作中小ネタ

5.中編・アッシュとガイとユーリ
6.中編・アッシュとガイとティアとユーリ
7.中編終了後・ユーリとルーク 中編後に読む事を推奨
8.後編2後・ユーリとルーク 中編後に読む事を推奨




















5.中編・アッシュとガイとユーリ

「ルーク、材料が手に入ったから特製エビドリアを作ったんだ。お屋敷でもよく作ってたろ?」
「兄上、久しぶりに親子丼を作ったから食べないか」
「マジで! 両方食べる!」
「待てっつーのこら。今何時だと思ってんだ夕方だぞ、こんな時間にそんなもん食わせたらどう考えても晩飯入らねーだろ」

 ユーリがごく当然に止めれば、ルークのブーイングが上がる。後者の保護者二人は文句は言わないが、目が邪魔するんじゃねぇボケ、と語っていた。つい先日、この二人のルークに対する駄目過保護ぶりを目にして叱った所だ。全く反省の余地なし処理なし、酷い。
 だがユーリも断固として譲るつもりはない。ライマの人間達は皆ルークに手酷く甘く付け上がるので、見かけた分にはきっちり絞っていくつもりである。絶対ユーリの見ていない所で蜂蜜練乳ザラメシロップ掛けくらい甘やかしているに決っているのだから。ガルバンゾで教えた色々を見事水に流してくれた所業は忘れまい。

「ルークも、また吐いてダウンしたいのか? いい加減学習しろ」
「で、でもよーちょっとだけ、ちょっとくらいいいじゃん! ガイのエビドリアはほんとすっげー美味いし、アッシュが作ってくれるのって滅多にないんだぞ!」
「今日の晩飯チキンカレーだぞ、食わないのか」
「えええ食べる!」
「……まあ確かに、ちょっと時間的に無茶だったかな、はは」
「すまない兄上、材料があったからつい何も考えず作ってしまった」

 殊勝な態度で二人は申し訳なさそうに言うが、皿は決して下げないあたりルークをよく知っている、流石お家元。
 ルークはすぐに全部食べる! と言ってスプーンを手に持ち食べようとした。そこをユーリが手ごと奪い取り、即座に皿をテーブルの向こうへ追いやる。ルークの小さな体ではどうやっても届きそうにない距離まで。そして様子を見て待機していたリリスがにっこりと受け取り、そのままくるりと背を向けて冷蔵庫コースだ。
 流石にリリス相手で待ったは掛けられず、ガイとアッシュは少し残念そうに苦笑して、それから一番うるさいルークを慰めた。本当に手慣れている、感心する程だ。

「そうだ、それならプリン食べないかルーク。余ったたまごで作ったんだ」
「エビドリアと親子丼〜……」
「明日食べればいい、なんならまた作ってやる」
「絶対だからな!」
「時間考えて作れよお前ら……」

 それからガイが冷蔵庫からやたらめったらデコレーションされたプリンを取り出し、スプーンでひとすくい、ルークの口元へ差し出した。アッシュはルークの首元にエプロンを着けてやってから、甘い匂いのするフレーバーティーを用意して蜂蜜を垂らしている。ちなみに言っておくと、プリンもお茶も用意されているのはナチュラルに一人前だけ。一応この食堂には他にも数名存在しているのだが、二人には目に入っていないようだ。
 ガイもアッシュも、というかライマの人間はルークが居なければごく普通、むしろ自分に厳しい方なのに、ルークが居るだけで世界の中心はルークだ、本当に酷い。ユーリはその様子を見て、ああこれじゃガルバンゾでの態度もこうなるわな、と実感した。
 一応ヴァンとジェイドだけはそこまで強く甘やかしていない、彼らは自分達の役割を分かっているようだ。

 テーブルではルークを真ん中に、両隣へガイとアッシュをはべらせて本人は指先ひとつすら動かさずプリンを食べお茶を楽しんでいる。そのしっくりとくる光景、ユーリは頭が痛い。最近こんな頭痛に悩まされっぱなしのような気がして、それがまた理不尽過ぎると思う。
 なので少しだけ、ほんのちょっとだけ意地悪を言ってもバチは当たらないだろう、この時はそんな軽い気持ちで単純に口にした。

「……ルークはガイとアッシュが大好きなんだなー」
「うん、便利だし!」

 本人達を前にして、すごい事を言う。なのにガイもアッシュも嬉しそうで誇らしげだ。おいおいお前達たった今便利な道具扱いされたんだぞ、とツッコんでも無駄なような気がする。ガルバンゾでユーリが聞いた話の中ではもっとこう、家族愛的に親しげだと思ったのだが錯覚だったのだろうか。
 ちょっとだけ気の毒に思えてきた。だが聞いてみたい気持ちはあったので、更にユーリはこう続ける。

「じゃあガイとアッシュ、どっちの方が好きだ?」
「ははは、そりゃ俺の方だよな?」
「くだらん、聞くまでもなく俺の方だろう」

 あ、しまったこれ地雷だ。瞬間、食堂内でインディグネイトが鳴り、どこからともなくカーンと響くゴングが。ガイとアッシュは一歩下がり、両者何も言わず武器に手を掛けた。ユーリは遠慮無くだだ漏れている殺気で鳥肌がたつ。
 これは……今すぐ止めないと食堂が崩壊してしまうかもしれない。だが二人の間には目に見えない、いやむしろ見えるどす黒い空気が渦巻き、一歩関与すればとばっちりを食うこと間違いなしだろう。ユーリは一番の安全圏たるルークの隣へそっと避難し、嵐が過ぎるのを待つしかないな……とトリガーを引いたくせに無力さを嘆く。
 しかしそこへ生クリームを口の端に付けて、笑顔でルークは終局に導いた。

「そんなのヴァン師匠が一番に決まってんじゃん!」

 まるで嵐を核爆弾で強引に押し潰して処理するが如し。子供の王様は笑顔で一番残酷でした、めでたしめでたし。
 ガイとアッシュは抜きかけている剣を戻す……のかと思ったら、完全に抜き、先程と倍以上に立ち上る殺気を背負っていた。

「ヴァンデスデルカ……あいつはもうちょっと自分の立場ってものを分からせなきゃ駄目だな」
「前々から何か企んでやがるとは思っていたが……やはり先にあのクソ髭を始末しておくべきだったか」

 殺気が陽炎となり、背後の壁が揺らめいている。二人とも一旦静かにフッと笑い、次の瞬間リミッツゲージを最大にして食堂を出て行った。閉まった扉の音がなんだかチープに聞こえ、今までの出来事が夢だったんじゃないかと錯覚する。……どこからともなく爆発音が聞こえてきた気もするが、きっと幻聴に違いない、ユーリは自分でそう言い聞かせた。

 呑気にプリンを食べているルークは全く気にしていない、これが王の器なのかもしれないな、と無意味に感心する。というか、やっぱりあの二人が無駄に世話しなくても一人でプリン食べているしお茶も飲んでるじゃないか。結局はどっちもどっち。薄々分かっていた事だが、ユーリは呆れたいやら怒りたいやら。
 少し船が揺れているような気がするが、強固たる意思で無視する。隣に座れば無邪気な笑顔でルークから、一匙分のプリンがやってきたのでそれを貰った。うん、成る程上品な甘さで、ガイの仕事の完璧さが覗える。
 ユーリは流石に、ほんのちょっとだけ、僅かにだが、同情した。誰にとは言わないが。

「……オレは悪く、ないと思う。悪くないんじゃないかな、うん悪くねぇ」
「なんかうるせーな、誰か暴れてんのか?」





























6.中編・アッシュとガイとティアとユーリ

 夜、戦争が勃発していた。バンエルティア号船室、ライマ部屋、正確に言うとルークが眠るベッドの上で。集まっているのはアッシュ、ガイ、ティア、ユーリ。各々険しい顔を隠さず、攻撃的に視線と殺気を送り続けている。
 ルーク専用に上質なベッドシーツの上には、問題が並べられていた。それはカラフルに可愛らしい、愛と夢と希望と欲望な己の主張が丸々と詰まっている物ばかり。まず最初にユーリが、全体へ見せるようにそれを持ち上げ推薦した。丁寧にアピールポイントであるフードを見せ、天辺の三角耳が立っている。

「このオレンジ色の生地が髪色と合わさって完璧だろ? 今日のパジャマはこのねこにんしかねぇな」
「お前それただの個人趣味だろうが! 却下!」

 却下したガイが、次は自分のプレゼンテーションを。持ち上げたのはたった今ユーリが見せたねこにんの、色違いと言っても過言ではないような、うさにんパジャマ。

「コットン生地でお肌に優しくふわっふわ、真っ白いうさにんがルークの可愛さをより引き立てるんだぞ! それにほら、フード紐の先が……ニンジンさんだ!」
「なんで夢の中にまでニンジン持ち込まなきゃならねぇんだよ馬鹿が! 兄上に悪夢を見せたいのか貴様は!」

 可愛さに目が眩み選択を誤ったガイを糾弾し、アッシュは却下する。そして我を見よ! とばかりに取り出した、中でも異彩を放つそれ。お世辞にもパジャマとは言えず、なんというか……喩えるならば寝袋。

「どうだ、これで全身を包めば兄上の寝相でも全方位カバーできるだろう! もしベッドから落ちてもこの分厚い綿が守ると言う訳だ」
「可愛くない……可愛くないわ! そんなミノムシみたいなものルークに着せないで頂戴!」

 機能性を追求し過ぎてルークの持ち味を殺してしまった事により、プリティマイスターティアからの徹底した拒絶をされてしまう。そして大取だと自らを自画自賛して取り出したのは……パジャマではなく、単純にきぐるみだった。子供サイズのトクナガを、顔が出せるようにくり抜いたような見た目。これを怖いか可愛いか判断するのは好みによりそうだが、どうやらティアは後者らしい。

「ルークは存在そのものが可愛いの、だからその可愛さをより引き立てる事こそが私達の役目でしょう!? そして可愛い物はいくら重ねても悪くならないのよだからルーク自身をもっとプリティにする事によって更なる高みに昇格するのよ!!」

 結構に電波な事を言っているが、そのあまりの力説に他の三人はなるほどな……と頷いている。ティアは握り拳で自らの持論を熱弁し続け、止まりそうにない。アッシュ達からの提案も織り交ぜつつ議論はどんどんヒートアップしていき、最終的にアイドルだのなんだの、という単語がちらほら。
 少し離れてルークはクールに冷めた瞳でそれを見ている。その表情は嫌いな食べ物が出てきた時よりも歪み、うぜぇ……と正直に隠さず呟いた。

「……俺、しばらくナタリアと寝る」
「まぁ、一緒だなんて随分久しぶりですわね! 本を読んであげましょうかルーク?」
「ナタリアの本ってあれだろ、女怪盗とかなんとかの……。余計眠れなくなるから止めてくれって」

 残念そうにしているが、ここで止めておかないとナタリアの空想話が夜更けまで続いて寝かせてくれなくなる事を学習済みだ。ルークはもういっそ一人部屋をもらおうかな、と少しだけ考えた。





























7.中編終了後・ユーリとルーク 中編後に読む事を推奨

「俺、国に居た頃は泣いてばっかりだった」

 そんな切り口から始めて、ルークはぽつぽつと自分の事を語り始める。展望室、皆はまだ世界樹から降り注ぐ幸福に見とれている中。泣き腫らした瞼を恥じるように手の甲で拭い、それからすん、と鼻を啜って誤魔化していた。ユーリはルークを背後から抱き締め抱え、そんな姿を目に焼き付ける。
 ルークから言ってくれるまで待つ、そう言ったのは確かに自分。それが傷を抉る事だと気付いたのはたった今、馬鹿な選択をしてしまったのに、それに答えてルークは自らの口で語りだす。その多くはやはり悲しみと苦しみで、ガルバンゾの時に話した事柄は僅かに綺麗なものばかりを一生懸命選り分けていたのだと知った。

「最初は……子供のままなんだっていう意味がよく分かんなくてさ、単純にずっとアッシュやガイと遊べるもんだと思ってた。でも違うんだよな、俺だけなんだ。壁に背丈の傷を付けても伸びるのはアッシュだけで、俺のはずーっとそのまんま。ラムダスが傷を付けてはいけませんって怒って消しちゃったけど、あれって多分俺を気遣ってくれてたんだと思う」
「ラムダスってのは?」
「うちの家の執事長。口うるせーんだよなほんと。ルーク様お勉強のお時間ですルーク様おやつのお時間ですルーク様お昼寝のお時間です……ってさ」
「はは、ルークはほっといたら自分の好きな事しかしねーからな」
「うーん、好きな事って言ってもさ、無いんだよな。しいて言えばアッシュが師匠の授業受けてるのを見るのが好きって……くらい。だって俺に剣持たせてくんねーし」
「ああ、そうだったか。家の中じゃやれる事も限られちまうか、隠れんぼとかはどうよ」
「隠れんぼ、俺得意なんだそれ。クローゼットの中とかベッドの下とか、俺が隠れるとメイドも騎士も見つけられなくってさ! 大体ガイかアッシュが見つけてくれて……お開き」
「ガイはすごいけどアッシュはちょっと卑怯じゃねーのかよ……」
「まぁ、隠れるっていっても本当に隠れたら大変な事になるからさ、俺の場合」

 だから最低限ガイが見つけてくれる程度に隠れるんだ。そう少し笑って語るルークの顔は、ユーリには悲しげに見える。勝手な同情が胸の奥をじわじわ侵食して口から出そうだ、けれどそんな侮辱を吐いてはならない。可哀想に振る舞うルークを可哀想だと言うのは、他人だけ、第三者だけ。
 真実を知ってから話すルークの日常の全てはそれでも優しくて温かいけれど、簡素で哀愁にも満ちている。どこかぎこちない、気を使いながらさり気なく、引っかからない日々。人生にありがちな山あり谷ありなんてどこにも無く、ただただ平坦に、傷付かないように、波風を立てないような空間を保っていた。

「でも色々……あって。なんで俺だけ成長しないとか、成人したら死ななきゃ……いや、アッシュと殺し合わなきゃならないって知っちまってよ」
「色々、か……」
「うん、色々。怒っても駄々こねても、俺の中の宝珠は無くならないんだって分かっても……やっぱり怒って泣いた。なんで俺なんだ、なんで俺だけなんだって」
「そりゃ当然の権利だろ、お前は怒っても泣いてもいいさ」
「それくらいしか、俺に出来る事って無かったんだ。でも……それを言うと父上も母上もアッシュもガイもジェイドも……みんな顔を歪めて謝るから、人前じゃ泣かないように気を付けた」
「ジェイドが謝る……のか。あの鬼畜眼鏡が」
「そうなんだよ、びっくりするだろ? だから余計にさ、こっそり一人の時に泣くようになってた。多分アッシュやガイは気付いてたと思うけど」

 くすりと思い出し笑いのルークは、17歳よりかは少し、大人に見えた。アッシュは無理を通して大人になり、ルークは強制的に子供のまま。預言なんてなければ今頃、喧嘩もするごく普通の双子だったのに。どこか物悲しくて、やるせなくて。集めてはいけないのにルークの周囲には憐憫が集まってしまう。ユーリはそれを振り払い吹き飛ばし、努めて軽く扱った。

「オレと居た時はそんな気遣いあったっけ? 記憶が確かなら相当お山の大将だったと思うんだけどね」
「だ、誰がお山の大将だっての!」
「まぁ泣かなかったのは偉いかったかもな。意地も虚勢も、ぶりぶり張ってたのは丸わかりだったけど」
「う……だって、よ」
「だって? なんだよ、もしかして虐められるとでも思ってたか?」
「1人、なんだって思ったから。俺の勝手で出たんだから、だから……泣いても助けてなんて、……来る訳ないんだって思った」

 ルークにとって味方は家族だけ、身内だけ。外のみんなはルークの命運自体を知らない顔で排除し、知っている人間は命を刈り取ろうと薦めてくる。そんな棘だらけの世界、一歩出れば地獄の山しかないと思っていたのだろう。
 けれど全てを敵対視するには、ルークは敵意の種類を知らなさ過ぎる。教団の人間とは別の意味で汚い感情に触れた事がなかったせいで、一度情を感じればすぐ警戒を緩めてしまうのだ。それでは所詮、子供の浅はかさ。しかしその浅はかさこそ、周囲が大切に育んだもののような気がユーリにはしていた。

 腫れた瞼と、赤い目元。それらにユーリはそっと唇の先で触れ、湿った肌を記憶する。ガルバンゾでのルークを思い出しながら、強く。

「ほんっと、ばかだなお前は」
「う、うるせーよ、ふん……」
「ルークが何とかしろって大声で我儘言えば、手の空いてる奴が喜んで立候補するだろ、今まで通りな。お前はふんぞり返ってりゃいいんだよ」
「我儘、我儘って言うなよ! あれはその、……だって」
「ルークから離れない限り、みんなお前を助けるさ。1人でうろちょろして、泣いてんなよ」
「泣いてなかっただろ!」
「でも今泣いてるじゃねーか。もっと泣けよ、オレの前ならいっくらでも泣いていいぜ? ルークが泣き虫の甘ったれなんて、オレは嫌って程知ってんだからな」
「んだよぉ、ユーリのあほ……」

 ぷう、と目一杯膨らませた頬だが、リンゴのように赤く熟れている。それが可笑しくて可愛くて、ユーリはルークのつむじをぐちゃぐちゃっと掻き混ぜた。そんな悪戯に、さっきまで泣いていた顔を歪め、ルークは普段のように怒り出す。その表情を見て、こちらの方が何倍も良いに決まってる。勝手な決意かもしれないが、その意思を堅めた。





























8.後編2後・ユーリとルーク 中編後に読む事を推奨

 ぺたぺたと、つむじやら横髪やらを無遠慮に触られる。ユーリの膝に立っているので、丁度ぽかんと間抜けに口を開けている表情が目の前に見えて笑いを誘った。どれだけ触っても変わらないのに、ルークは自分の手からにょきにょき生えてくるとでも信じている具合に弄くるのを止めない。
 そんな事をどれだけやっただろうか、結構な時間を消費したと思う。それでもまだ納得いかなさそうなルークの手は一先ず休止し、ぺたんとユーリの膝に座り込んだ。

「……髪、ほんとに短くなっちまったなぁ」
「そりゃそうだ、切ったんだから当然だろ」

 そう、出会った当初からあったユーリの長髪は綺麗さっぱり短くなっており、今や肩にも届かない。さらりとクセのない髪は短くとも以前の名残を残して形作り、紫黒の色合いも変わらずある。本人からすれば随分久しぶりに晒した襟足が少し寒いな、程度。
 周囲の反応は様々だったが概ね好評だ、中には妙な勘ぐりで探ろうとする者もいたが、そこは適当に誤魔化す。ユーリの決意を告げたのは今はまだフレンくらい、ガルバンゾの仲間にはそのうち知らせようと考えている途中。

 そしてルークの反応は見ての通り、良いも悪いも言わずずっとこうやって消えた髪を探している。髪を切ったとは告げたが理由は隠したので、ルークは疑惑の瞳ばかり。しかしいい加減何か一言くらい欲しいものだ。

「なあ、なんで髪切ったんだよー?」
「別に、そういう気分だったってだけ。そんな御大層な理由なんてねーよ」
「でも、あんなに長かったじゃん……。フレンに聞いたけど、結構長い間あの長さだったんだろ?」
「そうだったっけ? んなもんいちいち覚えてねーって、切るのが面倒だったからあのままにしてただけさ」
「で、でも! その割に綺麗だったし、勿体無いってーか……っ」

 ユーリの説明にルークは全く納得を見せようとせず食い下がる。嘘は言っていない、本当も言っていないだけ。あの時ジェイド達の前で見せた覚悟は、ルークは知る必要のないものだ。それに実際あの時はつい怒りにかまけて突発で行動してしまった些細な気恥ずかしさも僅か残っている。
 どうせきちんと説明しても何もかも自分の為に、いや自分のせいだと勘違いしてしまうだろう、だからどれだけ頼まれても言うつもりはさらさら無い。ガイもその辺り了承しているので素知らぬ顔でこの状況を笑われてしまった。

 ユーリの肩に頭を預け、変化した視界をルークはじっと不思議そうに見つめた。眉根を寄せ難しそうな顔、むーっと尖る唇が不満そうだ。そんなちくちくした棘がユーリからすればくすぐったくて面白くて堪らない、腹の底がむずむずと笑みが溢れてしまう。
 ルークを抱き締めた回数は多い、ライマの人間達に比べれば断然少ないが。その中でも、髪を切ってから抱き締めて味わう気持ちを、ユーリはなかなか、上手く蓋する事が出来ない。自分は割合感情を抑えたり表情を隠したりする事が出来る人間だと思っていたのだが、不思議なくらいに湧き出る泉がこんこんと、まるで果てない光。
 あたたかくてやわらかい、けれどはっきりと主張するもの。今までユーリが手にとってきたものはそれなり、気付かず守り守られていた。覚悟を決めたあの日から自覚する、それが目に見えて触れる形でこの手の中にあるという幸運を。
 フレンは何時もこんな気持ちで誰かを守っているのだろうか、ならばやはり流石フレンだと称賛を惜しまない。それくらい、ユーリにとってこの新しい想いは大切になった。
 ふぅーっと髪に息を吹きかけて遊びはじめたルークの好きなようにさせる。子供の背中に回した手の平が温もっていく。少し汗ばむようになってきた季節は新しくて眩しい、自分の門出でも祝っているのかもしれないとユーリはまた笑った。
 髪を切ってからよくルークへ微笑むようになった変化に、受け取る本人は少し困惑している。そうやって自分には分からない事ばかり積み重なって不満なのだろう、またも頬を膨らませて怒りだした。

「もー、なんで笑ってんだ? ユーリは最近意味不明な所で笑ってばっかだぞ!」
「そりゃすいませんね、ヘラヘラしてて」
「ヘラヘラっていうか変って言うか……おかしい! やっぱり何かあって髪切ったんだろ?」
「何があろうかなかろうがいいじゃねーか、髪切ってルークに不都合でもあんの?」
「ある!」
「ほおー是非聞かせてもらいたいね、どんな不都合だ?」

 勢いにのったルークは引込みがつかなくなり、よく自分で自分を追い詰めたりする。今回もどうせそんな所だろうな、そう思ってユーリは楽しそうに追い詰めた。にやにや笑って、小さなご主人様がどんな突飛な理由を持ちだしてくるのかと待つ。
 ルークはあーと、えーとなんて瞳も口もうろうろさせて、暫く唸った後大声で言った。

「肩車の時とか便利だったんだからな!」
「……へー、手綱みたいにってか?」
「そうそう、髪の毛を引っ張って方向転換とかさ。後は登る時掴む……ってうぎゃー!」
「そーかそーか、手綱かこのやっろおはっはっはーっ」

 大変面白い事を言ってくださるので、ユーリはむんずとルークの足首を掴んで立ち上がりぐるんぐるんとぶん回した。甲板では手加減してやったが今回は景気良く思いっきり回してやろう、ルークの奇声が部屋に響き渡っているがユーリはにこやかに笑顔で無視をする。
 もう少しすればルークの悲鳴を聞きつけてガイがやってくるかもしれない、バンエルティア号船室の防音は完璧なはずだがそこは年期の成せる技なのだろう。ユーリもその域に達しなければならないのだろうか、ちょっとばかり自信がないかもしれない。
 とりあえずそれはそれとして、ルークの口からごめんなさいが出るまでは張り切って回し続けようと思う所存である。



  


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