さよならだけがぼくらのあいだ








7
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春先の太陽が斜めに見下ろし、一人待つ俺を嘲笑っている。下らない被害妄想もそれが力となるなら受け入れよう、抑えたり我慢する事も今日はもういい。
コンフェイト大森林の魔物や動物達も、物騒な気配を撒き散らす無粋な侵入者を恐れて遠巻きに見ているだけ。本能に従ってればいいだけの生き物は楽でいい、それ相応の無慈悲を嘆く脳みそも無いんだからな。
だが奴らはしがらみに藻掻く人間をどう思っているんだろうか、これこそ道化と笑うのだろうか。……ハン、馬鹿馬鹿しい。どうでもいいな、そんな事。

サク、サクと足音。呑気にいつもの調子でやってくる漆黒の男、ユーリ・ローウェル。ブラブラと左手に下げた刀が何時もより主張しているように見えた。
星晶採掘跡地、ジルディアとの共生の影響の調査が済んでからは、ここに来る人間もめっきり減った。ここで何かあったとして広い土地と木々で声は拡散し、森の魔物達が後処理をしてくれるだろう。

相対、ギロリと睨むもユーリの態度はいつも通りで癇に障る。それでも多少は表情が硬いと分かる程度には、緊張感は見えた。互いに距離を取り息を吐く。
一瞬あいつの顔が思い浮かぶ、だが俺はそれを振り切るように剣を抜いた。あいつも察し、刀を抜く。


森に響く剣撃音、腹立たしいが実力は大差無いか。相手のトリッキーな動きが、型にはまったアルバート流にとって多少やり難いのは運が悪い。ユーリのスピードはガイのシグムント流を思わせる。ガイと幾度か手合わせしていたのが功を奏し、今の所遅れは取っていない。
それにしたってこいつの剣さばきは使い手同様気に入らない、ヒラヒラ身を躱す動きがそっくりだ! 怒りを叩きつけるように魔王地顎陣を放つ。バックステップで逃げるユーリを、縫い止めるように叫んだ。

「自由は時として人を殺す! 地べたを這いずって生きる貴様なら充分知っているだろうが」
「家族ならそうならないって信用もできないのか? あんたは17年間、ルークの何を見てきたんだよ」
「貴様は欲目に溺れて都合のいい部分しか見ていない。好き勝手させて失墜し落ちぶれるくらいなら、最初から決まった栄光の道を歩ませるべきだ!」
「んな事、あいつを殺してまでする事かよ。そんなにやりたきゃお前がやれってんだ!」

それが出来るなら最初からやっている! 屑が!!
勢いに乗せた剣でどんどん壁際へと追い詰める。ガギン、と背後が無くなったユーリと至近距離で鍔迫り合い。
こいつの自分勝手な妄言は、たとえ他国の民だろうと勘弁なるものか!

「国っていうのはお前が思うほど簡単なモンじゃねぇんだよ!」
「そりゃ上の一挙一動に下の人間が振り回されちゃたまんねーさ。けど王様だって一人の人間だろうが、何も全部背負って血反吐吐きゃいいってもんでもないだろ」
「ハン、それが下町で貴族に反抗してた奴の台詞か? 自分に蜜が回ってきたとたん態度を翻すとは、ずいぶんだな!」
「暴利を貪ってる奴が気に食わないだけで全部の貴族が嫌いって訳じゃないさ。……アドリビトムでそんな屑だけでもないって分かったからな」
「結局それはテメーの情が入った贔屓だろう! 自分の意思だけであいつを振り回してやがるじゃねーか、自分はいいが他人は許さないって何様だ?」

こういう屑はライマにも居た。将来の地位の為に、俺やあいつに愛想と毒を吐く蝙蝠野郎だ。表向きは陛下に頭を垂れ従順に、だが第一王位後継者であるあいつを影でこき下ろしやがる。影として務めていた俺にはそんな嘲笑がよく届いていた。あれで俺に擦り寄ってやがるんだから笑える。
……そんな理不尽をあいつはよく耐えていた。王になる身として、事を荒立てぬよう考えたんだろう。それに甘んじた馬鹿が、声を大にして調子付く姿には反吐が出る。あいつはこういう時に厳しく処罰できない弱点がある。身内だとカテゴライズしてしまえば、どれだけ攻撃されてもそれを受け入れる。
俺はあいつに突き刺さる剣の数々を知っている。だからこそ、今まで受けた傷を反古にしようとするこいつの言動が許せない。
殺気を重ねる俺の視線を正面から受け止め、ユーリ・ローウェルは分かったような口をきく。

「……人間そんなモンだろ。誰だって、自分が好きな奴を優先したい。アッシュ、あんただってな」
「テメーみたいな利己主義者と一緒にするんじゃねぇ!! 反吐が出る!!」

その言葉は俺の奥底で燻っていた何かに火を点けた。したくても出来なかった数々を、他人事のように決めつけて主張しやがって。俺がどれだけ、何を耐えていたのかも知らずに!

血管が切れそうな鍔迫り合いを、刀身で絡めて跳ねさせる。ユーリの左腕が上がる隙を突いて至近距離から追撃するも、足元を払われてバランスを崩す。揺れた体勢を整えている合間に、ジャグリングで持ち直し刀から蒼破追蓮が放たれるのが見えた。
舌打ちして大きく距離を取るも、今度はユーリから近づいて来て薄い刀身が煌めいた。剣を盾に数回受けるが、衝撃で後ろ足がズレ下がっていく。
ムカつくが筋力ではあちらが上手か、防御に徹してチャンスを狙うなんてまだるっこしい事なんてしてられん。剣撃を受けながら詠唱を開始する。ざわめく空気を察したのか、ユーリは左に避けた。

『アイシクルレイン!』

氷槍の礫が幾重も降り注ぐ。冷気が周囲を襲い、行動自体を鈍らせる。黒髪の端を凍らせながら距離を取るユーリを追いかけて、その足元目掛けて岩斬滅砕陣を放つ。技自体当たらなくとも問題無い、次弾の掛かり手になればな。
石礫に目を細めた隙を狙って首元目掛けて剣を振るう。しかし足元から光る障壁が、それを防いだ。守護方陣によるカウンターを受けて、仕方なしに引き下がった。

ハァハァと、互いの呼吸がコンフェイト大森林に響く。ピリピリとした緊張感が体中を伝い、何時もより周りがよく見え体が動くようだ。それは相手も同じなのか、ニヤリと笑い返してきやがった。おまけに無駄口も叩きやがる。

「……あんたみたいに社会性を自分の欲求にすり替えちまうよりよっぽどいいと思うけど?」
「……なんだと?」
「ルークの不出来を蔑んでおきながら自立を否定して、影に徹するって言いながらあいつの言葉を聞こうとしない。本当は一人で立てないくらい依存させたいんじゃないのかお前」
「愚弄するか!」
「それ以前の問題だっつってんだろ!!」

奥底から湧き出る熱量を、思うがまま解き放つ。理性の紐を手放して開放すれば、自分自身でも見た事の無い自分を見た気がした。

「砕け散れ! 絞牙鳴衝斬ッ!!」
「……ッ!!」

地面が抉れるほどの踏込によって一気に距離を詰め、間髪入れずに秘奥義をぶち込む。普段のスピードを上回る動きで虚を突かれたユーリは、断続的な衝撃波をまともに浴び、血を吐きながら膝を突く。
初めて見るこいつの無様な姿に胸がすくかとも思ったが、それ以上にドロドロした感情が奥からどんどん溢れてきて、口に出さずにいられない。
今まで自制していた感情がままの言葉は、自分で思う以上に短絡的だった。

「……前々から、貴様は気に入らねぇんだよ!! いきなり現れたくせに理解者面しやがって!
貴様に、貴様なんかに俺達の何が分かるってんだ!!!」

気に入らない、気に入らない、気に入らない。
全てに分かった風な言い方も、さも信頼を勝ち得たと言わんばかりの態度も、あいつの隣に居る事も何もかもが。
何より腹が立つのは、まるで俺がそう言ってくるのを待っていたというそのムカつく面なんだよ!!
口内の溜まり血を吐き出し、ゆらり立ち上がるユーリには受けた以上のダメージを思わせない。くそ、追撃すればよかったぜ。

「っは、やっと本音が出てきたか?」
「……何?」

ユーリは左手に持つ刀を数度回し、ふいに向けた刀身で俺の正面を指す。それに乗せた視線が、何よりも覚悟を雄弁に語っていた。

「ガチガチに固まったお仕着せちゃんの言葉なんか聞いてられっかよ。
……オレはルークが好きだ、愛してる。だから、ライマから……いや、あんたから奪い取るぜ」
「……! そんな事を許せるか屑が!! 誰が許しても、俺は認めねぇ。特にお前には髪の毛一筋すら許さん!」

あからさまな宣言に、俺は怒りで目の前が真っ赤になる。
ライマに奪われるならまだいい、その横に俺が居るのは間違いないのだから。だが一個人にやれる程、あいつは安かねぇ。あいつは『聖なる焔の光』を授かるライマの第一王位後継者なんだぞ、こんなカス野郎に傷付けられる訳にいくか!
いくらルークがこいつに心預けようとも、最早勘弁ならねぇ。俺の髪のようにこいつを深紅に染めるまでは、この剣を収めるつもりは無くなった。

「……ユーリ・ローウェル。その生命を覚悟しろ」
「オレが勝ったら天国から祝福してもらおうかね」

空気の変化を感じ取り、柄を握り直す。独特の剣技・円閃牙からの繋ぎをガードするも、激しい斬撃からの衝撃で持ち手が緩む。それを狙っていたのか、空けた右手で殴るように剣を飛ばされた。空中へ飛んだ剣に一瞬目を奪われ、目の前で円閃襲落・峻円華斬と繋げられそれをまともに受けてしまった。
合間の拳で肋骨を折られたようで、体中に鈍い痛みが走る。胃の奥から熱い塊が駆け上がり、無様にも血を吐く。
いつの間にオーバーリミッツを開放したのか、キラリと光ったのは剣筋か奴自身か判断がつかなかった。

「閃け鮮烈なる刃―― 漸毅狼影陣ッ!」

ビキリと嫌な音が耳の奥で鳴り、どこから血が噴いたのかもあやふやだ。剣技に混じってキッチリと殺気も込めやがってクソが! 最初からその勢いで来やがれってんだ!!
みっともなく膝を折るなんざ許せず、剣を支えに意地で立つ。聞こえてきた軽い口笛で俺を馬鹿にしているのは充分に分かった、怒りで痛みが麻痺する。
ふらついた足を進め、崩襲脚で無理やり距離を詰める。予想していたと言わんばかりに受け流されるが、本命はそっちじゃない。空破絶風撃で一歩分隙間を開けると同時に詠唱開始する。それに気付いたユーリがチャンスとばかりに詰め寄るが、刹那にキャンセルを掛けて翻し、穿衝破でそれを潰す。浮いた中心目掛け、お返しとばかりに思い切り腹をぶん殴ってやった。
内蔵のダメージは見た目以上に体に響く。吹き飛ばされても上手くバク転で受け身を取ったが、その足がフラついているのが笑える。
しかし多量に切り刻まれた体で無理くり動いた此方にも、出血の追加ダメージだ。足からの血で滑りそうになるが、今の内ならまだ踏ん張れる。まぁそれも時間の問題だろうがな。

お互いの頭を潰すか、出血死でもするか。どっちにしろ碌な死に方じゃない。だがここで負けて譲るくらいなら、貴様を道連れにする覚悟も辞さないからなクソッタレが!







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