chicken or the egg








4
「オレの弱点教えてやろうか?」



「そんな師匠! 絶っっっ対に嫌ですってば!!」
「……すまんな、どうしても早急にという話なのだ」

 ルークが部屋で嫌だ嫌だと喚き散らし、ティアとガイもどうしたものかと困っている。しかし扉で佇む一人だけ、いつもの調子でそれを諌めた。

「あんま困らせんなよ、仕方ないだろ?」
「テメーにゃ関係ねーだろ、黙ってろ!」
「ルーク、そんな言い方ないでしょう。ユーリは兄さんの代わりに、貴方の鍛錬を見てくれるって申し出てくれているのよ?」
「それが一番嫌なんだっつの! 何でよりにもよって大罪人なんだよ、ガイでもいいだろ! ってかガイがいい!!」
「すまんルーク……、どうしてもキャンセルできない依頼を受けちまってな」
「その依頼ってあれだろ、譜業機械の修繕なんだろ! 機械ならチャットとかでもいいじゃねーか、ってか自分が行きたいだけだろうがあああっ!」
「まぁぶっちゃけるとそうだな」
「俺より機械を取るのかガイイイイイッ!!」
「すまん! ヴィンテージレアで、早々お目にかかれない代物なんだ!」
「裏切り者おおおおおおっ!!」

 ほんとすまん! と謝りながらもガイの顔は嬉しそうに崩れていて、これっぽちも申し訳なさそうである。ルークもガイの機械偏愛は承知している、本来ならば主人としても行かせてやりたいのは山々だが。……すんなりと頷けない理由が目の前に居るのだ、ゴネもする。

「ユーリ殿の実力も申し分無い上、私と違って剣も獲物として扱っている。また別の目線で分かることもあるだろう」
「そんな、こいつなんか師匠の足元にも及びません!」
「酷い言われようだなこりゃ」

 はは、と軽く笑っているその顔は口にした言葉程ダメージは無さそうだ。その様子がますますルークには腹立たしく、より反発心を強める。元々ヴァンの代わりなんて誰に務まるわけが無い、せめてこれがクラトスやユージーンなどであれば、嫌だがまだ受けられよう。しかし敬愛するヴァンが指定したのがよりにもよってユーリ・ローウェルなのが許せない、ヴァンに実力を認められているという点においても。

「いーやーだ、絶対嫌だから! こいつに教わるくらいなら鍛錬しない!」
「ルーク、依頼もこなさなければならないギルド生活の中で、純粋に鍛錬できる時間は少ない。一日休めば、取り返すのに三日必要になるぞ」
「今日くらい兄さんでなくてもいいじゃない、貴方達最近よく一緒に居るんだから」
「それは大罪人が勝手に纏わり付いてくるだけで、俺は迷惑してんだよ!」
「こらルーク、そんな風に言うもんじゃないぞ? この前一人で勝手に外出した時だって、ユーリが庇ってくれたんだろ」
「そうなの? ……ルーク!」
「ちょ、ガイなんでそれをっ!? ってあわわ……」
「あーあ、せっかく黙っててやってたのに」

 ティアは護衛として、無断外出に特に口うるさい。ルークはヴァンの妹でもある上王子であるはずの自分をキッパリ叱ってくる存在を嫌えない、多少うっとおしいとは心の端で思うが。ティアの頭に角が生え出すと、これはもう明らかにこちらの我儘は通らないフラグだ。むしろ説教が余分に入り叱られ損になる、こうなると諦めて受け入れるしかなかった。

「ちくしょううう! 覚えてやがれええええっ!」
「ルークを頼むな、ユーリ。……でもあんまりいじめてくれるなよ」
「これを機にじっくり仲を深めてもらった方がいいんじゃないかしら? いつまでも苦手なものを苦手なままに出来ないでしょう」
「やれやれ、それって暗にルークがオレの事苦手だって言ってるのか」
「逆だって、ルークは好きな物を好きって素直に言えない性格だから、初めは嫌うのさ」

 けどそれを過ぎれば案外コロッといくんだぜ? そうウィンクするガイに、少しばかり複雑な表情の苦笑いで返すユーリ。ルークが往生際悪くわぁわぁ騒ぐので、それを諌めるのに二人はご機嫌取りを片手間で行う。それを一人距離を取って、遠目で見ているユーリの口からは、誰にも聞こえない音量でぽつり零した。

「……それが問題、なんだよな」



*****

 結局、ライマから火急の用事の為にヴァンは船を一時降りた。それを甲板で往生際悪く見送るルークのまた後ろを、ユーリが苦笑しながら待っている。ガイも行ってしまい、いよいよルークの味方は居なくなったといっていいだろう。ちらりと恨めしげに後ろの黒色を振り返れば、わざとらしくにこやかに手を振る始末。
 いっそ今日はずっとこの甲板で足を止めて過ごそうか、ヴァンの帰りを迎えるとかなんとか言って。自分で考えておいてなんだが、そんな事許される訳が無いだろう。隣のティアがじろりと睨んできて、圧力を掛けてくる。

「もう、ルーク。ユーリの何が嫌なの? 第一ジェイド大佐の言う誘拐嫌疑だって、冗談だって知っているでしょ」
「うっせー、あんな奴大罪人で充分だっつの」
「人に名前を間違われるのは、貴方だって散々嫌な思いをしてきたでしょう? それを他の人にしてもいいの」
「……ま、間違えてる訳じゃねーし。……アダ名的、な」
「ルーク」
「……わあーったよ、気が向いたら直す」
「仕方のない人ね」

 ふぅ、と呆れ返る中にも、苦笑を零す。この二人はさほど長い付き合いでは無いが、割合上手くいっている。本来護衛と王子という身分差があるにも関わらず、形式ばらない所作を望んだのはルークの方。
 ティアの硬い部分をルークが砕かせ、ルークの怠ける部分をティアが叱るのだ。傍目から見ればそれはある種姉弟のような間柄で、実際の双子よりかは円滑な関係に収まっている。問題はティアの方が年下という事くらいだろうが、言わなければバレない事だ。

 ティアは戻りの足を向けて、入り口のユーリに声を掛けて部屋に戻った。甲板の上にセルシウスも居ない今、シンと静まり返る。さっきあれ程ゴネたので、張本人を前にして些か具合が悪い。ルークは視線をウロウロさせて、何と言うべきか考えあぐねた。
 それも全て見通していたのか、消耗品を纏めた道具袋を片手にユーリが近付く。準備は既にしていたらしい、用意のいい事だ。

「ほら、んじゃ行こうぜ。ルバーブ連山だっけ?」
「別に外まで出なくってもいいんだけどな、どんな地形でもいつもの動きができるようになっとけって言われてるだけで……」
「山は基本舗装されてないから、丁度いいっちゃいいか」
「……はーあ、師匠とが良かったのに」
「あんだけ騒げばもう気は済んだろ? パフォーマンスにしたって頑張りすぎだぜお前」
「ケッ、本気も本気だってーの!」
「はいはい、ルークはマジで口より顔のが正直者だな」
「……な!」

 急にそんな事を言われて、戸惑うと同時に血圧が上がった。その言い方が、まるで分かっていると言わんばかり。肩を震わせ怒鳴る前に、ユーリはさっさと歩いてタラップを降りる。また置いていかれそうになり、言葉が絡まってまごつくルークは結局何も言えず、その後を追いかけた。



*****

 ルバーブ連山・山頂。道中の魔物を片付けてここに辿り着くのにはさほど問題は無い、山道と言ってもまだある程度は整えられている道ばかりだからだ。
 荒れた地形を体験するのならばもっと奥地か別の適した場所があるだろう、名目としてここを訪れるには少々意味合いが薄い。それはルークの地位的問題が大きかった。見聞を広げる為に修行の旅に出ているとは言え対象は国の跡取りだ、本当に危険な事はさせられない。

 しかしそれこそがルークには不満の種だった、弟であるアッシュには王の影としてかなり苛烈な修行を課していると聞く。それを自分も受けたいと言ってもまかり通った事など無い。
 結局の所自分の意見は通らないなんて、いつもの事だ。それが今日は特に気に入らない、逆差別も大概にしろと言ってしまいたかった。本日のお相手がアレならば、特にそう思う。

「もーさっさとやってさっさと帰ろうぜ。んでヴァン師匠の帰りを待って、そんで鍛錬見てもらうからな」
「お前の大好きなヴァン師匠は、2・3日は戻ってこねーよ」
「はああっ!? なんだよそれ、師匠はすぐ帰るって言ってたっつーの!」
「騎士団総長様が国から呼ばれたんなら、そんな簡単に終わる話じゃねーだろ」
「……ってそうか、暁の従者はもう居ないんだったか。って事は、父上達に呼ばれて……」
「ま、そーいうこった。大人しく待っとけって、ほら修行始めるぞ」
「ちょ、何でお前がそんな事分かるんだよ! 師匠が言ってたのか?」
「時期が時期だから、そろそろだろうと思ってな」
「……時期? どーいう意味だよ」
「質問終わり、っと。ボーッとしてると日が暮れちまう、ここでオレと二人きりで野宿したいってんなら答えてやるけど?」
「ううう、それこそ冗談じゃねぇ……」

 色んな意味でゾッとしてカッとなり、ルークは腰から剣を抜く。それを見てユーリは鞘を抜かずにそのまま柄を手に、位置取りを始めた。それに眉根をピクリと上げて、ルークは切っ先を突き付ける。

「おいコラ、剣抜かねーのか」
「修行なんだろ? オレに鞘抜かせてみせろって」
「てんめぇー! ボッコボコにしてやるっ!」
「威勢だけはいいよな、いつも」



 ヴァンとの鍛錬は基本的に型取りだ、ある種の精神修行と言い換えてもいい。基本の動きをひと通りして、その後簡単な手合わせで終了。言葉にすれば案外大した事はしていないのだが、ヴァンの言葉巧みさと教示が噛み合い上手くいっている。
 しかしユーリは実践的に教えるつもりらしく、いつも最初に行う型取りも何もかもすっ飛ばして打ち合いを指示してきた。アドリビトムでギルド活動を行うようになってから、ルークもそれなりに実践を経験してきたのだ、片手間で躱される程軽くないつもりだ。
 真正面から足を踏み込み、抜いてすらいないユーリの鞘へ刃をぶつける。刃物同士ではない音が空に響き、すぐにルークの情けない声が上がった。

「おわっ!?」
「いきなり正面から全力で来るなよ、すぐ力を流されてその背中……やられちまう」
「くっそー」

 ルークの力押しが集中している所をサラリと横へ流し、後ろから首筋に鞘。今のは確かに少し直情的過ぎたとルーク自身感じていた、剣を持っている時だというのに感情を引きずりすぎた。体勢を立て直し、今度は少しずつ距離を計る。それを見て、ユーリはくるりと手元で柄を回した。

「いつでもどうぞ? お坊ちゃま」
「ふん、すぐそんな口きけなくしてやる」

 魔神拳をジャブで2・3発、それを追うように剣を振るう。相手は初めの2発をステップで避け、ルークが剣の届く位置まで近付くとガードに切り替えた。斜めからの剣をいとも簡単に捌かれるが、途中織り交ぜた蹴りがやっと入る。
 そこからバランスを奪って追撃し、双牙斬を切り込もうとしたその時。突如紫黒の長髪がくるりと踊って、ルークの左腕を打ち据えた。

「……ぐっ!」

 瞬間、痺れが走って柄を握る力が緩む。ユーリの手刀が止めを刺し、カランと剣を落とした。どうやら剣撃の僅かな隙間を見て身を翻し、瞬間で鞘当てが入ったようだ。一瞬の出来事だったのと、目の前に集中していたルークにはその流れが終わってからしか分からない。

「ルークは良くも悪くも正直過ぎる、剣捌きに性格が出ちまってて予想も簡単すぎだ。それじゃスピード相手にゃ土がつく」
「せ、正々堂々って言いやがれ」
「正統派もフレンまでいけば強いんだがな、体に染み込むまで基礎やってっか? あれは物になるまでが長いぞ」

 妙に説教臭い言葉を投げられるが、身に覚えがある事も確か。王子で、護衛が居て、剣は趣味。そこまで時間を潰してした事は無いし、全力全霊で修行に打ち込んだ事も無い。

「まぁルークは万能型で突出した部分が無いのが利点だしな。どっちかって言えば相手をコントロールする方法のが向いてるんじゃないのか、動きを誘ってフェイントとかよ」
「ええー? なんかそーゆーのって卑怯くせーじゃん」
「立派な作戦と言え。それに力押し一本より、相手に何もさせないで勝つ方がかっこいいだろ」
「……確かにそれはかっこいいかもしんねーけど」

 ガンガン撃ち合って戦うのも好きだが、相手を翻弄して華麗に勝つというのもまあいいかもしれない。その戦法はガイに近いなと思い浮かんで、少し考えを改める。ユーリは未だ抜かない剣を手に動きをゆっくり見せ、それをルークに辿らせた。

「それと相手の利き腕は戦闘前に確認しとけ、利き側からは意識が外れやすくて狙い目だ。オレ達は左利きだろ? 相手が右利きなら攻撃が右位置に見えて死角を誘いやすい」
「右利きの相手から見た右じゃ、得意距離じゃねーの?」
「正面はな。けど下から潜ったり、一度視界を外してやると結構隙ができる。ほら利き手側って目で見なくても感覚で動かすだろ? そこに付け込んでさっきみたいに武器はたき落として無力化って事もできる」
「ん? んん〜?」

 確かにさっきのユーリの動きは見えなかった、あれが手刀ではなく武器ならば腕が飛んでいただろう。

 今朝はヴァンの代わりという事で相当不満を覚えたが、いざ始まるとユーリは案外真面目に教えてくれた。途中近寄ってくる度に何かされるのではないかと警戒したが、こちらが拍子抜けする程何もしてこないのだ。むしろ剣を持ってる最中に気を抜くなと叱られて、ルークはなんだか納得がいかない。
 そして内容もかなり実践的で、ヴァンならば言わないような事が多い。それを新鮮に感じ、ルークは聞き入った。そして同時に戦闘経験の差を実感する、こればかりは仕方が無いが。

「くっそー、大罪人のクセにぃ。お前なんか弱点とか無いのかよ、硬貨の音とか」
「オレはルーティかよ……。そうだな、生クリームたっぷり盛ったパフェが怖い」
「饅頭怖いかっつの、その手に乗るか!」
「人間なんだ、弱点なんざザラとあるさ。そんなに知りたいのなら、オレの弱点教えてやろうか? 今度は真面目に」
「おー、ネズミか? 雷か! それとも意外とカナズチとか!」

 もしもここでユーリの弱点を掴む事が出来たのならば、今後襲われた時優位に立てる。そうなればいちいち驚いたり赤面したり逃げまわる必要も無い、ルークは今日一番に目を輝かせて期待した。

 敵張本人からの情報を何の疑いもなく信じようとしているルークに、ユーリは吹き出しそうになるのを必死に抑えて口にする。その表情はいつも以上にニヤリと皮肉げに口角が上がっていた。

「ルーク、お前に決まってる。分かりやすいだろ?」

 さらりと放たれた言葉は、そのまま右から左へ抜けて飛んでいく。ルークはさっきまでの態度で上がっていた好感度を、何かの間違いだったと自らの手で蹴手繰り倒した。がしりと剣の柄を強く握り直し、今度は落とされないようティアに持たされたハンカチで固く結ぶ。

「よぉし、それなら俺の剣を好っきなだけ受けるよな? なあっ!?」
「おー、どんどん来い。体ごと来ても受け止めてやるぜ」
「そのドタマにぶっ刺してやる! 覚悟しろテメェ!」

 カンガンキンガン、と暫くは激しい剣撃音が暫く止む事は無かった。







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