還りの門は暁け色に輝く








3
 アッシュとナタリアの関係性を知ってから、ユーリは二人を注意深く見るようになった。そうすると、今まで気付かなかった事に気付く。日常二人はよく共に居るが、その表情はあまり明るくない。別の誰かと会話する時は何でもないのだが、二人きりになると途端に会話が無くなる。以前はそれを信頼の証として、言葉にしなくてもいい関係だと思っていた。
 しかし今なら分かる。恐らく二人共、間を挟んでいた兄が死んだ事により罪悪感で歪んでしまったのだろう。時折ナタリアよりも、アッシュの顔が強く歪む事もあった。

 そんな二人を知って見て、ユーリの気も重くなる。どう考えても良くない、これならばむしろ二人に教えてやった方がいいのではないかとも思った。何も知らずずっと罪悪感で心を苛むくらいならば、通訳してでも互いの存在を教えてやるべきでは。
 そうジェイドに言った事がある、あえなく断られたが。納得出来ず詰め寄るが、今それは得策ではないと言うばかり。何か裏がありそうなのは確かだったが、果たしてそれは若い二人の未来を潰してまで通さなくてはならない事なのか。

 頭上のルークもユーリの動向は感知しているようだが、分かっていてあえて無視している。常に背中を向けて、以前遠くからでも聞こえた独り文句も言っていない。ユーリは懐の札を取り出さず触り、この手段を使う前に事態が進展すればいいと願った。



*****

 ラザリスの問題は少しづつ片付いている、つい最近次元封印の3つ目のドクメントが判明した。その探索の任務に同行したのがアッシュとナタリア、流石にPTバランスの問題もあってユーリが付いて行く事は出来なかったのだが。その依頼にルークもふよふよと憑いて行ったのは確認している、だが帰船後の様子が変わっていた。

 どこかしょぼくれた顔で、口を噤んでいる。エントランスで様子を伺っていたユーリが顔を出せば、動揺した面持ちで瞳を揺らす様が見て取れた。その姿に眉を潜め、アッシュに声を掛けようとするも、彼の歩みが早く扉の先へと消えてしまった。

 追いかけるべきか一瞬悩んだ、しかし気が付けば足が動いている。ユーリは廊下へ進んでアッシュ達の部屋前で止めた。中にジェイドが居れば止められてしまうかもしれない、しかしあの変化はどうにも気になる。イチかバチかで動こうと開ける直前、にょきりと朱毛が扉から飛び出してきた。

「おわっ! って、お前……」
「……ユーリ、丁度いいわ。……ツラかせよ」

 エントラスで見た顔とは少し変わって、ムスッとしている。けれど以前のような駄々をこねた感じではない、声も幾分沈んでいるようだ。ユーリはやっとのコンタクト成功にを喜ぶ前に、その偉そうな言い方にまず呆れた。





 甲板、各地から届けられたツリガネトンボ草の進化種の荷物は片付けられている。開けたその場所に普段陣取るセルシウスは今居ない、恐らくクエストに出ているのだろう。夕日が眩しい黄金の世界に、透けたルークの姿は朧気だ。
 先導して立つ朱色の後ろ姿は、まだ何も口にしない。促そうとも思ったが、久しぶりの相手からのアクションなのだ、ユーリは黙って待った。

「ライマって小国だけど結構歴史は古くてな、昔っから穏健派と革新派が泥々やってんだ。今まで父上達歴王がなんとかまとめてきたんだけど、俺とアッシュが双子ってのがこれまた丁度いい火種でよ」

 口調ははっきりとしている、思い出しながらの言葉では無さそうだ。むしろしみじみとしたように、ルークは続けて語る。

「俺じゃなくてアッシュを王に持ち上げて、対立が激化しちまってる。政治も疎かにして足の引っ張り合いだ、ジェイドや師匠はよくそれに頭悩ませてた。俺自身ガキの頃から結構危ない目あっててな、護衛がコロコロ変わってた。そんでガイが……俺の護衛剣士なんだけど、時々でかい怪我とかしてたりさ」
「そりゃまた、絵に描いたような泥々さだな」
「ああ、けどガキの頃からそれが普通だったから、逆に気付いてなかったんだよバッカだろ? ちょっと考えれば分かるのに、暇を取ったなんて丸わかりな嘘。それを呑気に鵜呑みにして……、本当はみんな死んでたって知ったのは15の時だ」

 ユーリは頭の中でアッシュの年齢を思い出す、確か17。それまで気付かれなかったとは、周りが随分優秀だったか故意に遮っていたのか。恐らく後者だろうと当たりをつける。

「俺は怖くなって……、もう全部が嫌になって逃げ出した。勉強も政治も外交も何もかも、何もしなくなったんだ。本当は継承権も放棄しちまいたかった、けど流石にそれは無理でよ。なんつーか、……サイテーだな俺ー」

 ルークは甲板にへたり込んで、組んだ腕で顔を塞いでうずくまった。ユーリはその隣に立ち、半透明な頭の朱色をじっと見つめる。人の未練を聞くのは覚悟がいる、引き摺られては駄目だと心を強く持つしかない。船の縁を背にして座り込み、ルークが顔を上げれば表情が見えるように待つ。
 俯いたままでもその言葉には想いが詰まっているのか、少し高めの声は問題なく届く。苦しそうにしながらも、ルークは切々と過去を吐露した。

「対立は余計に酷くなって、その結果が今のライマだ。内部があんなグダグダなら当然だよな。って、俺が言えたもんじゃないけどさ。……アッシュはそれでも頑張ってたっつーのに、俺は……」

 ははっと笑って、夕暮れの中顔を上げた。その顔は泣きそうでは無かったが、眉が困っている。弟が眉根を寄せていると怒っている様に見えるというのに、不思議なものだ。ユーリはコトリと首を傾けて、無言で返事をした。

「正直今でも死んだ瞬間の事は思い出せない、師匠達と修行の途中でプッツリ途切れたままなんだ。けどそれももしかしたら、思い出したくないからなのかもしんねーや。……逃げた途中でザクッと、とか」
「痛い記憶は嫌なもんだ、そんな恥ずかしい事じゃねーだろ」
「どうだろ? 案外自殺だったりかもよ、王位から逃げる為とか」
「死ぬより王様やる方が嫌なのかよ、そっちの方がすごくねぇか?」
「近くで見ると分かるけど、王様って面倒くせーぞマジで。少なくとも俺はやりたいと思わねーわ、アッシュの方が向いてる。……ってこんな理由付けて責任逃れ してっから、罰が当たって死んだのかもな俺」
「……ま、そーかもな。実際死んでるし」
「お前、そこはそんな事ないって言う場面だろ? 気が利かねーな!」

 否定しないユーリに、ルークは吹き出して笑った。そう言って欲しそうだと思った言葉を口にしただけなのだが、誤魔化して同じ様に笑う。今この場を外から見れば、一人で笑っているだけなのだろうか。不審と思われるだろうが、ユーリはふいに寂しくなった。
 幽霊の空に融ける笑い声が静かに終わって、同じ様に寂しげな声が響く。それは今までと違う、後悔の滲みでた声だった。

「けどあの二人は……そう思って無かった、ずっと暗い顔してアッシュなんかナタリア前にしても皺寄せてるでやんの。取れなくなったらどーすんだって話。俺なんか、死んでまで悲しんでもらえるような人間じゃなかったってのに……」
「そう思ってないから、悲しんでんだろ」

 ルークの言葉に、ユーリは否定の色を強めてハッキリと言った。きっと本人が思うよりずっと仲が良かった筈だ、少しの期間だが二人を見ていたユーリは確信している。直接言えないあの二人の気持ちを代弁するのはおこがましいと思ったが、伝えられる自分が言わなくてはならないと思った。
 ルークは本当に困った顔をして、半透明な朱色の髪を遊ばせる。夕陽が色を潰して、半分以上が消えて見えた。

「……そう、だな。
なぁどーしたら俺の事忘れてもらえると思うよ? ずっとあんな顔見てんのは、思ったよりキツイわ」
「悲しみの処理は人それぞれだからな……。けどよ、それでお前まで暗くなっても仕方ないだろ」
「けど、あいつらは俺のせいで一緒になれないかもしれない。俺が居ない方が上手くいくと思ってたのに……」

 重要任務に同行しなかったユーリには分からないが、ルークが俯いてこうまで言うのならばあまり良い話は無かったようだ。多少想像はついたが、それを言及しようとは思わない。
 傍目から見てもアッシュとナタリアは真面目で、間を挟んでいた兄が死に別れては直ぐには再起出来ないだろう。だが良い意味でも真面目な分、何かキッカケがあればそれを乗り越えられる健全さも持ち合わせている。それが何かはまだ分からないが、あのまま潰れてしまう事は無いだろう。

 だから現在本当に問題なのは、ルークの方。彼にとってあの二人は特に特別な存在なようで、今まで知らぬ振りを続けていたのを一転してこれだ。当初すずと言っていた魔物化だけは避けなければならない、そんな事になればそれこそ二人は再起不能になりそうな話だった。
 ユーリはルークの無念の端を、ほんの少し触れた気がした。

「信じてやれば? ずっと一緒に居た家族なんだろ」
「そうだけど、そうだから余計にさ……。あーもう、何かムシャクシャする。俺駄目だなー、死んでても生きてても馬鹿やってダラダラしてらぁ」

 ぱたんと質量を持たない霊体を甲板の床に倒して、大の字で寝転がる。ごろごろと寝転がるさまを見れば不貞腐れているようにも見えた。けれど本心、なんとかしたいと思っているのだろう。
 むしろそうでないとこっちが困るぞ、とユーリは少しだけ近付き、ゴミも埃も付いていない服の裾を手で引き止めた。当然触れる事は出来なかったが、何となくひんやりとしている。寝そべる幽霊の困った顔を大げさに笑ってやって、手を差し出す。

「暗い気持ちじゃ悪い考えしか浮かばねーよ。どうだ、生きてる時に出来なかった事でもやってみるか?」
「……死んでからやってもなぁ」
「死んでるけど、こうやってオレと会話してるじゃねーか。それなら半分くらいは生きてるようなもんだって、付き合ってやるから言ってみろよ」
「無茶苦茶だなその理屈……。けど、そうだな。……止まって答えが出ないんだ、ちょっとでも動かないと戻る事だって出来ねーか」

 今度はルークが呆れたように笑う、その眉はまだ曲がっていたがさっきよりかはマシに見えた。少し視線を左右にやって迷い、けれどゆっくりルークも手を伸ばす。透けた腕は途切れるように儚く見えたが、触れずに重なる手の平は温かさを錯覚させる。

 彼が死んでいるなんて嘘みたいだ、生きている人間のように真剣に悩んでいるのに。ユーリは自然にそう思って、引き摺られていると自覚しても、それを訂正しようと考えなかった。

*****

 ラザリスからの侵攻もあり、ギルドアドリビトムとしての活動も忙しくなっていた。しかしそれも今のユーリには好都合だ、依頼と称してルークを各地様々な場所へ連れ出せる。勿論依頼優先だが、それでもルークには十分だったようだ。

 ルークが上げたやってみたい事。街のバザーに行ってみたい、こ汚い下町の酒屋に行ってみたい、闘技場に行ってみたい、海に行ってみたい……。希望する大概は直ぐにでも叶えられそうなものばかりで、逆に拍子抜けしたくらいだ。王族の城暮らしとは、余程一般人とはかけ離れた生活をしていたと容易に想像させる。エステルもこんな気持ちだったのだろうか、自分が連れ出した世間知らずなお姫様を思い出して、今度フレンと一緒に色々連れ出してやろうとユーリは心に留めた。







inserted by FC2 system