作中小ネタ

1.前編中・お使いイベント
2.前編終了後・ユーリとルークとリタ
3.前編終了後・リタとルーク
4.中編初期・ユーリとガイ




















1.前編中・お使いイベント

「いいかルーク、このメモに書いてある物を買ってくるんだ」
「任せろー、超余裕だぜっ!」

 ルークにメモとお金を入れた財布に紐を付けて首に掛け、買い物カゴを手に渡す。翡翠の瞳は興奮して嬉しそうに、鼻息荒く今にも駆け出しそうだ。下宿先の酒場で手伝い中だったため、髪はリボンでくくり黒いエプロンを着ている。店の客が面白がってショートエプロンを作ったのを着ているのだがそれがやたら似合う、小動物がミニチュアの服を着ているように見えて。

「オレ達の今日の夕食分だからな、もし足りなかったら飯抜きだぞ」
「分かってるって、もっと俺を信用しろっての」
「……信用してるからしっかり頼んでるんだよ」

 最近の夕食は女将さんの所でユーリ自ら作り、使った材料分だけ支払う形式を取っている。こうすればルークは嫌いな食べ物でも頑張って食べようとするし、日中の出来事を聞けたりもするので一石二鳥。けれど今日は運悪く食材が足りなくなり、急遽ルークにお使いを要請したと言う訳だ。
 テッドが心配そうに視線を寄越すが、ユーリは無言で首を振る。お目付け役のラピードが隣でくあぁと大きな欠伸をしていた。

「じゃあ、行って来い。オレは依頼があるからついて行けないけど、大丈夫だろ? ラピードも付いてるんだし」
「おお、まっかせろって。っつーか俺一人でも全然大丈夫だっての」
「真っ直ぐ商店街に行けば迷わないから、寄り道しちゃ駄目だよ?」
「よゆーよゆー。テッドは店の方頼むからな!」

 ルークは元気よく駆け出し、一般層への道を駆け上がった。そしてラピードも、ちらりとユーリ達へ視線を投げた後追い駆けて行く。ユーリは目立つ背中が小さくなっていった頃、駆け足忍び足で早速後をつけ始めた。

「初めてのお使いって……。心配なら普通に一緒に行けばいいのに」

 そうテッドが呆れた声で言っていたが、残念ながら当の本人には届かない。近くに居た下町の人間らも、今日のユーリ案イベントを聞いて皆同じ事を思っていた。


 ユーリ案・はじめてのおつかいイベント。この字面だけで聞いた人間を、微妙な建前笑顔にさせられる事必須。だがやはり当の本人はこのイベントに心血を注いでいる、巧妙に根回しをするくらいには。3日前の時点で、店へ先回りし頼んでいた。当然ながら周囲の店にも連絡を伝え、ルークがふらふら間違った道を通らないよう事前に細路地への封鎖も終わらせている。
 万が一の事を考えラピードも付けているのだ、そう滅多な事は起こるまい。だがそれでもソワソワと逸る気持ちは止められない、結局ユーリはルークの後を付ける事にした。少し先で朱金の頭があっちへこっちへきょろきょろしており、前を見て歩け前を! そう叫びたくてしかたがない。
 時折ラピードの鼻がくん、と空を嗅ぎちらりと見てくるのでユーリが後をつけているのに気付いているはず、それに呆れてかウロチョロしているルークの背中をツンと突いた。ルークは驚いて不思議そうに振り返り、ユーリはさっと身を隠す。

「なんだよラピード、もしかして腹減った? でも今からお使いなんだから、駄目だかんな!」
「ワン、ワンワン!」
「ん? ああ、そっかメモ見なくっちゃな……何買うんだっけ?」
「クゥン……」
「えっと、合いびき肉、たまご、玉ねぎ、ニンジン……うえぇ、ニンジンかよぉ!」

 今更渡した買い物メモを見て、ルークの足は止まってしまった。人通りのある道のど真ん中で止まったりしたら危ないと言うのに、ぶつかってしまいそうではらはらする。ラピードが気付いて服を引っ張り端へ移動させ、道側に体を置いて守っていた。
 買い物の内容……いやニンジンにぶつぶつ言いながらもルークは歩き出し、まず最初に肉屋へ。とことこ小さな足で歩くスピードは遅いが、後ろ姿が大変可愛らしい。道行く人々も視線を奪われ振り返り、見た目からして子供のお使いだと分かる様子を微笑ましく見ていた。
 そして後ろをつけるユーリを連続で見つけて、事情を知っている者は薄笑いに、知らない者はヒソヒソ声で指をさす。下手をするとまた通報されるかもしれないが、今日のイベントは重要なのだいちいち構ってられない。

「はい、ルークちゃん! オマケしておいたよ」
「やった! サンキュー!」

 肉屋の前でそう、店の人間は肉をカゴに入れてルークに手渡す。そして食材とは別に、小さめに作ったらしいコロッケを手渡している。できたてなのだろう、熱々のコロッケに口をはふはふさせて、ルークはそれを食べた。
 ぺろりと食べて、ルークは次の店へ。指示通り店員が次の八百屋までの道を説明したので迷う事も無いだろう、道中の看板も昨日の内に新設しておいたのだから。

 次は八百屋、ここは大変に重要だ。ルークの嫌いなニンジンは、きちんとメモ通り買ってくるかどうか。勿論店の人間には、ニンジンの事を伝えている。もしニンジンだけ買わなかったりすれば、帰ってきた時お仕置きしなければならない。
 買えよ買えよと後ろから念を送っているとルークは、メモに視線を落とし長く悩んでいる様子を見せる。店員はどうしたの? とにこやかに声をかけて尋ねるが、中々言い出さない。暫くしてやっと決めたのか、ルークはメモの内容を大きく口にした。

「玉ねぎと、ニ……ニンジンをくれ! ……欲しくないけどくれっ」
「はは、玉ねぎとニンジンだね。どのくらい欲しいの?」
「え? あーっと、玉ねぎが2個と、ニンジンがさっ!? さんぼ……ん」
「玉ねぎ2個とニンジン3本だね、はいどうぞ。重いから気を付けて」
「うう……。ニンジン、1本減らしてもいいんだぞ?」
「オマケにもう1本つけてあげようか?」
「いいいいらないばか!」

 ルークは慌てて走りだし、八百屋から脱兎の如く逃げ出す。あのメモにはわざとニンジンを多く書いて試したのだが、見事やり遂げてユーリは少しじーんと感動に浸る。あいつめ、帰ってきたら何か好きな物を作ってやろう。

 そして最後、たまごだ。これには最後の仕掛けをしてあるのだが、ルークは無事買ってこれるだろうか。肉は肉屋、野菜は八百屋で買えばいい分かりやすく明朗だ。だがたまご、実はこの食材だけはどこで買うのか言っていない。
 正解は複数ある、雑貨屋にもあるし食材屋もそこらじゅうに。けれどユーリは事前に、ルークへ正解を教えていた。毎日カロル達と合流する店までの道のりの途中にある小さな雑貨屋、昨日通った時セールしているのをさり気なく会話に混ぜ込んでいる。
 果たしてそれを思い出すか、それとも別の場所で買ってくるのか。普通の子供ならば途方に暮れるだろう、だがルークならばもしかすればやってくれるのではないかという淡い期待。見た目以上に賢いし、自分の可愛さを理解している節がある。
 1ヶ月前まで靴や着替えすら自分一人で出来なかった子供が、どこまでレベルアップしたのかを見る調度良いイベントなのだこれは。

 ルークはたまごをどこで買うのか聞いておらず、メモにも書いていない事に気付き再び足を止めている。肉と野菜で重くなったカゴがやわそうな腕に少し食い込み、日陰に腰を軽く下ろし悩んでいた。その様子をちらちら道行く人達が気にして、今にも誰か声をかけそうだ。
 ユーリは自分こそが手を出したいのを必死に抑えているのだから、周りも手を出すんじゃねぇと怨念を振りまき遠くから見守る。その念が届いたのかどうかは分からないが、結局誰かが話しかける前にルークは立ち上がった。ラピードの頭を軽く撫で、何か決めたように歩き出す。一体どこを目的地にしているのか、ユーリは自分の事のようにはらはらと見守った。

「ありがとな〜」
「気を付けて持って帰るんだよ、たまごは割れやすいからね」
「おう、大丈夫だ!」
「あと、プリンもオマケしておいたよ、デザートにするといい」
「へへ、サンキュー! 今度は店に食べに来るから」

 人の良さそうな笑顔で、シェフがルークに別のカゴを持たせている。肉と野菜とたまご、そして数々のオマケはラピードが分担して咥えていた。たまご以外にもデザートを持たされたようで、その量は渡したメモ以上になっているかもしれない。
 ルークは店先……料理店の前でシェフに大きく手を振り、大量になった荷物を慎重に運ぼうと歩き出す。結局ルークは、たまごを雑貨屋でも食材屋にも行かず、料理店で直接交渉して購入した。いきなり格調高そうな料理店に堂々と入ったので、ユーリはどうしたものかと慌てたものだ。突入するか? と迷いだした頃、ルークとシェフが出てきて今のやり取り、あれで直接たまごを買ったのだと分かった。
 確かに今ユーリが作る夕食も、そうやって材料は女将さんの酒場から直接支払っているので似たようなもの。だがまさか外でやってしまうとは思わなかった、途中いくらでも店頭でたまごを売っていたと言うのに。
 渡した財布には買い食いがギリギリできる金額を入れていたのだが、足りたのだろうか。高そうなレストラン、食材からして高そうな気がする。そっと表看板のメニューを見れば予想通りいい桁がずらりと並んでおり、微妙な所だ。
 ハッと気付き、ユーリは慌てる。こうしちゃいられない、買い物が終わればルークは帰ってくるのだから自分も戻らなければ。依頼に行くと言ったので本来ならば戻らなくてもいいのだが、たまごの値段が気になったので直接確認する事にした。近道でショートカットし、あの小さな歩幅もあってユーリはあっという間に先に辿り着く事に成功する。


「ただいま〜! ちゃんと買ってきたぞ!」
「おかえり、ルーク。わぁ、いっぱいだね」
「偉かったな、ルーク」
「あれ、なんでユーリが? 依頼に行ってるんじゃなかったっけ」
「まぁ、ちょっくら時間が空いてな。気にすんなって」

 そう言えばルークはふーんと案外どうでも良さそうに返事をして、お使いの成果を自慢し始める。ユーリはカゴを覗きこみ、食材達をチェックした。するとまぁ何と言うか、呆れてしまう結果がぼろぼろと。

「この合いびき肉、すごく綺麗な色合いだね……。多分これ、高いやつだよ」
「ってか合いびきって書いたはずなんだけどな、殆ど牛じゃないか」
「あ、このたまごブランドシール貼ってる」
「うわ、これって確か1個200ガルドで売ってたやつじゃねーの?」
「このプリン……。確か高級レストランの名物プリンじゃないのかな、貴族も食べに来るって噂の」
「あー、値段もそんな感じだったな」

 検品すれば見事、予定していた物よりも数ランク上の食材を手にしていた。野菜は普通のものだったがそれでも新鮮なものを優先して渡したのだろう、つやつやして形がとても綺麗に整っている。だが財布の中身を見てみれば、予算よりもはるかに余らせていた。トータル会計、余裕で度を越してしまいそうな食材達なのだが……。
 ルークのお使いイベントは、結果だけ見れば極上の至り、花マルの成果と言えるだろう。だがそれ以上に、ルーク特製割引が自動発生している事にちょっとばかり世の不条理と言うか、チョロすぎる世間にユーリは情けなくなった。  

 褒められ待ちのルークの瞳はほっぺたをあかく、もじもじと期待して指先を落ち着きなく動かしている。可愛い、褒めてやりたい。だがここで褒めれば今後、買い物も行きたそうにするだろう。だがいくらなんでもこの結果、人情を利用したようで大変後味が悪い。恐らく店員たちはそんなつもりないだろうけれど、知ってしまった以上無視はできない。
 ユーリはぶるぶると悩ましく手を震わせながら、褒めるか褒めまいか苦悩の縁に転がり落ちる。それを隣でラピードとテッドが、呆れた瞳で見ていた。





























2.前編終了後・リタとルークとユーリ

「ったく、子供の保護で国を跨ごうとかあんたらしいっちゃらしいわね。でもそういうのは騎士団にやらせときゃ良かったんじゃないの? あいつら無駄に威張り腐ってんだからこういう時くらい使わないと何のために税金払ってるって話よ」
「まあ、それは考えたんだけどな。拾っちまったもんの行方を他人任せにしちまったら、気になるだろ」
「迷子を気にするのはあんたの役目じゃなくってあっちの親でしょ、迎えもよこさないの?」
「いや、連絡が付いてるのか付いてないのか微妙でな。色々面倒だから直接乗り込んだ方が早いと思って」
「じゃあやっぱりあんたの自己満足じゃない、ばっかみたい」
「ま、要はそういうこった」
「そりゃ騎士団はあたしだって好きじゃないし頼りたくないけど、事件で保護したってんなら話は別でしょ、他国の子なら尚更」
「はは、同じ事言ってら」

 同じ思考に辿り着いたのをうっかり笑うと、リタがギロリと睨むので慌てて口を閉じた。ルークが自ら帰らないと言った事を隠しているので、ユーリはリタからのちくちくした叱責に耐えている。当のルークは少し先を、エステルと一緒に歩いていた。
 整えられた街道をゆっくり歩き、怒っている様子のリタをちらちら気にしている。ルークは案外人見知りするが、エステルとは馬が合うのか和やかな様子。リタから聞いたエステルの素性と依頼内容から察するに、王族同士の天然な空気なのだろう。

 ユーリと目が合い、語りかけてくる視線が不安そうに揺れている。所々届く子供や騎士団という単語を拾い、自分の事なのかと思っているのだろう、まあリタは別に怒っている訳ではなく心配しているだけなのだから気にする事ではない。
 しかしそろそろお小言も聞き飽きたので、ユーリは抜け出す事を決めた。足を進めてルークの元に行き、エステルにリタのご機嫌を頼む。するとにっこり笑い頷いて、エステルはリタの手を引き歩き出す。
 少女二人を先に行かせるとは、と思うがここは街道なので魔物もあまり出ない上視界が開けている、もし現れてもすぐに分かる。ユーリはルークの手を握り、子供の歩幅に合わせて歩く。

「ユーリ、怒られてた? もしかして俺の事?」
「いいや、リタもルークの事心配しているだけだ、気にすんな」
「でも……リタの目、すんげー尖ってたぞ」
「ありゃあいつのクセだからいいんだよ、すぐ慣れる」
「ん〜……、アッシュの外面みたいなものなのかなぁ」

 ルークは自分にだけ分かるようにぶつぶつと呟き、奇妙な納得をしている。時々口にする双子の弟とやら、ユーリはその断片だけを拾って組み立てているのだが……。完成したパズルはどう考えても歪ではちゃめちゃであり、端的に言うと面白そうなブラコン。いやはや、会うのが楽しみのような怖いような。
 それでもまあルークの双子なのだから見た目は間違いなく良いのだろう、もし性格が近いのだとすると家の人間は大変そうだ。

 雑談しながら歩いていると目的地の村が見えた、今日はここで泊まりだ。少女二人と子供一人の旅、無理をするよりもきちんと休みを取りながら進んだ方が良い。リタとエステルは先に宿屋へ記帳すると言い、行ってしまった。そうなるとこちらは消耗品の補充係となる、買える時に纏め買いするので量が多くなり、地味に大変なのだ。
 けれどルークはガルバンゾでも買い物を楽しんでしていたので、嫌がらず自ら進んで道具屋の場所を聞いている。可愛らしい子供の質問に村人は警戒心も持たず、笑顔で色々親切に教えてくれた。
 相変わらずルークは自分の容姿を無意識に利用している。知っていたが外の見知らぬ他人にも十分機能している様子に、世界はチョロいなと思いながらも、子供と一緒だという事で融通してもらっている事も多数。そしてリタがそんなルークを見て不器用ながらも注意しつつ可愛がっている姿、なんだか自分と重なるような……。レイヴンとジュディスが、ユーリの教育現場を含み顔で見守っていた訳に今更ながら感付いてしまった。


***

「後は?」
「ん、これで終わり。思ったより使わなかったしな」

 買い物も終わらせ宿屋に行けば、ロビーでリタとエステルが待っており鍵を放り投げてくる。それを受け取りルークと共に部屋に入って、消耗品を置き一息。少し疲れたのだろう、ルークはへにゃーとベッドに伸び体を横たえている。
 靴を脱がせてやり、首元のボタンを一つ外す。お疲れさん、と頭を撫でてやれば嬉しそうにシーツの波に乗ってもぞもぞ近寄ってきた。背中を丸めぴったりと、纏わり付くように。けれど自らは触れてこない、もっと撫でろと無言で命令してくる様が可愛い。

「……ユーリ」
「ん、どうした? もう眠いのか」
「違う、あのな……。お願いがあるんだけどさ」
「なんだ、おやつでも食べたくなったか? パフェやアイスならすぐ作れるけどケーキだと時間かかるぜ」
「そうじゃなくって、あの……」

 もじもじと、ルークはどこか言い難そうに瞳を落とし声を囁く。小さな体をもっと縮め、恥ずかしそうに。その姿に覚えがあるユーリはすぐに察し、ふっと笑って抱き上げてやる。

「もしかして我慢してたのか」
「だって、外でなんて言えないだろ」

 ぷぅ、と膨らませた頬をいっぱいにして拗ねる瞳が尖った。ユーリは長い徒歩の旅を文句も言わず……いいや言うが頑張っているルークへのご褒美として、このお願いを叶えてやる事にする。通じた事が嬉しいのか、ルークは喜色満面で笑っていた。


「ちょ、ちょっとあんた達何やってんのよっ! いいいいますぐ止めなさいっ!!」
「わあ……すごいです。早くて見てるだけで……目が、回ります」
「いや、その……ちょっと、待ってくれ、……すぐには、止まれ、ないんだコレ」
「あはははははははっ!! 世界がぐにゃぐにゃしているーっ!」
「馬鹿、子供の肩は柔らかいんだから外れたり変なクセついたらどうすんのよ!!」

 部屋で二人、ルークが強請るのでぐるんぐるんと体を回して遊んでいると夕食を誘いに来たリタから盛大に怒られた。結構なスピードでぶん回していたので急には止まれない、ユーリは自分も軽く目を回しふらふらとベッドへルークもろとも倒れこむ。その間でもリタの罵倒は待ってくれない、けれどルークはハイになり過ぎてうひゃうひゃ笑っているので、可笑しな空間が渦巻いている。
 加減していたつもりなのに、久しぶりだったのでついやり過ぎてしまった。ユーリは回る天井をじっくり見物した後、角が生えたリタの顔をたっぷり拝むこととなり、おまけに一週間デザート抜きの刑が言い渡されてしまう。
 こんな事になるなら止めておけば良かった、と後悔してももう遅い。言い出したルークが申し訳なさそうに、貢がれた菓子類を分けてくれるのでまだ助かったが。けれどちゃっかり、嫌いな食べ物も皿に混ぜてくるのだから相変わらずどこに居てもルークだと苦笑した。





























3.前編終了後・ルークとリタ

 南大陸へ渡る旅、基本的に夜間は宿で休む事が暗黙の了解となっていた。その分の資金稼ぎの為に街に留まり依頼を受けてでも、避けた方が良い。それは各々の体力もあるし、ルークと言う存在もある。その件に関しては全員の合意で、ゆっくり進む事になった。
 それでも道中どうしても、街も村も移動宿屋も何も無い箇所に当たる事がある。そればかりは仕方がない、事前に地図で移動距離を算出ししっかりと野宿の準備をして挑む。
 東大陸から南大陸へは歩きとなると結構な距離で、野宿を強いられる事も少なくない。道中それなりの回数をこなし、エステルやルークも次第に慣れてきた頃だった。

 移動は基本的に南下している為、外気温がガルバンゾより低いと感じる事は滅多に無い。それでも土地特有の、海風と山から下りて冷えた空気が一気に広がる霧は体験した事がなく足を鈍らせる。見るからに天気が悪く、遠い空は黒く重苦しい。
 少し早いが野宿をして、明日の朝から一気に突っ切る事にした。そう決めればやる事は早い、安全な場所を選んでから枯れ木を集めて火を起こし、水と食料の点検。地図で予定を細かく立てているので保存食はきちんとある。しかしここで少々問題が発生した。

「あ……毛布、一枚ずつですけれど……大丈夫です?」
「んー、夜はちょっと寒いかもしんねーな」
「ユーリ、俺と一緒に毛布かぶるか?」
「そうだな、ルークは湯たんぽだし」
「エステルは寒くない?」
「平気です、私寒いのには慣れて……くしゅん! ばすがら……」
「……あたしの毛布、着てなさいよ」
「おい、いくらなんでも毛布無しじゃ無理だ。オレの使っとけ」
「あんたはがきんちょ温めてなさい、別に平気よ本読んでれば気にならないから」
「ルーク一人で毛布二枚分だ、だからこれは正当な分配ってやつ。明日の朝リタの氷像が出来てたら困るしな、いいから使え」
「……うっさいわねー。後で返せって言っても返さないからね」

 リタも自分では無理だろうなと思ったが、ついエステルを優先してしまう。けれど撤回するなんてしたくない、ユーリのさり気ない気遣いをぶっきらぼうに受けた。
 旅の間、ユーリは驚く程周りを見て気を回す。それはこの中で一番年上であるのと、唯一の男性だという自負なのか。観察していると元からの性質っぽい、自然と嫌味なくやっている所が特に。それが恥ずかしいような悔しいような……、なんだか理由の付かない複雑な感情を呼ぶ。きっとこれはエステルに頼られる位置を奪われたのが悔しいだけなんだ、と自己推察をした。


 深夜、思った以上の冷え込みは毛布一枚では正直厳しい。シートを敷きエステルと隣合わせで眠るが、全く眠れる気がしなかった。持ち運ぶ毛布は然程大きくない、エステルが一緒に包まりましょうと言うのをなんとか拒否して寝かせたのは食事後。
 真ん中で篝火が燃えているのに、熱はあまり届いていないようだ。ぱちぱち音がして、冷たい空気に響かせているのが嘘のように見える。研究に明け暮れ睡眠や食事を忘れる事はあれど、暑さ寒さに困った事はそう無かった記憶。やはりなんだかんだ言ってガルバンゾという大国の恩恵を気付かない所で受けていたのか、とリタはぼんやり考えた。
 それでも今は旅の途中なのだから、きちんと眠り体力を回復させないと。そう思えば思うほど寒さが痛さとなり、眠れなくなる。冷たい空気を吸い込み、ついくしゅんと。慌てて押さえ、見張り番をしているユーリにバレやしないかそっと窺う。
 しかし紫黒の彼は夜闇に紛れ、ぼんやり火の照り返しが浮かぶだけ。目を細めてよく見ようとすると、正面にいきなりにゅっと、丸々とした翡翠が現れた。
 何故かルークが小さな体をもぞもぞと、リタの毛布へ潜り込んで来たではないか。これに驚き声を上げようとするが、背中合わせのエステルを気付かい小声で怒鳴るなんて器用な事をする。

「ちょ、何よあんた!」
「リタ、寒いから早く」
「え? あ……こらちょっと!」

 文句を華麗に無視し、ルークはリタの懐で背中を丸めて瞳を閉じてしまう。両手を僅かな垣根にして、サイズ差のせいで毛布を頭から被りすーすーと静かな寝息。そのあまりの早さにリタは呆れと怒りがごちゃまぜになった。

「あんたねいくら子供でもセクハラよ……!」

 そう言って怒っているのはリタだけ、ルークはあっさりと眠っている。まるで文句を付ける方が自意識過剰みたいではないか、リタは顔を上げて恐らく指示したであろう黒幕を睨み付けた。
 当のユーリはわざとらしく背中を向け、毛布を一枚肩から掛けて静かなもの。何よ、寒いのにカッコつけちゃって馬鹿じゃないの? なんであたしが子供のお守りしなくちゃなんないのよ……。そうブツブツ呟くが、懐のルークがむずがるので直ぐ様口を閉じる。

 起きない事にホッとして、それから馬鹿らしくなった。なにせ近くの体は本当に湯たんぽのように暖かい、先程までずっと寒いと思っていた自身は勝手にその体温を欲しがる。少し躊躇して、おそるおそる片手で背中を抱き締めればくっつく箇所からほんわり伝わってきた。
 野宿になればユーリはルークを抱き締め暖房代わりにしていたのだが、成る程これはその通りだと思う。子供体温で、服の上からでも柔らかい体。腕に触れる頬はぷにぷにしており、クセになりそうかもしれない。
 リタは小さく……子供体温、照れながらも呟く。そして温度で溶けた寒さからくる緊張を解し、今夜はなんとか眠れそうだと目を瞑った。





























4.中編初期・ユーリとガイ

 ユーリはこの日を待っていた。ジェイド達がやって来てから合流すると聞いた日まで、指折り数えて。本人が乗船した瞬間詰め寄ってやろうかと思ったが、バンエルティア号に辿り着くまで彼らがあまりにも全力だったので、その場では我慢していた。
 なので後日、ぐっすり寝て食べて師匠とやらも合流した後、ぴんしゃんした姿でルークをでれでれに甘やかしている現場でユーリは雷を落とした。

「おいガイ、ちょっと言いたい事があるんだが覚悟はいいか」
「……なんで既に剣を抜いてるのか、先に聞いてもいいかな?」
「お前な、オレがせっかく……ルークの着替えを一人ででも出来るようにしたってのに! なんでお前が率先してなんでもやっちまうんだ! またボタン掛けられなくなっちまってるだろうが!」
「ち、ちがうから! あれはボタンが抵抗するだけで出来ないんじゃないからな!」
「いやその、クセでなぁ」

 ははは、と笑うガイは全く悪気なさそうで始末が悪い。そうなのだ、合流したアッシュと特にガイは全力でルークの世話を焼き、今まで一人で出来ていた諸々をあっという間に忘れさせてしまったのだ。

「着替えも、食事も、風呂も、おまけに移動すら抱き上げたままってのはどうなんだ! ここ数日ルークが自分で歩いた歩数測って見せてやろうか!?」
「ええ? そんなにずっとしてたか俺」
「わかんねー、屋敷に居た頃とおんなじじゃねーの?」
「……そうか、家に居た時点でそれだったのか」

 ぴきぴきとユーリは血管が切れそうではあるが、なんとか自分を鎮める。つまりこの作法がファブレ家の作法であり常識だった、自分が押し付けているのが異質側なのだから、いっそ放棄してしまうか……。

「ってんな訳ねーだろうが! 今までのオレの苦労をそんな簡単に捨ててたまるか!」
「お、落ち着けユーリ!」
「なんかユーリって時々訳わかんねー所でキレるよなー」
「誰のせいだ誰の?」
「いだっひだい、やめほーっ!」
「ああっルークのぷにぷにほっぺたが!」

 ルークの頬を柔らかく引っ張れば、ガイがまるで我が事のように情けない顔をする。もしかしてこの主と従者、一緒にしては駄目なパターンではないだろうか。

「ここは家じゃない、ルークは一人で出来る事も多いんだ、なんでも周りがやっちまって子供扱いしてどうすんだよ」
「うっ……耳に痛いなこりゃ」
「ルークも、子供じゃないって言うんなら断れ。食べるも歩くも人にやらせて、赤ちゃんみたいだぞ」
「あ、赤ちゃん……!? 赤ちゃん……っ」

 ルークが一人ショックを受け、背中を丸めてうずくまっている。普段子供扱いされる事を噴火するくせに、自分に都合の良い事は黙っているのだから質が悪い、自覚がないのが特に。ガイはその背中を撫で、苦笑しながら慰めているのがなんだか他人事っぽくて尚更。
 ユーリはガイの耳を掴み、たった今言った事を親切にもう一度、懇切丁寧言ってやった。

「だから、あんたがそうやって甘やかすからだろうが」
「いてて、悪かったって! そう言われてもルークの世話を焼くのが俺の仕事なんだよ、突然止められないんだよなこれが」
「今すぐ全部とは言わないけどよ、ルークの為だと思うならちょっとずつでも控えろ。ガルバンゾでルークは頑張って色々やるようになったんだぜ? その成果を潰しちまうような事はするんじゃねーっての」
「うう、ルーク立派になったんだなぁ」
「あんたは親か……」

 本気で感激しているらしく、ガイはルークの頭を偉い偉いと撫で擦る。当のご主人様は未だ赤ん坊だと言われたショックから立ち直っておらず、床を見つめて斜線を背負ったまま。
 厳しい事を言うユーリだが、自分だってガイの気持ちは分からないでもない。ルークの世話を焼くのは楽しい、ついあれこれしてしまう。何かしてやれば時々、嬉しそうににこっと無邪気に笑うのがたまらなく可愛い。あれをずっと受けていれば、そりゃ日常にしても苦にならない事は容易に想像がつく。
 だが何時までも子供扱いはいけない、ルークは賢いし自分で考える事もできる。立派になれよと言いながら駄目にさせて、依存のような将来を作ってはいけない。そう切々とガイに説くが、本人分かっていても止められないんだと既に依存症のような言い訳を始めた。

「ルークが何かしたそうだな、あれ食べたそうだなっていうタイミングが完璧にわかっちまうんだよ、それでつい体も動くんだ」
「それはそれでいっそすごいけど」
「それに俺がやらなくても周りが……メイド達やアッシュやナタリアやティアが結局世話焼いちまうんだよ。なのに俺だけ厳しくしたら……ルークに嫌われるじゃないか!」
「おいこら本音出まくりだぞ」
「俺だけ嫌われたら嫌だろ!?」
「力説するなって、この馬鹿従者」

 結局出てきた自分本位な言葉に、ユーリはまぁ気持ちが分からなくもないが呆れる。周りや家族が揃って染まっているならばそう考えても仕方がないかもしれない、だがルークは自分に厳しいからといって嫌うような狭量ではないはず。特にガイに対しての懐きようを見れば考えるまでもない事だと思うのだが。
 ひとまず今までのケジメとしてガイをねちねち説教していると、復活したのかルークが目の前を体いっぱい使って塞いできた。

「ガイをいじめるなばかー!」
「ルーク、俺を庇って……!」
「おい、感動してんじゃねぇ駄目従者。ルークも、そもそもお前がやらせてんのも問題だろうが」
「えう……っ。その、だってガイが……」
「今庇った所で即行人のせいにしてんなよ……。じゃあ部下の不始末は主の責任って事で、ルークに罰を受けてもらおうか」
「ええーっ!? やだ、俺は悪くぬぇー!」
「待ってくれ、ルークをやるなら俺をやってくれええ!!」
「あーもうお前ら揃って面倒臭いな!」

 脅してやれば簡単に逃げ出し、ガイの背中に隠れてしまう。そして都合よく使われているのを承知で、ガイもルークを庇うのだから本当に揃って始末が悪い。この主にしてこの従者あり、か……。ひくつく口元を押さえず、ユーリは二人纏めて嫌いな食べ物フルコースの刑にかける事に決めた。

 何が問題かって、この後別口でアッシュとも似たようなやり取りをしたのだから余計に悪い。ライマ揃って教育しろってかね? ユーリは何時自分はそんな役割を負ったのか思い出せず頭が痛くなった。






 


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