1.前編中・お使いイベント |
「いいかルーク、このメモに書いてある物を買ってくるんだ」 ルークにメモとお金を入れた財布に紐を付けて首に掛け、買い物カゴを手に渡す。翡翠の瞳は興奮して嬉しそうに、鼻息荒く今にも駆け出しそうだ。下宿先の酒場で手伝い中だったため、髪はリボンでくくり黒いエプロンを着ている。店の客が面白がってショートエプロンを作ったのを着ているのだがそれがやたら似合う、小動物がミニチュアの服を着ているように見えて。
「オレ達の今日の夕食分だからな、もし足りなかったら飯抜きだぞ」
最近の夕食は女将さんの所でユーリ自ら作り、使った材料分だけ支払う形式を取っている。こうすればルークは嫌いな食べ物でも頑張って食べようとするし、日中の出来事を聞けたりもするので一石二鳥。けれど今日は運悪く食材が足りなくなり、急遽ルークにお使いを要請したと言う訳だ。
「じゃあ、行って来い。オレは依頼があるからついて行けないけど、大丈夫だろ? ラピードも付いてるんだし」 ルークは元気よく駆け出し、一般層への道を駆け上がった。そしてラピードも、ちらりとユーリ達へ視線を投げた後追い駆けて行く。ユーリは目立つ背中が小さくなっていった頃、駆け足忍び足で早速後をつけ始めた。 「初めてのお使いって……。心配なら普通に一緒に行けばいいのに」 そうテッドが呆れた声で言っていたが、残念ながら当の本人には届かない。近くに居た下町の人間らも、今日のユーリ案イベントを聞いて皆同じ事を思っていた。
ユーリ案・はじめてのおつかいイベント。この字面だけで聞いた人間を、微妙な建前笑顔にさせられる事必須。だがやはり当の本人はこのイベントに心血を注いでいる、巧妙に根回しをするくらいには。3日前の時点で、店へ先回りし頼んでいた。当然ながら周囲の店にも連絡を伝え、ルークがふらふら間違った道を通らないよう事前に細路地への封鎖も終わらせている。
「なんだよラピード、もしかして腹減った? でも今からお使いなんだから、駄目だかんな!」
今更渡した買い物メモを見て、ルークの足は止まってしまった。人通りのある道のど真ん中で止まったりしたら危ないと言うのに、ぶつかってしまいそうではらはらする。ラピードが気付いて服を引っ張り端へ移動させ、道側に体を置いて守っていた。
「はい、ルークちゃん! オマケしておいたよ」
肉屋の前でそう、店の人間は肉をカゴに入れてルークに手渡す。そして食材とは別に、小さめに作ったらしいコロッケを手渡している。できたてなのだろう、熱々のコロッケに口をはふはふさせて、ルークはそれを食べた。
次は八百屋、ここは大変に重要だ。ルークの嫌いなニンジンは、きちんとメモ通り買ってくるかどうか。勿論店の人間には、ニンジンの事を伝えている。もしニンジンだけ買わなかったりすれば、帰ってきた時お仕置きしなければならない。
「玉ねぎと、ニ……ニンジンをくれ! ……欲しくないけどくれっ」 ルークは慌てて走りだし、八百屋から脱兎の如く逃げ出す。あのメモにはわざとニンジンを多く書いて試したのだが、見事やり遂げてユーリは少しじーんと感動に浸る。あいつめ、帰ってきたら何か好きな物を作ってやろう。
そして最後、たまごだ。これには最後の仕掛けをしてあるのだが、ルークは無事買ってこれるだろうか。肉は肉屋、野菜は八百屋で買えばいい分かりやすく明朗だ。だがたまご、実はこの食材だけはどこで買うのか言っていない。
ルークはたまごをどこで買うのか聞いておらず、メモにも書いていない事に気付き再び足を止めている。肉と野菜で重くなったカゴがやわそうな腕に少し食い込み、日陰に腰を軽く下ろし悩んでいた。その様子をちらちら道行く人達が気にして、今にも誰か声をかけそうだ。
「ありがとな〜」
人の良さそうな笑顔で、シェフがルークに別のカゴを持たせている。肉と野菜とたまご、そして数々のオマケはラピードが分担して咥えていた。たまご以外にもデザートを持たされたようで、その量は渡したメモ以上になっているかもしれない。
「ただいま〜! ちゃんと買ってきたぞ!」 そう言えばルークはふーんと案外どうでも良さそうに返事をして、お使いの成果を自慢し始める。ユーリはカゴを覗きこみ、食材達をチェックした。するとまぁ何と言うか、呆れてしまう結果がぼろぼろと。
「この合いびき肉、すごく綺麗な色合いだね……。多分これ、高いやつだよ」
検品すれば見事、予定していた物よりも数ランク上の食材を手にしていた。野菜は普通のものだったがそれでも新鮮なものを優先して渡したのだろう、つやつやして形がとても綺麗に整っている。だが財布の中身を見てみれば、予算よりもはるかに余らせていた。トータル会計、余裕で度を越してしまいそうな食材達なのだが……。
褒められ待ちのルークの瞳はほっぺたをあかく、もじもじと期待して指先を落ち着きなく動かしている。可愛い、褒めてやりたい。だがここで褒めれば今後、買い物も行きたそうにするだろう。だがいくらなんでもこの結果、人情を利用したようで大変後味が悪い。恐らく店員たちはそんなつもりないだろうけれど、知ってしまった以上無視はできない。 ▲ |
2.前編終了後・リタとルークとユーリ |
「ったく、子供の保護で国を跨ごうとかあんたらしいっちゃらしいわね。でもそういうのは騎士団にやらせときゃ良かったんじゃないの? あいつら無駄に威張り腐ってんだからこういう時くらい使わないと何のために税金払ってるって話よ」
同じ思考に辿り着いたのをうっかり笑うと、リタがギロリと睨むので慌てて口を閉じた。ルークが自ら帰らないと言った事を隠しているので、ユーリはリタからのちくちくした叱責に耐えている。当のルークは少し先を、エステルと一緒に歩いていた。
ユーリと目が合い、語りかけてくる視線が不安そうに揺れている。所々届く子供や騎士団という単語を拾い、自分の事なのかと思っているのだろう、まあリタは別に怒っている訳ではなく心配しているだけなのだから気にする事ではない。
「ユーリ、怒られてた? もしかして俺の事?」
ルークは自分にだけ分かるようにぶつぶつと呟き、奇妙な納得をしている。時々口にする双子の弟とやら、ユーリはその断片だけを拾って組み立てているのだが……。完成したパズルはどう考えても歪ではちゃめちゃであり、端的に言うと面白そうなブラコン。いやはや、会うのが楽しみのような怖いような。
雑談しながら歩いていると目的地の村が見えた、今日はここで泊まりだ。少女二人と子供一人の旅、無理をするよりもきちんと休みを取りながら進んだ方が良い。リタとエステルは先に宿屋へ記帳すると言い、行ってしまった。そうなるとこちらは消耗品の補充係となる、買える時に纏め買いするので量が多くなり、地味に大変なのだ。 ***
「後は?」
買い物も終わらせ宿屋に行けば、ロビーでリタとエステルが待っており鍵を放り投げてくる。それを受け取りルークと共に部屋に入って、消耗品を置き一息。少し疲れたのだろう、ルークはへにゃーとベッドに伸び体を横たえている。
「……ユーリ」 もじもじと、ルークはどこか言い難そうに瞳を落とし声を囁く。小さな体をもっと縮め、恥ずかしそうに。その姿に覚えがあるユーリはすぐに察し、ふっと笑って抱き上げてやる。
「もしかして我慢してたのか」 ぷぅ、と膨らませた頬をいっぱいにして拗ねる瞳が尖った。ユーリは長い徒歩の旅を文句も言わず……いいや言うが頑張っているルークへのご褒美として、このお願いを叶えてやる事にする。通じた事が嬉しいのか、ルークは喜色満面で笑っていた。
「ちょ、ちょっとあんた達何やってんのよっ! いいいいますぐ止めなさいっ!!」
部屋で二人、ルークが強請るのでぐるんぐるんと体を回して遊んでいると夕食を誘いに来たリタから盛大に怒られた。結構なスピードでぶん回していたので急には止まれない、ユーリは自分も軽く目を回しふらふらとベッドへルークもろとも倒れこむ。その間でもリタの罵倒は待ってくれない、けれどルークはハイになり過ぎてうひゃうひゃ笑っているので、可笑しな空間が渦巻いている。 ▲ |
3.前編終了後・ルークとリタ |
南大陸へ渡る旅、基本的に夜間は宿で休む事が暗黙の了解となっていた。その分の資金稼ぎの為に街に留まり依頼を受けてでも、避けた方が良い。それは各々の体力もあるし、ルークと言う存在もある。その件に関しては全員の合意で、ゆっくり進む事になった。
移動は基本的に南下している為、外気温がガルバンゾより低いと感じる事は滅多に無い。それでも土地特有の、海風と山から下りて冷えた空気が一気に広がる霧は体験した事がなく足を鈍らせる。見るからに天気が悪く、遠い空は黒く重苦しい。
「あ……毛布、一枚ずつですけれど……大丈夫です?」
リタも自分では無理だろうなと思ったが、ついエステルを優先してしまう。けれど撤回するなんてしたくない、ユーリのさり気ない気遣いをぶっきらぼうに受けた。
深夜、思った以上の冷え込みは毛布一枚では正直厳しい。シートを敷きエステルと隣合わせで眠るが、全く眠れる気がしなかった。持ち運ぶ毛布は然程大きくない、エステルが一緒に包まりましょうと言うのをなんとか拒否して寝かせたのは食事後。
「ちょ、何よあんた!」 文句を華麗に無視し、ルークはリタの懐で背中を丸めて瞳を閉じてしまう。両手を僅かな垣根にして、サイズ差のせいで毛布を頭から被りすーすーと静かな寝息。そのあまりの早さにリタは呆れと怒りがごちゃまぜになった。 「あんたねいくら子供でもセクハラよ……!」
そう言って怒っているのはリタだけ、ルークはあっさりと眠っている。まるで文句を付ける方が自意識過剰みたいではないか、リタは顔を上げて恐らく指示したであろう黒幕を睨み付けた。
起きない事にホッとして、それから馬鹿らしくなった。なにせ近くの体は本当に湯たんぽのように暖かい、先程までずっと寒いと思っていた自身は勝手にその体温を欲しがる。少し躊躇して、おそるおそる片手で背中を抱き締めればくっつく箇所からほんわり伝わってきた。 ▲ |
4.中編初期・ユーリとガイ |
ユーリはこの日を待っていた。ジェイド達がやって来てから合流すると聞いた日まで、指折り数えて。本人が乗船した瞬間詰め寄ってやろうかと思ったが、バンエルティア号に辿り着くまで彼らがあまりにも全力だったので、その場では我慢していた。
「おいガイ、ちょっと言いたい事があるんだが覚悟はいいか」 ははは、と笑うガイは全く悪気なさそうで始末が悪い。そうなのだ、合流したアッシュと特にガイは全力でルークの世話を焼き、今まで一人で出来ていた諸々をあっという間に忘れさせてしまったのだ。
「着替えも、食事も、風呂も、おまけに移動すら抱き上げたままってのはどうなんだ! ここ数日ルークが自分で歩いた歩数測って見せてやろうか!?」 ぴきぴきとユーリは血管が切れそうではあるが、なんとか自分を鎮める。つまりこの作法がファブレ家の作法であり常識だった、自分が押し付けているのが異質側なのだから、いっそ放棄してしまうか……。
「ってんな訳ねーだろうが! 今までのオレの苦労をそんな簡単に捨ててたまるか!」 ルークの頬を柔らかく引っ張れば、ガイがまるで我が事のように情けない顔をする。もしかしてこの主と従者、一緒にしては駄目なパターンではないだろうか。
「ここは家じゃない、ルークは一人で出来る事も多いんだ、なんでも周りがやっちまって子供扱いしてどうすんだよ」
ルークが一人ショックを受け、背中を丸めてうずくまっている。普段子供扱いされる事を噴火するくせに、自分に都合の良い事は黙っているのだから質が悪い、自覚がないのが特に。ガイはその背中を撫で、苦笑しながら慰めているのがなんだか他人事っぽくて尚更。
「だから、あんたがそうやって甘やかすからだろうが」
本気で感激しているらしく、ガイはルークの頭を偉い偉いと撫で擦る。当のご主人様は未だ赤ん坊だと言われたショックから立ち直っておらず、床を見つめて斜線を背負ったまま。
「ルークが何かしたそうだな、あれ食べたそうだなっていうタイミングが完璧にわかっちまうんだよ、それでつい体も動くんだ」
結局出てきた自分本位な言葉に、ユーリはまぁ気持ちが分からなくもないが呆れる。周りや家族が揃って染まっているならばそう考えても仕方がないかもしれない、だがルークは自分に厳しいからといって嫌うような狭量ではないはず。特にガイに対しての懐きようを見れば考えるまでもない事だと思うのだが。
「ガイをいじめるなばかー!」 脅してやれば簡単に逃げ出し、ガイの背中に隠れてしまう。そして都合よく使われているのを承知で、ガイもルークを庇うのだから本当に揃って始末が悪い。この主にしてこの従者あり、か……。ひくつく口元を押さえず、ユーリは二人纏めて嫌いな食べ物フルコースの刑にかける事に決めた。 何が問題かって、この後別口でアッシュとも似たようなやり取りをしたのだから余計に悪い。ライマ揃って教育しろってかね? ユーリは何時自分はそんな役割を負ったのか思い出せず頭が痛くなった。 ▲ |