chicken or the egg








9
「ならそれでいい」



 嫌いだと耳から入って、脳に到達した瞬間ルークはキレた。散々整理しておいた言いたいリストがすぽんと吹っ飛び、気が付いたらユーリの胸ぐらを掴んだまま立ち上がっていた。

「テメェふざけてんじゃねーぞ、お前が俺の事好きだってのはもう知ってんだよ!」
「あのな、妄想も大概にしてくれ、オレが何時好きだなんて言ったんだ。例え言ったとしてもそれはオレじゃない」
「いーやユーリだ、間違いなく! 俺の事気にして追っかけ回してたんだろ、言質取れてんだからな」
「お坊ちゃんがオレの行く先に居たんだろ? こっちはいい迷惑だ」
「はああっ!? おまっ、言うに事欠いて俺がだと! あったまきたこの野郎!!」

 ルークは掴んでいた手を投げるように離し、両手から手袋を荒々しく脱ぐ。それを全力投球でユーリに向かって叩きつけた。二つの手袋はあっさりと片手で防がれ、ぽとりと地に落ちる。目で殺すつもりでぎろりと睨み、怒りも想いも込めて言った。

「決闘だ馬鹿野郎! 明日明朝、闘技場! 俺が勝ったらユーリが俺の事好きだって認めろよ!」
「……へぇ? それじゃオレが勝ったらどーすんの、お前は諦めんのかよ」
「諦めない、……少なくとも俺は」

 その回答にユーリの眉も口も歪に歪む。なんとも身勝手なのは百も承知で、けれどそれくらいには諦めたくないし我慢ならない事なんだと、ルークは改めて決意を固める。

「それってオレに得が無いんだけど」
「じゃあ逃げるのか」
「……物は言いようだな、そんな安い煽りに乗ってくれる奴いんの?」
「少なくともここに一人居るだろ。ならユーリが勝ったら俺の事嫌いになっていいぜ。俺はならないけど」
「話にならねーな。何でも自分の思い通りいくと思ってんのかよ」

 その言葉にルークは残しておいたほんの一欠片を、ぶちりと握り潰す。以前の自分だと同情心を少しだけ取っておいた考えは、大きなお世話だったらしい。

「……てんめぇ、男なんだったら決闘くらい受けろ。言い訳して逃げるなんざウゼー事してんじゃねえ。あんまグダグダ言ってっとこの場でやる事になるぞ」

 はぁ、と大きな溜息。その姿が重なったが、それが未来からの彼だったのか来る前の彼だったのか、判断付かなかった。

「わーったよ、やればいいんだろやれば。その代わりオレが勝ったら……、もうそういう意味でオレを見るなよ」
「それって俺だけが駄目で、お前はいいって話なのかよ?」
「……決闘で決着付けるんだろ? 聞きたいなら勝ってからにしてくれ、貴族様」
「吠え面かかせてやるから覚悟しとけよテメェ」



  一部の隙間無く頭に血を昇らせて、ルークは足音踏み鳴らして船内に戻る。アンジュが驚いて目を丸くしていたが、気にしていられなかった。部屋に戻ったが誰も居ない、ルークは真っ直ぐに机に向かって座り、日記を書き始める。
 あほばかまぬけロン毛嘘つき野郎! 思いつくままの罵倒はすぐに底を尽きた。気が済むまで紙面に吐き出してから、一息ついて読み返す。今日の内容は笑いが込み上げるほど馬鹿馬鹿しいものに仕上がっていて、正直に笑う。なので一行空けて、もう一度書き込んだ。
 今度は読み返さずにペンを置く、背凭れにもたれて天井を見た。特筆する事は何もない、いつも通りの部屋だ。だから大丈夫、と唱えて日記を閉じる。

 まだ昼間だが明日の朝は早い、今のうちに昼寝と洒落込もう。靴をぽいぽいと投げどさりとベッドに沈む。少しだけ眠って、闘技場のオーナーに話をつけにいかなければならない。さっきは何も考えずに闘技場と口が出てしまったが、一個人が私用で使うなんて少しばかり無茶な気もする。しかし元々ユーリは闘技場に付き合うと言っていたのだから、自分が言った責任をとってもらおう。
 後でコングマンに頼みこんで……うつらうつら考えていると眠気が襲う。一人分の重みに瞳を閉じて、明日の未来を願った。





*****

 翌日闘技場。黒色と朱色が二人、コロシアムの舞台に立っていた。普段うるさいくらいに歓声で溢れている観客席も、今は誰一人存在しない。何時もと正反対の雰囲気はいっそ不気味で、遠方彼方から薄暗い黄昏がちらちら刺さる風景も拍車をかけた。
 ホスト側にルーク、チャレンジャー側にユーリが立ち、一触即発の空気で気安い掛け合いをする。

「よくここを借りれたな?」
「まーこの時間だけって約束でな。最近俺ここ入り浸ってたから、顔覚えられてた」
「……じゃあさっさとやるか」
「ああ、俺が勝ったら俺の事好きだって認めろよ」
「オレが勝ったらオレの事諦めろよ」
「俺は諦めさせられるのに、ユーリは諦めないのか」
「……だからオレは別にあんたの事、好きじゃないって言ってるだろ」
「そのセリフ、聞き飽きたし言い飽きたっつの! 覚悟しろよ!」
「言っても分からないなら……仕方ねぇな」

 カチャリ、とお互い武器を構える。ルークの口元は引き締まり、ユーリの眉は少し苛ついていた。元に戻ってからのユーリはずっとこんな表情ばかりをルークの前でしている。以前は余裕気な表情に皮肉口ばかりだと記憶していたが、どうにも補正がかかっていたのかもしれない。憎しと思ってそう見れば、そうとしか思えないように。

 しかし考えてみればそれも当然で、自分一人だけが過去に置いてきぼりになっているのだから。しかもそれが未来の自分のせいだなんて、怒りのやり場に困る話だろう。ルークは自分なら爆発してたな、と想像する。
 だとすれば今の行動はちょっとばかり先走りすぎで、被害者からすれば本気で本当に迷惑千万だろう。と、他人事風に。いきなりギルドメンバーに告白されて押し倒されて決闘だ、男に。けれどそれもやっぱり、未来のユーリにされてきた事でもあるのだから、これも因果応報にすぎない。

 怒るならばやっぱり自分に、嘘かどうかは知らないが好きと言って惚れさせたユーリに文句を言ってくれ。





 剣を腰から引き抜いて構える、ユーリも鞘を飛ばし左手に。ペアで戦闘した事は何度もあるけれど、本気で対決した事は無い。しかし以前ならばともかく、今の実力で簡単に負けるつもりはルークには無かった。

 最初に駆け、遊戯のような剣合わせ。キン、と音鳴りが数回響く。金属独特の音をはね返らせて打ち合った。ユーリの手を特に観察しながらそれを繰り返し、速攻で勝負に出る。
 剣の振りをわざと大振りにし、隙を見せる。単純に乗ってくるか微妙な線であったが、今のユーリは普段より冷静ではないので狙う価値はあった。様子見のつもりか蒼破刃を幾つか飛ばして、あまり寄って来ない。舌打ち、やはりなんだかんだ言って場数が違うらしい、ルークは面倒になって自分から距離を縮めた。
 大地に刃を立て、石礫を飛ばす。引っ掛かった所から追撃を睨んだがステップで避けられ、前進しながらの突きで隙間を刻まれた。ダウン狙いの拳が届く前に、それを剣のガードで受け止める。カウンター返しを止めて、一瞬ユーリの動作が完了するまで待つ。拳が退かれて此方を見ている目にニヤリと笑って、連撃を叩き込んだ。

「……ぐっ!」
「技終わりの隙、俺相手には消さなくてもいいって思ってんのかよ!」

 甘く見てんじゃねぇぞ! そう叫んで足元を狙う。バク転で避けられるが、魔神拳を飛ばして追撃を刻む。追って剣を振り下ろそうとしたが、ユーリはバク転の動作を途中で止め、片手で逆立ちしたまま戦迅狼破を出してきた。
 ”切り返しは奇襲しとけ”聞き慣れた声が頭をよぎり、ルークは片足軸でくるりと避ける。闘気が髪を掠めてぶわりと舞い、バランスを崩していった。体勢を直している間にユーリも立ち上がり、刀を持ち直している。

「舐めてたつもりは無かったんだけど……。ちょっと考えは改めるわ」
「言っとくけど、ユーリの手の内は結構知ってるぜ。親切丁寧に教えてくれた奴が居たからな」
「そりゃまた、相手に不足はねえな」

 そう言った顔は少し苛つきを落として、険は忘れず笑っていた。未来からのユーリは基本的にルークの少し上に立ち、導き手を意識して過ごしていた。だからこうやって、対等に対決する時の表情は見たことが無い。その発見が嬉しくて、対するルークの笑みも深くなる。

 ユーリがすぅ、と息をひとつ。ぴしりと視線を真っ直ぐ向けてくるので、睨み返す。どれが合図になったのかは分からないが、肩の刀が曲線を描いた。ルークはそれが何かを確認せずに走り出し、距離を詰める。
 剣が届く距離、スペースに入った途端、幾筋の蒼破刃が襲う。剣を楯に大方は防ぐが、白い裾がざくざくと微塵に飛び、腕に赤い筋が走った。ルークは気にせずそのまま防ぎ、本命を待つ。
 ガン! と受けていた剣に衝撃が走り、柄の手が微かに痺れる。゛派手な攻撃は大抵囮だから、次手を意識しろ゛また浮かぶ言葉、ルークは素直にそれに従う。
 すぐに視界に入ってきた拳、鳩尾を狙っているのは読めた。腹を庇って腕を下ろすが、半分間に合わない。肘が当たってずらす事には成功したが、勢いは殺せず吹っ飛ぶ。

「くっ、……のお!」

 リカバリングで着地し、体勢を立て直そうと前を見た。追撃が来るとばかり思って焦ったが、当のユーリは構えを直して挑発している。その態度にカッと血が湧き、柄を握る手を強めた。
 ジャンプする勢いで跳び、一気に距離を詰める。したり顔のユーリは、一歩下がってそれを待っている。同時に打ち合えば勝つのは誤差だ。小手先か筋力か、今の二人にあからさまな差は無いように思えた。

 一撃、刃を重ねて二撃目はスピード勝負。先に攻撃が入った方が勝ち、しかしそのルークの考えは否定される。

 注目を正面に誘って足元へ蹴りを放つ。タイミング的に外れる訳が無かった。勿論当たった、だがその攻撃でユーリはよろめかず、平然と連撃を入れてくる。カウンターをもらって逆にルークこそよろめき、丁寧に全ての攻撃を受けた。

「ぐっ……!」
「どうした、手の内は読めてるんじゃなかったのか?」
「言ってろ!」

 連続を避けて引き下がる。しかし追撃は今回も来ず、ルークの怒りのボルテージを上げた。低い姿勢から右側へ周り、ユーリの足元へ烈震天衝を思い切り叩き付ける。相手がガードを取ったのを見て、ルークはクラッシュ狙いで連続攻撃を浴びせ続けた。
 ダウンを取ろうと足元を見ると、黒のブーツが片足下がって体勢を支え、地面を削っている。そこへ突然響く声、゛ガード固めてる奴は策持ちだから気をつけろ゛考える前にルークは跳んだ。
 すると目の前の地面が抉れ、衝撃波の余波がビリビリと空気を伝う。ごくりと唾を飲み、視線を外さないまま下がった。

「結構奥の手なんだが…こうも当たらねーと面白いじゃねーか」
「お前それ、アドリビトムの中じゃ出さなかったろ!」
「奥の手を日頃で出してどうするよ。……本気でいくぜ、こっちもな」
「望む所だっつの!」

 そうルークは自分に対しても発破をかけるが、どれだけ攻撃しても途中で割り込まれ此方が押し負ける。思い出した゛観察も忘れるなよ゛という言葉を頼りに、ユーリの利き手の腕輪がオレンジ色に光っているのを見つけた。
 しかしあの武醒魔導器が関与しているならば、どう対策したものか。ここまでルークの助言をしてきた記憶の声の主を責めて、焦りを胸中に呼んだ。



 趣味でやってた剣技を高めてもまだユーリと同列くらいか? ちくしょー修行の旅の時もっと真面目にやっときゃよかった! このままじゃジリ貧で時間切れになる。そんな決着の付け方はありえない。
 一発勝負……賭けるか? 何に賭けるって言うんだよ、馬鹿らしい! 奇跡なんて願望、待ってても降ってこないって充分知ってるのは俺だろうが! 待ってちゃ駄目だ、自分から動かないと。ユーリみたいに。

 その瞬間、今までのユーリを思い出す。2度目の最初の時、鍛錬を見てもらった時、背中を押してくれた時。頭の中で響く言葉、それは……。

――無意識が怖い所は、相変わらずだな
――オレの弱点教えてやろうか?
――ちゃんと覚えとけな
――もうちょっとオレを信じろ
――知ってもらいたくてだな

 ……思い付いて、ルークは今更だが激怒した。あんの野郎、最初からこのつもりだったんじゃねーか! とんでもないペテン師だなまじで!!
 正面のユーリを見る。そう考えると確かに、あのユーリとは違う気がする。こっちのユーリの方が結構純情じゃね? あのユーリは実際何時ぐらい先のユーリだったんだろうか。絶対半年ぽっちじゃないだろあれ。

 辿り着いた答えに口元を歪める、心の中は嵐だったが不思議と落ち着いていた。受け入れた感情はクリアに晴れていき、ルークの瞳には一筋の道が映る。
 それは視覚だけでは見えず、感覚だけでは触れられない。ディセンダーただ一人が担った危機でも、全世界の人間が手を取らねばならない事態でもない。これは未来のユーリから託された道で、ルークが歩いてきた時間。無駄なものは何一つなくて、全て必要な出来事だった。
 彼はどんな想いで跳び、どんな気持ちで自分の前に現れたのだろうか、こんな時でなければルークはうっかり泣いてしまいそうだ。だから感謝と、力いっぱいの拳を。訪れる未来を待つ、今過去の彼に。



 口元を歪めて走り、剣を握った左を大きく振り上げ足を蹴った。迎え撃つつもりのユーリは刀を構えている、狙いはそこだ。
 剣先が届く少し前に腕を振り下ろして、その勢いのまま剣をぶん投げた。明後日の方向へ飛ぶ剣を、正面のユーリが目を丸くして見ている。
 懐へ潜り腹に拳を叩き込み、剣が飛んだ方向へ吹っ飛ばして追撃に魔神拳、それからダッシュで追って着地を狙う。

 闘技場の壁へ激突寸前、ユーリは空中受け身で軽やかに舞い降りる。そこへ衝撃波が襲うが、魔導器が光った後食らったまま平然と動き出す。正面衝突しそうな滑走進路を90度曲がって、ルークは飛んだ剣を拾う。
 当然相手は追いついていて、迷いなく振り向き剣を振るった。ギィン! と刃が重なり合う鈍い音。ギリギリと鍔迫り合いをするが、細身の刀がどんどん圧してくる。ルークは両手で握っていたが、ユーリは片手のまま、またも魔導器が赤く煌めいていた。

 このままいけば負ける、そう直感したルークの体は滑らかに動く。筋力比べの両手の力をフッと抜き、力を込めていたユーリの腕がガクリと滑る。その瞬間、握る手元を狙って膝を上げて打ち据えた。測ったように腕輪に当たり、ユーリは瞬間刀を手放す。
 刹那の隙間無く、ルークは左手に力を込めて目の前へ線を描こうとした。しかし、速さと巧妙さはまだまだ彼の方が上手だったらしい。

 ユーリは5センチ遠い刀の柄を、瞬時に右手で掴み引き寄せている。それはルークが左手に力を込めた瞬間より刹那前、そしてそのまま振り下ろす。
 また二人の刃が重なる場面――そう予想したのは、ユーリだけだった。

 不快な金属音は鳴らずむしろ沈み、ばしゃりと赤色の水が跳ねる。朱色以外の赤にユーリは動揺し、肉の感触が伝う右手の力を抜いた。
 横腹に刀身を埋めたルークは、痛みを麻痺させてニヤリと笑う。正面のユーリは理解が出来ないのか追いつかないのか、黒曜石がハッキリと揺れていた。

「お前の弱点、教えてやろうかユーリ」
「……な」
「それは俺だ。……簡単だろ?」

 元より握っていなかった剣をつるりと捨てるように落とし、ルークは至近距離で左手の闘気をユーリへ向けて爆発させた。
 ユーリのすぐ後ろは壁で、闘技場の魔物達でも逃げ出せないよう強固な造りとなっている。そこへ叩きつけられればどうなるか、結果は一目瞭然だった。

 ダアアアアァンッ――!



 朝陽が昇ったばかりで薄暗い空に、大きく響く衝撃音。その大音量に驚いた鳥達が、迷惑だと抗議の鳴き声を上げながらバサバサと飛び立つ。それが収まってきた頃やっと、黒衣をズダボロにしたユーリの呻き声が上がった。

「……かはっ、お前なんつー……」

 壁にべたりと張り付いたまま動けない、片眉を歪めた苦悶の表情だけがなんとか確認できる動作。刀は吹っ飛んで遙か彼方、使い手も暫く立てそうにないダメージを負っている。だが、対するルークの負傷も大概だった。
 攻撃をもらいすぎて体力の残りは僅か、捨て身だったからこそとは言え、腹からの血は次々と溢れて止まらない。普段の私服で腹部をさらけ出す仕様な分、わざととは言え後が無い状態に陥っている。それでもルークは、負けたとは思わなかった。片膝をついてまだ手を痺れさせているユーリへ、痛む腹を押さえて大声で宣言する。

「どうだこのやろー! まだやんのか!」

 実際の所本当にまだ続けられて危ういのはルークであったが、勢いで誤魔化した。負けたと思わなければ負けではないのだ、と屁理屈で自分を奮い立たせる。

「何回やっても、俺は勝つぞ。……絶対だ!」

  強い意志と瞳でしゃがみ込むユーリを居抜く。あばらにヒビが入ったのか、呼吸をするたび顔を歪めている。それでもなんとか意地で立ち上がろうとしているが、魔導器は何も反応せず沈黙を守ったまま。結局腰が浮かず、ユーリはどさりと尻を着けてへたり込んで言った。

「ったく、とんでもないお坊ちゃんだったな、やっぱりよ」

 その表情は呆れを含ませながらも笑っていて、少しだけ未来からのユーリに重なる。口角を上げて諦めたように、けれどどこかさっぱりとさせていた。

「わかった、オレの負けだ。……認めるよ、オレはルークが好きだってな」

 その言葉を聞いたとたん、ルークの足腰は言うことを聞かなくなった。勝手に震えだして力が抜け、ぺたりとしゃがみ込んでしまう。深い呼吸をするたびに腹から血が垂れるが、そんな事構っていられなかった。
 頭の中で充満するのはただ、純粋な感謝と思慕の二つ。そのどちらも、捧げているのはユーリへ。その想いは体の中に留めておけなくて、勝手に口をついて出た。

「俺も、俺もユーリの事好きだ……」

 ユーリは一瞬目を丸くし、照れたように逸らしてすぐ向き直る。痛む体をぎこちなく、それでもなんとか動かしてルークの側までやってきた。どさりと座って膝突き合わせる。口はまだ言葉を探しているらしく、少しもごもごとさせていたが覚悟を決めて真っ直ぐ見てきた。

「どうやらオレはどうあってもルークには勝てないみたいだ」
「っつっても俺も、もう動けそうにねーけど。これってダブルKOって感じか?」
「どの道オレが勝っても諦めないなら同じだろ、もういいさ」
「改めてそう言われるとなんかすげー自分勝手だな」
「オレは結構好きだぜ、ルークの自分勝手」
「……ごめん」
「急にしおらしく謝るなよ、逆に怖い。オレも大人気なくて悪かった」
「じゃー、ありがと」
「……こちらこそ。なんかルークに謝られたり感謝されたり、新鮮だな」
「俺だって最近はちゃんと言ってるぞ」
「そうだな、前のルークはまだ知らなかっただけなんだよな……」
「あれは、知ろうとしなかっただけで……」
「でも今知ってるんだろ? ならそれでいい」

 ユーリは手を伸ばしてきて、わしゃわしゃと犬みたいにルークの頭をかき混ぜた。天辺のハネ毛があっちこっちに飛んで酷い有様になったが、当のルークは嬉しくなって気分が良くなり、尻尾があれば本当に振ってしまいそうになる。

 ふわふわ浮ついた気持ちが次第に埋めていって、相反するように体半分下はピクリとも動けなくなった。そして大分遅刻して、痛覚が直撃する。今まで飛ばしていた分、疲労と合わさって吐きそうなくらいだ。
 朱色の鮮やかさがより青ざめた額を引き立てて、ルークは腹の傷口を手で押さえて震え出す。それに気が付いたユーリは慌てて出血の量を確認し、眉を今まで見た中で一番深く歪めた。

「今更だけど、無茶しすぎ」
「しゃーねーだろ、ユーリが意地張るから俺だって張らなきゃ!」
「悪かった悪かったって、すぐ戻るぞ。いや闘技場の医務室借りるか……」

 ユーリは自身の帯紐を解きそれを腹の傷口にあてがい、ぎゅうぎゅうとぺたんこにする勢いで縛る。ぐぇ、と空気を閉めだされてルークの顔は不満気だったが、脂汗もダラダラ出てきたので文句も言えなくなった。
 施設の医務室はまだ開いていないだろうが、器具は揃っているはず。ユーリがおんぶか横抱きで運ぼうとするのを断固断って、結局肩を借りてよろよろ連れて行かれる事になった。



 痛みの中ではあるがルークの心は晴れている。しかしふと思い出して固まった。怪我は自業自得ではあるが、これをどうやってガイ達に怒られず説明しようか。おそらくどう説明してもゲンコツくらいはもらいそうで、治療するユーリの眉も上がっていくのを戦々恐々と見つめるルークだった。







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