さよならだけがぼくらのあいだ








3
「すまない、待たせた!」
「何々、なんか大変な事になってるって?」
「ちょっとハロルド、嬉しそうに言うんじゃないわよ!」

廊下に居るみんなをかき分けて、ガイ達がやってきた。ハロルドがちょっと嬉しそうで困る。簡単にジェイドから事情を説明して、二人のドクメントを展開することになった。起きたばっかりで体は大丈夫かなって思ったけど、アッシュはピンピンしてるから平気かな。
ハロルドとリタをちょっと不審そうに見るアッシュと違って、ルークは完全に無防備だ。いや、相変わらずライマ以外の認識が無いっぽいのは変わらない。多分ジェイドの言葉を全面に信じているんだろうけど。

それじゃいくわよ〜。事態のわりにいつもの調子のハロルドの声がちょっとだけ私の気持ちをなごませる。多分、このドクメントの展開が決定的になるんだろうな。よく分からない予感がした。

「……これは」
「どういう事? どうしてドクメントが一致してるのよ!」
「オマケにこの二人ドクメント、変わっちゃってるわね。以前見た時と違うわ」
「どういう事だ!? 別人って事なのか?」
「全部が全部書き換わってるワケじゃないわ、基本部分は同じよ。後で確認してみないとどこが違うのか分かんないケド」
「それも変だけど、ドクメントの完全一致ってのが有り得ないわよ! こんな事起こるはずないのに!」

一応ドクメント展開ができるようになってから、興味で自分のドクメントを診てもらうのがアドリビトムでも流行ってたから、多分二人も診てもらってたんだろうけど……。でもどドクメントが変わってるっていうのは私じゃ分からない。元を見ていないっていうのもあるだろうけど、ドクメントは情報を読むだけでも知識が必要だから。
それに比べてリタの言うことは、私でも分かる。
カノンノや自分のドクメントを並べて見たこともあるので、似ている所はあるけど、模様とか線とか、生きてるものそれぞれ別物だって言うのは知ってる。なのに、展開された二人のドクメントはどこをどう見ても、全く一緒。模様、色、線。コピーでもしたんじゃないかってくらい同じだった。
目に見えて知らされる異常に、改めて場の雰囲気が凍りつく。記憶は変だし、ドクメントも変。でも全くの別人ってはず無い。だってこの目で見てたもの。

「……おい、もういいだろ」
「え、ああ。ゴメン、疲れた?」

アッシュが煩わしそうに言う。やっぱり本調子じゃなかったのか、負担が大きかったのかな。アッシュは隣のルークをチラリとうかがっていた。それに気づいたルークが目で返して、ごめんって言ってるように見えた。離れて見てた分、なんとなく二人が言葉無く会話してるって分かった。多分本当はルークが先に疲れて、それを察したアッシュが口にしたんだろう。

「……貴方達は何故自分達がこうなっているのか、心当たりはありますか?」
「ドクなんたらが一致しているって件か? ……その言葉が振動数と同じ意味だと言うならば分かる。俺とコイツは完全同位体だからな」
「完全同位体?」
「俺がアッシュのレプリカだって事」
「……レプリカ? クローンの事?」

どうにも、単語の意味がお互い通じなくって話が進まない。ただ二人にとってはドクメントが同じってこと事態は、おかしいことじゃないみたいだ。
私は全然意味が分からないのに、ジェイドやリタ、ハロルド達の顔はどんどん険しくなっていく。誰か私にもわかるように説明してほしい。


「お待たせしました、大佐」
「我々を呼んだという事は、何かあったのかね」

ティアとニアタがやってきた。ふわふわと浮いた機械にルークがびっくりして、口をぽかんと開けている。前々からルークは年齢のわりに反抗期の子供っぽいと思っていたけど、今のルークはそれよりもっとリアクションが幼く見える。
二人の前を浮いて、機械的な声で喋るニアタ。ものすごく興味を惹かれてるみたいで、ルークはニアタをマジマジと見ている。瞳の輝きは足りないけど、機械を前にしているガイやチャットみたい。

「ニアタ、貴方の見識をお借りしたいのです。まずはこの二人の身元を聞いていただけますか」
「ああ、我々で分かる事なら」

ハロルド達が来る前に分かったことを改めて説明する。何度聞いても聞いたことのない地名に、名前。でもニアタは何か心当たりがあるのか、機械の見た目では分からないけどときどき意外そうに声が漏れた。
少し考えこむと、私の方を向いてボルテックスで何が起こったのか詳しく話してほしいと言う。私はできるだけ詳細に話して、碧色の激流に飲まれた時以外は二人から目を離さなかったと伝えた。
私の話を注意深く聞いて、ニアタは確信したように言う。

「恐らく今の二人の中に、別世界のアッシュとルークの記憶が入っていると考えられる」
「別世界の……二人?」
「このルミナシア以外にも、様々な世界があると説明しただろう。グラニデのカノンノ・イアハートや、パスカ・カノンノのように」
「そういえば、グラニデにもルークや俺達が居るってイアハートが言っていたな」
「何故記憶が入ってしまったのかという理由だが、ここからはあくまで予想からの推論だという事を念頭に置いて聞いてくれるか。
ボルテックス・ボトムは一度原初の世界樹へと繋がった。原初の世界樹、つまりオリジナル・カノンノへの道は全世界の記憶と記録の道だ。その道を通って、二人に関連した記憶が呼ばれたのではないかな」

ニアタの言葉に、あの時カノンノの意識へとダイブしたことを思い出す。潜っていく途中に様々な世界の記憶の道が見えた。それらを辿った先にいたのが、原初の世界樹。

「ちょっと、今まで何度もあの場所を通ったけど、こんな事一度も起きなかったわよ」
「うむ、本来オリジナル・カノンノへの道はカノンノ本人にしか辿れないはずなのだ。だが最近、ルミナシアとジルディアが共生する様になって、ラングリース周辺の地場が時折不安定になっているのを観測していたのだよ」
「この世界になって以前と変わった地域は山程報告されてるけど、んな報告聞いてないわよ〜?」
「例え地場が乱れていようともあそこは特殊な場所だ。そう異変が起こりえる筈は無いと思って言わなかったのだが……」
「特殊な場所だからこそ、特異な事が起こったのでしょうね」
「ディセンダー、粒子が吹き出した時に感じたという力は、この世界で感じた事の無いエネルギーだと言ったね」
「うん、あれはマナじゃなかった。魔力に近い感じはしたけど……ただ、危険な感じはしなかったんだ。二人を傷つけるって言うより、包み込む感じがしたよ」
「恐らくそれはこの二人の世界のエネルギーだろう。呼ばれた記憶をエネルギーに乗せて世界間を渡り、それをまともに浴びて二人の記憶に固着したのではないだろうか」

なんとなくだけど分かってきた。
原初の世界樹へ行った時の道を使って、この二人の世界の記憶がルミナシアへ呼ばれた。喧嘩してた時のゆらぎが、それだったんだ。
そしてグラニデにカノンノが居て、そのグラニデにもこのアドリビトムのみんなが居るみたいに、別の世界にもアッシュとルークが居て、今その二人の記憶が入ってる。
けど、それだと元の二人はどうなっちゃうの?

「二人とも、心を落ち着けて自分の記憶を探ってみてくれないか」
「え? 記憶を探るって、どうやって……」
「今からルミナシアでのアッシュとルークの事をお話します。それを頼りに記憶を探ってください」
「……ッチ、面倒くせぇな」

嫌そうな顔をするアッシュに、ルークが困った顔してたしなめる。まるでいつもと逆だ。
それからジェイドはライマでの二人のこと、テロのこと、アドリビトムに来てからのことを話した。聞いている間の二人は、ものすごーく嫌そうな顔して、特に今まで大人しくしてたルークはこぶしをぶるぶるさせていた。その様子は以前のルークが怒りや不満を爆発させる寸前によく似ている。

「落ち着け。お前と大して変わってないだろうが」
「俺こんなだったっけ!? ……こんなだったなぁ……。そうだよなぁ……」

すると今度はアッシュがルークをなだめてる。でも優しいなだめ方だ。しょげだしたルークを見る目も優しげで全然アッシュっぽくない。違うかな、アッシュがナタリアを見る時にちょっとだけ似てる。

「あー、なんかある。これの事かな」
「子供の頃の記憶の様な遠い感覚で、俺が体験した事の無い記憶がある。……まるで他人の自伝を読んでいる気分だ」
「はー、なんかこっちの俺も結構苦労してんだなぁ」

目をつむって答える二人は本当に他人事っぽい響きで、ニアタの推論が正しいことを証明していく。けど、一応元の二人の記憶はちゃんとあるみたいで良かった。

「別世界の人間なのに、言語がルミナシアの物だったろう? 恐らくルミナシアの記憶をデータベースにする為、無意識に元の記憶を保護したのかもしれないな。
同一人物だったから出来たんだろう、運が悪ければ記憶が単純に上書きされて、もう二度と戻らなかったかもしれぬ」

恐ろしいことを言う。同じアッシュとルークでも、グラニデのでも別世界でも、 それはルミナシアの二人じゃない。同一人物だからって勝手に統合されるなんてたまったものじゃないよ。
でもそうなるとこの二人もいい迷惑だよね、勝手に呼ばれちゃったんだもん。

「んじゃ俺がこの体に居る以上、元の俺が出てこれないって事か」
「そうだね、それに他世界間とは言え同一存在だから異常が起こっていないだけで、一人の体に二人分の記憶があるのはかなりの負担が掛かるだろう」

それってつまり、この二人の記憶を消さなくちゃいけないってことだよね。それは大丈夫なのかな? その、どっちの二人にも悪い影響がいったりしないだろうか。
他のみんなもちょっと気まずそうな顔をして、アッシュとルークを見下ろす。そりゃ大事なのはルミナシアの二人なんだけど……。

「……フン、俺の記憶は俺だけの物。こっちの俺も迷惑だろう、さっさと消すなら消せ」
「俺も奪ってまで生きるのは嫌だしな。サクッとやっちゃってくれよ」

アッシュはやっぱりつまらなそうに吐き捨てて、なんでもない風に装う。隣に座るルークの顔も、こっちが思うより明るくて拍子抜けしてしまいそう。
けど、アッシュはさり気なく右手を下ろして、隣のルークの左手にそっと添えたのが見えた。触れたのだから分かるはずなのに、ルークはそれを払いのけないし、握り返しもしない。私の勝手な感想だけど、またアッシュが慰めているんだろう。態度に出さずに傷付いてるルークを。

「ちょっと待ってよ、消すなんて言ってないでしょ。元の世界に返すにしたってそんなすぐに出来る訳ないし、あんた達の世界の道を見つけなくちゃなんない。 そもそも記憶だけを取り出す方法も考えなくちゃ……」
「記憶を取り出す方法は私に任せてくれない? 別件で考えてたのが使えそうだし、実験としてやってみたいわ」
「元の世界への道は我々がなんとかしよう。カノンノにも手伝って貰わねばな」
「それじゃあ私は変化したドクメントを調べてみるわ。記憶が違うだけなのにドクメントにまで影響してるってのが気になるし」

ハロルド・リタ・ニアタ達が着々と取り決めて、アッシュとルークはこのままギルドに置くことになった。どっちにしろ今はどうにもできないんだし、別人とはいえ本人なんだから(ややこしい)当然といえば当然。
二人は素直に喜んでいいのやらって顔をしていた。考えてみたら二人にとっては全員知らない人たちだから不安になるのも仕方ない。こっちの都合に合わせてもらうためとは言え、不便を強いるのには申し訳ない気持ちになる。
できるだけ困らないように、精一杯フォローしよう。動くことしかできない私にしてあげらることって、それくらいしかないもの。

「アッシュ、ルーク。手始めにルミナシアを案内するよ、私が言うのもなんだけどすごく素敵な世界だからこの機会に見ていって欲しいんだ」
「俺は別に……」
「そうだなぁ、見てみたいかも。あ、闘技場とかあるかっ!?」
「貴様は脳天気すぎなんだよ屑がっ!!」

あ、やっぱこういう所はアッシュとルークだね。それにしてもこっちのルークも闘技場がお気に入りだったけど、あっちのルークも好きなんだね。王子様が闘技場? って不思議に思ったけど、人死にが出ない戦いは好きらしい。ルークらしいや。あっちのルークはなんて言うんだろう、後で聞いてみよう。

「外出を制限するつもりはありませんが、貴方達のこの世界での立場も考慮に入れて行動してくださいね」

さり気なくクギを刺すジェイドはもういつも通り。他のみんなはまだちょっと不安そうだけど、とりあえず元の二人は無事だと分かって一安心って所。
でも本当に大変なのはこれからだ。ギルドのみんなに事情を説明して、二人にこの世界の事を教えて……やることがいっぱいでまた忙しくなりそう。
元々の『双子ちゃん仲良し大作戦』からとんでもなく大事になってしまった。

その時ふっと隣が動いて、ユーリが静かに部屋を出た。
医務室はまだアッシュとルークに注目がいっているから、声も掛けずに気配も消したユーリに気付いた人は他にいない。残念ながら表情は見えなかったけれど、なんとなく落ち込んでるんじゃないのかと私は思った。
ルークを助けられなかったことを落ち込むならば私にも責任がある。後でユーリにも声をかけておこう。
でもアドリビトムのみんなが力を合わせたなら、きっと出来ないことなんかない。ラザリスの時のように、少しづつでも解決に向かえるだろう。そして終わった後にあの時は大変だったね、と笑い話になるんだ。
まるでつがいのような今のアッシュとルークを見て、その時を手繰りよせるのはそう難しくないだろうと予感した。








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