chicken or the egg








 頭の上でくるくる星が回っているルークがハッと気付いた時には、甲板に居た。セルシウスが不思議そうな顔して、おはよう、どうしたの? と声をかけてくる。それに上からああ、ちょっとな。とそんな声がして、ルークは顔を上げた。
 どうやらユーリに片手で腰脇へと持たれているらしく、腹が圧迫されて苦しい。ばちりと紫黒と目が合えば、おはようさん、と声が。周囲の青い海面と空に反するように塗り潰すような色、会いたくないだの会ってぶん殴るだの、朝から二転三転させていた張本人のアップにルークの心臓は慌てた。

「うおわああああっ!?」

 目覚まし時計のように騒いで手足をバタつかせ、ユーリの手から必死に逃げようと試みる。しかし抱えている本人からはおいおい、あぶねーだろ。そんな呑気な声が呑気に。

「離せばいいだろうが! ちょ、どこ行く気……!」

 今度は改めてしっかりと腰を持たれ、離そうとしないユーリの足はバンエルティア号後部、後方エンジンがある辺りの屋根に登り出す。
 なっ、ここは……! この道からの目的地に思い当たる節があるルークは驚愕した。普通ならばここは登ろうとしない、足を引っ掛ける場所ならば確かに無駄にあるが、チャットがこの船をいかに大事にしているか皆知っているからだ。
 もし見つかったら土足で神聖で繊細なるエンジン部に上がり込むとはどんな不届き者ですか! そんな船長の想像が容易に付いてどんな雷が落ちるか。すぐそこにセルシウスだって居るのだから普通ならば絶対に見咎められるはず。しかし声は飛んでこず、ユーリはひょいひょいと足を掛けて艦尾ギリギリで止まった。

 ルーク一人を抱えてのこの身軽な動きに、荷物宜しくになっている本人は些か傷つく。女性のように軽いつもりはない、剣士ならばウエイトは重要な問題だからだ。涼しい顔しているこの男が、自分の何段階上にふんぞり返って自分を見下ろしているのではないかという、有りもしない被害妄想が広がった。



 すとん、と衝撃無く落とされて座り込んだ目の前に広がる光景は海面と高く昇る太陽と世界樹、そしてジルディアの牙。ルークはこの景色を知っている、いやむしろ自分しか知らない筈の光景。
 この船に来てすぐ、暫くはジェイドから外へ出る許しが出ず艦内詮索の日々だった。その時見つけたのがここ艦尾への道でバンエルティア号最後尾、突出したデザインの壁が空気の流れを遮って案外快適な秘密の隠れ家。
 船の装甲はつるりとしていて一見足を掛けにくそうだが、勢いで行けば意外と簡単に登れるのだ。そして80人近くを収容するバンエルティア号の馬力を物語るようにどデカいエンジンの丁度真後ろへ座り込んでしまえば、巨大さに隠れて大人の一人や二人分すっぽりと隠れてしまう。

 だからここを見つけて以来、この場所はルークの秘密の場所となった。もちろんセルシウスや他に人が居ない時を狙って上がるのも忘れていない。ここの事はガイやヴァン、ロイド達にすら誰にだって教えていないというのに。
 それがまさか、大罪人が知っているとは思わなかった。自分だけの特別な秘密基地が、実は誰だって知っているなんてことない場所だったと言われたようで、ルークは呆然とした。

 背中を壁に預けて力を抜く、これは気が抜けたとかではなく、単純にショックだったからだ。そこへ手が伸びてきて、体を引っ張られて黒衣の肩に寄せられる。ストンと頭が着地して、そのまま腰を抱かれた。振り払いたいと思いながらも、あまり暴れられない場所だと思い直す。静かな声が降ってきて、ルークは目線だけをちらりと上げた。

「……ここ、お前に教えてもらったとっておきの場所だ」
「……え」
「悪い、口で言っても多分信じてもらえないと思ってな」

 改めて目の前の男をまじまじと見つめる、人づての話では未来から来たユーリ・ローウェルのはず、らしい。けれどやっぱりそんな話胡散臭い、本人を前にしても半年程度で何か変化を感じるかも怪しいものだ。
 ルークは詰め寄って正体を暴き出したいと思っていたのだが、目の前の表情は此方の体を硬直させるように真剣だった。飄々とした顔か皮肉げな表情くらいしか見た事の無いルークとしては戸惑う。中性的な作りの面がこうやって真面目な顔を作れば、無い説得力だって捻り出してしまえそうだった。

 真隣で顔の近い中、体をぐっと寄せてきてユーリは話しだす。3日前散々な目にあったというのに、あまりにも真摯な瞳にルークは大人しくそれを聞いた。けれどやはり腰を抱いてくる相手のこの手は非常に気になる、取り敢えず聞くだけ聞いた後はやっぱりぶん殴ろうと心に決めた。



「オレは今から半年先の未来から来たユーリ・ローウェルだ、それは間違いない。けどそれはカイル達みたいに直接体ごと移動したって訳じゃねーんだ」
「お前、何言ってんの」
「時間跳躍……タイムリープってやつだ、聞いた事あるか?」
「タイム……リープ?」

 聞きなれない単語だ、タイム……時の名前が入っていて、ミントの秘奥義を思い浮かべる。あれは時を統べる神の御業……と口上していた記憶が。そう切れ切れに思い出して、それを目の前の男が体現していると言うのだ。
 しかしタイムリープという意味が分からない、トラベル・ジャンプ・スリップ……単語の意味でぼんやりと掴めそうではあるがしかしTime-Leap、跳躍……。科学的なのかファンタジックなのか判別が付かない。魔法とマナ溢れるルミナシアであっても、一般的に時間を操作する術は明らかになっていない。理解出来ない事を”不思議な”事として棚上げするのは何時どこでも同じ事だろう。ルークは幼い事読んだ物語のような話の展開に少し着いて行けず、同時にほんのちょっとだけ心を踊らせた。

「説明はあんま得意じゃねーけど、要するに体はそのまんまで中身だけ過去や未来に行ったりするってこった」
「中身って……脳みそとかか」
「まぁ記憶だけって奴かな、正確にはちょい違うらしいけどオレにゃ分からなかった。気になるならリタ達に講釈してもらってくれ、オレは5分聞いただけで嫌になったがな」
「ってか時間移動って……マジであんのか? 嘘言ってる訳じゃなく?」
「こんなしょーもない嘘付いてどうすんだ。それに時間移動うんたらって、案外オレらの周りにチラホラあるぜ。クレス達とかな」
「あー、それはまぁ。けどあれは特殊技だろ」
「特殊技で使えるって常識なら、ますますオレの話はあり得る話だろ」
「う……、だあっ! もーいいよ面倒くせぇ、半年ぽっちなら大して変わんねーだろ!」
「……半年ぽっち、ねぇ?」

 ニヤリと含み笑いのユーリの顔は非常に気に入らないが、わざわざ引っ掛かってやる程ルークは気の長い方でもお人好しでも無い。それに気になると言えば確かに時の名を冠するクレスの時空剣技、友人としては此方の話の方が余程気になる。
 あれは本人も特別な力で彼以外扱えないと言っていた。そしてクレス程の使い手でも、時間そのものを移動する事はまだ出来ないという。そう考えれば時間移動というものが本来どれだけとんでもない事なのかは推し量れるだろう、自在に使えるのならばまさに神の御技しかない。
 そんなすごい力をこの男が体験していて、それでも慌てていないという点は多少気になる。けれどユーリがそうそう慌てる事が無いというのも、常と言えば常なのだ。それが余裕の現れなのか性格なのかは、ルークには判別つかない話であるのだが。
 終わりの見えなさそうな押し問答に、短気なルークはキレた。跳躍だの旅行だのもうどうでもいい気分になったのだ、それが自分にどう関係する訳でも無し。困るのは本人である目の前の男だけだし、そのユーリも困っている様子は欠片もない。

 ならばここで拘る話は無い、科学をかじっている人間なら興味が尽きないだろうが、生憎ルークにしてみれば明日の夕食メニューよりどうでもいい問題だった。そんな現象の話よりもずっと気になるのは、先程の言葉の意味とあまりにも態度の違うユーリ本人。そちらの方が何百倍も問題だ。主に自分に降り掛かっているのはこっちなのだから。

「オレが未来から来たのは3日前……、覚えてるだろ? あの時だってオレはいつもの朝のつもりだった、別に船から降りたりガルバンゾに戻った訳でも無かったからな」

 ルークはその言葉に、ユーリの態度が反転してしまったかのようなあの朝を思い出す。その前日には喧嘩をしたと言うのに、ズレが酷かった違和感を今でも覚えている。あの時ユーリから謝られたので同じユーリだとばかり思っていたが、実際は半年未来のこの男だったという訳だ。人間が裏表へとオセロの様に引っくり返したみたいだと、あの時感じたが。
 まさか中身が違うとは思わなかった、いや中身は同じなのか。記憶が違う……しかしそうなると、ますますあの時の反応はおかしいという話になるのではないか。

 何故なら今までのユーリ・ローウェルは絶対にルーク・フォン・ファブレを嫌っていると確信している、ルーク本人がそう強く思っている事実だった。

「けど、……なんでいきなり? 半年先じゃそんな簡単に出来ちまうもんだってのかよ」
「そんな訳ないだろ、半年って時間でやっとラザリスをぶん殴って世界情勢も何となかったってくらいだ」
「ラザリス? あの牙も消えるのか!」
「ああ、世界は綺麗なモンだぜ? 地上のゴタゴタはまだちっと続いてるけど、まぁそれも何とでもなりそうな範囲さ」
「そっか、そりゃ良かった……」
「まーその辺りはさっきリタとハロルドに口止めされたから、もういいだろ」

 確かにこの先の問題が先に分かれば後手に回る事は無くなるだろう、しかしリタ達はその対価に消える可能性を考慮した。ハロルドは「先に分かったらつまらないじゃない」と一蹴してしまったのだから、味方なれば心強いとしか言い様がない。
 あの科学部屋の面々がそう言うのならば、ルークとしても口を挟めない。それに何度も言うがルーク本人として問題視しているのはそちらでは無いのだ。さっきから嫌な予感を重ねる事ばかり言うこの男、もしやわざと遠回りして言っているのではないかと疑念を抱かせる。

 ルークは本心では避けたいが本能が避けては通れないと忠告している件の問題を、ついに口にした。恐る恐るとだが、逃げまいと。

「なあそれよりお前、さっきいつも通りの朝のつもりって。後この場所を俺に教えてもらったとか……言ってたろ、あれはその……どういう意味なんだ」

 何故か勝手に口元が震えた、一体何を感じ取っているのか。けれどここまでくれば予感はそう外れないだろう、だがそれが認められるかどうかは別の話なのだ。放っておく事の方がある意味怖い、ルークにとって無知は何より恐ろしいものだったから。

 返事が返ってくる前に、ユーリはルークの腰元に置いた手をもっときつく回して体全体を閉じ込めるように抱き締めてきた。ぎょっとして体を固め、すぐに振り解こうとしたが堅牢な腕の城壁がそれを許さない。流れてくる外の冷たい海風から守るように、胸の中へ囲う。そしてルークの耳元へ口を寄せて、熱を込めて囁いた。

「半年後の未来じゃ、オレとルークは……恋人同士ってやつになってる」

 風に吹き飛ばされないよう、強い意志を秘めてそうハッキリ口にしたユーリの顔はやはり真剣そのもの。からかう色は欠片も見せないし、皮肉に歪む口元だってない。真面目過ぎて笑い飛ばしてやりたい、ただし今のルークには到底出来そうに無かったが。
 黒曜石の視線に射抜かれたように動けなくなったルークは固まるしかない、その固まった体のまま思考は暴れだす。

 恋人同士、こいびと、こいするひと、すきなひと。

 言葉の繋がりを崩していって理解しやすく組立直す、だからと言ってルークの期待通りの結果が出る訳ではないが。

「好きな人、恋人……こいっ!?」

 ブツブツと独り言のように声を出して整理していって、恋と人が脳内で10週した後にようやく意識が帰ってくる。そしてその単語と意味をやっと把握して、即刻排除した。ルークとていくら箱入り王族と言えど初心なつもりはない、けれどその意味を受け入れられるかどうかは別問題なのだ。

 否定が頭の中を占めれば今の状況も空恐ろしい、どう考えなくとも誰の腕の中か。意志に従って腕の中を暴れ出し、振りほどこうとする。しかしどうあっても離れない、しっかりと抱きしめられていてビクともしかった。
 おまけに紫黒の髪が顔面に流れてきて動揺し、一瞬抵抗を止めてしまう。その隙を逃がすまいと囲う腕は藻掻けば藻掻くほど強くなって、戦士として斧すら振るうユーリの力では普通に痛い。けれどそんな事お構い無しに、この中身を零す方が恐怖なのだと言わんばかりにぎゅうぎゅうと締めてくるのだからたまったものではない。
 むしろ絞め殺すつもりかこいつ、なんて考えすら浮かんでルークは力いっぱいで抵抗する。それでもこの秘密基地を他者に知られたくないという細やかな打算が邪魔をして、大声とまではいかなかったが。

「ちょ、テメェ離せっ」
「離さねーよ、あのなルークオレ達付き合ってんの。一緒に居て、隣同士で座って、手を繋いで、抱きしめてそんで……体も繋げてる」
「……んなああっ!?」

 その言葉の全てがルークには信じられなかった。一緒に居る? 喧嘩しかしていないのに! 隣同士座ったりなんかすれば、とたんに皮肉が飛んできていたではないか。手を繋ぐなんで冗談ではない、この歳になればそんな事家族とも友人ともそうそうしない! おまけにだ、だ、抱きしめるだとか……! 女性相手にするのならば何かのロマンス話としては分かる、けれど男同士で……よりにもよってこの男と! あ、あまつさえ……体をつ、つ、つ……!?!?!?!?



 ルミナシア海上ど真ん中で爆発したルークは、オーバーリミッツ顔負けの力で振りほどきユーリの腕の中から抜け出す。その最に馬鹿みたいに開けている胸元の胸骨を狙って拳の一番硬い部分でぶん殴ってやった、今まで散々我慢した物が噴出した結果なので致し方がない。流石にそれは痛かったのか、ユーリの体は少しばかり歪んで引き下がる。
 足場はつるりとなめらかに曲線を描いて風もある為滑りやすいが、今は気にしていられない。後ろの壁に手を付いて立ち上がり、感覚の外でバランスを取って深呼吸をし、その全てを吐く勢いで罵倒した。

「テメェっざけてんじゃねーぞ! そんな嘘誰が信じると思ってんだ!!」

 ここはルークの秘密の場所で、ついさっきまでセルシウスにも見つからないよう気遣っていたのが完全にパァだ。大空に響き渡らせん勢いでエコーが伸びている。
 真下のユーリは苦笑しながら、額に手を当てていた。それがジェイドの馬鹿にした時の姿にソックリだったので、ルークの血管はよりビキリと浮いた。今なら前髪を上げれば弟芸が出来そうだ。

「お前ってやっぱ最初っから変わってなかったんだよな、変わったのはオレ……いや変えられたのか」

 くくく、と笑ってユーリは危なげ無く立ち上がり、スパンと足元を狙ってを引っ掛けた。興奮状態で視界が狭く足場が悪いため、何が起きたのか把握出来ない程簡単にルークはすっ転ぶ。その隙を逃さずユーリはトン、と落ちる寸前の肩を押して背後にあるエンジン部壁面に押し付けた。

「てめぇ……!」

 黒色が急激に迫って、隙間10cmも無い距離。利きの左側同士をぴたりと押し付けられ、反対の右手を指先まで絡めて奪われる。ルークの腰骨をユーリの足付け根で覆われてしまい座高の差が腹立たしい。
 左肩をくっつけ合わせ息をすれば届く距離まで顔が近付く、逃げ出そうとするが体の支点は殆ど捕られていて動けない。確かにユーリは年上で身長差もあるが、体力や筋力が覆せない程劣っているとも思わない。なのに何故なのか、この前からちっとも抜け出せない。
 この船に来てから運動量はむしろ上がっているはずなのに、だとすれば単純にこの男が自分より上だというのか。そんな怒りしか湧いてこない考えの中、相手の思い通りになるまいとひたすら睨みつける。けれど目の前の男はそれもそよ風のように軽く流し、なんの脈絡もなく口付けた。

「……っ!」

 以前は柔らかいと思っていた皮膚は、今ただ熱い。手の平も押し付けてくる体も布地を通して熱いのに、この1点はどこよりも突き抜けて熱かった。
 ルークの上唇と下唇は接着したように離れまいと固く閉ざし、けれどユーリは諦める様子もなく。濡れた何かが触れたと思えばまたユーリが唇の皮膚を舐めている、じっとりと執拗に。皺の一つ一つをなぞるように、唾液を染み込ませるような動きだった。固く目も閉じ、目元に皺を寄せて全てをシャットダウンさせるようにルークは否定を続ける。けれどそんな事も承知の上だと、ユーリは吐息で笑う。

 相手の息でルークの前髪が揺れる、長い毛先が頬に掛かって零れた。口付けたままのユーリの手がそれごと覆って顔を固定させ、耳たぶの後ろをそろりと撫でられて鳥肌が立つ。此方が抵抗出来ないのをいい事にその手はそのまま潜り込んでいき、首元を守る白襟をかき分けて盆の窪をつるりと触っていった。
 ユーリの指先が刃物ならばルークは次の瞬間死ぬだろう、手も口も塞がれて断末魔すら上げられず。好き勝手されてばかりなのは我慢ならないと目を開き、せめてこれくらいはと睨みつける。けれど相手の瞼だって既に開いていて、先回りされていた。

 謎の緊張感から息すら止めていて、そろそろ限界だった。酸欠から顔が真っ赤になって頭がクラクラしてきたルークに、ユーリの蓋はやっとこさ離れる。けれど頬に掛かる手は退けようとしない、力が抜けてへたり込みたい体を無理矢理立たされていた。
 低い声が間近で囁く、その音も視線も熱い。だが甘いかどうかと聞かれれば、首を傾げる温度。そんな判別は今のルークに付く訳は無いが。

「どれだけお前が否定しても、未来は覆せない。オレは知ってる、ルークの辛い事も嬉しかった事も。これはオレ達が選んで掴みとったモンだから、例え過去のルークにも否定させねーよ」
「未来の俺と今の俺を……一緒だと思ってんじゃねーぞ!」
「至言だね、その通りだ。だからこそ意味があるってもんさ」
「……? 何、お前メチャクチャだぞ……!」
「ま、今はどうでもいい事だ。大事なのはそっからじゃなくて、こっからだからな」

 肩で息するルークの隙を突いて、無防備な唇に強襲をかけられる。舌が入ってきて歯列を舐められ、すぐに出て行く。怒りのボルテージが上がりすぎて変になっているルークを抑えて、ユーリは自信満々に言い放った。

「……宣言してやる、せめてもの情けってヤツだ。オレを好きになるぜ、お前」

 その言い様が余りにも腹立たしい、確定を信じきっている表情がますます気に入らなかった。此方の拒絶を無視してこの態度に、ルークは尽きない怒りを感じる。

「そんな訳あるか! ラザリスがぶっ倒されてもありえねーよ!」
「だから半年先じゃラザリス倒してるんだが……まぁあれは倒してるって言っていいのか微妙か?」
「俺が大罪人なんか好きになるわけねーーーだろ!! 馬鹿言ってんな!!」

 今の正直なる事実を突き付けるが、相手は意にも返さずケロリと言い放つ。それは今この時のルークを凍りつかせるには十分な威力を持っていた。

「何言ってんだ、元々ルーク、お前から告白してきたんだぜ?」
「…………は?」
「お前が言ってきたんだよ、国を捨ててもいいから傍に居たいんだ……ってな」
「……な、なあああああっ!?」

 信じられない、意味が分からない。この未来から来たと言う男が目の前に現れてから、ルークは何もかも信用出来なくなりそうだった。いや問題はこのユーリ・ローウェルだけなのだ、だがそれが未来の自分にまで及ぶとは。
 けれど現実ルークしか知らない筈のこの場所を知っている、秘密の共有はルークにとって重要だ。衆目に晒される王家の人間に些細で個人的な秘密はあまり持ち得ない、臣下か使用人に大抵いつの間にか気付かれている。だからこそ自分から口にする事はそう無い、それをこの男が知っているという時点で、どういう事なのか察する事が出来た。

 いやいやいや、頭の中で何度だって否定する。この自分が100万歩譲って、いや絶対するはずは無いが、けれど話が進まないので告白したという部分はまぁいい、よくないが。けれどその言葉が……国を捨てても傍に居たいなんて。絶対に有り得ない、あってはならない。ライマ国第一王位後継者たる自分が国を捨てて個人を選ぶなんて許されないのだ。

 疑惑の瞳も否定の言葉も遠慮なく向ける、けれど相手の態度は変わらない。どこからその自信が湧くのか、そんな表情のままルークを捕まえている。音声さえ無ければ見つめ合って恋仲のよう、その空気も無視しなければならないが。

「絶対ない、好きにならないし告白なんかするわけがねー!」
「ま、その時が楽しみだってこった」

 暴れて転げ落ちそうなルークの体を支えたまま、ユーリはにこやかに笑っている。何から何まで手玉に取られている、気に入らない事この上ない。ルークの脳内罵倒は未来の自分も巻き込んで、その日一日中続いた。



 口止めを任された甲板のセルシウスは、響き渡る声にもはや意味は薄いと感じてさっさとクエストに出ている。何人かは聞き覚えのある叫びを耳に止めて探すが、見当たらない姿に新たなバンエルティア号七不思議に認定されたとかなんとか。







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