5.中編・アッシュとガイとユーリ |
「ルーク、材料が手に入ったから特製エビドリアを作ったんだ。お屋敷でもよく作ってたろ?」
ユーリがごく当然に止めれば、ルークのブーイングが上がる。後者の保護者二人は文句は言わないが、目が邪魔するんじゃねぇボケ、と語っていた。つい先日、この二人のルークに対する駄目過保護ぶりを目にして叱った所だ。全く反省の余地なし処理なし、酷い。
「ルークも、また吐いてダウンしたいのか? いい加減学習しろ」
殊勝な態度で二人は申し訳なさそうに言うが、皿は決して下げないあたりルークをよく知っている、流石お家元。
「そうだ、それならプリン食べないかルーク。余ったたまごで作ったんだ」
それからガイが冷蔵庫からやたらめったらデコレーションされたプリンを取り出し、スプーンでひとすくい、ルークの口元へ差し出した。アッシュはルークの首元にエプロンを着けてやってから、甘い匂いのするフレーバーティーを用意して蜂蜜を垂らしている。ちなみに言っておくと、プリンもお茶も用意されているのはナチュラルに一人前だけ。一応この食堂には他にも数名存在しているのだが、二人には目に入っていないようだ。
テーブルではルークを真ん中に、両隣へガイとアッシュをはべらせて本人は指先ひとつすら動かさずプリンを食べお茶を楽しんでいる。そのしっくりとくる光景、ユーリは頭が痛い。最近こんな頭痛に悩まされっぱなしのような気がして、それがまた理不尽過ぎると思う。
「……ルークはガイとアッシュが大好きなんだなー」
本人達を前にして、すごい事を言う。なのにガイもアッシュも嬉しそうで誇らしげだ。おいおいお前達たった今便利な道具扱いされたんだぞ、とツッコんでも無駄なような気がする。ガルバンゾでユーリが聞いた話の中ではもっとこう、家族愛的に親しげだと思ったのだが錯覚だったのだろうか。
「じゃあガイとアッシュ、どっちの方が好きだ?」
あ、しまったこれ地雷だ。瞬間、食堂内でインディグネイトが鳴り、どこからともなくカーンと響くゴングが。ガイとアッシュは一歩下がり、両者何も言わず武器に手を掛けた。ユーリは遠慮無くだだ漏れている殺気で鳥肌がたつ。
「そんなのヴァン師匠が一番に決まってんじゃん!」
まるで嵐を核爆弾で強引に押し潰して処理するが如し。子供の王様は笑顔で一番残酷でした、めでたしめでたし。
「ヴァンデスデルカ……あいつはもうちょっと自分の立場ってものを分からせなきゃ駄目だな」
殺気が陽炎となり、背後の壁が揺らめいている。二人とも一旦静かにフッと笑い、次の瞬間リミッツゲージを最大にして食堂を出て行った。閉まった扉の音がなんだかチープに聞こえ、今までの出来事が夢だったんじゃないかと錯覚する。……どこからともなく爆発音が聞こえてきた気もするが、きっと幻聴に違いない、ユーリは自分でそう言い聞かせた。
呑気にプリンを食べているルークは全く気にしていない、これが王の器なのかもしれないな、と無意味に感心する。というか、やっぱりあの二人が無駄に世話しなくても一人でプリン食べているしお茶も飲んでるじゃないか。結局はどっちもどっち。薄々分かっていた事だが、ユーリは呆れたいやら怒りたいやら。
「……オレは悪く、ないと思う。悪くないんじゃないかな、うん悪くねぇ」 ▲ |
6.中編・アッシュとガイとティアとユーリ |
夜、戦争が勃発していた。バンエルティア号船室、ライマ部屋、正確に言うとルークが眠るベッドの上で。集まっているのはアッシュ、ガイ、ティア、ユーリ。各々険しい顔を隠さず、攻撃的に視線と殺気を送り続けている。
「このオレンジ色の生地が髪色と合わさって完璧だろ? 今日のパジャマはこのねこにんしかねぇな」
却下したガイが、次は自分のプレゼンテーションを。持ち上げたのはたった今ユーリが見せたねこにんの、色違いと言っても過言ではないような、うさにんパジャマ。
「コットン生地でお肌に優しくふわっふわ、真っ白いうさにんがルークの可愛さをより引き立てるんだぞ! それにほら、フード紐の先が……ニンジンさんだ!」
可愛さに目が眩み選択を誤ったガイを糾弾し、アッシュは却下する。そして我を見よ! とばかりに取り出した、中でも異彩を放つそれ。お世辞にもパジャマとは言えず、なんというか……喩えるならば寝袋。
「どうだ、これで全身を包めば兄上の寝相でも全方位カバーできるだろう! もしベッドから落ちてもこの分厚い綿が守ると言う訳だ」
機能性を追求し過ぎてルークの持ち味を殺してしまった事により、プリティマイスターティアからの徹底した拒絶をされてしまう。そして大取だと自らを自画自賛して取り出したのは……パジャマではなく、単純にきぐるみだった。子供サイズのトクナガを、顔が出せるようにくり抜いたような見た目。これを怖いか可愛いか判断するのは好みによりそうだが、どうやらティアは後者らしい。
「ルークは存在そのものが可愛いの、だからその可愛さをより引き立てる事こそが私達の役目でしょう!? そして可愛い物はいくら重ねても悪くならないのよだからルーク自身をもっとプリティにする事によって更なる高みに昇格するのよ!!」
結構に電波な事を言っているが、そのあまりの力説に他の三人はなるほどな……と頷いている。ティアは握り拳で自らの持論を熱弁し続け、止まりそうにない。アッシュ達からの提案も織り交ぜつつ議論はどんどんヒートアップしていき、最終的にアイドルだのなんだの、という単語がちらほら。
「……俺、しばらくナタリアと寝る」
残念そうにしているが、ここで止めておかないとナタリアの空想話が夜更けまで続いて寝かせてくれなくなる事を学習済みだ。ルークはもういっそ一人部屋をもらおうかな、と少しだけ考えた。 ▲ |
7.中編終了後・ユーリとルーク 中編後に読む事を推奨 |
「俺、国に居た頃は泣いてばっかりだった」
そんな切り口から始めて、ルークはぽつぽつと自分の事を語り始める。展望室、皆はまだ世界樹から降り注ぐ幸福に見とれている中。泣き腫らした瞼を恥じるように手の甲で拭い、それからすん、と鼻を啜って誤魔化していた。ユーリはルークを背後から抱き締め抱え、そんな姿を目に焼き付ける。
「最初は……子供のままなんだっていう意味がよく分かんなくてさ、単純にずっとアッシュやガイと遊べるもんだと思ってた。でも違うんだよな、俺だけなんだ。壁に背丈の傷を付けても伸びるのはアッシュだけで、俺のはずーっとそのまんま。ラムダスが傷を付けてはいけませんって怒って消しちゃったけど、あれって多分俺を気遣ってくれてたんだと思う」
だから最低限ガイが見つけてくれる程度に隠れるんだ。そう少し笑って語るルークの顔は、ユーリには悲しげに見える。勝手な同情が胸の奥をじわじわ侵食して口から出そうだ、けれどそんな侮辱を吐いてはならない。可哀想に振る舞うルークを可哀想だと言うのは、他人だけ、第三者だけ。
「でも色々……あって。なんで俺だけ成長しないとか、成人したら死ななきゃ……いや、アッシュと殺し合わなきゃならないって知っちまってよ」 くすりと思い出し笑いのルークは、17歳よりかは少し、大人に見えた。アッシュは無理を通して大人になり、ルークは強制的に子供のまま。預言なんてなければ今頃、喧嘩もするごく普通の双子だったのに。どこか物悲しくて、やるせなくて。集めてはいけないのにルークの周囲には憐憫が集まってしまう。ユーリはそれを振り払い吹き飛ばし、努めて軽く扱った。
「オレと居た時はそんな気遣いあったっけ? 記憶が確かなら相当お山の大将だったと思うんだけどね」
ルークにとって味方は家族だけ、身内だけ。外のみんなはルークの命運自体を知らない顔で排除し、知っている人間は命を刈り取ろうと薦めてくる。そんな棘だらけの世界、一歩出れば地獄の山しかないと思っていたのだろう。 腫れた瞼と、赤い目元。それらにユーリはそっと唇の先で触れ、湿った肌を記憶する。ガルバンゾでのルークを思い出しながら、強く。
「ほんっと、ばかだなお前は」 ぷう、と目一杯膨らませた頬だが、リンゴのように赤く熟れている。それが可笑しくて可愛くて、ユーリはルークのつむじをぐちゃぐちゃっと掻き混ぜた。そんな悪戯に、さっきまで泣いていた顔を歪め、ルークは普段のように怒り出す。その表情を見て、こちらの方が何倍も良いに決まってる。勝手な決意かもしれないが、その意思を堅めた。 ▲ |
8.後編2後・ユーリとルーク 中編後に読む事を推奨 |
ぺたぺたと、つむじやら横髪やらを無遠慮に触られる。ユーリの膝に立っているので、丁度ぽかんと間抜けに口を開けている表情が目の前に見えて笑いを誘った。どれだけ触っても変わらないのに、ルークは自分の手からにょきにょき生えてくるとでも信じている具合に弄くるのを止めない。
「……髪、ほんとに短くなっちまったなぁ」
そう、出会った当初からあったユーリの長髪は綺麗さっぱり短くなっており、今や肩にも届かない。さらりとクセのない髪は短くとも以前の名残を残して形作り、紫黒の色合いも変わらずある。本人からすれば随分久しぶりに晒した襟足が少し寒いな、程度。
そしてルークの反応は見ての通り、良いも悪いも言わずずっとこうやって消えた髪を探している。髪を切ったとは告げたが理由は隠したので、ルークは疑惑の瞳ばかり。しかしいい加減何か一言くらい欲しいものだ。
「なあ、なんで髪切ったんだよー?」
ユーリの説明にルークは全く納得を見せようとせず食い下がる。嘘は言っていない、本当も言っていないだけ。あの時ジェイド達の前で見せた覚悟は、ルークは知る必要のないものだ。それに実際あの時はつい怒りにかまけて突発で行動してしまった些細な気恥ずかしさも僅か残っている。
ユーリの肩に頭を預け、変化した視界をルークはじっと不思議そうに見つめた。眉根を寄せ難しそうな顔、むーっと尖る唇が不満そうだ。そんなちくちくした棘がユーリからすればくすぐったくて面白くて堪らない、腹の底がむずむずと笑みが溢れてしまう。
「もー、なんで笑ってんだ? ユーリは最近意味不明な所で笑ってばっかだぞ!」
勢いにのったルークは引込みがつかなくなり、よく自分で自分を追い詰めたりする。今回もどうせそんな所だろうな、そう思ってユーリは楽しそうに追い詰めた。にやにや笑って、小さなご主人様がどんな突飛な理由を持ちだしてくるのかと待つ。
「肩車の時とか便利だったんだからな!」
大変面白い事を言ってくださるので、ユーリはむんずとルークの足首を掴んで立ち上がりぐるんぐるんとぶん回した。甲板では手加減してやったが今回は景気良く思いっきり回してやろう、ルークの奇声が部屋に響き渡っているがユーリはにこやかに笑顔で無視をする。 ▲ |