9.中編初期・ジェイドとルーク |
「ラザリスは赤い煙だったんだろ? じゃあもしかしたら……願いを、叶えてくれるかもしれない、よな」
ふたりの間に気まずい空気が流れる。分かっていてお互い地雷を踏み抜いた、痛みを覚悟してもふたり勝手に顔が歪んでいる。ルークは俯きジェイドはそっと視線を外し、取り繕う言葉を探した。おずおずと、恐れるように。可能性の話をルーク自らして、余計にその空間を冷たく刺したのはもしかするとわざとだったのかもしれない。
「でも、でももし駄目だったら……。俺、死ななくちゃ駄目だよな」
その言葉を聞いてジェイドはすぐに、椅子に座る足を組み直し目の間を指で揉む。呆れた、という態度をありありと、何度もしている動作だった。しかしその行動は、俯き床だけを見ているルークの視界には入らない。
「やってみなければ分かりませんよ、何事も。貴方の判断は何時も早計です」
ジェイドの表情には何時もの笑みが消えている。ピリピリした空気を感じ取ったルークは機嫌を窺うのと同時に誤魔化す為、そっとジェイドの膝に手を添えて寄りかかった。ごめんなさい、と口では言わず視線で見上げる。大抵の人間はこれで許してくれるのだが、当然ジェイドには有効ではなくて。最近ではユーリ相手でも効果が無いので、ルークは些か自信喪失してしまいそうだった。
「……貴方は本当に我儘ですね」
その意図をルークは正しく読めていたが、今は知らないフリをした。珍しくジェイドの、細くて綺麗な手がゆっくりと降りてきてルークの頭を優しく撫でてくれたから。冷たい温度だが、彼らしくて良い。あまり慣れていない手付きでさらさらと髪を流す動作が気持ち良く、喉を鳴らして瞳を細めた。 ▲ |
10.中編終了後・ジェイドとルーク |
ルミナシアに舞い散る花吹雪を操舵室で見て、1日が経った。バンエルティア号にカノンノとニアタは帰って来たが、ディセンダーは世界樹へとラザリスを救い上げに行った、と。それを聞いてルークは正直に、羨ましいと思った。死んでも助けてもらえるひとがいる、絶望しても包み込んでくれるせかいがある。自分は駄目だったのに。そこまでは言えなかったが。
「宝珠の事、任せてもいいよな」
このタイミングでこう告げる意味を、彼が分からないはずがない。何しろ全身から怒気を発し、口を閉ざしている。怒っている視線がビシバシと肌を突き刺し攻撃してきた。はっきり言って怖い、ルークは逃げ出したくなるが我慢した。指先を落ち着きなく動かし、自身の爪先へと逃げる。
「……ジェイド」
もっともな言葉で、ルークの胸はジクジクと痛む。アッシュを絡めて説得されると素直に頷かなければならないのではないか、という強迫観念すら生まれてしまう。それはずっとルークの為に頑張っている姿を見ているからだ、ずっと傍で。だからこそ余計に、この選択をしなくてはならない。
「だって、預言が本当なら鍵を完成させればライマは永遠の繁栄が約束されるって……」
気持ちがこもっていない事を簡単に見抜かれて、ますます厳しい言葉と痛い視線が飛んでくる。今まで憐れまれて生きてきた代わりに、極端に責められる事も無く生きてきた。ルークを責める人種はある出来事をキッカケにして、視界や耳にすら入らないよう周囲が尽力の限りを張り巡らせている。だからルークの範囲の人間は、皆優しく心地良くて言う事を聞いてくれる人物ばかり。無茶な我儘を言って困らせても、危険がなければなんとか叶えようと思い悩ませて時間をとらせてしまう。いっそ駄目だと言えばいいのに、それをしない裏側というものをどうしたって曲解する。
「だって、言い伝えを無視して生きても……俺はずっとこのままで生きなくちゃ駄目なのかよ!? アッシュはいいよな、剣は助けになってる。でも俺の宝珠は……」
結局の所、さっさと終わらせたいのはルークの我儘だ。ひとりは嫌だ、ひとりで生きていくなんて無理だ。自分の甘ったれと見通しの甘さは嫌になる程知っている。助けてくれる誰かの居ない、自分の生を望んでくれる人間がひとりも居なくなってしまうという未来を、勝手に想像して先に恐れているのだ。
「分かりました、もう止めません。協力はしませんが邪魔もしませんでの、好きなようになさい」
嫌がられても、ルークには感謝を述べるくらいしか出来る事がない。もしくは子供らしく振る舞い相手の保護欲を満たしてやったりするくらいだが、ジェイドでは素気無く扱われてしまうのが関の山だろう。それにアドリビトムに来てからはあまりそういった利用の仕方をする事は控えている。純粋に悪いな、とちくちく罪悪感を刺激してしまう。抜け切れない仕草は、今までの処世術でもあったので簡単には止められないのだけれど。
ルークは久し振りに自分の本音を出した事に、少し心臓をドキドキ活発にさせてそうっと上目使いにジェイドを見上げる。最後になるだろうから頭を撫でて貰いたかったが、流石に今は頼めそうにない。だってまた彼は、自分の力の無さを嘆くように顔を顰めていたから。 ▲ |
11.Epilogueラスト・ユーリとルーク |
「よーし、それじゃばんざーいしろ、ルーク」
朝の着替えの時間。ユーリがルークにシャツとベストを着せてボタンを止め、リボンタイを結ぼうとすれば途端に不満の声が上がった。唇を尖らせ、ぷりぷりと怒り出すさまが可愛くてユーリはもちもちの頬をついぶにーっと潰してしまう。くちゃくちゃに歪んでいる眉の間にそっと唇で触れ、悪い悪い、と全く思っていない表情でユーリは謝る。
だが、張本人はこれが大変気に入らないようで。ガイとユーリがあれこれしてやると最近はぶーぶーと子豚そっくりに鳴いて怒りだす。思ったより長く、自分の体なのに自由にならない日々に飽々していたので、自分の思うがまま動ける楽しみを奪われて不満らしい。
「ほら、できただろ!」
だから褒めろ撫でろ、と頭を傾けるので、ユーリは言う通り撫でてやる。するとルークの目元はふにゃーっと崩れてだらしなく、朝だというのに細くなっていった。可愛いので気が済むまで撫でていたいが、そうしていると昼が過ぎてしまうのでユーリはなんとか切り上げる。手の平に残るさらさらした感触がじんわり残って名残惜しい。
「終わったか?」
ルークは嬉しそうに飛び跳ね、櫛を手に持ってベッドに立つ。ユーリはそこに背中を向けて座り、ぴんと背筋を伸ばして待てばそろりそろりと、自分の髪に櫛が通っていく感触。ユーリの髪はあれから少しだけ伸びて、うなじをほんのちょっとだけ隠している。
「よし、おわったぞ!」
お礼に抱き締めて、頬に軽くちゅっと。くすぐったそうに笑う子供はぎゅーっと自分から擦り寄って来た。その信頼しきった態度が可愛すぎて、ついユーリは立ち上がるのを止めてごろんとベッドに背中を倒す。輝いて流れる朱金に指を通し、やさしくやさしく撫でていれば子供は体重をますます預けて、心地良い重さ。ああ、このまま1日が終わればしあわせなのに。そんな自堕落な事をつらつらと。実際は食堂に現れないふたりを訝しんでガイかリタかフレン、クレスやロイドが迎えに来るのだが。我儘な事だとは思っていても、ユーリは最近特にガルバンゾへ帰りたくなっている。またあの部屋で、ふたりと一匹で生活出来たら独り占めできるのに、なんて。しかしガイからルークを取り上げるなんて死刑宣告は流石に酷なので、思っていても言わないが。
「なー、朝ごはんは? 食堂行かないのかよ」
毎朝の争奪戦は激しい、本来ならばこんなのんびりしている暇は無いのだが、ルークと触れ合っているとついついだらけてしまう。ユーリはルークを抱えながら起き、名残惜しいベッドから立ち上がった。そのまま部屋を出ていこうとすれば、またも腕の中のご主人様から不満の声が上がる。
「おいこらユーリ! 下ろせよ、自分で歩ける!」
怒りだしたルークはポカポカ拳を振るい、自分が整えたユーリの髪を自らぐちゃぐちゃにしてしまった。ついさっきまでだらしなく口元を緩めていたのに今はツンツン尖って、忙しい事だ。ユーリは抵抗の意を示して、ぐるんっとその場で一回転。腕の中のルークは遠心力でふらっと目が眩み、すぐに大人しくなった。
「ほれほれ、いいから大人しくオレに抱っこされとけって」
そうなのだ、以前ガイに対し甘やかし過ぎだと叱ったユーリが、現状めっきり同じ理由で怒られている。少し前までは体の動かなかったルークの行動を全てをやっていたら、それが楽しすぎてクセになり、ついつい体が先に動いてしまうようになっていた。今では本人にすらちょっとうっとおしがられている始末。ガイは以前に叱った効果が出て程々に手を離しているのに、立場が逆転してしまうとは不思議なものだ。それでもガイは、気持ちは分かるよ、といって注意してこないので流石先人たる寛容さ。だからこそ余計にユーリの体は勝手にルークを助けてしまい、ご主人様が噴火するのだが。
「これも新人家来が通る道だと思って我慢してくれ。気が済んだら慣れると思うからよ」
これではどちらが主人でどちらが従者なのか、さっぱり分からない。宥めすかしながらもユーリはほぼ強制的にルークを抱き締めて部屋を出る。廊下ですれ違う皆は挨拶と共に、今日もべったり甘やかして甘やかされている主従にクスクスと笑っていた。そのたんびにご主人様は恥ずかしそうに頬を抓ってくる。けれど力は入っていないのでつるつる滑ってくすぐったいくらい。
「ユーリくらいだよ、俺に命令する奴なんて。家来のくせに!」
すぐに顔を胸元に埋めるので、どんな表情をしているのか分からない。けれどそんなもの、今のユーリには簡単に想像がつく。自慢のご主人様は我儘で暴れん坊で自分勝手で、でもさいっこうに可愛くていとしくて大事な、ユーリのご主人様の笑顔が輝いているはずだから。 ▲ |