anti, World denied








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 陽が明けて朝、ユーリは宿場の下でレイヴンと朝食を摂っていた。昨夜の内に会えたは会えたが、あの依頼人はユーリが行った後すぐに消えてしまったらしい。レイヴンが追い駆けたが、見事に撒かれてしまったと。彼をけむにまくとは、結構な相手だったのか。
 そして襲われた事、ケースの中身であった子供の身元を調べてもらう事に。こういう事にレイヴンの所属ギルドは大変便利……ではなく有用であるので、回収したケースも纏めて渡す。レイヴンは子供の容姿と服の裏地を確かめ帰っていった。その時の表情はあまり晴れていなかったので、遠い土地の人間なのかもしれない。ユーリも顔の作りや肌の白さが貴族の子供だとしても、この地域では見たことが無いと思った。

 結局夜中の間、子供が目を覚ます事は無く。太陽と共に街も目覚め始めた頃、レイヴンがいつもの顔で現れた。言葉にはせず、顎を差し向ければ肩を竦められる。という事は、大した事は分からなかったのだろう。
 レイヴンから朝食がてらと、夜以外は食堂にもなる階下に。レイヴンは簡単にスープとパン、ユーリは飲み物だけを。両者指し示したように一口飲んでから、先に口を開いたのはユーリだった。

「そんで、身元は分かったか?」
「流石に一晩じゃ分からんって、もうちょっと待ってよ」
「って事はやっぱガルバンゾの人間じゃないのか」
「まあね、捜索願いには当たらなかったし。この国は無駄に広いし金さえ出せば勝手に守ってくれるから、体の良い中継点にしようとしてたんでしょ」
「いい迷惑だな、ったく」
「今回は防げたし、子供が無事だったからいーんじゃないの。こっちももうちょい網を広げとくわ」
「……そうだな、んじゃそっちの方は任せるぜ」
「ほいほい。そっちも引き出せる情報は宜しくぅ、最低限フルネームさえあればいいから」
「分かった、聞いとく」

 そう言ってレイヴンは食事をささっと済ませ、店を出た。昨夜から寝ていないだろう、悪い気もするが仕方がない。何せ今回は被害者が居るのだ、しかも子供。きっと親も心配している、出来れば早く帰してやりたい。アルトスクの力ならば国に任せるよりか、余程確実であるはず。勿論信頼できる人物……フレンに任せられるのならば問題無いのだが、彼は最近の星晶問題で忙しそうにしている。下町に顔を出す暇すら無いようで、最近めっきり見かけない。
 ルミナシアが大変だってのに、その上に住む人間は人間同士で、一体何やってんだかね。そんな事を空に浮かべ、ユーリは自室に戻った。

 ラピードを残しもしもの退路として開けっ放しにしていた部屋だが、ユーリが出る前と中の様子が変わっていた。部屋の隅のベッドにはシーツで出来た小さな山があったはずだが、今そのシーツはくちゃくちゃに纏められ追いやられている。あの子供が目覚め、ベッド傍で座り込んでいたラピードを興味深げにじっと見つめていた。
 知らない場所で起き、扉は開いているのに泣き出さず逃げ出しもしないとは中々肝が座った子供だ。もしかしたらたった今起きたのかもしれない、だとしてもあまり動じていないように見える。
 ユーリは部屋に足を踏み入れ、よう、と声をかけた。すると子供は途端にビクリと驚き、警戒心を露わにする。それでも恐怖や恐れらしきものは感じなくて、予想以上にしっかりと精神を保っているように見えた。
 開いた瞳は大きく、ぱっちりと綺麗なエメラルドの宝石。ふくふくとした柔らかそうな頬は眠っていた時と違い赤みが差し、一気に人間味を増している。朱色の髪は鮮やかに背中まで、切り揃えられていないのに奇妙に似合っていた。きゅっと閉じた口は真一文字に線を引かれ、意志の強さを気高さのように見立てている。この子供の為に誂えたような服は、それだけで一般市民との違いを表していて飾り立てていた。服の裾から覗く頼りない手足は白く細く、大体7・8歳辺りだろうか。
 瞳を閉じていた時は人形だと思ったが起きればそれ以上に、まさに名のある人形師が金を惜しまずかけて作り上げた最高傑作のようだった。賢さと愛らしさ、そして子供特有の神秘さを壊さず、完璧に詰め込んでいる。成る程これは誘拐されそうな、身代金だけでなくとも引く手数多そうなお坊ちゃんで。とユーリは感心した。

 子供は警戒心いっぱいに毛布を掴み、壁側に身を寄せる。そしてラピードとユーリを交互に見つめ、眉をきゅっと曲げた。どうしようか迷っているのか、そう表情から推し量る。ユーリは少し待つが、子供の口からはここはどこだ、や助けて、と言う言葉は出てこない。
 ラピードは突然立ち上がり、すたすたとユーリの足元に懐く。普段そんな事は絶対しないのだが、様子を任せていると子供の表情が目に見えて困惑していく。どうやらラピードが懐いている姿を見せ、少しでも疑いを薄めようとしているのか。
 子供は戸惑っているが、まだ警戒は止めない。当然だろう状況に、ユーリは意識して優しい声を出す。カロル達に聞かれれば笑われそうな声色ではあるが、仕方がない。

「ええと、オレは誘拐犯じゃないぞ。むしろ助けた側だ」
「……」

 流石に、こんな言葉だけで安心しろだなんて言えないか。自分は誘拐され眠らされて、目が覚めれば見知らぬ場所で見知らぬ他人から、大丈夫だ。そんな言葉を信用する奴は、いくらなんでも危機感が無さ過ぎる。
 しかしどうやって信用してもらうか、そう考えていると子供がこほ、と小さな咳をした。見た目からして繊細そうなので、部屋の埃に反応したのか眠らされていたせいで喉が乾いたのか。ユーリは名前を聞く前に、階下から水を持ってくる事にした。

 水差しとコップを二つ、子供に見えるように両方へ水を注ぎ片方を渡す。受け取るには受け取ったが、握ったまま口を付けようとしない。普通のコップなのだが、子供の手で持つとやけに大きく感じられた。

「大丈夫だって、なんならこっち飲むか?」

 警戒している様子からコップに細工をしているんじゃないか、そう疑いの先読みをして提案するが子供は返事をしない。手の中の水をじっと見つめ、また小さな咳を。どうしたもんかね、考えればそう言えばまだ名乗っていない事を思い出す。

「オレはユーリ・ローウェルだ、こっちは相棒のラピード。オレはこの国のギルドに所属してるんだが、その依頼で偶然、お前を見つけて保護したんだよ」
「……」
「攫った方は今仲間が調べてるし、身元を言ってくれれば送り届ける。オレが信用出来ないってんなら、その足で騎士団に駆け込んでもいいぜ。お坊ちゃんなら間違いなく丁重に保護されるだろうからな」

 そう粗方、子供を見つけた経緯とこれからを説明するが反応は薄い。喜びもしない、という所にユーリは眉を潜める。ここまでくるともしや、声が出ないのかと思い至った。生まれつきか、もしかして誘拐された時の薬で? そうなるとますます厄介だし許しがたいと考えていると、小さく高い声がボソリと響いた。

「俺に出す飲み物が、ただの水かよ」
「……は?」
「ジュースとかなんか、他にあるだろ」

 子供は半目で、それでも元が大きいのであまり変わっていなかったが。はぁー、と不満そうな、いや呆れを含ませた溜息を吐く。その姿がどこか堂に入っており、嫌味ではない倦怠感。子供だから許される傲慢さ、のような。簡単に言うと偉そうに。
 ユーリは自分のコップを見て、まあ確かに子供にただの水は味気無いかもしれない、そう思った。この子供は被害者で、恐ろしい目にあったのだから優しくしてやらねば。自分をそう納得させ、階下に降りてブドウジュースを持ってくる。きっちり料金は取られたが、仕方がない。
 コップに波々と、赤紫色が揺れている。ほれ、と手渡すが子供の顔は別段輝きもせずこんな事を言う。

「色、薄っ。……水で薄めたのかこれ?」
「ワインじゃねーんだから、ジュースの色なんか薄くてもいいんだよ」
「安物かよ、不味そう」

 鼻を近付けくんと匂いを嗅ぎ、自分から要求したくせに顔を顰めている。ユーリは瞬間イラッとしたが、落ち着け相手は子供だと平常心を呼んだ。子供、子供、他所の国のお坊ちゃまなんだろう。呪文の様に数回唱える。

「やっぱ薄い」

 子供はちろり、と舌で触れてからそう言った。はー、と嫌々ながら仕方無さそうに、出されたから飲んでやろうかという顔で少しずつ飲みだした。
 その間ユーリはぽりぽりと頭を掻き、これはレイヴンに一刻も早く身元を調べてもらおうと考える。子供だからまだ何とか耐えられるが、これが大人ならユーリはさっさと追い出したいタイプだ。というか、金持ちそうだからいっそ騎士団に預けようか。あそこならば子供だって信用するだろうし、確実だ。人身売買の犯罪ならば国だって放っておかない、むしろ自分からしゃしゃり出てくるだろう。
 一般人ならばともかく、ユーリは子供と言えど金持ち人種の相手を出来る気がしなかった。それは最近よくよく相手していた他国からの金持ち達で十分証明されている、言ってしまえば食傷気味。子供に罪は無いが、得手不得手なのでしょうがない。

 フレンに何とか連絡をつけるか、そう考えてユーリが子供を見ればある事に気付く。まだブドウジュースをちびちびと飲んでいるのだが、その水面がゆらゆら揺れていた。よく見れば手からの振動で落ち着きなく、微かに震えている。それを隠すように、小さな手で一生懸命コップを握り締めていた。
 子供は泣き出しそうな雰囲気も無く、むしろ気丈な振る舞い。そこでやっとユーリは、子供ながらに虚勢を張っているのだと気付いた。見知らぬ土地で見知らぬ他人を前にしてか弱い存在だと主張せず、強気に見せて弱味を晒さない事を選んだと。子供の割にやるもんだ、そうユーリは評価する。

 やはり喉が乾いていたのか、文句を言ったわりに全て飲み干しぷは、と子供は一息吐いた。コップを受け取ろうと近付くが、警戒心たっぷりの瞳で睨み付けてくる。誘拐犯、と思っている相手に強気な子供だ。良い意味で子供らしくない、そう思う。
 さてフレンに連絡を取るにしても、まずはこの子供に信用を得て話を聞かねばならない。この様子では簡単に教えてくれそうにないだろう、ならば自分で動いてもらうしかないか。ユーリは歩き窓を大きく開け放ち、振り向いて子供に手招きした。

「ほら、こっから外見てみろよ。自分がどこに居るのか確認しろ」

 子供は少し迷っているが、外、という言葉に強く反応した。小さな裸足でちょん、とベッドから下りてゆっくり窓へ歩く。ユーリの位置を常に視界に入れ、出来るだけ離れながらもそっと窓から外の景色を覗きこんだ。
 ここの前は特に何かがあるわけじゃない、張り巡らせた水道供給用の川が見えるくらい。下町は文字通りガルバンゾの一番下、城からは遠く見上げても空に突き刺す三角屋根が薄っすら見える程度。それすらも曇りの日はよく見えない、お世辞にも美しい景色だとは言えないだろう。けれど子供の口から上がったのは、意外な事に感嘆だった。

「……わぁ」

 瞼をいっぱいに開き、翡翠がきらきら輝いて周囲を見回している。珍しそうに興味を示しているその様子は、先ほどまでの強気なメッキを忘れていた。別段手入れされた草花も景色も無いと思うのだが、生活環境の違いで珍しがっているのかもしれない。
 貴族街や城からならば、国を一望出来る場所がちらほらとある。それならばともかく何ら特筆する事も無い下町の外を、こんな風に眩しい瞳で見られてどこか気恥ずかしい。やはり金持ちの箱入りで、外に出たことすらないのかもと考えた。

「ここ、ガルバンゾの下町だ。地図の右っかわ大陸の、ど真ん中にある……って場所分かるか?」
「馬鹿にすんな、それくらい分かる」
「そーかい。んで、国の騎士団にも知り合いが居てな。そいつを通じて、お前の保護を頼むつもりなんだがよ。自分の国、分かるか? 分からなかったらフルネームだけでも言えば調べるぜ」
「……」

 すると子供は何故か黙りこみ、足をぷらぷら揺らし始める。疑っているのか、そう考えたがあまりそんな雰囲気は感じられない。今は外に夢中になり、気がそぞろになっている、そんな様子だった。しかし自分の家に帰れるのだから、外を見るよりも食いつくはずなのに。
 ユーリはもういっそ、フレンに直接聞いてもらおうかと考える。彼はあの容姿と雰囲気だけで人を信用させる事が出来てしまう人物だ、勿論人格もそれに答えているので、下手に自分が手をこまねくよりも良いだろう。

「それで、お坊ちゃんの名前は」
「…………ルーク」

 尋ねても、子供はそれしか言わなかった。いくら子供でも自分の名前、フルネームくらい言えるはず。なのにルークはたっぷり考えた後、外を見たままそうぽつりと言う。

「家名は? それか国の名前でもいーけど」
「……」

 何故かだんまり、だ。ルークはユーリへの警戒すら無視して、薄っすら曇っている城を見ようと頑張っている。ぴょんぴょん、とジャンプをしても窓の位置が高いので身を乗り出す事が出来ない。それに頬を膨らませながらも、なんとかなるまいかと腕に力を込めて桟に登ろうとしている。
 なんだか第一印象を大きく覆すばかりのこの子供。見た目は麗しく可愛げに、黙っていればきっと誰からも愛されるだろう。けれど喋り動き出せば、案外汚い言葉使いで大人しくしていない。……まあ、それも含めて子供っぽい、とも言ってしまえるような気もした。

 ユーリはフレンの空き時間を考えて、そんなもの無さそうなのでいっそ突撃してしまうかと考える。その前に一度カロル達に会い、あの後の事を詳しく聞こう。一応ギルドの仕事を通じてルークを保護した訳であるし、首領の判断を事後承諾する訳にもいくまい。
 ユーリは剣を取り、部屋の扉まで歩く。最初から全開にしている扉を背に持たれ、ルークに言った。

「おいルーク、取り敢えず朝飯だ」
「……え?」
「朝なんだから、朝飯。まあお坊ちゃんのお口に合うかどうかは保証しかねる一般食だが……腹減ってりゃなんでも美味いだろ」

 するとタイミングよく、ぐうぅ……という音が部屋に響く。ルークは顔を真っ赤に染め、慌ててお腹を押さえる。キッと恥ずかしそうに睨みつけるが、ユーリは遠慮無く笑った。喉が乾いていたのだから、腹だって空いていて当然だ。そんな事くらい、子供が恥じても誰も笑いはしないのに。ユーリはつい笑ってしまったが、それが逆に気を抜かせる。
 ちょいちょい、と手を振り呼ぶ。しかしルークは中々窓から離れようとしない。まだユーリを疑っているのか、それとも恥ずかしくなって意固地になってしまったか。じっと待っているとルークは俯き、足元をもじもじさせ拗ねた声で言う。

「……裸足で外、歩けねぇよ」

 成る程、それは迂闊だった。ルークの足は服装としては不自然に裸足で、靴も靴下すら履いていなかった。誘拐された状況というのが気になるが、もしかしたら脱がされたのかもしれない。それはそれで、嫌な趣味を思わせるのであまり考えたくないが。
 しかしそうなると、子供用の靴が要る。だが当然ユーリの所持品にそんな物は無い。階下でテッドの靴でも借りるしかないが、サイズは合うだろうか。サイズが大きくても一時的に詰め物をすればいいが、小さいと履かせるのは無理だ。どうせならばそれも合わせて下りて来てもらえばいいか。
 そう考えてユーリはラピードを呼ぶ。意図を察して、嫌そうに鳴くが少しの間だけ我慢してもらうしかない。ルークの目の前で座り、ラピードはわふ、と小さく吠えた。それを不思議そうに、ルークはラピードとユーリを交互に見返す。

「朝飯ついでに靴も聞いてみるから、取り敢えずラピードの背中に乗れ」
「こいつ、大丈夫なのか? 潰れない?」
「ラピードは強いから大丈夫だ」

 そう言えばルークの顔は面白そうに輝き、口元がわーっと大きく開く。まるで悪戯小僧、みたいな表情にユーリは笑ってしまいそうになるが、ラピードの為に我慢した。
 ルークは躊躇いなく青い毛皮にしがみつき、顔をぐりぐり押し付けて毛並みを楽しんでいる。足元では地味に尻尾を踏まれており、ラピードは唸り声も我慢して耐えていた。面白いので見ていたいが、このままではラピードに恨まれそうなのでユーリは急かす。ほら早くしろ、そう言えばルークは斜めの背中へがばりと抱き付き、ベルトを手綱代わりに掴んだ。
 ラピードはすっと立ち上がるが、重いのか慎重にか分からない程度にゆっくり歩く。それに喜んだルークは足をばたばたさせ、浮かれた様子ではしゃいでいる。

「おー、すげー!」
「こら、腹を蹴ってやるな。大人しくしてろ」

 そう注意すれば案外素直に聞き入れ、ルークはお行儀良く足を腹に着ける。けれどすぐに上から覗きこんだり、耳を触ろうとするので早い所ラピードの為にも下に行くことにしよう。階段をゆっくり気を付けながら下り、店に入る。
 店内の様子は先程と特に変わらずぱらぱらと人が居て、この辺りでは見かけない子供を乗せたラピードの登場で逆にこっちが注目を集める事になった。カウンターに座れば当然、女将さんがすぐに声をかけてくる。

「可愛い坊っちゃんじゃないか、どうしたんだい? 見かけない顔だけど」
「迷子を保護したんだよ、フレン所行く前に腹ごしらえだ。オレとこいつに朝飯頼むわ。あとさ、こいつ靴どっかやっちまってよ。テッドので余ってるのってあるか?」
「昔のならあるけど……この子には小さいと思うよ」
「そっか、じゃあいいわどっかで適当に見繕うから」

 とことこやって来たラピードの背中でごきげんなルークを抱え上げ、カウンター席にちょこんと乗せた。勝手に下ろされた事が不満なのか、ルークはまた柔らかそうなほっぺたを膨らませているが、やはり腹は空いていたらしく大人しく待っている。お行儀良さそうに、膝小僧を揃えて両手をきちんと置いた。それでもキョロキョロと辺りを眺めるのは止めていないが、その様子が可愛くて周囲から話題を奪っている。

 あまり待たずにお待ちどうさん、そう言って食事が出てきた。お子様ランチでも出てくるかと思ったが、思ったよりも普通な物が出てくる。ユーリの皿にはオムレツとサラダにクロワッサンのハムサンド、スープも。ラピードには犬ごはんが出てきて床に置く。ルークにはふわふわのスクランブルエッグとヨーグルト、小さめサイズのアボカドサンドには楊枝で旗が立っているおまけ付き。それにユーリは苦笑し、スプーンを渡してほれ食えと促した。
 皿を目の前に、ルークの眉は困ったように捩れている。どうしようか迷っている様子は遠慮とはまた別の雰囲気があって、まさかメニューがつまらないなんて言うんじゃないだろうなと待つ。ルークの顔はメニューとユーリ、それからにこにこ顔の女将さんを見た後、最後に朝食に戻ってくる。
 ようやく決めたのかスプーンを握り締め、そっと臆病な動作でぷるぷるのスクランブルエッグを掬う。自分の口元まで持ってきて、またも眉を曲げつつ女将さんをちらり上目使い。意を決したのか、ぱくりと口に入れた。もぐもぐと小さく動かし、ごくりと飲み込む。そしてふぅと息を吐き、ほっとしたようにぽそりと言った。

「……普通」

 それを聞いた女将さんは爆笑し、ユーリはビシリと脳天に軽いチョップを見舞う。

「いてぇ、何すんだ!」
「よく噛んで食えよ、お坊ちゃん」

 不満そうな顔のわりに、ルークはゆっくりとだが全て食べて綺麗に器を空にした。食事作法で育ちが分かる、と言うがその点ルークは疑う余地のないほど綺麗で落ち着いている。口を開けば生意気な言葉が飛び出すが、食べながら喋る事はしない。
 最後にきちんとご馳走様でした、まで言うのでデザートまで出てきた。ルークに合わせたのかプリンを器に開け生クリームまで飾っていて、ユーリはそれを恨めしそうに見る。ヨーグルトだって食べたのに、羨ましいと大人げなく。

 食事も終わり再度ルークをラピードの背中に乗せ、ユーリは外に出た。落とさないように遅めの速度で歩くので、道行く人間が皆振り向きて見ていく。下町から上がって商店街の方へ行けば、その視線達は好奇と不審な色合いが同時にやって来た。
 道行く人間は皆ルークを見て顔を和ませ、隣のユーリを見つけては眉を顰めてひそひそ話をする。まあ、あんまりにも見た目が不釣り合いと言うのは自分でも分かっている所だ、しかし指は指さないでもらいたい。この調子で行くと騎士達に見つかれば言い訳も許されず誘拐犯としてとっ捕まりそうなので、ユーリは靴を後回しにして目的の店へ向かった。






  


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