猫耳大使に一目惚れするユーリの話








8


次元封印は失敗した。
だが世界樹が受けた同じ痛みをその身に受けて倒れても、ディセンダーの光は諦める事を知らない。ラザリスによって世界の理が変えられていく中、ディセンダーは新たに現れた未知の空間エラン・ヴィタールへ赴き世界樹とルミナシアを守る戦いを決意した。
その最終決戦に見事打ち勝ち、ディセンダーはジルディアと共生するべく世界樹の中へ還っていった。必ず帰ってくるとカノンノと約束して。

世界の終末を回避し、後は人間の頑張り次第だと決起しアドリビトムの皆はそれぞれ希望を胸に灯す。
この船を出て自分の故郷に帰り復興を望む者、このまま残ってギルドの手伝いと称し世界の手助けをしたいと言う者。少し寂しくもあるが、また交じり合う事もあるだろう。どちらにせよいい傾向だと思う。
そしてルークにもそれは訪れた。

「ア、アッシュ。……あのさ、お前ライマに帰るんだろ? 
俺、この姿の事何とかできないかアドリビトムで調べてもらうから暫く国へは帰れない」
「世界の混乱はディセンダーが何とかしてくれても、ライマの件は自力でやらなきゃならない話だ。時期国王のお前がそれをほっぽり出して、てめーの問題を優先するってのか」
「別に帰らないって言ってないだろ! アドリビトムの科学者達はこの世界でも最高峰だ、そうそうこんな機会ないんだし。もし駄目だったらその時はこの姿のままライマに帰るって」
「ハン、おめおめと逃げた奴がそんな簡単に信用されると思ってんのかよ。おめでたい」
「アッシュはそんな俺でも信用してたから怒ってくれてたんだよな。
……言い訳はしない、今まで散々してきたし。
だからとりあえず今は出来る事からやってくって決めた。一人じゃわかんねー事も多いから手伝ってくれよ、アッシュ」
「……フン。おせーんだよ屑が! どうにもならない事を口に零して愚痴ってんじゃねぇ、下世話な雑音を黙らせるくらいお前なら出来るだろうが!」
「うん。……ありがとな、アッシュ」

……チッ、と廊下に響くアッシュの舌打ちもどこか柔らかい。感動の和解現場に水を差さないよう扉の影から見守る俺は、傍から見れば相当情けない姿だろうがここは我慢だ。
嬉しそうに微笑むルークが眩しい。アッシュも直ぐには態度を変えられないだろう、ルークから視線を背けてそわそわしながらもその場を去ろうとする気配は無い。
いや、ずっとルークの重荷になってた件だから和解する事事態はいいんだが、なんだろうな? 二人に漂うドギマギ空気っていうのか? それが何となく気に入らない自分は心が狭いのか?
ナタリアかアニス、マオでもいいぞ。今直ぐここに現れてあの雰囲気をぶち壊してくれ。





科学部屋でルークの体の件を依頼した後、二人で甲板に上がった。
今はまだ後始末で細々手を取られているが、それが終われば喜んで手を貸すと快諾を受けたのは喜ばしい。特にハロルドの目が爛々と輝いていて正直引いたが、あのマッドサイエンティストならば不可能そうな事の方が上手くいきそうだからとりあえず良しとしよう。
春先と言うにはまだ早いが、それでもこの風は温かい。世界樹から降り注ぐ花吹雪は美しかったが振りっぱなしも航海する上では多少困る。ついこの間皆で降り積もった花絨毯の甲板を掃除したのも記憶に新しい。
穏やかに凪いでいる海面を眩しそうに、目を細めるルークの猫耳も尻尾も機嫌良さそうに揺れていた。
考えたら俺達のきっかけは大抵ここのような気がする。
最初に出会った時、ルークを好きだと自覚した時、慰めた時。
ルークと出会って一年だって経ってもないのにやたら感慨深く感じてしまうのは、歳を取ったって事なのかねこれは。

「おい、ユーリ! こっちこいよ」

セルシウスの佇む中心甲板からぴょんぴょんと軽快な足取りで前方へ進み、帆先へと腰掛ける。
足をプラプラさせて、尻尾もバランス取るみたいに揺れているのが可笑しい。隣に座れば、ルークは嬉しそうに笑って距離を詰めてくる。

「ご機嫌だな」
「ん、まぁな。色々吹っ切れたし」
「ラザリスも叱ってぶん殴ったし、まぁ後は俺達の頑張り次第だ。これから忙しくなるぜ」
「叱ってぶん殴ったって、その言い方……!」

何がツボに入ったのかルークは吹き出して笑う。ケラケラと笑いながらバタつく足に合わせて体をグラグラさせるもんだから、俺は慌てて腰を抱いてやった。

「おいこら、落ちるだろうが」
「わりーわりー!」

衝動の収まったルークが、はふっと息を吐いて俺に寄りかかってきた。
俺の肩を枕にして頬をすり寄せる。猫耳がくすぐったくてたまらないが、我慢して朱金を梳くように撫で付けてやれば俺の背中で尻尾がふわふわと触れてくるのを感じた。

「俺はずっとなんで自分だけがって思ってた。俺は悪くない、悪いのは周りだって。
……けど実際俺が自分で勝手やったからこんな姿になって、みんなだって戸惑ってたのに責任転嫁してた。
この姿になって国から見捨てられたっていうのも結局思い込みで、事実そうだったとしてもそれがどうしたって怒ればよかったんだ。
今まで次期国王として育てられてきた事を考えればむしろそう言わなきゃ駄目だったんだよな」
「お前変な所で卑屈だもんな」
「うっせー、俺だって色々あんだよ! けど、散々ビビってたのにいざ認めちまえば案外簡単なんだな。
……ありがとなユーリ、お前が勇気をくれたからだ」

……勇気ねぇ? あのキスとこの雰囲気でそんな事言っちまう訳だこのお坊ちゃまは。
ククッと笑みを零す俺を、んだよ? と不思議そうに唇を尖らせて上目遣いに見つめてくる。これは意地悪してくれって言ってんのかね。

「俺としては勇気じゃなくて愛の証のつもりだったんだけど?」
「……あ、あー。うん、まぁ……そうだったな」

みるみるうちに目を見開いて、同調するように真っ赤になっていく頬を満足気に見つめる。
それに今度は俺の方が吹き出してしまって、おいこら! と怒りながらルークがポコポコ小突いてくる。可愛い尻尾もビタンビタンと背中を叩く。

「ま、意識はしてもらってるみたいだからとりあえずはいいけどよ。
忘れるなよ? 俺は恋愛の意味でルークが好きなんだって事をな」
「言うなよ馬鹿! わか、わかってるつーの!!」

恥ずかしくなって逃げ出そうとする体を腕の中に閉じ込めて、熟した林檎みたいになってる頬にキスを落とせばルークは声にならない悲鳴を上げた。
ばかやろーとふにゃふにゃした涙声により苛めたくなってしまう。自分では優しく可愛がってるつもりでも、どうにもSっ気溢れてしまうらしい。
居心地悪そうに腕の中でモゾモゾするルークに、ちょっと遊びすぎたかと覗きこむと潤んだ緑碧とぶつかる。

「……俺も、その……。……きだからな」

風の音で掻き消されてしまいそうな囁きだったが、奇跡的なのか愛の力なのか、その言葉はきちんと俺の耳に届いた。そして足りない言葉を補足するように、ルークの腕が俺の背中に回されて抱き締め返してくる。
それだけで俺の中に広がる歓喜は喩えようもなくて、今にもこの口から感情が溢れて爆発しそうになる。

自分でも制御できそうにない大きさの衝動に、ルークを強く抱きしめる事でなんとか我慢する。息を詰めるルークには少々可哀想だが許してほしい。馬鹿正直に俺の欲望全部をお前にぶち撒けちまうには、ちょっとばかり大きすぎて薄汚れている。
……こいつの性教育ってどうなってんだろう。流石にコウノトリだとかキャベツ畑だなんて言い出さないよな?
まぁそれも追々やっていこう。どうせこれからずっと一緒なわけだし。王家だのなんだの、ゴチャゴチャした事も後から付いて来るだろ。
例え相応しくないだとか言われようが、此方とガルバンゾの王家筋と騎士団団長様もカードに居る。……最終手段として騎士団に復帰するのもいいが、それは出来ればしたくないな。おっと、ラストジョーカーとしてディセンダーも入れとこう。


止んだはずの世界樹の花がどこからともなく吹雪く。これはディセンダー様から背中押してもらってんのかね?
とにかく俺にとってもうこいつは絶対に手放さない唯一になったんだ。
ちーっと面倒くさいかもしれないが、覚悟してもらおうかルーク。





END







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