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「ユーリさん、取り憑かれていますね」 「…………へ」 機関室を通った時、おもむろにそう言われた。扉の横で佇む、幼い少女の様に見えて、下手な大人よりも出来た少女。自ら調整しているようにほんの少しだけ気配を見せて、騒がしいエンジン音の中なのに驚く程通る落ち着いた声。振り向いた先に、ミブナの里の忍者・すずが冷たい面持ちでそう言った。 輪郭のまろい少女の厳しい顔は、逆に恐ろしさを呼んでいる気がする。此方がきょとんとすればする程、間抜けさが引き立ちそうだ。現に頭上のルークが丸々と瞳を開いてぽかんとしている。 「悪鬼の類ではないようですが、あまりそのままなのもどうかと思います」 「あ、……ああ。コイツの事、……見えるのか?」 「見える訳ではありません、気配が分かります」 「へー、ほんとかよ? ちっせークセに……」 感心したようにルークがすずに近付き、ウロチョロと見ている。気配が分かると言われた確認のつもりなのか、顔の正面で手を振って面白がっていた。それにすずは、目を細めてじろりと睨む。完全に視線が合ったようで、ルークは素早い動きでユーリの背に隠れた。 「……何やってんだ」 「こいつマジで見えてないのかよっ? いいい今目ぇ合ったぞ」 「お前が遊ぶからだろ、大人しくしとけ」 すっかりすずを警戒して、ルークは顔を背けてしまう。すずはユーリの耳を寄せて、隠し事をするように言った。 「霊を何時までも現世に留めておくのは、あまり良くありません。始めのうちは何も起こらなくても、いずれ災いを呼びます。それに、このままでは霊自身も転生できず、悪霊となり実体を持って退治されなければならない存在となってしまいます」 「成仏させてやった方がいいのは分かるが、どうするんだ?」 「悪道に堕ちる前なら、本人の未練を解消してやればいいかと。ユーリさんはコンタクトが取れるんですよね? 話を聞いてみては」 「聞いてみたけど、あいつイマイチ覚えてないみたいなんだよな……」 「それは……」 ここですずの表情に少し陰りが、言葉を濁す様に嫌な予感を感じる。 「生前時の記憶はどんどん抜けていきますから、成仏させる事が難しくなります。時間が経てば現世に留まる原因になった事柄くらいしか残らなく、生者に対して歪んだ思想になっていき、やがて害成す魔物となるでしょう」 「あいつを最初に見かけたのは割りと前なんだが……、そうなると結構やばいのか」 「霊体は悪意を吸収しやすいので、意志と反していても人を襲ってしまいます。血を吸った魔物になってしまえば、二度と人への転生が出来なくなるでしょう」 魔物、そう言われてユーリの頭の中に浮かぶのは、腐臭と毒を撒き散らすゴースト。彼がそうなってしまうなど、姿が見えるユーリからすれば想像が付かない。しかしこの手に詳しそうなすずからの言葉ならば、間違いはないだろう。今まで放置していた事もあり、緊急性を感じ始めた。 すずを恐れて天井へ座り込んで不貞腐れているルークは、此方の話に気が付いていない様子。 「話を聞いて、未練を除いてやればいいんだな?」 「はい、もし本人が思い出せないようでしたら、関係者から話を聞くのも手だと思います」 「分かった、やってみるわ」 「万が一の時の為に、……これを」 すずは懐から折り畳まれた古臭い紙を取り出し、ユーリへ渡した。手の平に収まるサイズで、黄ばんだ紙が神経質に畳まれている。正面には墨で、読めない文様の様なもの。その字はしいなの武器である札に書かれていた文字に似ている気がした。 「悪鬼に成りきってしまえば退治するしか手段が無くなります。その時魔物として実体を持ちますが、同時に最後のチャンスでもありますので」 「最終手段って事で、まぁ預からせてもらうぜ。サンキューな」 「いえ、お気をつけて。耐性の無い者が深く関わりすぎると、……引き摺られますよ」 「脅かすなっての……」 ただの脅しではないのだろう、すずの言い方はそれ以上に背筋を凍らせる。今まで自分以外認識していなかったので気楽でいたが、事は案外深刻だったらしい。今となっては遅いが、もっと早い段階で声を掛けていれば良かった。自分の手落ちで事態が悪化するなど、どう考えても寝覚めが悪すぎる。ユーリは天井から垂れ下がる朱毛をちらりと盗み見て、機関室から上がった。 それに引っ張られる様にルークが憑いて来て、どこ行くんだ? と呑気そうに聞く。口では答えず、ユーリは頭の中で彼の弟の姿を思い出した。 階段を上がるユーリの後ろ姿を見つめ、すずは手を顎に当て不可解そうに呟く。それは思わず出た言葉で、返答を期待した声では無かった。 「あの気配、もしかして……」 扉の前に立ち、軽く声を掛ける。返ってきた返事は相変わらず固く、警戒しているようにも聞こえた。扉を開けて部屋に入れば、アッシュが資料のような紙束を手にして机に座っている。少し離れて足を止め、挨拶をした。それに煩わしそうに、片眉を跳ねて此方を向く。 「……何の用だ」 「まぁちょっとな、聞きたい事があるんだけどよ」 「手短にしろ」 相変わらず素気ない、それでも一応聞く体勢なだけマシか。頭上のルークが数日ぶりのアッシュに、少し嬉しそうにしていた。 「なあ、アッシュは……兄弟って居るのか」 「…………何故そんな事を聞きやがる」 声のトーンが思い切り下がった、どちらかと言えば不機嫌な方へ。いきなり「お前の兄貴がオレに取り憑いてんだが、兄貴の未練って何だと思う?」なんて聞いても信用されないかと思い、言葉を選んだのだがこれだ。 全身から不愉快だと言わんばかりのオーラを滲ませて、射るようにユーリを睨む。兄弟揃って気が短いらしい、慎重に言葉を選びながら口にした。 「ちょっと小耳に挟んでな、兄貴が居るんだよな?」 「……エステリーゼか……。それがどうした、貴様に何の関係がある」 「ちっとな、一緒にアドリビトムに避難してないのは何でかと思ってよ」 これは少しわざとらしかったかもしれない、しかし元より貴族嫌いと知られているユーリがアッシュの兄弟について言及する事事態が、わざとらしいと言えばそれまでだ。不審の瞳に怒りを隠さず混ぜて、視線が刃ならば切り刻まれていただろう強さ。それを受けても部屋を立ち去ろうとしないユーリに、遠慮せず舌打ちして吐き捨てた。 「……貴様に教えてやる意味も義理も無い、失せろクズが」 机に立て掛けている剣を手に取り、殺気を込めて言う。偽り混じらないその気配に、ユーリはこりゃ駄目だと見切りを付ける。慌てて部屋を出て自室に逃げ帰れば、頭上のルークが爆笑していた。 「アッシュの奴、すんげー怒ってたな! あれはマジで斬りつける気だったぞ!」 「笑い事かっての! あのな、もう言っちまうけどお前このままじゃ魔物になるんだぞ。魔物になって人間に倒されて、二度と人間になれないんだと」 「へー、でもどうせ俺もう死んでるんだろ? 来世とか分かんないし別にいいんじゃね?」 当の本人のあんまりな態度に、ユーリが脱力する。額を拭うと薄っすらと汗をかいていた、殺気に当てられたせいだろう。中々久しぶりに、人間相手から殺気を貰った。アドリビトムに来てから剣を向ける相手が殆ど魔物だったせいもあり、少し鈍ってしまったのか。ふぅと深呼吸をして、アッシュは余りにも近過ぎたと反省する。 双子の兄が死んだのならば、傍目にそう見えなくとも内心傷付いているだろう。想像だが先程の態度ならばそう外れていないと読める。もう少し離れた人物と接触した方がいいと考え直すが、そうなると選択肢がかなり狭まるだろう。 ジェイドやヴァンが素直に口を割るとは想像しにくく、ティアやアニスはどれだけ関わり合いがあったか分からない。逃走時今だけの、ただの従者という可能性もある。いっそ正直話してしまって、助けを求めるのも手か。 しかし国がクーデターにより転覆している中、その国の第一王位後継者が死んでいるなど……。一般人のユーリにも秘匿すべき事だと分かる、それを突然口にして無事で済むだろうか。スパイと思われあのネクロマンサーに解剖されるなど、冗談ではない。想像だが全くあり得なく無いというのが、笑えなかった。 ルークは暇そうに空中をプラプラ浮いている、もっと焦るべきはコイツなのに何でオレが焦っているのか……。ユーリは溜め息を吐いて、部屋を出た。時間が経てばより悪化するというすずの言葉がある以上、じっとしている事も出来ない。室内はつまらないと愚痴を零すルークを引き摺って、取り敢えずライマの人間を当たる為船内を歩き始めた。 「お、ナタリアじゃん」 「……ナタリア」 「ご機嫌よう、わたくしにご用でして?」 エントランスに出た時、丁度クエストに出ていたらしいナタリア達と顔を合わせる。一緒にPTを組んでいたのかシングとコハクがカウンターに居た。丁度いいタイミングだった、アッシュを慕っているナタリアならば話を聞けるだろう。詳しい関係は聞いた事は無いが、ライマから行動を共にしているならば全く知らない事も無い筈。 「ちっと聞きたい事があるんだけど、時間取れるか?」 「わたくしにですか? この後予定がありませんので、構いませんわ」 そう言って、ナタリアはカウンターの二人に声を掛けた。それにシングとコハクは元気良く返し、楽しそうに笑っている。年若い男女が仲良さげにしている光景は、子供や動物のような庇護欲を誘うものとはまた別の、平穏さの象徴にも見えた。それは二人の事を多少は知っているという気安さからくるものではあるが、今の先行き不安なルミナシアには必要な明るさだとも思える。 しかしナタリアは、その二人を少し遠い目で見ていた。何時も凛としている彼女が、何か思案しているように眉を寄せる。それは悲しいような切ないような、他人からでは窺い知れない何かを思わせた。 「ナタリア?」 「あ、……申し訳ありません。それで聞きたい事って何ですの?」 「あーそうだな、ちょっと展望室まで付き合ってもらっていいか」 「ええ、構いませんわ」 事が事なので、人目がある場所ではまずいだろう。しかしナタリア一人を呼び出したと知れると、それはそれで面倒事になりそうだ。 早足で移動し、展望室へ。カウンターに着き、何か飲むかと尋ねるが断られる。先程の表情を忘れたように振る舞うので、ユーリも深く探ることはしまいと判断した。 「あのよ、アッシュの兄貴の事を知りたいんだけど」 「……! それを、……一体どこで?」 ナタリアの瞳は見開き瞳孔が揺れている。明らかに動揺が大きく、思ったよりも近しい立場だったのかもしれない。口元を抑える手は震え、視線を逸らすナタリアの顔色は青かった。隣のルークは心配そうに周りをウロチョロするが、ユーリが視線で止めた。少しムッとしたが、大人しく従って天井へ上がる。 「おい、大丈夫か? 顔色悪ィぞ」 「ええ、……大丈夫ですわ。それよりも、何故その事を? アッシュに兄弟が居ると話した事、無いはずですのに」 「あー、まぁその。情報屋からチラッと聞いてな」 「そうですか、彼の話はそんなに広まっていますの?」 「いや、オレだけだ」 そう言うと、ナタリアの表情は途端に痛ましくなった。眉根を寄せて瞳が潤み、息が少し震え出す。それに焦るユーリだが、これからもっと傷を抉らなければならない、キリリと痛む胃を我慢した。 「悪い、……そのよ。興味半分で聞いたつもりじゃないんだが」 「ええ、貴方はそんな軽率な方でありませんものね。けれど、申し訳ありません。彼の件でわたくしからお話出来る事は、ありません」 「それは……やっぱ国の関係で、か?」 「はい、貴方がどこまで知っているのか存じませんが。……今ライマは混乱の中にあります、それを助長する事は出来ませんの」 「そっか、……悪かった」 「……本当の所わたくしは、後で知らされました。ですからお話する事が出来ないと言うより、知らないと言った方が正しいのです。ガイが居れば詳しく分かったのでしょうけれど、彼はまだこちらへ合流できないらしいので……」 「いやいいさ、そこまで突っ込むつもりは無かったんだ。ただちょっと小耳に挟んで気になっただけでな」 ユーリはあくまでもアッシュの兄の事を聞いただけであり、死んだかどうかの確認では無い。しかしナタリアは直ぐ様そう判断したようだ、つまり今の話から幽霊になったのは暁の従者扇動による例のクーデターの頃で間違いないだろう。 そうなるとかなりの日数が過ぎている、ルークがよく覚えていないと言った言葉からもそれが伺えた。 ナタリアに謝罪するが、彼女の目は伏せられ目元には涙が滲んでいた。どういった関係だったのかなど、今また聞く事は流石に出来そうにない。ユーリは先に降りてナタリアを一人にした。 ふよふよと後ろを憑いてくる彼の顔は膨れていた、不機嫌で気に入らないと言葉にするよりも如実に語っている。ユーリは今日何回目になるか分からない溜め息を吐いて、周囲に人が居ない事を確認して振り返った。 「……なあお前さ、マジで何も思い出せないのか。ライマの人間の事は覚えてるのに、他は何一つ? 真面目に聞くけどよ、……このままじゃ本気でヤバイんだぞ」 「そんなの俺が知りてーっつの! 俺だってなんでこんなになってんのか、分かんねーし覚えてねー」 「どうやってもか? クーデターが起こったのは半年も前じゃない、そんなに記憶が抜けるのは早いモンなのかよ」 「んな事言われてもしょーがねーじゃん、実際サッパリなんだし。ってかもういいだろ、いちいち探ってナタリア泣かせんなよなお前」 「泣かせたのはそっちだろうが、このままじゃもっと泣かせる事になるぜ。お前が魔物になってナタリアかアッシュかに退治してもらうか?」 言葉にしてみればなんともえぐい話だ、いくら戦争長引くルミナシアとてこんな悲劇は別種類だろう。しかし当のルークは不可解にもヘラリと笑って、とんでもない事実を言い出す。 「どうせアッシュもナタリアもあんなの今だけだろ。ナタリアは俺の婚約者だったけど、元々はアッシュの事が好きだったからな。むしろ邪魔者が居なくなって清々してんじゃね?」 「……婚約者って、ナタリアがか」 「親が勝手に決めた話だ、二人共それより前に付き合ってたし。それにアッシュだって俺が第一王位継承ってのが気に食わないって言ってたから、一石二鳥じゃねーの」 「お前それ、なんでもっと早く言わなかった!」 確かにその話では彼が居なくなれば、丸く収まるだろう。そこに人間の感情を考慮しなければ、の話だが。どう考えてもあの二人ならば、それで良しとするより嘆き悲しむだろう。事実ナタリアは思い出しただけで涙が零れたではないか、それは先程ルークとて目にしたはずだ。 それなのにそんな言い方をするとは、ユーリは流石に胸が悪くなった。どうにも彼は最初から、自分への言及を避けていた節がある。もしかしたら思い出せないと言っていたのも、嘘だったかもしれない。そう考えれば、最初にもっとキツく問い詰めるべきだった。 幽霊を相手にするというのは、生者の人間を相手にするよりやり難い。何より彼の事を気付いているのがユーリだけであり、本人の事をよく知りもしないのに、関係者の為に胸を痛めて無視する事も出来ないのだ。 いっそアッシュ達と全くの他人ならば割り切って全てを話し、それこそ引き取ってもらい解決を任せられるだろう。しかしバンエルティア号という集団生活で奇妙な連帯感を持ち、完全に他人事でいられる程知らない訳でも冷たい訳でも無い。 ユーリは中途半端な行動を取った自分を後悔した、そして同時に自覚しながら身内を悲しませているこの張本人を嫌悪する。 「本当に、お前が居なくなってあの二人が良かったって思ってんのか? 自分の弟と婚約者だろうが」 「……うっせーな、テメーに何が分かるんだっつの」 「分かるかよ、けど今のお前が最低な奴だって事くらいはオレでも分かるぜ」 「……っ! うっぜぇ、なんでお前にまで言われなきゃなんねーんだっつの! クソッ、もういい!」 そう言って、突然目の前の朱色が掻き消える。ユーリはギョッとし、慌てて周囲を探す。しかしどこを見回しても透けたあの色を目に止める事が無かった、まさか消滅してしまったか、それとも魔物に……。 嫌な想像が過ぎって船内を探し回ると、なんとアッシュの頭上の天井に座り込んでいた。足を急ブレーキで止め、先程怒らせた事もあって見えない角度から伺う。見えたのは横顔だが、その表情はかなりご立腹のようだった。 外に出るらしく甲板への扉へ向かって歩くアッシュに引き摺られるがまま、両手を組んで膨れている。そのままするすると壁を通過して消えていった。 取り憑いた人間の周辺にしか居られないのでは無かったのか? ユーリにはもう訳が分からない。仕方なく、機関室の彼女へ助けを求めに行った。 ***** 「って事で、今アッシュに取り憑いてんだけどよ……。どうしたらいいのか、もうオレは分かんねーわ」 「本来体から抜けた霊魂は、余り強くはありません。どうしても現世に心残りがある場合、それに執着する形で現象を起こします。誰かに視認出来る程の霊ならば、何かしら理由がある筈なんです」 「けどあいつは忘れたフリして言わなかった。何かいまいち咬み合わないってか、……自分が死んでるって事も最初疑問に思って無かったぜ」 「自分の死が認識出来ない霊は多いです、けれど話を聞いているとどうにも……。もしかしたら成仏を嫌がっているのかもしれません、自分が死んでいる事を認めるのは辛い事ですから」 「さっきこのままじゃ魔物になっちまうぞって脅したら、どうせ死んでるしとか言いやがってな……」 「生への執着が無いのですか? それは……」 またすずの顔は歪み、今度はハッキリと険しい表情を取る。どうにも良くない展開へ転んでいるらしい、ユーリは四の五の言わずジェイドとコンタクトを取らねばならないらしい事態に嘆いた。 「しょうがねーな、オレからジェイドへ言ってみるわ」 「いえ、その件私がしておきます。その代わりユーリさん、そっちは任せてもいいですか?」 「……あのお坊ちゃんはもう逃げ出しちまった後なんだけど」 「アッシュさんに悪影響が出ないかだけでも、注意して見ておいてください。もし目の前で魔物化してしまえば……」 「トラウマ物だなそりゃ。わーかったって、関わっちまった以上やるだけの事はするさ」 「よろしくお願いします、それでは」 そう言ってすずは、足音を立てず機関室を出た。恐らくジェイドの所へ行ったのだろう、すずはアドリビトムで忍の特性を使って諜報活動を請け負っている。その信頼があればジェイドも話は聞くだろう、しかしそうなると後の問題は彼だった。 了解するにはしたが、現実問題ユーリの頭上にルークは居ない。アッシュの上に浮く彼に声を掛ければ、どうやってもアッシュに気付かれるだろう。気付かれたとしてもそれが兄の事だと悟られなければ構わないのだが、果たしてルークは素直に憑いてくるだろうか。 そもそも取り憑き先とは、そんな簡単に変えられるのか。最初はユーリが声を掛け、それにルークが応えて移動した。しかし先程のルークは、そんなやり取りを一切無視してワープしたように移動したのだ。 その事に関してもすずに聞けば良かったと後悔したが、もう遅い。そもそもユーリ自身、霊だの悪霊だの詳しくないのだ。 取り敢えずはすずに言われた通り、アッシュの頭上の朱色を監視ならぬ見守るしかない。ルミナシアの未来も牙の発現で明るくないというのに、問題ばかりが起きている。それでも世界の事はディセンダーに任せればいいが、こっちの件は自分にしか出来ないと言うのだから気が抜けない。ユーリは思案を止め、足を進めた。 |