anti, World denied








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 見つけた依頼は、食事処のウエイター。人手が足りなくなったのですぐにでもと、行ってみれば昼時の戦争は丁度終わっていたので客はまばらだった。ユーリはルークを連れ、またも付いて来たレイヴンと訪ねれば、何故か食いついてきたのは戦力になりそうな二人ではなく……腰にへばり付きむくれているルークに。

 髪は後ろにくくり白いリボンで纏め、シャツとエプロンをこれでもかと言うくらい折り曲げ、小さなウエイターの出来上がり。見た目はそりゃもう、誰もが唸る程可愛らしい。店の主人は野太い声を甲高く上げて喜ぶので、ユーリは一瞬逃げようかと考慮したくらいだ。

 面倒臭い、誰がやるか! てっきりルークはそう言うと思っていたのだが、主人の期待に嬉しそうに答えている。他のスタッフから、くるりと回ってみて! そんなお願いも笑顔でくるりとやれば周りからでれでれに崩れた笑顔と拍手。ルークはユーリの元へ駆けてきて、どうだ! と言わんばかりにえへんと胸を張っている。

「はいはい、可愛い可愛い。お前間違えずに運べるのか?」
「飯運べばいいんだろ? 簡単だって!」
「ルー君なら間違えても許されそうだよね〜」
「確かに」

 主人の目論見通り小さなウエイターはすぐに大人気になり、昼過ぎの本来まったりとした店内には人が溢れかえった。ルークが一生懸命ゆっくりと運びテーブルに乗せ、えへんと自慢げな顔を振舞っている。それが女性客や、年寄り達のハートを狙い撃ちしたらしい。
 皆ルークに給仕してもらおうと、小さなデザートを何度も注文して行ったり来たり。お陰でレイヴンは急遽キッチンに回され、ユーリはフォローとして定食や鍋物の重い物ばかりを運んで大忙しだ。

「おっさんのダンディーウエイター作戦が奪われちゃったよトホホ」
「なんか……普通の仕事よりハードだぞ!? 誰だよ鍋焼きうどん5個も頼んだ奴は!」


 夕食時間を前に疲れきったルークがダウンし、残り時間を二人でひたすら、増えた客分目の回る忙しさの中動きまわってようやく規定時間の終了だ。長時間戦闘を続けた時とはまた別の疲れに、二人はぐったりとしている。

「腕が、腕が上がらねぇ……」
「洗い物しすぎて手がしわっしわだよー」

 見事な客寄せパンダのお陰で売上は大幅に伸びたらしい、主人は給金を多めに渡してしかも夕食も食べていけ、とまで言われれば苦労も報われる。遠慮無く好意を受け取り、客としてテーブルで待っていればやはり周りからルークに声がかかりまくる。
 あちらこちらのテーブルから、これを食べないかあれを食べないかと誘われ、ルークは少し困っているようだ。ちらりとユーリを窺い、どうしよう? と眉を下げていた。苦笑しながら、好きなようにしろと答えればますますルークは困っているのが面白い。
 かなり悩んで、ルークは年寄り達のテーブルへちょこちょこと歩いて行った。孫を可愛がる体で構われ、隣の席の若い女性がこっちにも来て欲しいと熱烈なラブコールをして戸惑いながら席を回っている。そうやってあちこちで食事を奢られたり可愛がられたり、正にアイドル状態だ。
 見ていると段々ルークの顔が歪んでいっているので、もう少しすれば爆発して帰ってきそうだな、そんな先までユーリは読めるようになってきた。レイヴンは女性に囲まれているルークを本気で羨ましそうに、ギリギリと歯ぎしりしているのだから呆れる。

 それにしても、日中のルークをどうしようかと考えていた矢先に思った以上の適正職場を発見してしまったとは。重い物は無理でも、給仕自体が出来るのならば女将さんの下で働かせるのもいいかもしれない。下町の店ならばユーリとしても安心だし、住民も信用できる。多少失敗しても、ルークの可愛らしさでどうとでもなる事がはっきりと証明されてしまった。
 給仕の途中、腕の疲れてきたルークは数回落としたり皿を割ったり、客にアイスをぶち撒けてしまったが皆ニコニコ顔で許していく。むしろ転けたルークの心配をするくらいだ。全くもって本当に、ルークは可愛さで全てを許されている。ほんの少しだけユーリは将来を心配してボソリと呟く。

「……あいつ、顔が可愛くなかったら生きていけねーんじゃないのか?」
「いやいや、ああいうタイプって案外上手く世渡りするもんだよ〜。ユーリみたいな世話焼きをとっ捕まえて下僕にするもんさね」

 その言葉に、ユーリは今朝ルークが家来と呼んできた事を思い出して背中がぶるりと震える。あまり洒落になっていない、本当にそうやって世の中を渡りきってしまいそうだ。その証拠にユーリが見てきたルークは、生活の殆どを他人に任せて生きているようであったし。いくら貴族王族様でも、あれはちょっとばかり問題のような気がする。何でもかんでもやっていたら、本来の根が育たないのではないかと。
 そんな、教育的な思考になっている事に気付いてユーリはうんざりする。別にいいじゃないかそんな事、人の生き方にあれこれ口出しするなんざ大きなお世話だろう。例え甘やかされ過ぎてルークが駄目になっても、それまでの事、知ったこっちゃない。そう自分で言い聞かせていると、向かいの声がおちゃらけた普段から意識的に変わった。

「そんで、こっから本題なんだけどいい?」

 どうして今日、レイヴンが一緒に付いて来たのか。どうやら元々こちらが本題だったらしく、ご苦労な事だ。ユーリは椅子を座り直し、声を潜めた相手に合わせて肘を突き顔を近付ける。

「ルー君が入れられたケース調べたんだけど、ユーリが言うみたいな魔法をかき消す特殊装置は付いてなかったわ」
「……まじか? でもオレは確かに見たぜ、あれを盾にしたら晶術は綺麗にオレを避けて……いや掻き消えたんだ」
「んじゃルー君の持ち物にソレらしい物は?」
「あいつは何も持ってなかった、ハンカチや小物……名前が書いてありそうな物全部な」

 ルークの服を細かく調べたが、手がかりになりそうな物はさっぱり出てこなかった。レイヴンは服の裏地も見ていたが、そこから割り出すのはまだ時間がかかると言う。
 そうなるとあの不思議な現象を起こしたのは、ルーク本人という事になる。あの時ユーリははっきりと目に焼き付けたのだ、炎の流星は自分の目の前で、魔法の粒子がばらけて霧散したのを。あれはバリアに当たった、というよりも範囲内に入った途端晶術の効力を失った、そんな感じだった。熱い熱風は頬を通り抜けるのに、火の粉は塵一つ届かない。あんな現象、ユーリは初めて目の当たりにしたものだ。同等晶術の対消滅、打ち消し合い。近いかもしれないが、あの場で魔法を使える人間はアサシン以外居なかった。それに対消滅は見たことはあるのだが、全く違う。

 考えれば考える程謎めいて、きっと科学者達が聞けば興味は尽きないだろう。もしもあれがルーク本人の能力なのだとすれば、攫われるのも頷ける。
 そう言えばあの時何も知らずつい盾にしてしまったが、あの中身を知っている今ではとんでもない事をしていたものだ、と恐ろしい。

「ま、あのケース自体はごく普通の物だった訳よ。普通じゃなかったのは、鍵の方」
「鍵? あのダイヤル式のやつか」

 そう言われて、ユーリはふと思い出す。5桁番号のダイヤル式で、ガルバンゾではあまり見かけない物だと思ってより疑いを深めた一つ。唐突にそれが出てきて、少し驚く。

「そ、あれってこっちじゃあんまり使われてないんだよねー鍵穴式を使うのが主流っしょ?」
「そう言われてみればそうだな」
「あのダイヤル式、内部の作りがモンのすごく複雑でねぇ。5桁番号を3回回さなきゃ本来開かない鍵だったんよ」
「へえ、そりゃ厳重だな。ナイフ1本で壊れてりゃ世話ないけど」
「んでその仕掛け、ごく一部の地域でしか使われてないんだよね。そこを追ってけば多分辿り着くと思うよ」
「当たりは付けてんのか?」
「お隣さんの大陸に、機械技術に明るい国があってさ。国自体は小さいけど古んるい国でぇ〜技術力は結構近隣に知られてる所があるんだわ」

 ガルバンゾはどちらかと言えば魔法寄り、と言っても星晶資源が豊富で人手が多いので、魔法科学に重きを置いている。その中でも一部の天才……顔見知りの少女の顔がちらりと思い浮かび、その発展により不自由なく生活しているのだ。
 なので星晶燃料ではなく機械寄り、と言われるとあまりピンとこない。ゴテゴテに装備や付随物が付いた重苦しそうな、恐らく古臭いだろうイメージ。御大層にしていても結局肝心な時にはナイフ一本で駄目になってしまうような、あまり碌でもない感想を持っている。

 それはそれとして、あのケース一つでそこまで調べあげてしまうアルトスクの情報量とレイヴンの手腕に舌を巻く。頼んでおいたのは間違いないが、昨日今日で分かってしまうとは思わなかった。

「間違いないか?」
「断言はまだ出来んよー、そこってあんまり情報漏れないんだよねぇ。宗教と強く結びついてて、余所者が出入りし難いんだよ」
「ふーん、宗教国家か……息苦しそうだな」
「内部で何やってるか中々掴めないんだよねー、その分瓦解すれば一溜りもなさそうだけど。ま、ルー君の言動の端々はちょっと引っ掛かるものがあるし、はっきりするのも時間の問題だと思う」
「そうか……」
「確証が取れたらブレイブヴェスペリアの名前で手紙送るけどいーっしょ?」
「ああ、それで頼む。カロルにはオレの方から言っとくわ」

 思ったよりも早く片は付きそうでなにより。ルークを取り巻く状況は気になるが、それでも両親は共に存命しているようだし、別の意味で保護が必要になりそうでもない。ならばやはり一先ずは、ルークの無事だけでも知らせてやらなくては。
 好き放題しても怒られるなんてまるきり考えていない様子と、嬉しそうに駆け寄ってくる表情。ルークを見れば愛情にも甘やかされて育ったのだと十分分かる。そんな子供が誘拐されて、心配していない訳がない。
 それでもほんの少し、ルークが口にした言葉が刺のようにちくりと気になるのは止められないが。


 人に構われすぎて爆発したルークが、ユーリの膝元に怒りながら帰ってきた事によりその日は解散となった。店の主人にはまた来てくれと言われたが、ルークの機嫌次第だろう。

 空を仰げば鈍い光が輝き始めており、下宿先に戻ればラピードが先に戻っていた。口元に報酬の小袋を咥えて、受け取れば予想以上に重い。先の倉庫整理分が入っているのだろう事は分かったが、それでも分配に偏りを感じられる。
 きっと昼間金銭で愚痴ったのを知られたのだろう、カロルに気遣われて気恥ずかしいやら助かるやら。今度合わせて礼を言っておこう、そう感謝しながら受け取った。

 昨日ルークは風呂を嫌がったので、部屋で沐浴させる事にした。今日のルークは何だかんだ言って十分働いたので、きっと疲れているだろう。朱色を見てみれば頭が少しうつらうつらしている。大きな桶に湯を張り、そこに座らせて頭を洗う。
 昼間ジュディスに教えてもらった、それなりに値段のする効果は確かでお肌に優しいだとかなんとか……帰り道で買ったシャンプーを早速使えば、洗っている最中の朱色は軋まない。店員に聞いた注意事項を思い出しながら、頭皮をマッサージしながら洗う。しかし小さな頭はあまり力をいれては砕けてしまいそうで、妙に緊張してしまう。
 濡れた朱色は色を深め、湯で泡を流せば艷やかだ。その後香油を丁寧に櫛通し、髪を整えてやればしゃんと真っ直ぐ伸びて電灯の下でも天使の輪が光っている。ユーリは自分の手腕を自分で褒め、次にどんよりと溜息を吐く。

 自分の髪なんていつも適当にやっているのに、何故見知らぬ子供相手にこうも手を掛けてやらねばならないのか……。誰かの世話をするのが嫌という訳ではないが、好きという訳でもない。少しだけ自分の選択を省みたくなったが、決めた事をぐちぐち言うのも性に合わない。
 ルークの髪を洗い体も泡まみれにしていると、ユーリはふと気付く。そう言えばずいぶんと大人しい、昨日の風呂は湯船を嫌がり即行で出てしまったのに。ちらりと横顔を見れば、眠いのか気持ち良いのか目を細め、立てた膝に顎を置いてうっとりしている。それが気の抜けた、素の顔のようで面白い。昼間のルークは顔中の筋肉を酷使して、手足いっぱいに大騒ぎしているのだから余計。

「今日は大人しいな? お前もしかして風呂嫌いなのか」
「別にー。好きでも嫌いでもねーし……」

 その割に、声は恥ずかしそうに沈む。昨日暴れた事を恥じているのだろうか、そんな今更。シャンプーは嫌がらなかったので、恐らく昨日は湯の温度がルークには熱かったのだろう。そんな所で文化の違いを感じてしまい、その場で言えばいいのにと思う。
 やはり変な子供だ、ルークは。本人隠しているくせに体の表現は真っ直ぐで素直なもの、何か事情を勘ぐってしまうには十分だ。けれど聞いても答えないのならば、無理にほじくりだす事もあるまい。ユーリはもう直接聞き出そうとは思わなくなっていた。

 綺麗なお湯で体を流し、今度はきちんとバスタオルで拭いてやる。ルークは慣れたもので、くすぐったそうに笑い、ごしごし動かすタオルに大人しく揺らされている。ほかほかに温まり、肌がピンク色。髪の水気を丁寧に拭き取り、明日頭が爆発しないように櫛を通す。それからワンピース型の手早く着れる服をがぼっと被せ出来上がり。

「桶片付けてくるから、お前はもう寝ろ」
「んー……」

 ぼんやり返事するルークの頭を撫で、ベッドに向けて背中を押す。やはり疲れていたのだろうふらふらした足取りでへろへろしながら歩き、あぶなかっしい。ラピードに後を頼み、ユーリは桶を片付けに階下へ下りた。

 湯を流し、ついでに風呂に入ればルークにかけた時間の半分以下で上がってしまう。その時間差に自分で苦笑してしまい、水差しを汲んで部屋に戻る。
 そうっと覗きこめばルークはベッドに中途半端に入り込み、頭と片足をシーツに突っ込み力尽きて眠っていた。みっともないそのポーズに思わず吹き出し、水差しを落としてしまいそうになる。

「おっまえ、お坊ちゃまなんじゃないのかよ……」

 笑いながらルークの体を直して、シーツをかけ直してやる。前にこのベッドで警戒心いっぱいにしていた姿をどこに置いてきたのやら、無防備に眠っていた。少し湿った髪が真っ白いシーツに散らばり、そのコントラストが目に眩しい。
 今日はどこで寝ようか……ユーリはふと考えこむ。旦那からはルークを保護すると伝えた時に、空いている部屋を使っていいと言ってもらえたので、昨日同様に隣で寝てもいい。だがルークの状況を考えると、あまり離れるべきではない気がした。
 双子の弟、継承の旅、襲ってきたアサシンに、脱がされた靴。考える可能性は、血生臭いものばかり。確かに王家だの貴族だの連中を、あまりいい目では見ていなかった。しかし小さな子供をその範疇に入れるべきじゃない。

 ユーリは結局、同じベッドで眠る事にした。ルークの寝相は分からないので、大人しい事を願いつつそっと起こさないようにずらし、その隙間に入り込む。子供の体温は少し高くて、ずらした箇所は温かい。
 枕に頭を置き、背中を丸めているルークを引っ張り上げて肩までシーツを掛ける。肩を抱えてやれば、体をすり寄せてくるのが動物のようで可愛らしい。じんわり伝染する温度はぽかぽかしてきて、こりゃ冬になれば暖房器具いらないなと感心した。

 ルークの、まあるい輪郭をなぞる。小さくて、簡単に砕けてしまいそうで怖い。今日レイヴンに、ルークは子供で可愛い容姿でなければ生きていけないんじゃないか、そう言った。けれどそれは、いいように使われている自分の事を指していたんじゃないかと考える。
 例えばもしルークが子供でなく大人ならば、ユーリはさっさと騎士団に突き出していただろう。手を握ってまだ日にちは経っていないが、受けた迷惑も面倒も、嬉しそうに駆け寄ってくる笑顔と目の前にある寝顔を見れば、まあいいかと思わせてしまう。
 子供が可愛らしいのは、その可愛らしさで周囲に保護欲を抱かせる為。正にルークはその体現者のような気がした。どんな相手にも有効な魅了の魔法を振りまき、世話させる事を至上の喜びだと思わせてしまうような。

 このやろうめ、ユーリは報酬代わりに柔らかい頬の感触を思う存分味わう。ぷにぷに、と白いくぼみの影を笑いながら見ていると、やり過ぎたのかルークの眉が潜められ小さな呻き声が上がる。
 やばい、起きるか? ぎくりとして体を固め、じっと息を止めて待つ。ルークはむにゃむにゃと口元を歪め、小さな手が探るように動きユーリの寝間着を掴む。きゅっと作られた皺は僅かで、数センチ離れれば簡単に解けそうだ。
 それからルークの口が、軽く開き動く。言葉になっていないそれは寝言らしく、ふにゃふにゃと覚束ない。それがなんだか可笑しくて、動物のように見えた。例えば、子猫だとか子犬あたり。頭に三角の動物耳を立てれば、きっと今以上に人の視線を釘付けにするのだろう。

 そんな想像をしている下で、小さな寝言が音に掠れる。偶然拾い、ユーリは息を潜めて静かに目を向けた。穏やかだった寝顔はどこか悲しげに、眉が下がっているせいでそう見えるのだろうか。ルークはゆっくりぱくぱくと、唇を言葉に形作っている。
 その必死さにユーリはじっと読唇術の真似事で見ていると、結果それはとんでもない意味を浮かび上げてしまう。組み上げて読み上げれば、信じられないくらいに。とてもこの子供の口から出る内容だとは思えず、ユーリは呆然とした。






  


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