さよならだけがぼくらのあいだ








9
コンフェイト大森林、平地林部の奥までやってきた。着の身着のままだったから、剣すら持って来なかったのはマズったかもしれない。入り口付近を探してもユーリは見つからなかった、もっと奥だろうか。流石に樹海部を一人で武器無しは無謀で、慌てても剣は持ってくればよかったと後悔した。
一応今のレベル差で中部くらいまでなら一人で行けるかな……、もしかしたらもう船に帰ってるかもしれないか。とにかく行ける所まで行ってみるしかねーか。 よく分からない焦燥感に駆られ、休む気もおきない。
とにかくひたすら走って、ヘーゼル村管理地の奥地まで来た時だった。

ダァン――!

「……っ、なんだ……?」

どこからか衝撃音、剣撃、……叫び声が聞こえる。
木々で反射されて、はっきりと位置は掴めないけどそう遠くない感じがする。それに今気づいた、魔物達が殺気立ってる。
ジルディアと共生してから魔物達の凶暴性も鳴りを潜め、討伐依頼の数が激減していたのをよく覚えてる。けどウルフやライネニールがこちらを伺って、今にも飛びかかってきそうだ。
ここで立ち止まるのは危険だ、残りの平地は星晶採掘跡地があって、それより先は一人じゃ行けない。跡地は行き止まりだから囲まれたらヤバイけど、イザとなれば拳で突き通るしかねーな。

楽観視してた俺は甘かったらしい、跡地へ足を進める程に剣撃の音は大きくなっていく。そして風に混じって香るこの匂い――、魔物達がなんでこうも騒いでるのか分かった。……血だ。
あまり血に慣れてない俺は正直これだけで気分が傾く。剣士のくせにって言われると弱いけどよ、ギルドの仕事は常にアンジュが見積もって危険が少ないようにメンバーを配置される。だからすんげー危ない目ってのにはあんまりあった事が無い。多分それは俺が王族だからだろうけどな。キツイ目は多分、ディセンダーとか荒事に慣れてるメンバーが担当してたんだと思う。こう思い返すと俺ってほんとに甘やかされてるな、……くそ。

血の匂いと剣がぶつかり合う音、あとなんか変な空気。上手く言葉にできないんだけど、肌がざわざわして粟立つ。魔物も動物達もそれに当てられてるのか、様子がピリピリしてる。
もしかして、ユーリが奥で戦ってるのか――?
ユーリはぶつくさ言いながらも困ってる奴を放っておけない性格だから、もしかして街で個人的に何か依頼を受けたのかもしれない。報酬を用意できなくてギルドに頼めない人の為にとか、ユーリならありえそうだ。
もしそうなら急がないと、ああくそでも俺丸腰だよ! これじゃただの足手まといじゃねーか! 俺のアホ!!
でも今から戻るのも時間が勿体無い、もし今ユーリがピンチだったりしたら――!馬鹿みたいに震えそうになる自分を叱咤して、とにかく駆ける足を早めた。いざとなりゃ体を張ったっていい、俺の悪運は意外と強いんだっての!

ヘーゼル村星晶採掘跡地近くまで来ると、叫び声が聞こえて驚いて足を止めた。アッシュだ、間違いない。それに……ユーリ?
二人の声がする、話し声なんてレベルじゃない。この森に入ってから聞こえてきた叫び声だ。どう考えても普通じゃない、一体何やってんだ……!?
朝からドンドン胸を叩く動悸が、今日一番に大きく強くなる。もしかしてアッシュとユーリが何かと戦ってるのか? この森は以前ケイブレックスが出現してたから、また現れたのかも……。ならどっちみち足を止めてる場合じゃない、とにかく急がねーと!!



跡地に辿り着いた俺は茫然とした。
魔物と戦ってるんだとばかり思ってたのに、いざ目にすればそんなのどこにもいやしない。居たのは体中から血を流し、地面を赤く染めても互いに戦うアッシュとユーリの二人だった。

「な、何やってんだ……?」

こんな光景到底信じられなくて、呟いた声は震えた。
ガァン、ギンギンと、鈍い音が空間を支配してる。使い手の二人は手も足も怪我しているのか、服ごと破けて肌蹴た部分も真っ赤に抉れているのが見える。アッシュは左手がもう使えてないのか、肩からだらりとさせて血と共に揺らしてるだけだ。ユーリも服が黒いのにそれでも分かるくらい腹から血を流して、足を辿って汚してる。
それを……あの二人が? なんでだ?
二人は俺の事なんか目にも入ってないみたいで、構わず血と剣を撒き散らしてる。アッシュが短い詠唱でユーリの足元を狙っても、フラフラと躱してアッシュに刃を向ける。剣の根本で鍔迫り合いをして、お互い力が上手く込められないのかすぐに離れる。隙を見てユーリがアッシュの足を刻めば、お返しとばかりにアッシュもユーリの肩を切り裂く。
言葉なんてもう判断つかなくて、ただ気合を入れるために声を出してるような迫力。
怖い、こんな二人を見たことが無い。
ユーリはいつだって飄々としてて、ちょっと皮肉屋だけど優しい。
アッシュは何時も眉間に皺をよせて不機嫌だけど、すごく真面目だ。
闘技場でも手合わせでも魔物との戦闘でも、他のどんな時でだって見たことのない二人の鬼気迫る姿が信じられない。ありえない! 意味わかんねー! 恐怖を無理やり怒りに変えて、俺は声の限り叫んだ。

「何やってんだよ二人共!! 今すぐやめろ!!」

ゼイゼイと、今まで走ってきた反動なのか逆にこっちが息切れする。なのに目の前の二人は無視だ、このやろー、本気で聞こえてないってのか!?
かなりの音量だったはず、聞こえてない訳が無い。けどもし本当に聞こえてないってんなら、余程集中してるのか。
アッシュはちょっと短気だけど後先考えない訳でもないし、ユーリは戦闘狂だけど仲間に剣を向ける様な奴じゃない。仲間同士でこんな、本気の殺し合いのような事するような二人じゃない。
なんとしても止めないと――!
剣を持って来なかったことを本気で後悔した。けどグダグダ言ってる暇は無い、素手で出せるだろ!

「いい加減にしろよ―― 烈震天衝ッ!!」
「……ルークッ!」
「お前……!」

二人が丁度相対し、剣を重ねたタイミングを狙って足元に叩きこむ。やっと俺に気が付いたみたいで、二人共剣を止めた。改めて二人を見れば頭から口からも血を流してるし、二人の綺麗だった長髪が血で汚れて見るも無残だ。

「悪いな、今ちょっと忙しいから構ってやるのは後だ」
「ユーリ!」
「今こいつと決着つけてるんだよ! 邪魔するんじゃねぇ屑!」
「アッシュ!!」

血が流れすぎてフラフラしてるのに、武器を握る手は緩めない。その手だって血まみれで、ユーリなんかは布で縛って固定までしてる始末だってのに。

「人の恋人を屑呼ばわりしないでもらえるか義弟さんよ」
「貴様に義弟呼ばわりされると背筋が凍る。二度と呼ぶんじゃねぇ!」
「おお、良い事聞いたな何度でも呼んでやるよ。義弟義弟義弟、可愛い兄ちゃんはオレが幸せにしてやるから安心して成仏しろよ」
「……貴様の口は存在が不必要らしい、首から上を纏めて消してやる!!」

カン・キィン! とまた俺を無視して再開する戦闘――、いや、殺し合い……なのかこれは。どう見てもやりすぎで、試合なんて生易しいもんじゃない。二人を取り巻く異様な空気もこれだけ近くでやっと分かった、殺気だ。本気でお互い殺そうとしてるのか……?
だってどう考えても出血多量だ、あんな風に動いてるのもおかしいくらいに。地面を改めて見渡せば所々が赤い絨毯みたいに草が染まって気持ち悪い。それでもどんどん二人から新鮮な血がぽたぽた流れて、その範囲を広めてる。俺やアッシュの髪は揶揄で血の色みたいだって言われる事があるが、こんな色だとは到底思えない。

こんなんじゃ……本当に死んじまう。どちらか? いや、両方共……。
アッシュとユーリが死ぬ? なんで二人が死ぬんだ、意味が分からねぇ、なんでそんな事になってんだ!

「止めろ! もう止めろよ二人共!! なんで二人して戦ってるんだよ!!」

叫び声は金切り声みたいにみっともなくて、混乱と酸素不足で頭が金槌でぶっ叩かれたみたいにガンガン鳴ってる。いつもの頭痛に近くて、瞳の奥が焼けるみたいに熱くなって気力すら根こそぎ奪われそうになる。
痛くって呻きながらしゃがみ込んで伏せると、それに気付いたのか二人の足音が止まる。霞む目でぼんやり前を見ると、剣を支えになんとか立っている二人が俺を見ている。いつものユーリならその目で俺に駆け寄ってきて、優しく声を掛けて背中を撫でてくれた。アッシュだって嫌そうにしながらも黙って傍に居て、収まるまで待っててくれてたのに。
血まみれの二人は何かに耐えるみたいにじっと動かない。耳鳴りが頭の奥で聞こえてきたけど、場面に相応しくない落ち着いた低い声が耳に入ってくる。それが二人の声だと思ったら、痛くなってる場合か! って思って頭を振って集中した。

「……お前の未来とライマの為に、こいつは生かしちゃおけねぇ」

アッシュ、何でライマと俺の話でユーリの生死云々出てくんだよ!

「ま〜た国の為ってか? 後ろからブツクサ文句言うだけの影ならお前が王様になれってんだ」

ユーリ、お前いつもそんな感じだけど今は煽るなって!

「フン、訂正してやる。俺がテメーを気に入らない、これでいいだろう」
「上等。オレもルークを泣かすアンタの存在が気に食わない」
「……ハン。この先貴様が泣かすんだろうが。そんな未来は俺が潰す」

ガァン! と耳に痛い音がまた始まって、それに合わせて頭痛も酷くなる。剣と刀が触れ合うたびにその音で脳みそ削られてるみたいに痛くってしかたない。二人だってもう動きがフラフラで、とても普段みたいなキレもパワーもない。子供同士が喚きながら素手でポカスカやってるみたいで、こんな時じゃなければ指さして馬鹿笑いしてやるってのに。

二人の言葉を聞いても意味がさっぱり分からなかった。戦う理由も、意味も何もかも。ジェイドやガイがわざと小難しく説明してんのかって時みたいに、考える事を放棄したくなってくる。
痛みで地面に爪を立て、土草ごと抉る。一度深呼吸するけど血の匂いがそれを邪魔して気持ち悪い、そして俺はじわじわと腹が立ってきた。頭は痛いし胃はムカムカするし心臓が絞られてる感じで、気分は最悪。

なんでこんなに俺が心配してるのに聞かないんだ、無視しやがるんだ。
王宮の家臣達が上辺だけで俺を馬鹿にして無視するのはもういい。それでも本当に俺の事を心配してくれてる奴らがいることを知ってるし、アドリビトムっていう拠り所もできたんだ。あいつらが居るなら例え将来、ナタリアと結婚して絶対俺の性に合わなそうな政治に身を潰したっていい。
けどだからこそ仲間達の、いやこの二人なら話は別だ!
決裂したと言ってもやっぱり大事な双子のアッシュに、崩れそうな自分を支えてくれたユーリ。
そのどっちを失っても、俺には耐えられない。
じゃあどうするんだ。俺はこのまま指を咥えて見てるだけなのか? 昔からずっとそうだった。大事な事は何一つ携わらせてくれず、ただ物事が目の前を流れるのを見ているだけ。無視されるのが嫌で癇癪を起こしても、結果が変わるわけでもなく結局傍観者のまま。
……そんな俺を、何より自分で許せるってのか?
んな事我慢できるかよ……。俺の大事な奴に何勝手やってんだふざけんなよ! こいつらを持ってくってんなら、まず最初に俺に言うべきだろうが馬鹿野郎!!

辿り着いた結論の前に、俺を苦しめてた頭痛が嘘みたいに吹っ飛んだ。その代わりみたいに体中が熱くなって、特に目蓋が燃えそうなくらい熱い。多分これすげー充血してる。ああそんなんどうでもいいんだよ!

顔を上げて戦闘を見ると、気力だけで続けてるらしい二人の佳境だった。
ユーリが右手から垂れた血を飛ばして、アッシュの視界を奪う。その隙を狙ってユーリは刀を振るった。
俺の頭は本当に何も考えてなくて、とにかく駆けた。ここ10年で一番の瞬発力だったと思う。
刃がアッシュに届く寸前、庇うように前に飛び出す。突然刀の前に出てきた俺を見て、ユーリの目が見開く。多分今のユーリの余力じゃその腕だって止められないだろうな、けど大丈夫だ。そんなの問題じゃねーから。
朝から積もりに積もった胸のモヤモヤやらムカムカを全て手先に込めて、俺はその場で思いっきり開放した。

「レイディアント・ハウル!!!!」

光のエネルギーが二人を叩きつけて、元々ボロボロだったのを更にボロ雑巾みたいにしてやった。
耳に痛いくらい静かで、魔物や動物達の音も消えちまってるのかと錯覚するくらい。その中でゼィハァと荒く息継ぎしてる俺の音だけが一人立っていた。二人は俺を真ん中にして、キレイに対称に倒れている。思いっきりやっちまったけど、ギリギリ気は失ってないみたいだ。それを確認した俺は、力の限り叫んだ。

「お前らふざけんなよ!! 俺の居ない所で勝手に俺の話すんな!! 二人して俺を無視してんじゃねぇこの馬鹿野郎共が!!!!
何が国の未来だ、俺の為だ!! こんなの俺をダシにしてるだけじゃねーか!!!
俺の生き方なんて俺が決める、弟だろうが恋人だろうが俺以外が勝手に進めてんじゃねー!!」

怒りも涙が出そうになるエネルギーも全部まわして怒鳴る。その音量に鳥達が一斉に飛び立ったくらいだ。スイッチを入れたみたいに騒ぎ出す魔物達もどうでもよくって、俺はまずアッシュをキッと睨みつけた。
服もボロボロで血まみれ、表情は呆気に取られてポカンとしてる。こんななっさけない姿今まで見たことない、何時もキリッとして隙を見せないようにしてたのに。

「ライマは俺が継いでやる、ナタリアとの婚約は解消だ。お前は右府に任命して内政を担当してもらうからな、今後はそっちの勉学を中心に受けろ!」

そして次は反対を向いて、ユーリを睨む。
ダメージはアッシュと同じ位なはずなのに、服装が黒くそれに紛れてるのかまだマシに見える。けどやっぱり無防備に口を開けてその顔は馬鹿っぽい。

「俺を諦めないならユーリはライマに来い、騎士団に入れて専属の騎士にする。 それが嫌ならガルバンゾに帰ってエステルの騎士やってろ!」

改めて二人を見回して、ハッキリ言い放つ。

「俺の提案が受けいれられないなら、俺はアドリビトムもライマも出て行く! いや、なんで俺が出ていかなきゃなんねーんだ、お前らが出て行け!
ともかく、この件はこれで終わりだ俺に口答えすんじゃねー!! いいか、分かったか!? 
……俺が第一王位継承者なんだぞ! 俺の言う事ちゃんと聞け!!」

言ってやった、バカヤロー!

息が落ち着いてきて、自分で言った言葉を思い返す。……ジェイドに聞かれてたら多分俺生きてないなこれ。今更肝が冷えた気がして、ぶるりと震えた。
そしたら足元から、堪え切れないようにぶはっと吹き出した声が聞こえる。ぎょっとなって目を開けると、ユーリが腹を抑えてうずくまりながらプルプルしてる。その声はクックッと、次第に大きくなって遂には爆笑しだした。それに釣られるように反対のアッシュも笑い出す。えっ、なんだこれ? えっ?

「く、はは…、っクク! 笑うと…は、ハラが……!」
「ふっ、くはは…! くそ、笑うたびに血が、ふはっハ、…はっく!」

出血箇所を抑えながらも、笑うのを止めない。以前ティトレイが間違って笑い茸を料理に混ぜちまった時みたいに異様な光景だが、今はあれの比じゃない。腕もロクに動かないアッシュは大の字で寝転がって、笑うたびにピュッと血が吹き出してる。……お、おいこれやばいんじゃないのか。いやまじで……。
イテェイテェと言いながら笑い声が絶えない。もしや出血多量すぎて頭がおかしくなったんじゃ……!
怒りが収まれば今度はこっちの血の気が引く。よく考えたら一人で二人を抱えれる訳が無い、あああなんで俺はこうも考え無しなんだよ馬鹿!!

「……ク! ルークー!」
「っ! ディセンダー!?」

少し遠いけど、今聞こえたのは絶対にディセンダーだ。飛び出した俺を追ってきてくれたのか! 助かった!!
近づいてくる足音に数人居る事が分かる、多分クレス達も一緒だろう。ヒーラーが居ることをとにかく祈って俺は慌てて駆け出した。
後ろから聞こえてくる笑い声も小さくなってきて、まじでやばいほんとに死んじまう! トドメをさしたのは俺だけど二人共死ぬなあああああああ!!







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