Happy un Lucky








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 ルークの護衛に着いて1週間、ユーリはほとほと呆れていた。元々自分達はあまり相性は良くない、初対面がアレだった事もある。しかしユーリ側としてはあれはからかい混じりで相手にしているだけであって、それ程嫌っている訳でもない。貴族という肩書きが好かないが、本人が余りにもそれらしくない。らしくない、と言っても悪い方向ではあるが。
 権力に媚びる腐ったような貴族は問題外だが、そんな人種ばかりでも案外無いと心証を改めたのはこの船に来てから。しかしルークはそのどちらにも属していないように見受けられる、悪く言えば甘やかされたまま育った子供と言った所か。17になると聞いていたが、一般人として育ってもあの年頃であの性格にはならないだろう。そうなると環境の問題か? 王子で未来の王ならばそれは大層金を掛けてチヤホヤされるのは当然か、だがヴァンやジェイドの態度から見ればそこまで飴だけを舐めさせていたとは考え難かった。
 それに甘やかされて育ったのならもっとふんぞり返った性格でもおかしくない、しかしルークはどちらかと言えばただの反抗期にしか見えない。かと思えば従者や年下には思い出したように優しくしているらしい、ユーリは見たことが無いが。

 どうにも面倒くさいな、最終的にユーリが下した評価はこうだった。リッド節を借用するつもりは無いが、あっちもこっちも頭打ちだとこう思いたくもなる。ちらりと横を見れば、ぶすくれた顔で唇を尖らせたルーク。拗ねているのか悪いと思っているのか、半々と言った所だろう。その額には絆創膏が目立つ位置でバッテンに張り付いていて、どうしても目を引く。カンカンと鎚の音が響く中、二人は無言だった。
 バンエルティア号のショップ、鍛冶屋のポッポがカウンターで刀を見ている。その刀身は見事パッキリ割れていて、綺麗に横半分になっていた。コトンと鎚を置いてゴーグルを上げれば、つぶらな瞳で悲しそうに鳴いた。

「割れた部分からヒビが細かく入っていて、修復は無理そうだキュ」
「そっか、しゃーねぇな」
「……っ」
「刀の腹にもヒビがいっぱいだったキュ、刀は繊細だからもっと丁寧に扱わなきゃ駄目だキュ!」
「悪い、最近酷使しすぎたな」

 護衛に着いてからルークの災難を守っていたのは、もっぱらこの武器だった。本人の身を引いて避けさせるには緊急を要して暇が無い、なので自動的に障害を粉砕するという方法に落ち着く。時には護衛対象をふっ飛ばして避ける事もあるが、死んだり大怪我をするよりかはマシだろう。擦り傷や打ち身は増えているが。
 それに襲ってくる凶器もどんどん凶悪になってきている、最近では主に刃物や鈍器が高速で飛んでくるのだから恐ろしい。その数々の攻撃を凌いできたユーリの刀が、我慢の限界だと悲鳴を上げてパッキリ折れてしまったのがつい先程。まさかお玉を受けたら折れるとは思わなかった、流石リリスの武器だ。
 綺麗に半分になった愛刀を、ユーリは申し訳ない気持ちで見つめる。しかしその横でルークが本人より狼狽えて瞳を震わせているのだから、責める気にはなれなかった。わしゃわしゃと慰めるように頭を掻き混ぜれば、触るなと口には出さずにルークの手が払う。

「この刀、元は良い物だから溶かして打ち直しに使えると思えるキュ」
「出来るか? 昔から使ってる物だからそっちの方が有難い」
「合成で強化したり付加価値も付けられるキュ! ディセンダーさんが鍛冶道具を見つけてくれたから、ドンとこいだキュ!」
「へぇ、何があるんだ?」
「これがリストだキュ! 今のオススメは……これだキュ! 超希少なレア素材が偶然見つかったんだキュ」
「なんだこれ? レアメタル……聞いたこと無いけど。って妙に高いな!」
「実はこれ、生命賛歌の間で発見された古い宝剣が材料になってるキュ。他に無い素材でどんな効果が出るか分からないんだキュ」
「……それって実験台って言わないか」
「ポッポの確かな鍛冶屋の腕を信じてほしいキュ! きっと良い物ができるに違いないキュ!」
「けどな、この値段は無いだろ……。他のやつは?」
「……それにしろ、金は俺が出してやる」

 ギョ、と見ればルークが横から口を出してきた。ユーリを押しのけてポッポと交渉を始めている、スキルがどうのこうのと持ち主を無視して話が勝手に纏まっていく。

「少し日数がかかるけど、完成したら部屋に届けておくキュ! ガルバンゾの部屋でいいキュね?」
「ああ、こいつのベッドん所にでも放り投げといてやれ。いいよな?」
「良くねぇ、何勝手に話進めてんだよお前は」
「うっせーな、タダで武器が強くなんだから黙ってろよ。……後で部屋に来い、ガイになんか武器借りてくっから」
「他人の武器で戦えるか、手持ちくらいある」
「……そーかよ」

 またもぷい、とそっぽを向いてしまった。愛着ある武器を勝手に改造されて喜ぶ人間が居るだろうか、別にユーリとしてもそこまで後生大事にしている訳でも無かったが。金額がそれなりに高額であり、それを他者に出させるというのは気に食わない。特にルークが出すと言うならそれはライマの財布だろう、恐らく依頼主のアッシュが聞けば許可するだろうが、今はそういう話ではない。
 多分ルークは自分のせいで武器を折ったと自覚している、だから金を出すと言ったのだろう。つまりそれは自らの置かれている状況も理解しているという事だ、ならば何故もっと警戒しないのか……。

 はぁ、と溜息を吐けば反応したようにルークの肩がビクリと跳ねた。待っていればそろりと伺うように此方を見て、目が合うと慌ててぷいっと逸らす。襟足の一房が返事のように跳ねている。分かっている、完全に。なのに一言も口にしないのは何か理由があるのか、それとも単純に反抗しているのか。
 ユーリはカウンターの鎚をおもむろに奪い、突発に飛んできた小刀をカチ飛ばした。ギィン! といい音を立てて遠くの壁に突き刺さる。ルークは丁度反対側に顔を向けていたので気付いていない。ばっちり見ていたポッポが可哀想な悲鳴を上げて震えた。

 ……やはりどうにも、面倒くさい。ユーリは切実に思った。

*****

 泥臭い、キツい、暗い。今が夜でないだけマシか、良かった探しがクセになってきた。上の方から慌てた声がする、できるだけ早く人を呼んで来てくれと本気で願う。下を見れば廃材らしき錆びた大量の棒が針山のように立っていて、体いっぱい手足を広げて支えている我が身を待っているかのようだ。
 一体どれだけ古典的なのか、落とし穴に落ちそうだったルークを突き飛ばして自分が落ちるとは。穴が人間より広ければ危なかっただろう、持っていた剣も落としてしまった。せっかく新調したのに、財布に痛い。
 ユーリはつらつらと思考を飛ばして、取り敢えず自分の状況を忘れる事にした。軽い現実逃避だ、誰も責めまい。

「おい! そのまま落ちるなよ、絶対だぞ!!」
「いいから早く、誰か呼んでこい……」

 心底焦ったルークの声が、上から穴の中に響く。それにしても町中ど真ん中で、とんだトラップだ。しかもこの落とし穴、ルミナシアの物とは少し違う雰囲気。もしや遂に次元を超えて土地を繋げたのか、そうなるとただの武器で跳ね返す事も厳しくなるかもしれない。流石にガンマンディセンダーのように銃弾が雨あられに降ってくるとなると、身一つでは庇いきれないだろう。早い所この原因を究明してもらいたい、依頼主から一向に無い報告が期待を裏切ってくれるが。



 流石に今回は叱った、散々一人で動くな声を掛けろと口を酸っぱくして言っていたのに。何を考えて自分を撒いてまで、一人どこに行こうとしたのか。ユーリは今までなぁなぁで済ませてきた分、絶対にルークの口を割らせる覚悟だった。
 生徒を叱る時のリフィルをイメージしながら、腕組みをして正面のルークを見つめた。正座だ、まごうことなき正座。こうやって座らせているが、さっきから一言も口を開こうとしない。人目のある所では可哀想かと仏心を出し、わざわざ展望室を選んだというのにこの調子。

 ここまで意地を張られれば、むしろ天晴だとも思えてきた。しかし何故こうもルークは反発するのか、思春期然とした反抗期でもここまでいかないだろう。ユーリはふと思い出す、自分が依頼を受ける前は従者達が護衛をしていたではないか。その時のルークは割合大人しかったはず、食堂で食器棚が襲ってきた時だって、外出を控えていたから食堂で暇を潰していたのだ。
 これはもしや本気で自分の事が気に入らないのか、そう考えてユーリはほんの少しだけムカッとした。依頼と言えど朝昼晩付き添って体を張って守っているのに、そりゃ好意的にとは言わないがもう少し歩み寄るべきではないか。イラついた気持ちを隠さずユーリは吐き捨てるように言った。

「お前いい加減自分の状況把握しろよ、一人じゃ何か起こっても対処できないだろうが。大人しくオレを傍に置け」
「うっせーよ、金魚のフンみたいにあっちもこっちもついてきやがって! うっとーしーんだっての」

 全くこれだ、教育係は何をやっているのだ。だが誰かを傍に置いていたのは以前と変わっていないはず、一応王位後継者だからと船に来た当初からルークの隣には誰かしら居たのだから。ユーリは少し考え、探りを入れてみる事にした。

「ガイやティアなら傍に置くのに、あいつらはうっとおしくないのか?」
「あいつらとお前を一緒にすんな!」
「ふーん、どう違うんだよ」
「……え」

 問われて妙にびっくりしている、普段半分も開いていない瞳が丸々となるくらい。

「オレとあいつらは違うんだろ? どう違うんだ、言ってみろ」
「……えーと、あいつらは……その。か、……かぞ……。いや、オレの使用人だから子分なんだ!」

 そこまで言って照れたように赤くして、ルークは顔を背ける。家族、そう言い出しそうになった言葉は確かに聞こえた。そしてやはり身内に対しての態度が違うと確信に至る。仲間ではなく家族、と言うルークの心境はどういったものだろうか。普通そこは良くても仲間か友人と言うだろう、家族とは少々行き過ぎに思えた。だがルークは王族だ、一般人とは感覚が違う可能性は大いに有り得る。親しい存在というものに縁遠い分、憧れているのかもしれない……ユーリは勝手にそう考察した。

 だがそうなると自分はどういった立ち位置で居るべきか、ユーリは悩む。護衛は仕事だ、それにここまで巻き込まれればルークの不運の原因も個人的に気になる。最近では災難も二重三重になってきて、いい加減自分一人ではなんとか出来なくなってきた。外から監視していたすずやクラトスがちょくちょく手助けしてくれているので、今の所なんとかなっているがそれも時間の問題だろう。それにそう何度も武器をオシャカにしてもらっては困る、財政的問題で。

 やはりルークが非協力的では守るものも守れない、あっちやこっちやで逃げられてその先で間に合わなかったでは話にならないのだ。仕事というのもあるが、何より自分が決めて守れないというのが嫌だった。自分で決めた以上は、気が済むまでやり通す。それがガルバンゾのギルドで通してきたユーリの意地と矜持だった。
 遂にご機嫌取りのゴマすりをしなきゃならないのか……。本気で心の底から気分が沈む、何故よりにもよってこの自分が。そう思うがここで退くのも癪だった、半分ヤケにもなる。

 足が痺れて涙目になってきているルークを、もう後10分くらいは座らせていようと決めたユーリだった。

*****

 早速行動に出たユーリは、まずルークを連れて食堂に来た。ここならば誰かしら居るので、自分が見ていなくとも一先ずは危機回避してくれるだろう。丁度クレスとロイドが揃っていたのはラッキーだった、二人に頼んでルークの相手をしてもらう。久しぶりの友人にルークも少し嬉しそうだ、自分の前ではあんな顔をしないのに……と口元を引き攣らせてカスタードクリームをたてた。

「ほら」
「……なんだよこれ」
「フルーツパフェ」
「見りゃ分かるっつの、何でいきなりパフェなんだよ」
「あー……、オレが食べたかったから」
「……一個しか出てないけど?」
「取り敢えず先に作った、溶けるから食え」
「流石ユーリのデザートは美味しそうだね」
「うんまそー! なぁ一個だけか? 俺には!」
「……材料が余ったら考える」

 怪しげな目線で、不審げなルーク。むしろ胸を張ってそれに返せば渋々とスプーンを手に取り、黙々と食べだした。最初の数口は顰め面で食べていたが、中身が半分も減ってくる頃には眉根の皺も消えて少しだけ表情が柔らかくなる。それを見届けてユーリはまたキッチンに入り、次はパンケーキを作らんと準備を始めた。
 テーブルで友人と他愛ない話に花を咲かせて、パフェを頬張るルークは本当にただのそこら辺に居る子供にしか見えなかった。



 ルークの好物はチキンとエビだと言うので、昼食や夕食を好物で固めて作ってやる。すると今までの苦労は一体なんだったのかというくらい、ルークの好感度は簡単に上がった。もちろんデザート付きだ、材料費をアッシュからせしめて豪華に惜しみなく。その内興味が湧いたのか、キッチンを覗きこんで作っている作業を楽しそうに見ている。キッチン内は凶器が多いので、あまり近寄るなと釘を刺せば、文句を言いながらも素直に下がった。
 最初から餌付けでいけば良かった、そう思うくらいには効果はてきめん。ユーリ自ら作るので、食事に何かが混入している心配も無い。好物ばかりで嬉しい、とルークは素直に喜んだ。機嫌良さげに食後のデザートであるプリン・ア・ラ・モードを口に運ぶ、ユーリが紅茶をコトリと置けばそれを優雅にコクリと飲む姿はまさに上流階級だった。

「……お前、骨の髄まで飼われ猫だな」
「なんか言ったか」
「いや、なんでも。……一人でふらふらすんな、どっか行きたいならまずオレを呼べよ」
「うっせーな、分かってるっつーの」

 ……訂正、躾のなってない甘やかされ飼い猫だ。あと金かかり過ぎ、ユーリは独りごちた。とは言え、態度も感触もかなりマシになっている。拒否の言葉が出なくなったのは大した進歩と言っていいだろう。
 実際最近はかなり楽になっている、逃げ出さなくなったし割合協力的だ。怪我も少し前より随分減った、以前のようにふっ飛ばして避けさせる事が無くなったのも喜ばしい。

 それにユーリは気が付いたのだ、ルークの災難。……どうやら本人の機嫌が良い時は起こらない。こうやってゆっくり食事を摂っている時や、クレス達と手合わせしている時は不思議と何も降ってこない。本人が眠る時も発生しない事といい、最初に言っていた”外部要因”の線は微妙になってきた。だがそうなると、これはルーク本人が起こしている可能性が出てくるのだ。しかし被害も自分とは、これいかに。
 近い内にアッシュに報告しなくてはならない、きっかけが掴めれば後は何とかなるだろう。ハロルドに頼めばあっという間に何とかなってしまいそうだが、アレは恐らく最終手段に違いない。

 それにこの件が終われば、こうやって料理を作ってやる機会は減るだろうなとユーリは考えた。本来ユーリとルークはフィールドが違いすぎる、同じギルドの縁と言っても元々仲が良いわけでも無いのだから。今はルミナシアの危機という事で繋がっている線でも、終われば国元に帰る者は多いだろう。特にルークは第一王位後継者なのだ、修行の身と言えど何時までも船に滞在しないはず。ディセンダーが居るのだから世界の終末は今更心配していない、だからこそ。

 ポジティブなのかネガティブなのか、自分でも分からなくなってきたユーリは気を紛らわせる為に、自分用のプリンを作ることに決めて席を立った。







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