Happy un Lucky








3
《天に向かって唾を吐く》

「貴様に依頼したい件がある、ユーリ・ローウェル」
「依頼ならアンジュの所へどーぞ」
「あの馬鹿の護衛だ」
「……聞けよ」
「とりあえずは無期限だ、昼夜問わずあいつの傍に居ろ。こっちの関係者には話を通しておく」
「あーはいはい、王族ってのはみんなこんなんか?」
「どんな方法で災難が降るか想像がつかん、なにしろ相手は『超常的な力』を使っているらしい」

 はぁー、とユーリは深い溜息を吐いた。流石双子、全く人の意見を聞かない。しかし確かにここ最近のルークの災難は偶然で済まされる範疇を超えている、だからといって『超常的な力』と言われても。

「そりゃあの運の悪さは普通じゃないけどよ……。なんでオレが? 超常的ってならそれこそ専門家のリタ……は無理か、すずかしいなの方がいいんじゃないのか」
「そっちには原因を探らせているが……、本当に外部要因で不運が起きているのかがまず疑わしいと言われたんだ」
「外部要因っていうと?」
「あいつの不幸はあくまで全て偶然の産物で、人為的な力は観測されていない。……あくまでな」

 偶然と言うには不自然な気もする、ユーリが見かけた範囲でもそれは本当によくありそうな”運の悪い話”だったのに。ただ少々一人に集中しているのは宜しくない、小さな不幸から転がり落ちて今や真っ逆さま状態だ。つい先日もルークの長髪がバッサリ無くなっていて、その原因が例の災難だと言う。狙いが首元の偶然など、偶然でもあっては困る話だ。

「人の手の可能性は?」
「普通に考えればな、確かに怪しい所は多々ある。だが作為の痕跡が見つからない。魔力残滓、覇気の乱れ、空間の歪み、工作の証拠。誰かがあいつを貶めているとして、その尻尾が見つからないんだよ」

 尻尾の端どころか形すら見せない、なので掴むきっかけがまず欲しい。詰まるところそういう話だった。

「だからまずは貴様に護衛兼、調査を依頼する」
「だからよ、それならますますクラトスとかの方がいいんじゃねぇの? あいつなら幽霊だとか怪しげなエネルギーだとかでも、対処できそうだろ」

 そんな事は織り込み済みだと言わんばかりに、アッシュは鼻で笑う。

「人為か偶然か、決めつけるにはまだ情報が足りなさすぎだ。だから外からの監視を依頼している、あいつに不運が降りかかった時、どこにも反応が現れないかどうか。跡を残さない干渉方法などそうあるものじゃない」

 全容の観測だ、そう言うがつまりそれは言ってみれば体のいい囮。引き攣りそうな口元で笑って隠さず言えば、けろりとした顔でアッシュはそうだと言う。

「それにもし貴様に何かあっても、元々犯罪者でライマの外の人間だからな。正直どうとでもなる」
「あんたな……」

 ただの護衛ならば従者で事足りだろう、その言い方では運が悪ければお陀仏だと言っているようなものではないか。元々ルークがお陀仏になりそうなのがそもそも問題か、しかしそれにしても。身内の軍人を差し置いて他国の犯罪者を使うとは、余程使い捨ての盾にでもしたいのだろうかこの王子様は。
 しかしアッシュの眉間は深い皺を描き、苦々しげに続けた。

「ガイやティアでは駄目だ、あいつらでは身を挺して守っちまう。それだと傷付くのは屑の方だ。……だから貴様が守れ、貴様ならわざわざ自分を捨ててまで他人を守ろうなんざ思わないだろう」

 その言葉に、ユーリは内心唸った。案外身内も外もそれなりに見ている、将来の王の影として育てられたという教育の賜物か。確かに自分はそれ程何かに執着する事は無い、面倒に巻き込まれる事は多いがあくまでそれに付き合うスタンスをはみ出していないつもりだ。

「ふぅん、やっぱあんたってブラコ……」
「金は成功報酬だ、問題が片付いたら払ってやる。……が、屑が怪我した分は差っ引くから、タダ働きが嫌ならしっかり盾になれよ」
「……やっぱりただの肉壁じゃねーか」

*****

 2・3日前、通りすがりで見かけたままの頭はやはり軽やかそうだ。あの腰元まで伸びて毛先へ色が薄まっていく色調は中々綺麗なものだったのだが、勿体無い。顔にかかっていた前髪も整えたのかあの名残が何処にもない、後ろの襟足が一本尻尾のようにぴょこんと立っているのは従者の趣味なのだろうか。じろじろと無遠慮に観察する此方を、警戒するように半眼でじろり睨んでくる表情は前と全く変わりないのに。

「ジロジロ見てんじゃねーよ」
「……お前、怪我増えてるな」
「テメーにゃ関係ねーだろ」

 髪を切ったルークの右腕には大きな湿布と包帯が、真新しいその白さは昨日かつい先程か。従者は付いて居なかったのだろうか? ユーリは疑問に思う。しかし最近の様子で彼らが離れる事など考えられない、またルークがふらりと出歩いたのだろう。依頼主の言葉を思い出す、「まず本人の自覚」と。しかし正面のこの不貞腐れた顔、全く気付いていない訳でも無いだろう。何を思って自ら怪我をしに立ち向かうのか、痛いのが好きな訳でもあるまいし。

「とにかく、一人でウロチョロすんな」
「なんでテメーに言われなきゃなんねーんだ、うぜぇ」

 ふん! と鼻息荒くそっぽを向いて立ち去ろうと足を進める。しかしその足をユーリが瞬時に引っ掛けて、うおわ! と情けない声を上げてルークは倒れこんだ。

――ダァン!

 突如廊下の右壁から左壁へ、一直線コースで万年筆が横切った。壁to壁だ、もちろんバンエルティア号の壁にそんな穴など無い。壁に刺さった万年筆は自身を2/3程減り込ませ、無理矢理引っこ抜いてペン先を見ればグシャリと潰れていた。この威力ならルークの腕くらい貫通させていただろう、そのまま脇腹にザクリ、だ。
 間一髪の本人は前のめりで倒れたため、その様子を見ていない。怒りながら立ち上がる前にユーリは潰れた万年筆を懐に入れ、手を差し出した。

「何もない所でコケんな、お坊ちゃん」
「お前が足引っ掛けたんだろうが!?」

 ぎゃあぎゃあと大声で怒るルークの背を押して、ユーリはその場を後にした。今日はこの後ディセンダー達とクエストらしい、この前首を切られそうになったというのにもう忘れたのだろうか。



「ユーリも一緒?」
「ああ、枠空いてるか?」
「うん、ルークとカノンノとだったから大丈夫」
「よろしくね、ユーリ」

 カノンノと聖騎士のディセンダー、ユーリとルーク。少しばかり前衛に偏っている気はしたが、目的は採取らしいのでそう問題は無いだろう。ヒーラーが一応二人居るのは心強いか、それでもユーリは三人から一歩引いて周囲を警戒した。
 アルマナック遺跡、西通路へ。途中で採取や宝箱を回収しながら歩くのだが、妙にミミックが当たるのは気のせいではないはず。一人レベルの高いディセンダーは型紙が集まるので助かると喜んでいるが、魔法防御力の芳しくない者からするとあまり相手にしたくない魔物だ。
 ルークが剣を振るうとタイミングを合わせたようにネガティブゲイトが発生するものだから、ユーリはルークの腰を奪うように抱えて身を引かせた。慣性のままに後方にふっ飛ばせば、ぐえ! と潰れた蛙のような声が聞こえたが、放置して一人ミミックのターゲットを保ったまま距離を取った。

「カノンノ!」
「氷結は終焉……せめて刹那にて砕けよ―― インブレイスエンド!」

 上級晶術がミミックを包み、その冷気を持ってして動きを射止める。その後ろからディセンダーが秘奥義を発動させ、高レベル高威力の武器にてミミックを消滅させた。戦闘終了後にチン、と刀を鞘に納めればすぐに恨めしげな声が襲いかかる。

「オメー何しやがんだ!」
「悪い悪い、ちょっと邪魔だったからつい」
「じゃっ!? 邪魔ってなんだゴラァ!」

 ルークの高い声は遺跡内ではよく響く、音を聞きつけてゾロゾロと魔物達がやってきた。ディセンダーは手近な魔物から切りつけ、カノンノも詠唱を始める。ルークもそれを見て加勢しようとするが、ユーリは肩を取ってクルリと反対を向かせた。

「ちょ、なんだよ!」
「後ろの宝箱、あれが依頼品だからさっさと回収してこい」
「戦闘は!」
「全部相手してらんないだろ、依頼品さえ回収できればすぐ帰れんだから。ほらさっさと行けって」
「だー! 俺に命令すんな!」

 いいから行け! と背中を無理矢理押せば、つんのめりながらもフラフラと足取って宝箱の方へ。ユーリはそれを見届けた後、すぐに戦闘に加わった。なるべく早く戦闘を終わらせなければならない、戦闘中に何か降ってきても全方向をカバー出来はしないのだから。

「ディセンダー、速攻で頼むわ」
「了解!」

 鬼神の如き強さで一帯を纏めて吹き飛ばし、ユーリとカノンノが秘奥義を連発すれば集まっていた魔物達もすごすごと身を退いて行く。宝箱の中身を回収してルークが戦線に復帰しようとする頃には、あらかた相手は居なくなっていた。

「お、んじゃ帰るか」
「依頼品あったの? 丁度こっちも終わったよ」
「帰ったらおやつにしようか」
「……なんか、スッキリしねぇ……」

 気にしない気にしない! とディセンダーが背中をばしばし叩く。50近くレベルが上の戦闘職に気軽に叩かれると洒落無く痛い、いてぇよアホ! と怒り出すルークはいつも通り。
 後ろからそれを見るユーリに、こそりとカノンノが近付いてきて心配そうに言った。

「ルークにちゃんと言った方が良いと思うけど……。このままじゃ避けた先で怪我しそう」
「法則無視で来るからあんまり優しく回避ってのが出来ないんだよな」

 殆どの災難が重力や物理の法則と壁や空間を無視してやってくる、偶然と組み合わせればかなり凶悪だ。本人の性格もあってか部屋で大人しく、というのは無理だろう。特に言う側がユーリとなれば、無意味に反発してしまう。
 唯一助かるのは眠っている間は止む、という事くらいか。昼夜問わずが依頼内容だとしても、流石に眠らないのには無理がある。やはり直接本人に言って、自分ででも警戒させるべきか。そう判断してユーリは足を進めてルークの傍に寄った。

「おい、ルーク」
「あぁん!? んだよ!」
「ガラ悪いなお前……。あのな、自分で気付いてるだろうけど……」
「あ、魔物!」

 この言葉によし今度こそ俺がぶった切る! とやたら嬉しそうに魔物の方へ顔を向けた瞬間、ユーリは左手に持っていた鞘をルークの頭上空へ振り上げた。

バカァン!

「……っ!?」
「戦闘、いいから行け」
「へ? あ、おう……!」

 頭上で土煙が舞い、パラパラと細かい破片が散る。重そうなレンガがルークの頭上に降って、それを鞘の中腹で叩き砕いたのだ。丁度横向いたルークには土煙くらいしか確認出来なかったのだろう、鬱憤の溜まっていたらしい本人は嬉々として石像を相手に戦っている。……念の為、ユーリは足元にバナナの皮なんて無いか確認した。

 果たして今のタイミングは偶然か作為か、……アッシュが判断付かないと言っていた意味が分かった気がした。災難は法則無くやってくるようだが、もしそれに先程のように本人への忠告もトリガーになっているのだとすれば。だとしても、ここまでで周囲が気付いているなら無意味なのではないか? それとも本人に知られないという事が重要なのだろうか。
 ……考えても仕方がないか、そう結論付けてユーリは後方からルークの戦闘を見守った。







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