さよならだけがぼくらのあいだ








5
リタ達の作業は思ったより順調に進み、明後日にもルーク達の記憶を返そうという運びになった。
問題視されていた元の世界への道がすぐに見つかったというのが大きいらしい。ニアタとカノンノが探る中、か細い蜘蛛の糸のようにエネルギーの道が一本、ボルテックス内で確認されたという。
ディセンダーもその力が、二人を取り巻いたエネルギーに違いないと確信を得て、それに乗せて辿れば元の世界へ帰れるだろう。
記憶を取り出す作業も、元々ハロルドが構想していたという方法であっさりと終える事になりそうだ。相変わらずあの科学者は鉄板に針を無理やりにでも通すかの天才さだ。しがない剣士のオレには永遠に到達できそうにない。しかしそれが世界の危機も今回の問題も解決するんだから、上手い事回ってるもんだ。
ドクメントを調べていたリタは、もう少し詳しく調べたかったとぼやいていた。調査して変化した部分は、どうやら身体能力と記憶の所だけだったらしい。
オールドラントでのあの二人は、あっちで固有振動数と言っていたドクメントの一致によって成り立つ部分が多かったんだと言っていた。ルミナシアへ下りるにしても、同じでなければルークとアッシュでは成り得ない。けどこっちの世界の二人はただの双子であってドクメントの違いは当然ある。なので記憶がある間だけ、書き換えられたんじゃないか……。とあくまでニアタ達の意見ではあるが。
正直オレとしては胡散臭さ爆発なんだが、事実ドクメントが書き換わって一致しているんだから仕方ない。とりあえずは記憶を返した後の影響を心配するくらいか。
生涯を終えている二人のドクメントが一体どうなっていたのか正直気になりはするが、人の人生を興味本位で探るのは好きじゃない。その対象が別の世界とは言えルークで、既に終えた命なら尚の事。

マオやカイル達が興味深そうに訪ねていた話を横目で聞いている分には、あまり楽しそうな話は無かったみたいだしな。話が重くなりそうになると、大抵はアッシュが中断させていた。そんな時のルークが困ったような助かったような、眉尻を下げてアッシュを見つめていた顔をよく覚えてる。
ルミナシアのルークからは見たことの無い表情で、オレじゃない誰かに縋っているのかと思えばそんな思考に辿り着く自分をぶん殴りたくなる。
それなりに21年間生きてきて、オレはわりと自制が出来る方だと思っていたんだが、今更になってこんなボロを出すとは思わなかった。
――早く会いたい。



艦内を上げて二人のお別れパーティだと盛り上がった夜。
後に回していたディセンダーの帰還祝いも兼ねたせいか、殆どの人間が食堂に集まっている。けどあの食堂の広さじゃ拷問に近い、暑苦しすぎてやっぱり一部は乾杯だけして部屋にそそくさと帰っている。
オレとしてもさっさと戻りたかったが、エステルとフレンが離してくれずに何だかんだと最後の方まで残っていた。最早今の食堂は死屍累々祭で、酒を飲んだ一部の惨状がとにかく酷い。ガキ達はここぞとばかりに食ってはしゃいで、いや主に食ってるだけか。オレはとにかくもういい加減充分だろうと、隙を見てやっとこさ抜け出した所だ。
そのまま素直に部屋に帰ると、食堂から近すぎてすぐに連れ戻されるだろう。いっそ街にでも逃げるか……、考えながらエントランスを出ると、ライマ部屋への扉が目についた。
以前はルークを迎えによく通った扉だ。あいつは自分から動かない分、オレが尋ねるのを期待して待っていた。おせーぞ馬鹿! と膨れて言うくせにその顔は嬉しそうで、あの表情見たさにオレは何度だって足を向ける。
気が付けばオレはそこを通り、ルークの部屋の前に立っている。
無意識って怖いわ、というか欠乏症か何かかもしれねーな。
今この部屋は多分無人で、開けても朱金が膨れ面で迎えてくれる訳でもない。それなのにその幻影を求めて、オレは扉を開けた。

「……お前か」
「主役がこんな所で何やってんだよ」

誰も居ないと思っていたのに、予想外の人間が居て動揺した。
ベッドに座ったアッシュの膝で、穏やかな顔でルークが眠っている。言葉にせずとも”収まってる”感が、じりじりとオレを攻める。

「あんな馬鹿騒ぎに付き合ってられるか」
「まぁ、あれは最早ただの宴会だな」

世界の危機を乗り越えての宴会だから、多少タガが外れるのは多めに見てやってもらいたい。ただ自分があそこでもみくちゃにされるのは勘弁だが。
しかしアッシュは意外にもサラッと躱しているように見えたが……。普段の外面のせいもあるか、あまり気安く接する事が出来ないタイプのアッシュにはそれなりに大人しい挨拶だけだった。その分ルークには熱烈で、ロイドやシンク、カイル達の有り余る激励が集中していた。考えるとあれは囮だな、上手い事やるもんだ。
そのせいか膝で眠っているルークは疲れている様子で、グッスリだ。まさか酒をあおったなんてないだろうな? 
眠るルークの朱金をゆっくりと梳くアッシュの顔は穏やかで、外で見掛ける分には見たことの無い表情。ルークがオレだけに見せる表情が在るように、こいつ達だけの顔があるんだろう。……それは分かる、分かっちゃいるがその体はこっちのルークの物だという思いも切り離せない。
出来るだけ態度に出すまいと、しかし目は勝手にルークを見てしまう。それを上目で笑うアッシュに、些かムッとする。

「こいつは俺の物だ。お前が触るな」

今一瞬でオーバーリミッツゲージが溜まったのが分かった。言うに事欠いてなんだその台詞。

「お前の世界のルークはアンタのかも知れねーけど、ルミナシアでのルークは違うだろ」
「違うものか」
「ああ?」
「オールドラントでも、ルミナシアだろうと。
……俺とこいつがいるならば、俺達は二人でひとつだ。それは例えローレライでも世界樹だろうが違えようのない事実だ」
「そりゃあんたが勝手にそう思ってるだけだろうが」

フン、と鼻で笑って返すアッシュは余裕顔だ。こんな面、こっちのアッシュが見せた事も無い。経験を重ね、自らで辿り着いた答えを持つ者の余裕。
だがこいつの経験はあくまでオールドラントであって、ルミナシアじゃない。アッシュ本人の記憶は分かるようだが、知るのと体験するのとでは大きく違う。それをこっちで通用するとでも思ってんのか?

「お前がこっちのルークの何を知ってるってんだよ」
「そのままそっくり返してやる。
俺の記憶が無くなっても、この体に雫の様に残る感情は消えやしねぇ。俺はもう、間違えたりしない」

確信して話すアッシュが異様に腹立たしい。誰が何を間違えないだって? ふざけんなよテメェ、アッシュの記憶があるなら知ってる筈だろうが、こいつらの事くらい。

オレがルークを目に止めた最初のキッカケは、一人であいつが泣いてたのを偶然に見ちまったからだ。船を下りて人目につかず、声を押し殺してた。誰も見てないのに泣くまいと我慢してる。
船内での横柄な態度しか知らなかったオレは、小さな背中に普段の姿が見えず、最初は誰か気付かず声を掛けてみればルークで。
必死に誤魔化そうとしても腫れた目元にひくつく喉がバレバレで、オレはうっかり絆されてしまった。
あいつの周りの事は多少知っていたが、それをルークは何でもないって顔で好き勝手してたもんだから、そんな追い詰められてたなんて夢にも思ってなかった。それからオレはまた一人で泣いてんじゃないかと気になって気になって、他のことが手につかなくなる。
昔からああいう、自分は平気だって顔で無理する奴にどうしても弱い。嫌そうな顔するくせに絶対の拒絶はしない、そんなルークに構ってずぶずぶとハマってると気付いたのは大分後からだ。
自覚した後の行動は我ながら早かった。自分から告白して、OK貰うまでしぶとく食いついたな。あいつ自身、オレに寄りかかってたのを感じてたから勝算はあった。少しばかり卑怯くさいと思ったが、強引にでもいかなきゃあいつは動かない。

ルークはずっと、倒れそうな自分を寄せられる人間を探してた。あいつの不安がライマの継承者問題だったから、国の人間に弱音なんて吐けない。
望まれた期待とプレッシャーに、婚約者と恋仲の弟。心中察しろとまで言わないが、知ろうとすらしないアッシュ。
お前の何がルークとひとつだって言うんだ、お前が見てみぬふりをし続けたから あいつは弱り切ってオレに縋ってきたんだぞ。お前がルークを追い詰めたんだろうが! オレが手を取らなきゃ、あいつはずっと一人で泣き続けてたんだぞ!

「……っ」

全部ぶち撒けてやりたい衝動に駆られる。今までルークが苦しんだ分を少しは知るべきだと、言ってしまいたい。
だがオレは断腸の思いでそれを律する。何故ならその言葉は、何よりルーク本人が言わなくちゃならないからだ。あいつの苦しみはあいつの物で、それを勝手に他人が我が物顔で語る訳にいかない。これでは唯の嫉妬もいいとこだ。
……いや、まさしく嫉妬なんだろうな。
下らなくてつまんねー、恋愛小説でよくあるような類の感情。まさか自分がそれを味わう羽目になるとは思わなかった。初恋で感じる甘く焦がれるような淡い陶酔では有り得ない、黒く塗り潰されるようなこの気持ち。

ハァ、と聞えよがしに溜息を吐いて改めてアッシュを見る。アッシュはオレなんてもう居ない者として、無視してルークの髪を梳いている。
ここで捨て台詞だなんて絶対にしてやるかよ、オレの意思は行動で示す。
明日からが楽しみじゃねーか、お前の出方が見ものだな。こちらともう手加減はしない。文句を言うなら遠い世界の自分に言えよ、アッシュ。







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