anti, World denied








3

*****

 アッシュ達が合流した事により、ようやくルークの身分はギルドに全公開された。その中でアッシュが兄上、と呼ぶ点を質問されたが本人はそういうものだ、の一点張り。ルークも笑顔で俺が兄上だから! と主張するので、ルークの希望によりそう呼ばせているのだろう、という予想により落ち着いた。ただ一人、国家機密だと直接言われたユーリだけはそれらを薄笑いで聞いたがとりあえず黙っておく。
 一応これで、ルークを届けるという当初の目的は達した訳だ。そこから何故か世界危機問題に手を付けている現在というものに多少は疑問を持つものの、これも助け助けられた奇妙な縁というやつだろう、実際世話になっているのは事実。
 ライマの面々は率先してルークに構い世話をするので、またもユーリが手持ち無沙汰になってしまったのはまぁ笑い話か。それでも家族と会えたのだから良かったと、まだ心配な事はあれど一先ずの平穏にルークが喜んでいるので、ユーリとしても喜ばしい。
 だがそれをきっかけに、大人しくしていた王様がムクムクと湧いて出たのはまったく、喜ばしくない話である。鬱々とした心配が緩和され自分を同等に扱ってくれる友人達を得て成長……いや頭に乗り出し、とんでもない事を言い出した。

「俺も依頼に行きたい行きたい行くの行くんだからなあーーーっ!!」
「ルーク、無茶言うなって。みんなは遊びに依頼へ行ってる訳じゃないんだぞ?」
「外の上にダンジョンとなると想像の付かない危険もある、兄上を連れて行く事は出来ない」
「もう船ん中飽きちまったよおおおおおお外出たい外出たい外出るうううううううっ!!」
「こりゃ久しぶりの大爆発だな……」

 久しぶりにルークは体全身を使って、見事な駄々をこねだした。床に寝転びバタバタと、今日び子供でもやらないような癇癪を、小さな子供が大暴れに活用している。よりにもよってエントランスのど真ん中、見ていけと言わんばかりに大声で。騒ぎを聞きつけて皆出てくるが、ルークの暴れようを見て大半さっさと帰っていく。
 ガイは必死で宥め、アッシュは決して折れぬ態度できっぱりと、ナタリアとティアはオロオロしている。クレスとロイドは良いとも悪いとも言い難そうにして、ユーリは考えながらも今の所は口を挟むつもりはない。
 ガルバンゾで一緒に居た時間と国を出た後の旅を見て、そこまで外に出る事を禁止しなくともいいのではないかと実の所考えている。国で一人を禁じたのは狙われている影が見えていたからで、アドリビトムメンバーが守る中でならば多少危険な場所でもフォローし合っていけるのではないか。そう全否定して却下せずとも、戦闘の無さそうな依頼を選別して連れて行けばいい。例え戦闘が始まってもルークは身をわきまえきちんと避難するのだ、サレの時はそこを突かれてしまったが。
 しかしアッシュは厳しい顔を崩さない、ぴしゃりと遮断して端から受け付けるつもりもなさそうだ。外から見ればあれは心配するがゆえの態度なのは丸わかりで、けれどルークがそんな事気付ける訳も無く、めいめいなりに子供の癇癪を慰めるがアッシュの断言でより音量を上げて叫びだす。それはもはや言葉の形を捨て、奇声と言ってもいいだろう。普段ルークはツンと澄まして子供じゃないと言っている、だのにこうやって駄々をこねるとは余程我慢の限界だったのか。
 ガルバンゾからのルークを思い出し、久しぶりにここまで強く我儘を言っているのを見てユーリは自分が口を挟むべきかどうか迷う。身内と合流できたのだから判断はそちらに任せればいい、特にルーク身辺はきな臭そうで注意が必要なのははっきりと目にしている。けれど目の前で窮屈だと主張する姿を見れば、もう少し緩めてもいいんじゃないかという意見も湧いて出てきた。
 バンエルティア号でのルークは外に出れない分船内の手伝いをよくしており、ライマの皆の驚きようは笑ってしまうくらいに。ご褒美というのもなんだが、ちょっとくらいの無茶ならば少なくとも自分は引き受けるつもりでいる、叶えてやってもいいのはないか。

 だがアンジュは両耳を指で埋め、乾いた笑顔で何もかも無視している最中。あれはトラブルは持ってくるなと言うポーズなのだろうかそれとも単に事態が流れるのを待っているのか、これ見よがしに目の前でやっているのだからギルドマスターとして一言あっても罰は当たらないと思う。
 そして誰からも賛成意見を貰えないルークの大声はますます響き渡り、アッシュの背中に飛び乗ってポカポカ軽い拳を必死でふるっている。慣れているらしいアッシュは眉間の皺を深め、上手く両手を絡め取りルークを抱き締めた。それでもルークは諦めきれず、アッシュの頬をがぶりと噛み付いている、あれは痛そうだ。

「毎日毎日壁と床と雲ばっかり見て、つっまんねえんだよおーーーっ!」
「バンエルティア号は世界各地様々な場所へ行く、同じ景色なんて無いだろう」
「青いか赤いかくらいじゃねーか! どっちにしろ一緒なんだよ! もうやだやだやだあーきーたーんーだーよー!」
「ルーク、俺と一緒にショップでも見に行くか? 新しい品物が入荷してるらしいぞ」
「どうせ俺には持たせてくれねーじゃねーかあああっ玩具の剣なんて子供騙し冗談じゃねーぞ!」
「ルーク、わたくしと一緒に遊びましょう? 矢打でどちらが多く当てるか競うのですわ」
「何か……料理でも覚えてみるのはどうかしら、簡単な物から始めればきっと楽しくなると思うの」
「やだやだやだそんな女みたいなだっせーのやだー! 外で剣持ってバシーッてやっつけるんだよおおおお!」
「……ごめん、僕達がルークの前で手合わせやってるからだね」
「ルーク、俺と手合わせるすか? 10本勝負しようぜ」
「なぁこんだけ言ってるんだから一度連れてったらどうだ? ルークだって外が危険なのは十分知ってんだからよ、戦闘の邪魔にはならないと思うけどね」
「邪魔だから連れて行かないんじゃない、危険だから連れて行かないんだよ。戦闘の危険性を知らない訳でもないだろうが、貴様が」
「そりゃ知ってるけど」
「戦闘の時はちゃんと離れてるってば! ユーリ達と一緒に大陸渡った時だってちゃんと俺隠れてたんだからな!」
「その時は大丈夫だったか? 変な奴に連れ去られたりはしなかっただろうな」
「んな事になってたら今頃ここにはいねーだろうが……。あんたらが思うよりルークはずっと上手く立ちまわってるし、ちゃんと出来てるぜ? ガルバンゾででも良い子に……まぁ、総合すればしてたんだからな」
「その溜めが気になるなぁ。でも確かにルークが自分から手伝ってそれを続けてるなんてすごい事だよな、びっくりしたよ」
「そーだろ、すごいだろぉ!? 俺なガルバンゾでいーっぱい働いておまけに給金も貰ってたんだぞっ!」
「素晴らしいですわルーク、流石男の子ですわね。どんなお仕事をしましたの?」
「えっとなー、飯をテーブルに運んだり店番したり、勉強を教えたりー」
「おお、凄いなルーク! 他には? 勉強は続けてたのか?」
「うっ……それはその、でも新聞とかチラシとかは毎日読んでたぞ!」

 ユーリが口を出した所で何故か話題が逸れていってしまった。ルークは叫ぶのをケロリと忘れてガルバンゾでの出来事を嬉々として語り、ガイやナタリアが褒めまくっている。恐らく話題逸らしでこのまま流されてもらおうと画策しているのだろう、周りもそれに乗って偉い偉いと称賛に必死だ。
 隣のアッシュを見ると溜息を深く、思考沈んでいる様子が在りありと。どうにも彼はルークの事に関して過敏になるくらいの慎重さで対応している、ユーリに対してぴしゃり拒絶した時と同じように。いっそ言ってくれれば力になるのに、まるで硬く口を閉ざす事が唯一の方法だと言わんばかりに黙ったまま。そんな風に隠されてはこっちとしては突っ込むしかないだろう、ここまで来て無かった事にするつもりはないのだし。

 さてどうしようか、ここで自分が反対勢力として口を出し対抗煽りによって引き出すか? そんな物騒な方法を考えていると、予想外の所から予想外の反応がやってきた。いつの間にかジェイドがエントランスホールに出てきており、独自に和やかな笑顔で許可を出してしまう。

「ルークは一度言い出したら、絶対に退きません。下手に言葉で抑えつけたりすれば、一人で勝手に動き抜け出したりしますよ。それはアッシュが特によく知っている事ではないですか?」
「それはそうだが……しかし」
「でもなぁ、ダンジョンでルークに何かあったらどうするんだ」
「黙って付いて来て迷子になったり大変な事になるくらいならば、最初から目を離さず連れて行った方が良いと言うものです。もちろん討伐依頼以外で、ですが」
「ですが大佐、どんな危険があるか分からないのに……」
「認知している危険は認知しない危険の足元にも及びませんよ、それに危険から守るのが我々の勤めでしょう。ね、ユーリ?」
「……なんでそこでオレを名指しするんだ」
「貴方はルークの家来なのでしょう? こういう時こそ出番じゃないですか」
「そうだぞ、ユーリは俺の家来なんだからどこにでも連れて行け! 一人で依頼に出やがってずるいんだよばか!」
「その話まだ続いてたのかよ……」

 久しぶりに聞いた家来だのなんだの、あれはまだ継続中だったのか、本職従者であるガイが居るのだからもう無くなった話だとばかり思っていた。そもそも軍人であるジェイドやティアにアニス、ここまで揃っておきながら外部の手を使うとはどういうつもりなんだ。……だが彼らは結局の所ルークに砂糖蜂蜜がけくらい甘いので、良いように扱われてしまうのではないかという危惧も無くはない。

「その代わり必ずフルメンバー、我々かユーリが居る時に限り、言うことはきちんと聞く。どうです、守れますか?」
「おう、分かった!」
「返事だけは一人前なんだよなこいつ」

 結果的に自分の我儘が通り、にこにこ顔のルークに何故か良い話で決着が付いた雰囲気。アッシュはジェイドの説得に覚えがあるらしく唸りながらも、渋々とまだ少し納得がいかない様子。ユーリはそれを軽減させようと、あまり効果はないかもしれないが大丈夫だと慰めた。当然ながらやはり、ギロリと睨まれたが。
 それにしてもジェイドから許可が出るとは少し意外だ、彼こそ絶対駄目だと言いそうなものなのに。

 そう言えばふと、自分はまだルークに関して何も聞いていない事を思い出す。晶術を消した事や、ルークの身辺について諸々。王家のいざこざ辺りだろうと予想するのは簡単だが、それ以上に想像付かない部分も今だある。
 もう少し突っ込むべきか? 悩み所ではあるが、藪を突付くのも気が引ける。今現在においてルークの身を置く状況に不足や不安が無い、その安心感が邪魔をしていた。下手に暴いてあの子供を悲しませるのは本意じゃない、流れにまかせて不必要ならばこのままでいいんじゃないかと思っている。
 見て見ぬふり、嫌な言葉が自分の中から出てきてユーリは人知れず首を振った。そんなつもりはない、絶対に。ただせめて今の……ルークにとって良い状況を保ってやりたいと思っているだけだ。それがまた、ガイ達とは別口で大甘に甘やかしているなとも感じるがそれくらいいいじゃないか、なんて。




*****

 その日以降を皮切りに、ユーリは依頼の吟味を十分しつつ敵のレベルが低い場所を中心に外へ連れて行っている。ガイやアッシュ達はやはり心配の方が勝つらしく、もう反対はしなくなったものの賛成もしないので依頼自体を控える手段を取り、ユーリがルークを連れて出る時に無理矢理メンバー入りしてくる。この場合親馬鹿と言うべきか信用されていないと言うべきか、微妙だなと感じるが黙っておく。

 今日もそんな感じに、出掛け前にガイとアッシュとナタリアが、まるで死地へと送るような悲愴顔でルークを見送っていた。当の本人は列の真ん中でティアに手を引かれ、こわごわ興味深そうに火山内部の景色を楽しんでいる。
 ユーリからすればルークは傷一つすら恐れるような繊細な子供ではなく、結構にしたたかだと思うのだが、彼らはそう見えていないのだろうか。まあずっと一緒に居れば案外そんなものかもしれない、なにせルークは見た目からして全身、子供だと主張しているようなものだ。子供じゃないと怒る姿がまったくもって、そのまま子供らしい背伸び。
 けれどアッシュと双子、なはず……。国家機密はどういう意味で掛かっているのか、今だ謎だ。聞くべきか黙っているべきか、ユーリには判断がつかないまま。

 依頼されていた品物を見つけ、ではそろそろ帰ろうかという事になった。けれどルークがまだもうちょっと見たい、そう言うものだからほんの少しだけ休憩だ。マグマ湧き立つこんな暑っ苦しい場所に、いくら珍しいからといってまだ居たがるとは。ルークならばもう嫌だ帰りたいと言うと思っていたが、ダンジョンに赴く時予想以上に我慢強く我儘を言う事は少なかった。いや、十分我儘か。どっちにしろ自分も甘やかしているなとユーリは自分で笑う。

「ルーク、こっち来い汗拭いてやる」
「んー」
「水分ちゃんと取れよ、息苦しくは?」
「へーき」

 そう言うわりにルークは少し疲れた表情で言葉少ない。額には汗がびっしょりと、豊かな朱金のお陰で頭全体がしっとりへたれている。ティアから渡されたジュースをちうちう飲み、それでもじっとマグマを見ていた。
 確かにマグマなんてそう滅多に見れる物ではないが、ここまで気温が上がれば味わうのも十分だろうに。ユーリはまだ見ていたいのか? そんなつもりで尋ねる。

「珍しいっちゃ珍しいかもしれねーが……そんな真剣に見るもんか?」
「なぁユーリ、やっぱマグマって熱い……よな?」
「そりゃ沸騰してんだから、熱いだろ。熱いじゃすまないと思うけど」
「どうなっちまうんだ?」
「どうなるって……骨まで溶けちまうんじゃないのか?」
「それは困るなー」
「そりゃ困るだろ」

 至極当然だと思うのだが、ルークは何度も頷き困るよなーと言っている。そしてジュースを飲み終えたと思ったら、先程までの態度を一変させてさっさと帰ろうと言い出した。ルークがもっと見ていたいと言うからここで休憩していたのだが……どういう変わり身だ。

「もーあっちーもん! やっぱ暑いのは駄目だって、砂漠も暑くて息苦しかったし、早く帰ろうぜー!」
「へいへい、仰せのままにってか」
「ルーク、帰ったらお風呂入りましょうね、汗びっしょりだわ」
「うん、風呂入ってさっぱりしたい」

 そう言えばこの前砂漠に連れて行った時も、似たような事を言っていたのを思い出す。熱砂嵐で息すら苦しそうなのに奥まで行くと言って、結局ガイに背負われてオアシスまで足を伸ばしたものだ。そして暑すぎて無理と言い、へばって目を回した所で戻った。
 砂漠も火山も、暑いなんて現地に行かなくとも分かるだろうに。まぁ想像と実際自分で感じる差異があるのは認める所なので、はっきりおかしいと言うつもりもない。だがなんだろうか、ユーリにはどうにも違和感がある。単純に見てみたいから興味があるから、それだけでは無い気がした。


 それとは別の日だ、今日訪れているのはブラウニー坑道。じめじめと暗く湿り気が充満し、ゾンビやアンデッド達が待ち構えダンジョン自体にも落とし穴と針山の罠が待ち構えている。7層採掘区奥の宝箱がひしめき合っている区画、ざくざく出てくるお宝達に目が眩んでいるのはアニスで、ルークは床の崩れた深い穴を覗きこんでいた。

「危ねーぞ、あんまり近寄るな」
「うん……。なぁ、この下はどうなってるんだ?」
「そりゃ、重力がある以上は下に落ちるのが普通だろ」
「落ちても大丈夫なのか? 真っ暗だぞ」
「落ちても平気な所と、平気じゃない所とあったな確か……。気になるのか?」
「うん、行ってみたい」
「確か依頼品も下だって言ってたな……魔物が出るから、絶対離れるなよ? アニス行くぞー」
「はわーん、今行きまーっす! あ、ルーク様怖かったらトクナガにしがみついててくださいね、アニスちゃんが守りますから!」
「トクナガってでっかすぎて、掴みにくいんだよな……」

 トクナガに抱き付くルークは可愛らしく、ティアが骨抜きになっていた。ディセンダーはさくさく率先して先を歩き、ユーリはしんがりを務める。後ろから見ていると、もう少しすれば握力の限界でルークが零れ落ちるだろうなと予想できたので、受け止める準備を歩きながらした。

「う。……ぐざい」
「グールやらなんやらいるからな、少なくとも清潔じゃないのは確かかね」
「ルーク、大丈夫? 戻る?」
「だ、だいじょぶ……。依頼の方やっちゃってぐれ……」

 下層に着いたがルークは途端に顰め面で鼻声のまま、ユーリの懐へ潜り込んで顔を覆う。背中を丸めてもぞもぞと、巣に引きこもった小動物のようだ。隣でティアが羨ましそうに頬を紅潮させているので、さっさと回収して帰る事にした。

 依頼品はあっさりと見つかり、すぐ帰るぞとカンガルーの子供のように胸元でうずくまっているルークに声をかける。するとそーっと臆病に顔を上げ、キョロキョロと周りを見回し始めた。自分が見たいと言い出したのに、帰る間際でやっと動き出すとはまったくらしいと言うか。
 そしてルークは近くの、針山地帯を目に止めユーリの胸元をぎゅっと強く握る。

「あの刺、絶対痛いよなぁ」
「そりゃそうだろ、穴だらけだぞ」
「おまけに臭いし暗いし、駄目だなここ……」
「付いて来といて何言ってやがるお前は。しかも結局、殆どトクナガかオレにしがみついて歩かなかっただろ」
「だって幽霊出るとか、やべーじゃん!」
「出る前に散々ガイとアッシュがそう言ってただろーが……」
「うるさいばか! もう帰るすぐ帰るぞ! ディセンダー!」
「はーい、パッと帰ろっかー」

 結局好き放題言って、ルークのお願い通りさっさと帰る事に。なんだかなぁ、とユーリは思うのだが臭気を振り払うようにぷるぷる顔を振り乱している姿に吹き出し、許してやる事にした。

 他にも新しいダンジョンが見つかれば、必ずルークは付いて行きたがった。アッシュ達が駄目だと言えばまた爆発するのは目に見えているので、ユーリが率先して誘ってやればご機嫌が崩れる事も無い。下見やら準備やら手を取られる事はあれど、見たことの無い新たな場所で瞳を輝かせるルークがご褒美だと思う事にしている。そして積み重なる違和感を、はっきりと形にする為にも。
 一見すれば好奇心旺盛な子供のような姿、けれど時折気になる態度や言葉を零す。それが以前、ガルバンゾに居た頃を思い起こさせる。これは絶対に何か企んでいるな、とライマの人間に言われずともいい加減、ユーリにも察するに至る展開だった。


***

 対ラザリスの為の次元封印が着々と進んでいる頃、今日の依頼でユーリ達は霊峰アブソール山へ訪れていた。ものすごく寒いぞ、と散々脅されたがルークは負けず、ガイによってモコモコに着込まされている布だるま状態。あれでは身動きが取れないのでは? と思ったがフレンに手を引かれえっちらおっちら、一生懸命雪山の中を歩いていた。
 依頼内容は薬草採取、手持ちでは僅か足りなかっただけなのでそう時間は取らないだろう。雪山では風が強くなっただけでも危険度が上がる、予定としてはさっさと帰るつもりでいた。
 登頂道7合目の採取ポイントで目的の薬草を探していると、フレンという防寒具を着たルークも見よう見真似で手伝い始め、キョロキョロと雪を掻き分け出している。流石にこの寒さは辛いのだろう、何時ものように奥まで行くとは言い出さない。

「おいルーク、鼻水凍ってるぞ」
「ふべっ!? ふが、んがー!」
「申し訳ありませんルーク様、今ちり紙を!」
「いいから、あっちでルビアに炎の晶術出してもらっとけって」
「べーぎらっで、ぜんぜんずべだぐないじ」
「全部に濁点付けて何言ってんだよ……。分かった分かった、んじゃちょっと休憩しようぜ、あっちに前作った休憩用のかまくらがあっただろ」
「そうしよっか、なんか今日は風が強いから薬草あんまり見つからないし」

 アーチェもこの吹雪のせいでほうきから下り、分厚いマントを羽織って震えている。船から出た時はそれ程荒れ模様では無かったのだが、麓に着いた途端悪くなるというタイミング。言う通り普段よく見かけるはずの薬草も雪に埋もれ、見つける事自体が困難になっていた。
 ルビアを呼び、アドリビトムメンバーが探索休憩用に作ったかまくらに入れば風の冷たさが塞き止められただけで随分違う、ホッと一息付いて各人頭や肩に積もる雪を払い落とす。中心に置いた簡易火鉢に炭を置き、ファイアボールで火を灯せば大きな安心となった。

「う〜、前はこんなにコロコロ天気崩れなかったのになぁ」
「そうだね、もしかしてこれもラザリスの影響なんだろうか……」
「そう言えば最近素材も手に入りにくくなったって言ってたな」
「これ見よがしに牙が生えちゃって……人間以外だって不安にもなるわよ」

 ジルディアの牙が生えてから、ルミナシアの理は日々少しずつ書き換えられている。増える討伐依頼や、以前は採取できていた素材がさっぱり見かけなくなってしまったりと、忍び寄る影を身近に感じてしまう。

「……おいルーク、あんまり外覗くなよ、もっと火に当たれ」
「あ、うん」

 気が付けばルークはかまくら入り口で、そうっと顔を外に覗いて景色を見ている。とは言っても吹雪がいっそう強くなっており真白い世界にしか見えないのだが。ユーリはルークを呼び前に座らせ、手袋や上着を脱がせて火の近くに置く。出てきた手は指先が真っ赤になっており見事しもやけになっている、これは帰った後相当痒くなるだろう。

「かなり冷たくなっちまってるな、痛くないか?」
「全然痛くないんだけど……冷たいから?」
「そうですね、気付かない内に低体温症になってしまい、大変な事になりますよ」
「あんまりにも寒いと感覚マヒっちゃうのよね、気を付けないとぉ……」
「き、気を付けないと……?」
「指がポロッと取れちゃうんだから〜!」
「うええええっ! とっ取れちまうのか、指がっ!?」
「ちょっとアーチェ、狭いんだから止めなさいよっ」

 アーチェが脅してルークをからかっているが、それくらい怖がらせた方が偶にはいいかもしれないとユーリは放っておいた。吹雪く外を見ていれば弱くなってきた気配、ついさっきまでホワイトアウト状態だったのに。もう少しすれば外に出れるくらいにはなるだろう、機を見計らい採取も一気にやってしまおう。

 吹雪が止んで一時的に天候が回復し、採取ポイントに舞い戻って探している最中だ。かまくらでの話がそんなに気になったのか、ルークはユーリの懐を占領したまま聞いてきた。

「なぁユーリ、冷たくて感覚マヒしちまうのってやっぱりすぐか?」
「ん? そうだなちゃんと準備してないとすぐ動けなくなって酷いしもやけになっちまうぞ」
「痒いのはやだなー、しもやけって痛くなくなるのより先?」
「どっちだろうな、比べた事ねーわ。同じくらいなんじゃないのか、凍傷おこしてしもやけになるんだし」
「そっか、じゃあここがいいかな……」
「ん? 何がいいんだ?」
「何でもないって、ほら早く薬草探そーぜ!」

 ルークは誤魔化すように声を張り、ぴょんと飛び出て地面の雪を掻き分ける。わざとらしかったがどこか嬉しそうな表情なので、雪合戦でもしたいと考えているんじゃないかと単純に疑った。もう少し下の方でならば付き合ってもいいが、それよりもまずは採取を終わらせてしまうか。
 ……とその前に、この寒い中でも魔物は元気なようで、はっきりと攻撃的な気配。すぐにフレンを呼び、ルークを下がらせてユーリは鞘を投げ飛ばした。


「あれ、……ルークは?」

 戦闘が終わり、ほうきに乗るアーチェがそう言う。ルークは戦闘時常に最後尾であるアーチェの少し後ろでちょこんと終わるのを待っているはず、最前列のユーリは後ろを振り返り白い地面が続く光景を見て息を飲む。
 雪山の中でルークの朱金はよく目立つ、多少離れてもあの色は簡単に見つけられるはずだった、なのにどこにも見当たらない。きょろりと全域見渡しても朱色が無く、気を逸らせる。戦闘中ちらりと見えた、ルークが待っていた部分を見れば小さな足跡が頂上へ点々と続いていた。天候の変わりやすい今、ここに足跡をつける変わり者は魔物か自分達以外存在しない。
 ルークが一人離れた事を察したルビアは青褪め、フレンはすぐに足跡を追いかけ始める。ユーリは怒りたい気持ちと無事でいてくれという気持ちが混ざり、頂上に向けて名前を叫びながら走りだした。

「ルーク! どこだルーク!!」
「あ、あんまり大声もまずいんじゃないの、雪崩がおきるかもしれないし……」
「上に登ってるのは間違いないみたいだね、でも魔物に見つかってないかが心配だよ」

 舌打ちをする暇も惜しい、ユーリは3人を置いてきぼりにして先を走る。途中の魔物すら無視していれば、またも吹雪いてきた。ごうごうと痛みすら感じる向かい風が抵抗し、息苦しく感じる。上に登れば風はより強くなる、ルークの小さな体では簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。
 目元を腕で庇いそれでも足を無理矢理進めれば、頂上部に唐突な朱色が映った。吹雪の白がどんどん塗り重なり、今にも潰れてしまいそうに見える。ユーリが名前を叫ぶ前に、一際強い風がびゅごう! と頂上を撫で、必死で立っていたルークの体が遂にころころと転がって行く。

 その先は当然ながら、崖だ。ユーリは息を止めて体を爆発させ、つま先を蹴飛ばした。地面が無くなっても風に飛ばされ舞うルークの、ひらひらしたマフラーの端っ裾をギリギリで掴む。ぐえ! と苦しそうに呻くルークには可哀想だが数百メートル下の地面へ叩き付けられるよりもよっぽどマシだ、もこもこと着込んでいる服を引っ掴みぐいっと引き寄せる。崖端ぎりぎり、今にも自分ごと一緒に落ちてしまいそうだ。

「フレン、アーチェ! 早く来てくれ!」
「ユーリ、ルーク様!」
「わわっ、危ないわよ!!」

 すぐにアーチェを呼び、ほうきに乗ってルークを下から押し上げてもらう。つま先ギリギリで耐えていた所をフレンに引き上げてもらい、なんとか二人合わせてぺしゃんこになるのは避けられた。

「けほ、ごほごほっ……」
「ルーク様、大丈夫ですか?」
「お前何考えてんだ、危うく死ぬ所だったんだぞ!」

 吹雪がごうごう頬に張り付き、口を開ければ冷たい風が喉を痛めるのも構わずユーリは久しぶりに本気で怒鳴った。ルークは咳き込んだせいか怯えているのか、涙ぐんでびくりと肩を揺らす。

「ご、ごめん……」
「なんでオレ達から離れたんだ、絶対離れないってのが同行の条件だったろうが」
「……その」
「ねぇ、とりあえず船に戻りましょうよ、ここで怒っても仕方ないじゃない」
「けどな……!」
「ルークも怖い思いし、反省したよね?」
「……ん」
「また吹雪いてきたし、後は帰ってからにしよう、ユーリ」
「ったく、もう勝手にどっかいったりすんなよ?」
「うん、……ごめんユーリ」

 ルビアやフレンが必死で宥めるものだから、ユーリも熱くなった自分を雪で冷やした。ここでやってもしょうがない、だが船に帰ればみっちり叱らなければ。雪まみれの朱色がユーリの腰元に必死で抱き付いてきて、ぎゅうっと掴むものだからため息を溶かす。
 無事で良かった、そう吐けばもう怒りは残っていない。ルークを問答無用で抱き上げ、背中をぽんぽんと叩けば大人しく腕を巻き付けてくる。着膨れした体は少し重く抱き難いが、ユーリはこのまま船に戻るまで離さなかった。


 船に帰り、少し考えて今日の事をジェイドに報告した。ルークは話を聞いたガイ達の手で風呂に行っている、今夜はしもやけで苦しむだろう。

「……そうですか、また貴方に助けていただいたみたいですね。ありがとうございます」
「それだけか?」
「はて、礼以外何か言う事はあるでしょうか。礼金ですか?」
「いらねーよそんなもん、んな事よりルークの事だ」
「骨の髄まで家来ですねぇ、本当にうちに就職します?」
「お断りだ、誰かの下なんざ性に合わないっての。誤魔化すつもりかよ」
「誤魔化すも何も、貴方に言う事が特にありませんので」
「……そうかよ」

 にこりと笑う笑顔は胡散臭い、腹の探り合いや口戦ではこちらに分は無さそうだ。だがこのまま引き下がっていいものか悩みもする、なんだかルークに関してはそんなあやふやなままの事が多すぎた。藪を突かないようにそろりそろりと抜き足で臆病に、本当に通り過ぎていいものか。
 ジロリと睨み付けても暖簾に腕押しと言わんばかり、返ってくるのはのらりくらりと。こういう相手はユーリの得意ではない、不得手でもないが。ただ自分の行動を、相手の思うよう操られている気がどうしても抜けないのがただ気になった。
 それが特に……ルークを利用されているように見えて、余計。






  


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