broken heart. not!








 アニーに相談して勇気をもらったような、余計に怖気付いたような、だが背中を押してもらった事には間違いないので、ルークは心機一転立ち上がる。好きにはなったが告白するつもりはとんと無かったのは、希望が全く無いと読んでいたから。だが確かに、こちらから好きと言えば多少は考えなおしてくれるかも。今までのイメージアップ作戦がことごとく失敗していた事もあり、目の前のクモの糸にルークは飛びついた。
 善は急げとユーリを探し回れば、今回も食堂に居た。甘味が好きで自分の腕が相当だとは知っているが、食堂に入り浸りすぎではないだろうか。今回は食事当番ではなく、単純に昼を少し過ぎてからの昼食らしい。
 食堂内に人はまばら、静かな他数名がのんびりとティータイムを楽しんでいる。そんな落ち着いた空間にルークは嵐のように駆け込み、ユーリの目の前でバン! と食堂中に響かせるように机を叩く。当の本人は煩わしそうにだが、一応食事の手を止めちらりと上目使いをよこしてきた。

「おいこら大罪人! 何のんびり飯食ってんだよてめー」
「飯くらいのんびり食わせてくれよ、普段が忙しいんだから」

 照れ隠しについ口調が乱暴になってしまうが、ユーリは意にも介さない様子で食事を再開する。こちらの話を聞く体勢にすらならない相手に、ルークはイラッときた。だがユーリが食事をする姿を見るのは初めてで、ちょっと物珍しく興味を奪われる。お互いの食事時間帯がズレている為、見た事が無かったのだ。
 だがその視線があまりにもうるさかったらしい、ユーリは呆れの溜め息を吐きスプーンを再度止める。

「あんまり見られると食いにくいんだけど?」
「丁度いいじゃねーか、手を止めやがれ」
「……はいはい。今度はなんだ?」

 やけっぱちに聞こえるが、それでもユーリはスプーンを皿に置いたのは確か。それに気を良くしルークは隣に座る。懲りずに見つめる視線をうるさそうに逸らすが、無言で続けているとついに諦めて体ごとこちらを向いた。なんですかねぇ、と面倒くさそうな溜め息と共に。
 ルークは直球に、場所も人目も全て無視してずばり言った。

「すっ……好き、だっ!」

 ルークが言葉を発した丁度のタイミング、何故か食堂内のざわめきが静まっていた為やたらとはっきりそれは響く。キッチンの奥でぐつぐつ沸騰している音や、洗い物の水道が流れる音は変わらず続いており、妙に不思議な空気となった。
 周囲の全てを遮断して、ルークはひたに相手へと集中する。ユーリは瞳をほんの少しだけ拡げ、驚いているのかどうかよく分からない。ただ反射的に嫌悪感を持たれた訳ではなさそうなので、それだけはホッとする。
 ならば後はユーリからの答えを待つだけ。どんな返事をされてもかまわない、想いが叶うとは思っていない。だがアニーが言ったように、今から意識してくれたら。少しずつでも近付けたら嬉しい、そんなささやかさ。ごくりと唾を飲みユーリの唇が開くのを待つ。やたらと静かな空間の中、響いたのはやっぱり呆れた声色だった。

「わりーけど、このエビシュウマイ今食ったので最後だぜ。どうしても食いたいなら、そっちで材料用意すりゃ作ってやってもいいけど」
「ガイ、ガイ! 今すぐ材料買ってこおおおおいっ!」

 ――目の前にエビシュウマイがあったなんて、最大の誤算だった。ルークの大好物がふたつセットであって無視出来る訳が無い。ルークは自室に居るはずのガイを気合で呼び付け、とにかく今から何としてでも材料を買って来い! という命令系我儘。それを隣で見ているユーリの視線には全く気が付かなかったのは、痛恨の極みである。
 作ってもらったエビシュウマイは甘くてプリプリして最高だったのだが、買い物に行ったガイの方の皿には、ルークの皿の分よりも大きめな物が乗っていたのを目撃してしまった。おまけにユーリはおたくも苦労するな、とガイをねぎらいっぱなしである。解せぬ。
 ルークはその日の日記に今日の後悔を綴り、やるせない現実に苦悩して頭を抱えながら就寝した。

 もっとこう、何もしていない時を狙った方が良いのだろう。第一昨日は勢いとはいえ、食堂で言うべきではなかった。もしあの場でイリアやアーチェ等といった噂好き面々がいたとしたら、一晩で船内中に面白おかしく伝わっていただろう。
 目的は意識してもらう事。だから他者にルークがユーリを好きな事を知られても、……かなり恥ずかしいがこの際我慢する事にした。好きな事は事実だ、事実を指されて羞恥から否定する段階は昨日で終わり。アニーも言っていた、当たって砕けろ作戦である。いや砕けたくはないが。
 作戦といっても穴だらけでは意味が無い。何時もならば直ぐ様突撃してしまうルークだが、もう既に失敗を重ねている状況。もう少しだけきちんと練るべきだと考え、ユーリをひとり捕まえられる時間というものを考えてみた。
 まず自分に置き換えてみて、だ。朝っぱらから忙しなく呼び出されるのは嫌だから却下。師匠との修行やクレス達との手合わせを邪魔されるとイラッとくるのでこれも無し。昼食後はまったり昼寝をするので、眠い時に話しかけられるとムカツクのでこれも無しだ。起きた後はおやつ前の時間、依頼か船内の当番に行くかロックス達の焼きたておやつにありつけるかもしれないタイミングでもある。依頼といえど外に出られるチャンスを逃したくないし、当番をサボると口止めしても何故かバレてエントランスでアンジュに強制正座させられる。そして夕食をとり夜になればなったで、風呂上がりのほっこり時間を邪魔されるのなんて冗談じゃない。

「全然チャンスねーだろーが!」

 自分に置き換える作戦は駄目だ。そもそもユーリがルークと同じ生活リズムである訳でもないのに、考えるだけ無駄だった馬鹿らしい。やはり初志貫徹、ごちゃごちゃ考えず後をつけて、ひとりになった所を暗がりに引きずり込もう。字面では大変危ないが、これは告白の為の可愛らしいものなのである。間違えてはいけない。

 だが、だがルークの想い虚しく。ユーリの背中を一日中ストーキング……いやチャンスを窺うが、全くといっていい程チャンスが訪れなかった。ユーリがひとりになると途端に誰かが話しかけてくるのだ。
 料理のレシピだったり、あの品物はどの街に売っていたとかだったり、掃除のコツを求めたり。どれもこれも微妙に生活感あふれているのは気のせいだろうか。
 にしてもルークのイメージでは、ユーリはもっとひとりで居る時間が多いとばかり思っていた。皮肉屋で斜に構え、権力を嫌っている……それこそ一匹狼のような。しかしずっと見ていると、ちょくちょく誰かから話しかけられている。ひとりひとりの拘束時間は短いのだが、当番の休憩や廊下の移動時間といった隙間を埋めてくるので、むしろひとりでいる時間が無いように見えた。
 人気者、というやつなのだろう。ガイもよく誰かから話しかけられるし誰かを気にかけ話しかけている姿を見かける。しかし本心はどうなんだろう。ルークとしてはあまり誰彼と関わるのは面倒だと思うし、いきなり人の顔や名前を覚えてられない。
 ガイは長年の付き合いだが、ユーリとはアドリビトムに来てからの付き合いだ。こんなに精一杯話しかけても、彼の中では大勢の話しかけてくる仲間の内のひとり、程度の認識かもしれない。いやそうだろう、それ以外なんてどうせ悪い評判だけかも。
 これを考え始めると途端に落ち込む。どうしてもっと最初から好印象を与えられなかったのだろうか。スタート地点が最悪だから今苦労しているのだ、当時の自分はなんて考え無しだったのか。いや思い出せばあれはそもそも嘘を吹き込んだジェイドのせいではないか! あの野郎……思い出したらムカムカしてくる。
 悲しみの天秤が傾かないよう、怒りに薪をくべた。女々しく泣くだけではどうにもならない、それくらいならば周囲を巻き込んででも行動しよう。主にその被害はユーリになり、ますます悪循環に陥っている気がしなくもないがとにかく。
 ルークは挫けそうな心を叱咤し、もう一度自分を励ました。せめて気持ちを知ってもらおう。玉砕するのはその後だ。どうせ嫌われているのだし。……やっぱり想像したら気が重くなってくるし正直落ち込む。頭の朱毛が元気無くしょぼんとへこたれると、背中から思わぬ声がかかった。
 どきりと驚き振り向いてみれば、あれ程望んでいたユーリがひとりで立っているではないか。

「さてと、お待たせしましたお坊ちゃん」
「……へ?」
「当番も済んだし、こっちの用事は全部終わらせたぜ。なんか話あるからオレの背中にずーっと張り付いてたんだろ? 幽霊かと思うくらい陰気な顔でな」
「えっと……んだよテメー俺をこんなに待たせやがって馬鹿野郎! 大罪人!」
「わるうございました、すみませんね。んで何? この前からやたらオレの周りウロチョロしてんだから、何か言いたい事あんだろ」
「う、あ、そのっ」

 へこたれていたテンションが急激に上がり、宙に浮いたようにふわふわ嬉しくなる。朝からルークがずっとストーカーしていたのに気付いていたとは。まぁ誰が見てもバレバレの拙いものだったのだが、当の本人は必死だったのだから分かりようもない。そんな事よりも気付かれていた事が嬉しかった。気付いていたのに無視して放置し、用事が終わるまで待たせていたという考え方もあるが、それはともかく。
 ユーリの顔で見つめられるとルークは舞い上がり緊張し動けなくなる。やっぱり顔が好きだな、俺ってメンクイだったのか……と今更な事を考えては動揺したまま。毎晩あんなに告白の練習をしたじゃないか、想像上ではあるが。好きと言うだけ、それだけだ。そのたった2文字がこんなに渋滞するとは。
 ルークは勇気を絞り出し、顔を真っ赤にしながら必死で告白を絞り出した。

「す、す、す……す、好き、なんだけど、よ」
「エビシュウマイは昨日作ってやっただろ? それとも今度はチキンサンドがいいってのか?」
「食い物の話じゃねーよ人を食いしん坊扱いすんな!」
「じゃあなんだ、言っとくけどヴァンの居場所なら知らねーぞ」
「ヴァン師匠は朝から依頼に出て夕方帰ってくる予定だっつの!」
「そーですか、予定はしっかり頭に入ってるんですねよございましたっと。んじゃ何の話なんだよ」
「いやだからお前が好きなんだっつってんだろーが間抜け野郎!」

 思い通り通じない会話にイライラして、ついルークは罵声も飛ばしてしまう。好きで好印象を与えたいのに、何故自分は口汚く喋ってしまうのだろうか。しかしユーリは全く気にした様子もなく、今度は特に驚いた表情も見せずぱちくり瞬きするだけだった。

「今までの態度で気が付く奴の方が凄いと思うけどさ……。まぁ、そりゃどうもって話だ」
「お、おう」

 ごく自然に、ごくさらりと。通常の世間話のような軽さだった。今日は雨が降るらしいぜ外に出るなら気を付けろよ。そりゃどうも気をつけるよ。みたいな。
 今確かにルークは勇気を出して、男相手とはいえ告白したのになんだろうこの軽さ。別にユーリは嫌悪感を表に出しても無いが、好感触ですらない態度。どういう事だろうか、ちょっと展開の意味が分からない。人が告白したらそりゃどうも、というのはいささか返事としておかしいのではないだろうか!?

「いや、だからそれで!?」
「は? ああ……そうだな、うん。気持ちはありがたいがオレはお坊ちゃんに仲間以上の感情がないから、って事で」
「テメェぶっとばすぞ!」

 後で考えればごく当然の反応というか、むしろルークに気を使っている返事だったと理解出来ただろう。だがこの時のルークは今まで散々鬱々と溜め込んでいたものが破裂し、怒りとして爆発してしまったのだ。その方向が女々しい自分へなのか、態度も変わらずつれないユーリへの不満なのか判別つかないが、とにかく爆発してしまったものは収集がつかない。八つ当たりだろうがなんだろうが、己の拳を振り挙げユーリへと奮った。

「なんでだよ、真面目に答えただろうが!」
「返事は! ハイかイエスかのどっちかで言いやがれっ!」
「無茶苦茶言ってんなよ!」

 止まらない怒りはついにルークに剣を抜かせ、廊下でそのまま戦闘突入になった。戦闘マニアなユーリは当然、降りかかる火の粉を払う為に迎撃して武器を持ち、よりにもよって楽しそうに応戦し始める。
 その余裕さが余計に気に入らない。嫌いじゃないのに、好きじゃないのに、そんな顔してんじゃねーぞ! 大変に理不尽ではあるが、とにかくルークにとっては納得がいかなかった。
 散々暴れ回り、最後はアンジュからの喧嘩両成敗秘奥義が降り注いでお開きに。そしてルークはまたしても、寝る前に日記を書いては後悔の海に溺れた。




 その日からルークは完全に吹っ切る事にした。アニーが言っていたように、好きだと言えば意識してもらえるかもしれない……それに一縷の望みを賭けて、熱烈な襲撃、もとい告白大作戦を遂行する。とにかく押して押して押しまくるのだ、押しときゃなんとかなるだろう。せめて嫌いだ二度と近付くなと言われるその日まで、この想いを伝え続けるのだ。
 黙って時間だけが過ぎ、後悔の思い出にするなんて辛気臭すぎる。そんな記憶は嫌だ。ユーリを好きという気持ちを苦しいままで終わらせるなんて出来ない。だから、自分で出来る事の全てを精一杯やるしかないのである。

 まず朝食のオムレツにケチャップでハートを描く作戦。戦争のような食堂のさなか、ユーリの隣に座るレイヴンを押しのけオムレツを差し出してみる。するとユーリは微妙な顔で、ケチャップをわざわざ潰し広げて食べた。この野郎、と思ったがその食べ方でリリスに怒られたのでちょっとだけいい気味である。
 そして昼間、食事当番の手伝いでユーリが食材の下ごしらえをしている最中だった。背後から見れば隙だらけ。ルークはあの背中にす・き、と文字を書く作戦を立てる。しかし言うまでもなく近付く前に気が付かれ、不審そうな疑いの眼差しを向けられた。
 だが偶然通りがかったフレンに命令し羽交い締めさせ、強引に好き、と書いてやった。にも関わらず返事は前回と変わらなかったので、ムカついたルークが脇腹をこそばせば、意外な事に全くの無反応。ルークなんてちょっとやられただけで笑い死にしそうな程反応してしまうのに。
 しかしフレンがにこやかに、足が弱点なんですよと教えてくれたので次は寝込みを襲おうと思う。珍しいユーリの弱点を知れてほくほくだ。その代わり後ろで軽い喧嘩が始まったが、ルークから見ればそれも羨ましい程のじゃれあいにしか見えない。親友という立場はなんて羨ましいんだろう。寝る時も一緒だなんて……妄想してルークはちょっとだけムラムラモヤモヤした。
 そのまた別の作戦だ。今度はアニーから借りた恋愛小説からヒントを得たので期待出来るはず。ユーリにチンピラをけしかけ、ピンチになった所を颯爽と現れ助けるのだ、かっくいい! ルークはユーリから尊敬の眼差しで見つめられるだろう想像をして、恥ずかしくて体を悶えさせた。その様子を見かけたティアは、真剣に風邪か病気かを心配し、誤解を解くのにやたらと時間がかかってしまった。
 ――結果から言うと、作戦は失敗に終わった。チンピラ役にスパーダとイリアを選んだのだが、それが間違いだったのだ。人選的にはかなりベストだとは思う。だってあのふたりはアドリビトムの中でも特に口とガラが悪い。ルークが言えた義理ではないが。それにふたりで襲うのだから戦力的にもユーリに勝てるだろう、そこまで計算していたのに。
 たまたま偶然、ユーリの近くにルカとエミルが歩いていたのが最大の誤算であった。チンピラ役は目的を素通りし、あの弱気が服を着ているようなふたりに絡みはじめたのだ。それからはもう何時も通り。何時も通りチンピラと言って差し支えのない口調でルカとエミルを嬉々としていじめ、肝心のユーリはさっさと通り過ぎてしまった。
 お前ら何やってんだよと怒りたくなったが、スパーダもイリアもやたらイキイキと脅しているものだから、ルークはなんだか止めるのも悪いような気がしてきた。ルカとエミルは泣いていたが、それも何時もの事だからいいかな。なんだかんだと楽しそうだし、きっとあいつらはあーやって遊んでるんだろう。エミルは完全にとばっちりみたいだが、肉食動物を前にすれば彼らのような弱気という人種は餌に等しいのである。
 気が付けばユーリの姿は無く、完全に見失ってしまう。なんてこった、今日この後のスケジュールはなんだっただろうか。ルークが昨日アンジュからケーキで買収したユーリの依頼時間を思い出していると、背後からラタトスクモードの声で秘奥義が巻き起こり、天罰なのか偶然か爆風にふっ飛ばされ頭を強打した。


「駄目だ、ぜんっぜん駄目だ! 俺がこんなにも好きって言ってんのにあいつちっともなびかねーじゃねーか! あの野郎マジで人間の血が流れてるんだろうな? 油かチョコでも流れてる冷血漢なんじゃねーのっ!?」
「ルークさんってユーリさんの事、好きなんですよね?」
「すげー好きだっつーの! ガイ特性エビグラタンを一口……いや半分…よりちょっとは分けてやってもいいくらい好きだ!」
「ごめんなさい、その例えはちょっと私には分かりそうにないです……」
「それくらい好きだって事だよ! わっかんねーかなぁ?」
「ルークさんってユーリさんの事好きなんですよね?」
「だから好きだっつってんのに、何回も言わせんなよ恥ずかしいだろうが!」
「ご、ごめんなさい」

 アニーがあまりにも疑わしそうな目で見てくるものだから、ルークは大変に腹が立った。こんなにも力強く主張しているのに疑われるとは心外だ。ガイやアッシュ達ならばあのルークが好物を分け与えるなんて! と驚いて熱を測るというのに。
 ユーリへの想いを見せる為に、ルークはロックスにエビグラタンを作らせ熱々のまま持って船内を彷徨った。出来たてのグラタンはぐつぐつと温度を保ち、チーズの濃厚な香りが鼻孔をくすぐる。
 本当に美味しそうで、持っているとルークの口からだらーっと涎が垂れていく。おっと危ない、となんとかグラタンに落ちる悲劇は回避し改めてユーリを探した。今は熱いが時間が過ぎれば冷めてしまう。やはりグラタンは熱々を食べるべきである。手袋ごしに伝わる熱が少しずつなくなっていく感覚がルークを焦らせるのに、中々目当ての人物は見つからない。
 どこだどこなんだと探しふと窓の外を見れば、甲板の上に立つ真っ黒い人物がいた。ここ毎日ルークが瞼に焼き付けている後ろ姿は見間違いようもない。急いで走り甲板に出れば、相手はタラップを降りようとしている所だった。

「おい待て、待ちやがれユーリ!」

 思いっきり叫べば見慣れた背中はピタリと止まり、それから緩慢に振り返る。面倒臭そうな表情で溜め息を見えるように吐くが、足は前に進む事はない。それにホッとしてルークは急ぎ近付いて、息切れの中何も言わずとにかくグラタンを差し出した。走り回ったせいで湯気はなくなっていたが、まだ中は冷えていないはず。
 だが差し出された方は完全に意味が分からないだろう。目に見えて混乱しており、ユーリの口元は少々引き気味だ。

「なんでお坊ちゃんがグラタン持ち歩いて、それをオレに食わせようとしてくるんだ?」
「これが……これが俺の気持ちだ、食え!」
「……毒とか入ってないだろうな」
「入ってるぜ、俺の気持ちがたっぷりとな!」
「それはいいから誰が作ったんだ、お坊ちゃんがヨチヨチ頑張って作ったとかかよ? それかアーチェやリフィルって可能性も……いやまさかフレンが作ったとか言うなよ? もしそうなら他に被害者は出してねーだろうな」
「いや作ったのはロックスだ」
「よし今から依頼に出ようと思ってた所だからな、丁度良い腹ごしらえだ」

 料理人の名を告げるとユーリはコロッと態度を反転させ、むしろ奪う勢いでグラタンを受け取る。解せないのはルークの方だ、何故ルークの名とマーダーコックの名を連ねておいて、ロックスならば即食べるのか。そりゃまぁルークだって××料理人の芸術作品は食べたくないが、アレと一緒にされるなんて心外だ。
 だが目の前で美味そうに食べる姿がどうにも……可愛いくて、ルークの胸はきゅんと締め付けられる。実家で飼っていたペットの食べる姿を見ても全く心動かされなかったのに、今ルークはホワイトソースを口に付けて食べる青年の動きに釘付けだ。これは良いな、次も何か持って来よう。新たな一面を見れてホクホクだ。
 そしてユーリはあっという間にグラタン皿を空にし、ごちそうさんと手を合わせる。そんな律儀な所にまたきゅんと萌えた。

「美味かったぜサンキューな。ロックスにも礼言っといてくれ」
「おう! それで返事は?」
「え?」
「は?」
「えぇ?」
「……はぁ?」

 その後何故また戦闘という名の喧嘩に突入してしまったのか、日記をしたためるルークには思い出せない。おかしい、途中までは確かに良い感じだったのに何故だろう。あそこで剣を引き抜く展開になった発端がちっとも思い当たらない。
 だがルークの頭に喧嘩両成敗の大きなタンコブがあるのは事実だし、同じものがユーリの頭にぷっくり出来ているだろう。よく分からない一日だった……そう纏めて、パタンと日記を閉じた。






  


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