さよならだけがぼくらのあいだ








2
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医務室で静かに眠る二人、それを見つめるライマのみんなの空気は重い。ヴァンとアニスは本国へ報告に戻っているらしい、タイミングが悪い。帰ってきてすぐ、二人が倒れたと伝わって船に残っている皆が医務室へいっぱいになるほど押しかけたんだけれど、邪魔だって言ってナナリーに叩きだされてしまった。外の廊下でざわめきが静まらない。特にクレスやロイドが心配していた。
ライマのみんなはもちろんだけど、ジェイドの表情も暗いのは怖い。そりゃライマの軍人として王子が二人揃って倒れたのはとんでもないことだろうけど、私個人としては、それ以上の心で心配しているんだと思いたい。
ただの怪我とかならここまで心配しない、目覚めない原因が分からないっていうのが大きい。一日立ったわけじゃないけど、何が起きて二人が目覚めないのか分からないのだから楽観視は出来ないってアニーも言ってる。
世界樹、どうかこの二人が無事なように……。何もできない私は初めて祈るなんて似合わないことをした。

「……ん」
「っ、アッシュ? わたくしが分かりますか? アッシュ!」

祈りが届いたのか分からないけ ど、アッシュの意識がぼんやりだけど戻ったようだ。緊張の糸が緩んだみたいで、ナタリアの声は少し震えてる。
二人同時に倒れたんだから、アッシュが目覚めたならルークも目を覚ますだろう。そう信じたい。
きれいな碧色の瞳をパチパチさせ、まぶしそうにナタリアを見つめている。その眉は怪訝そうにひそめられて、おぼつかなそうに首をふる。そしてはっきりとナタリアを意識すると、アッシュの口から出た言葉はとんでもなかった。

「何故ナタリアがここに……?」
「アッシュ? 何を言っていますの?」

アッシュの言葉に、ハテナでかえすナタリア。私も正直意味がわからない。だって、アッシュの口ぶりがなんていうか、本当にどうしてナタリアが居るのか分からないって感じだったから。

「いや、そもそもここはどこだ? 何故お前達がいる」

ナタリアの後ろに控えていたガイとティアを見て、やっぱりそんなことを言うアッシュ。それを聞いたライマのみんなは驚いて息を呑んだ。
アッシュは後ろ手をついてベッドから出ようとするけれど、ナタリアがそれを押しとどめる。心配そうなナタリアの瞳に、アッシュは立つのをとりあえずは止めて起き上がるだけにとどめた。
キョロキョロと周りを確認しているアッシュの顔は、どちらかと言えば不審そう。特に私や、ユーリを見る目があきらかに警戒してる。出会った時でもそんな目を向けられたことがなかったのに、私は知らずに小さなショックを受けた。

「俺は確かに死んだはずじゃ……」

小さな声のささやきだったけど、近くにいたナタリアと私には聞こえた。

「アッシュ! そんな簡単に恐ろしい事を仰らないでください。わたくし達がどれだけ心配したか……!」
「す、すまないナタリア……」

ナタリアは完全に涙声だ。その迫力にアッシュはうろたえて、素直にあやまっている。その姿はいつものアッシュにしか見えないんだけど、どうにも違和感が消えない。なんだろう、ボタンをかけちがえたみたいにすごく変。でも何が変なのか分からない。

「ナタリア、すまなかった。ところでその、あいつは……」
「アッシュ?」
「あいつはどこだ?」

あいつ。アッシュの表情は真剣で、できれば答えてあげたいと思ってしまう程だ。でも残念ながら”あいつ”じゃ分からない。アッシュは短気だけど、王族教育を受けているので他人を”あいつ”呼ばわりしない。乱暴に呼ぶのはむしろ近しい人間に対して。ほんのすこしルークのことがちらつくけど、今アッシュの口から出た”あいつ”とは、なんとなくニュアンスが違う気がする。いつものアッシュならもっと乱暴っていうか、悪く言えば見下してるっぽく言う。
アッシュの言う”あいつ”は、とても大事そうな響きがした。

「アッシュ、お前大丈夫か? やっぱりどこか頭打ったんじゃないのか」
「私達の事、分かる?」
「見れば分かる! お前達がいるなら、あいつも一緒だろうが! どこにいやがる」

ガイやティアが心配そうに声をかけても、アッシュはなんというか、アッシュで……。かえってこない”あいつ”の行方に焦れたのか、何故かアッシュは舌打ちをして、軽く深呼吸してからもう一度聞いた。

「あいつだ……レプ……。いや、ルークだ」

何かの言葉を言いかけて、一度首を振って今度は強くハッキリとその名前を口にした。
ルーク。アッシュの口から名前を聞いたのは初めてかもしれない。いつも「屑」「あいつ」「あの野郎」とか、改めてひどいなぁって思ったけど、そんなふうにしか呼ばないのに。仲が多少良くなっても、アッシュが名前を呼ぶことは絶対に無かった。それが今、やっぱりさっきの”あいつ”って言った時と同じあたたかみを感じさせて呼んだ。ルークって。
やっぱりみんなも驚いたみたいで、特にガイはものすごく複雑そうな顔をしている。多分昔はちゃんと名前を呼んでいたんだろう、戻った呼び名は喜ばしいことのはずなのに、アッシュがなんだか変でどうにも喜べない。そんな感じだ。
けどやっぱりアッシュがルークの心配をしているのは嬉しいんだろう、ガイはクイッと指を指して、後ろのベッドへ向けた。
それに釣られるように向いたアッシュは、ナタリア達をはさんで横のベッドにいたのかと驚いて目を見開き、次の瞬間には突然ルークのベッドへ飛び移った。
目が覚めたばかりでどこにそんな体力を隠していたのか、これにはみんなもギョっとする。ルーク側のベッドに立ち添っていたユーリも驚いていたけど、馬乗りにかぶさるアッシュを止めようと肩を掴む。けれどそれを跳ね除け、アッシュはギロリと睨む。

「……お前マジでどうしたんだ?」

本気で睨まれたユーリも、アッシュの様子にとまどう。そんなユーリを無視してアッシュは不思議な行動にでた。眠るルークの頬を、震えた手でふれようとする。少しづつ近づけて、そっと壊れ物みたいに触れる。うつむいていてよく見えないけど、アッシュの雰囲気は異常でうかつに近づける空気じゃない。
見た目じゃ怪我はしてないけど、マナに浸って精神にダメージを受けたのかもしれない。さすがにそればっかりは、受けた者しか分からないことだ。だからアッシュはこんなに心配しているのかな? 心に傷を負うなんてしたことないけど、とても苦しいことなんだとカノンノが言っていた。
やっぱりなんだかんだ喧嘩しても、アッシュはルークを想ってるんだよね。

「おい、心配なのは分かるが退いてやれよ」

それでもやっぱり馬乗りはよくないとユーリは注意する。けどアッシュは聞いているのかいないのか、またまたとんでもない行動にでた。

「起きろ貴様! 呑気に寝てるんじゃねぇ! 説明しろこの屑がっ!!!!」

ルークの胸ぐらをつかみ上げて、ガックンガックン振り回しはじめた! 無防備に揺らされるルークの首が折れちゃいそうな勢いで、これにはユーリもけが人だってことも忘れてアッシュを止めにはいる。他のみんなもボーゼンとしてたけど、ハッとなって動き出した。

「アッシュ、お止めになって!」
「おい落ち着け! アッシュ!」

ガイやナタリアが止めても聞こうとしない。アニーやナナリーも流石にこれはまずいと思ったのか、武器を手に持ちだした。えっ、もしかして力ずく!?
アッシュもアッシュで、止めに入ってるユーリ達をものともせずに振り回してる。けが人相手にみんなが加減してるとしても、あんなに強かったっけ?
それにしてもルークはあれだけ乱暴にされても、全然起きる様子がないのがすごい。あれじゃスタンだよ。リリスを呼んできて死者の目覚めをしてもらおうかな?

「……クソッ、ラチがあかねぇ」

目覚めないルークに焦れたのか、アッシュの手が止まる。止めようと振り回されたまわりの方が息切れしてるよ。……ちなみに私とジェイドは加わらなかったんだけどね。
アッシュは急に止まったかと思えば、両目をとじた。予想もつかないアッシュの行動。次は一体なにをするつもりなのかと、みんなで見守るなか、アクションを起こしたのは意外な人物だった。

「イテェ! イテテテったいっつーの! 分かったから止めろよアッシュ!!」

全く起きそうになかったルークが、突然跳ね起きた。よくわからないけど、頭をおさえて痛そうにしている。その目には涙を浮かべて本当に苦しそうだ。起きたのは良かったけど、どうしてアッシュとちがって痛みを訴えているんだろう。何かちがいがあったんだろうか。
未だルークの首根っこを掴んでるアッシュは、その痛そうな顔を見て気が済んだのか、鼻で笑ってる。わぁ、悪そうな笑顔。
痛みはひいたのか、パチパチと瞬きするルーク。起きたアッシュと全く同じ反応。そしてやっぱりアッシュと同じように、不思議そうな顔をしていた。

「おいテメェ! 一体これはどういう事なんだ! まさかあの後トチりやがったんじゃねーだろうな!?」
「ええ? んな事ねーよちゃんと開放したっつーの。ってかここどこ?
なんで俺……ええ……?」

二人揃うとより分からない会話をしてる。けど、私たちでは引っかかった何かは、あの二人の間には無いらしい。一体どういうことなんだろう、アッシュが起きてからずっと変だ。……ううん、二人だと変じゃないんだ。
キョロキョロと周りの景色を見回してるルーク。その横側、目覚めたルークをほっとした顔で見つめてるユーリと目が合った。けど、口から出た言葉はこれまたとんでもない爆弾だった。さっきからもう何回目?

「えーと、ここってどこですか? あとあなた一体誰ですか?」

本当に分からないって顔で言ってるし、おまけに口調がなんだかちがう。もしかして記憶喪失? けど元記憶喪失者としては人や世界のことは丸々全部知らなくって、特別何かを覚えてるってことは無かった。まぁ私はただ最初から無かっただけだから、もしかしたら部分的だけ忘れちゃうってこともあるのかもしれない。
気になってチラッとジェイドの方を見ると、タイミングが悪いのか眼鏡のブリッジを上げてる所で表情が見えなかった。

「ルーク! お前まで一体何言ってるんだ?」
「大丈夫なの? どこか痛い所は?」
「あれっ!? ガイ、ティア!!」

……やっぱり、ライマのみんなのことは分かるみたい。アッシュと完全に一緒。でもやっぱりどうしてここにいるのかって感じで不思議がってる。あなた誰ですかって言われちゃったユーリはかわいそうに、完全にかたまってる。

「避難しろって言ったのになんでみんながここに……? あ、でもここ思いっきり部屋だよな? むしろなんで俺がここにいるんだ? なぁ、なんでだアッシュ?」
「だからそれを俺が聞いてるんだろうがこの屑がーーー!!!!」

耳元で思いっきり怒鳴るアッシュに、耳をふさいであーうるさいうるさいって言ってるルークはちょっとだけいつもの二人っぽくはあるけど……。でもどちらかといえば、立場が反対になっている風にも見える、余裕さなのかな? 
ルークが起きれば何か分かると思ってたけど、これじゃますます分からなくなってしまった。一体どうすればいいんだろう、喧嘩してるようなじゃれてるみたいな二人を置いて、周りのみんなはとまどいが大きくてどうすればいいのか分からなくて困っている。
そんな時、ずっと黙っていたジェイドが一歩前に出て眼鏡を光らせ、その場を止めた。

「ガイ、科学部屋からハロルドとリタを呼んできてくれますか? それとティア、操舵室へ行ってニアタを連れてきてください」
「え、あ。はい、わかりました」
「……分かった、すぐ呼んでくるよ」
「ルーク、アッシュ。どうやら貴方達と私達の間で、ズレがあるようです。それを確認したいので、これから言う質問に答えてください」
「ジェイドが言うんならそうなのかな……。分かったよ」
「……フン」

ジェイドの言葉にはびっくりするくらい素直な二人。特にルークの目に信頼が見えるのが私でも分かった。さっきのユーリに向けた、他人を見る目じゃない。確かに今までのルークもそれなりにジェイドを信用していたんだけど、どこか他人行儀っぽい部分も少なからずあった。多分それはジェイドの性格のせいだとは思うけど、今のルークには全くそれが無い。
これはジェイドに任せた方がいいと感じて、アニーやユーリも一歩下がる。そしてジェイドから次々と質問されると、考えられないような答えが返ってきた。

オールドラント? ローレライ? 音符帯? このバンエルティア号でルミナシアの隅々までまわった自信はあるけど、どれも聞いたことの無い言葉ばかり。それにちょくちょく聞き取れない単語も出てきている。文章から何かの単語だって分かるんだけど、意味が分からない。知らない土地の言葉みたいに、二人は普通に言ってるのにブチッとその部分だけ途切れたりしてる。二人も伝わらない単語が変だなって言うんだけど、とりあえず今は後回しにすることになった。
正直分からないことが散らかりすぎて何が分からないのかが分らない。







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