anti, World denied








出口は通り過ぎていた

ライマに残されし剣と宝珠
ローレライの種子継ぎし者
其は王家に連なる赤い髪の男児なり
二つに分たれて生まれた時
その運命を秘宝に捧げるべし
月が満し時再び一つに交われば
ライマは永遠の繁栄が約束されるだろう


 それは不幸と幸運が絡み合った偶然だった。運悪く、そうウリズン帝国のサレに目を付けられた時。エステルとルークを下がらせ迎撃していると何時の間にか分断され、攫われてしまう。慌てて戻れば幸運にも、別の誰かがサレを撃退していたのだ。
 リタはエステルの元へ、ユーリはルークを抱き上げて無事を確認する。

「大丈夫だったか、怪我は?」
「ううん、平気だ。なんか突然来た奴らの方に興味移っちまったみたいで……」
「あんたらが守ってくれたんだな、助かった」
「いや、こちらとも縁があった奴だったからな。……嫌な縁だが。サレは恐らく常駐しているヘーゼル村に戻ったのだろう、この件で監視が厳しくなって、オレの仲間も外には出られない状態になっているかもしれない」
「そっか、今日は引き返した方がいいかなぁ……」

 水色の長髪の男が悔しそうにそう言い、何か浅からぬ縁を感じさせた。ギルドの仲間なのだろう、法衣に身を包んだ女性が気遣うように提案し、体を休めてはどうかと言う。事実コンフェイト大森林に入ったはいいが、複雑な道と魔物の多さ、よりにもよってサレに出くわす災難続きで疲れていた。
 ルークを連れて森に入った事も失敗だった、どうしても安全の為に手を一人分取られてしまう。かと言って一人でどこかに待たせるのも心配だし、近辺には村も街も無い。エステルが言う分には確認出来ればすぐに戻る、と言うのでこちらの件を先にしたのは不味かった。
 名前を出したギルド・アドリビトム。ガルバンゾに居た時レイヴンがちらり零していた名前で、国を出てからは天高く泳いでいる船体の影を幾度か見たことがある。その度ルークが興奮し、乗ってみたいと目を輝かせていた。

 一度安全な場所での休憩は確かに必要だろう、そう考えてユーリはアドリビトムへお邪魔する事にする。勿論、あの飛空艇だと知って誰よりもルークが一番喜んでいたが。


 近くで見れば思った以上の大きさで圧倒されてしまいそうだ、中に入れば機械的な作りで割合クラシカル、かと思えばどう安定させているのか不思議なくらい静かなエンジン機関部。部屋に通されたが、空に浮いているとは思えない程なんら変わりなかった。不満を上げるのならば窓が無いくらい、だろうか。
 ルークが我慢出来ない疼かせた瞳で、見て回って来ていいか尋ねるがなんとか落ち着かせる。気持ちは分かるが、案内されて速攻出るのは駄目だろう、恐らくギルドマスターが来るはずだ。

「すっげー、超すごくねーか?」
「そうね……どういうエンジン回路で出力を安定させてるのかしら? これだけの質量の浮力確保は相当難しいはずよ、スピード出して飛んでる訳じゃないから揚力も期待出来そうにないし……。星晶燃料だとしても、かなりの燃費が必要だと思うんだけど」
「普通のお部屋と全然変わりませんね、とっても静かです」
「このギルドって国籍どーなってんだろうな」

 各々勝手な感想を言っていると、部屋を訪ねて来た人間が。神職らしき服装の女性が、コンフェイト大森林で手を貸してくれた一人を伴って現れた。

「さて、あなた達。もし良かったら、話を聞いてもいい?」

 にこりと柔和な笑みで、緊張を解そうとしているのが分かる。自己紹介から始まり、簡易ながらもどうして大国の姫が外に出ているのかという理由を説明した。ユーリも道中聞いたがそれにしたって、随分お転婆な姫様だという感想。王族というのはどこでもそんなものなのだろうか、とルークをちらりと見て黙っておいた。
 自国の問題で急くエステルを、リーダーであるアンジュは窘める。一先ずは休養が必要であり、何かあれば自分達ギルドも力を貸すと。全くの見知らぬ他人にそう言ってしまえるのは流石、懐の深さが伺える。それ以上の何か含みを感じない訳では無かったが、そういう人種は慣れているので気にしない事にした。


 それから少し、休憩した後だ。アドリビトムに届く情報を浚っているとどうやらユーリは自国で、姫様誘拐の疑いで指名手配中となっている事を知る。レイヴン、上手くやっといてくれと頼んだはずなんだけどな……そう少し頭を抱えた。まああの状況ではどうしようもないか、はっきりと名指しで呼ばれてしまったのも悪い。むしろ指名手配が国内だけで済んでいる分マシなのだろう、多分。
 そうなると後には引けなくなった、ユーリは少し考える。エステルが帰国後釈明しますと力強く言ってくれているのであまり心配していない、悩んでいるのはルークをどうするかだ。
 コンフェイト大森林からライマへは少し遠いが、この空飛ぶバンエルティア号があれば一晩もかからないだろう。丁度良いのでアンジュにライマまで送ってくれと頼んだ時だ、意外な返答がきたのは。

「ルークを送りたいんだが、ライマまで行ってくれねーか」
「送る? そもそもどうしてあんな小さな子が一緒に居たのか聞いていいかしら」
「誘拐されてガルバンゾを中継点にして運ばれてた所を、オレが偶然助けたんだよ。色々あってオレが直接、家まで送り届けてる途中だったって訳。エステルの依頼はまーこれも色々あって一緒に行くことになってな」

 誘拐の言葉にアンジュは不快感をハッキリ表し、けれどライマ、その名前を聞いた途端眉が潜められる。少し言い難そうに視線を外し、けれどきっぱりと言った。

「ごめんなさい、ライマ周辺は今警戒発令中で所在が明らかでない者は立ち入るなって、伝令が来てるのよ」
「警戒発令中? どういう意味だ」
「国内の治安が悪化してるから、武器の輸入や傭兵が入ってこないように出入りを規制しているみたい。私達アドリビトムは船を拠点としているでしょう? 多国籍傭兵の集団みたいに見られているみたいね」
「国内の治安悪化? 侵略からの警戒って訳じゃなく?」
「情報規制も入ってるから、そこの辺りも含めてよ」
「どっちにしろ、余所者は入ってくるなって事か」
「まぁ要約するとそんな感じかしら」

 ガルバンゾを出る前からきな臭かったが、まさかそこまで事態が悪化しているとは。ふと考えたが、王子であるルークが誘拐された事で引き金を引き、全面戦争になったかもしれない。しかし戦争をするとして、一体どこと? 一番可能性として高いのはやはりウリズン帝国だが、彼らは今ヘーゼル村を拠点にしていると聞いたばかり。となると、やはり内乱か。
 アンジュの表情は複雑で、自分としても悩ましいと顔に出している。国の緊急事態時には、パニックにならないよう国内外に向けての情報操作はよくある事だ。よほど強いパイプか潜入でもしない限り、実際は分からないだろう。

「それが、発令しているのはライマ領に建つ……うーん、宗教の総本山なんだけど、そこから出てるの」
「なんで国の警報を他所の宗教が出してんだよ」
「うん、ライマとそこは古くから繋がってるらしくって、教えが深く浸透してるの。だからライマに何かあった時は、宗教が助けに入るって関係みたいね」
「……本当の所はどうなんだ、マジで戦争してんのか」
「分からないわよ、そんなの。私もギルドを立ち上げたとは言え神職から離れた訳じゃないから、教会からチクッと言われてて動けないのよ」

 戦争なのか内乱なのか、その辺りは直接行かなければ分からない。成る程レイヴンが難しい顔をする訳だ、どうコンタクトを取ったものやら。ルークを連れているのだからそれこそが証拠であり通行証にならないだろうかとも思ったが、どうしてもルークの命を狙ったアサシンが気になる。下手に渡した先で凶行に及ばれては……。もっと安全だと確信出来る相手、少なくとも両親に届けてやりたい。

「じゃあ近くまででいいわ、後は勝手に行く」
「駄目だよ、危険って分かってる場所に降ろすなんて出来るわけないでしょう? もし本当に戦争中だったりするのなら、ルークみたいな子供を連れて行くのは反対」
「けど治安が不安だからこそ、ルーク帰還の吉報で良い方向に行くかもしれないぜ」
「ん〜、そうかもしれないけど」
「あんたに迷惑は掛けねーよ、オレが勝手にやるだけだ」
「でもまた、サレみたいなのが現れたら? 子供を抱えてあなた、無事に突破出来るの?」
「……それは」

 アンジュは痛い所をグサリ遠慮無く突き、エステルの時同様ユーリの早計を窘めた。

「ご両親に会わせたいって気持ちは分かるよ、でもだからって一人で何でもしようとしないで。前も言ったと思うけど、私達で良かったら力を貸すから、ね?」
「それは有難いんだけどよ……」
「とりあえずここで様子を見て、警報が解除されたら連れてってあげるわ。それにここなら情報も入るし、良い事尽くめだと思うな」
「……しゃーねえか」

 確かに、旅の道中では情報が不確定でハッキリしない。ギルド会館や情報屋に会えないのは問題だと痛感している。ライマ国内は気になるが、本当に戦争状態ならばむしろ避難させていた方が安全だ。
 近辺でウロチョロする訳にもいくまい、最近旅に慣れてきたには慣れたが、やはりルークに野宿は少し辛そうだった。ここならば衣食住おまけに職まで気にする事が無いというのは、かなり魅力的だろう。

「一応、届くかどうか分からないけどこっちからも連絡を送っておくわ。迷子を預かってます、ってね」
「ああ、頼むわ」

 ルークの身元を明かそうかどうか少し迷い、結局打ち明けた。するとアンジュは驚き、慎重に事を進めるわと承諾してくれる。同時に、王子様だからといって特別扱いはしませんからね? そう笑いながら言う。ここではガルバンゾのように、貢物の検閲をしなくても良さそうだとユーリは笑い返した。




*****

 色々な都合の上、エステル達と話し合い纏めてギルド・アドリビトムに世話になる事に。ギルドの多重在籍はいいんだろうか、と考えたがガルバンゾには戻れそうもないのだからリーダーが上手くやってくれるだろう。
 ギルドメンバーは戦争難民の色が濃く、カロルくらいの年頃の子供もごく普通に働いていた。挨拶に回れば、その平均年齢以上に過ごし易そうではある。ルークは船内のスケールに驚き、年若くも武器を持って働いているメンバーに感銘を受けていた。自分もやる! と言い出して聞かなかったが、流石にそれは許されず船内でロックス達を手伝う仕事に落ち着いている。
 メンバーは皆ルークを程々に甘やかし程々に厳しく、友人関係のように扱った。ユーリは年齢差のせいでどうしても保護者然として扱っていたので、その距離を微笑ましく見ている。特にクレスとロイドの手合わせを、羨ましそうに見ていた。あんまりにもな熱視線に、ロイドがゴムで出来た柔らかい剣をルークにプレゼントしたくらいだ。
 辿々しく、と思ったがルークの姿勢は思った以上に良く、どこか流派の剣技を思わせた。以前言っていた剣の師匠とやらの技術を目で盗んでいたらしい、中々に将来有望だとクレスが太鼓判を押している。
 ルークの身元はやはり、見る者が見れば高貴な出だと分かるらしく一部には気付かれていた。母国がライマである事は本人も認めている、それ以外はまだ知られていないと思っているので黙っている事に。隠そうとしている事を無理矢理暴き立てても、良い事は無いだろう。

 一見して平穏に、その代わり解除されない警戒の情報をユーリは待つ。船内でルークの様子はごく普通、いいやむしろご機嫌だ。対等に扱ってくれる、自分が何か仕事を出来るのが余程嬉しいらしい。
 バンエルティア号に居る以上襲われる心配も無い、その点は安心して預けられるのでユーリとしても余裕が持てる。今でも部屋を同じに、一つのベッドで眠るが怪しい影は見えてこない。怪我をした膝は綺麗さっぱり無くなっており、ガルバンゾで襲われた事がまるで夢か幻だったのではと思ってしまう。
 じわじわ広がる世界の淀みに気を取られ、僅か棚上げしていた頃だ。彼らがアドリビトムにやって来たのは。


「ルークは居るかな?」

 そう言って入って来たのは、カノンノだった。ピンク色の髪を揺らし、嬉しそうな顔で吉報を告げる。

「今エントランスに、ライマから来たって人達が来てるんだけど」
「ほんとか!」
「待て、一人で行くなってば」
「あー、離せよおっ!」

 ライマの名前を聞き、ルークは居ても立ってもいられなくなったのか直ぐ様飛び出そうとした。それをユーリはひょいと抱き上げ、バタつく足を空に浮かせる。ライマから来たと言う事は、警報が解除されたのかそれとも危険な中来たのか。
 確かに迎えは喜ばしいが、以前口にしたルーク帰還を何かのきっかけにする為、なんてあるかもしれない。若しくはアサシンを送り込んだ側が猫を被って迎えに、という可能性もありうる。勿論アンジュが目を光らせてはいるだろうけれど、安易に信用し過ぎるのは良くない。

 だからこそルークと一緒に、手を出されても問題無いようユーリは抱き締めながら廊下へ出た。バタバタ暴れる小さな手足は辛抱出来ず、振り上げてユーリの顎へガツンと当たる。それに両脇のカノンノとエステルは押し殺した笑いを必死で隠していた。
 入ってすぐだ、澄んだ声がエントランスに響き渡ったのは。

「ルーク!」
「あ……ナタリアー!」

 アンジュの前に居た男女の中の一人、雰囲気だけで一般人と違う空気を持った女性がルークの名を呼びながら駆け寄ってきた。腕の中のルークはまたも暴れるが、ユーリはもう少し様子を見る事にして抱き締める。

「ああルーク、本当にルークなのですね!? どこも怪我はしていませんの、酷い目に会わされたりは?」
「大丈夫だって、ユーリに助けてもらった!」
「ユーリ……彼にですか?」

 しっかり抱き締めていたのだが、彼女の目にはルーク以外入っていなかったらしい。瞳には涙を浮かべ、本当に喜んでいる様子。嘘は無さそうで、これなら大丈夫だろうとユーリはルークを下ろす。すると彼女はすぐに抱き締め、小さな肩に頬を埋める。背中を朱金と共に撫で、久しぶりなのだろう感触を味わっていた。ルークも嬉しそうに大人しく、されるがままなのが信頼を思わせる。
 見ていると奥から、軍服を着た眼鏡の男がやって来た。見た目からして只者じゃなさそうな、レイヴンと違う方向で抜け目無さそうな軍人が。

「貴方がユーリ・ローウェル……ですね、所属ギルドはアドリビトムでは無かったと聞いていましたが」
「まあ色々あってな、今はここで世話になってる」
「そうですか、とりあえず貴方がルークを保護してくださったのは間違いないようですね。ライマ国軍から簡易ながらですが、深い感謝を」
「わたくしからも言わせてください、本当に……ルークを助けていただいて、有難うございました」

 そう言って二人揃って頭を下げるので、ユーリはたじろぐ。ルークを助けたのは成り行きで、こちらの都合もあって色々後回しにしていた部分もある、こうも改まって頭を下げられるとどうにも居心地が悪かった。

「いや、気にしないでくれ。こっちも色々後手になっちまって、結局そっちに送ろうとして行けてないからな」
「申し訳ありません、ただ今我が国は混乱状態にありまして……指揮系統の統一が成されていないのです」
「ガルバンゾでの手紙も届きましたが……時期が時期でしたので、完全に信用出来ませんでした。使いを送るにもいやはや、国内で手一杯でしたのでね」
「アッシュは? アッシュ達は大丈夫なのか?」
「彼らは運良く継承の旅の途中でしたので、難を逃れてますよ。貴方が誘拐されたという事実は知らせていませんが……定時連絡の時かなり怪しまれたので気付いているでしょうねはっはっは」

 軍人は何故か朗らかに笑い、じろりとナタリアに睨まれている。それから自己紹介と、暁の従者煽動によるクーデターの事を話してくれた。アンジュには既に話を付けているらしく、彼らも今日からここで世話になる手はずになっている。
 ルークは自国を憂い、しょんぼりと俯く。自分が口を閉じていた間、進行していた事態の大きさに気付いたのだろう。ナタリアはそれを優しく慰めた。

「俺……ごめん。浮かれて……」
「いいえ、貴方の安全が一番重要だったのですから、いいのです。叔父様や叔母様も、きっと何よりも喜んでくださりますわ、勿論陛下も」
「母上……大丈夫? 避難した?」
「その、……叔母様は……。ルークが誘拐されたと聞いて臥せってしまいましたの。避難も、体調があまりにも悪く移動出来ないまま……。ですが城の騎士と白光騎士団が厳重に囲っています、不埒者が手を出す隙もありませんので大丈夫ですわ」
「お、俺……屋敷に帰りたい」
「申し訳ありませんが今は諦めてください。今は戻る方が危険であり手間ですので」
「ジェイド大佐、そんな言い方……」
「ナタリア姫が仰る通り、貴方の安全が第一です。クーデターはほぼ外部からの手引ですので、すぐ収まりますよ」
「そうかな……本当? 絶対か?」
「私も呑気に経過を見ていた訳ではありません、目星は付けていますので」

 そう言ってジェイドは眼鏡のブリッジを上げ、にこやかに笑う。その目元が全く笑っていなくて、ユーリは背筋を冷やした。
 母親を心配するルークはそれでも眉を下げたまま、ナタリアと護衛のティアによる慰めを受けている。その姿を見てユーリはもう少し早く動けば良かったか、と僅か後悔を味わう。実際クーデターが起こったのならば届けた先でもすぐ避難しなければならなかったに違いない、偶然が周り回って良い結果を産んだのだと分かっても、ルークの悲しそうな表情を見ればもっと何か良い手はあったんじゃないかと思ってしまう。

「ではルーク、久しぶりの検診をしましょうか。大きな病気や怪我はしていませんか」
「なーんも」

 ルークはジェイドの手を自分から握り、はきはきと答えた。ユーリが訳を訪ねれば、ジェイドは軍医の免許も持っており元々ルークの主治医をしているのだと説明される。それにユーリは素直に頷こうとして、ふと気付く。
 何故軍医が国の第一位王位継承者の主治医なのか、普通そこは専門の……医学を学んだ医者ではないのか? 確かに機関によっては軍の方が専門的な知識があるのかもしれないが……。
 ケースが晶術を霧散させたあの不思議な現象、あれは未だルークには聞いていない。もしも本当にあれが本人の能力なのだとすれば、軍の医者が出てくるのも納得出来てしまう。軍事利用、だとか。ナタリアの様子からそんな扱いはされていないだろうとは思うが、そう考えれば辻褄が合う事もあった。
 命を狙ってきたアサシンに、外部煽動のクーデター。それはルークという武器を恐れて誘拐し、始末しようとしたと? 始末は出来なかったが恐れるものが居なくなったのは事実で、その間を狙ったとも考えられる。
 いやいや、ユーリは首を振った。少し考え過ぎだ、いくらなんでも子供一人にそんな大袈裟に左右されては堪らない、判断材料が多い割に決定打が少ないので悪い方向に行ってしまっているだけだ。
 信頼している身内に会えた事により、ルークの喜びようは目にも明らかなのは間違いない。悪事の企みに利用しているなんて到底見えないし、気付かないルークではないはずだ。見た目以上に賢いあの子供を長く利用できるとは思えなかった。


 この時ジェイドが持ち込んだ情報から暁の従者の居場所は直ぐに割れ、アンジュと共にその拠点へわざわざ自ら乗り込んで行った。見た目以上に行動派なのか……と感心するとティアが苦い顔をしていたので、今回のクーデターに余程業を煮やしたのだろう。ルークもジェイドを怒らせると悪魔より怖い、陰湿なんだと切々語っていた。
 陰湿、ルークの口からそんな言葉が出るとはそりゃまた怖い。そうユーリはこわごわ、重要任務からの帰還を待つことに。関係者から聞こうと思っていたのだ、ルークの事を。もっと最初に部屋へ訪ねようとしていたのだが、挨拶周りだの敵方のアジトの情報だのバタバタして、とても聞けそうな隙間が無かったのだ。
 本人を取り巻く環境や周囲、相続関係の辺り。そりゃ王族なのだから色々あるだろう、一般人で他国の自分が聞いても何か出来る事なんてあるとは思えない。だが日常的に命が狙われる環境にルークを帰すくらいならば、もうこのまま渡さない方がいいんじゃないかと思ってしまった。
 ルーク本人は両親の安否を気にしている、帰りたいかもしれない。けれどここで帰せばまた誘拐されるんじゃ、ユーリはそんな心配を止められなかった。それくらいならばここアドリビトムで、いいやガルバンゾで預かり続けた方がいいと思う。
 ……勿論、実際そんな提案は誰にもしていないが。けれどもしも本当に、ライマの内乱が収まらず治安が悪いままならば、ユーリとしてはルークを帰す事は出来ない。短い期間かもしれないが自分が面倒を見た子供だ、むざむざ不幸になる道へは進めたくなかった。




 任務から戻ったジェイドとアンジュは驚くべき事実を持ち帰る。暁の従者が祭り上げていた”ディセンダー”、それは以前願いを叶える”赤い煙”らしき存在、自らをラザリスと名乗り誕生するはずだった世界だと明かした。ラザリスは信者であるはずの変質してしまった人間達を見捨て、一人去って行ってしまったと言う。
 そしてそんな彼らを助け、図らずも暁の従者の活動を止める事が出来たのは僥倖だった。元々彼ら自身は先行き不安な世の中の光になればと思い、救世主である存在を欲しただけだったのだろう、そこへ偶々奇跡のような力を扱うラザリスが現れ暴走してしまったのだ。
 宗教は心の支えになる、それ自体は悪い事じゃない。そう言ったのがアンジュではなくジェイドだったので、ユーリはなんとなく引っかかった。彼の事をよく知っている訳ではないが、ふとどうしてか、意外だなと思ったのを覚えている。

 ユーリはぼんやりと食堂で、大量の芋を剥きながらその時の事を考えた。昼を過ぎて妙にのんびりした時間を、当番でもないのに下処理で消費している。何故かと聞かれれば……やる気が出ないからだ、不思議と。
 何時もならばこの時間帯、依頼に出ているかおやつの貯蔵に勤しんでいる頃。けれどユーリはそのどちらもせず、船内に留まりロックス達の手伝いに明け暮れている。そんな様子をエステルは心配そうに、合流したレイヴンとジュディスは意味深な笑みで見ていた。
 カロルの事を頼んだのにあっさりと彼らまでこちらに来るとはどういう事だと言いたいが、ユーリの指名手配は外から伝わる情報以上に国内では強く伝令されており、付き合いのあった諸々はかなり煽りを食らっているらしい。
 カロルはリーダーだが見た目が子供だと言う事もありあまり厳しく追求されていないが、ジュディスやしょっちゅう共に居たレイヴンはかなりしつこく追い掛け回されたと。レイヴンは別ギルドのクセにちゃっかりとこちらの顔で逃げて来ていた。トカゲの尻尾切りだよ〜、と本人情けない顔で言っているがどうせ体の良い情報収集だろう。
 ここ数日から気がそぞろですね、魂抜けてるみたいだね、とそんな辺りの事を言われてしまう。その原因をユーリは、まぁ実の所分かっていた。毎日やっていた事を急に、やらなくてよくなり体が戸惑っている。思った以上に自分は楽しんでいたのだなと、こんな形で思い知る事になるとは。

 暁の従者が解散した事によりライマのクーデターが沈静化し、警報が解除されたのだ。これを逃すなかれと、ジェイドとルークが一時帰国している。二人きりで危険ではないのか、自分も付いて行くと主張したのだが、白光騎士団の迎えを頼んでいるので不要だと素気無くあしらわれてしまった。
 ガルバンゾでルークの命を狙ったアサシン、彼らを雇った存在が国内に居るはずだ。もし何かあったらどうすると食い付いたのだが、登城はせずルークの実家に行くだけに留めるので心配無い、せっかく治まってきているのに他国の人間を入国させ不審を煽ってどうする、と説教までされてしまった。
 終いにはルークにまで、すぐ帰ってくるから良い子で待っててくれよとまで言われる始末。ここまで言われればもうユーリは口を挟めない、どうしてもしてしまう心配を無理矢理蓋し、無防備な朱色の頭を撫でる。

「大丈夫だって、白光騎士団は家の騎士だからさ、みんな知ってる奴なんだ」
「……そーかい、ならいいけど。でも一人にはなるなよ? 前みたいにラピードは駆けつけてくれねーぞ」
「分かってるって、ユーリは心配性だなー」
「はっはっは、このやろう」

 誰のせいでこんなに心配しているのか分かっているのだろうか、分かってないのだろうなと呑気に笑うルークのほっぺたを思い切り伸ばして悲鳴のダミ声を上げさせた。

 それからまだ三日、既にユーリは落ち着かない。何しろあの子供が居なければ、やれてしまう事が多すぎる。ルークが居れば朝起きて身だしなみを整え朝食を食べさせ、その日に船内で手伝うリストを作って渡し依頼に出掛け、昼頃には必ず戻り出迎えを受けて昼食、一緒に皿を洗い午後からリタの所で勉強したりクレスとロイドの手合わせを見学したり……。それらにユーリはしょっちゅう付き合っていたので、気が付けば一日が終わっていた事も少なくない。
 一人では依頼や船内の手伝いだって午前中で大半終わらせてしまい、今はこうやって夕食に向けて時間がかかる下準備を率先してやっているのだ。依頼に出てもいいのだが外に出るとどうしてもルークの心配が過ぎり落ち着かず、まるで病気のように纏わり付くもやもやはどうあっても消えてくれない。
 今頃ライマに着き実家に戻っているのだろうか、バンエルティア号は巨大なので警報が解除されても近寄らない方が良いと判断され、離れた場所で降ろし後は徒歩と馬車で帰ると言っていた。両親に会えるのならばこれ以上良い事はないじゃないか、無用な心配だと何度も言い聞かせる。時計を見ればその時刻に関連して気にしてしまうので見ないようにし、なるべく早く就寝するようになった。
 ジェイドは一週間程で帰ってきます、そう言っていたので早く時間が過ぎればいいと思いながら眠る。それで何時も出迎えてくれるルークを出迎えてやり、どうだったと聞いて自分の心配は杞憂だったのだと思い知りたい。

 本人が居なくなれば何時も以上に考えてしまうとは、普段一緒に居て自分が守っている時はこれ程心配なんて湧いてこなかったのに。ルークがユーリの事を家来だの何だの言うので、もしかして洗脳されてしまったんじゃないかと疑う程だ。家来と言うか従者と言うか、これじゃ子供離れ出来ない親みたいじゃないか。
 ユーリはそろそろ見えてきたジャガイモ達のバケツの底へ、憂鬱な溜息を吐いた。






  


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