anti, World denied








5

 パリッと折り目が付いたシャツを着せ、細かいボタン達をちまちまと一生懸命かける小さな指をじっと見守る。教えた通り下から始めれば掛け間違うこともない、結構な時間を辛抱強く待てば遂に最後まで一人でボタンをかけ終えた。

「よぉし、偉いぞっ!」
「だろー、こんくらい出来て当然だっつーの!」

 ユーリが大袈裟に、頭を思い切り撫でて褒めてもルークの口ぶりは生意気だ。けれどその表情は素直に嬉しそうで、満面の笑み。きゃっきゃと喜んで、体いっぱい使って抱きついてくる。ユーリは抱き上げ、ぐるんと一回りして着地。両手で頬を撫で、シャツに入り込んでいる髪をするりと抜いてやった。
 袖ボタンは流石に難易度が高いので此方でかける。それからルークの朱金に映える濃い藍色のベストを着せ、首にリボンタイを。しゅるりと巻き、手を離して顔を見た。ぱちぱちと瞬く緑碧は大きく、好奇心旺盛な様子をそのまま映している。そう言えば先日リボン結びを教えた所なので、丁度いいかと思い任せる事に。

「覚えてるか? 下から上に……そう、ぐるっとやるんだ」
「わ、分かってるって! ん、ちょっと黙ってろ!」
「へいへい」

 無意識なのだろう下に寄り目になりながら唇をつんと尖らせ、タイの少し固い生地と結び目に悪戦苦闘している。集中している今ならばと、ユーリは袋からある物を取り出す。赤に近い毛並みの、ぴんと立たせた三角耳が付いたカチューシャ、俗に言う猫耳。そーっと背後から忍び寄り、全く振り向く気配が無い頭にちょこんと乗せる。
 一仕事したぜ、そう自分で満足して前に戻ればルークの格闘も勝利していた。少し歪に曲がっているが、十分リボン結びが出来ている。ユーリはそれを、程々に直して整えた。櫛で髪を整え、未だ気付かない猫耳の位置を調整。ルークは一人で靴下と靴を履き、トントンとつま先を詰める。全て終えて、ユーリは一歩下がって全体像を見た。
 服は見た目からして高そうな仕立ての物を相応しすぎる程着こなし、ふわりと舞う朱金の髪は艶々と伸び光を振り撒いている。行儀良さそうにリボンタイがきっちり首元を彩り、膝までのズボンから伸びる肌をちらりと見せて、白い靴下に黒いベーシックな靴は正にお坊ちゃま。そして何より、頭の天辺にぴんと立つ猫耳が注目を奪う。長毛種の高級子猫をそっくりそのまま人間にしたような、好奇心いっぱいで落ち着きなく我儘に人を振り回す気まぐれな性質を形にして。そのあまりの可愛さに、ユーリは正直に感嘆した。

「おお……お前可愛すぎるな」
「えー? 格好良い方がいいなー」

 すぐに頬を膨らませ、ぷぅと上目使い。そんな姿まで可愛くて、これは写真にして売りだせば一儲けできるんじゃないかと柄にもない邪な考えが過ぎってしまう。そんな事をすればきっと別の意味で大変な事になってしまうに違いない、唯でさえ今でも十分大変なのに火に油を注いでどうする。ユーリは猫耳を取り、これは室内だけだな……と仕舞った。その背中をラピードが後ろから呆れたような声でわふ、と鳴いているのを聞かなかった事にする。

 整えた髪を乱さぬよう手加減して撫で、腕に乗せて持ち上げる。ルークは慣れたもので、ユーリの胸元の服を握り締めて掴まった。散々言ったので髪の毛を引っ張る事はしなくなったのはいいのだが、今度は服が伸びてしまいそうだ。
 目を近くにして合わせれば、褒めてもいいんだぞ? と偉そうな表情が。伸びている鼻をぶにぶにと潰し、むぎゃ! と目元がしわくちゃになるまでを笑う。ばたばた暴れだすので、床に下ろせば慌ててラピードの背中にしがみつきに行った。

「こら、毛が付くだろ? せっかく整えたばかりだってのによ」
「うるさいばか! ユーリはすぐ俺の顔潰しやがる!」
「ルークの唯一の取り柄をオレが潰すわけないだろうが、ほら悪かったって」

 笑いながら手を取れば、諦め悪く毛皮を必死で掴む。迷惑そうなラピードは尻尾でルークの手をはたき、すたすたと部屋を出てしまう。それを一気に悲しそうな瞳で、らぴーどぉ、と舌足らずに呼ぶ。ユーリはそれを遠慮無く笑い、服に張り付いた毛をブラシで掃除した。

「ほら、もう行くぞ。昼飯をカロル達と食べて、それから後は?」
「今日は下で店の手伝いする日! その後テッド達に勉強教えてやるって約束してる」
「大忙しじゃねーか、人気者だな」
「そうなんだよめんどくせーなもー」

 言いながらもえへへと自慢する顔は嬉しそうだ。ユーリもつい釣られて嬉しくなり、無意味でもなんでも褒めてやりたくなる。全くルークは人に甘やかされるだけでなく、甘やかしてしまいたくなる天才だ。きっとルークの家族達もそうやって可愛がっているのだろう、容易に想像がつく。
 しかしユーリが教え、出来たのならば褒めてやればそれはもう嬉しそうにして、次からは大概の事を自分でやるようになった。
 ごく普通の子供となんら変わりない方法で、殆どテンプレート気味にやってもルークは素直に受け取り、教育し直しだなんて息を巻かなくともするすると吸収していく。口は悪いが口だけなので、おだてれば簡単に言う事を聞く上疑わない。
 基本的な所作そのものはやはり貴族の教育なのか、暴れる時以外は大人しい。例え手足をバタつかせて地団駄踏んでも、ひょいと抱き上げ膨らんだほっぺたを潰してやれば後は悔しそうに睨み上げるだけ。デザートで御機嫌を窺い一晩経てばけろりとしたもの。

 総合して見ればルークは、第一と第二印象に反して随分と扱いやすい子供だった。我儘と言えば我儘なのだが、尾を引く事はあまりない。理由を説明すれば納得するし、止めろと言えば一応は聞く。
 扱いを得てからユーリは積極的にあれこれ教えている。この前家庭菜園を教えた所で、最初は泥をかなり嫌がったがやり始めれば案外楽しそうにやっていた。意外にも草花に詳しく、季節の花を逆に教えてもらったのだ、なんでも家の庭師と仲が良いらしい。
 ルークがこぼす日常会話の登場人物達は皆、ルークに甘く優しい人物達ばかりだ。回数が多いのは弟であるアッシュと、従者と言うよりも兄のように親しげなガイとやら。後は両親に執事長のラムダス、庭師のペール、メイドと騎士達。師匠と呼んで随分尊敬眩しい様子のヴァン。それからナタリアやティアだのと、外部っぽい響きで呼ぶ数人。一度ジェイド、と言う名前が出た時は妙に口籠っていたのが少しだけ気になる。
 話だけを聞いていれば本当に、良い所のお坊っちゃま。何不自由なく育ち、可愛がられて愛されて、恐らく将来も何ら不安は無いだろう地位。
 もしもユーリと同い歳ならば、きっと一生袖も触れ合わないのだろう、それくらい生まれ高い人種。それこそガルバンゾの城に住む王族のような、そんな存在なのではないかと思う。

 だが同時に、ルークの違和感もはっきりと感じ取れる。何時なんどき話を聞いても、それは常に家の中だけで完結していた。庭に出た事はあっても外に出た事は無いらしく、仕事の概念は知っているくせに金銭の価値を知らない。
 けれど弟は外に出ているようで、その送り迎えを玄関でするのがルークの数少ない家での役割だと言っていた。後は庭の花を摘んで病弱な母親の部屋に飾る、家庭教師の授業を受ける、それくらいだ。
 剣の師匠であるヴァンと教わるアッシュの姿を見て、自分も習いたい剣を持ちたいと言っても絶対に許してくれなかったらしい。ルークの歳で武器に憧れるのも危険なのも十分分かるのだが、ならば何故弟であるアッシュには許しているのか。
 妾の子だとか言う立場的な差別か? とも考えたが、双子だと言い切っている訳だし。まさか影武者、にしては二人の教育に差があり過ぎる。
 そんな環境にルークは不満そうな顔をすれど、自ら外に出ようとは考えていないようで。一人だけ優遇されているように聞こえるアッシュには文句の欠片も無いと。
 外がどういうものか知らない訳でも、知って恐れている様子でもない。ただ行動範囲として存在すらしていないのだと、最初から考慮に入っていないもののような。

 なのにユーリの目の前のルークはそんな事を、隠しもせずけれど打ち明けもせず、意図的に避けて自分の日常を話すのだ。これは随分と賢い子供だ、表層一面ではとてもじゃないが掴みきれない。
 ユーリはふと、今の自分はまるで目の前に謎と言う餌をぶら下げられ、届きもしないのに必死で食べようとしている滑稽な馬になっているんじゃないかと考えが過ぎる。
 それは当たっている気もするが、今更手を引く気にもなれない。最低限ルークの迎えが来て、無事に家に帰るまでを見届けたい。それくらいまでは、この奇妙な生活を続けてもいいと思っている。

「よぉし、そんじゃ何時もの店に行くんだよな。かけっこする?」
「勘弁してくれよ、何度も迷子を捜しに走り回りたくねーぞ」
「あれは迷子じゃないって、なんべんも言ってるだろ! 家来は何時でも何処でも、主が呼んだら駆けつけなくちゃ駄目だから、ユーリを鍛えてやってんの」
「だから、オレはお前の従者になった覚えはねーって」
「何言ってんだよ、家来だってば。従者じゃなくて、け・ら・い」
「その違いは?」
「ん〜、下っ端!」
「はっはっは、そうかルーク様は下っ端にも気をかけてくださるお優しい方だって事だなこのこのこんの野朗ぉ!」
「あっ何すんだよ、折角一人で結べたのに! リボン返せっ!」

 ルークがあんまりにも可愛い事を言うので、ユーリはしゅるりとタイを抜き取る。ほれ捕まえてみろ、と立ち上がり手を上げひらひらと意地悪に振った。
 絶対に届かないだろう距離を、ルークは悔しげに見上げる。ぴょんこぴょんこ必死でジャンプするが、指先すら掠らない。諦めず何度もやるので、次第にその顔は真っ赤になっていく。
 ルークは賢いのに、学習能力が無いのだろうか。似たような事を既に数回やっているはずなのに、懲りずに似たような事を言う。まあそれがユーリに対する軽口ばかりなので、信頼されていると見てもいいような、ただの考え過ぎかもしれないが。
 ぽこぽこと小さな拳骨で一生懸命殴ってきだしたので、ユーリは抱き上げてリボンタイを返してやる。むすっとした顔で、ちまちまと結ぶ。然程時間は掛からず、前よりかは綺麗に完成した。それをどうだすごいだろう、と腕の中でふんぞり返って見せつけてくれるのでユーリは情け容赦無く、リボン端を引っ張りスルッと解いた。

「あーっ! 何すんだよおっ!」
「主想いの家来として、何度も練習させてやろうと思ってな」
「ばか、ばかばかばか! ユーリのあほ! ロン毛!」

 数少ない悪口をリピートしながら、紫黒の髪をぎゅーっと引っ張りぎゃんぎゃんと喚く。ユーリは髪の毛を一時避難させつつ、そのまま下りて外に出た。道行く人々は皆一様にルークを目にとめて挨拶や話しかけてくるので、急遽押し黙って悔しそうに腕の中でリボンを結ぶ。
 ばか、ばかばかゆーりのばか。そうぶつぶつと言いながら解けぬよう硬く結び、今度は触らせないぞと両手でリボンをガードしている。髪の毛を引っ張られないのでそちらの方が運びやすい、ユーリは足早にカロル達が待つ店へと歩いた。




 いい加減馴染みになってきて、もうルークが店の扉を開けても刺々しい視線はユーリにやってこない。逆にやあよく来たな、とデザートや玩具を手に歓迎される始末。店先で待っていてくれたラピードが一緒に歩き、馴れ馴れしい荒くれ者達の手をぺしんとキセルで跳ね除ける。
 一番奥の馴染みのテーブル、そこには既にカロルとジュディス、気まぐれで混ざったり混ざらなかったりなレイヴンが待っていた。ウエイトレスはすぐにやって来てメニューを聞き、ルークへの貢物として飴玉を一つころんと手渡す。貰ったー、と嬉しそうに報告してくるのでユーリはそれをさっと回収した。

「マネージャーは今日もチェック厳しいねぇ」
「飯の前に甘い物渡すなっつーの、これはおやつの時に食えな」
「いっつもそう言って、ユーリが食っちまうんじゃんか!」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「横領じゃないのかしら?」
「ルークの貢物を全部食わしてたら、こいつは今すぐブーブー子豚で虫歯になっちまうだろ。むしろ感謝してもらいたいくらいだぜ」
「そんなにすごいんだ……」

 カロルが苦笑しながら、でもそうかもねと頷く。ルークの服装をテッドの借り物から、最初着ていた物に近い物……要するにお高い服にしている最近、下町の人間から一般層、ごく偶に下りて来た貴族にまで献上品が続いている。
 一体この服をどうしたか、と言うとユーリからすると頭の痛い話ではあるが、これも貴族からの貢物だったりする。ルークを保護するようになり、付いて来たがるので街中限定で連れ回している所を見つかったらしい、ある日突然スーツを着た老執事が訪ねてきて仕立ての良い子供服をどっちゃりと渡してきたのだ。
 見てみれば新品ではないが、保管状態も良く高そうな物ばかり。持って帰れと言っても老執事は主からの伝言で、ルークの服があんまりにも酷いのでタダでくれてやるからこれを着せろと言って帰って行く。貴族に対して含みを持つユーリは当然納得いかず直談判しに行けば、では代金として依頼を受けろという決着に何故かなってしまった。
 カロルは信用を上げる貴族からの依頼が入って喜んでいるが、ユーリは正直微妙だ。まさか亡くなった子供の服だとか重いいわれのある物じゃないだろうなと少しばかり恐ろしい、レイヴンの調べでその家の息子は成人し独立しているので、ただの余り物だと分かり安心したようなしていないような。

 けれどまあ確かにルークには一般的な服装よりも、きっちりとしたボンボンの服装が似合っているのも事実。服装相まって大人しそうな見た目に反し、やんちゃで生意気な姿は老人の孫を想うハートをがっちりキャッチして、もう入れ食い状態だ。小動物を可愛がる感覚で街の大人達にも大人気、うっかり手を離したらあっという間にルークの両手には菓子と玩具とお小遣いがじゃらじゃらと。
 アルトスクを通じて幼児誘拐の容疑は誤解は解けたので、もう騎士達に追い掛け回される事は無くなったのだがまた別の問題に悩まされている日々だ。

「ルークもルークで、知らない奴から貰うなって言ってんのに貰ってきやがるし」
「だって、はいどうぞって勝手に押し付けてくるんだよ!」
「でもきっちり自分の嫌いな物は断るんだよな、こいつ。野菜とか牛乳とか」
「あはは、ルークらしいね」
「食費が浮いていいじゃーん、貰っときなって」
「食費浮かせてくれるってんなら菓子ばっかりじゃなくて肉か魚か野菜を持ってきてくれ」
「魚は嫌だって言ってるだろ!」
「なんだか、孫をお菓子や玩具で誘惑する姑やお舅と戦うお嫁さんみたいだわ」
「的確だねぇ、ソレ」

 昼食を終えた後は何時も通り、ギルドで依頼を受ける事になっている。日中のルークは現在女将さんの所で面倒を見てもらいながら給仕の手伝いをさせている、下町ならば知り合いしか居ないので余所者の動向は目立つ。加えてラピードを付けているので、もしもの時でも間違いはないだろう。
 そう当初は思っていたのだが、最初にルークを給仕させた店の噂が予想以上に広まっていたらしく、下町にまで多くの人間が集うようになってきたのだ。一般から冒険者、果ては時々貴族が来店し、ルークの可愛らしいウエイター姿に満足してお金を落としていってくれると旦那さんが引き攣り気味に報告してくれる。
 申し訳ない気持ちだが、あそこ以外安心して預けられる場所が思いつかない。子供達だけで遊ばせるのもルークの背景事情を想像して危険かもしれないし、かと言って部屋に閉じ込めておくのも可哀想だ。
 ルーク本人の働いてみたい、という希望からしてもあそこが現段階で一番適しているのである。諸々の被害は、売上に貢献している点で許してもらい所だ。

 本来ならば保護を決めて世話しているユーリの手元で直接、それこそ依頼を街中に絞り傍に置いておきたいのだが……残念ながらルークは大変な金食い虫である。自覚無き金食い虫、周囲の人間から結構な数の援助を受けているにもかかわらず。
 まずルークは好き嫌いが多い、びっくりする程に。育ちが良いせいか安物の肉は口に合わないと言って嫌がり、エビは好物のくせに魚は嫌いだとふざけた事をぬかす。そしてニンジン、ミルク、キノコといい感じに全種類を網羅している始末。最近の食費を圧迫している大部分の原因が肉だとは、なんて贅沢な悩みだろうか。
 その他に言うと石鹸、シャンプー、服だなんだと細々、安物だと目に見えてルークの肌が荒れるので仕方なく買い替えた。シーツも元の生地だとごわごわする、だとか言って高いシーツと取り替えている。ユーリは知っていて放置していたのだが、旦那さんに言って何時の間にか取り替えたのだ、その請求はきっちりとユーリへ。
 生活用品なのでよく消費する、金が無くなる、ユーリは頭を抱えた。最近のガルバンゾは物価がじわじわと上がっており、それが余計に拍車をかけている。ルークへ貢がれるデザートでこちらとしてもリターンはあるのだが、そう毎回貰いっぱなしな訳にもいかずお返しや礼をして、結局は地味な出費になっていた。それが積み重なるともう、始末におえない。
 なので結果、実入りのいい仕事を選ぶと討伐やらの危険な依頼が殆ど。こうなると連れて行く方が危険なので、プラスマイナスのトータルでちょっとばかり心労マイナスでもこのまま下宿先で預かってもらうしかない。ここでルークに我慢してもらうのではなく、自分の働きを増やしている所が全く、家来と言うのも間違いではないと思えてきた。

 頼んでもいないデザートがルークの前に出てくるなんてもう慣れたもので、大きな苺が乗ったクレープをもぐもぐ一生懸命食べている隣、ユーリは何度も言っている定型文をしつこく口にする。

「いいかルーク、知らない奴に声かけられても付いて行ったりするんじゃねーぞ。変な奴だと思ったらすぐに大声で知らせろ、ラピードと離れるなよ、コートをおっ広げて変なブツ見せ付けてくる変態が居たら極小野郎、と蔑んでやれ」
「あーもーうっせーなー、毎日毎日言われなくっても分かってるっつってんだろ? うぜーんだよ」
「おーまーえーなー、その言葉使いやめろって言ってるだろ!」
「うっせー家来のくせに俺に口出しすんな」

 始まったよ、と席を囲む他のメンバーのうんざりした顔が見えたが無視した。ユーリも毎回言いたくはないのだが、言っておいてもすっぽ抜けて消えてしまう時があるのでうざがられても言っているのである。ルークは警戒する時は本当に強く警戒するのだが、慣れてくるとすぐに忘れてしまう。下町ではもう完全に気を抜いて、ラピードの尻尾を離してしまい迷子になった事既に両手近く。見た目以上に細路地や似たような道が多いので、地元の人間でなければ迷って当然だというのに。
 涙目になって反省するくせに、また同じ事をやる。そのくせ今隣の席でルークは、誰よりも一番うざいな、と言う顔で本当に口にしてくるのだから生意気だ。

「そーかそーか、そこまで言われちゃ仕方ねえ。そのデザート食べるの手伝ってやるよ、ほら」
「あー、苺食べたあああっ!」
「お前いっつも嫌いなの残してるだろ? だから親切心で食べてやったんだよ、感謝しろよな」
「ちっげーよこれは最後に食べようと思って残してたんだよ! ばかばかばか返せばか!」
「もう食べちまった。あー美味かったなーまじ美味かったわー、あんなに美味い苺嫌いだなんて、ルークは可哀想な奴だなほんと」
「嫌いなんて言ってないだろ、今すぐ返せばかー!!」
「胃に入っちまったもんが返せるわけないだろ? 今日のおやつはもうこれで終わりだからな」
「なんでだよ、さっきの飴玉はっ」
「明日食え明日」
「昨日もそう言ってクッキー勝手に食ったくせにいいいっ!」
「どこにそんな証拠があるってんだ、ええおい? 人を勝手に罪人扱いするんじゃねーよ」
「大罪人大罪人ユーリのだい・だい・だいだいざいにんーー!!」
「大罪人でもルークの家来だから、責任は主持ちで頼むわ」
「下っ端のくせに生意気だばかーっ!」

 ルークが家来だ主だのと言い出すので、こちらもそれにのってやっていると言うのにこれだ。都合が悪くなると子供は大人以上に自分勝手になる、導火線に火が付くと爆発するまで終わらない。こんな調子で小生意気にピーチクパーチク、可愛い顔して可愛くない事を言うのだから本当にルークは面倒臭いと思いつつ、わしゃわしゃと頭を撫で回してやった。
 乱された髪よりも苺返せと、ほっぺたを苺色にしてぶーたれている。椅子の上から乗り込み、ユーリの口を開けさせようと強引に指を突っ込んでくるので、隙だらけになっていたクレープの残りをひょいと摘んで食べた。
 ルークはそれを呆然と、自分で大口を開けてぽかんと見守った後、今日一番の大噴火を恥も外聞もなく爆発させたのであった。






  


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