なかよくけんかしな








「なぁおい聞いてんのかよアッシュ! あいつほんとムカツかね? チョーシこいてると思わね? アッシュだってそう思うよなぁ!」
「いちいち語尾を上げるんじゃねぇ聞き苦しいんだよカスが。俺は貴様と違って忙しいんだ今すぐ消えやがれ」
「机に向かってガリ勉ってるだけじゃん、いつも通りだろ。んな事より聞けよー! あの野郎さーマジ超ムカツクんだぜ!? 男のクセに無駄に髪長くてチャラチャラしてスカしてるしー」
「誰のせいでどことでも机と書類から離れられないと思ってやがるんだこのクソ野郎が! あと言ってる事全部そっくりそのまま貴様の事だろうが!」
「はぁ? あんな奴と一緒にすんなっつーの! んな事よりさーアッシュ昨日のプリン食い忘れて冷蔵庫入ってたから食っといてやったぜ。ガキみたいに残すなよお前ー」
「ぅエックスプロオオオオオオオッド!!」

 あれは残してたんじゃなく取っておいたんだよクソが! とはプライドが止めてくれたので言い留まった。もうもうと煙が収まれば室内は酷い有り様になっている。上級晶術を放ったが威力は当然抑えに抑え、目眩まし程度に改良したものだ。それでも双子の馬鹿な方は慌てて逃げたらしく扉が開いている。全く逃げ足だけは早いあの屑野郎。
 アッシュは机に戻り、煤で真っ黒になり台無しになっている書類を見てうんざりした。何故自分があの馬鹿の尻拭いをしているというのに、あの馬鹿はピンポイントで邪魔しに来るのか。おまけにプリンまで食いやがった。
 ナタリアやジェイドの居る大部屋ではなく、集中する為に個室を借りた部屋だったのが唯一の救いかもしれない。流石にこの有り様では陰湿眼鏡に嫌味を言われてしまう。まぁだからこそあの馬鹿は馬鹿な事をベラベラ喋りに来たのだろうけれど。
 明日からきっちり部屋にロックをかけておこう。とアッシュは固く誓った。

「なーなーアッシュー、おい聞いたか? 今日の朝飯超美味かったと思わね? 思うよなそうだろ!?」
「朝っぱらからこの世で一番見たくねぇ顔を拝んじまったせいで、美味かった朝飯の味を完全に忘れちまったじゃねぇかクソが」
「え? お前ナタリアの顔見たくないのかよ……頭大丈夫か? 中身もしかして別人だったりしねー?」
「誰がナタリアの事を言った誰がぁ! 貴様の事だ貴様の! テメーのクソ間抜けなツラを見てむかつくんだよ!」
「おい、アッシュ……!」
「ハン、今更キレる事自体がノロマなんだよ貴様は。いいか、これ以上俺を苛つかせたくなかったらさっさと出て行きやがれ! ……というかどうやって入ったんだ。ロックはしてただろうが」
「お前毎朝鏡見て身だしなみ整えねーの? だらしねー奴だなーってか汚いぞ」
「毎朝ガイに全部やらせてる貴様に言われたくねーーーーーんだよ消えろっ!!」

 朝食を食べ終わってさて昨日終わらなかった書類を片付けるかと思った矢先にこれである。今度はサンダーブレードを部屋に落とし、電灯を割ってしまった。これは後でアンジュにグチグチ言われるだろうなと朝っぱらからうんざりする。
 部屋の扉から様子を窺うようにチラチラ、隠れていない毛先の金色がうっとおしい。怒ったのだからさっさと視界から消えればいいものを、ワンチャンあると勘違いしているのだ。貴様にはチャンスなど0.001ミリも無いから失せやがれ! と言ったとして、どうせ明日にはケロッと忘れているのだから無駄なだけ。
 チャキリと剣を抜けばようやく察したのか、ぴゅっと尻尾をまいて逃げていく。なんだよアッシュのばかやろー! と情けない捨て台詞を吐きながら。
 それにしてもどうやってロックを解除したのだろうか。まさかあの馬鹿がロック解除なんて技術を持っているはずは無い、働くのは悪知恵だけだ。不思議に思って外から扉を見てみれば、いかにも怪しい機械がロック部分に張り付いている。……出処はジェイドかそれともハロルドか、機械ならばガイという可能性もあるだろう。あいつ、わざわざそんな物を持ちだしてまで話に来ようとするんじゃねぇカスが。とアッシュは一刀両断する。
 それからその足でポッポのショップへ行き、チェーンを購入するのであった。

「あのよーアッシュ、お前昨日のおやつ美味そうに食ってたよな? お前黙って食ってたけど結構気に入ったろパクパク食ってたし。あれタコ入ってたらしーぜ、よくキレねーなと思って見てたんだけどさー」
「……貴様ぁ、何故その時言わなかったぁっ! 全部食っちまっただろうが!」
「なんかどっか異国の食い物のレシピらしくって、ディセンダーが持ち帰ったのを昨日の当番が作ったんだってよ。でもさーなんか古いレシピで、ほとんどそいつのアレンジだって言ってた」
「なんだと? ……誰だったんだ。昨日の食事は確かに美味かった気がするぞ」
「知りたい、知りたいだろ? なぁなぁなぁ! あのさーそいつがさーちょームカツク奴なんだけどよー! 無駄に料理上手くってハァ? って感じしねー? なーんか女が食うよーなちまっこいモンせこせこ作ってんのよく見るんだけどさー!」
「ガキが食う物しか食べない貴様よりはマシだろうが。食っちまったものはしょうがねぇ、くだらん話で時間を消費するよりいくらかマシだ。だからさっさと出て行けカスが」
「きーけーよー! なー! アッシュってばよー!」
「うるせぇってんだよ貴様は! これ以上俺を怒らせるんじゃねぇ!」
「諦めろって、もうその眉間の皺取れねーよ。地味にクリーム塗ってるみたいだけど無駄だからソレ」
「誰のせいだと思ってやがるクソがーーーーーーーっ!!」

 怒りのあまり瞬間オーバーリミッツし、ルークを壁に吹っ飛ばす。ゴスンッと良い音がしてその後無様にずるずる落ちていった。汚いうめき声を上げじたばた悶えているので、無駄に長ったらしい白襟を引っ掴み部屋の外へと放り捨てる。みぎゃ! と聞こえた後徹底無視して扉を見れば相変わらず怪しい機械と切断されたチェーンの無残な姿。そこまでするか、別の意味で怖いぞ。機械を外し扉を閉め再度ロックをかけるも、向こう側からドンドン叩く音がうっとおしい。やはりトドメを刺すべきか、とちょっと本気で考えたのが伝わったのか、ようやく静かになった。
 本当にあいつは疲れる。アッシュの眉間の皺を作るのも深めるのも刻むのも、イチからジュウまで大体があの馬鹿のせい。思い起こせば生まれた時から今日まで、面倒事の処理やアッシュが何か初めるきっかけがルークばかりだ。あの馬鹿が勉強しないからアッシュは机に齧り付き、あの馬鹿が城を面倒臭がるからアッシュばかり登城して……。
 その分自分が国を背負わなければという使命感を抱けたが、肝心の第一位継承者はあの馬鹿だ。どこまでも俺の足を引っ張りやがって、と考えたらムカムカしてきた。もしや産まれた時ですら、あいつが同じ腹の自分を足蹴にして先に出たんじゃないだろうな、と疑いを持ってしまった。
 昨日のおやつの中に大嫌いなタコが入っていたという、後から聞かされるには最悪な部類。どうせならば黙っておく気遣いは無いのか。無いだろう、あの馬鹿だし。
 だが確かにあのおやつは美味しく食べた。卵で包みこんがりと焼きソースで食べる、見た事が無いが中々美味かったと記憶している。あれを古いレシピからアレンジして作ったという人間は相当な腕なのだろう。
 それをわざわざあの馬鹿が言いに来たという事は、ここ最近グチグチ言ってくるムカついた誰か、という事か。実にくだらん。ルークが文句を言う時は大体2種類に分けられる。ひとつは単純に気に入らない時、もうひとつは……いや、これ以上考えても時間の無駄なので止めておこう。
 アッシュは机に座り直し、途中の書類を手に取ろうとして固まる。どうやらオーバーリミッツで机上をもふっ飛ばしてしまったらしく、インク瓶が我が物顔で書類の上を横断していた。どう見てもやり直しだ、クソッタレ。

 時々あの馬鹿は、実はあの馬鹿さ加減は全て演技であり裏では冷静かつ冷酷に他人をコントロールしてせせら笑っているのではないかと思う時がある。道化を演じ、他人を働かせ、最後に漁夫の利を狙う。効率を考えれば悪く無い。考えようによっては王の有り方のひとつとも思える。企みがあったとして、民に被害がいかず裏に潜むものに気付かれなければ良いのだ。
 人は利益がある内は多少不便でも口を閉じるもの。自分だけで済むのならばと、自己犠牲に殉ずる者も存在する。それを狙い読み見据え、敢えて人に手間をかけさせているのではないだろうか。でなければこの、無駄に、こんな時だけ、全く無意味な、諦めの悪さは一体どこから湧いて出てくるのだろう。
 昨日あれだけ、いやこれまでも散々邪魔だうっとおしいと怒り実力行使で追い出したのに、今日もルークは記憶をすっ飛ばしたかのようにベラベラベラベラ、世界一どうでもいい事を愚痴愚痴、アッシュの横で喋っている。
 朝起きた時や寝る前ではなく、朝食が終わってアッシュが国から送られてきた書類を片付けようと個室に入れば途端に現れるのだから、いっそ何か裏があってくれと自分を無理やり納得させたくもなる。現れるといってもドアをガンガン壊す勢いで開けるまで叩きつけたり、誰に貰ったかは知らないが鍵開けの機械を使って勝手に入って来たりとやりたい放題だ。馬鹿にハサミを持たせる危険な奴はどこのどいつだ。
 いい加減耳栓でも用意して無視するべきだな、怒るだけ体力の無駄だ、そう思って今日こそ適当に聞き流そうとしていた時だ。どうやらルークが悪口を言う相手は決まりきっているようなのだが、今日の内容は少々見過ごせない。アッシュはピクリと額の皺を一本増やした。

「そいつさぁ、俺よりちょっとだけ、ちょーーーっと、数ミリ、爪の先っぽ程度身長が高いくれーで俺を見下ろしやがるんだけどさ、ムカツクよな」
「なんだと? ……仕方がねぇ、ちょっとくらいは聞いてやる」
「おー! 流石アッシュ! 毎晩こっそり寝る前にミルク飲んでるだけはあるな!」
「くだらねぇ話に脱線しやがったら即座にたたっ斬ってやるから覚悟しやがれクズが」

 誠に遺憾ながらアッシュとルークは双子だ。双子でも個体差が出るはずなのに、何故かふたりは身長体重謀ったようにピッタリなのだ。あの馬鹿と自分がそれ程までに同じという事実が嫌で、よく食べよく寝よく運動しているはずなのに、涙ぐましい努力も1ミクロンだってズレが無い。ここまでくれば陰謀説を支持してその黒幕をブチのめしたいくらいだ。主にやりそうなのはジェイド辺りだと思っている。
 気に入らないがルークの身長を馬鹿にされたという事はアッシュの身長を馬鹿にされたと同義。いや別に自分は身長なんて全く気にしていない、ただあの馬鹿と同じなのがムカツクだけで不満自体は無いのだ。きっと将来2メートルくらいにはなるはずだから心配などしていない。だがまぁ、たまには話くらい聞いてやっても良いだろう。
 ペンを置き座ったまま後ろを振り向けば、尻尾を振って喜び馬鹿が瞳を輝かせている。こういう顔を一部……主にガイだが、無駄に褒めたり美点として上げるせいでこいつが調子に乗るのだ。思ったより素直で優しいとかなんとか聞くが、それはつまり普段は優しくないという意味だぞ。
 100%の内15%が優しさだとしても、残り85%が屑であればそいつは屑なのである。ガイを始め褒めて伸ばす勢が多いせいで、あの馬鹿は大馬鹿街道まっしぐらだ。もっとダラケて不真面目で屑という部分を叱る鞭側の勢力を伸ばさねば。
 と、自分から脱線し始めるアッシュだが外面は真面目に引き締めた表情を一切崩さないので、それがルークにバレる事は無いのである。

「あのさーこの船の倉庫あるだろ、いっちばん下のカビくせー所の」
「その頭悪い話し方をいい加減止めろ貴様は」
「話の腰を折んなよ! とにかく、昨日あの後俺は手伝いで訳分かんねー怪しい薬をそこまで取りに行かされたんだっての」
「手伝い? 貴様が? ……どうやら今日は雪が降るらしいな」
「なんでだよ今火山の近くだろ。リタとの勝負に負けて色々雑用やらされてんだよムカツクけど! んでそこの古くせー倉庫ってとにかく荷物が山程積んでたりして、ひっでー有り様だろ? ホコリもすげーし」
「まぁこの船は古い物らしいし、これだけの人数が乗っていれば荷物が増えるのもしょうがないだろ」
「んな事どーでもいいんだよ! よりにもよって天井の戸棚に置いてるやつ取って来いって言うんだぜ!? ほんとリタの奴わざとじゃねーのってモン選びやがってよー。ゴチャゴチャしてる上電気がチカチカして見難いし、その上脚立すらねーとか! そんなんどー考えてもチャットとか届かねーだろ!? 船長がまず届かないってどーなんだよ!」
「うるせぇ! 貴様の話は無駄が多すぎるんだよ屑が! いいからとっとと数ミリ背の高い奴の話をしやがれクソが!」
「うっせーなーすぐ怒鳴るなよ今から話すってんだ! しょーがねーからそこら辺にあった木箱を踏み台にしたんだよな、探すの面倒くさかったし。けどよーそれに乗ってもギリッギリ届かないでやんの超ムカつかね!? 後ちょっとだろここまできたらもう少しくらい頑張れよ!」
「頑張るのはお前の方だろうが、無機物に声援贈ってる場合か! それで!?」
「そんでー、届かねーから俺面倒になってきちまって。もどーでもいいかなって。そもそもなんで俺がこんなカビ臭い倉庫で必死になんなきゃいけねーんだよふざっけんなって思ってよー」
「もういい。少しでも貴様の話を聞いてやろうと思った俺の慈悲が無駄だった事は十分分かった。ここまで耐えられたという事実に驚きだ。たった今無くなったがな!」
「うおおおお剣抜いてんじゃねーよもうすぐそこだ、今から本題に入るから慌てんな! あんまり急ぐとナタリアに生き急いで心配ですわって言われるぞ!」
「グッ……この、屑が! ナタリアを持ち出すんじゃねぇ!」

 瞬間ナタリアの悲しそうな表情が浮かび、アッシュの拳は緩む。先日血糖値が高いと聞きましたわ……と心配していた時の表情も思い出してきて、精神的ダメージで甚大な被害を負った。そもそも怒らせるのはルークなので、原因がルークとも言えるのではないか。イライラが積もり積もっていくが、必死でナタリアの笑顔を思い浮かべて自分を抑えた。
 心を落ち着けて瞳を開ければヤレヤレと言った諸悪の根源が、生意気そうなツラをしているのでまたブチリといきそうになるが。

「ったく、アッシュはほんとにせっかちだよな。もっと俺みたいに広い心を持った方が良いぜ」
「……今日で俺の慈悲は売り切れだ。明日は俺の方から押し売りをしてやるから首を洗って待っていろ」
「おいいきなり剣の手入れ始めるんじゃねーよ、人の話は真面目に聞けよな。それで、あとちょっと足りねー! って所に偶然、いや偶然か? あいつ狙ってたんじゃねーのかな性格悪そうだし。とにかくそいつがいきなり生えてきやがって、こんな高さも届かないのかよ好き嫌いしまくってるからだぜ、とか言って笑いやがったんだチクショー!」
「実際貴様の好き嫌いは目に余るだろうが、みっともなく残してんじゃねぇ」
「好きなもん食って何が悪いんだよむしろ不味いもん食ったら気分悪くなるだろ! 食事は楽しくって母上が言ってたじゃねーか」
「こんな時だけ母上を持ち出すんじゃねぇ!」
「あーもーとにかく! そいつがいきなり出てきて俺が取ろうとしてた荷物を取っていきやがったんだよ! その時の顔ったらねーぜ、マジむかついた! 何横から出てきて奪ってんだよ順番くらい守れっつーの! 横入りすんな!」
「今さっきその口で諦めたとか言ってただろうが」
「ちょっと休んだら取るつもりだったんだ! たった数ミリなんだから俺が本気出したら届かない訳ねーだろつま先ちょこーっと伸ばせば絶対届いたっつーの! それをあの野郎、えらっそーなツラしてほーら取ってやったぞ感謝しろよな、って!」
「まがりなりにも助けてもらったなら礼の一言くらい述べておけ馬鹿者が。後でどんな縁になって自分の利益になるかわからんものだぞ」
「あー出た出た、その政治的判断、うぜー! どんな事にも利益を見据えて計算するとかぶっちゃけセコくね、みみっちいだろ。そんな事より俺はあいつのニヤケた顔がムカついて忘れられねーんだよ!」
「目の前の無能がまっっっっったく何も考えないから俺が考えてやってるんだろうがクソがあああああっ!」

 今回は面倒になってオーバーリミッツすらすっ飛ばし、ルークを部屋から叩きだした。今度こそ室内に被害は無し、と。毎回毎回奴を追い出すだけで仕事が増えてはかなわない、あいつとは違い自分は学習するのである。
 廊下側からガンガンと扉を叩く音が聞こえるが完全に無視を決め込む。2回目のロックはこじ開けてこない所は、お互いよく分かっていた。ルークは飽きっぽいので5分もしない内にこの騒音も止むだろう。と言っている内に止んでしまった。
 なんだよばーか! と低レベルな捨て台詞がうっすら聞こえ、ようやく静かになる。苦渋の溜め息を吐きアッシュはやっと落ち着いて机に向かい直した。随分と時間を無駄にしたものである。
 しかし落ち着いてくると、先ほどルークが話していた件がなんとなくふわふわ浮かんできて集中できない。身長を馬鹿にされたと言っていたが、この船で誰かの身体的特徴を口にするような人物はあまり存在しないと思われる。スパーダやチェスター等口悪い面々はまぁともかく、彼らはルークと同レベルなのであまり尾を引かないはずだ。
 甘やかされて育ってきたルークは上から目線で言われるとカチンとくる性格をしている。今まで自分が上からだったものだから耐えられないのだろう。そんな調子では民からのイメージが悪くなるというのに、面倒な奴だ。しかしガイはそれをある意味平等だと褒めるものだから直らない。
 まぁ確かに、トップの人間が平等ならば下もそれに従う他無い。しかし国というものは真に平等であるだけでは立ち行かない事もあるのが現実だ。アッシュの理想としては……思想だけならばルークに賛同しても良い部分はある。だがルークは城に上がらず政治を行わないので、平等に民まで行き届くプロセスというものを全く理解していないのだ。
 非常に悔しい話だが、アッシュひとりの力では変えられるものではない。それは双子の弟という烙印ゆえに押された影の立場。納得出来ないし腹立たしい事も今だある。時々あの馬鹿を引きずり下ろして自分が王になるべきだ、と夢見る事だって無くもない。
 だがそれを他人の口から聞くと、自分でも訳の分からない怒りに駆られ拒絶してしまう。不思議なものだ。普段馬鹿だ間抜けだ屑だのと好き放題言っているが、身内でもない人間が言っているのを聞くと辛抱できなくなる。
 今の話も……正直身長がどうという気がしなくもないし、無駄な時間を取ったと思う。しかし目の前で言われているのを聞けば、おそらくカッとなるに違いない。かと言ってルークの不出来を否定するつもりもないのだから難しい所である。
 ここ最近のルークからの愚痴は同一人物宛らしい。まだまだ続きそうだと思うと、色んな意味でうんざりしそうだ。というかもう既にしている。何故自分があいつの事でこんなに頭を使わなくてはならないのか、大変に理不尽だ。アッシュは途端に進まなくなった書類の束を見て、大きな溜め息をまたも吐いた。






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