anti, World denied








4

 ばたばたばた……そんなドップラー効果が耳に障り、ユーリは枕に顔を埋める。軽やかな足音は近くまで迫っており、すぐにばたん! と部屋の扉が悲鳴を上げた。音は途切れず今度はぽすん! と然程重量感を感じさせない音と重りがユーリの真上から降って来る。そしてごきげんな目覚ましがピーチクパーチク鳴り出した。

「おーきーろー! 朝だぞ、あさーーー! 早く着替えさせろよー、あと靴も! そんで早く朝飯食おうぜ、その後ギルドに行くぞーーーっ!!」

 隣の部屋から物音が聞こえる前から起きていたユーリだが、ルークのやたらと威勢のいい襲撃にも顔を上げない。べしべし、と頭を叩かれるが子供の勢いなので別段痛くないので無視する。ぐりぐり、と枕に顔面を埋めルークの甲高い声を遮るように耳を塞ぐ。しかし我慢を切らしたお子様はその小さな体ごとベッドに乗り上げ、どすんばたんとユーリの体の上で飛び跳ねてくれる。重くはないが地味に痛い、げしげしと人の体を遊具代わりにしないでもらいたいものだ。
 全く、こいつの家はどういう教育をしているのか。ユーリは疲れの滲む声でまだ顔を上げず、うんざりしながら聞いた。

「着替えと靴くらい自分でやれよ……なんでオレがお手伝いさんみたいになってんの」
「なんでって、だってユーリは俺の家来になったんだから、家来が主に奉公するのは当然だろ?」
「……何時オレがルークの家来になったんだ」
「昨日! だってアッシュが来るまで俺はここに居るって決めたし、その間は大罪に……じゃない、ユーリに俺の世話をさせてやる!」
「……賃金は出るんですかねぇ」
「俺に奉公する事自体が賃金だ」
「そーかいそーかい、お坊ちゃまは金の成る木だったのか。そりゃこぞって誘拐されちまう訳だな、こりゃ大変だすぐに金庫へしまっとこう」
「へ、あ…うわわっ!」

 そう言ってユーリはルークをシーツの中に引きずり込み、くるくると幾重にも巻いて閉じ込めてしまう。子供一人分の大玉がベッドの上で完成し、籠もった声がうわーんと鈍く響きじたばたころころしている。
 ユーリはベッドから立ち上がり、やれやれと首を鳴らしてから靴を履き、すたすた隣部屋まで服を着替えに行った。ユーリの下宿先である自室は、今日寝ていた隣だ。どうして自室ではなく隣で寝ていたかと言うと……我儘ルーク様のお陰である。部屋ではラピードが迷惑顔で毛並みを整えており、朝からルークにわしゃわしゃと弄られた跡が垣間見えた。それに苦笑しながら、上着を着て髪を適当に整える。置きっぱなしにしていた剣を取り、隣へ戻ればルークはようやくシーツの砦から抜け出れたようだ。
 ぷは、と顔を真っ赤にしてぶるぶる振っている。まるで犬猫のようで可愛い、ユーリを見つけて怒りを爆発させ、大声で元気よく叫ぶ姿が余計に。しかしその頭、威勢のいい姿を見ると同時にユーリは吹き出してしまう。どうして笑われているのか分からないルークはきょとんとして、余計に間抜けさを増長させていた。

「何、なんで笑ってんだよー!」
「っくく……。いや、お前頭爆発してる……」
「ばくはつ……? どこ? なにが?」

 ルークはきょろきょろと辺りを見回し、本人同様あちこち跳ねまくっている髪の毛をぶんぶん振り乱す。長髪で柔らかいのにクセが付いてしまう髪質なのだろう、ルークの頭は炎の晶術が着弾したのかと疑うくらい豪快にくるんくるんのぐちゃぐちゃになっていた。
 ユーリはルークを掴まえ自室に戻り、ベッドに座り膝に乗せて櫛を通す。こんがらがり跳ね、なかなか解けない。痛がってルークが暴れだすので余計に進まない、結び目まで出来ている長髪はくちゃくちゃで痛々しい。昨日までの髪は綺麗に真っ直ぐ大人しかったのに、どうした事だろうかと不思議に思う。が、思い当たる事なんて一つだ。ユーリは昨日、帰ってきてからを思い出しぐったりした。




 昨日あの後、きらきらしたルークの瞳に押されて街中の案内をした後夕食を終え、部屋に帰り旦那さん達にルークを保護すると説明してから、ユーリは布団を借りて自室の床にシートと共に敷いていた。ルークは入り口で不思議そうに見ている。

「なんで床に布敷いてるんだ?」
「ベッド代わりだよ、お前のサイズ的にもう一部屋取るまでもないからな」
「へえ……床で寝るなんてガルバンゾの奴は変な文化だなー」

 別にガルバンゾで布団を敷く事が一般的ではないが、そう変わった事でもない。好みの範囲内とゲスト用に、みたいなものだ。ルークのサイズならば別に一つのベッドで一緒に寝てもいいが、布団があるのだから使えばいい。もう一部屋取ってもいいが、子供一人には大きい上金額的に無駄だ。
 なのだが……ルークは奇異な目で見ながらベッドにもぞもぞと入り出す。

「お・い! 何自然にベッド入ってるんだ? お前が床だろうが」
「なんで俺が床で寝るんだよ汚い!」
「だから布団敷いてんだろーが……。あ、こら靴履いたまま潜るんじゃねえ!」

 ユーリの声を無視し、ルークは我が物顔でシーツにくるまりだす。ごろごろ、と態とらしくベッド上で転がりぴょこんと頭を出して、ふふんと鼻息を飛ばしている。その如何にも生意気な様子に、ユーリは保護を決めた覚悟が早速崩れそうになった。

「お前な……子供で居候なんだから、もうちょっと遠慮ってものがあってもいいんじゃないのか?」
「えー? なんで俺が?」

 本当に不思議そうに、自分が自分の思い通り行動する事をおかしいと思わないルークの様子に、ユーリはこれだから貴族は……言ってしまいそうな口を我慢する。これはきっとルークが悪いんじゃない、そういう甘やかした教育をしてきた家族のせいにちがいない。子供は鏡だ、家族の姿を反射している。……と言う事はルークの家族はこんな風に好き放題生きている、という事なのだろか? ユーリは想像してゾッとした。しかし目の前の、シーツに包まりころころ転がっているルークは大変無邪気で子供らしく可愛らしい。きっと家族もこの可愛さを前にして許してきたのだろう、そう願いたい。
 ユーリは床の布団を見て溜息を吐く、サイズ的に自分でははみ出してしまう。仕方がないので隣部屋を借りるか……そう考えていると、途端にルークはシーツを蹴飛ばしてユーリに突進して来た。軽い衝撃を腰で受け、何どうした、尋ねて下を見れば子供は何故か両手を上げている。

「ユーリ、風呂! 歯磨きはしないのか? それに寝間着じゃねーと俺寝らんねーんだけど」

 そう当然のように放ってくる言葉達を前に、ユーリは額に手を当ててから返した。

「……あー……はいはい、順番に行こうか。まずなんだって? 風呂?」
「裸足で外歩いたし、汚いだろ〜」
「分かった分かった、じゃあまずは風呂だな。歯ブラシは下から使い捨てのを貰うか……」

 世話になる他所の家で、家主を差し置いてベッドに上りこれ程の要求を奥面もなく突き付けるのだから、子供は怖いもの知らずだ。いやこれはまた別の問題じゃないのか……? そう考えながら、ユーリはルークを共同風呂に連れて行く。
 ついでに一緒に自分も入るか、そう考えてルークを見れば、何故かずっと両手を挙げたまま。二階の時点からそうしていたので、疲れてきたのか腕がぷるぷるしている。

「お前なんでずっと両手挙げしてんだ」
「え? だって風呂になったらまずばんざーいしなさいって、ガイが……」
「ばんざーい?」

 不可解な行動にユーリは首を捻るが、昼間靴を自分で履こうとしなかった姿を思い出しピンときた。

「お前着替えも人にさせてんのかよ! それくらい一人でやってみろって……」
「え、う……。なんだよ……別に着替えくらい出来るけど、ガイがやるって言うから……。もう、めんどくせーな!」

 ルークはぶつぶつと唇を尖らせながら、ベストのボタンを外そうとする。しかし何時までたっても外れない様子に、ユーリは空を仰ぐ。いくら子供と言えど、この歳でボタン一つもまともに外せないのか……。幸先怪しい気配にユーリは諦め、しゃがんで一生懸命穴にボタンを通そうとして通らない小さな指を止めた。

「分かったよ、今日の所はオレがやってやるから……」
「別に出来ないんじゃなくって、この……ボタンが抵抗するから!」
「ボタンがどう抵抗するってんだ。はいはいまた今度頑張ってくださいませお坊ちゃん」

 しっかりした生地の、ボタン一つだけでも価値がありそうな服を脱がせて浴室に入る。ルークは拗ねてしまい、頬を思い切り膨らませてバスチェアーに座り込んでしまう。むすっとした顔のまま何もせず、桶すら持とうとしない様子に、もしかしなくてもまたか……とユーリは尋ねた。

「ちなみに聞くけど、一人で風呂に入った事は?」
「一人で入るのは危ないから駄目って、ガイもアッシュも母上も父上も言ってたぞ?」
「……そうか、詳しくは聞かないでおくわ」

 まあルークくらいの歳ならば、まだ誰かと一緒に入ってもおかしくはないか。しかし殆どが他人にやらせるスタイル、というのは全くもってどうしたものかと考える。貴族様ってのは何でもかんでも他人にやらせて、不便じゃないのかね? と逆に疑問が湧くくらいだ。

 頭と体を洗ってやる間は、案外大人しくしている。というか奉仕され慣れている、というやつなのかも。先に湯船に浸からせれば、すぐに真っ赤な顔で茹でっていた。

「肩まで浸かって、100数えろよ」
「やだー……もう出る!」

 ルークにはこの湯船、熱かったらしい。ざばりと上がれば体中を真っ赤にしている。元気良く出て水気も切らず、ばたばたと逃げるように出て行く。ユーリはその際盛大に湯の波を引っ被り、顔の滴を手で払った。

「なー着替えはー?」
「……適当にその辺の白いの着てろ」

 一応ルーク用に、テッドの寝間着を借りてきている。下着だの細かいのはまた今度だ、子供だからいいだろう。扉の向こうからどすんばたんと、着替えているとは思えない音が響いてくる。ユーリは嫌な予感がして見に行けば、嵐が通って行った跡のように散々たる状態だった。脱衣場の床はびしょ濡れ籠はひっくり返ったまま、泥棒でも出たのかという騒ぎ。髪も体も拭かずに出て行ったのか、バスタオルの棚は開かれていない。ルークの足あとそのままが、水の足あとを点々と残して脱衣所を出て行っている。おまけに外への扉が開きっぱなしで、寒い。
 あんにゃろう、イラッとしながらユーリは床を拭き、すっかり冷めてしまったので着替えようとすると置いていた服が無い。床を見れば、証拠である水たまりが真下に。どうやらユーリの上着を着ていったらしい、何故に。

「あいつ、金持ちのお坊ちゃんだよな? お子様ギャングか何かかよ……」

 下町の子供でも、ここまで唯我独尊ではないぞ。むしろ後始末を自分がしなければならないと分かっているので、行儀良いくらいなのに。子供だから許される範囲というものを、ルークはぶっちぎりで超えている気がするのだが……。

 水滴の跡はぽたぽたと、ユーリの部屋にまで途切れる事なく続いている。ルークの髪にたっぷり含んだ水のせいだろう、せめてタオルを使うくらい知っていて欲しかった。部屋に戻ればやっぱりと言うか当然、びっしょ濡れのままルークはベッドに沈んでいる。床のラピードを見れば、濡れた顔でうんざりそうに。タオル代わりにされたのか……同情するがこちらにも同情してもらいたい、踏んで行った床の布団、ベッドも纏めてびしょ濡れの大惨事だ。ユーリは思わず両手で顔を覆う、何もかも見なかった事にしたい。

「……お前、もうねほんと……」

 くるりと振り返るルークはユーリの黒い上着をくちゃくちゃに、適当に着て髪から水滴をまき散らしている。やっぱり熱かったのだろう、まだ顔を赤くほかほかと湯気が出ており、幼い表情で何ら疑問も持たず一言。

「なーユーリ、ベッド濡れちまったからシーツ替えてくれよ」
「…………っ」

 ギリギリ、本当に喉を通り過ぎて出掛かった叫びを必死で堪えて制御した。なんて優しいんだオレは世界樹だろうか、そう自分で自分を褒めたとしてもいいだろう、そんな事をユーリは思う。




 そんな昨夜を思い出しただけで、ユーリは頭痛がする。あの後結局ベッドシーツと毛布を替え、ルークを拭きベッドに寝っ転がし自分は隣部屋で寝たのだ。もうたった一日で面倒臭い、子供の世話とはこんなに手間がかかるものだっただろうか? テッドやカロルは全くなんて良い子なんだろうか、と比べて感動してしまいそうだ。

 取り敢えず逃げていても現実は変わらない、ユーリは目の前の、頭が爆発しているルークを直視する。どう考えても昨日のシャンプーが合わなかったのだろう、一般品は肌に合わないと体を張って文句を言うとは流石貴族。本人のルークは櫛に絡まり引っ張られるのを嫌がり、即効でラピードの背中に逃げている。見た目を整えるより痛い方が嫌だと言う所は、まあ子供だ。
 この姿のまま下に降りれば、絶対に女将さんは良い顔をしないだろう。監督責任……いや保護者責任としてユーリに注意が行くのは火を見るよりも明らかなので、なんとしてもあの髪を大人しくさせなくてはならない。捕まえようとじりじり迫るが、ルークは全身で嫌がりふしゃー! と逆立てている。
 一日の始まりから無駄に疲れる、これに加えてまだ服を着替えさせなければならない問題も残っているのだからしんどい。ぱっぱ、とやるぞぱっぱ、と
! そう自分を決起させユーリは額に血管が浮くのを我慢して、ばたばた暴れる子猫の首根っこをひっ捕まえた。




***

 昼の少し前、カロル達と店で合流する頃にはユーリはぐったりと背中を曲げ疲れきっている。靴を履いたルークは自分の足で歩くと思いきや、ユーリに肩車されておりにこにこごきげんの笑顔を振りまいて眩しい。肩の上でも大人しくしていないので、足をじたばたさせ服に靴跡を残してくれている。おまけに手綱のつもりなのか、紫黒の長髪をぴんと引っ張る始末。昨日一日乗り物に徹していたラピードの苦労に、ユーリは今更ながら感謝した。

「ユーリ、一晩で老けこんだね……」
「子持ちの苦労を満喫しているみたいよ」

 カロルとジュディスが、労を労っているのか高みの見物をしているのかよく分からない感想。ルークは降りるー! と言ってじたばたし始める。

「だから髪引っ張るなって言ってんだろうが……はいはい、おらよっと」

 重くない体をちょこんと降ろし、地面に着ければ感謝もなくあっという間に走りだす。カロルの元に駆けて一人落ち着きなく騒いでいる。

「カロル! 俺の正式加入って何時?」
「ちゃんと修行を積んでからだよ!」
「面倒くせーからすぐやってくれよー」
「駄目だって、ものには順序があるんだから」

 昨日からどうも、ルークはギルド加入の交渉をカロルにしているようだ。カロルの歳を考えれば子供だからと言って断るのも変ではあるが、ルークでは些か歳以上に適正が届いていない気もしている。きっと加入すればとんでもないトラブルメーカーにしかなるまい、遊び場は公園でお願いしたいものだ。
 朝から疲れてヘロヘロのユーリは、席に着いてぐったりとする。すると向かいのジュディスがくすくすと、レイヴンに至っては遠慮なんてゼロで笑っていた。こんにゃろう共め……考えればギルドで受けた仕事が発端なのだから、ユーリ一人が世話をしなくてもいいはずだ。どうして自分が全般を受け持つ事が何時の間に決定しているのか、図られた気分である。

 ジュディスが、ちらりとルークの姿を見てユーリに視線を戻す。子供二人はまたも何か会議を開き、テーブルを少し離れてこそこそしていた。それをまた店内の人間が生温い、悪人が子猫を見て顔を蕩けさせるような温度で見守っている。けれどやっぱり、一部では煙たがる声も。その中で言いたげな矢がユーリに刺さっている事は、分かっているので無視していた。だがジュディスはそれを丸ごと見通し、あっさりと口にする。

「ねえ、あの子の服、あれでいいの?」
「すっごい違和感だねぇ、王様がボロを着てるみたいで、オーラが隠しきれてないよ」
「中身が王様ならいいじゃねえか……。オレはもう、今朝あいつの髪を纏めるので十分疲れたんだよ……」
「あら、そうなの? 寝癖?」
「洗剤が合わなかったみたいでな……頭が爆発してたわ。それを撫で付けて整えるのに一悶着で、着替えにまた大騒ぎだ。あいつ着替えも一人でやった事なくってなぁ……」
「典型的な……そこまでいくと貴族って言うよりも王族じゃないのかね。あの服はどうしたん、昨日の服でいいんじゃないの」
「あれはあいつに似合い過ぎて、ボンボンですって言ってるようなもんだろ。また騎士連中に追い掛け回されちゃたまんねーから、テッドの借りたんだが……」
「やっぱり育ちから出るオーラって、正直なのね。服が悪い訳じゃないんだろうけれど、……すごく似合わなく見えるわ」

 ジュディスの言葉通り、テッドの服を着たルークは見る者に大変な違和感を抱かせていた。服自体はごく普通で悪い物ではない、昨日の靴の時点で嫌な予感はしていたが、まさかこれ程までに似合っていないとは。大人しくしていればルークの容姿は賢そうで可愛らしい、手と口を動かせば一瞬にして裏切られるが。それでも外から見る分には、育ちの良さそうな子供が着る事により余計にボロく見え、それを無理に着せられているような感想を思わせる。
 昨日同様、この店に来るまで街中でユーリはそんな視線を思い切り受けて来た。別の悪意というかなんというか、道徳的に怒りを含んだ視線。

「あいつ本人は締め付けなきゃ後はどうでもいいらしくって、全く気にせず着るからよ……。余計にオレが悪いみたいに見えるらしいんだわ」
「あー、育児放棄みたいな? それとも自分にだけ金をかけて子供にはケチる親って感じ? 格差ありすぎてやっぱり誘拐犯?」
「それはまた、視線が痛そうね」
「ここに来る道のりの間、めちゃくちゃ声掛けられたぞ……。もうちょっと良い物着せろってよ」

 ユーリはテーブルの上に、道すがら押し付けられた小銭や服をばらばらと置く。下町の皆だけでなく、商店街を通るせいで一般や店の人間達の同情を買ってしまったらしく結構な量。断っても強引に渡してくるので、ルークを肩車して両手を塞ぎながらここへ来たのだ。それでもラピードの背中に乗せたり懐にねじ込んだりと、オレ達は見世物か何かか? と疑うくらいに。
 意図せず乞食のような事をしてしまい、心身共にユーリはがっくりと項垂れる。そして半分自棄になってきた勢いに乗せて、ドンとテーブルを叩き決意した。

「金だ、金を稼ぐぞおい!」
「やっぱり子供ができると親の自覚が出るものなのね、ユーリに労働意欲が湧くなんて」
「あっはっはっは! コブ付きじゃおねーちゃんも寄ってこないよ青年!」
「おっさんはいいからさっさとルークの身元調べてこいってんだ!」
「まーまー、今調べてる最中だから!」


 珍しいユーリのやる気に始まり、カロルは今日の予定を言う。依頼は基本的にカロルの判断で受け、メンバーがそれに従うというものなのだが……。ちらりとブレイブヴェスペリア準メンバーを見て、口を濁す。

「今日は採取依頼なんだけど……ルークはどうするの? 外だから危ないよ?」

 暗にどこかへ預けないのか、そうカロルは言っているのである。ユーリも最初それを考えたのだが、何も知らない、出来無さそうなルークを一体どこへ預けたものか悩んでいるのだ。最初下宿先の店で預かってもらおうかと思っていたのだが、あそこは酒場でもあるし昨日からのルークの傍若無人ぶりを見て別の意味で危険かもしれないと考え直した。
 問題の張本人は全く気にもせず、元気良く手を上げてやる気満々らしい。

「俺も一緒に行くー!」
「流石に外は駄目だ、魔物も出るしオレらは武器振り回すんだぞ?」
「行ーくー!!」

 駄目だと言えばその分だけルークはぎゃん、と騒ぎじたばた暴れる。甲高い声は店中に響き渡り、ウエイトレスの笑顔が凄みを増していく。椅子の上で地団駄踏み始めたルークを持ち上げ、ユーリは自分の膝に座らせる。暴れる両手首を掴まえ、餅のようにぷくーと膨らんでいるほっぺたを潰した。

「それじゃ別々の依頼を受けて二手に別れるのはどうかしら? 街中の依頼ならいくらでもあるでしょう?」

 ルークの手慣れて拗ねている様子を見て、ジュディスがそう提案する。暫くの間、ルークがもう少し扱いやすくなるまでは傍に置いておきたい。安全という意味ではなく、滅茶苦茶やってしまわないかどうかを心配しているのである。

「……で、誰がこのお坊ちゃんの世話をするんだ?」

 二手に別れるのならば、街の依頼をする方がルーク担当だろう。依頼をこなしながら我儘お坊ちゃんのお世話、どう考えても負担の針は此方に傾いている。ユーリ以外の全員が、ラピードすらキセルを指し向けてきた。それに予想していたとはいえ、がっくりと抱えているルークごと潰れる。ぶぎゃ! とぶさいくな悲鳴が上がったが無視しておいた。






  


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