光さす庭・Prologue








 食事時のキッチンは戦場だ、と今まで思っていたのだが、その考えを改めたのはこの家に来てから。戦場ではない嵐だ。最初に静かな仕込みから始まって、時間が迫るごとに慌ただしくなっていくのだが、むしろある程度作り終えたピーク時には一旦現場は静かになる。そしておかわりの要求が上がればまた暴風が吹き荒れ、過ぎ去れば使い終わった器具達が散乱するだけ。その後の食器洗いでまた一騒動だが、その辺りはどこででも共通だった。
 裏ではこんなにも慌ただしいのに、反面主達の食事風景はそれはもう静かで優雅なものである。メイド達が物音も立てずひとりひとり皿を置き、席に着く人間も美しく食事をする。貴族階級の食事風景は見た事が無く、定食屋や酒場、騎士団の食堂ばかりだったので静か過ぎて味気が無さそうだと予想していた。しかしいざ見てみればごく普通に世間話をするし、最近の調子はどうだ、なんて微笑ましい家族の会話だってしている。
 今まで穿って見過ぎていたのもあるが、やはり贔屓目で見ている事実もあるのは承知の上。中々理想的で、その様子を離れて見るのが好きだった。下手に姿を出すと主人が目ざとく見つけ、隣に座れと迫ってくるので最近はあまり食事を一緒にしていない。勿論自分は大歓迎なのだが、厳格というか硬すぎる執事長の厳しい視線が背中からズブズブ刺さるので遠慮している。その代わり昼食は共にしているのだが。
 それで、だ。ユーリは仕上がった数個のプティングの出来栄えに満足し、そーっと冷蔵庫に入れていく。ぷるぷる震えて美味しそうだが、これは自分が食べる分ではない。とある人間の為に作っているデザートだ。ちなみに主人への捧げ物でもない事を言っておこう。
 この家の料理長は戦争時以外ならば、コック以外でもキッチンの立ち入りを認めてくれている。だがタイムリミットはもうすぐで、増えていくメイドの数が時間を教えていた。
 一番の山場は私設騎士団である白光騎士達の食事の用意だ。正直自分が城の騎士団に所属していた時はもっと大雑把で、とにかく質より量だった記憶があるのだが、やはり私設騎士団というだけあって質も量も両立させているのが素晴らしい。どれを食べても美味いのだから、羨ましいというか先に金額を考えてしまう自分の虚しさを嘆くような。
 パタン、と閉めた大型冷蔵庫だって随分と立派な物。立派というか、やたらめったら図体がでかいだけのような気がしなくもない。それも当然で、これは今まで広く使われていた星晶エネルギーを使うものではなく、電気で動く機械だった。元々星晶枯渇から始まった戦争、そして異変、それらを経て正式に、星晶エネルギーを多大に消費する装置の廃止を全世界に向けて通達されている。そのもっと以前に、この国の主流は電気による機械稼働にとほぼ切り替わっているが。
 使ってみれば案外難しくもないし、星晶やマナエネルギーとなんら変わりない。ただ少々場所を取るくらいだ。それも小型化を進めれば問題なくなるだろう。

「それじゃオレはそろそろ行くぜ」
「ああ、ご苦労様」

 礼儀として挨拶をすれば、コック達が愛想良く返事をする。その所々で少々刺々しいものもあるが、それくらいはしょうがない。苦笑で済ませて足早に、一日が始まる場所へ。


「おーい、おはようさーん」

 ノックも無しに知り尽くした部屋へさっさと入る。壁には部屋の主人があれもこれもと雑多に、というか適当に飾りつけたアレコレが規則性無く並んでいた。値段を鑑定すればルーティやアニスは眼の色が変わりそうな物がほとんどだが、そんな価値なんて本人には有って無いものなのだ。
 中央のベッドにすとんと座り、こんもりふくらんでいる毛布を見て笑う。相変わらず体を丸めて眠り、自分のベッドだというのに半分も余らせているではないか。しかし考えてみれば本来はこの大きさで丁度良いくらいだろうか? いいや自分が足を伸ばしてもまだ余裕があったので、やはり無駄に大きいのだと思われる。
 この余り気味の空間はもうすぐいっぱいいっぱいになり、自分が隣にお邪魔する事も難しくなるかもしれない。だがガルバンゾで暮らしていた時は、それこそひとり用のベッドで無理矢理ふたり寝ていたのだから、まだまだ余裕があるはずだ。
 あのぎゅうぎゅう具合が恋しいな、とふと思う。確かに狭かったがその分密着して、もちもちした柔らかな肌が気持ち良かった。子供体温でぽかぽかして、あれは本当に丁度良い抱きまくらだったのに、今ではそれを味わえる事なんて滅多に無くなってしまった。残念だと思う反面、当然喜ばしいと思う事も。でもやっぱり多少は残念な気持ちが勝っているかもしれない。
 さてそれよりも、いい加減にこのミノムシ化しているご主人を起こさなければ。ツンツンとわざとらしく突付いてみるが、頑なに反応無し。また夜眠れなかったのかもしれないし、もしかして起きているのを隠しているのかも。どうしようかねぇ、と少し考えて悩むフリ。素知らぬ顔をしてやればモゾモゾ動き出すのが横目で見える。笑ってしまいそうなのを我慢して後ろを向き、ベッドから立ち上がろうとした瞬間だ。
 タイミングを図っていたのが丸わかりな、独特の気配がぶわっと巻き上がる。白い毛布ががばりとめくれ、朝から元気いっぱいな掛け声が部屋中に響き渡った。

「ユーリ覚悟ーっ!」
「はいはい、およそうございますお坊ちゃま」

 ぶぅん、と紙を丸めた剣で襲いかって来たが、ユーリはそれを悠々と片手で受け止める。それをぐしゃっと潰してぽいっと捨てればルークの悲壮な声が上がった。

「あーっ! 折角昨日ガイと作ったのに!」
「何やってんだよ、昨日はガイと庭で自然観察してたんじゃなかったのか?」
「んなつまんねー事やってらんねーよ。それよりもユーリ、お前は俺の下僕なんだからあそこは黙って受ける場面だったろ!」
「下僕はサンドバッグじゃねーぞ。ほらほら、それよりも着替えた着替えた」

 ルークはベッドの上で仁王立ち、天辺の朱金が静電気でふわふわ立ち上がっている。朝から無駄に張り切るのは良いのだが、有り余り過ぎているのも考えものだ。ユーリは笑いながらルークの膝を折り座らせ、きっちりと止められたボタンを外そうとするが当の本人からの抵抗にあう。

「あーやだやだ、こんな良い天気は部屋で寝るんだよ。朝飯は部屋に持ってこいよー」
「良い天気だから外に出るんだろ、どーせ寝ててもすぐつまんねーって言うクセに。ほんと口だけはいっちょ前なんだよなルークは」
「おまえ生意気!」

 ぷんすか怒りだしたルークが頬を掴みに手を伸ばしてくるが、逆にその手首を取ってパジャマの袖を脱がせた。ぎゃー! と汚い悲鳴を上げてコロコロシーツの上を転がっていくご主人様は少々大袈裟だ。

「寒いじゃねーか何しやがる! 俺はまだ寝るの、着替えてなんてやるもんか!」
「そーかそーか、それじゃパンツ1枚で朝飯だな。メイド達やおふくろさんに笑われるぞ」
「だから飯持って来いって言ってるだろー! それくらい気をきかせろよっ」
「お坊ちゃんの為を思って心を鬼にしてんだよ、オラさっさと着替えちまえ」
「うぎゃー! いてっイテテ! もっと丁寧にしろっ!」

 やけに抵抗するルークを掴まえ、自分の膝に座らせパジャマをポイポイッと手際良く脱がせる。この辺りはガルバンゾ時代で何度もやってきた技術なので、正直ガイよりも自信があった。長い朱金の端がボタンに引っかかり、涙目に痛いと言うものだから一旦手を止めて解してやる。その間は静かにしているのだから、この抵抗がルークなりの戯れである証拠だ。

「ほら、もういいぞ」
「このばか、もっと主人を敬え」
「はいはいお坊ちゃま、次はお着替えだ。それともズボンも脱がして欲しいか? 昔みたいにな」
「うっせーばーか」

 ボキャブラリの少ない悪口は大体1・2種類で終わってしまう。それでも今までの環境を考えるとその1・2種類だって周囲に無さそうに思えるのに、一体どこでそんな言葉を覚えてきたのだろう。
 ポカポカと背中を叩いてくるが、それを無視して着替えを取りに立てばわーっと慌てた悲鳴。振り返れば見事にベッドから落ちている。我がお坊ちゃんは朝から一人遊びがお上手なものだ。

「ほら、とにかく着替えちまえよ。素っ裸で本当に風邪ひいちまうぞ」
「ユーリが脱がすから〜……」

 毛布を体に巻き付けて要塞と化したルークは、不満そうに唇を尖らせている。ガイの時はこんな風にぐちぐち言わないのに、最近のルークはユーリが起こす時だけ無意味矢鱈に我儘だ。
 兎にも角にも時間は刻々と過ぎ行くもの。引っ張りあげて着替えさせるが、何が気に入らないのかちんたらやっている。別に自分が怒られるのは構わない。その後が少々面倒になるだけだ。ユーリはのろのろと動かす腕に絡まった袖を伸ばしてやった。

 ルークの小さい体は、初めて出会った時よりも大きくなっている。今あの時の服を切ればおそらくつんつるてんのみっともない事になるだろう。だがちょっと見てみたい気もした。
 今ルークの体は11歳相当にあたるらしい。正確な所は分からないが、アッシュの成長記録から大体この年齢時の成長具合、と見られたものだ。なので当然出会った当初の、7歳だったサイズとはかなり違ってきている。このくらいの時期の子供の成長は驚く程早いと言われるのだが、それ以上にルークの身体は日々ぐんぐんと大きくなっていた。
 ボタンだってもう自分ひとりで止められるし、靴下もひとりで履ける。髪を丁寧に梳かしてやる間は静かなもので、終わったとたんに振り向いてぶにーっとユーリの頬を摘んでくる小憎たらしさ。船であんなにもべったりしていたのが夢まぼろしのよう。
 襟を立て皺をぴんと伸ばし、綺麗に整えた姿はまさにお坊ちゃん。ガルバンゾのあの部屋で着ていた服は相当高いと思ったが、現在着替えた服もかなりのもの。生地と柄の仕立てに、何よりも本人が負けていない。紛うこと無くお金持ちというか、地位の高い子供だ。見た目だけは。
 梳いた髪はさらさらと感触が良く、まろい頬をかすめて撫でてやれば薄く目を瞑り気持ち良さそうな表情をする。猫ならばゴロゴロと喉を鳴らしてそうな具合なのに、一度止めるとすぐにムッとした翡翠色が見えた。どっちなんだか、と笑えばルークは突然ユーリの胸元に全身で抱き付いてくる。両手両足使ってガッチリしがみつく様はちょっと面白い。

「おいどーした? いきなり赤ん坊に戻ったのかよ」
「朝飯持って来ねーんなら、ユーリも部屋から出さねーからな! お前も遅れてラムダスに怒られろっ」
「ちょ、なんだよその道連れ作戦は」

 引剥がそうとしても中々どうして、何時の間に筋力がついたのか離れない。勿論手加減しているのもあるのだが、こんな所で成長を感じてしまいユーリは逆に嬉しくなった。それに必死でしがみついてくる姿がなんだかいじらしくて、このまま部屋で過ごしてもそれはそれでいいんじゃないかな、という気になってくる。
 ユーリがその気になれば抱き着かれたまま立ち上がる事も強引に引き剥がす事だって出来るが、こういうのも久しぶりだし良いか、という気持ちが強い。そのままベッドに後手を突き、ルークの丸っこい天辺のつむじをヨシヨシと撫でた。するとぴったり胸元にくっついた頬が緩む感触。うにゃうにゃと言葉にならない何かを呟いており、本当に猫みたいだ。
 暖かさを感じて窓を見るが開いてはいない。きちんと鍵を掛けているのを確認してユーリはルークの耳裏を掻いてやった。少し前まであの出窓には鉄格子が嵌められており、安全の為とは言え見栄えが悪いとルークは唇を尖らせていたのを思い出す。
 ルークの部屋だって、以前は巡回の騎士が昼夜問わず引っ切り無しに回っていたのが嘘のよう。屋敷全体にあった頑丈な檻は目に見えて減っており、それに伴って周囲の人間にも笑顔が増えたように思える。
 事態は良い方向にしか向かっていない。なのに最近のルークはよく意味不明な我儘を言ってはユーリを困らせていた。我儘といっても可愛いものだ、今ではその我儘だって簡単に叶えてやれる。けれどそうなったのはつい最近、だと記憶しているのだが……きっかけがイマイチよく分からない。
 第二次成長期、とか反抗期、というやつなのかも。ルークの実年齢を考えればとっくに卒業している歳だが、今までが今までだったのもあり、無いとは言えない。
 どうしようかね、と最近口癖のように頭の中だけで呟く言葉。ごろんとベッドに転がり、お坊ちゃんの背中を撫でていれば手足の力をふにゃふにゃ抜いて眠そうにしていた。もうこのまま、主従揃って怒られようかな。そんな魅力的に自堕落な決意をしかけた時だった。コンコン、とノックの音が響いて見知った声がする。

「ルークはまだ寝てるのか? ユーリが起こしに来てるはずなんだけど……ってこらこら」
「はは、見つかっちまった」
「ミイラ取りがミイラになってどうすんだよまったく。ルーク、着替えまでしてるんだから後は行くだけだろ? あんまりグズグズしてると客人を迎える時間まで無くなっちまうぞ」
「客人? 誰か来るのか?」
「実はちょっと前にレイヴンから手紙が届いてな、やっとリタが一区切りついたからこっち来るって」

 それを聞いた途端、ルークはカッと瞼を開けてガバリと跳ね起きた。絡まったユーリの手から抜け出し、興奮した様子でガイに駆け寄る。さっきまでべったりだったのに、懐が寒い。

「今日リタ来るのか、何時!? すぐか!」
「昼前には到着する予定だってさ、……ってこらこら待てよルーク!」
「港まで迎えに行く!」
「やれやれ、餌が出てきた途端に急アクセルだな」
「そんなに急がなくても来るから、ルークはちゃんと朝食食べて待ってような」
「えーなんだよもー! 来るってんならすぐ来いよ!」

 今すぐにでも駆け出してしまいそうにテンションを上げて、ルークの足は地団駄を踏み抜く。待ちきれないのだろう、ガイの手を引っ張って早く飯飯! と行ってしまった。ひとり残されたユーリはぽつんと、ベッドの上で我慢出来なくてクスクス笑い、結局誰よりも一番遅れてラムダスにお小言を頂戴してしまうのだった。


「まだかよ〜なー、もう飯食って2時間は過ぎたんじゃねーのー?」
「飯食ったのは30分前だろーが」

 食事中でもソワソワウズウズ、ルークは玄関側を気にしてポロポロ零す始末。そんな朝食を終えて、直ぐ様玄関前に直行し、今か今かと待ち続けている。と言っても30分程度しか経っていないが、この短気なご主人様が30分も我慢して待っている事自体が驚きだ。
 ラムダスからお小言を貰い、ユーリも付き合いで待っているが自分はのんびりティータイムしながら。お坊ちゃまはソワソワと落ち着きなく室内を行ったり来たり。こんなにも期待している様子は初めてかもしれない、ヴァンが来る時以上ではないだろうか。
 そんなにもリタと仲が良かったか? とユーリは船での日々を思い出す。そういえばリタはルークが寝たきりで、面会謝絶の間中は特に熱心に看護していた、とアニーが言っていたのだった。
 やはり毎日顔を合わせるよりも、時々の方が新鮮味があるのかもしれない。現在城で生活しているアッシュも偶に帰って来る時はそりゃあもうひとりお祭り騒ぎだ。帰ってからずっと足元にへばり付き寝るのも一緒、である。そのわりに城へ帰ったら帰ったでケロリとしているので、双子の絆とは理解し難いものなのかも。共鳴していた剣と宝珠が無くなったとしても、それまで確かに繋がっていたという事実がふたりをより強固にしているのだろう。

 取り留めのない考え事をしていると、何時の間にやら時間が経っていたのか、チリンチリンとベルの音が響く。それにハッとして顔を上げれば、ルークがびゃっと分厚い扉に飛びついて、開けようとするメイド達の邪魔をしていた。後ろ姿に尻尾があれば、きっと千切れんばかりにブンブン振り回してそうだ。

「おいルーク、お前が纏わり付いてたら開けられねぇだろ邪魔だって。ほんのちょっとくらい大人しく出来ねーのかよ」
「ううう、だってよぉ」

 手を引いて一歩下がらせれば、微笑みのメイドがゆっくり扉を開ける。すると顔を見せたのはいかにも胡散臭さ爆発のおっさんで、背後に控えていた白光騎士が少々警戒するのを肌で感じた。そんな些細な事に吹き出しそうになり、ユーリはつい掴んでいた手を緩めてしまう。途端にするりと抜け出して、ルークは一直線にレイヴンの腰へ突撃した。

「レイヴン! 久しぶりじゃねーかこらー!」
「うごふぅっ!? ね、熱烈な、歓迎……ウレシーけど、おっさんの弱った腰には、ちょーっと強烈、よ……!」
「何やってんのよあんたは。足止めないで邪魔よ」
「リタ、リタだ!」
「ひでぶっ! ……もっとおっさんに優しくしてチョーダイよ!」
「わっ! もう、いきなり抱き付かないでよ驚くじゃない!」

 なんとか耐えたレイヴンの後ろでうっとおしげな声が聞こえると、直ぐ様ルークはレイヴンをポイっと押しのけてリタにぎゅっと抱き付いた。一応女性相手には加減をしているようで、加減されずに壁に張り付いたレイヴンはボロボロになっている。来て1秒も経ってないのに、即行で騒がしいのは相変わらずというかなんというか。
 リタとルークはそんなレイヴンが目に入らないようでふたり妙にテンション高くはしゃいでいる。

「全くよー来るって言ってたのに遅すぎるだろ! 俺が来いって言ったらすぐに来いよな!」
「しょうがないじゃない、あたしだってこんなに片付かないとは思わなかったのよ。来てやっただけでも感謝しなさいって」
「リタっちこんな事言ってるけど、ルー君に会いに行くのに面倒くさい仕事ばっか持ってくんじゃないわよ〜! って爆発してたのよ」
「うっさいわねあんたは黙ってなさい!」

 リタは現在ギルド・アドリビトムに所属し、バンエルティア号の科学部屋でその知識を遺憾なく発揮している。特に先のラザリスを発端とした星晶減少による代替エネルギーの研究に忙しいようだ。グラニデからの技術である永久機関を元に、ルミナシアでも可能とする新たなエネルギー開発に日々追われている。その上で、ディセンダー有するギルドとして世界的に名が知られるようになり、加えてハロルドという奇人だが天才を筆頭に他著名なる学者も共に在籍していると知られ、世界的問題が持ち込まれる事が増えたという。
 材料の調達や調査ならばいくらでも人手はあるが、専門分野の話となればどうしても限られてくる。その為アドリビトム科学部屋の人間達は、以前よりも忙殺されているのだ、とロックスからの手紙に書いていた。
 ルークの解毒が終わり宝珠を取り出した後、アドリビトムを抜けライマにあるルークの実家に移り住んだユーリとしては、久しぶりの仲間達の変わらない様子に頬が緩む。時々届く手紙からは、それぞれ変化する仲間達の話を耳にしていた。
 エステルはフレンと共にガルバンゾの城へ戻り、ジュディスはカロルが待つブレイブヴェスペリアの元へ、アスベル達も一緒に国へ帰ったそうだ。元々故郷復興の為に残っていた数人も資金の目処がついて船を降りたり、オルタ・ヴィレッジを拠点として学校や病院などの施設を建てる名目で降りた者もいるらしい。人数としては減ってしまったが、ディセンダーが変わらず在籍している事により、各地からまた様々な人間がアドリビトムに集まっているそうだ。アンジュは嬉しいけど苦労も多い、昔と同じように頑張っている、と手紙には書いてあった。
 面倒そうに聞こえるが、ディセンダーの事だからきっとなんでもない顔をして何時の間にかひょいひょいっと切り抜けてしまうのだろう。周囲に居るメンバーもそれに引っ張られていくのだ。
 あの当時ラザリスからの侵攻に怯える人々にとって、アドリビトムは……いやディセンダーは間違いなく希望の光であり、救世主だった。それはユーリにとっても同じだと記憶している。もしルークの件が無ければ自分は今頃どうしていただろうか、とふと考えた。まぁカロルや下町の人間を放っておく事なんて出来ないので、間違いなくガルバンゾに戻っていただろう。もし、を重ねるがブレイブヴェスペリアの存在すら無ければそのままアドリビトムに所属し続けていたかもしれない。
 どちらにせよ、自分とは全く関わりの無かったライマの土地に足を踏み入れるなんて事は絶対に無いと言える。おまけにここで生活するなんてありえない。そう考えると随分遠くまで来たもんだ、と感慨深くなった。

「おいリタ、俺の部屋に来いよ! 色々見せたいもんがあるんだ!」
「ちょっと待ちなさいっての引っ張るんじゃないわよ」
「ルークあんまり困らせるなって、先におふくろさんに挨拶しとかなきゃなんねーだろ?」
「んだよもー……じゃあ今すぐ! 今すぐ母上の部屋行くぞ! こっちだ、来いよっ」

 不満そうに頬を膨らませるが、すぐにリタの手を取り強引に引き連れてルークは案内しようとする。リタは怒ってはいるがどこか嬉しそうで、待ちなさいよね! と言いながらも手を離そうとはしない。騒がしいまま部屋を抜けて行く後ろ姿をラムダスが追えば、玄関は一気に静かになってしまった。
 メイド達は自分の仕事に戻り散り散りに、ユーリはなんとなくボーっと、曲がって見えなくなった姿を見続けている。全く彼らはいつの間にあんなにも仲良くなったのだろう。最近自分にはとんとつれないくせに。なんとなく纏まらない思考を放っていると、怪しい声が背中から。

「何よー、そんな羨ましそうな目ぇして。あっもしかして倦怠期? 船じゃ暑っ苦しいくらいラブラブだったのに、遂に決裂の危機がきたの?」
「なんでそんな嬉しそうに言ってんだよおっさんは。んな事よりカロル達は元気にやってるか?」
「元気も元気、有り余ってるくらいよーおっさんにはついてけないレベル。ユーリに頼まれた下町の見回りも、毎日欠かさずやってるみたいよ」
「そりゃ良かった。まぁラピードも付いてるし、そんな心配なんてしてねーけどな」
「むしろ心配されてたよー、ユーリが貴族の屋敷でやってけるのかって。すーぐ逃走するんじゃないのーってさ」
「ハッハッハ、それはオレも思ってたけど。まぁここの奴らは騎士団っつーよりも私設ファンクラブみたいなもんだったし」
「へ? なにそれ?」

 突然の不似合いな単語にレイヴンが目を丸くして驚いているが、ユーリは肩を竦めて誤魔化しておいた。これもファブレ家の名誉の為である。
 説明する気が無いのを察したのか、レイヴンは追求してこず、懐から数枚の手紙を取り出して渡してきた。

「はいこれ、エステル嬢ちゃんとフレンちゃんからの手紙。あとルー君には船のみんなから」
「ああ、渡しとく」
「言っちゃっていい?」
「は? いきなりなんだよ」
「いやねぇ、なんてーの? 青年通り越して老人みたいな顔してるよー。子供が独り立ちして寂しがってる親みたいな感じ。背中煤けてるって」
「ルークのどこが独り立ちしてるってんだ、前よりも倍手ぇかかってるぞ」
「その割に嬉しそうじゃないし? だって青年ってば面倒事嫌いなくせに、結構面倒な事好きでしょ。もしかしてルー君独り占め出来ないのが不満でストレス溜まってたりして」
「あーのーな、その病んでるみたいな発想はどこから来てんだよ。そんなんじゃねーって」
「そうかねぇ? ま、なんか話せる事あったらおっさんに何でも言ってみなさいって」
「気持ちだけもらっとく事にするわ」
「あらー、もっとおっさんに頼ってよぉ! ほら、例えば暫くガルバンゾに帰ってないじゃない? 久しぶりに顔見せに戻るとかどうよ! 帰りの足を最速で用意してあげちゃうよ!?」
「あー、それな。そういやあれから戻ってねぇし、一度戻らなきゃな……。確かに、その時は頼りにするわ」
「そうそう、若者は素直に年寄りに頼るべきだようん!」
「その見返りに何か変な事頼むんじゃねーだろうな?」
「言うわけ無いっしょーやだなぁ! でもおっさんが困った時にはお願いする事もあったりなんかしちゃったりしてぇ……ほら、人との繋がりは大事だからね!」
「へーへー、そうだな全く同意だよ」

 なんだかんだと言いながら、レイヴンなりに気を遣っているのを感じ取る。事実ライマの人間の中で自分ひとりだけ余所者なのは間違いない。そんな事を気にする質ではないが、離れた皆は元気だろうかと考える事はあった。
 ルークがアドリビトムからライマに帰る前、ユーリも一度ガルバンゾに戻って以降、それきり帰っていない。カロル達が居るのだから心配なんてしていないが、それとは別にどうしているだろうと顔を見に行きたい気持ちはある。だがライマとガルバンゾは案外遠い。バンエルティア号のような移動手段があれば良いのだが、流石に忙しそうな現在、彼らを呼び出し足として使うのは悪い気がした。
 あれからどれくらい経ったのだろうか。今まで楽しくも忙しく過ぎる日々のまま、忘れていた事が急にユーリの胸を締め付けた。






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