chicken or the egg








 片手で足りるステップで私服を全て着て、ルークは何とかしなければと思うが具体策が思い浮かばない。今まで体型など気にせず生きてきたものだから、いざ絞れと言われても何をどうすればいいのか分からなかった。女性陣達が度々口走る痩せなきゃという呪文を素通りしてきたのだが、まさか自分がそれをしなければならなくなるとは……。
 正直そんな女みたいな事冗談じゃない! と言いたいのだが、ぱっつんぱつんの礼服で両親や臣下の前に出たくないのも事実。せっかく体格が成長したという喜ばしいニュースなのに、どうせ顔見せと報告だけだからパーティなんてしなければいいのに。

 いっそ逃げ出したいが帰国の期日はあと僅か、キツ目の正装を着込んで楽しくもないパーティをより地獄にしたくなかった。一時帰国は構わない、国が気になっていたのは事実。しかしパーティとなるとまた勝手が違う、おべっかと裏読みのオンパレードで食事もただの飾りだ、今のルークならその食材を勿体無いと思う。
 アッシュだけに押し付けたら多分死ぬ程怒られる、ブルリと恐怖に震えて首を振った。

「正装を用意してるって事は国帰るんだろ、そんなに嫌なのか」
「ちげぇよ、パーティが嫌なんだっつの。くっそだりー事ばっか喋ってみんな同じ事しか言わねーの、ロボットかよって話」
「ふぅん、王子様だね……。パーティなんか昔から何度もやってんだろ、美味い飯食ってればいいじゃねーか」
「パーティで飯食う馬鹿居るわけ無いだろ。あーあ、いっそここの奴らも連れてこれたらなぁ」
「タッパー持ってっておみやげにすれば喜ぶぜ、リッドとか」
「あー、確かに。そうだな、シェフに詰めさせるかな……」

 ユーリは捨てられたズボンも折り目に添って畳み、ケースに礼服を丁寧に仕舞う。ベッドに座るルークの隣へ櫛を持って座り、ほら後ろ向け、と言えわれて渋々とそれに従った。結わえた朱金をほどいて、うねるクセを直すように梳く。それが少し気持よく、ルークは目を瞑って大人しくそれを受ける。
 シャッシャッ、と音だけが部屋に広がって、少しの間二人共無言。その沈黙を先に破ったのは、意外な事にユーリから。声のトーンを落として、妙に神妙な音でぽつり言ってきた。

「……そんなに嫌なら、逃げるか」
「ん、……何、なんて?」
「攫ってやろうか、オレが」

 意外な言葉が意外な人物から出てきて、ルークは正直に動揺する。暴利を貪る権力者が嫌いなユーリから、まるで逃げ出すことを唆すようなセリフ。普段ならばここで言い出す言葉は逆だろう、それが何を考えてこんな事を言い出したのかルークには分からなかった。
 振り向いてマジマジとその顔を見れば、櫛を持つ手を止めて発言者は苦笑している。

「お前ってマジで本人か? やっぱ違う奴なんじゃねーの、中身が」
「そんなに違うように見えるか? まぁ確かに変わった自覚はあるけどさ」
「別に俺だってそんな知ってる訳じゃねーけどよ、でも今のは……お前っぽくねーと思った」
「……大事な物の為に自分を曲げるのも、時には必要だってこった」
「ええー、お前がぁ? ちげーだろ、前のユーリならこう……上手く言えねーけどさ、何があっても曲げないんじゃねーの」
「……ま、世の中そう思い通りにいく事ばっかじゃねーのさ」
「それは知ってっけど……」

 何となく納得がいかない、思い通りにいかない世の常は充分知っているルークではあるが、それをユーリの口から聞くと何故か面白くなかった。それ程ユーリの人生や内面を知っている訳では無い上、個人の勝手なイメージであるのは重々承知なのだが、だとしても。
 ある意味正反対である立場の人間から、自分と似たような想いを聞きたくなかった。それはある種憧れであり、届かないものとして位置している。勿論勝手な意見だ、実際違うと案外呆気無く言われるかもしれない。しかしそんな態度を今までの中ユーリから感じた事が無かったのも事実、だからこそ相容れない存在だとも認識していたのだ。

「我慢しすぎて嫌いになるくらいなら、一度逃げちまえばいいんだ。その後また戻るかどうかは……人それぞれってな」
「逃げるのなんかみっともねーだろ、なのに平気な顔して戻るのは……キツイじゃんか」
「戦略的撤退って言えば格好もつく。それに自分の目指してた事も出来ないってのに、そこにしがみついてても仕方ないんじゃないのか」
「あのなー、普通の奴ならともかく。俺の立場でそんな事できっかよ!」
「優秀な弟がいるだろ、いっそ譲っちまえ」
「……アッシュに、か。今更だな」

 王位継承権をアッシュに譲る。その事はルークが昔から頭の隅にあった事だ。そもそも双子であって本来兄と弟なんて関係無いはずで、変に上下を付けてしまったのがルークには不満だった。
 子供の頃は差なんて無かった、本当にただの双子として居れたのに。年月が経つにつれてアッシュは頭角を現し、その差をまざまざと周囲に見せつける。始めは負けられないという思いもあったが今では昔の事だ、いつの間にかただの反発心にすり替わっていた。
 今自分から継承権の譲渡を言い出すには少しばかり遅すぎて、素直に口を動かせそうにない。自分から地位を無くせば一体後には何が残ると言うのだろうか。しかしその思考を読まれたのかと思うようなタイミングで、ユーリから言われる。

「お前が思ってるよりも、ルークは色んなモン持ってる。間違いねーよ」
「そー、…かな」
「ああ、オレが保証してやる。身分なんて引剥がせるようなもん、ルークのいい所の一つにも満たないさ」

 ルークは”お前に保証してもらっても嬉しくない”と言おうとしたが、言えなかった。顔が妙に熱くなり、視線をユーリに停めておけない。慌てて背け、見えない場所で思い切り眉を曲げてから、髪をボリボリ掻き出す。
 今整えてる所だろうが、そう声が降ってきてその手を止められた。振り払って前に持っていき、少し肩を怒らせたポーズでそのまま誤魔化す。ユーリは何事も無かったかのように櫛を通して、また二人無言の空間。

 ユーリからの発言を考えようとしてリピートすれば、じっとしてられない気持ちになる。わーっと叫んで体全体で暴れ、全て無かった事にしてしまいたい。けれどもう一度聞いてみたいな、と思ったのも事実で、俺のいい所ってどこだろうと真面目に思いふける。



 気が付けばユーリの手は止んでいて、部屋はしんと静まり返っていた。恐る恐るルークが振り向けば、その表情は少し複雑そうだった。口元は微か微笑んでいるが、瞳が寂しそうに見える。何でだ、疑問に思った事をルークは素直に口にする。

「お前って時々その顔するよな。……未来でなんかあったのか」
「そーだな、あったと言えばあるんだけど。でも今のルークには関係無いんだろ?」
「まぁ、そー言ったけどよ」
「じゃあ別に気にする事じゃない」

 その響きは一刀両断で、追いすがる言葉を拒絶していた。その事にルークは戸惑い、視線を下に落とす。両手でくしゃりと皺を寄せてシーツを掴めば、視界にユーリの武醒魔導器が横切る。
 左手を取って引き寄せられ、手の平にキスを落とす。そしてペロリと味わうように舐め、仕上げに手首の動脈に軽く歯を立てられた。

「きたねー事すんな馬鹿、離せ」
「熱烈なお言葉ありがとさん。……手の平のキスの意味、分かるか?」
「知らねー。手の甲なら何百回された事か……」
「じゃあ今度調べてみろよ、またしてやる」
「ししし、しなくていいっつの! お前が今言えばいいだろ、面倒くせーな」
「やだね。調べる間中オレの事考えるだろ? だから言わない」
「ばっかじゃねーの! まじで馬鹿だな、ほんっと馬鹿だなお前はぁ!」

 カッとなって矢のように暴言を飛ばすが、ユーリの表情は全く堪えない。顔が真赤になっている自覚があるルークも、あまり意味ないだろうと思いつつ口は止まらなかった。神妙だったユーリの顔はどんどん面白そうに歪んでいって、もう元通り。

 わぁわぁと騒ぎ立てて奪われた腕の開放を求め暴れれば、実力行使で黙らされた。はむ、と空気ごと口を齧り付かれ、そのままぱたり倒される。白いシーツにせっかく整えたルークの朱金が広がり乱れて、唇は思いの外早く離れていきルークの口元を寂しくさせた。
 ……って何を考えているのだ自分は! そう罵詈雑言のターゲットを今度は己に向けて、堪えるように両手で両目を塞いだ。

「お前の味方はそこらじゅう居るさ、辛くなったら素直に言えばいい。アドリビトムの人間は誰だって手を貸すはずだ、そうだろ?」
「……国の事は、俺の問題だ。外に持ち出すつもりねーよ」
「ここに避難して来てそれは無いだろ、それこそ今更だ。いいから無駄な遠慮すんな、もしギルドに頼るのが嫌だってんなら……。オレを頼れ」
「なんで……関係ねーしお前」
「無かったらここまでするかよ、ちゃんと覚えとけな」
「忘れなかったら覚えててやる」




 はぁ、と溜息を遠慮無く目の前で。退け、という意味を込めて腹をボスボス殴れば苦笑されながら立ち退いた。自分もむっくりと起き上がり、髪を撫で付けるように整える。隣から手が伸びてきて天辺のくせ毛を直された。
 ベッドの下から何時もの靴を取り出して履く、ぴょんと立って踵を入れ、ふわり白い裾を翻す。まだ体半分ベッドに座るユーリに向けて、傍の枕をぶん投げた。ぼす、と軽い悲鳴を上げて衝突事故が起こり、羽毛が少し飛び出す。

「じゃあ思う存分こき使ってやる、頼られて嬉しいだろ」
「そりゃ涙が止まらないね、ボロ雑巾にならないよう頑張らせていただきますか」
「使えなくなったら捨ててやる、明日にでも」
「ご時世柄リサイクルは大事だぜ? ちゃんと手入れすれば一生物だ」
「ああそーかよ、それじゃさっそく依頼に付いて来いよ。ネクロマンサー案のダイエットなんか冗談じゃないからな」
「なら追憶……はまだか、火山でも行くか?」
「サウナのつもりかよ、気が進まねぇ……」

 想像しただけで暑苦しくてウンザリするが、天秤に掛けてギリギリ火山を取る。重りの内容は考えないようにして、剣を取って腰に取り付けた。ユーリも立ち上がり腕を鳴らす、衣裳ケースを閉まってドアへ歩き出した。

「じゃあオレは部屋から剣と消耗品持ってくっから、アンジュに依頼もらっておいてくれ」
「回復どーすんだ、傭兵でも連れていくのか?」
「採取依頼にして、グミでいいだろ。浅い階層ならそう手こずらないし」
「そーだな、あんまゾロゾロ引き連れるのもうっとーしいか……」

 話がトントンに纏まって、二人で部屋を出る。エントランスで別れた後アンジュに事情を話して依頼を見繕ってもらい、ユーリを待たずに甲板へ先に出た。
 昼を過ぎて少し、今から夕食まで火山で戦闘でもすればそれなりに汗をかいてカロリーを消費するだろう。火山ならば水もいるかと思いつくが、その辺りは放っておいてももう一人が用意するはずだ。

 カンカンとつま先で甲板を叩き、腕を組んで扉を睨みつけて待った。アドリビトム、仲間、友人、味方、……そしてユーリ。並べ立てて組み立てる、頭の中で。王様、民、臣下、使用人、両親と双子の弟。2種類に分けていた考えを止めるべきだ、そう考えて3度瞬きをした。
 まず手始めに、今から視界に入れる人間をどうカテゴリするべきか。少し悩んでから、仮、という事でいこうとルークは決めた。





*****

 この2日後で帰国前、ヴァンに呼び出されて継承権の話をされた。今のルークにはその資格が薄く、だからと言ってアッシュに決まった訳でもない。両方同等に権利を考えていて、現在の所ヴァンはまだその答えを出していないと言われた。
 ルークとしては薄々そんな気はしていたが、実際ヴァンから言われれば結構にショックを受ける。けれど同時にやっとか、という気もした。
 不貞腐れるつもりも自棄になるつもりもない、ただ今までの事を考えれば当然の流れなのだし、自分も元々そう望んでいる。だから別に平気だ、構わない。

 自分一人で立っている訳ではないのだから、そう考えて自分の影を見た。その色から連想する彼の名前を口には出さず呼んで、大丈夫だと思った。







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