さよならだけがぼくらのあいだ








8
*ルーク

夢を見た。
高い空の上から、大地を見下ろしている。自分という境界が無くなって世界中の空気と解けている感覚だ。自由気ままに空を掛けて、鳥と並んで、海に潜って。大地に降りれば皆の笑顔が溢れて幸せそうで、俺まで嬉しくなってしまう。
どんどん大陸を横断していけばいつの間に辿り着いたのか、大きな国の大きな城。知らず心臓がドキドキしている、期待なのか恐怖なのか判断つかない。エレベーターを無視して駆け上がり、天にも触れんとする城をぐるりと巡る。けどやっぱり一番気になるのは城の傍に建つ屋敷だ。屋根の色を目にするだけでそわそわして仕方ない。
今の俺は『自分』が無いんだから、好き勝手に入ればいいのに何故かこの場所だけはそんな気になれない。ちゃんと玄関から入らねば怒られてしまう、――に。 だから俺は誰にも見えやしないのに人のカタチを作って、着きもしないのに地面に足を下ろす。
門番に軽く挨拶。っても見えないんだから意味ないんだけど、なんていうか慣習? 手をヒラヒラさせておー、ごくろう。とか言ってさ。玄関は残念ながらそのまま素通りで、メイド達がキビキビと働いてるのが見える。いつもは帰ってきたらズラーッと並んでるもんだから、なんというかこれも新鮮だな。すぐに――が現れるかと思ったけど、来る訳無いか。
ええと、それで勝手知ったるこの場所で俺はどこに行こうとしてたんだっけ? ――か、――に会いに……? いや、違うなもっと大事な事だ。そう、ちゃんと確かめなきゃいけない。――に全てを返せたのか。多分――には戻らないだろうからこっちに帰ると思ったんだけどな……。ここには――だって居るんだし。そうなるとやっぱ俺の部屋かな? 元は――の部屋だから……。
えーと、だから…………。――は…………。

ああ、――って、誰だっけ?





ガバリと跳ね起きた俺は全身汗でびっしょりで気持ち悪い。けどそれ以上に心臓の動悸がうるさくって、このまま破裂してしまうんじゃないかってくらい痛かった。痛い、苦しい、痛い――。震える両手を確認するように見つめれば、何故か安堵する。
ここ最近はよくこんな調子で、毎朝目覚めが悪い。いや、こんなハッキリ起きるって分にはいいんだろうか……。普段はひとしきりゴロゴロして、ティアやガイに怒られてから起きるってのが殆どだった。いや、この船に来てからは新しく迎えに来てくれる人間が増えたか。
……ユーリ。
ユーリの事を思い出すと、収まっていた動悸がまた違う音を立てて鳴り出す。大きな掌で頭を子供みたいに撫でられて、暖かな胸元で閉じ込められるように抱きしめられる。あの艶やかな低音が耳元で囁かれると、それだけで体温が1・2度上昇する。……って、朝から何を想像してるんだ俺は! ベッドの上で広げた両手へ頭を抱えるように突っ伏して、ジタバタと悶える。

だから違うって、そうじゃなくて……。最近毎日見る夢。ここルミナシアじゃない世界を空の上から飛び回って、毎回どこかの街の屋敷で目覚める。夢の中の俺は誰かを探しているようだけど、会えたためしが無い。いつもいい所で目覚めるからだ。けどこの夢は、なんとなくだけど分かるようになってきた。多分これはオールドラントの俺の夢だ。少し前まで俺の中に居たっていう、俺。

俺じゃない俺の事はよく聞くけど、正直知るかって言いたい。だって他の奴から聞く俺は、優しくって健気で一生懸命な良い子ちゃんだとよ。ほー、マジキメェ。
けど大抵の奴は最後にこう言いやがる。「でもやっぱりルークだよ、あっちのでもこっちのでも」とか意味わかんねーし。
オールドラントの俺が何やったのか知らねーけど、元に戻ると周りの奴らがやたらと構って来るようになるし、正直めんどい。あんまりにもうるせーししつこいから、仕方なく付き合ってやってるけどさ。俺はそんなのより、最近妙に勉強したくってたまんねーからあんまり時間取れねーんだよな……。ジェイドやリフィルに無理言って勉強見てもらってっから、クエストとか他の奴らに回してやれる時間が足りない。けど声かけてきてんのに断るのもなんつーか、悪くって。
なんか最近自分でも気持ち悪いくらい活動的で真剣に体が足りねぇ。ああー、城でダラダラしてた時にこの勉強やっときゃ多少マシだったのかな……。なんてくっだらない後悔とか、今更だ。

城での生活を思い出すと、自動的にくっついて思い出してくる。アッシュ、俺の双子の弟。てか双子なのに弟ってなんだよ、俺達一卵性なんだろ兄弟とか関係なくね? って今まで何度思ったか。けどそんな子供の都合があの城で通用する訳ねーし、俺は黙って受け入れてた。
でもアッシュは馬鹿みたいに優秀なもんで、俺をガンガン追い抜いていく。城内であいつが兄なら良かったのにって陰口を何度聞いたか分かりゃしねえ、家庭教師なんざ直に俺に言いやがるし。先に突出した才能と努力を見せたのがアッシュだから、後から俺が何やっても駄目出しされまくりで正直へこむ。それでも立場的には俺が兄で第一王位後継者だから、あからさまにこき下ろされたりはしなかったけど。でも正直影でコソコソやられる方がムカツクっつーの、あのクソ大臣やあの貴族とか、パーティでも父上やアッシュには挨拶するくせに俺だけ無視しやがるし。
あー、思い出したら腹立ってきた。
けどそんな城の生活でも我慢できたのは、ガイやヴァン師匠達が居たからだ。俺達を子供の頃から見てきてくれてたから、ただの優劣だけで全てを決めつけたりしない。そーいう奴は他にも意外と居て、ティアとかジェイドとか……。
だけどナタリアと勝手に婚約が結ばれてから、俺達の仲は亀裂が入ったみたいに悪くなった。城内でもナタリアとアッシュが恋仲だって知られてんのに、なんで俺が……。けどアッシュもナタリアもそれに抗議しやしない、怒ったの俺だけってどういう事だよ? いくらアッシュに詰め寄っても、これが国のためだってバッサリだ。ナタリアも似たような事しか言わねーし。なんなのお前ら、好き合ってんじゃないのかよ? 城内で見掛ける限りは、もうあの二人だけの姿は無くなるし。……まぁどっかで逢引でもしてたかもしんねーけどさ、ナタリアは結構アグレッシブだからな。
婚約者の話からアッシュは俺の事ブウサギでも見てるみたいな目で見てくるし、屑とかあいつとか言って名前呼んでくれなくなるし。あ゛ー、ちくしょう。

けどそれでも俺はアッシュを嫌いになれない。だってアッシュだって俺の事本当は嫌ってないって知ってるから。
俺の悪口言ってたメイドとか貴族とか、辞めさせたり出入り禁止にしたりしてたのを知ってる。辞めさせるってお前ちょっとやりすぎじゃね? って思ったけど、家庭教師を変えてくれたのは助かったからやっぱり言えねーし。
まぁよく考えたら俺の悪評って将来の妻のナタリアの評判に繋がるから、それを防いだだけだったんだけど。正直それでもほんのちょっとくらいは、俺の為でもあったりするんだろうなって双子の変な信頼感で勝手に思い込んでた。
アドリビトムに来てからの態度で、全然まったくそんな事ひっと欠片も無かったって分かった時は正直堪えたけど。てか真面目に泣いた。
そんな情けない場面を、ユーリに見られたのが事の初めなわけだが……。

ああ、朝からなんだよこれ?
なんで今日に限ってこんなに落ち着かないんだ。夢を見るまでは一緒でも、いつもはこんなに気持ちがざわざわしない。パラパラと画面が切り替わるみたいに、一つの事を落ち着いて考えられない。
毛布の中でうずくまって、とにかく二人の顔を見なくてはいけないと思った。いつもみたいにユーリの迎えを待ってたら駄目だ、今日は俺から会いにいこう。それで一緒に朝食を食べて、帰りの足でアッシュの顔を見るんだ。でもクエストに出てたりしたらちょっとまずいか、もう今からアッシュとユーリを迎えて食堂に行くか。うんそうだ、そうしよう。あの二人の仲は良いとは言えないけど、悪いって事でもない。アッシュはなんだかんだで外面はいいし、ユーリは大人で傍観者的な所もある。そう直接険悪になったりしないはずだ。
よし、起きよう! なんでこんな不安なのかグダグダ考えるよりも、まず行動しなければ。少し前の俺ではありえないこの気持ちを不審がるよりも、とにかく今は二人の顔を見て安心したかった。
シーツを跳ね除け寝間着を脱ぎながら立ち上がる。気付いたガイがびっくりした顔で近寄ってくるけれど、もう待ってられなかった。



「居ねえー! なんで両方どこにも居ないんだよっ!!」
「ルーク、落ち着けって」
「落ち着いてルーク。そんな頭掻き毟ってボサボサにしたらまたティアに叱られてしまうよ」

ロイドとクレスが一緒になって探してくれてるけど、食堂・部屋・甲板・リネン室・倉庫……どこにも居ない。アッシュもユーリも二人揃ってこんな朝から居ないってどういう事なんだよ!?

「ルーク様」
「フレン! アンジュは何て?」
「いえそれが、どちらもクエストは受けていないらしいんです」
「クエストじゃないなら、なんで二人共船に居ないんだ? フレン、お前はユーリからなんか用事聞いてるか?」
「いえ、特に何も……。アッシュ様は?」
「ジェイドに聞いたけど、何も言わず朝には部屋を出たってくらいしか……」

アッシュは自分の地位を理解してるから、一人で勝手に居なくなったりしない。最低限ジェイドかヴァン師匠には告げるはずだ。
二人の姿が見えないと分かると、とたんに胸の内に広がる不安が圧迫する。本当に体を苛んでいるみたいに、心臓が苦しい。ぎゅうと胸元を握り締める。
ギルドリーダーであるアンジュがカウンターに立ってからが、クエスト受付開始になる。深夜や泊りがけのクエストは事前申告だし、このギルドの人間は勝手に個人で受け負ったりしない。アドリビトムというギルドを大事にしているから。
それに今では戦闘系の依頼が減って、以前の様に殆どのメンバーが出ずっぱりになる事態も減っている。だから今では休暇も自由にとっていい事になってるが、それでも下船する時は必ずアンジュかチャット、誰かに告げるべしと厳しく言われている。
だから船に居ないのに誰も行方を知らないなんて、ありえるはずがないんだ。
そんな俺を元気付けるように、明るい声でクレスは慰めてくれる。

「あの二人なら一緒でも別でも変なことにはならないから大丈夫だよ。案外昼頃にしれっと帰ってくるんじゃないかな?」
「そうだって、ユーリがヘタこく事なんてないだろうし。アッシュがナタリアに心配かけるような事しないだろ」
「それは、そうなんだけどさ……」
「ユーリが帰ってきたら此方で説教しておきますので、今の所は部屋でお待ちくださいルーク様」
「……ああ、分かった」

正直納得いかないけど、俺の勝手でこれ以上みんなを振り回すのも心苦しい。浮かない顔の俺を心配そうに見つめるフレン達には悪いけど、今ちょっと胸が苦しくて顔を作れそうにない。項垂れながらすごすごと足を向ける。
エントランスに出た際、カウンターでアンジュと話してるディセンダーを見かけた。なんの気無しに声をかける。こいつの顔は広いからもしかしたら二人が声をかけてるかもしれない。希望を込めて二人の行方を尋ねるけど、帰ってきた答えはやっぱり「知らない」だった。やっぱり、素直に待つしかないのか? 考えすぎってならいいんだ、結局はこの広がる不安を打ち消したいだけなんだから。

「あ、でも……」
「ん? なんだよ」
「朝買い物で街に下りたんだけど、その時ユーリを見たよ」
「マジでかっ!? 何時?」
「んんと、2・3時間くらい前だったかな? あの道は多分……コンフェイト大森林への道だと思う」
「サンキュー!」
「あ、ルーク!?」

後ろで何か言ってるけど、待ってられない。俺はとにかくユーリだけでも会いたくて、すぐさま走りだして甲板を下りた。
アッシュの行方がまだ分からないのは心配だけど、ユーリと合流して一緒に探してもらおう。ユーリがいればきっとすぐ見つかる。
そしたらこの不安はただの杞憂で、くだらねーって笑い飛ばせるんだ。

とにかく、早く行かなければ――
ドンドンと心臓を叩く動悸を走ってるせいにして、俺はとにかく何も考えないようにしてコンフェイト大森林へ向かった。







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