さよならだけがぼくらのあいだ








4
*ユーリ

あれから数日、思うより早くあの二人はこのギルドに慣れた。
元々アドリビトムの人間は情が深い上、見た目では変わらない二人をよく構い連れ出しては慣らしてやっている。その筆頭とも言えるのがディセンダーだろう。あいつの足の軽さは相変わらずで、恐らく二人の記憶に関して少なからず責任を感じているんだろう。実際の所、オールドラントの記憶を呼んだのはあの二人なんだから、あいつに責任は無いんだけどな。

バンエルティア号で世界中をその目で見せてやり、今までの危機や出来事を教えてやれば、特にルークは嬉しそうに聞いていた。嬉しさが我慢できなくて隣のアッシュをガンガン叩いては叱られていた。何をそんなに感動するのか、まぁ確かに『世界を救った』って言えば聞こえはいいけども、それをあのルークがそんな素直に喜ぶ事なのかと思うと首を傾げる。いや、中身は違うんだからルミナシアのルークを下敷きにしちゃ駄目だろ。オールドラントのルークは短髪らしいが、体自体はこっちの体なんだから、如実に中身の差を感じるっちゃ感じる。
オールドラントのルークは自分の感情に驚くほど素直で、アドリビトムの皆を驚かせている。感謝や謝罪もその場でするし、好意もびっくりするくらい素直に口にする。こっちの知識もあまり無いってのに誰かの手伝いをしようとするし、ちっともじっとしていない。ルークがこんなだから、二人の中身が違うって話はすぐに受け入れられたのは良い事だろう。しかし今度はアッシュが問題児になっていた。
眉間に深い皺を刻んで腕組みしてれば、機嫌が悪いのかと思われて人を寄せ付けない。話しかければ別に怒っている訳じゃないって分かるんだが、何しろ愛想が悪い。元々あまり他人を信用せず、一人でなんでもしようとする性格なんだろう。隣にルークが居れば愛想担当って事でそっちに声を掛けるのも原因の一つだろうけど。

それにしたって二人は仲が良い。はしゃぐルークを後ろからアッシュが注意するっていう立ち位置は変わりないみたいだが、その態度には信頼と情が見える。
ルークとアッシュ、互いを信頼し合う相棒のような……いや、もっと深い間柄。医務室で言っていた「完全同位体」、一致するドクメント。
簡単に言えばオールドラントのルークはアッシュのクローンらしい。こちらの技術でもクローン体と言えどドクメントにはズレが生じるというのに、かなりの技術だとハロルドも感心していた。
元は一つの存在だという自覚が二人を繋げている。それは依存のようで違う、家族・親子ですら敵わない硬い絆の様に思えた。


そう言えば二人の件が決まってから、ライマに行っていたヴァンとアニスが急いで帰って来た時は、そりゃあ見ものだった。
帰艦した二人とエントランスでルークとアッシュがバッタリ鉢合わせたと思ったら、アッシュが問答無用でヴァンを斬り付けやがった。確か「やはり貴様のしぶとさはゴキブリ並だな死ねこの髭がぁーー!!」っと、いきなりオーバーリミッツだ。
その場で固まっていたルークはハッとなって、止めにはいるのかと思ったらやっぱり剣を抜いて泣きながらヴァンに斬りかかって行った。何故泣いてるのにそんな全力で殺しにかかってるんだお前は……。
オレは呆気に取られたってのもあるが、オールドラントの二人はやたらレベルが高く一人じゃ止められそうに無いなと踏んで傍観する事にした。ヴァンがお手玉みたいに天井をバウンドして地上に落ちる気配が無さそうな後ろで、真っ青になったアニスとアンジュが大口開けていた。まぁそりゃそうだろうな。
一緒にクエストに行ったディセンダーやクレス達が、あの二人の技量を絶賛していた。カンで動くルークをフォローするように、アッシュが攻撃の隙間を縫って相手を攻撃させないで倒すらしい。2対4でも広範囲の攻撃であっという間にカタが着くって話だ。一度お手合わせ願いたいね、ジュディとそんな軽口を叩いたのも笑い話だ。
流石にこれはオーバーキルなんじゃないだろうかって所で、ナタリア達が気付いて止めに入って終了した。レイズデッドちゃんと効いて良かったな、ヴァン。 なんでもオールドラントだとヴァンは世界中の人間とレプリカを総入れ替えしようとした主犯だったらしい。
ルークがヴァンを倒して世界は救われたらしいが……。確かに敵の親玉が自分の味方だったら正直ビビるだろうけど、一応ルミナシアの記憶もあるんだからちょっとは手加減してやれよと思わなくもない。 結局誤解が解けて、ルークは見事な土下座を披露した。ルークの土下座とか生きてこの目で見るとは思わなかったぜ……。ちなみに最初に斬りかかったアッシュは「悪かったな髭」と一言だけで頭なんて1ミリも下げなかった。お前ら二人でバランス取りすぎだろ。

そう、互いを支えあい助ける様に添う二人を苦々しく思ってしまうのは仕方ない。
双子の仲を修復する計画からロクにルークと触れ合えず、正直イラついてはいた。だがルークがアッシュとの事を気にしていた事も知っていたもんで、上手くいけばいいな程度に見守ろうと思っていた矢先にこれだ。
この二人はルミナシアの二人じゃないんだから、オレがイチャモンつける訳にいかない。頭では分かっちゃいるんだが、外見じゃ全く変わりの無い二人を見て、心静かにいられる程オレも大人じゃなかった。
基本的に二人の事はディセンダーに任せちゃいるが、完全に知らんぷりもできやしないオレはちょくちょく船内で探しては、勝手に自分で精神ダメージを受けてばかりだ。オレとルークが恋人同士だと知っている数人は、同情顔で肩を叩いてくるもんだからうっかり秘奥義が発動しちまったりしてそれも問題だ。



甲板で自制を改めて叩きなおしていたら、丁度ルークとアッシュが帰ってきたのか、タラップを上ってきた。偶然にもパチっとお互い目が合うと、ルークは満面の笑みで駆け出し、オレに向かって来た。
こんな調子のルークを相手にした事なんて無かったから、逆にオレは戸惑ってしまう。目の前で足を止めるのかと思ったら、ルークは勢いそのままでオレの胸に抱きついてくる。
ルークからの抱擁とか、何時もならとんでもないご褒美だってのに素直に喜べないオレは自分を叱咤する。このルークは確かにルミナシアのルークでは無いけれど、記憶自体はあるんだから完全に違う訳でもない。中途半端な類似性がオレを答えの無い混乱に突き落とす。

「へへっ、ユーリただいま!」
「ああ、怪我とかねーか?」
「全然よゆーだって! ディセンダーもナタリアも居たんだから、むしろヌルいくらいだったぜ」
「そっか、この世界には慣れたか?」
「オールドラントとは全然違って、まだちょっと上手く掴めないトコはあるけどさ。まぁ最初よりかはマシって所だな」
「そりゃ良かった」

後から上がってきたナタリアが、オレとルークを見て微笑ましそうに笑う。

「まぁルークってば、まだ報告もしていないのにすっかり終わったつもりなって。依頼は完了報告までが依頼でしてよ?」
「いいじゃない、最近は私達がルークを引っ張り回しっきりだったからね。報告は私達がしとくよ」
「それもそうですわね……。ではアッシュ、この後お茶でもいかがです?」
「ああ」
「悪いなアッシュ、先行っといてくれよ」

その言葉に返事は無く、無視したかに見えるがルークは特に気にする様子も無かった。あの態度が普通だとお互い分かってるんだろう。何時ものルークならアッシュに無視されると地味に凹んでるんだけどな。

「ごめんな、本当はこっちのルークはユーリの事が好きなのにアッシュにばっか構っちまってて。でも今この時だけだから、ちょっとだけ許して欲しい」
「オレは別にいいさ。……それにしても、ルークから好きって言われたの初めてだな」
「そうなのか? 俺の中にある記憶だと、ユーリの事すげー好きだぞ」
「そ、そうか」

オールドラントのルークは誰が見ても分かりやすい程健気だ。だがルミナシアのルークだって素直な所はあり、粗暴な行動以上に心の底では優しかった。ただ分かりにくいだけで、見る側が見ようとすれば充分な程に。それを素直じゃないと言われてしまえばそれまでだが、あいつの立場もあってそんな単純に片付けられる事じゃない。
それでも世界の危機が去り、少しずつでもいいから自分も変わりたいと言っていたルークの頑張りをオレは知っている。だからこそ、エステルの計画にも文句を言わず付き合ってたってのにな。
それをこのルークは、障害とも思えない軽さで飛び越える。
ありがとう、ごめんな、大好きだぜ。
あいつだと言おうとする事にまず足を止め、この程度を言えない自分に失望する。そんな姿を幾度見てきた事か。オレ自身、ルークから直接こうもハッキリと好意を口にされたのは初めてだ。
ルークの記憶を正しく読み取るルークの行動は、恐らく他人のオレが思うよりはきっと正しいんだろう。二の足を踏むあいつの後押しをしているんだ、あいつの内情を知っているならそれは簡単に出来る事じゃない。
だから今の言葉は真実でオレにとっても嬉しい筈なのに、何故か素直に喜べない。 最近はこんな気持ちになってばかりで、いよいよ自分が嫌になる。


「こっちの世界の空は、本当に澄んでてキレイだよな。バンエルティア号も結構早いけど、アルビオールのスピードならもっと気持ちいいんだろうな」
「こんだけ船員がいりゃ仕方ないさ。チャットにでも頼んで、小型飛行船でも用意してもらうか?」
「無茶言ってやるなって! 本当は見れるだけで充分なんだからさ」

ルークはよく空を見ていた。あっちこっち忙しそうに動いてる隙間を縫って、気が付けば甲板に出ている姿をよく目撃される。
きっと元の世界で色々あったんだろう。子供のように無邪気な割に、時折妙に達観した態度も見せるルークをそう思わせるのは簡単だ。
オレはリタから聞いた話を思い出していた。

リタはオレとルークが恋仲である事を知る一人だ。だから今回の件で、ますますルークと一緒に居れないオレを憐れんだんだろう。ニアタから極秘だと言われた情報を教えてくれた。
世界樹の受け継がれる種子。それに含まれる記憶達は、生者の物は含めない。生涯を終えた存在のみが受け継がれる役目を負う。
……つまり、オールドラントでのあの二人は既に死んでいる存在だという事。
姿や歳も、こっちのルーク達と同じだと本人は言っていた。つまりあっちのルークとアッシュは、17歳で世界を救って死んだって事か。……つまんねぇ英雄譚だな。
二人の終わりの記憶は、死んだ瞬間で途切れていたらしい。だからこそアッシュはあの時戸惑っていたんだろう。死んだはずの自分が何故、と。
二人の記憶は死者の記憶、オールドラントから記憶のコピーが流れ着いたのではないかとニアタは語ったらしい。けれど本当にコピーなのか確かめる術をオレ達は持たないし、やっぱり人格がある記憶をこっちの都合で消しちまうなんて目覚めが悪いってんで、リタ達は記憶を返す方法を模索している。
本人達は自覚してるってんで別に極秘でもないんだが、本当は死んでるなんてわざわざ言い回らなくてもいい話だ。下手な同情なんて、余計に失礼なだけだ。


ルーク達はこれが泡沫の夢と知りつつ、その夢を楽しんでいる。
記憶をオールドラントへ返したって、還る体なんて無い。けれどこんな奇跡滅多にあるもんじゃないんだ、楽しんだってバチは当たらないだろう。
だからこそオレは、この身を燻る自分勝手な嫉妬を押さえつけなくちゃならない。年上としての矜持ってのももちろんあるが、あいつの弱った手を選び取った以上、それを助けてやれる事には反対したくない。
……こうやって自分の中で何度も言い聞かせなくちゃならないってのが、まだまだ惨めたらしいのかもしれないな。







inserted by FC2 system