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『好きになるぜ、お前』 バンエルティア号医務室、二人は仲良くベッドに監禁されていた。必要以上にギブスと包帯を、まるでミイラのようにぐるぐると。怪我をしていない場所まで問答無用で巻かれ、使いきった包帯の支払い請求までされる始末。代わりに説教はそれ程されなかった分、まだ助かったという所か。 体の真ん中をガチガチに固められて半分に曲がらなくなったルークは、打ち上げられた魚のように両手両足をバタバタさせている。腹を掻きたくてもギブスに防がれて掻けないので、ひたすら藻掻いて意識を散らした。それを隣のベッドから、反対に両手両足を包帯で固めているユーリが笑いながら見ている。 怪我は殆ど残ってないのだが、新種の説教、ないしお仕置きとして治療のようなものを施されていた。暫くの外出禁止も言い渡され、言ってみれば謹慎処分中だ。怪我の原因を説明せずこの処分、恐らくガイ辺りが掛け合ったのかもしれない。仕方ないな、けど良かった。そんな顔でさっきまで居てくれた人達の顔を、ルークは嬉しい気持ちで思い出した。 「うあー、せめて包帯にしてくれりゃいいのに……。あー腹かゆい、かゆい!」 「ま、2・3日は大人しくしとくしかないな。フレンの奴も相当怒ってたし」 「だなー、すげー目が釣り上がってたぞ」 「かと言って詳しく言うにも……だしな」 「多分もっと怒られると思う……。アッシュもまーた怒らせちまった」 「オレはめちゃくちゃ睨まれた。何時の間に仲直りしたんだ?」 「ああ、今のユーリは知らないんだっけ。ま、色々あったんだよ」 「……それも未来からのオレがやったのか、ふうん」 ユーリは瞳を薄めて、何か思案している。未来の自分が及ぼした事柄を気にするのは当然だろう。しかし記憶は統合されると本人言っていたが、それは一体何時になるのだろうか。恐らくあのユーリは半年ではなく、もっと先から来たはず。そうなると今のユーリに記憶が移るのは、想像できない未来かもしれない。 そんな風に簡単に説明するが、ユーリの顔は浮かないまま。ルークはこれまでの事を説明したいとは思ったが、まだ少し恥ずかしい。客観的に自分を評価できるのは、もう少し後になりそうだった。 「その、……未来からのユーリの事。あんまり怒らないでくれるか。あいつのおかげで俺は……」 「ああ、分かってる。実はな、手紙があったんだ、オレから。時間が跳んでるって言われてすぐ、何か残してないか身の回り漁ったら出てきてな」 「そうなのか……」 「確かにオレはルークの事が好きだったけど、やっぱ色々無理そうだって思った所だったから。すぐに受け入れるのは正直無理だった」 「あ、あの女の子の事だろ? あれは、その……ごめん」 「いや、あれはオレの取り方も悪かったから。現にガイは怒ってなかったろ、ルークが見下げた意味で言ってた言葉じゃなかったのに気づいてた」 「ガイは付き合い長いからよ」 「でもオレの勝手な思い込みも、確かにあったからな。それもあって……素直に認めるのが嫌だった。まぁ単純に年上ぶった手紙の書き方が気に入らなかったってのもあったけど」 「はぁ? なんだよそれ、自分だろ!」 「自分だからムカついたんだって。悪い」 そう苦笑して、ユーリは歯で包帯のテープを器用に剥がし包帯をくるくると解いていく。手慣れたその様子にルークはぽかんとして、それを見た。無駄に幾重にも巻かれた残骸が山のように床へ落ち、開放された両手首を慣らすように振る。よっと、そう言いながらユーリは飾りだけの包帯巻きの足を着けて、隣のルークのベッドへと移った。 朱毛を踏まぬよう気を付けて腰掛けると、重さでベッドが軋む。腰が曲がらないので上手く上半身を起こせないルークに、手で制して止めてきた。その手をそのまま、髪束へ差し込んで滑らせてくる。何がしたいのか分からなかったが、ルークは大人しく好きなようにさせた。瞳を閉じてなんとなく、穏やかな気持ちに沈む。するとぽつりぽつりと、ユーリは独り言のように語り出した。 「最初は……どっちでも無かったんだ。ただエステルと同じ王族のお坊ちゃんか、くらいでよ。それがまぁ、毎日宣伝するみたいに騒がしいから、また今日もなんか言ってるのかなって思うようになってな」 「わ、……悪かったよ」 「遠くで見てるより、近付いた方が面白いなって分かってからは意識して探した。けどそんな事やってるオレがちょっと……信じられなくてよ、男相手でよりにもよって王族ときたもんだ」 その辺りはルークもよくよく槍玉に挙げてユーリを否定した部分であり、心中察する事ができた。それでもまだ、強引に引き連れ回されていると言い訳する隙間が残っていた分、その辺りも未来からのユーリは考慮していたのだろう。端まで熟知されていて、その詳しさはまるでガイのようだった。 「だからこれはそういう感情じゃなくて、他の奴に迷惑かけないようオレが見張っとこうって。そんな言い訳してたけど、実際その役目ってガイだろ? オレは一体何がしたいんだって悩んでる途中で……今回の件だ」 「見張りって、何だよその言い方はよー。……俺ってそんなに駄目だったかな、ちょっとマジでヘコむんだけど」 「いやほら、一般人と王族じゃ違いすぎるのも当然だったんだって。エステルで慣れたと思ってたから、余計ちょっとな」 エステルはかなりの箱入りだと、同じく相当な箱入りのルークも賛同する。しかしそれでもこの言われ方はあんまりにも腹が立つ、が同時にユーリ本心にも思えて黙った。 ギブスに包まれた腹が代わりだと言って痒くなっていく。無駄だと分かっていても、ルークは何かから誤魔化すようにガリガリと掻いた。 とにかくユーリにとっては、あまりいいタイミングでは無かった訳だ。モヤモヤとする胸の内、認めたい認めたくない。運悪くその前日、丁度喧嘩をしてしまった。しかもその内容が、そう簡単には分かり合えそうにない価値観の問題。 ルークからすればもう結構な期間前だが、目の前のユーリからすれば恐らく1週間も経っていないだろう。整理する時間すら無かったと言える。 「手紙で未来のオレに決め付けられるし、周りの奴らはオレとルークがセットで当然みたいに言うしよ」 「あー……。それはその。お、俺は悪くねぇから、その件には!」 「本当か? お前が部屋に籠ってた間、オレがどれだけ責められたと思うよ? フレンやエステルもずーっと目で責めてくるし、部屋に居ても針のむしろだったんだぞ」 「えっと、その……。まぁちょっとくらいは、俺も悪かったかなぁ!」 最初の頃は態度も言葉も否定していたが、面倒臭がりで案外順応性が高い分、段々と流れるように慣れていった。頬にキス一つでぎゃあぎゃあ言っていたのが、舌を入れられても殴って終わりか気まぐれに好きにさせるかのどちらかだ。 いざ思い出すとそんな対応をしていた自分もかなりおかしいな、と思い至り今更ながら頭を抱えるルークだった。 そんなルークを苦笑半分で流し、今度は苦渋を少しだけ滲ませて、溜息のようにユーリは続けた。 「自分で決めたんならともかく、外堀から埋めるみたいにされてどうしても……素直に認められなかった」 自分の意志無く進行していく事柄にルークは諦めながら慣れている。勿論不満はあって、それを我儘や癇癪だと言われるくらいには利用していた。しかしユーリの性格からして、自分で選択できない事はより苦痛だろうという事は想像がつく。 一般的に正しい事だと言われていても、自分が納得出来なければ従わない。言い様によってはまるで正しい事のように聞こえるあたり厄介な性格で、フレンはよく苦労しているようだった。 自分と重なっていくユーリの気持ちにルークは意を決して、腹筋に力を込めてなんとか上半身を起こす。反動で持ち上がる足を大人しくさせて、髪がばさりと前に落ちた。 手を伸ばしてベッドに置かれているユーリの手に重ねる。見てくる瞳を黙って見つめ返した。逸らしたくなる気持ちを押さえ付けて、ひたすらじっと。 するとユーリの頬が少し赤くなり、ふいと顔を逸らす。思わず勝った、と思ってしまって、違う違うとルークは首を振った。 「ユーリは悪くねーよ。俺が……主体性無さすぎで、流されてたから」 「お前の立場じゃ仕方ない事だってあるんだろ? オレはどっちかと言えば、その未来の自分に不審を抱いてた」 「なんでだよ、お前は……ユーリは俺に色々教えてくれたぜ」 「だからだよ。……ルークはオレを好きなんじゃなくて、未来のオレが好きなだけなんだろ……って」 ぽかん、と。瞼を目一杯上に上げて、口を間抜けにあんぐり開けてしまった。ユーリの事は未来と関係無く好きだと、甲板で散々宣言した話だ。どうにも信用されていないとは思っていたが、やっぱりそうだったらしい。 あの告白は人生最大で心を込めて、かなり熱血に語ったと言うのに。思い出してルークは、恥ずかしいやら腹立たしいやら、取り敢えず無防備なユーリの頬を殴った。 分かっているのか無抵抗にべち、と音を立ててユーリはそれを受け入れる。眉が少し下がり、見たことの無い申し訳なさそうな顔で謝罪した。 「すっげー力説したのに! あん時誰も居なかったから良かったけど、居たら俺は今恥でしんでる!」 「そりゃ一蓮托生だな。オレの中で理由があったとは言え、お前の気持ちまで疑ってたのは謝る。本当に悪かった」 「マジだよ、本当だよ!! ……けどまぁユーリも巻き込まれた側なんだし、仕方ねーっちゃねーな。今は俺の事好きだし、信じてるんだろ? ならそれでいいって」 ふん、と鼻息荒くおまけで笑っておく。すると今度はユーリが目を丸くする番。少し逡巡してから軽く微笑み、ふわりと背中を倒してきた。場所が調度良くというか、乗せた場所が狙ったように膝だったので、ルークはもう一度笑っておいた。 紫黒がぱらりと散らばって扇状になり、それを手にとって梳く。さらさらした指通りが楽しく、よく彼にされていたのを思い出す。されていた時は何とも思わなかったが、いざする方になれば楽しい。思い込みかもしれないが、瞳を閉じるユーリの表情が安らかで気持ちよさそうに見える事も拍車をかける。 暫く二人無言で、さっきまので空気も忘れてこの穏やかな空間を味わった。じんわり胸に訪れる暖かさに、ルークは感謝する。 眉の皺を伸ばして瞳は閉じたまま、ユーリはぽつり零した。 「理由とか常識とか色々な。全部とっぱらっちまえば、どう考えてもオレはルークの事が好きなんだ」 その言葉はルークの中にもすとんと入ってきて、奥底に深く刻まれた。そう、好きに理由は必要無いのだ。以前ユーリに言われた言葉こそ、大事な確信となった。ああやっぱり何時の時間のユーリでも変わっていないのだと、自分と彼を信じて良かったと噛み締める。 今の状態では唇が額に届かないのが悔しい、仕方がないので指先に髪の毛をくるくると絡ませる事で我慢した。その手に重なる手、ユーリから指を絡ませて強く握りしめられる。未来の彼とは違う、ただ一途な視線をまともに浴びた。 照れずに受け入れたい、とルークは思っているのだが、どうしてもそわそわが治まらない。ここまでお互いどれだけ苦労したのか、最初の日々が鮮烈なまま霞みそうなくらいだ。 すぅはぁと軽く呼吸をして、頭の中で想いを整頓させながら、ルークはもう一度告白した。 「俺はユーリが好きだ。自分で言うのもなんだけど、色々面倒臭い奴で苦労は多いと思う。……でも、頑張るから。だから一緒に、ずっと傍に居てくれないか?」 「プロポーズみたいだな、それ」 嬉しそうな表情と嬉しそうな声で、ユーリは起き上がって視線を合わせてくる。同じ高さ同じ目線、指先は解かないまま。 プロポーズと言われて確かにその通りだと、改めて反芻する。自分からそういう意味で好きだと言ったものはとても少ない。その中の一つにユーリ・ローウェルという一個人が入るのかと思うと、ルークのネジはくるくる飛んでいった。浮つく気持ちをそのまま口にして、調子に乗っていく。 「結果的にそうなんのかな。えーとじゃあ俺が頑張って稼ぐから結婚して」 「……あれ、これってオレが嫁なの?」 「だってユーリのが家事できるじゃん。それに将来的に考えて俺の方が稼ぐよ」 「いやいやいや。家事は覚えればいいだろ。どう考えてもルークの方がエプロン似合いそうだって。それにまだ職にも就いてない奴に、稼ぎどうこう言われたくないね」 「何言ってんだよ、似合う似合わないで言ったらユーリのが似合うに決まってるだろ。俺はほら、アッシュのコネがあるからエリート職決まってるようなもんだし」 「おいおい、180の野郎がエプロン似合ってどうするよ。ってかコネで職って、そんな上手くいくか? 今まで働いた事もない王子様がよ」 「ああ? なんだよ171が悪いっつってんのかよ! それに今はギルドの仕事だってそれなりにやれてるっての!」 「別に悪いなんて言ってないだろ、ただオレの方が高いってだけだ。それと同じでギルドの仕事だったらオレの方が長い訳だし」 「何が同じだ、身長と職歴関係ねーだろ! 俺の方が貴族達の依頼受けられるから稼ぎいいし!」 「いや少なくとも白いフリルエプロンはまだ低いルークが着る方がマシだろ。大体アドリビトムの信念はなんだ? 困ってる奴を助けたい、じゃないのか」 「なななんでエプロンがフリル付きになってんだ! 現実問題俺達だって霞食ってる訳じゃないんだから金はいるだろ?」 「若妻って言ったら白いフリルエプロンに決まってるんだし。金銭ならバンエルティア号に居れば問題ないだろ、衣食住職まで保証されてる」 「あれ、……ライマに来てくれるんじゃねーの?」 「え……お前ここに残るんじゃないのか?」 「………………」 「………………」 ここで微妙な食い違いに、二人は空気が変わったのを感じ取る。しかし内容的に有耶無耶にしておけない話題、食い気味にルークは言い募る。 「いやだって、ユーリが人前に立つ仕事向いてるって言ったんだろ」 「んな事言ってねーぞオレは。ルークだと仕事云々の前に相手怒らせちまうんじゃないの」 「はぁ? それはユーリだろ、気に入らなかったらすぐいちゃもんつけてくる」 「怒ってキャンセルする奴は元々そんな困ってねーだろ」 「そーいうのが駄目なんだろ、ユーリって結構社会性無いよな。だから俺が外出て稼いでくるって」 「社会性は無くても人脈はあるから、何とでもなる。ルークが外出てトラブルばっか貰ってくるよりはいいだろ」 「それって俺が友達少ねー奴みたいじゃん! 知り合いは結構多いんだぞ! あとトラブル貰ってくるのをよりにもよってユーリに言われたくねーよ!」 「お前社交性全然無いだろ、クレスとロイド以外でハッキリ友達って言える奴居るか?」 「な、そ……! アドリビトムの奴ら大体友達だし!」 「それって友達って言うより仲間とか同僚だろ。ここは職場も兼ねてるんだし」 「んな事言い出したらユーリだって友達ゼロになるじゃねーか!」 「いやオレにはフレン居るし、あいつ親友だし」 「親友なら俺だってガイ居るし!」 「ガイは兼任多過ぎだろ。なんだよ兄貴分兼親友兼従者ってよ」 「んなのフレンだって一緒だろ! 騎士で隊長で忙しいのに、ユーリの世話もやって大変だよな!」 「オレはフレンに説教された事はあっても世話された事はねぇ!」 「いくらフレンが説教しても、本人聞く耳持たずだと苦労するよなー。あーフレンかわいそ」 「なんだよ、そんなにフレンがいいならフレンと結婚すればいいだろ! けどあいつ大人しそうな顔して面倒多いから、ルークじゃ振り回されるだけだろうけどよ」 「なんでそうなるんだよ! フレンと結婚したいなんて一言も言ってないだろ! それにフレンなら引く手数多なんだから、ほっといても結婚するだろうし。逆にユーリのが全部自分でやっちまって彼女すら出来なさそうじゃねーか」 「今そーいう話してねーだろ! ってか婚約者決めてもらって自分から告白した事無い奴に、そのあたり言われたくない」 「俺は何回も告白しただろ! ユーリの耳はブリキか!?」 「回数を誇られてもなぁ。肝心なのはどれだけ心が込もってるかじゃないのか? その点オレは連発するタイプじゃないからその分込めてるぜ」 「馬鹿言え腐る程好き好き言ってたのはそっちだろ、俺だって毎回すっげー気持ち込めて言ってるし! 気持ちも回数もユーリより何倍も多いし!」 「聞き捨てならねーな。そもそもオレの方が先にルークを好きだったんだぞ? 長い時間を凝縮してきてんだ、オレの方が好きに決まってる」 「ずっと悩んでたって、さっき自分で言ったんだろうが! 実質俺のが先にユーリを好きになったんじゃねーか」 「いーや、悩んでる間中ずっとルークの事見てたし考えてたんだから、好きみたいなもんだ。だからオレのが先に好きになった。あとオレのが好きだ!」 「ざっけんなよ! 気になる程度が入るなら、最初に気になった俺のが先って話になるじゃねーか! そうなると俺のがどんだけ好きが大きいか!」 「いーやオレの方がルークを好きだ!」 「俺のがユーリを好きだっつの!」 「オレなんかこんのくらい好きなんだぞ、勝負になると思ってんのか?」 「ハン、その程度で笑わせる。俺なんか超ー好きだし、こんっっのくらい!」 ぎゃあぎゃあと言い争いになりだしたが、飛び交う言葉は好きだのなんだのばかり。終いには相手のどこが格好良いだの可愛いだの、褒め合い合戦が喧嘩腰で始まっている。その様子はとてもじゃないが言い表し難く、お互いの関係者が目撃すればそっと顔を背けるだろう。 そんなどうしようもない二人を止めるのは、実はずっと医務室奥のデスクに座っていたアニー。引き攣った笑顔にフォルティスタッフを握りしめて、二人の前に仁王立ちした。 「元気な事は大変喜ばしい事ですけど、ここは医務室だって事忘れてませんか? 謹慎が解けたら好きなだけやっていいですから、惚気はその時にしてください!」 「……ごめんなさい」 「わ、悪かった」 惚気てなんていない、と言おうとしても秘奥義を放ちそうな迫力を前に口を噤む。弱者は強者に従うしかないのであった。 怒気の収まらないアニーは用事があるのか扉の前に立つが、振り向いてジロリ二人を見る。視線の弓が突き刺さり、従順を示して二人は取り敢えず何度も頷く。 「私は少し出ますけど、すぐ戻りますから。……帰ってきた時また同じ事言わせないでくださいね?」 「はい!」 「大人しくしてるって」 特にユーリを不審隠さない瞳で見て、アニーは医務室を出て行った。奇妙な緊張から開放され、ふぅと一息つく。何の気なしにお互いを見て、込み上げるものに耐え切れずお互い同時に吹き出した。 「しょーもねー! なんかすげー下らない喧嘩じゃなかったか今の?」 「喧嘩……って言うのかあれ? でもアニーまじでキレてたじゃねーか、完全忘れてた」 「男同士の痴話喧嘩って、……寒いな」 「寒いな。オレ達はもうちょっと理性的にいこうぜ」 「だな。もう大人だし」 「ああ、紳士にいきたいね」 ゲラゲラ笑いながら言い合う姿は大人で紳士には到底見えない。当人達も別にそんなつもりで言っている訳ではないが、二人雰囲気に乗っかっておいた。 喧嘩になったり突っかかったり、未来からのユーリとは全く違うユーリにルークは少し戸惑う。だがそれは未来からの彼が何もかも、分かっていて大人だったからだという事を今更ながら実感した。 今のユーリを好きだし喧嘩したい訳ではないが、予想を外れて変な方向へ飛んでいってしまうのはよろしくない。が、それもお互い同じ目線と高さで、真剣に向き合っているからこそだと思えば、喧嘩一つでも猛烈に嬉しく感じてしまう。 「ユーリ、ほらちょっと来いよ。口にしなくていいから、行動で示してくれって」 「まぁ確かにその方が手っ取り早いし、オレも嬉しい」 「一石二鳥だろ?」 「全くだ。……なぁルーク、好きだからな」 「うん、俺も好きだぜ」 ルークは瞳を瞑った。一人分の重さがベッドの上で移動して、近付く気配。吐息が軽くかかって、一番最初に触れた皮膚は鼻頭。こつんと触れ合わせ、次に額が合わさる。ユーリの黒髪が流れてきて頬にさらり溢れ、少しこそばゆい。 どうしても我慢できなくてふっと笑うと、その開いた唇を狙ってキスが降りてくる。数回軽く音を立て、気が済んだらそのまま離れない。上半身が自由なユーリが体を寄せてきて、抱きしめてくる。その熱さに内側から焼かれ、ルークも手を伸ばした。 食べ物、趣味、尊敬する人、家族、好きな人。増えていく持ち物が堪らなく嬉しくて、大事にしたい。言葉にしよう、行動しよう。相手を知りたい、自分を知りたい。色々なものをとにかく混ぜて、ユーリにも見てもらいとただ思った。 未来から来たユーリの目的が結局なんだったのか、自分は知らないままだ。恐らく記憶が統合されてもユーリは言わないだろう、そんな気がしている。だが彼が言わなくていいと判断したのだから、それを信じるしかない。 どちらの損得勘定も、この結果を見れば文句は付けようがないのだ。例え何かあってもこれからは自分で考えられるし決められる、誰かに頼る事も頼られる事も構わない。問題があればその時はその時考えよう。そうルークは決めて、考え事で余所に気を飛ばしてるルークを叱るように、抱き締める腕を強くしてくるユーリへ、お返ししてやろうと自分から舌を突っ込んだ。 薄っすら瞳を開いて確認すれば、黒く長い睫毛がピクピクと震えている。ふふん、驚いただろうと言ってやりたい。だがあまり突っつくと反撃を食らうだろうから、程々に。 お互い接着でもされたのかと言うくらいには離れず、思うままキスを交わす。跳んだ時間と想いを絡めて触れ合う熱は離れがたい。もうすぐ帰ってくるだろうアニーの事をすっかり忘れて、その睦み合いはまた雷が落ちるまでずっと続いた。 |