Epilogue |
ユーリははっと気付く、するとそこには目の前にリタとハロルドが。自分の頭が妙に重いと手を当ててみると、何かよく分からない大層な装置を被っている。 何だこれは、ルークはどこ行った? 自分の中で当たり前になっている朱色をキョロキョロと探すが見当たらない。今夜は確かに彼を抱きしめて同じベッドに入り、眠りについたはずなのだが……。しかし周りを見渡せばそこは自室ではなく、バンエルティア号の科学部屋に間違いなかった。 戸惑いを隠さず重苦しい装置を外すと、にやーっとした顔のハロルドが覗きこんでくる。付き合いはそこまで長くないが、この天才科学者がこんな顔をする時大抵被害が出る事くらいは分かっていた。 嫌な予感を感じ取りリタに顔を向ける、しかしふと気付く。ブラウンの髪色に特徴的なゴーグルはそのまま。だが髪が伸びており、邪魔なのかリボンでもなく飾り気の無いただの紐で一つ括りにしている。顔付きもどこか大人びていて、昨日見たばかりの顎の丸さも消えていた。 確かにリタであるはずなのに、どこか違う違和感。それをぶち壊すわくわく、という擬音がぴったりな、記憶と違わぬ声と顔のハロルドがユーリを歓迎した。 「ようこそ未来へ、過去のユーリ・ローウェル。さて結論から言うと、あんたはよーするにタイムリープを2回、行ったって訳よ」 「……は?」 「1度目は未来から今の時代へ。2度目は今の時代から更に過去……つまり、あんた達が喧嘩したって言う次の日に跳んだの」 リタが補足するが、ユーリの頭は混乱していて理解できない。確かに時間は跳んだが、実際跳んだのは未来のユーリであり、今現在のユーリでは無いはず。色々面倒も残してくれたが、そのお蔭で素直にルークを好きだと認められたのは間違いない。今では自他共に認めるアドリビトム第二のバカップルと名を馳せている。が、それとこれとは別問題なのだ。もうあんな、自分だけが取り残されて訳の分からない体験をするつもりはユーリには無い。 そう取り敢えず、自分のスタンスを混乱した中でも伝える。そしてルークはどこ行った、とも。だがその言葉をリタは鼻で笑い、惚気はいいから、と毒付く。 「あんな面倒な事、勝手に巻き込まれるなんざ冗談じゃないぞ」 「あのね、タイムリープなんて現象が勝手に起こる訳無いでしょ? どんだけ高レベルの空間計算が行われてると思ってんの」 「未来のオレが勝手にやってるんじゃないのか?」 「何度も説明したと思うけど、タイムリープは本人の中でしか移動できないの。一本の線みたいに繋がってて、その連続性のお陰で今のユーリは存在できてる」 「つまりここに居る時点で、あんたはシステムの一つとして組み込まれてるってワケ。因果律、ってやつ。終わりがあるから必ず始まりが存在する、タイムリープはその順番を入れ替えてるだけ。すっ飛ばしたりは出来ないのよねぇ」 「……つまり、オレに何かやれって事か?」 「それしかないでしょ」 「改めましてようこそ。えーとあんたの感覚からしたらここは5年後の未来かしらね?」 ハロルドがニタニタと、嬉しそうに笑みを深めている。見れば見るほど不安を煽る笑顔とは、そうお目にかかれない。 事件が終わった後、リタ達にタイムリープの講釈を少しだけ受けたが、5分で理解を諦めた。そのツケが今こんなタイミングで来るとは、予想だにしない出来事。その混乱が手に取るように分かっているのか、リタが解説を入れてくる。 「未来のあんたはまず、未来の技術を使って現在……あんたから見るとまだちょっと未来だけど、今の時代まで飛んできたの」 「かなりの魔法科学力ね、でも精密さがあんまり無いのは致命的だわ。だから中間点としてここを選んだんでしょうけど」 まずリタはホワイトボードに黒色で1本の横線を引き、一番右側に「A地点・未来」一番左側に「C地点・過去」真ん中に「B地点・現在」と書いた。A地点からペンを青色に変え、B地点まで矢印を伸ばす。 そこまでは分かる。だがそうなると、何故今ここに過去としての自分が居るのか。そこでリタは頷き、説明を続けた。 「未来からのあんたは、私達に依頼したの。タイムリープ装置を作ってくれ、ってね」 「タイムリープはあくまでも自分一人、中身しか持ってけないもの。そこでこの天才に頼むのは当然って話よ。それを使ってもう一度、過去に跳ぶ予定になってるわ」 「だからそれで、なんでオレがここに呼ばれるんだ。未来のオレがやりゃいいじゃねーか」 「それが出来ないから、過去からあんたを跳ばせたんでしょ? 言っとくけど呼んだっていうよりも、この一連丸ごとが、あんたの歴史の流れに組み込まれてるから」 「ちょ、ちょっと待ってくれ……。意味が分からねぇ、そもそも未来のオレはどこ行ったんだ?」 未来からのユーリを過去へ跳ばす為に、ここへ跳ばされた。では今、事の張本人と言える未来のユーリはどこに居るのか。そう疑問を口にすると、リタはすっ、と武醒魔導器を指さした。 「……え?」 「未来と言えどまだ完全には安定してないらしいのよね、時間を操る技術。精神汚染が避けられないから、使用回数があるって言ってたわ」 「おまけに未来からの距離がかなり遠くて、使用者の負担が大きいの。だから実質未来からのユーリが自主的に跳べる回数は1回きり」 「待て待て、それじゃおかしいだろ。さっきオレは2回跳んだって言ってたじゃないか」 「だから言ってるでしょ、自主的にはって。過去から来た若くて健康な精神体のあんたと未来ユーリの存在を擬似的に重ねて、未来ユーリだけを過去に跳ばす為に呼んだってワケ」 「その間、未来ユーリは意識を魔導器コアに封印して眠ってるの。未来のあたしの天才的な技術でね」 「この天才の、人格を物に込める技術も入ってるわよ」 言われてユーリは左手の武醒魔導器を見つめる。コアは普段と違い、真っ青に染まり中心に黒点を濁らせ不思議な輝きを放っていた。この中に、未来の自分が……? 中身・記憶だけとは言え人間一人がこの中に収まっているとは理解を超えている。しかし考えてみればニアタも物に意識を詰め込み、カノンノの傍に寄り添っていた。 リタは赤ペンを手に持ち、ボードのC地点からB地点へ矢印を引っ張る。そしてB地点の少し未来、右側に点を足して「D地点」、と書き足した。青ペンを持ち替えそのD地点から、一気にC地点のもっと左へ矢印を描いた。ハロルドが横に付き、補足してくる。 「このB地点からD地点の期間でタイムリープ装置を完成させて、こっちから促して未来ユーリを最も過去へ跳ばすの。そうする事で、やっとあんたの現在は確定するワケ」 「確定って、どういう事だ」 「あんたが現在ルークとバカップルやってんのは、未来ユーリがかき回したおかげでしょ? もしあのままだったらあんた達くっついてた?」 「……それは」 「今あんたが面倒だから嫌って言って元の時代に帰ったら、そこにはあんたとバカップルやってるルークは存在してないわ」 今ユーリにとってルークという存在は必須で、何よりも代え難い大事な人間だ。しかしそれも、あの日の決闘と告白があったから。あれが無ければユーリはルークを諦めて、交わらないという苦い気持ちから、想いを封印してしまっただろう。 「未来からのあんたが一端を発してるのは確かなんだけれど、それには過去のあんたの協力がどうしても必要なの。だってそれ以外じゃ、手伝う理由が無いでしょ?」 確かに、ルークとの繋がりを捨てたく無い気持ちがある自分で無ければ、突然未来に跳ばされても手伝おうと思わない。それにしても自分の尻を自分で拭う、とはよく言ったものだった。 ユーリはぽりぽりと頭を掻き、ずっしりと重い機械を机に置く。リタが丁寧に扱ってよ! と迫力ある瞳で睨んでくるので、丁寧に。 「つまりオレが知ってるオレのルークの元に帰るには、どうあっても未来のオレを跳ばさなきゃなんねーんだな?」 「そうよ。まず未来のユーリを跳ばして、それから今のあんたを元の時間へ跳ばすわ。それでやっと時間の紐は埋まると思うから、安定確定してタイムリープは終了するはず」 また突然跳ばされても面白くない。この件をさっさと終わらせて、早くルークに会いたいと思った。しかし同時にふと思う、タイムリープは時間跳躍、未来からのユーリはどこへ行くのか。 「なぁ、未来のオレは過去に行って、それからどうなるんだ?」 ふと疑問に思い、聞いてみる。事件の発端者、功労者となる未来の自分は無事帰れたのだろうかと。しかしハロルドは、5年経っても変わらぬ童顔と軽い口調でさらりと言った。 「消滅するんじゃないの?」 「……は? なんでだよ!」 「分からないの? 未来のユーリが行動して、自らの歴史を改変したの。自分が辿ってきた歴史が変わるんだから、元の未来だって書き換わってるに決まってるでしょ」 「あんたがここで未来ユーリを送らなくちゃ、元の時代に帰っても元のルークが居ないのとおんなじ事。……言っとくけど、本人了承済みよ」 「ここまでしなくちゃって、あの手紙……マジだったのか」 「私達も始めは止めたんだけど。既にこの時代へ跳んだ瞬間から歴史改変は始まってるからって」 「じゃあ、記憶の統合はどうなる? ルークとの記憶は……」 「多分それも消えると思うわ。まぁ奇跡とやらにでも期待すれば、夢って形で見せてもらえるかもよ?」 ユーリは以前読んだ手紙をぼんやり思い出す。あの当時は混乱もあったが、悩み渦中であるルークの事も書かれていたので、腹が立って真剣に読まなかった。決闘後、未来からの大きなお世話だと、感謝と決意を込めて捨てたのだ。しかしせめてもう一度目を通せば良かった、そこまでの想いがあったとは。 魔導器を撫で、再度ユーリは感謝した。彼のお陰で自分とルークは共に歩んでいる。自分相手に変な感情だったが、ここまでされればもはや別人と称してもいいのではないだろうか。 ユーリも納得し、頷く。それを確認して、リタとハロルドは消耗品が詰まっているらしい小袋と武器を手渡してきた。武器はやたら仰々しい、値段も攻撃力も高そうな物。荷物もやたらと多く、旅にでも行くのかというくらいだった。 「じゃあさっそくだけど、ユーリには今から幻と言われる時の大精霊を探す旅をしてもらうわ」 「……は?」 「今回あんたを過去からここまで呼べたのは、未来からの知識のお陰。ジルディアとの共生で生まれた新しいエネルギーが、時間を操作するのに適してるって教えてくれたから」 「本来それはもっとずっと未来で発見される知識よ。このエネルギーはもしかしたら禁止されるかもしれない危険な代物……この知られてない今だから出来たんだけどね」 「歴史を改変出来るなんて、面白そうではあるんだけど。ま、馬鹿が好き勝手やる危険性はある技術なのは確かよ」 「勿論そのエネルギーを使って未来のユーリを跳ばすんだけど、今の科学力じゃ正確かつ安全にタイムリープする装置はまだ出来てないの」 「跳ばすだけならすぐ出来るけど、精密さが全然駄目なのよねー。50年前に跳ばされても、困るっしょ」 「……オレまだ生まれてねーぞ」 「だから、その補助の為にどうしても時の精霊の力が必要ってワケ。セルシウスも会った事無いらしいけど、存在はしてるって話よ」 「大精霊マクスウェルは幻の精霊って呼ばれてるわ、ニアタですら知識でしか知らないって」 「おいおいおい、そんな雲を掴む話、めちゃくちゃじゃねーか!」 「雲を捕まえたいなら凍らせなさい。大丈夫よ、居ない訳じゃないんだし、ディセンダーも居るし」 「そうか、ディセンダーが……。けどどんくらいかかるんだよ、あんまり時間かかるとルークが心配するだろ」 「さぁ……。ニアタみたいにロボットに改造してあげよっか? そしたら時間なんか気にせず探せるし。帰りはマクスウェルに送ってもらえばいいんじゃない?」 「人事みたいに言うな! ……その本気の目も止めてくれ、頼む。くっそ未来のオレの野郎、ようするに面倒な部分は全部オレに押し付けたって事か!」 「ユーリが必要としてんだから、ユーリがやるのは当然でしょ。あたしだって協力するんだし、どうとでもなるわ」 「研究対象としてはこれも面白そうだし、丁度良い話よ」 「……頼りになりそうで、何よりだぜ」 げっそりと、この苦労の先を思ってユーリは辟易した。しかしこれをしなければ自分のルークの元へ帰れないというのだから、一種の脅迫だ。 先ほどまで感謝していた念が一気に薄れ、やっぱオレってどうしようもない奴だな、と自分で自分を貶した。 決意を固めて、また気付く。ここが5年後の未来だとして、この時代のルークはどこに居るのだろうか。自分達はまだ二人の将来を喧嘩しながら相談している途中で、少なくともライマとしてまだルーク達はバンエルティア号に乗っている。 5年後ならばルークは22歳。成人を越えて、何かしら決断している頃だろう。そう考えると急にソワソワと落ち着かなくなり、今すぐ会いたくなった。 「なぁ、今の時代のルークはどうなってんだ?」 そう言うと、リタは呆れ顔を隠さず、ハロルドも肩を竦める。二人の反応を不審に思い、ユーリは眉を潜めた。 「あんたって、何時の時代だろうが結局そこに行き着くのね」 「ドクメントに刻まれちゃってるんじゃないの? 見てあげよっか」 「いや、ルークは……」 「あーはいはい、そこらへんも充分分かってるから。もうとにかく、さっさと行きなさい」 「話はアンジュとディセンダーにも通してるから、纏めて捕まえて持ってきなさいよ」 「え、おいちょ……なんだよ!」 ぐいぐいと、強引に押されて科学部屋を追い出される。出た先は当然エントランスで、カウンターにはアンジュが。どんな魔法を使っているのか、容姿はあまり変わっていない。本人の努力虚しく痩せてもいない様子だったが、流石に黙っておいた。 アンジュは了承しているのか、ウインクを一つして廊下への扉を指さす。それはライマ部屋への扉で、さっさと会いに行けと言っているらしい。 5年経とうが、ユーリとルークはセットだと。そんな認識は変わらず広まっているようだ。喜ばしいような、照れるような。苦笑を一つして、ユーリは歩く。 未来の自分が道を作って、ルークが頑張った未来。それを無くす訳にいかない、何よりも自分の為に。足を踏み出して扉の前に立ち、変わりなく好きな朱毛を、瞳を閉じて思い描いた。 自動ドアを反応させて、瞼を持ち上げる。するとそこには、つい今、脳裏に描いた笑顔が、それ以上の輝きで出迎えたのだった。 ようオレ、今この手紙を見てる頃混乱してる状況だろう。けど取り敢えずは受け入れてくれ、これはオレ自身にも関わる問題だからな。ちっとばかり苦労する事になるが、それを乗り越えた先は保証する。 まずなんでオレが過去へ来ようかと思ったのか。それは2つ、ルークと、ルークに関係するオレの為だ。この頃のルークはなかなか手が付けられなくて、オレとしちゃやきもきしてたろ? 良い所と悪い所を毎日日替わりで見つけて、どっちに傾けようか悩んでたはずだ。 オレも告白を受けた当初はまだ悩んでて、どっちつかずになっていた。その態度が余計に悪かったんだと、今なら分かるが後の祭りって話。 そもそもルークが告白してきた理由ってのが問題だった。王位継承権が揺らぎ、自分の居場所が覚束なくなったせいだ。捨てられるくらいなら先に捨ててやる、けど世間知らず一人では抜け出すのも逃げ出すのも、生きていく事も難しいだろう。だからあいつはオレを選んだ。他国出身で、世間慣れしていて、自国でギルド加入もしている。それになにより、助けを求める奴を簡単に見捨てられないって所まで考慮に入れて、だ。一人で追い詰めて、自棄になってたって当時のルークの日記には書いてた。 けどそれを受け入れたのは間違いなくオレだ。気になる人間に頼られて無視も出来ないし、突き放して信じてやる程深い時間もなかった。けど傍目からルークが傷付いてるって事は分かってたし、多分逃げたいんだなっていうのも簡単に読めた。この時点でオレはルークの事を好きか嫌いか、っていうよりかはこいつ面白いな、っていう気持ちになってたんだ。 可愛いなって思うペットが脱走やら予想付かない行動を取って、苦労するけど楽しい。……みたいな感情に近かったと思う。こう書くと人でなしっぽいけどな。だからこの関係はお互い様だった、それがそうもいかなくなったのは案外すぐ。 弱ったルークは素直に縋り付いてくるもんだから、一日中傍に居て抱き合って、そんな事をしてたらオレの方がのめり込んじまった。 自分達は思った以上に相性が良かったらしい、ただし健全な形じゃなくて一方的共依存。逃げ込める場所を得て安定しながらも依存してくるルークを、良くないと思いながらも全幅の信頼にオレは酔っていた。続けても別れてもルークは駄目になる、そんな言い訳をしてオレ達は日々一緒に居た。それをダラダラと続けて、再起可能の芽をオレ自身が潰したんだと知ったのは大分後。 結局オレ達がどうなったのかっていうのは、今言うつもりは無い。オレがここまでしてるって事で察してくれ。 ルークは単純な分素直な奴だ、自棄だったとは言え嫌いな人間に助けを求める奴じゃない。けどオレの時はまだそれを自覚してなかった。罪悪感も入り交じって安定できず、そこから自分も他人も信用出来なくなっていったんだ。 なら最初からあいつがオレをきちんと信用して自覚し、心底好きになればどうだ? 少なくともオレが味わった未来よりかは、マシになるだろう。正しい関係性は正しい未来を導く、そう信じてる。オレらしくないって笑うか? この手紙を読んでるオレならそう思うだろうな、けどこれが今のオレだ。間違いなく。 だからオレが針を傾けてやる……別れ土産ってやつだ。きっとルークを好きになるぜ、お前。何しろオレなんだからな。 |