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さて、船を抜けだして遊びに行くのはいいとして、どうしようかね。 この場合悩んでいるのは「ルミナシア存続の危機という現状を忘れてオフでも無いのに二人きりで出る」ではなく「どこの海岸へ行けばルークが一番喜ぶか」の方だ。 まぁよくもこんな手前勝手なモンだな、といざ字面にすると如何に俺が好き勝手やってるのかがよく分かる。 けどもう今更だ。もちろんディセンダーに声を掛けられれば優先するが、それ以外なら少しくらい個人的にやらせてもらってもいいだろう。こんな事こぼせばフレン辺りからお説教が飛びそうではあるが。 海岸がいいと告げたルークの表情を思い浮かべれば、そこには何か個人的な思い入れがあるのだろう事は分かる。どうせ行くならできればそれに近い場所に連れて行ってやりたい。 ただ世界情勢の不安定さもあるから、あまり遠出が出来ないというのは痛い。いざとなればチャットに頼み込んでバンエルティア号をちょっくら飛ばしてもらうしかないか、そこらへんは俺の腕の見せ所だな。 何はなくとも海岸だ。 ルークに関することならガイに聞いた方が早いだろう、悔しいが仕方ない。 「なら多分ここの事だと思う」 「お、意外と近いじゃねーか」 「ファブレ家の別荘地なんだ、ここ」 ガイが地図で指した場所は、今船が飛んでいる空域から程近い海岸線だった。ライマからそこまで遠くない場所ではあるが国外に別荘とは……。流石王族だな。 「ここの国とライマは友好国なんだ。星晶戦争が激化してからはめっきり行ってないけどな。……それにしてもルークが言ったのか? 根に持ってたんだなぁあいつ」 「なんだよ? 意味深だな」 クック、と思い出し笑いのガイが何となく引っかかる。どうせまた俺の知らないルークの過去話なんだろう、何度も言うが分かっててもムカツイてしまう。知りたい、という気持ちと他人の口から聞きたくない、という気持ちが両方あって上手く言葉にできない。 「悪いって。昔な、ファブレ家でここに旅行に行く事があったんだが、その時ルークだけ熱出して行けなかった事があるんだ」 「そりゃタイミング悪いな」 「その後星晶戦争が激しくなったもんだから、ロクに家族旅行なんて行けなくなっちまってな。やっぱ気にしてたんだなぁあいつ」 ルークの家族仲は悪いのだろうか? アッシュが今あんな感じではあるが、昔は仲が良かったと言っていたのだし、そこまで険悪という事は無いだろうが。まぁ実際は本人でも分からないんだから俺が考えたって無意味か。 それともやはり、普通の家族と王家筋の家族というのは違うのだろうか……。 「今は使われてないけど、管理人が一年ごとに掃除くらいはしてると思う。鳩を飛ばしておくから行って来いよ」 「王族の別荘なんだろ、使用人の独断でそんな簡単に決めていいのかよ」 「ルーク本人が居ればいいだろ。あいつの髪は特徴的だし、写真も出回ってるから大丈夫さ」 「ああ、写真な……」 悩む俺をよそに軽そうなガイ。いくら親友とはいえ使用人がそれ程権限持ってるもんなのかね? とは思うがここは大人しく甘えておこう。 後はジェイドをどうやって騙くらかすかだな。一泊する予定だし流石にクエストみたいに一筋縄じゃいかないだろう、無許可で連れてく訳にもいかない。此方の方が大変そうだ。 「ジェイドの事は俺が何とかしとくから、ルークを頼むな」 「……アンタってマジお坊ちゃまの事だけカン良すぎだろ」 「そうかな? そうかもしれないな。付き合い長いしな」 本当にそれだけかよ。いらぬ邪推がよぎるがもしガイがそうなら、正直分が悪い。だからと言って簡単に諦める気は無いが。 「もしかして俺の事気にしてるのか」 「ん、まぁそりゃ。元はと言えばあんたが背中押してきたんだし」 「俺のせいかよ? 俺はただ、目に止まったから声かけただけさ」 それは暗に元々俺がルークを気にしてたって言いたいのかよ? まぁ事実だが、俺だって一番最初は猫耳しか見てなかった……つもりなんだけどな。人生分からないもんだ。 「俺はルークが笑ってくれるなら、なんでもいいさ」 「健気だね。それは使用人としてか? それとも親友兼兄貴のつもりか?」 突っかかる俺の言葉に、さらりと苦笑するガイが小憎らしい。 俺は別に意地悪や藪蛇のつもりはなく、ただ心底ルークに心を砕いてるガイに敬意をもってフェアでいきたいだけだ。ライバルに借りっぱなしでおんぶに抱っこなんて冗談じゃない。 「救われたから、ルークに」 「……ん?」 「俺の過去も未来も、ルークに触れて救ってもらったんだ。だから俺はその恩に報いたい」 「ルークがあんたを?」 「あいつは知らないよ、俺が勝手に助けてもらっただけだから。だから俺も勝手にあいつを助けたいのさ」 その瞳は遠い過去を想う老兵のような深さが垣間見えた。どういった経緯なのかは想像もつかないが、結局の所底に残っているのはルークへの深い愛情なのだろう。 それは親が子を想う類の。 まだ若い身空でそれは正直どうなんだと言ってやりたいが、人の数だけ道はあり、だ。俺が口出しするもんじゃないだろう。 「まぁ、そういう事なら俺も遠慮しないからな」 「ああ、よろしく頼む。……けれど、もし泣かせたら分かるな?」 「いきなり殺気飛ばすなよ……。分かってる」 ページをめくったような切り替えの速さに辟易する。 これも全てルークの為だって言うんだから、ご立派な事だ。愛されてるねお坊ちゃん。 街から馬車で移動して数時間ちょっと。ガタガタ揺れる街道にルークが癇癪を起こすかと思ったが、これから行く場所への期待に胸がいっぱいらしく、むしろ落ち着けと別の意味で諌めた。 馬車が止まり、やっと着いたかと思えばウズウズしっぱなしだったルークが、耳隠しのフードが外れているのも気にせずまっしぐらに駆けて行く。 後ろで御者がクスクス笑っていたが、当然だろう。俺だってさっきから笑みが溢れっぱなしだ。 道すがら木々の間から見えていた海岸。タイル道を抜けた先は、不安な未来も知らない顔して、晴天の太陽がビーチに眩しかった。 「うっおー! 白い! 青い! うみーーー!!」 「おいこら待て、ちょっ、海は逃げないってーの」 一泊だし、管理人付きの別荘なのだから荷物は着替えくらいだ。それも俺が持っている。手も足も尻尾も悠々自適なルークは、跳ね回りながら海に向かって一直線にダイブする。もちろん服のまま、だ。 「こら馬鹿! 泳ぐのはまだ無理だ!!」 「俺泳げないって!! はははっ!!」 何がそんなに可笑しいのか、栓が壊れたんじゃないかって勢いで笑うルーク。まだ日中だからいいが流石にこの気温じゃ泳ぐのは厳しい。 管理人には街で先に挨拶しているからいいが、せめて食料のチェックと荷物置きにコテージに入りたい。 そりゃこの広いプライベートビーチを見ればテンションが上がるのは分かるが、最初からこの調子だと風邪を引いてしまうかもしれない。いくらなんでもそれは笑えない。 水を差すのは気が引けるが、はしゃいで波間で遊んでいるルークの手を掴む。 「あーあ、ズボンずぶ濡れだし」 「いいじゃねーか! ユーリもスカした顔してんじゃねーよほら!」 「うわ、おい、ちょ!!」 ばしゃん! 間抜けにもルークに思い切り引っ張られ、頭から突っ込んでしまう。波際とは言え危ないだろう、テンション爆上がりすぎて加減を忘れてやがる。 一瞬海水を飲んだが、鼻を垂らすなんて俺のキャラにかけてもしてやらないぞ。 頭上でゲラゲラ笑ってるルークにちょっとお仕置きしてやらなきゃならない。年上としてな! 「ほい、隙ありっと」 「うぉわっ!?」 無防備な腰へタックルかまして、尻餅を着くように海へ倒れるルーク。これで下着も水没だなざまぁみろ。 はっはっは、とわざとらしく笑ってやって、立ち上がる。布地が海水を含ませてやたら重い。 「やりやがったなぁ」 構ってもらって嬉しいのか浮かれた声のルーク。駄目だこいつ全然諦めてない。 俺の足が波に取られた一瞬を狙って、海中から放たれた見事な足払いで俺は再び頭からダイブ・インだ。このやろう。 「そんなに遊びたいなら遊んでやる。毛が濡れそぼってガリガリになった猫みたいにしてやるからな覚悟しろよ!」 「おお!? アルバート流の奥義、見せてやるってーの!!」 段々興が乗ってきて、ルークの調子に釣られるみたいに遊びだす。全身びしょ濡れで流れてくる藻を引っ被って馬鹿みたいに一緒に大笑いする。水の掛け合いが本気の攻防戦に移るのも速攻だ。当然俺が勝つけどな。 貴族のプライベートビーチなだけあって浜辺が綺麗だ。ルークに水切りを見せてやれないのは惜しい。その内見せてやりたい。自分で言うのもなんだが水切りさせたら下町じゃ負け無しだったんだからな、多分ルークは目を輝かせるに違いない。 俺とルークは体力が尽きるまで遊んだ。戦闘やクエストとはまた違った労力はこの青空に相応しい程、気持ちよかった。 ――今だけは全ての事を置いてけぼりにして。 子供みたいに目一杯遊んで、気が付けば水平線がルークの髪の色だった。 流石に疲れ果てて、大人しく座り込むルークは砂まみれだ。どうしてもむずがるので近くの水場で濡らしたタオルで拭ってやる。結局荷物を置きに行かなかったのが幸いした。 黄昏に染まる海が喩えようもなく美しい。バンエルティア号の甲板でいつでも見れたってのに、どうして俺は今までこんな綺麗な物を見過ごしていたんだろうか。ガルバンゾを出て初めて見た海に感動した俺はどこに行っていたんだろう。いや、ちゃんとずっと居たはずなんだ。ただ少し居眠りしてただけだ。それを起こしたのがルークなんだろう。 「俺にとって外って言ったら海だった。ライマは陸地に囲まれた小国だし、街に囲われた空はいくら眺めたって飛べるわけでもないだろ? 外の情報って言ったら、悪くなる情勢とここの写真だけだった」 「まぁ今の御時世、海に面してない国の人間は大体そんなもんだろ」 「うん。だからさ、ここに来られてマジ嬉しい。サンキューな」 「んだよ、海くらいで大袈裟なんだよ。 ……お前が望むならこれから何時でも連れてってやるから安心しろ」 「ユーリが言うと本当に簡単にやっちまいそうだから困る」 実際は難しいだろうとは思うが、わざわざ今言う事でもない。負担にならないよう軽い口調で言ってやる。 素直に笑うルークは可愛かった。なのに、それが泣き笑いに見えちまう俺の目はどうなってやがんだろう。 「いい加減、コテージに入ろうぜ。体も冷えたし、風呂に入った方がいい」 「もうちょっと、せめて日が落ちるのを見たいんだ」 「見るだけならポーチででもいいだろ。風邪でもひかれたら俺がガイに怒られるんだぜ?」 「頼むよ、今日だけはここで見たいんだ。ユーリ」 「ったく、強情なお坊ちゃんだ」 「悪い。先行ってていいからさ」 梃子でも動きそうにないルークに諦めて、俺も付き合って隣に座る。 少しびっくりしたような緑碧がこっちを向くが、むず痒そうに物言いたげな口元をモゴモゴさせるだけで、結局無言で夕間暮れを見つめた。 日が落ちるのなんてあっという間だ。 静かな波間に、一秒だって見逃すものかと水平線を見つめ続けるルーク。まるでこれが最後だからと言っているみたいだった。 陽色の水面が溶けて、闇色が落ちてくる。 暖色ってだけで暖かく感じていたのに、濡れた体を思い出して寒気に震える。もう戻るぞ、そう言おうとしてルークの方を見て俺は息を呑んだ。 「溺れちゃったな、太陽。俺みたいだ」 泣きそうな声色で苦しそうに眉根を寄せているのに、泣くのを我慢している瞳。それでも何もかも抑えこんで、微笑んでいた。 「こんな姿になったの、俺のせいなんだ。自分で暴走して相談もせず勝手やった、自業自得ってやつ。 だから軽蔑されても蔑まれても仕方ないのは分かってる。分かってたのに、実際みんなが俺を見る目が変わっていったのは正直怖かった。 誰も彼も「哀れだ」とか「異様だ」とか言って、それ以外はペット扱いだ。 口には出さないけど、人間扱いされてないってずっと感じてた。俺は「ルーク・フォン・ファブレ」じゃなくなってたんだよ。 それが嫌でずっと反抗して、抵抗してた。ルークはここに居る! こんな耳付いてても付いてなくても俺のはずなんだ! ってな」 自傷するように笑うと、残り陽で煌めく緑碧が俺を見つめる。真剣な言葉と裏腹に、ドキリとしてしまう。 猫耳が風に煽られてピクリと震え、尻尾の揺らめきが砂に絵を描く。まるでポリグラフのように、口に出来ない想いを叫んでいるように見えた。 「……けど、それに安心してる俺もいるんだ。これで次期王になるためにって我慢を重ねなくていいんだって。すげー身勝手だろ? 自分勝手で、自己陶酔の最低の屑だ。こんなのが元の姿に戻ったって、もう国じゃ信用されないだろうな」 「んな事ねーだろ。猫耳生えたぐらいでお前が一七年頑張ってきた事が無くなる訳じゃない。それはジェイドやヴァンだって知ってるだろ」 「アッシュに比べたら俺なんか……」 「アッシュがやってきた事とお前がしてきた事は違う。それは自分自身が一番分かってるだろ?」 「全然違う、だから余計に分かるんだよ!」 一瞬の内に感情が高まって、吐き出すように叫ぶ。 苦しみ呻くようにルークは胸元を握り締める。その瞳が濡れていない事が不思議で仕方がない。涙の代わりと言わんばかりに、秘めていただろう言葉が溢れる。 「王になれない俺の場所なんてどこにも無い。いやむしろアッシュの邪魔になる、ライマを出なきゃならないかもしれない。 ……けど俺は弱くてもの知らずだから、ライマ以外じゃ生きていけない。義務を放棄してるのに弱者の権利ばっか主張してる。 あげく今のラザリスの問題が解決すれば国に帰らなくちゃなんねぇ、それが怖くてずっと今のままならいいのにって考えちまう。今までのみんなの頑張りを馬鹿にして!」 「落ち着けルーク! 王になるだけがお前の価値じゃないし、周りだってんな事思ってないだろうが。……お前は思い詰めすぎなんだよ」 膝を抱えるルークは我が身を守らんばかりに両腕を強く握り締める。何から守っているんだろう。お前が見ている大半は夢まぼろしの類なんだと言ってやりたい。勝手に捨てられたと思い込んで周りを拒絶している。 けどルークを支配しているのはその幻達だ。実際に隣にいる俺は幽霊か何かと思われているのかと思うと笑えた。 爪跡が残りそうな程握る掌をほどいて触れてやったら俺は生身として見てもらえるのだろうか。それは何時の事だ。明日? 明後日? 来週? 来年? 俺はルークによって突き動かされているのに、こいつはずっとここに座り込んでいるのか。 「んな事あるかよ! これだけ身勝手で無責任な奴が好かれる訳ないだろ、こんな奴、俺だって嫌いだ! 誰が俺みたいな奴見てくれるんだ。誰もいるもんか、本当は昔からずっと一人で、これからもずっと一人ぼっちなんだ!!」 「お前な……!」 嫌い? 嫌いって言うのか。こんなどうしようもない焼き切れそうな感情を、嫌いって言い切っちまうのかよ、俺の領域を荒らしまわったルークが。 ブチリと、頭の奥の方で糸が切れた音が聞こえた。 「被害者ぶって悲劇に酔うも勝手だが大概にしろよ! 自分が嫌い? ずっと一人だって? んじゃガイ達は何なんだ。そんな姿になったお前にも変わらない態度で居てくれたのはあいつらだろうが。 ナタリアはどうだ、姿の変わった婚約者でもいいって言ってるんだろう。ティアは若干陶酔気味だけど、あいつなりにお前を大事に思ってる。 何よりアッシュだ! あいつだけだろ、お前を叱ってくれてんのは。 正論言って嫌われるのをわかってて、それでも言ってんだろうが、お前聞いてなかったってのか?」 「ライマのみんなは、国の為だから仕方なく俺に付き合ってくれてるだけで……」 「仕方なく? それじゃアドリビトムの奴らはどうなんだ。 最初こそ物珍しげだったかもしれないが、今でもそうか? カイウスは? ロイドやクレスはどうだ。あいつらの事何時も何時もそんな風に思ってたのか!」 「そ、れは……」 言葉を濁して俯こうとするルークの肩を掴んで、無理矢理にでも此方に向ける。その瞳は動揺と怯えに染まっていて痛々しいが、頭に血が上った俺の言葉は止まらない。 「……じゃあお前は俺の事なんだと思ってんだ。不満ばっかで自分じゃ何もできないお坊ちゃんを慰めてクエスト連れてってしまいにゃ世界の危機だってのにお貴族様の別荘にお遊び逃避行だ。 船内で俺の貴族嫌いは聞いたことあるよな? 隠してないからな。俺はライマの人間でもないし、傲慢な貴族も大っ嫌いだ。お前そんな俺の事、どう見てんだよ。精々便利な下僕か使用人とでも思ってたのか? お前は望んでないけど俺が勝手にやってるからって上から目線で見下してたのかよ!」 「ちが、……そんな事、思った事ない!」 「じゃあどう思ってんだ!? お前を心配して右往左往してる俺を笑ってたのか」 「違う! ちがうちがうちがう!!」 「違わないだろうが! 今お前は、そう言ったんだよ!! お前が言った事はそういうことなんだよ!!」 「そんなことない……! 言ってないっ……」 ちがう、ちがう! 言いながらもルークの声は掠れて、ついには涙混じりになっていく。声を抑えて泣き出すルークの背中に同情するように暗闇が下りて、太陽が完全に沈んだ世界が辺りを支配し始めた。 ルークが泣くのならその時は俺が受け止めたいと思っていたのに、俺が泣かせてどうするんだ。 けど、あのままじゃこいつは駄目になる。ただ慰めて肯定して甘やかして信用されるだけじゃ駄目なんだ、信頼されなきゃ。 「俺は……。俺は、お前が気になって仕方ないんだよ。心配してる。最初は同情だったし憐れみもあった。けど今は違う、同じギルドメンバーだからって訳でもない。 ただ俺個人が、お前の一挙一動を気にしてる。 最初は猫耳が珍しくて目に留まって、ガイとの態度の違いにイラついたさ。それからお前の事情を聞いて気掛かりになって、アッシュの言葉に痛感した。 俺はもういちいち理由を用意しない、はぐらかさない。今逃げてるルークを認めたくないからな」 逃げたそうなルークの肩を包むように抱きしめる。嗚咽と寒さに震える体を暖めてやりたいって思うのはそんなに無理な事なのか? ……そんな訳ない。これだけこいつを想ってる俺以外、誰がやるってんだ。 「俺はルークが好きだ。……好きだ、ルーク」 好きだ。今まで思い描いていた全ての感情を込めるように言う。 ルークの瞳は驚いたように見開いて、我慢できずに溢れた涙も気にせず穴が空くんじゃないかってくらい俺を見つめてくる。 「う、うそだろ……?」 衝撃に染まるルークには簡単には信じてもらえそうにない。最初はともかく、最近はわりとあからさまに動いてたつもりだったんだけどな。 まぁ口で言っても仕方ない。肩を抱いていた両腕を背中に回して、できるだけ顔を近づける。へたり込むルークの両膝を俺の内側に挟み込んで隙間すら許さないと言わんばかりに抱きしめる。 「おいルーク、俺は今からお前にキスするからな」 「……え?」 「好きだからする。嫌がらせじゃないぜ。 だから、もしお前が嫌だってんなら遠慮無く俺を突き飛ばしてぶん殴れ。殴られたくらいじゃ嫌いにならないから、思いっきりやっていいぞ」 「ちょ、待てよ……ユーリ?」 戸惑うルークを眺めて、抱きしめていた力を緩める。それに合わせて緊張していたルークの背中が力を抜いて、その分空いた隙間から切り裂くように潮風が入り込む。回していた腕を解いて軽く離れたら、ルークは捨てられたみたいな傷付いた顔をして肩を震わせた。 「俺は先に言ったぞ。……だから後はお前次第だ。 選べよルーク、ちゃんと自分で選ぶんだ。時間を用意してやれないのは悪いが、自分の思う通りにすりゃいいだけだからな」 「ユーリ……!」 「お前が好きだから、お前の嫌がる事はしたくないし、苦しませたい訳でもない」 「俺は、……俺は!」 ルークがぎゅっと目蓋を閉じて、涙が美しく散っていく様を眺める。悔しそうに両手を握り締めてから、次の瞬間ルークは思いもよらない行動に出た。 「……っ!」 がつん、と至近距離でルークの唇がぶつかってきて、すっかり油断していた俺はそれをモロにくらう。 衝撃に少しふらつくも、ルークは倒れこむように自ら肩を寄せてきて俺の中に収まろうとする。それを受け止めてぼろぼろと涙が止まりそうにないルークの頬を摩ってやる。 夜の帳が下りて星もまだ顔を出してないのに、意思を放つように輝くその瞳は何度見ても美しかった。 「俺もユーリが好きだ。 ……でもおかしいんだ、ちゃんと自分の気持ちを言ってるはずなのになんでか俺自身がその言葉を信じられない。どうしても上滑りしてるみたいに聞こえるんだ」 信じたい、信じさせて。 音にしないルークの言葉が届いた。不器用で素直でいられないルークの気持ちを汲み取りたい。俺は強くそう思った。 「証をやる。俺がお前を好きだっていう消えない証拠だ。 ……目を開けてていいぜ、見たいならちゃんと見とけ」 もう一度ルークの背に腕を回して、今度こそ隙間無く埋めるように抱きしめる。左手で頬に触れ、辿るように首筋を遊んでやれば擽ったそうに吐息が漏れた。 ゆっくりと、目蓋を閉じながら優しく唇に触れる。俺のこの熱で融かすように、上唇でさすって、合わせて。 服の上からでも飛び出すんじゃないかってくらいの爆音が心臓を中心に暴れまわるが、ああでもルークに聞こえたらいいと思い直して抱きしめる腕により力を込めた。 それに応えたのかどうか分からないが、自分の閉じた目蓋にふわりと触れる感触がする。 それに俺はルークも瞳を閉じたんだと知った。 |