broken heart. not!








 ルークはユーリが好きだ。どこが好きかと聞かれればあまりにも多過ぎて言い切れない程、だろうか。艶やかな長髪をさらりと翻す姿は絵になるし、皮肉げに細められた瞳は野性的、少し低い声は耳通りが大変良い。つまり要約してしまうと見た目が好き、という事になってしまった。身も蓋もない。だが間違ってないのだからしょうがないのだ。
 何時から視線を追っていただろう? ルークの記憶のページをめくっても全く記憶が出てこなくて困る。多分初対面の、相手を大罪人だのなんだと指さした時からじゃないだろうか。自分相手にそんな態度を取るような人間は今まで存在しなかった。だから驚いたと同時に憧れを感じたのだ。ジェイドが言っていた罪状はどうやら冗談だったらしいが、しかし本人大罪人ですと言われてもあまり違和感が無いように見える。
 だってクレスやロイド、もしくはルカが重犯罪人だと言われても、例え初対面でもそんな事しそうな奴だ、とは思えない。だがユーリは見える。だって黒いし。自分の身近に居なかったタイプ、おまけにちょっと悪そうな奴、でも他の奴らからは一目置かれている。
 初めは苛つきしかなかったというのに、気が付いたら足がユーリの部屋に向かっていた。何度彼の部屋の前で止まりハッと気付いて、そのまま食堂へ逃げるを繰り返しただろうか。あまりにも回数が多くて今や食堂の常連になってしまった。顔を見せるとお腹減ったの? おやつ出しましょうか? と妙に優しい笑顔で声をかけられるのだからなんだか複雑だ。

 話がズレてしまったが、もう好きである事について悩む段階は過ぎている。そもそもルークは手間や面倒が嫌いなので、これ以上ベッドの中で唸るのは御免なのだ。ユーリが好きだ。3日間自分のベッドの上で引きこもって出した回答により、頭の霧が晴れていく爽快感を感じた。繰り返し呟けば確かな響きになり確信に至らせる、その強さは初めての体験。
 家族でも従者でも友人でもない感情に名前がやっと付けられ、存在が掴めない恐怖はそっくりそのまま切なさになった。好きという気持ちがこんな、喜怒哀楽のどれにも当てはまらなくてどれにも当てはまるものだとは思わなくて、胸が苦しい。でも本人を見れば嬉しい。不思議で、意味不明で、でも確かで。そんな気持ちをルークは少し前からずっとひとりで抱えている。
 ――だがやはり、ルークは面倒な事が嫌いなので。好きだと認めた所で、じっとしているのも逆に面倒だ。だから行動あるのみ、である。別にユーリに告白したいという訳ではないが、初対面の悪印象を少しでも無くせれば。普通に仲間みたいに、食事時には近くか隣に座っても嫌そうな顔で皮肉を飛ばされない程度にはなりたい。好きになってもらいたいとは思わないので、せめてそれくらいいいではないか。まぁほんのちょっとくらいは期待している事も嘘ではないけれど。

 まず最初に、とにかく気を引こう。今は顔を合わせれば鼻で笑われるか視線を逸らされるかイチャモン付けられるかのどれかなので、普通に挨拶を出来るようになる関係が目標だ。改めて思い出すとルークの心は落ち込んでしまうので、深く考えずに。
 目標の後ろ姿が廊下を遠ざかっていく。案外素早く歩いているのにあまり足音が無い、背後を見ているのに隙を感じなくて躊躇する。だがじっとしていられないのも事実なので、ルークは飛び出して紫黒の彼に声をかけた。

「おっ……おいこら! お前っ!」

 コツコツコツ……となんだか妙にはっきり聞こえる足音がスピードアップしたような気がする。ルークは名前を呼ぶのに照れて、口をもたつかせていると出口の扉が開く音。ユーリは完全に無視して目の前から消えようというのだ、なんて奴だろうか。ルークは大慌てで走り、追い越して開いたドアを背中で防いだ。

「おまえっ、なぁ! 止まれっつーの無視すんなよ!」
「いやまぁ、止まったら多分面倒臭そうだろうなーと思って、な」
「どーいう意味だっての、まだ何も言ってねーだろ!?」
「今までを考えると何も言わなくても予想出来ちまったからつい。はいはい、それでなんでしょうかね? 一生懸命走りすぎて息切れてるぞ」
「うるっせぇ馬鹿野郎が! 俺はその、……これを、だな!」

 相変わらず皮肉で刺を感じる返答だ。エステルやフレンに対しての喋り方とかなり違うが、今までの事を思えばしょうがない。今から仲良くなればいいのだ、せめて笑顔で挨拶してくれるくらいには。想像すると頭に血が昇りそうだが。
 それとは別にルークは緊張に震える手で、ポケットからビスケットの小包を取り出す。ぎこちなく手を伸ばしユーリへと差し出した。紫黒色はびっくりと、少しだけ瞳を広げてなんだか幼く見える。それが可愛いなラッキー、と心の声。彼が大の甘味好きという情報は知られていて、果物やデザートが好きなのは当然、作る腕もかなりのものらしい。エステルと一緒に食べたらしいタルトが絶品だったとナタリアから話された時、悔しさで枕を濡らしたものだ。主に涎で。
 やはり基本は餌付け。単純ながら効果絶大なはずだ。ルークは小包をぐいっと押し付けいいから食え! と叫んだ。胡散臭そうな視線がやってくるが、見つめられるだけでカッと燃え上がってしまう為さっと背中を向けた。ツンとそっぽを向き知りません、という態度。本当は気になって気になってしょうがない事を必死で隠す。
 背後からガサゴソと開ける音。それからふぅん? と不審げな鼻息。少し待てばサクサクと小気味良い音が聞こえてきた。よし食べたな!? ルークは抑えられない口元を手で押さえ、そーっと首だけ振り向く。するとタイミングが良いのか悪いのか、ばちりと視線が合ってしまった。

「あ……。ど、どう、だ。このやろー」
「まー普通に美味い」

 やはり好物の甘味のおかげなのだろう、ユーリはニヤリと笑う。ちょっと意地悪そうに曲がっているが、普段より少しマシに見える表情かもしれない。それを見たルークは良かった、と嬉しい、が心の中でぶわーっと膨れ上がり今にも舞い上がりそうになる。だがここで、出なくてもいい生来の照れからくる反発心がムクムクと。

「そ、それだけか」
「ん? 何が」
「食い物やったんだから、相応の感謝ってものがあるだろーが」
「ああそーいう事。なら食わなくても良かったかね、面倒くさいお坊ちゃんだ。あーハイハイありがとさん、これで良いか? オレは忙しいからもう行くぜ」

 1秒前まで割合好意的だったような顔は気のせいだったのか。ユーリは途端に適当な態度と返事で止める間もなくさっさと行ってしまった。後に残されたルークは訳も分からず、吹きすさぶ突風で心に風穴を空ける。……なんか違う。納得がいかないがそれを叫ぶ相手も居ない。どうやら餌付け作戦は失敗に終わったようだ。

 気を取り直して次だ。ユーリは戦闘マニアらしいので、剣の腕で負かせれば興味を持つはず。こちらは多少なりとも自信はある、餌付け作戦のような失敗はすまい。
 ユーリを探して朝からあちらこちら、やっと見つけた時には偶然にも昼食時。この時間の食堂は戦争も戦争、騒がしいなんて比ではない。そんな中で手際良く鍋を振るっている黒っぽいのがキッチンの奥、ポニーテールで髪をまとめてうなじが見えルークはドキドキした。このくそやろう、ずりーだろ! 何をどうずるいと思ったのかは自分でも不明だ。
 山盛りに乗った大皿や食べ終わった食器で溢れるカウンターの隙間から、ルークは大声で指差しユーリを呼ぶ。

「おいこらテメー! 俺と勝負しろ!」
「今の戦争具合を見て言ってんの? 後でガイ呼んできてやるから黙って飯食ってろ。ほらよ、手羽先のスープだ」
「そんなモンで騙される……うまそー!」

 誰に向かって餌付けなんぞするつもりか。こちらと王族で毎日シェフのごちそうを食べて育ったんだぞ、と言うつもりであったが、目の前に出されたスープがあまりにも食欲をそそる香りで誘惑する。スパイシーに香ばしく焼いた手羽先と、透き通ったスープ。刻んだ野菜と細い麺が入っており、スープなのにお腹いっぱいになりそうなボリュームだ。
 ルークは実家で繊細な味付けだとか、素材の味を活かした料理だとかばかりだったので、外で食べる香辛料が効き過ぎたくらいの食事が大変珍しく興味深い。あまり食べ過ぎると腹に重いが、コショウたっぷりで焼く手羽先はこちらの方が断然美味いと思った。
 体は正直に反応しだらりと涎がこぼれる。苦笑しながらユーリがほらよ、とスプーンを差し出すものだからそれを受け取らないなんて選択肢はありえない。指先が触れ合ってしまうんじゃないかどうしよう、とドキドキ緊張しながら受け取り、残念ながら1ミリも皮膚はくっつかなかったが、どうしても我慢出来なくてその場でひとすくいだけ飲む。ティアやナタリアが見れば行儀が悪い、と直ぐ様角が生えそうだがラッキーな事に両方居ない。
 鶏ガラベースのスープが野菜でまろやかになり、時々手羽先のスパイスが喉を心地よく刺激する。ちょっとだけ辛いかな、と思えばソフトな感触の麺が優しく舌をさすり程良く中和してくれた。美味い。スープでこれだけ美味いのだから、好物の手羽先はきっと何倍も美味いに決まってる。想像だけでルークの瞳が輝けば、辛抱たまらず吹き出した笑いがユーリから。

「おっま、ちょーうめーって顔そのまま過ぎ」
「見てんじゃねーよ馬鹿野郎! そ、それなりに食えそうだから食ってやる感謝しろ!」

 本当に美味しいのに、口から飛び出る言葉は乱暴だ。しかしユーリはたっぷり食えよ、と笑ったまま。なんだかよく分からないがますます恥ずかしいので、ルークはスープの入った器を持って食堂を飛び出した。カツカツ踵を鳴らして廊下を走るがスープがゆらゆら揺れて大変危険である。慌ててスピードを緩め行儀悪く少しだけ啜った。
 やっぱり美味い。今日の当番はユーリだから、これもユーリが作ったのだろうか。……あいつの手料理、胸躍る言葉である。毎日当番で誰かの手料理を食べている事実はこの際無視だ。ルークは食器から伝わる熱で暖かくなり、部屋に戻ってスープを綺麗さっぱり完食して満ち足りた。
 どきどきしてふわふわして、食べてすぐだがベッドで横になればうとうともする。欲望に従順に従い瞳を閉じれば夢の中までパラダイスだった。具体的に言えばユーリがにこやかに優しい態度でルークを褒めちぎりまくっていた。哀しくなるくらいの夢であったが、夢の中のルークはそんな事にはちっとも気が付かず調子に乗って夢心地だ。勿論、目が覚めれば虚しさに襲われたが。

 失敗だ、自分が餌付けされてどうする。起きたタイミングで丁度ティアが戻り、昼食を部屋で食べ食器はそのまま食べてすぐ寝るというだらしなさに雷を落として散々であった。
 食べ物関係は駄目だ、やっぱりここは剣の腕でないと。そして自分ひとりで挑んでもすぐあやふやになってしまう事を学習し、ユーリを連れ出すにピッタリな人物を使う事にする。
 フレンを掴まえ、依頼に行くからお前も付いて来いユーリも呼ぶんだぞ! と完璧だ。フレンは快活に返事をし、礼儀正しく了承した。こんな風にイエスのみの返事は久しぶりでちょっとだけ嬉しい。
 討伐依頼を選んで早速外へ。フレンが騎士として前へ出ようとするが、今回の目的はルークの剣の腕を見せつけユーリに一目置かれる事なのだから大人しくしてもらわないと。

「この中で回復使えんのフレンだけなんだから、お前が下がってろ!」
「しかしルーク様……」
「放っておけって。どうせ止めても聞きゃしねーんだから、このお坊ちゃんの好きなようにさせとけばいいんじゃないの。暴れたいお年頃なんだろ」
「おいユーリ! お前は特に! 俺の活躍をよーく目に焼き付けとけよ!」
「はいはい。お子様は今日も元気なこって」

 投げやりな返事をしながら、柄で肩を叩く仕草は実にダルそうである。完全に舐められているのが分かり、ルークは目的以上に自分の実力を見せつける意欲が湧く。必ずあの目玉をひん剥いて驚嘆し、称賛させるのだ。想像するだけで良い気分だが、ユーリがそんな事を言いそうな想像が微妙に難しい。こっちの想像上くらいは思い通りになればいいものを、手強い奴だ。
 呆れた表情のユーリだが、魔物が現れ戦闘が始まると眉が引き締まる。一足で駆け、目にも留まらぬ速さで先制を奪った。流れる紫黒の残像につい見とれていると、後方からフレンのホーリーランスが降り注ぐ。戦闘と同時にふたり行動を開始している。遅れをとるものか、とルークも焦りながら剣を引き抜き魔物へと斬り付けた。

「魔神拳っ!」
「いって! おいオレじゃなくて敵さんに当ててくれるか?」
「お、お前がそんな所立ってるからだろ!?」

「幻狼ざッ……うおっと!?」
「はあぁ! 崩襲きゃ……いてぇ! 何ぶつかって来てんだよいってーな!」
「なんでオレが戦闘でまでお坊ちゃんの面倒見なくちゃいけないんだよ」

 だがルークの企み虚しく、当人同士の動きが全くと言っていい程噛み合わない。ユーリの戦闘スピードは見ている以上に素早く、合間を縫って追撃すると本人に当たるし、ルークが敵を攻撃していると横の移動が多いユーリがぶつかってくる。もうごちゃごちゃで、戦闘の場は敵を攻撃しているのか味方同士の戦いなのかよく分からなくなっている。
 この戦闘は無事終えたが、敵からの攻撃より味方からの攻撃で受けたダメージの方が多くなっていた。ユーリは戦闘で己のリズムを崩されて気に入らないのか、少々苛ついた声で後方支援していたフレンを呼んだ。

「なぁ王子様よ、悪いんだがちっと後ろの安全な所で休んでてくれるか。討伐の分はこっちで終わらせるから、それが終わったらあんたの従者でも呼んで好きなだけ暴れてくれ」
「ルーク様のご活躍は大変素晴らしいのですが……あの、その、お疲れのようですし少しだけ私達に任せていただけませんでしょうか? 今の戦闘で怪我もされたようですし」

 怪我と言ってもそれは主にユーリとぶつかった時の打ち身や攻撃の流れ弾に当たった分だ。それだってフレンが回復して痛みなんて無くなったのに、あまりにも気不味そうに言うものだから流石のルークでも落ち込む。
 渋々と、そんなに言うならばとひとり離れて見学する事にした。だが戦闘が始まってルークは驚く。フレンのスピードはむしろルークよりも遅いはずなのにユーリと息ピッタリで、完璧に噛み合い凄まじい処理速度だった。素早いユーリの切っ先が先制を取り敵を一瞬拘束し、フレンの重い一撃がその拘束された数匹を纏めて叩き潰す。交戦時間は先程の比も無く、瞬きを数回している間に終わってしまった。終わってもすぐユーリが次を索敵し、発見と共に攻撃に入る。敵を纏めておいてその間にフレンは詠唱・発動し直ぐ様殲滅。なんというか、とにかく早い。
 相談する時間なんて無かったし、戦闘中余計な発言も無いのにふたりは目線の合図だけで意思疎通しているようだ。相手がどんな行動を取るかお互い理解し、それを動きに組み込んでいる。そのコンビネーションは見事と言うより他無く、流れるような動きは華麗だった。剣において師を尊敬しているルークからしても感嘆する程に。

「ほらよっと、こんなもんだな」
「まずまずだったね」

 討伐数を終えたふたりは怪我らしい怪我も無い。先程との違いがあまりにも多過ぎて、ルークはぶるぶると悔しさに涙目になる。確かに凄かった、強いし早いし綺麗だった。だが剣に関して多少なりとも持っていたプライドがズタズタである。コンビでの戦闘なのだから慣れもあるとはいえ、むしろその慣れが、絶対にルークでは到達出来ないんだと見せつけられたような気がする。
 とにかくあまりの悔しさに、戻ってきて帰るぞと声を掛けてきたユーリに向かって、ルークは全力投球でグミをぶん投げた。イテッ! と聞こえたが知らんぷりし、大股歩きでさっさと船に帰る。イチャイチャしやがって! と吐いた捨て台詞は本当に複雑だ。一体どんな嫉妬の仕方をしているのだろうか自分は。


 おかしい、ちっとも上手くいかないがどうなっているんだ。せめて前よりは好意的に見てもらおうとルークなりに頑張っているのだが、余計に悪印象を与えているような気がしてならない。当初の時のような、出会い頭に鼻で笑われるような事は無くなったが、今ではしょっぱな苦笑で挨拶だ違いが薄い。
 何かもっと他に良い方法をと考えるのだが、こういった感情も行動も今までのルークにとって初めてでどうすれば最善なのかちっとも分からないのだ。しかしこんな事を相談する相手もいない。ガイやティアらのライマ関係者では、国元での自分を知られている分恥ずかしすぎる。だがアドリビトムに来てからの友人、クレスやロイドに相談してみるか? というのも無茶な予感しかない。
 だがあまりにも失敗続きでは、もっともっとユーリに嫌われてしまうかも。好きになれとまで言うつもりはないのだが、やはり心情として悪くなる事だけは避けたいのだ。だが相談相手が居ないのが困ったものである。

 ルークがどんより落ち込み、つい部屋を出た先の廊下で足を止め俯く。すると背後の医務室から扉が開く音がして、心配そうな声がかかってきた。反応する元気もなく振り向いてみれば、それはアニーだった。

「どうしたんですか? 顔色が悪いみたいですけど、体調が優れないなら診ましょうか」
「いーっての、ほっとけよ。痛いのは体じゃねーんだよ……」
「体は痛くないってどういう……精神的苦痛って事かしら。えっと、そういう時の治療はどうすれば良かったかな」

 うっとおしくて適当に返事をすれば、アニーはますます心配そうにする。しまった、変な所で真面目な医者志望の彼女に対しては冗談があまり通じないのだった。アニーは記憶を掘り返しているのだろう、顎に手をあて必死に探っている様子にルークが逆に慌てる。

「だからいいっつってんだろ! この痛みは医者にはどーにもできねーやつなんだよ!」
「医者を目指す者として、その言い方は無視出来ません! 自分で決めてかかって諦めたら治るものも治りませんよ」
「だっ、だから怪我とかじゃなくってだな! ……その、心の方でっ」
「心肺機能の低下ですか? そんな危険な状態、どうして言わないんですか! そういえばルークさんは身体検査の時も全然医務室に来てくれませんよね。ガイさんが言うには注射が嫌だから逃げてるって……。今からきちんと調べて治療しましょう!」
「だだだれが注射が怖いなんて言うかよ馬鹿野郎! ちが、そーじゃなくていいから聞けよ! 病気じゃない方の、胸が締め付けられる感じっつーか!」
「そんな、心筋梗塞を起こしたんですか? 今すぐ安静にしないと!」
「ちっげーーーーっての全然ちげー! 好きな奴と上手くいかねーからみっともなくウジウジしてんだよばかやろーーーっ!」
「えっ……!」

 あまりにもアニーがこちらの話を聞かないので、ルークはついに爆発してしまった。決して注射が恐ろしくて慌てた訳ではない決して。言ってしまえば恥ずかしさに頬はカーッと燃え、いたたまれなくなる。何故こんな廊下のど真ん中、みっともない弁明をしなければならないのか。
 そしてルークは分かっていた事だが言葉として持ちだした自分のセリフに深く傷付く。結局はユーリに近付きたいのにちっとも好かれない自分に悲しくなっているだけなのだ。情けなくてみっともない。以前の自分ならば女々しいと吐き捨てたくなりそうなのに、今ではちっとも捨てられなくて困ってしまう。
 何も知らないアニーにぶつけてしまい、気不味さと恥ずかしさで顔を上げられない。意を決してちらりと見てみれば、相手も戸惑ったような、しかし何か抑えられない表情になっている。

「ルークさん、あの……私でよければ相談に乗りましょうか。怪我じゃなくても心の病気ってありますし、もしなにか本当に問題があるなら見つけられるかもしれません」
「病気!? えっ俺が好きだと病気なのかよ!?」
「そういう意味じゃありません! そうじゃなくて、そういう気持ちって誰かに話を聞いてもらうだけでも心が軽くなるって言いますし、言い方は変ですけど治療のひとつとしてどうかなと思って」

 アニーの表情は決して茶化している風でもなく、むしろルーク以上に真剣に見えた。普段から真面目で硬くルカと共に勉強ばかりしていると思っていたのだが、だからこそ真剣に相談に乗ってくれそうに見える。船内でアニーとはあまり接する機会が無いという関係も拍車をかけた。
 今のままひとりで馬鹿をやり、ユーリにとことん嫌われてしまうよりかは望みがありそうだし、悶々と胸の内に溜め込むのもルークの性に合わないのは確か。これも巡り合わせかも、と良い方へ考え直し、ルークはアニーへと相談する事にした。
 そう返事をすれば途端にホッと嬉しそうな顔をされたので、そこまで真剣に入れ込んでくれてルークとしても頼もしくなる。やはり人生経験の少ない自分がひとりでぐるぐる考えても、出る答えなんてたかが知れているのだ。

 しかし相談する為にアニーの個室に招かれた際、本棚を見れば大量の医学書と共に恋愛小説らしき背表紙がズラリと並んでいるのを見て、やっぱりはやまっただろうかと胸中に不安が渦巻いたのは本音だった。今更囃し立てたいだけなのかと聞くのも嫌だし、本人が真面目なのは変わりないのだから、下手に噂としてばら撒く事は無いだろう。
 好きな相手の名前を隠し、ぽつぽつと今までの事を話す。改めて他人に聞かせる為に、どうして好きになっただのどこが好きだのと、言葉にして恥ずかしくなる。そして今までの自分の失態を口にした所でまたもずーんと落ち込みたくなった。

「気を引きたいから突っ掛かるなんてちょっと子供過ぎると思います。もっと正攻法でいきませんか」
「誰がガキだ誰が! 正攻法っつっても別に告白するつもりなんてねーよ、ただ隣に居ても嫌がられない程度に……なりたいだけだ」
「ルークさんがそんな風に言うだなんて、ちょっと意外……あっごめんなさい」
「ほっとけ馬鹿野郎! 自分でもそー思うけど、だってしょうがないだろ。多分、あっちが俺の事好きになる事とか無さそーだし」
「そんな、やってみないと分からないじゃないですか! 告白した事をきっかけに、意識してもらえるかもしれませんし。何もせず最初から諦めるだなんて、勿体無いと思います」
「意識、するかなあいつ」
「好意を持たれて悪い気分になる人なんて、余程の事がない限り無いと思いますよ」
「……分かった、なら言うだけ言ってやる! どうせ嫌われてんならこれ以上最悪になるなんて無いよな!?」
「はい、当たってくだ……なんでもありません頑張ってください!」
「今砕けろって言いそうにならなかったか!? 砕けるのは嫌だぞ俺はぁ!」
「気のせいです、気のせいですから!」






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