大きな仕事と言ったら役者さん達を舞台まで案内するくらいだし」
「それくらいならやりますよ……。これ以上妹を怒らせたくないし」
「はは、兄妹仲良くね。はいこれ、イベントの大まかな予定表」

帰り際、神父様が声をかけてきて簡単な説明をしてくれた。プリプリ怒りの収まらない妹は当然にさっさと帰っちゃうし、他の人からは兄妹仲良くな! なんて囃し立てられるし。
帰りながらぺらりと薄い予定表を見れば、結構大きなイベントのわりに随分とアバウトなスケジュールが並んでいる。何々……前日にギルドの人が来て食材を狩り、ごちそうを作って、翌日お酒を山程持ち込みパーティをする。まぁ単純な話だね。
男達には食事とお酒、子供達には舞台を見せて、女性達を休ませてあげようって趣旨みたいだ。それは良いんだけど……目に止まったのは舞台って所。
子供向けの冒険活劇? みたいな、ワイワイ楽しんで釘付けにするようなやつ? 題目が書かれてないのが気になる。まぁ小難しい劇なんてされてもそりゃ子供は楽しめないけどさ、何も書かれていないのはちょっと怖いよね。一応舞台を作る為に、ギルドの人間が数日前から来るみたいだ。僕が案内するのはそっちじゃなくて、当日に来る役者の方。これもギルドの人間がするんだろうか。
僕としてはやっぱり、剣を振り回すような集団が村に来るってのはちょっと怖いかな。この村の設立をしたギルドの人なんだから良い人達なんだろうけどさ、でもごく一般人の僕から見れば遠い知らない人達だよ。
僕の知らない人達が僕らの故郷を焼いて、僕の知らない人達が彷徨っていた僕達家族を受け入れてくれて、僕の知らない人達が世界樹を助けてくれて……。世界は僕の知らない事だらけだ。小さい殻に閉じこもってるのは自覚してるけど、でもそれで誰かに迷惑をかけてる訳でも無いんだからいいじゃないか。
帰り道をとぼとぼ、覚えている家の屋根が見えるまで僕は自分の胸で言い訳を続けていた。






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