猫耳大使に一目惚れするユーリの話








6

「ユーリユーリ! どこ行くんだ? クエストなら俺も連れてけよ!」
「今から遺跡に討伐だ。相手はゴーレムだぜ? ご自慢の爪がボロボロになっても知らねーぞ」
「馬鹿言ってんじゃねーよ。最近剣の修行再開したの知ってるだろーが! ヴァン師匠も結構褒めてくれんだぞ」
「へーへー、そうでしたってね。おいエステル、ディセンダー。メンバー追加だ、いいか?」
「いいよ。どうせ一枠空いてたし」
「わぁ、ルークと一緒に行けるんですか? 楽しみです!」

元々今日は俺とエステルの修行だった。それにディセンダーに付き添いを頼んでいたから、丁度いいと言えばいい。
ルークをクエストに連れて行ったあの日以来、俺はルークに積極的に関わるようになった。
ルークも外に連れ出されたのが余程衝撃だったのか、それに答えるように俺に関心と好意を持つようになってきている。
初めの方はまだ戦々恐々としていたが、少しづつ、けど確実に距離を縮める。
ガイにも多少手伝ってもらいはしたが殆どは俺の頑張りだと自負できる。
俺がルークに害さない、奇異な目でも見ない存在だと認識されるにはそれ程時間はかからなかった。
今ではルークが頼るのはガイだけではなく、俺も選択肢内に入っているだろう。
最近じゃ専ら、部屋の外担当は俺だとギルド内でも認識されつつある。俺はその評判をほくそ笑んで聞いていた。

目に見えて態度が軟化していくルークの姿が可愛くて、俺は浮かれていた。
俺が支えて、ルークを立たせてやればいいと思っていた俺の考えは甘かったんだ。そんな程度で解決するならガイだって俺に頼みはしない。
俺はライマの外の人間という、大きな特性だけに溺れて事態を甘く見ていた事を知る。



次元封印の完成が近づきつつある。
風来草の採取で遂にツリガネトンボ草のドクメントが構築され、残るドクメントはウズマキフスベだけとなった。
しかし希望は同時に絶望をも連れて来る。
世界を侵略するラザリスの牙が新たに二本、ルミナシアを喰らい尽くさんとすべく現れたのも同じ頃だった。
牙の出現で一時的に戦争を止めていた各国も、今度は領土を奪い合うように戦いだす。それは祖国を既に失った者も、置いてきた者にも降り注ぐ糸口の無い問題だった。
ただ唯一、ディセンダーだけが不安を振りほどくように走った。
何も持たずに生まれたディセンダーは恐れも知らぬ。
その伝承に支えられたのはむしろ周りの人間だった。嘆いて戸惑うより、がむしゃらでも出来る事をする。そんな当たり前の事が、アドリビトムでは光となった。

けれど、その恩恵を受けれない者も居た。
いや違う、ディセンダーの光は平等だ。本人が受け取っていないだけで。
ジルディアの牙が三本になってから、ルークは傍目からでも分かる程苛ついていた。
また部屋に篭るようになり、出ても俯きがち。俺が傍に居ても心ここにあらずと言わんばかりに生返事。
ルークの過去を他人から聞いた程度では、その心境は想像しかできない。
自国ライマの事を想っているのだろう、複雑であろう事は分かる。けどそれもあくまで俺の想像だ。本人の口から一言も出たことは無かった。
考えてみれば俺は好意を押し付けるだけで、結局今まであいつの本心を聞いた事は一度も無い。
その事実は思うより強い衝撃を、俺に与えた。




「いい加減にしろ! お前がそんな事ばっかり言ってるから……!!」
「俺にばっかり言うんじゃねー! 偉そうな事言って、お前だって大して何もしてないクセに!」
「ああそうかもな。けどそれすら自覚せず、のうのうと管巻いてる屑よりよっぽどマシだ」
「……俺の事かよ!」
「ついに人間の言葉も分からなくなったか? ……ああ、元からか」
「てんめぇ!」

がたんバタンと乱暴な音が廊下に響き渡る。
聞こえる声に体が勝手に反応し、慌てて駆けつけるとそこにはアッシュとルークが今にも殴り合いを始めんとばかりに組み合っていた。

「おい、止めろ! 今お前らが喧嘩しても意味ねーだろ」
「うっせー! 関係無い奴は引っ込んでろ!!」
「俺達の事に、他人が干渉してくるんじゃねぇ!!」

この台詞にはかなりムカついて、口に出るより早く体が勝手に動いていた。
左手に下げたニバンボシを音も無く抜いて、二人の間を引き裂くように振るう。

「……貴様っ!」
「いい加減にしろよ。今のルミナシアもアドリビトムの状況も、知らないとは言わさねーぞ。女子供が何も言わず頑張ってんのに、お前らは何やってんだ。
自滅したいってんなら別だが、それなら船を降りてやれ。こんな無様な姿晒してんじゃねぇ」
「……んだよ!」

初めてルークに向ける、冷たい視線。
言葉とは裏腹にルークは冷水を浴びたように萎縮して、その耳もペシャンと下げてしまう。
さっきまで攻撃的に膨らんでいた尻尾もはたき落とされたかの様に下げる。その様子に心がチクリと痛んだが、言うべき所は言わなければならない。ルーク自身、俺のそういった部分に好感を持っていたのだから特に。

「……フン、下手人が騎士気取りか」
「あ?」

吐き捨てるようなアッシュの声に、普段なら反応しない部分が尖る。殺気を含んで睨みつけても、意を返さんとばかりに睨み返される。

「忠告しておいてやる。この屑に取り入ったとして、貴様が得る見返りなど無い。正義感ぶって弱者に崇められたいだけなら、他所を当たるんだな」
「俺がこいつに構うのは俺の好きでやってるだけだ。正義のヒーローごっこも崇拝も趣味じゃねぇ」
「ハン。前々からおかしいと思っていたが、ユーリ・ローウェルまで籠絡してみせるとは……」
「な、なんだよ! ユーリは……関係ねーだろ」

忌々しげに喋るアッシュの口からはルークを侮蔑する言葉しか出ない。
ルークも段々、反抗する気力も失せるように肩を下げていった。

「こいつに獣が憑いてから、不平不満ばかりで自分じゃ何もしようとしない。祓う努力も、負い目があってもそれを跳ね除けようと動こうともしない。自分は不幸だ、自分は悪くないってな!
しかもそれを許容し、助長している奴らも大概屑なんだよ!!
こんな屑がライマを継げば、例え今の危機を乗り越えられたとして待つ先は滅亡しか無いだろう」
「お、俺の身じゃどうせ……」
「どうせ継げない? テメェが出来ないってんで捨てたモンをハイエナみたいに頂戴しろってか? ふざけんな!! 家臣達にも好きな様に言われっぱなしで、このファブレ家の面汚しが!!」
「お、俺は……」
「いい加減にしろ、アッシュ。他所からみりゃお前らどっちもどっちだろうが」

アッシュの暴言は苛烈だが、それは今まで何となく避けていた事実でもあった。 けれどよりもよってこのタイミングで言わなくてもいいだろう。もう少し、せめてラザリスの件が片付いてからの方がいいはずだ。
ルークもライマを一度横に置いて、世界を広げていた自覚がある分碌な反論が出来ずに居る。これでは一方的な暴力と言っていい。
恐らくアッシュ自身、今まで溜め込んでいた不満が耐え切れなくなったのだろう。

「……っ」
「ふん、今度はだんまりか。……そうやって弱い所を見せていれば周りが勝手に保護してくれるってんだ、正に愛玩動物そのものじゃないか。今のお前は畜生とどう違うってんだ?」
「俺は人間だ! ……子供みたいにいちいち言われなくても分かってる!」
「分かってないから俺が言ってるんだろうが! 大人子供以前に、まずテメーは人間に戻る所からだな!」

目を背けたい事実でも、直面しなければいけない現実。アッシュはそれを突きつけた。
完全に頭を垂れてしまったルークを、怒りとも憐憫ともつかない瞳で睨むアッシュ。
俺はどうしてもルークの味方をしてしまうせいか、アッシュ自身も自分に苛ついているように見えて仕方がなかった。自分の感情を持て余したようなアッシュは舌打ちをして、場を去ってしまう。
後に残された俺とルーク。
水を打ったように静まり返る廊下が、何故か俺を責めるように聞こえた。



夕暮れ前のバンエルティア号。
船内にも甲板にも余り人が居なかったのは幸運だ。
影に縫い止められたように動けなくなったルークを無理矢理引っ張り、ここまで連れて来るのは骨だった。
けれどこんな状態のルークを人目に晒すわけにいかない。それがガイやヴァンだとしてもだ。
ここまで引きずられる様に歩く途中でも顔を上げないルーク。
俺は我慢出来ず、固まり冷えた体を掻き抱いた。

「…………っ」
「泣け、ルーク。泣いちまえ。その方がいい」

返事をしない代わりに、ルークの腕が背中に回そうと持ち上がる。けど力尽きたように、むしろ離せよと言わんばかりに俺の二の腕を掴んできた。
嫌々をするように、額を胸に擦り付ける姿は哀れだ。
胸を擽る猫耳も、怯えるように俺の足に絡みつく尻尾も今は空虚に感じる。
腹に届く、ルークの吐く息が感情を掻き乱す。
泣けばいい。喚くべきだ。俺は悪くないって。こんな姿になったのもアッシュの為なんだって。全部ぶちまけちまえばいい。俺が蓋しといてやる、ライマの奴らの耳には入れてやるもんか。
俺の持てる言葉全てが、音に触れず空を舞う。
だって、口に出来やしない。こいつが我慢してるのに。
俺はまだ、ルークの中に入れていなかった。こんなに震えてて、抱きしめても。
涙の一つ分も内側に居ないんだ。



感情という暴風が渦巻いても、潮風に曝された体は虚しく冷えていく。
呼吸の落ち着いたルークが、そっと腕の中を抜け出そうとする。
離れていこうとする体温が許せなくて、背中に回していた腕に力を込める。ルークはギクリと肩を竦めたが、諦めたように力を抜いた。
幾分落ち着いた様子のルークが、ボソボソと囁くように呟く。一字一句聞き逃すまいと、俺は頬を寄せた。
前に俺がここに立っていた時とは、逆だな。
あれからそれ程時間が経った訳でもないのに、俺にはずっと昔の事のように感じる。

「……昔は、こんなんじゃなかった。信じられないかもしれないけど、俺達は双子だったから、ただの兄弟ってよりずっと近い存在だったんだ。例え周りが勝手に兄と弟って分けても俺達には関係無い事だった。……いや、そう思ってたのは俺だけだったのかもしれない」
「ルーク」
「俺は多分、自分の不幸に酔ってるんだと思う。だからアッシュの言葉に反論出来ない。こんな姿になって不幸だなんだ言っといて、その実未来の王っていう重圧から逃げられて安心してる。最低だ。アッシュの言うように屑だ」
「んな事ねーよ、お前はずっと気に病んでただろ」
「それがなんだってんだよ。何もしてないのは一緒だろ。いや、分かってて逃げてるんだ。なお悪い」

自分を許せず自虐し、放っておけばどんどん自分で沈んでいこうとするルーク。
そんな姿を見たくて俺は慰めてる訳じゃない。けど、今の俺に何が出来るんだ。
諦めるな? 元気だせ? どんな言葉も無責任な励ましだ。美辞麗句とどう違う?
俺に、言葉をかけられない俺が出来る事は、最初から一つしか無かった。

「逃げちまおうか、ルーク」
「……え」

逃げる。 それはきっと今のルークには禁忌とも言える言葉だろう。
けどだからこそ、部外者で無責任な俺が言ってやるべきなんだ。
言えない言葉を、俺が言ってやろう。出来ない事は、俺がしてやろう。
きっとこれじゃアッシュが怒るだろうな。でもいい。俺は、ルークの味方なんだから。

「一日くらい、船を抜けだしてもいいだろ。クエストなら数日空ける事だってあるんだし、どっか行こうぜ。軽くさ」
「……そんな、今の時期に」
「いいだろ、別に。普段ルミナシアの為に汗水垂らして働いてんだ。一日くらい許してもらおうぜ。付き合えよ、ルーク」
「けど……」

否定はしたいが肯定もしたい。そんな複雑であろう心境を、決めつける様に俺は勝手に進めた。

「いいから、決まり。お前どこ行きたいよ? 俺はどこでもいいぜ。行きたいとこ言えよ」
「でも……」
「反論無し。無理矢理でも連れて行くからな。お前が一緒なら、お説教がかなり軽くなるんだから助けると思え」
「なんだよ、それ。仕方ない奴だな、っとに……」
ふっと胸元で息が遊んで、ルークが少し笑ったのが分かった。
うん、冷静さと強引さ。ムカつくがやっぱりガイの言葉は正しい。

「……じゃあ、海が見たい」
「海ぃ? 見下ろせば大体海だろ」
「違うって、一面の海じゃなくて砂浜のある、海岸」
「海岸? この時期じゃ寒くて泳げないぜ? それでもいいのか」
「俺外出たことないからどうせ泳げないって。いいんだ。海岸がいい」
「わかった。約束してやる。必ず行くからな。一週間以内だ」
「うん。……サンキュ、ユーリ」

融けるような微笑みに胸の奥が痛む。いっそ泣けばいいのに、こんな笑い方は似合わないに決まってる。自分勝手に憤るけれどこれが今俺がしてやれる精々だっていうんだから、救われない。









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