chicken or the egg








2
『好きになるぜ、お前』



 あれから3日間程部屋に籠って、いい加減にしなさいと年下のティアに怒られた。乱暴な模様替えも散々叱られたが、何故そんな行動を取ったか絶対に口にしないルークに、呆れる事で放置される。
 けれど流石に部屋から一歩も出ずに食事諸々を運ばせる姿に、実力行使を持って追い出された。鬼の顔をしたティアも滅法怖い、いや怖くなんかないうるさいだけだと誰にでもなく訂正する。

 船内を歩いてユーリが居そうな場所へ行きたくなかった、顔も声も誰かの発言からも嫌だ。憂鬱な思いを浮かべれば正直な体は自然と足を止める、勿論文句は言いたいがまたあんな事をされては冗談じゃなかった。

 自分で引き出したくせにあんな事、と言って記憶が蘇る。唇に触れた感触と、絡めてくる熱い塊。信じられない、意味が分からない。
 思い出してはならないのに、勝手に思い出す脳内は爆発した。うぎゃああああ! と頭を抱えて叫び出す、部屋に引き篭ってシーツの中で何度同じ事を繰り返したか。ホールカウンターでアンジュがぱちくりと此方を見ていて、その瞳は慈愛という名の無慈悲さが漂っている。安直に言えば生温い視線が注がれていた、けれど当の本人はが気付いていないというのが幸か不幸か。

 床にしゃがみ込んで一人がしがしと頭を掻き毟って藻掻く、ライマ国で王家の証と名高い艶やかな長髪を今日も台無しにしてルークは悶え苦しんだ。その最中、見慣れた友人の靴がコツリ。顔を上げればロイドが丁度上がってきた所だった、朱毛を見つけて笑顔で駆け寄ってくる。

「おールーク、どうしたんだよ」

 いつもどおりのロイドの声は、心の底から勇気を湧かせる効果があるように感じた。一寸先は闇のような世界でも、その一声で何とかなりそうだと思わせる彼独特の人格は、ルークにとって眩しくも好ましい。情けない顔をしている自覚はある、本来それを他人に見せる事は絶対にしたくないが、ロイドが相手ならば構わないかと思わせる魅力があった。

「……ロイド」
「なんだ、元気無いなぁ! 何かあったのか?」
「な、なんでもねぇ」

 何かはあったが、この友人に言えるような話じゃない。手を差し出され、それに掴まって立ち上がる。背中の埃を払われて、おはよう! と元気良く挨拶された。お、はよ。みっともない所を見せたと思い、少し照れながら返す。

「朝飯食った? 今からなら一緒に行こうぜ」
「ああ、今から……」

 一番会ってしまいそうなガルバンゾの部屋を避けようと思って本当は外へ食べに行こうと思っていたのだが、ロイドに誘われては断れない。例えあいつが話しかけてきても無視すればいいんだ、今日は側にロイドが居るんだからあいつだって変な事してこないはず……! 食堂までほんの少し程度の廊下を、焼け石敷き詰められた地獄道を渡る思いで覚悟で決めたルークだった。



 ルークからすればいつも通り、実際は少し遅い時間で食堂も快適に空いている。ロックスがおはようございますと声を掛けてきて、何事も無く着いたその時点でホッとした。しかしまだ警戒を忘れてはならない、気を抜けば危険なのだから。
 ビクビクと食堂入口を見張りつつ、朝食のパンを齧る。ロイドが可笑しな様子のルークを気にする事なく、今日の予定を話していた。食後のヨーグルトまで食べきって、一段落。結局あの黒衣は現れなかった。そんな簡単に会う訳ねーよな、そりゃそうか。ずっと気を張るのも疲れてしまう、気をそぞろにしては隣のロイドにも悪い気がした。

 気を取り直してこの後の予定を話し始める、3日前からイライラが溜まっていて、どこか討伐依頼へ行こうと相談している時。入り口が開いて一瞬警戒するが、見えたのはピンク色と白い甲冑、エステルとフレンだった。

「おはようございます、気持ちのいい朝ですね」
「おはようございますルーク様、ロイド」
「おはよう! こんな日は外に出たいよな」
「ああ、はよー」

 フレンが椅子を引いてエステルに促す、それにニコリと笑みで返して淑やかに座った。パタパタとロックスがやってきて、紅茶を用意しだす。どうやら朝食ではなく、休憩らしい。
 最近の世界情勢を世間話としてぱらぱらと始めて、購入した武器や依頼人の無茶ぶりに花を咲かせた。この面子ならばルークの血圧も上がらない、ある意味癒しの一時。しかしそれが崩れたのは思ったよりすぐ。思い出したようにエステルがポン、と手を打ち、よりにもよってルークに向かって言い出す。

「ルーク、ユーリの事聞きました?」

 ぶふぉ! 完全に油断しきっていた中での突然なNGワードに反応して、ルークは飲んでいた紅茶を吹き出した。正面のフレンが犠牲になってしまったが、彼はむしろむせ返るルークを心配している。ケホケホ、咳き込むルークの背中をロイドが擦ってくれるが中々治まらない。やっと落ち着いてきたが、頭の中はまだ少し混乱が続いていた。

「な、なん……何をいきなり!」

 慌て出すルークに対して、エステルは不思議そうな顔で受け止める。大丈夫です? そう一声掛けた後話を続けた。

「何でも、今のユーリは未来から来たらしい……んです!」
「……はぁ?」
「未来から? そりゃすげえな!」

 言葉通りに受け取るロイドを横目に、ルークは意味が分からない。けれど置いてきぼりにされたまま話は進んでおり、エステルは嬉しそうに瞳を輝かせながら熱弁していた。

「ユーリの居た未来では、今の状況も改善されて世界は良い方に向かっているらしいって。世界中の人々が手を取り合っていると……素敵な事です!」

 エステルは天然だ、その人となりを知れば殆どの人間はそう判断するだろう。少し夢見がちな部分はあれどそれは城での箱入りならば仕方がない事、ルークだって大概人の事は言えない。けれどそれでも今の話には少々納得というか、理解が追いつかなかった。
 隣のフレンに視線をやって、半眼でどーいう意味だよ……そう睨んで聞けばフレンも少し困った顔で答える。

「それが、私ではちょっと理解できなかったのですが……。何でも半年先の未来からやってきた、と」
「……はああ? 意味分かんねーなんで半年先? 冷蔵庫に置きっぱにして腐らせたデザートでも食いに来たってのかよ! つか未来から来たとか、フカシこいてんじゃねーの! 未来なんて何が起こるか確認できねーし、そもそもあの大罪人が二人になっちまうじゃねーか!」

 ルークはがなり立てるように反論する、ここで叫んでも当事者が答えてくれる訳でも無いが。未来からユーリが来たのなら現在のユーリとワンペアが揃う、ルークはステレオで皮肉げなその姿を想像し勝手に腹を立てて怒った。

 ユーリ・ローウェルという人間を知っていればそんな話冗談でもらしくないと判断できる、けれど相手が信頼厚く疑いを持たないエステルならば効果は抜群だろう。しかしそれでもフレンも困惑しながらも受け入れているという事は、些か異常事態が過ぎる気もした。
 だが今のルークは怒りからくる興奮状態で、冷静でいられない。隣のロイドがまぁ落ち着けと声を掛けてきて、勢い立ち上がっていた事に気が付いた。少し照れて急いで椅子へ着席し直す、正面のフレンは少し言葉を濁して話出した。

「実はですね、未来から来たというのがユーリ本人じゃないというか、本人というか……」

 眉根を寄せて、何と説明すればいいのか分からない、そんな様子だった。こんな風に言葉をまごつかせるフレンだって珍しい、ルークはイライラしながら事の真相を確かめる決意を固める。

 もしあの時の大罪人が未来から来た方だというのならば、勘弁ならない。あの顔とあの声であんな事しやがって、よりにもよって、よりにもよって、だ! 3日間シーツを引っ被って脳内で秘奥義を浴びせ続けたユーリにほんの少しだけ謝罪をして、ルークは立ち上がった。

「おい、大罪人は今どこにいんだよ!」
「ユーリなら、リタに調べてもらってます」
「……あ、ルーク!」

 そう聞いて、直ぐ様足を向けた。今朝は絶対会いたくないと思っていたが、今は会って一発ぶん殴ってやらなければ気が済まない。湧いてくる怒りを動力源にしてルークは走った。



*****

 ずかずかと足音荒く科学部屋へ踏み込めば、そこではリタの前でドクメント展開しているユーリの姿が目に入った。紫黒の色が見えたなら他の事はすぽんと頭から抜けて、おいこら大罪人、テメェ覚悟しろ! と大声で叫んだ。
 ルークのその様子を目にして、リタはぎょっと目を見開く。ユーリは丁度後ろを向いている、声は聞こえている筈なので恐らく気付いた上で無視しているのだろう。そんな姿にますますヒートアップする中、一直線に向かう。

 ドクメントの扱いは繊細さが要求される、閲覧目的の単純展開だとしてもそれは同じ事。距離を詰め寄り左手を振り上げようとしているルークにリタが罵声を浴びせる寸前、ゴチィィン! とウィルのゲンコツが高らかにルークの天辺で鳴り響く。
 科学部屋では静かにせんか、貴重なサンプルや資料が山のようにあるんだぞ! と実力行使でルークを黙らせた。セネル達を黙らせるその威力は流石で、哀れルークは地べたと仲良しになっている。それを呆れた目で馬鹿っぽい……そう呟いて、リタは展開を閉じた。

「はい、いいわよ。……やっぱり特に問題無し、強いて言うなら身体能力が少し上がってるのと、脳の密度が上がってるって事くらいね」

 その言葉にハロルドが面白そうに口を出す。地べたのルークをむぎゅっと踏んで通り過ぎたが視界の隅にすら入っていない、近くで見ていたノーマがなむなむと唱えていた。

「記憶は経験だからね、未来の時間分増えたってトコじゃないかしら。戦闘能力も経験がものを言うし、効率化してるのねきっと」
「けど……確かな確証っていう訳でもないじゃない、少しの時間でも1年分の修行をする奴だっているんだし」
「そー言っちゃうとそれこそ水掛け論じゃない? 実際ユーリはまだ構想中の私の研究内容を言い当てたわ、これはマグレでもなんでもない。何しろ紙にすらアウトプットしてない、思考の端っ欠片な代物だったんだから」
「……そりゃそうだけど」
「そんなに信用できないってんなら、この先に起きる事詳しく言ってやろうか?」

 恐らくこんなやり取りがずっとあったのだろう、少々うんざりとした様子のユーリに、リタは首を振る。

「未来は未確定だからこそ、選択肢があるの。先に知ってしまったらそれこそ可能性が消滅しちゃうわ。それにあんたは何年経とうがそんな冗談真面目に言うタイプじゃないのは分かってる……、信用すればいいんでしょ」

 少し納得いかないようだが、口に出して宣言すれば気が済んだようだ。ユーリはドクメント展開で少しだけ体力を消耗したのか、ふぅと溜息を吐いて首を鳴らした。

「そうかい、んじゃもういいか?」
「週一で検査受けに来たらそれでいいわ」
「マジかよ……」

 同世界の未来からやって来たという存在は、別世界から来てしまったカイル達と似て非なる興味を天才科学者達に持たせてしまったらしい。科学の礎にされそうで笑えない、ユーリは口元をヒク付かせる。
 そして床で伸びているルークをひょいと荷物を持つように持ち上げて、んじゃ行くわ、そう言いながら科学部屋を出た。







inserted by FC2 system