さよならだけがぼくらのあいだ








10
迎えに来てくれたのがビショップのディセンダーとミントも一緒だったのが幸いして、二人は本当にギリギリなんとか一命は取り留めた。船まで帰ってられなかったから街の病院に運んだんだけど、輸血が間に合ったのが大きい。裂傷や骨折もかなりの数で酷かったらしいけど、ギルドのヒーラー総動員でなんとか後遺症も残らないそうだ。

話を聞いたアンジュやジェイド達の怒りは凄まじくて、死の淵からやっとこさ戻ってきた二人に凍った笑顔で説教してた。包帯ぐるぐるでベッドから動けないしそもそも逃げられないしで、あの二人も引き攣りながら謝ってた。
その場の説教は終わったけど、当然ながらまだまだ説教待ちが列を並んでた訳で……。一応重病人だから今の所は勘弁してやってくれって俺と病院の先生が泣きながら頼んで、とりあえず先に引き伸ばしたんだけど……。
その間にこの件がアドリビトム中に広まって、新たに説教の列に並ぶ人間を増やしたのは失敗だった。
特にフレンがやばい、あんなフレンの顔初めて見た。ユーリが療養してる間にレベルを倍に上げてきますって言って、追憶の坑道にひたすら潜ってる。それに賛同してる奴らも付き合ってギルドの総レベルが恐ろしい程上がってる。
俺がいくら説得しても全然だめだ、あれは折れる気配を感じない。エステルに頼み込んでもそのエステルも背後に黒い炎みたいなのを背負って、剣みたいな形した杖を磨いてる。こえぇよエステル、その杖やっぱ剣だろ?
アッシュの方はもうあれだめだ、あいつ船に帰ってこない方がいい。ガイとティアがな…、うん……。
ジェイドも暫くネチネチ言うんだろうな、あいつ俺にも数時間に及ぶ説教してきやがった。師匠も一緒に叱ってくるから逃げられなかったし、足が痺れて死ぬかと思った。その横でアニスが指さして笑いやがるし! チクショー!


そんでナタリアだ、正直一番この件言い難かった。
けどあんだけ二人に啖呵切った手前、もう逃げる訳にいかない。そもそもあの二人が決闘したのは、俺が何時まで経ってもウジウジメソメソして決めなかったのが原因なんだから。
船を出て街のテラスに二人、話し終わった俺を鈴が転がる声で笑ったのはナタリア。

「まぁ、アッシュらしいですわね」

俺はこの日程ナタリアには勝てないと思った事は無い。あれを”らしい”で片づけちまった、アッシュお前将来絶対尻に敷かれるぞ。
カップをコトリ、と優雅に置くナタリアの指はいつも通りで怖いくらい。でもナタリアは直情型というか、俺と一緒で腹芸があんまり上手くないタイプだからまだマシだ。どっちかと言えば天然で策になってるって感じかなぁ、どっちにしろアッシュじゃ敵わないタイプには違いない。
深緑の瞳が貫くように俺を見つめ返す。まるで昔の、怒られる手前みたいな目で知らずの内にビビった。

「わたくしは現在のライマの、血筋という理由だけで政治の全てを執り行う体勢に疑問を抱いています。もっと民間から新しい風を取り入れ、皆で喜びも苦しみも分かち合いたいと思う事は幻想でしょうか?」

ナタリアは昔から民寄りの思想だったから、今更言い出しても俺はなんとも思わない。きっとアドリビトムで得た経験の数々から、自分でよく考えた結果なんだろう。けどこれは現王政の下で享受している側からすれば充分な反逆だろうな、…って王子の俺が言うのも変か。

「きっと反対されるでしょうし、逆賊だと罵られるかもしれません。上手くいかない事の方が多いでしょう。
けれど、今回の世界危機で人々の繋がりが生む強さを実感したのです。
今のライマ全てを変えたい訳ではありません。王政という一人の王だけに責任の負担を強いる今よりかは、出来る人間が出来る事をするだけでずいぶんと楽になると思うのです」
「ん、それは……」
「わたくしだって、直接的な助けだけでは届かない事を知っていますわ。支えになりたいと思っているのは、…皆同じなのです」

にこりと笑うナタリアは力強くて凛々しい。やっぱりナタリアは俺にとって婚約者っていうより、口うるさいけど頼りになる姉だ。
急に手を差し出され、よく分からずに俺は右手を出そうとする。コホン! とわざとらしい咳をするナタリアに気付いて、慌てて左手も一緒に差し出す。って片方だけで良かったか、これ。
ふふ、と吐息で笑って、俺の両手を両手で握ってくる。掌で包み込むようにして、ぎゅっと温めてくれた。ナタリアの手は小さくてすべすべしてて、こんな時なのに少しドキッとしてなんとなく心臓に悪い。

「……こんな話、あなたには酷な事だと思います。婚約者ですのに、不甲斐ないわたくしを許してください」
「いいんじゃねーの? 今の体勢で陽動されたとは言えテロが起きたのは事実だし、少なくとも以前通りにゃいかなくなる。俺だって王様だからって俺ばっか働くなんてヤだしさ。…それに、そっちの方が俺としても都合がいいや」
「アッシュとの事を気にしていますの?」
「アッシュも、かな。ユーリをライマに引き入れたいから。……人材って名目でなんとかなりそうじゃん」
「あら、いいんじゃありませんの? 国力が増強されて、貴方の心に安寧が訪れるなら言う事ありませんわ!」

嬉しそうにパァっと広がる笑顔に、俺も勝手に嬉しくなる。双子揃って、この顔に弱い。

「だろー? あとさ、婚約の件も悪いんだけど解消するから」
「ええ、分かっております。……本来ならわたくしから言わなくてはならない事でしたのに、ごめんなさい。貴方に我慢を強いてばかりで……」
「いいって、幼馴染だろ俺達。面倒なんかかけてかけられてでいいじゃん」

大袈裟なくらいに笑って、今度は俺からナタリアの両手を強く握った。笑顔で引っ張ってくれるナタリアに、感謝と親愛を込めて。……そしてこのあったかい手の平の庇護から去りゆく覚悟も、決めて。

「ふふ、ありがとう、ルーク」
「これから忙しくなるな。いっちょ本気だすか」
「まぁ、ルークがそんな事言い出すなんて、明日は雪が降るのではなくて?」
「んだよそれ! 俺だってやるときゃやるっての!!」
「ええ、そうですわね。期待していますわルーク」
「こっちもな、ナタリア」


共犯者同士の微笑みが、妙にキマって面白い。きっとこんな感情、ただの婚約者じゃ分からないままだったろう。だから俺達はこれでいい、押し付けられた関係性よりよっぽど健全だ。

降った雨は通りすぎて今はもう跡形も無い、でも匂いは思い出せる。そんな小さな積み重ねで人は生きていくんだろう、悟ったつもりになって諦めるにはまだ早いから。
知らないって事を知って、やっと立ったスタートラインは遅いけどなんとかやってけるだろう。だって一人じゃないし、生きてるから。
夢で見たような広い空を一人泳ぐのも気持ちいだろうけど、まだ俺には少し寂しい。せめてこうやって手を握ってくれる人が全部居なくなるまでは、お楽しみって事にしといてほしいんだ。


約束はきっと果たすから、もうちょっとだけ待っててくれるか。







inserted by FC2 system