anti, World denied








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「あのバカ、去り際に言うのがあれか? ったく」

 クゥン、と悲しそうな鳴き声が止んですぐ、ユーリはきびきびとした動きで起き上がった。舌打ちを軽く、昨夜の内に纏めておいた荷物を引っ掴んで窓を開ける。小さな背中はもう点のように遠く、上の商店街へ向かっている。真っ直ぐ街門へ行くかと思っていたが、さては敵方をおびき寄せるつもりか。剣紐を掴み窓の桟に手をかけ、ラピードに合図した。

「さっさと行くぜラピード、あの世間知らずにちゃんとした礼の言い方を教えてやるぞ」
「ワン!」

 二階の窓から飛び降り苦も無く着地し、まだ登り切っていない朝陽を背中に浴びる。空は白く明け霞掛かり、遠くの城が微かに見えた。そう言えばルークは地元や人通りの多さに興味を惹かれる事はあっても、城にはとんと反応しなかったのを思い出す。レイヴンが言うからには王子様、だから目に慣れた光景なので気にしなかったのか。その割に会話の中で察するに、城に住んでいた訳でもなさそうだった。
 ラピードが階段から下りて来たのを見て、ユーリは走りだす。所詮子供の足、影になる人混みも無ければすぐに追いつく。だが先に相手がルークを捕まえてしまえば手遅れ、あまり余裕は無い。あの期間中諦めずにずっとルークが一人になる隙を狙っていた相手なのだから、こんな好機を逃す訳がないだろう。
 贅沢を言うのならばルークも敵も両方ひっ捕まえて全てを吐かせるのが理想だが……まあ皮算用はともかく、今はあの小さな朱金を追い駆ける事が先決だ。


 見つけた背中は小走りにちょこまかと、目的があるのか無いのか分からない挙動で人影を避けて動いていた。朝から動き出す市場を駆け抜け、坂を上がっていく。このまま行けば貴族街に行ってしまうが、早朝はある意味あちらの方が人は居ない。
 じゃあやっぱり、相手を誘い出しているのか。どうせならば直接街門から外に出ればすぐに捕まえられるのだが、賢いルークはこういう時直接的な方法を取らない。合理的と言うか何と言うか、自分を餌にしてやる事じゃないだろうに。ユーリはしてしまいそうになる舌打ちを抑え、角を曲がり消えた朱金を追おうとした。
 だがその時、予想だにしていない事が起きる。

「きゃ!」
「おっと、悪い」

 どすんと、曲がり角の丁度見えない位置から誰かの突進をまともに受ける。可愛らしい声と軽い衝撃、ユーリは驚きながらも目の前で倒れそうな体を反射的に抱き締めた。ふわりと香る優しい匂いと、視覚からは綺麗なピンク色。瞬間女か、と思ったがこんな時間に何故? とも。

「あ、……申し訳ありません。急いでいたもので前も見ず……」
「いや、こっちも急いでたから」

 妙に丁寧な、声からしておっとりした雰囲気を感じさせる。見てみれば全体的に柔らかな少女が、礼を言いながら深々と頭を下げるので止めさせた。
 顔を上げた少女の表情は言葉通り焦りが見え、キョロキョロと周囲を警戒している。こんな早朝からこんな場所で、こんな年頃の少女が出歩く理由があるとは思えないのだが……。ユーリはそう訝しげに見るが、子供の背中を思い出してこっちも急いでいるんだったと思い出す。
 少し気になるが緊急なのはこちらも同じ、ユーリは軽く謝って少女の横を通り抜けようとした時だ。聞き慣れたガチャガチャという鎧が擦れる音が響き、二人の騎士が前の角から現れたではないか。それにギョッとし、ユーリは足を止めるが相手は止まらない。まだ貴族街には入っていない、なのに何かイチャモン付けでもされるのか? その割に彼らの気迫は本物で、慌てた声色だった。

「そこをどけ!」
「退かないとまた牢屋にぶちこむぞ!」

 なんとも何時も通りの言葉を聞き、ユーリは瞬間ムカッとした、これはもう反射だ。背後で焦る声を微かに聞いてから道を空け、騎士達に譲るフリをし鞘で足元を叩き一人を転がす。タイミングが良かったのか悪かったのか、丁度隣のもう一人も巻き込んでごろごろ横転している。あんなに重い鎧を着て走るから、途中で止まれなくなるのだ。

「今の内に逃げるぞ!」
「え? ……あ、はい!」

 何故か騎士に追われている桃色の少女の手を取り、ルークを追い駆ける。なんだろうこれは、こんな事をしている暇は無いはずなのだがつい体が勝手に動いてしまった。少女はずっと走っていたのか少し苦しそうに息を切らし、それでも文句も言わず足を動かしている。ユーリはラピードに目配せし先に行ってもらう事にし、ゆっくりスピードを落とした。
 足を止めて振り返れば、胸に手を当て深呼吸をしている。すぐには話せないかもしれないが、返答は特には待っていないので構わない。

「つい連れて来ちまったが……オレもちょっと急いでるんだわ、ここからは一人で行けるか?」
「はぁ、はぁ……。はい、その……ありがとうございます、大丈夫です。待ち合わせ場所に……はぁ、行ければ」
「……待ち合わせ場所ってのは?」
「えっと……猫又通りの裏、街門壁の空き地……ってどこ、でしょうか」
「知らないで逃げてたのかよ。猫又通りの裏って、……まさかあそこか?」

 猫又通りは貴族街と一般層地区の境目、すぐ傍に高い街壁がある。そこはある意味よく知られている場所だが、この少女の口から出るには些か相応しくない。ユーリはそもそも、この少女が何故騎士に追い掛け回されているのかを疑問に持った。

「一体何やったんだよ、こんな朝っぱらから騎士と追いかけっこだなんて普通じゃないぜ」
「あ、それは……ええとどうしましょう」

 ルークのお陰で正体不明な人間にはある程度耐性を持つようになったが、それはそれとして助けてやっていいのか迷う。先程少女が言った待ち合わせ場所、猫又通りの裏街門壁の空き地は……街門を通らず国外へ抜けられる場所だ。
 脱走犯、国外逃亡、そんな犯罪に近い匂いはすれどこの少女がそんな事をするとは、外見からはとても思えない。どうしたもんだか、ルークの事もあってユーリは瞬間迷う。しかしその背中を押すように、騒がしい声が聞こえてきた。

「居たぞ、あそこだ!」
「貴様、ユーリ・ローウェルか!?」
「おいおい、これ最悪のパターンじゃないか?」
「……ユーリ、さん? フレンとお友達の?」
「は? なんでフレンの名前が……ああもうとにかく逃げるぞ!」

 突如少女が親友の名前を出してきて驚くが、そんな余裕が無い程に騎士達は頭を沸騰させ怒り狂っている。重そうな鎧を相変わらず鳴らし、鬼気迫る顔で追いかけて来た。ユーリはとにかく逃げるが勝ち、とまたも少女の手を掴み走りだす。
 頭の中で地図を描けばルークが向かった方向も、その待ち合わせ場所とあまり離れていない。ついでに近くまで送り届けて、後はルークを追おう。そう決めてとにかく走った。


 少女は思ったよりも体力があるのか、自分の足で走りだせば手を引かずとも付いて来る。背後からの追撃は引き離し見えず、目的地も近い。これなら問題ないだろう、そう思っていると……目の前には嫌になる程見慣れた鎧が遮る。

「もう、お戻りください」
「お前らってほんと、こういう時だけ早いよな」
「今は戻れません!」
「フレン団長には我々から伝えておきますので」
「そう言ってあなた方は、何もしてくれなかったではありませんか!」

 突然始まった喧嘩にユーリはついて行けず、もう騎士を張り倒してしまおうかと考えた時だ。騎士の背後を何やら人影がちらり、短い詠唱が聞こえてくるとその騎士は喋っていた口を中断しどさりと倒れてしまった。
 すると残ったのは、これまた一人の少女。ユーリはその顔を知っており、状況も忘れてぽかんとしてしまう。

「……リタ? なんでお前が」
「エステリーゼ、大丈夫? 心配になったから迎えに行こうかと思ったんだけど……丁度良かったみたいね」
「リタ、ありがとうございます! あの、城を出る時見つかってしまって……追い駆けられたんですけれど、ユーリさんに助けてもらったんです」
「……なんであんたがエステリーゼ連れてんのよ」
「そりゃこっちのセリフだ。偏屈天才少女が工房を離れて、何やってんだよ」
「うっさいわね、いいでしょ別に! エステリーゼ、もう行きましょ。見つかったってんならぐずぐずしてらんないわ」

 リタは怒りながら少女の手を引き、背中を見せてあっという間に行ってしまう。リタはガルバンゾの中でも天才少女と謳われる、魔法工学を専門に持つ研究者だ。星晶の減少に伴うエネルギー不足の中、消費効率を大幅に引き上げた理論組みによる魔法機械の発明でその名を轟かせている。しかし本人は群がる人間達を疎ましく思っているようで、自分の工房に引き籠もり近寄る者を追い返し続けているだとかなんとか。
 ユーリは偶然、依頼の関係で知り合う機会があり片手で足りる程度ではあるが、依頼や戦闘を共にした事もある。彼女はその才を戦闘面でも遺憾無く発揮し、外の魔物くらいならば寄せ付けもしないだろう。
 しかしリタは気難しく短気で、歯に衣着せぬ物言いで人を選ぶ。その彼女が……エステリーゼと呼んだか、彼女を気遣う様子を見せ手を引いているとは。どうやら待ち合わせ相手もリタの事らしく、ならば抜け道の事も知って指定したのだろう。

 色々気にはなるが、もっと気になる方を待たせている最中だ。ユーリは一先ずラピードを追うか、そう考え踵を返すが……ずんずんと行ったはずの少女二人が、特にリタが怒りながら戻ってくる。

「ちょっとユーリあんた、確かギルドに所属してたわよね? ブレイブなんちゃらっていうの」
「ブレイブヴェスペリア。まあそうだけど、それが?」
「依頼するわ、あたしとエステリーゼをある場所まで連れて行って!」
「……悪いんだが依頼はカロルが一任して受けてるんで、そっち通してくれるか」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ、急いでるの! 猫又通り以外で国外に出られる場所は?」
「こっちも急いでるんだが……ああもう、なんなんだよ!」
「早く、追い付かれるでしょ!」
「あの、ごめんなさいユーリさん! でも私どうしても行きたくって!」
「あーあーもう、分かった分かった案内はするけどとにかくルークが先だ!」
「ルークって誰よ、あんたまた変なの抱え込んでるんじゃないでしょうね!?」
「それを今のリタが言うか?」

 お目当ての場所は回りこまれていたらしく、ガシャガシャと今朝から何度も聞いている音が聞こえてくる。その数は確実に増えており、脱国は思いっきりバレているようだ。しかし何故ああも必死に、よりにもよって騎士が追いかけて来るのか分からない。リタと言う貴重な天才研究者を囲う為かはたまた別の理由か。
 どちらにしても先程騎士はユーリの名前をハッキリ口にした、ならば今知らないふりをしても確実に牢屋行きになる。
 リタが囃し立てる中、ユーリは他に国を出られる場所を幾つか考え走った。ここからルークに追い付きつつ、国外に出られる場所。すると天の助けかラピードの吠える声が届き、足を急停止させる。背中で走っていたリタが思い切りぶつかり、わぷ! と悲鳴を上げた。

「ちょっと急に止まらないでよ!」
「静かにしてくれ、ラピードの声が聞こえない」
「何、あの犬っころの事?」
「あ、さっきの声です? 多分ですけど……北の方から聞こえたような」
「北……下町の方か!」

 するともう一度、明け始めた空に響くラピードの吠え。合図をすると言う事は敵と相対しているのか、昨日の怯えたルークを思い出しユーリは走りだす。それを背後から、戸惑うリタ達が慌てて追い駆けた。

 大急ぎで近道をし、騎士達は絶対に知らないだろう道を通って下町へ。早朝だが数人、年寄りがぽつぽつと表を歩いている姿が見える。ルーク見なかったか!? そう尋ねるが、不思議そうに首を横に振るだけ。
 早く行かなくては、間に合わないかもしれない。そう焦るユーリの背後から、リタが困惑しながらも追い付く。

「はぁ、はぁ……。ちょっと、急に止まったり走りだしたり……待ちなさいよっ」
「あの、ユーリさん。声、もっと下から聞こえました!」
「下から? って街門か!」

 下町から街門までは、細い通路の一本道だ。下町の街門は以前まで見張りが常駐していたのだが、つい最近になって昼間の間だけになった。衛兵や騎士の不足か、そう読んでいたのを思い出しユーリは走りだす。
 下町の人間が自分から外に出る事は無い、だから日頃からあの道には人は居ないし昼以外は見張りだって居ない。そう言えばルークが店を手伝っている時に訪れる、鎧を脱いだだけの衛兵達はその街門番だ。その時朝晩あの場所は無人になる事を知ったのだろう。と言う事はわざと大回りに歩き、敵を撒いてから国外に出ようとしたのか?
 ならば最初から待ちぶせしていれば事はスムーズ運んでいたのか、なんてこった。相変わらずルークは賢い、こんな時でなければ褒めてやりたいくらいだ。けれど結局その企みがバレていては、意味が無いだろうに!

 片方は壁、片方は生活用の水路に挟まれ細い一本道、誰も居ない先に見えた人影。黒い衣装と朱金の背中、ラピードの青い毛並み。三つははっきりとコントラストを浮かび上がらせており、ユーリは叫んだ。

「ルーク!」

 驚いたのはルークと、敵も同じだったようで、一瞬視線をこちらに向ける。その隙をラピードは見逃さなかった。瞬時に飛びつき短剣を振るい、相手は後退りながらも短い詠唱を唱えている。目の前のルークに当てるつもりか! それにカッとなりスピードを上げるが、距離的に間に合わない。例え初級晶術でもルークのような小さな子供には致命的だ、いっそ鞘を投げるかと剣を持った瞬間、背後からリタの声で火球が飛び出していった。リタの晶術は敵の手元に着弾し、刃物を落とす。

「ファイアボール!」
「ぐあっ! ……くっ」
「ちょっとあんた、何やってんのよ!」
「リタナイス!」

 思わずそう叫び、ユーリは足を止めず敵を思い切りぶん殴った。敵はそのまま吹っ飛び、見事用水路にどぼんと落ちて沈んでいく。壁に身を寄せ呆然と座り込むルークを走りながら抱え上げ、そのまま一緒に街門へ向かった。

「あ……。な、なんで!?」
「丁度良いから、このままオレが直接お前の家まで送ってってやるよ。国を出るつもりだったんだろ?」
「それは……でもユーリには関係無い!」
「関係大有りだっての、気になって寝れないだろうが。知らない所で勝手に決められるより、自分でやっちまった方が良いってなもんだ」
「……でも」
「いいんだよ、どうせ依頼受けて外に出るんだ。ついでって事にして気にすんな、ほら行くぜ」
「あ、……ありがと。ユーリ……」
「ご主人様の為ならえんやこら、ってね」
「んだよ、もう!」

 ルークは久しぶりに髪を引っ掴み、悔しそうに頬を膨らませる。けれどすぐに嬉しそうに抱き付き、大人しく腕の中に収まった。ユーリは片手でぎゅっと抱き締め、これが一番良いと確信する。
 一人にさせて心配ならば、自分がついて行けばいい。家の事情が問題有りそうならば、暫く滞在するつもりでもある。他人に任せても大丈夫だろう、そう確信出来るまでは傍に居ようと決めた。ガルバンゾ領を出るのは初めてだが、まあ何とかなると思う。
 昨日レイヴンと話した後、世界地図に軽く目を通している。ライマ、南大陸の真ん中に位置する小さな国。ガルバンゾからは結構な遠さだが、敵はそれを越えてわざわざ来ているのだから行けなくはないはず。リタの言う行きたい所とは気になるが、まあちょっとくらいの寄り道は大目に見てもらおう。

「何よ、見張り居ないじゃないの! 最初からここから出れば良かった」
「追っ手は大丈夫でしょうか……」
「近道したから、すぐには来ないだろうけど……しゃーねえ、ラピード頼めるか」
「ワン!」

 距離は稼げたが、ここから出た事はすぐにバレるだろう。そうなる前にいかに早く手を打てるか、だが……。ユーリは考え、ルークを一度腕から下ろしメモを書く。カロルとレイヴン宛で、ルークを送ると簡易に。こう書けばレイヴンは全てを察し、まあ上手くやってくれる。カロルへはリタの依頼もあるが、あまり正直に書くとボロを出してしまうだろうし黙っておく。おいおい落ち着いたらまた手紙で知らせればいい、今は一先ず足を進めなければ。

 ラピードに渡し、後を頼む。ここで頼むからには暫くお別れだ、ルークの無事を見届け帰ってくるまでは会えない。なので恐らく騎士達からカロルへ言及が行くだろう、その点も含めて頼むしかなかった。

「悪いラピード、ルークを送ってくから暫く留守にする。ウチの首領の事頼むぜ」
「ワフ、ワン!」

 任せろ、と頼もしい返事。ルークもラピードが一緒ではない事を悟り、ぎゅっと体いっぱいで抱きつく。今朝やった所なはずだが、ラピードは大人しくされるがまま、ルークの頬を舐めて慰める。

「ラピード、ありがとうな。……ってもう言ったけどさ、でもありがとう」
「バウ、……ワフ!」

 ラピードは別れを惜しまないようすぐに背中を向け、四本足のスピードで細道を駆けて行った。それを見送り、ユーリは街門を閉める。長年メンテナンスもせず放置された扉がギギギィ、と錆び付いた悲鳴を上げてゆっくり閉まっていく。
 街門を閉めても時間稼ぎにはならない、レイヴンが上手くやってくれる事を願ってユーリ達は足早に外の世界を歩き出した。

 ふと隣を見れば朱色の旋毛が見え、ひょこひょこと毛先が立っている。忙しそうに揺れているのを見て、歩幅の事を思い出しユーリは抱き上げた。昨日同じ事をしたと言うのに、どうしてか今日も出来て良かったと、なんとなく思う。

「悪いルーク、暫く急ぐから抱っこされててくれ」
「あ、……うん。あのさそれより、この人達も……一緒に行くのか?」
「何よ、あんた子供いたの?」
「可愛いです! あの、私エステリーゼって言います!」

 リタの瞳は途端に胡散臭そうな、どちらかと言えば軽蔑が入った眼差しを向けてくる。なんだかこれ懐かしいな、と思いながらもユーリは軽く説明した。ルークは他国の子供で、誘拐されそうな所を保護し、直接家に送り届けるのだと言う事を。

「ふーん。まあ、あんたらしいっちゃらしいわね。それはいいけど、こっちの依頼もちゃんとやってよ」
「へーへー。んで、どこ行こうとしてんだ?」
「南大陸のコンフェイト大森林。そこのヘーゼル村星晶採掘跡地」
「南大陸……そりゃ丁度良いな、ライマもそっちなんだ」
「わあ、偶然です。一緒に行けて良かった、よろしくお願いします」
「にしても、リタはなんでエステリーゼ……エステルと一緒に国に出るんだ?」
「はあ? ちょ、なにそれエステリーゼの事? 何勝手に縮めてんのよ」
「いや長ったらしいし」
「二文字しか省略してないじゃないの、馬鹿ね縮めるならもっとこう……エ、エ、エテリーとか?」
「エステル、……素敵です。エステル、エステル……エステル!」
「なあユーリ、じゃあ俺の名前も縮める?」
「ルークは縮めたら無くなっちまうだろ……」

 急な道連れにユーリは苦笑するが、リタ程の腕があるならば逆に心強い。それにわいわいと楽しそうに、ルークに笑顔があるならばいいかと納得する事にした。どうして彼女達二人で国外に出るのかはまた、話してくれるだろう。まさか彼女達までもルークのように黙秘、だなんて言い出さないだろうな? そんな風に少し笑い、胸元の服をぎゅっと握るルークを見た。一先ず目指すべきは、ルークの国ライマ、南大陸へ。


 まさかこの選択が、その後を強く左右するとはこの時のユーリは思わなかった。自分から首を突っ込んだのか降って湧いた災難を受け止めたのか、今ではどちらとも言えない。けれど確実に言える事は、この子供の手を見捨てなくて良かった、それだけだ。






  


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