作中小ネタ

9.中編初期・ジェイドとルーク 中編後に読む事を推奨
10.中編終了後・ジェイドとルーク 後編後に読む事を推奨
11.Epilogueラスト・ユーリとルーク




















9.中編初期・ジェイドとルーク

「ラザリスは赤い煙だったんだろ? じゃあもしかしたら……願いを、叶えてくれるかもしれない、よな」
「確かに、彼女は我々人間とは明らかに創りも理論も遠そうな高位存在でしょうね。寿命を延ばす、病気を治療する。その力は人知を超え、神の領域に達しているかもしれません」
「俺の宝珠、……取ってもらえる、かな?」
「分かりません。が、今までの研究結果から言うならば99%無理だろうとは思います」
「でも、試してみなくちゃ分かんねーじゃねーか!」
「その通りですが、可能性は期待出来ませんよ」
「そんなのずっと前からそうだったじゃん。イオンが死んでからは、余計……」
「……ええ、そうですね」

 ふたりの間に気まずい空気が流れる。分かっていてお互い地雷を踏み抜いた、痛みを覚悟してもふたり勝手に顔が歪んでいる。ルークは俯きジェイドはそっと視線を外し、取り繕う言葉を探した。おずおずと、恐れるように。可能性の話をルーク自らして、余計にその空間を冷たく刺したのはもしかするとわざとだったのかもしれない。

「でも、でももし駄目だったら……。俺、死ななくちゃ駄目だよな」

 その言葉を聞いてジェイドはすぐに、椅子に座る足を組み直し目の間を指で揉む。呆れた、という態度をありありと、何度もしている動作だった。しかしその行動は、俯き床だけを見ているルークの視界には入らない。

「やってみなければ分かりませんよ、何事も。貴方の判断は何時も早計です」
「だって、無駄に引き伸ばして面倒かけるよりはいいだろ」
「勝手な判断で勝手な行動をされる方が余程面倒です。ラザリスの情報は軍部で集めますのでタイミングを待っていてください。いいですね?」
「うん、分かったよ」

 ジェイドの表情には何時もの笑みが消えている。ピリピリした空気を感じ取ったルークは機嫌を窺うのと同時に誤魔化す為、そっとジェイドの膝に手を添えて寄りかかった。ごめんなさい、と口では言わず視線で見上げる。大抵の人間はこれで許してくれるのだが、当然ジェイドには有効ではなくて。最近ではユーリ相手でも効果が無いので、ルークは些か自信喪失してしまいそうだった。

「……貴方は本当に我儘ですね」
「ジェイドが、もっと我儘に生きて良いって言ったんじゃん」
「あれはそういう意味ではありません。しょうのない子です」

 その意図をルークは正しく読めていたが、今は知らないフリをした。珍しくジェイドの、細くて綺麗な手がゆっくりと降りてきてルークの頭を優しく撫でてくれたから。冷たい温度だが、彼らしくて良い。あまり慣れていない手付きでさらさらと髪を流す動作が気持ち良く、喉を鳴らして瞳を細めた。
 そのままふたり、誰かが部屋に入ってこの空気が破られるまで。穏やかな時間を楽しんだ。





























10.中編終了後・ジェイドとルーク

 ルミナシアに舞い散る花吹雪を操舵室で見て、1日が経った。バンエルティア号にカノンノとニアタは帰って来たが、ディセンダーは世界樹へとラザリスを救い上げに行った、と。それを聞いてルークは正直に、羨ましいと思った。死んでも助けてもらえるひとがいる、絶望しても包み込んでくれるせかいがある。自分は駄目だったのに。そこまでは言えなかったが。
 持ちえる手段がこれで、全くのゼロになった。いいや元々、可能性は無いとジェイドも言っていたじゃないか。ルークが信じていたのはそもそも確かめる事が出来ない事実、元より手段とは思っていない。だが1ケタ以下の可能性すら無いと断定されてしまっては、本当に今すぐにでも死にたくなってしまう。だから、引き伸ばす理由にしていた。けれどそれももうおしまい。おわり。箱の中身は何もありませんでした、ちゃんちゃん。
 だからルークは、せめてもと思いジェイドにだけは告げた。両親もアッシュもガイもナタリアも叔父上も、みんなみんなたくさん助けてくれたのを知っている。感謝してもしきれない、けれど同時に懺悔もしたくる。だから、ルークはジェイドにだけ言った。

「宝珠の事、任せてもいいよな」
「……」

 このタイミングでこう告げる意味を、彼が分からないはずがない。何しろ全身から怒気を発し、口を閉ざしている。怒っている視線がビシバシと肌を突き刺し攻撃してきた。はっきり言って怖い、ルークは逃げ出したくなるが我慢した。指先を落ち着きなく動かし、自身の爪先へと逃げる。

「……ジェイド」
「アッシュは貴方を殺そうとも、自分が死のうとも欠片も考えていませんよ。国の内側から、預言そのものをひっくり返そうと尽力しています。貴方はそれをずっと見ておきながら、その選択をするのですか」

 もっともな言葉で、ルークの胸はジクジクと痛む。アッシュを絡めて説得されると素直に頷かなければならないのではないか、という強迫観念すら生まれてしまう。それはずっとルークの為に頑張っている姿を見ているからだ、ずっと傍で。だからこそ余計に、この選択をしなくてはならない。
 ルークは怒らせるだろうなと分かっていても、ジェイドには言い返せない言葉を慎重に選んだ。

「だって、預言が本当なら鍵を完成させればライマは永遠の繁栄が約束されるって……」
「そんな確証も無い言い伝えの為に捨てるのが、貴方の生きる意味なのですか?」
「でも、預言は絶対当たるんだろ」
「預言はディセンダーの出現を詠みませんでしたよ。今の展開は最早完全に預言から外れています。それに例えローレライの鍵によってライマが栄華繁栄に包まれても……喜ばない人間は確実に居ます」
「……俺の事なんか、みんなきっとすぐに忘れるよ」
「本気でそう思っているのですか」
「ジェイド、怖い」
「私は今、今まで生きてきた中で1番腹立たしい」
「ごめん」
「謝りながらも止めないのですか」

 気持ちがこもっていない事を簡単に見抜かれて、ますます厳しい言葉と痛い視線が飛んでくる。今まで憐れまれて生きてきた代わりに、極端に責められる事も無く生きてきた。ルークを責める人種はある出来事をキッカケにして、視界や耳にすら入らないよう周囲が尽力の限りを張り巡らせている。だからルークの範囲の人間は、皆優しく心地良くて言う事を聞いてくれる人物ばかり。無茶な我儘を言って困らせても、危険がなければなんとか叶えようと思い悩ませて時間をとらせてしまう。いっそ駄目だと言えばいいのに、それをしない裏側というものをどうしたって曲解する。
 だからルークはジェイドにだけ告げた。彼は数少ない、ルークを否定する者だから。しかしその考えに、過去の後悔が滲んでいる事実を巧妙に隠している事を知っている。気に病む事は無いのに、ずっと気にして今まで親身になってくれていた。それを知ってしまえば、ますます想いを強くする材料にしかなりはしないというのに。
 むしろ意地になり、ルークは唇を尖らせ不満を漏らすような、我儘と癇癪を爆発させた。

「だって、言い伝えを無視して生きても……俺はずっとこのままで生きなくちゃ駄目なのかよ!? アッシュはいいよな、剣は助けになってる。でも俺の宝珠は……」
「宝珠はあなたに害だけをもたらしている訳ではありません。あの事件の時も……宝珠があったからこそ生きていられる」
「宝珠があったからあんな目にあったんだろ! 分かってるくせに、そういう事言うなよ。第一さ、俺の不老って一体何時までなんだ、ずっと? 宝珠がある限りずっと子供のままなのか? なぁジェイド、父上や母上達が死んでも、お前やアッシュがしわしわの爺ちゃんになってもさ、その時俺ひとりだけこんなガキのままなのか!? 俺は一体、何時死ぬんだよ!」
「……分かりません、前例がありませんので」
「分からないからこのまま生きてくのか、分からないからずっとこのまま、誰かに頼って寄生して生きて! 分からないからそのまま生きてたら何時か死んじまうのか、ある日突然子供の姿のまま死ぬのか? それともルミナシアが滅ぶまで! ラザリスがこの世界を書き換えてジルディアにしても! 俺はずっとひとりで苦しみながら生かされるのかよ……」
「少なくとも今死ぬよりかは、悲しむ人間は少なくなりますね」
「はは……そうかもな。でもそういうの、もういいよ。面倒だろ、色々。俺もお前達も。いい加減疲れるって、こんなどうしようもない事ばっかりやってさ、金と時間も使って、そのクセ成果も無い。ただでさえ肩身が狭いのに、置いてきぼりにされるなんて……絶対に嫌だ」
「だから先に死にたいのですか」
「………………うん」

 結局の所、さっさと終わらせたいのはルークの我儘だ。ひとりは嫌だ、ひとりで生きていくなんて無理だ。自分の甘ったれと見通しの甘さは嫌になる程知っている。助けてくれる誰かの居ない、自分の生を望んでくれる人間がひとりも居なくなってしまうという未来を、勝手に想像して先に恐れているのだ。
 例えば成人の儀である殺し合いは回避可能だ、叔父である国王やアドリビトムの面々が付いているのだから保護してもらえる可能性は高いだろう。教団からの手も最悪バンエルティア号で閉じこもっていればいい。幾つもある困難は、周囲のお陰で回避出来る事が昔よりもずっとずっと多くなった。それは確かにルークからすれば安心だし、心強い。だが最大の問題である宝珠は、結局彼らの誰の手を借りたってどうしようもないのだ。
 時間だけは人の手には余る、平等に流れるもの。100年守ってもらっても、宝珠があるルークだけ100年先でも子供で、けれど周囲は人の生を成就して全うする頃だろう。そんな先まで自分は誰かの手を借りなければ生きられないのか、煩わせているのか。ひとりで生きても、寂しさと辛さで怖くなるし自分からは簡単に死ねないのに。何しろ単純に刃物を体に刺しただけではルークは死なない、宝珠から発せられる治癒の力が再生させ子供のやわい皮膚なのに簡単には切り裂かれる事はないのだ。そこから激痛に耐えて死に切らなければ死ぬ事は無い。それを身をもって知ってしまったせいで、恐怖に負けてしまい簡単には死ねなかった。
 生きるのは嫌だが死ぬのも嫌だと、ずっと矛盾を抱え答えを棚上げにしてきた。その答えを、ついに明らかにしなくてはならない時が来ただけ。それだけだ。我儘で恩知らずだと罵られても、もうルークは意志を曲げるつもりはなくなっていた。ジェイドはそれを察したのかそれとも面倒だと思ったのか、分からないが普段通りに呆れた溜め息をひとつ。それから目元を揉む。

「分かりました、もう止めません。協力はしませんが邪魔もしませんでの、好きなようになさい」
「ありがとな、ジェイド。今までも、さ」
「貴方からの礼は背中が痒くなるので結構です」
「うん、……ありがと」

 嫌がられても、ルークには感謝を述べるくらいしか出来る事がない。もしくは子供らしく振る舞い相手の保護欲を満たしてやったりするくらいだが、ジェイドでは素気無く扱われてしまうのが関の山だろう。それにアドリビトムに来てからはあまりそういった利用の仕方をする事は控えている。純粋に悪いな、とちくちく罪悪感を刺激してしまう。抜け切れない仕草は、今までの処世術でもあったので簡単には止められないのだけれど。

 ルークは久し振りに自分の本音を出した事に、少し心臓をドキドキ活発にさせてそうっと上目使いにジェイドを見上げる。最後になるだろうから頭を撫でて貰いたかったが、流石に今は頼めそうにない。だってまた彼は、自分の力の無さを嘆くように顔を顰めていたから。
 誰も彼も自分の為にそんな顔をする。だからルークは生きるのを止めたいのだと、真実を口にする事は決して無かった。





























11.Epilogueラスト・ユーリとルーク

「よーし、それじゃばんざーいしろ、ルーク」
「んー」
「ほい、下ろしていいぜ。ボタンはめて……次はベストを着て、リボンタイだな。ちょっと顎上げろ」
「それくらい自分で結べるって言ってるだろ! もうボタンだって止められるし!」

 朝の着替えの時間。ユーリがルークにシャツとベストを着せてボタンを止め、リボンタイを結ぼうとすれば途端に不満の声が上がった。唇を尖らせ、ぷりぷりと怒り出すさまが可愛くてユーリはもちもちの頬をついぶにーっと潰してしまう。くちゃくちゃに歪んでいる眉の間にそっと唇で触れ、悪い悪い、と全く思っていない表情でユーリは謝る。
 宝珠の治癒が進み、最近になってようやくルークの体は調子を取り戻しつつあった。細かい作業は無理でも、今では指先が動くし自力で歩けるまでに回復している。それでもまだ走る事は出来ず、疲れると一気に体調は下り坂になってベッドに逆戻りだ。今が1番繊細な時期だから気を付けろ、とリタには注意を受けている。
 閉じこもりっぱなしでは窮屈で、かといって運動はまださせられない。結果ルークは従者の助けを大幅に借りて、自由自適に船内を歩きまわって生活を楽しむ優雅な毎日を過ごしている。随分楽しそうだがあくまでもこれはリハビリであり、健康な精神と生活がより宝珠の治癒を促進させるが故なのだ。決して、ふたりの従者が世話を焼きまくる大義名分ではない。

 だが、張本人はこれが大変気に入らないようで。ガイとユーリがあれこれしてやると最近はぶーぶーと子豚そっくりに鳴いて怒りだす。思ったより長く、自分の体なのに自由にならない日々に飽々していたので、自分の思うがまま動ける楽しみを奪われて不満らしい。
 せっかくユーリが結んだリボンタイをしゅるりと抜き取り、ルークは自分で括りなおそうとする。だが、やはりまだ細かい動作は無理なようで、いくらやっても先っぽが輪っかをくぐらない。ご主人様の為に10分程待ったが、完成するまで待っていては1年を過ぎてしまいそうだ。ユーリは微笑みながらルークの指先をリボンタイと共に挟み、ゆっくり結んでやる。そうすれば、多少いびつでもリボン結びの完成だ。ルークは全部が自分がやったんだぞ、という顔で鼻息を荒く、ドヤ顔を見せつけた。

「ほら、できただろ!」
「偉い偉い、流石オレのご主人様だ」
「へっへーん、こんなん出来て当然だっつーのっ」

 だから褒めろ撫でろ、と頭を傾けるので、ユーリは言う通り撫でてやる。するとルークの目元はふにゃーっと崩れてだらしなく、朝だというのに細くなっていった。可愛いので気が済むまで撫でていたいが、そうしていると昼が過ぎてしまうのでユーリはなんとか切り上げる。手の平に残るさらさらした感触がじんわり残って名残惜しい。
 服を着て次は髪を梳かす。膝に座らせ櫛を通せば滑らかに、引っかかる箇所なんて全く存在しなかった。毎晩ガイが丹精込めてヘアケアをしているので、室内でも髪に光るエンジェルリングは失われない。手触りも良いし、抱き締めて顔を埋めれば鼻を通り抜けるいい匂いは落ち着く。これにもたっぷり時間をかけたい所だが、満足するまでやっていると1日が終わってしまうので自制を駆使して切り上げた。
 ふう、と一息。気合を改めないと朝からトラップが発動してしまう。なんて引っかかりたい罠なんだ、とユーリは完璧に輝く朱金にひとりで頷き櫛を置いた。

「終わったか?」
「ああ、もういいぜ」
「じゃあ次! 俺の番な!」
「へいへい、よろしくお願いしますよ」

 ルークは嬉しそうに飛び跳ね、櫛を手に持ってベッドに立つ。ユーリはそこに背中を向けて座り、ぴんと背筋を伸ばして待てばそろりそろりと、自分の髪に櫛が通っていく感触。ユーリの髪はあれから少しだけ伸びて、うなじをほんのちょっとだけ隠している。
 その後頭部を、ルークが丁寧に櫛通す。これはリハビリの一種、と言って最近やらせるようになった。手先を無理しない程度に、どんどん使うと良いという事で頼んだのだが、案外気に入って毎日の習慣となっている。夜のケアはガイで、朝の櫛はユーリ。そのお返しに、とルークはふたりの髪を梳いていた。
 小さな手でゆっくり、一生懸命に梳いてくれる様子がたまらなく可愛い。残念なのは背中であるが故に、本人はその顔を見れないという事くらいか。ユーリはこの楽しい時間を引き伸ばす為に、一刻も早く髪を元の長さにまで伸ばそうと考えている。

「よし、おわったぞ!」
「ああ、ありがとうなルーク」

 お礼に抱き締めて、頬に軽くちゅっと。くすぐったそうに笑う子供はぎゅーっと自分から擦り寄って来た。その信頼しきった態度が可愛すぎて、ついユーリは立ち上がるのを止めてごろんとベッドに背中を倒す。輝いて流れる朱金に指を通し、やさしくやさしく撫でていれば子供は体重をますます預けて、心地良い重さ。ああ、このまま1日が終わればしあわせなのに。そんな自堕落な事をつらつらと。実際は食堂に現れないふたりを訝しんでガイかリタかフレン、クレスやロイドが迎えに来るのだが。我儘な事だとは思っていても、ユーリは最近特にガルバンゾへ帰りたくなっている。またあの部屋で、ふたりと一匹で生活出来たら独り占めできるのに、なんて。しかしガイからルークを取り上げるなんて死刑宣告は流石に酷なので、思っていても言わないが。
 飽きてきたのか、ルークはぱちくり瞳を丸くし顎を立てて聞いてきた。

「なー、朝ごはんは? 食堂行かないのかよ」
「ああ、そうだなゆっくりしてたらメニューが無くなっちまうか」

 毎朝の争奪戦は激しい、本来ならばこんなのんびりしている暇は無いのだが、ルークと触れ合っているとついついだらけてしまう。ユーリはルークを抱えながら起き、名残惜しいベッドから立ち上がった。そのまま部屋を出ていこうとすれば、またも腕の中のご主人様から不満の声が上がる。

「おいこらユーリ! 下ろせよ、自分で歩ける!」
「んー? なんだよ別にいいじゃねーか。どうせ食堂まではそんな遠くないんだし」
「こ、子供みたいだろー!? もうみんな俺が18歳って知ってるんだし、恥ずかしいじゃん」
「気にすんなってそんな事。実際はそうでも、見た目は十分子供だから構いやしないって」
「だから子供じゃないって言ってるっつーの!」

 怒りだしたルークはポカポカ拳を振るい、自分が整えたユーリの髪を自らぐちゃぐちゃにしてしまった。ついさっきまでだらしなく口元を緩めていたのに今はツンツン尖って、忙しい事だ。ユーリは抵抗の意を示して、ぐるんっとその場で一回転。腕の中のルークは遠心力でふらっと目が眩み、すぐに大人しくなった。

「ほれほれ、いいから大人しくオレに抱っこされとけって」
「も〜……、ユーリのばか、あほ、ロン毛……じゃないか、えーっと……」
「なんだよ、前はずっとオレを乗り物代わりにしてたくせに」
「い、今は関係ないだろー昔の事持ち出すなよ! それにこの前リタに、ユーリは甘やかしすぎ! って怒られてたくせに! またファイアボールが飛んでくるぞ!」

 そうなのだ、以前ガイに対し甘やかし過ぎだと叱ったユーリが、現状めっきり同じ理由で怒られている。少し前までは体の動かなかったルークの行動を全てをやっていたら、それが楽しすぎてクセになり、ついつい体が先に動いてしまうようになっていた。今では本人にすらちょっとうっとおしがられている始末。ガイは以前に叱った効果が出て程々に手を離しているのに、立場が逆転してしまうとは不思議なものだ。それでもガイは、気持ちは分かるよ、といって注意してこないので流石先人たる寛容さ。だからこそ余計にユーリの体は勝手にルークを助けてしまい、ご主人様が噴火するのだが。
 自分でもこのままではいけない、なんとか自立させねば……いやしなくては。そう思うのに、ああルークが眠そうだな昼寝をさせるか、とか。そろそろ小腹が空く頃だから何かデザートでも作ってやろう、とか。好物のチキンは嬉しいけど添え物のキノコが嫌そうだな食ってやるか、とか。一歩先に行動の予測が容易く出来てしまいつい実行してしまう。お風呂だったり、食事だったり、再開した手伝いだったり、ユーリ担当の日は大体抱き上げてやってしまっている。
 こんな事では過去の自分に笑われる、しっかりしないとな。そう硬く決意を胸に、ユーリの腕はルークの体を開放しようとして……ピクリとも動かなかった。自分に正直過ぎる。言った傍からこれで、周囲に誰も居なくて良かった。自分の忍耐の無さに呆れてから、もう開き直る事にした。だってルークの世話を焼くのはこんなに楽しい、可愛い。まるで毎日がデザートバイキングなのに、止められる訳が無いのだ。緩めるどころか腕の力をぎゅっと強め、ルークを逃さないよう抱き締め直す。

「これも新人家来が通る道だと思って我慢してくれ。気が済んだら慣れると思うからよ」
「え〜、なんだよそれ! 俺は自分で歩くんだよはーなーせーっ!」
「暴れるなって、まぁ待てよ流石に体が完治したらこんなべったりするつもりはねーからな。今だけだと思って諦めろ」

 これではどちらが主人でどちらが従者なのか、さっぱり分からない。宥めすかしながらもユーリはほぼ強制的にルークを抱き締めて部屋を出る。廊下ですれ違う皆は挨拶と共に、今日もべったり甘やかして甘やかされている主従にクスクスと笑っていた。そのたんびにご主人様は恥ずかしそうに頬を抓ってくる。けれど力は入っていないのでつるつる滑ってくすぐったいくらい。
 毎朝の習慣で、朝起きて朝食を食べる前に甲板へ出て朝陽を浴びる事にしている。外に出れば気持ちの良い風が迎えてくれて、真っ青な空、今日も世界の中心で2色の世界樹が全てを見守ってくれていた。深呼吸を数回して、新鮮な空気を肺に取り入れれば1日が始まる。腕の中のルークも真似て、大きく深呼吸していた。それから、輝く水平線を見ながらぽつり、小さな声をルークはこぼす。独り言だったのかもしれないが、こんな近い距離で聞こえない訳が無い。それでも知らんぷりして、嬉しそうに笑った。

「ユーリくらいだよ、俺に命令する奴なんて。家来のくせに!」

 すぐに顔を胸元に埋めるので、どんな表情をしているのか分からない。けれどそんなもの、今のユーリには簡単に想像がつく。自慢のご主人様は我儘で暴れん坊で自分勝手で、でもさいっこうに可愛くていとしくて大事な、ユーリのご主人様の笑顔が輝いているはずだから。



 


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