chicken or the egg








7
「知ってもらいたくてだな」



「これで後はチョコソースを……そうそう上手!」
「よ、……とぉ……。こ、こんなもん?」
「ええ、初めてにしては上出来よ」
「へへ、そっかな……」

 スプーンを置いて全体を見てみれば、中々どうして。生クリーム・コーンフレーク・バニラアイスのミルフィーユが美しく出来ている。チョコとバニラアイスを2段乗せし、バナナとチョコスティックを無造作に。仕上げに溶かしたチョコをかけて、魅惑のチョコレート・サンデーの出来上がりである。
 材料は基本的に買ってきた物な上クレアという先生が横に付いての作品だ、そう変な物になりはしない。けれど実際動いたのは全てルークである訳だし、クレアの注意が入ることもほぼ無かった。

 自分で作った物を完成させ、ルークの口元はにんまりと。まるで絵画のような美しさではないか! と言ってしまいたい、自画自賛でも構わない気分だ。ずっと横で見守ってくれたクレアに飛び跳ねながら両手を握って感謝する。

「私はなんにもしてないわ、ルークがぜーんぶ一人で頑張ったんじゃない」
「材料用意してもらったし、それに……!」
「材料は元々冷蔵庫にあった物だから、みんなのものよ。ほらルーク、こんな事してる場合じゃないでしょう? 早く届けないと溶けちゃうわ!」
「やべっ! えーと早くしねーと……!」

 せっかく綺麗に出来たのだから、溶けない内に見てもらって食べてほしい。しかしこのパフェをそのまま持って船内を彷徨けば目立ってしまう上、いやしんぼの船員に目をつけられてしまうかも。
 あまり手間取るとパフェが崩れて元も子もない。ではどうしようと段取りにあわてていると、獲物が自らやって来る幸運に恵まれた。ガーッと食堂の自動ドアが開くと、そこには上下真っ黒の男ユーリ・ローウェルが。

「よぉ、ルーク知らないか……ってここに居たのか」
「あら、噂をすれば。まるで繋がってるみたい」
「冗談やめてくれって……。けどお前にしてはいいタイミングじゃねーか、褒めてやるぞ」
「そりゃ有難き幸せ、って何やってたんだ?」
「喜べ、お前を栄光あるし、し、……試食第一号にしてやる! さぁ食え、食って感嘆の涙を流せ!」

 ドン! とテーブルに完成したばかりのパフェを見せつける。バランスに揺れたチョコがアイスから抜けそうにゆらゆらしていた。ユーリは目の前に置かれたそれをぽかんと見てからちらり、ルークの顔を面白そうに見る。

「へぇ? ルークが作ったのか」
「ええ、ルークが一人で作ったの、上手でしょう?」
「あ、あくまでもこれは練習であって、ヴァン師匠に食べてもらう前のお試しだかんな!」
「うふふ、そうね。練習だなんて言うのが勿体無いくらいよ」
「じゃあオレがルークの初めてをいただける訳だな、全く涙が止まらないくらい嬉しい話だ」
「変な言い方すんな気持ち悪いんだよ!」

 顔を真赤にしたルークをからかいながら、ユーリは席に着く。クレアはニコニコ微笑みながら後片付けをして、ルークもそれを手伝おうとしたがすぐ済むからいいわよ、とクレアが意図を込めて言うので、有難くも後を任せた。

 キンキンに冷やしたスプーンを冷凍庫から取り出して、ユーリへと差し出す。それを嬉しそうに受け取ってさくり、バニラとチョコの雪原へ差し入れる。ルークはその白いのと黒いのが真っ黒人間の中へ消えるまでを、緊張しながらじっと見つめた。
 ぱくん、と閉じられた口からスプーンが救出される。舌で転がすようにもごもごと、ユーリは目を閉じて味わう。

「うん、うまい」
「ほ! ……と、当然だろ? クレアが用意した材料乗せるだけなんだからよ」
「ルークってばそればっかりね、もっと素直に受け取ればいいのに」
「そうだぜ、途中で変な物足さないだけでも充分すげえって」
「どっかの爆殺料理人と一緒にすんな!」

 基準値がやたらと低い事に、ルークはせっかく上昇した気分が下がる。ぶぅ、と膨れて行儀悪くテーブルに肘をついた。それをクスクス笑いながら、クレアはカゴを持って食堂から出ようとする。

「それじゃ私、今日の買い物に行くわね。後はお二人でどうぞ」
「ああ、悪いな」
「いいえ、それじゃあ」
「あ、買い物なら俺も手伝うのに……! って、行くのはえーよ」
「クレアが行くならヴェイグが一緒に決まってるだろ、邪魔してやんなって」
「あー、そっか。それもそうだな」

 毎日の買い物は当番制である、別にヴェイグが必ず一緒という訳ではないのだがルークは妙に納得してしまう。あの二人はセット、という意識が強いのが原因だろう。そんな事より、とユーリがルークに向けて、スプーンの柄を差し向ける。

「なんだよ、……やっぱマズかった、のか?」
「ちげーよ、折角なんだから食わせてくれよ」
「馬っ鹿じゃねーの!? 普通に食えよ!」
「いいじゃねーか、どうせ誰も居ないんだから。ほらほら、早くしないと溶けちまう」
「テメーはよぉ……」

 ビキビキと額に血管を浮かべるが、目の前の男は気にした様子も無い。このままでは本当に溶けてしまう、それはできれば避けたいのが本音だ。ルークは仕方なしにスプーンを取って、生クリームとアイスが混ざった部分を一掬い。
 ジト目にへの口で、無言の迫力を醸し出しながら相手の口元へと。けれどやっぱりユーリはにこにこと嬉しそうにしていて、一人だけ無駄に怒って馬鹿らしい気もした。
 あーん、と開いた舌にそっと乗せる。生クリームに流されてアイスがとろり崩れ、ぱくり、と口がスプーンごと閉ざされた。

「あ、こら!」
「ふみゃいぞ、ふーう」
「言・え・て・ねーし! 離せっつの、次食わねーつもりか!?」
「食べる食べる。ほら、早く次入れてくれよ」

 力を込めようとした所を急に離されて、ルークはガタッと転けそうになる。危うくでテーブルに縋りつくが、悪戯しい張本人はしたり顔で次を待っていた。俺は親鳥か、とぶつくさ言いながらも、パフェから掬い取ってそれを口へ入れる。

「うん、マジで美味い。ルークの愛が詰まってる」
「詰まってるのはヴァン師匠への尊敬だっつの。これは……練習なんだから、美味い以外言えよな」
「つっても不味くないんだから、美味い以外言う事無いんだけど。そうだなーしいて言えばフレークをチョコフレークにしたり、上にウエハースかカットしたパウンドケーキ乗せてもいいな。それと間の層にチョコも挟んで……」
「めっちゃあるじゃねーかテメェ!」
「いやいや、初めてでこれだけ出来たら大したもんだ。ルークも食ってみろって」

 そう言ってユーリはスプーンを持つルークの手ごと掴んで、グラスの奥からフレークと生クリームを掻き出して取り出す。ほれ、と手首を返されて目の前。ここで押し問答してもつまらない。食べてみたかったのも事実であるし、ルークはぱくりと口に入れてその甘味を味わう。
 まぁそれなりに美味しいんじゃないだろうか、と実食を通して控え目に自己評価。何故なら常日頃目の前の男ご自慢のスイーツで舌が肥えている、ありきたりな物ではこの程度だ。生クリームを手作りしたりハチミツを入れるだとか、もっと創意工夫の隙がありそうに思える。そんな冷静な自己分析をしながら、喉に通す。

 けれどユーリの顔は嬉しそうで、それは毎日のユーリ作デザートを食す時よりも咲いている。何時も何時も、そのニヤケ顔を止めろとルークは言うのだが、直った試しがない。元の面はいい上自分の前以外ではこんなみっともない表情しないのだから、馬鹿面するなと言った事も。そう言った事自体を後悔したのはすぐで、その後余計に酷くなった。
 あんまりにもうっとおしいので、時々意味も無くその顔を張り倒したくなる時がある。もちろんそう思った瞬間そうするのだが、それが直撃する事はそう無い。軽やかにさらりと躱され、逆に抱きつかれるまでがパターンだ。

「ほれ、美味いだろ? ほら食え」
「もごもご……って次々入れるんじゃねぇ! ぶは!」

 全自動に次々口へ入れてくる分でいっぱいになり、ぶちりと切れた。人が考えている時に何をするのかこの馬鹿は、そう言いたいが頬が満員で開けない。まだそのまま掴まれている手に力を込めて、スプーンに乗って運ばれようとしている生クリームを拒否する。力が均衡し合い、ギリギリと直下型地震のようにスプーンは揺れた。

「ルークにも感じてもらいたいだけなんだって、この愛を」
「いやだから込めてねぇっつの! ってかこれ俺が作ったやつだから!」
「だから、ルークがオレに込めたこの愛をルーク自身に知ってもらいたくてだな」
「こ・め・て・ね・え! テメェいい加減にしろよぉ……ってぐあ、つめてっ!」

 べちゃりと、我慢の限界だったらしいスプーンが跳ねて中身が落ちる。それが何の偶然か丁度ルークの腹上に。当然の事ながらアイスが直接肌に乗れば冷たい、驚いて布巾を取りに行こうと立ち上がるルークの肩を止めたのはユーリ。

「待てって、下手に動くとズボンまで汚れるから」
「んな事言っても垂れるって!」

 程々に溶けているので、白線がゆったりと腹筋を伝って流れる。それを手で掬うように防ぎ、そのまま拭おうとした。けれどそれすら止められて、ムカッとした瞬間、紫黒の塊が近付いてぬるりと濡れた感覚。ユーリが屈み、舌で舐め取ったのだ。

「ちょ、何しやがる……!」
「まぁ折角だし?」
「おい、……こ、ら……っ」

 ぺろぺろとこそばすように離れない、頭を掴んで引き剥がそうとすると腰にしがみついてきた。クリームはとっくに口の中へ収まったはずだ、なのに止めようとしない辺り分かっていてやっている。
 皮膚を舌でじっとり浚い、べとべとにされた上で歯を立てて噛まれた。ちくりと刺が刺さったような痛みにルークは一瞬目を閉じ、へばり付く黒い頭上にぽこりと拳を振るう。
 なのにまるでそれが許可だと言わんばかり、攻め手が激しくなる。がぶ、と聞こえて今度は割合強い刺激。そして自分がやったくせに、労っているつもりなのか優しく舐める。

 上からでは見えないその動作にルークは焦れ、同時に頬へ熱が集まった。食堂でこんな馬鹿な事、と浮かぶ程度には正気だ。抵抗の手はおもちゃみたいな音量しか鳴らなく、今ではユーリご自慢かどうかは知らない黒髪をぐしゃりと握りつぶすくらいしか出来ない。
 腰へ寄りかかってくるものだから、自分の手で支えていないと後ろへ倒れてすっ転んでしまう。そのせいで片手が塞がれ、結局両方使えない事に。なんて策士なんだ、とルークは思った。

「あう、……めろって。こ、そばゆいからっ」
「痛いのがいいって? じゃあ遠慮無く」
「ちげぇ! ……いっ!」

 今度は本当に痛い、がぶりとやられた上肉の感触を確かめているのか歯で挟んだままゆるゆる遊ばれている。噛んだり緩めたり、もはやルークの腹上は唾液でベタベタだ。おまけに歯型を付けるだけでは飽きたらず、ちゅう、と吸って妙な内出血まで付けだす。
 ルークの私服は腹出しで、そんな事をされてはみっともなくて着ていられない。最近鍛えられすぎてやっと戻ってきた堪忍袋の緒が補修を引き千切り、ガツ、とユーリの顎あたりを乱暴に掴む。親指を口内に突っ込み舌を押さえつけながら、ギギギ、と力を込めて引き剥がした。

「せめてもうちょっと可愛く抵抗してくれるか……」
「オメェに見せる可愛さなんざひっくり返しても出てこねーよ!」

 思い切り罵倒するが、隙間無く真っ赤にしている顔が説得力を放棄している。自分でもそう思うのだから、ユーリの調子を止められる効果を期待できる訳が無い。
 椅子と椅子をくっつけ、体を伸ばして腕でルークを囲い閉じ込めてきた。距離を縮めるように背中へ回された腕が押してくる。それに抵抗してべちゃり、と手の平広げてユーリの顔面を掴んだ。この雰囲気にアイアンクローは少しばかり無慈悲だ、けれど四の五の言ってられない。

「調子に乗ってんじゃねーぞ」
「へいへい、申し訳ありませんでしたっと」

 全く謝罪の気持ちが入っていない声へジロリとひと睨みし、ルークは自分の被害に眉を顰める。腹が唾液まみれ、歯型にぽつりと赤黒い。これは2・3発ぶん殴ってもいいのではなかろうか、真剣に考える。
 ユーリから布巾を手渡され、ごしごしと拭く。擦ったり噛まれたり吸われたりで全面に赤い。ちょっと気紛れをおこすと調子に乗るのだから、今後はもっと気を付けようと気を引き締める。

「一人で、自分で食え馬鹿!」
「一緒に味わいたいと思ったお茶目な行動なんだ、そう怒るなって」
「どこにお茶目な要素があったよ! このセクハラ野郎!!」
「酷い言い掛かりだ。これはセクハラとどう違うのか教えるべきだな」
「ちょ、待て……。ち、近付くな馬鹿、分かった悪かったからって! 撤回するから……あ、…んうっ」

 ガタガタバタン、と椅子が迷惑そうに悲鳴を上げる。ついさっき気を引き締めた所をバッサリ鋏で絶ち切られ、ルークは口内に侵入してきた不埒者にすっかり翻弄される結果になった。



***

「あ……カノンノ。今食堂、使えないみたいだね」
「え、どうして? ってああ、この張り紙……」

 カノンノとディセンダーが依頼から戻って食堂に入ろうすると、その扉には大きく目立つ張り紙が。

『ユーリとルークが居ます』

 綺麗なクレアの文字が、深くを語らずそう書かれていた。今アドリビトム内で、この張り紙の意味が分からない人間は居ない。そしてこの注意文を無視しようとする人間も、居はしない。
 何故ならあの二人の空間を割って入って、精神に禍根を残さないでいられる程、人間が出来ている者は少ない。例え目に入れぬよう気を付けても、イチャイチャという幻聴が襲う。
 少しでもその現場を目にしてしまうと、一週間は胸焼けに苦しむとは被害者達の証言。マルタはあれに対抗心を燃やして、エミルに多大なる被害を与えたとかなんとか。

 ギルドアドリビトムメンバーでも、人間だ。出来るだけ健やかに日々を過ごしたいと思っても罰はあたるまい。今ラザリスとの決着が目の前という時期、余計な疲労は重ねたくないというのが総意だった。

「ルークが口では嫌々言ってるのがまた、ユーリを煽ってるよね」
「あれはあーいうテクニックの一つなんだって、アーチェが言ってたよ」
「嫌よ嫌よも好きのうち、っていうのでしょ? 上級者だね、ルーク」
「うん、ピンクの弾幕が2倍だから、すごいよね……」

 この場に当人が居れば絶対に違う、と必死で否定するだろう。しかしそこからもう一人がどこからともなく現れて、それすらイチャツキの種にしてしまうのだから隙がない。

 二人は食堂の利用を諦め、くるりと踵を返す。仕方ないね、仕方ないよ。と双方言って明確な言葉にはせず、その場を素早く去った。扉から漏れていそうな甘ったるい空気を吸ってしまわぬように。





*****

 結局部屋で着替え長袖を着て、ルーク達は今日の依頼でエントランスに出た時だった。帰ってきたアッシュ達とバッタリ顔を合わせる。後ろからナタリアとアニスが声を掛けてきて、それに軽く返した。

「そちらは今から出ますの?」
「ああ、ちょっとヴェラトローパまで討伐依頼」
「最近魔物が活性化していますものね、ジルディアからの侵食に対抗しようとしているのでしょうか」
「さあな、そーいう調査はウィル達に任せる。俺はディセンダーの奴に置いてかれないようにするだけだし」
「最近ルーク様頑張ってますよねー、次元封印の失敗はそのせいなんじゃないかって言われてますよぅ?」
「どこの誰だよんな事言ってる奴は! っていい、どーせジェイドだろ」
「ピンポーン! でもその分褒めてましたよ?」
「ああ、だから次元封印失敗したんだな」
「ありえそう〜」

 アニスと気安い掛け合いをして、アンジュに言付ける。気を付けてね、と言われて外に出ようとした瞬間、剣の柄を目の前が遮った。赤紫色のそれは、ディセンダーが所持する装備品の中でも強力な逸品、エクスカリバー。
 剣を持つ手を辿って視線をやれば、アッシュが眉根に皺を寄せてルークをじっと見ていた。ルークは数回瞬きをし、剣の柄とアッシュを交互に見やる。
 不思議そうにして受け取らない相手に焦れたのか、アッシュは手首を捻って柄でルークの顔面を殴打した。

「いでっ!」
「使え。どうせこっちは依頼が終わった後だ」
「普通に渡せばいいだろ、ったく。けどまぁサンキュ、使うぜ」
「……ヒーラーは同行しねぇのか」
「修行も兼ねてな。なるべく攻撃受けないようにするのが今回の目標」
「フン、……こっちも持っていけ。帰ってからアニー達の手を煩わせるなよ」
「お、ミラクルグミじゃん。んじゃこれも貰ってくわ」

 グミだけにしてはやたらどっさりと重量感のある袋を受け取る。それを見届けた後、アッシュはフン、とすたすた自室へ帰っていく。ナタリアとアニスは笑うのを我慢しながら、けれども我慢出来ずに零している。

「素直に心配だと言えばよろしいのに、アッシュってば」
「面倒くさいくせに分かりやすい人なんだから、ほんと二人揃ってしょうがないよね」

 アニスが含みを持たせてルークに笑い掛け、気を付けてくださいね〜と言ってアンジュの所へ向かう。ナタリアも同じ様に優しく微笑み、じっと見つめてきた。

「……んだよ」
「いえ、わたくしは嬉しいのです。あなたにとってはあまり良くないかもしれませんが……、けど」
「いいって、決まった事だし。それに俺も肩の荷が下りた気分だよ、これで自由になれるって感じ?」
「まぁ、ルークってば」
「それにアッシュは俺に時間をくれるって言うし、少なくとも戴冠式までは好き勝手させてもらおっかな」
「ええ、例えルークがどんな決断をしようとわたくしはそれを受け入れますわ」
「つっても今は模索中、先にラザリスの問題もあるしな」
「そうですわね、国の事だけでなくもっと視野を広く持たねばなりません」
「だから、まずは依頼とレベル上げから。行ってくるぜ」
「いってらっしゃい。ユーリ、ルークの事お願いしますわね」
「お任せあれ、お姫様」

 わざとらしく大袈裟に会釈をするユーリを置いて、ルークはさっさと甲板に出る。迷惑被ってるのはこっちだぞ、と言ってやりたい気もしたが年上の顔を立ててやったのだ。



 そして先程のやり取りを思い出して、ルークの口角は勝手に持ち上がる。最近アッシュと昔のように話す機会が多い、まだ偶にイラッとする事もあるが、此方が我慢を見せればあちらも態度を改めてくるのだ。そうやってお互いが慣らしながらやっていれば、自然怒りで声を張る事も無くなった。
 今度はアッシュと一緒に依頼に出てみようか、以前では絶対に考えなかった事も浮かぶ。けれどそうなるとユーリと一緒だが、あの二人の相性は大丈夫だろうかと一抹の不安も覚える。いやむしろ目の前で何時ものようにユーリがベタベタし、自分がみっともない所を見せてしまうのではないか。処理現場的な意味で。

 ユーリも最近人前だというのに自重せずベタベタしてくるようになって頭が痛い。流石にキスの現場はまだ人に見られていないはずだ、希望的観測でいいからそう信じなければやってられない。

 前に甲板で確かに支えられてから、ルークの心持ちは自覚する程変化している。感謝はしているが、あまり大っぴらに態度は変えたくない。なんとするべきか、そう迷っていると置いてきたものが追いついた。妙に増えたアイテム袋を手に持って、それじゃ行くかと肩を叩かれる。
 紫黒の髪が風に吹かれて揺れ、流れる様を瞳に映した瞬間ルークの口は思わず開いた。

「……おい」
「ん? なんだよ」
「いやその、……足引っ張るなよ」
「ルークの愛も補充した所だから、むしろオレが全部片付けちまおうか」
「だから愛は入ってねえっつってんだろしつけーな!」
「照れない照れない、んじゃ行こうぜ」
「チッ……ったくよぉ。今日は絶対俺の方が多く討伐すんだからな」
「今日の趣旨は攻撃を受けない、だろ? 間違えんなよ」
「う……。攻撃受けねーし多く倒すのも俺! これでいいだろ」
「期待させてもらいましょうか、ルークお坊ちゃま」
「その口調止めろむかつく! 行くぞ、ユーリ」
「ああ。……そうだな、ルーク」

 薪をくべた気分に足が早まる。足音を立ててタラップを降り、横に付いてこない紫黒へ叱咤した。早くしやがれ日が暮れるぞユーリ! と怒ったのにその顔はやっぱり嬉しそうで。
 毎回自分ばかりが怒って、もうクセになりつつある。これでは今朝のように何かするにも、いちいち理由を用意しなければならないではないか。面倒くさい、まったくあいつは面倒くさい奴だともう一段階ギアを上げた。
 そこへ肩に手が触れる、駆け足で追い付いてきたユーリの手だ。じろり睨んでやろうと顔を上げると、ちゅ、と唇に熱が触れる。すぐに離れていったが、血流が顔を満遍なく駆け巡って熱い。

 用は済んだとばかりにユーリは鼻歌交じりに歩き出す。その無防備な背中に向かって、ルークはアッシュから受け渡されたエクスカリバーを強く握りしめ、後ろから襲いかかった。

「ルーク、殺気が立ち上ってるぞ」
「ああ、よーく見えるだろこの赤い炎がよ! 烈震天衝烈震天衝!!」
「ちょ、それ地属性!」







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