SOSロマンス








3

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 あの後の事を深くは語るまい、とりあえずまだ命はある。ユーリは割合本気で命の危険を感じて、なんとかあの場を逃げた。自分の立場を説明する前に逃亡なんて、ガルバンゾでエステルの依頼を受けて国を出たらいつの間にか王女誘拐の指名手配になっていた時と同じくらいの愚策、というかそのまま。
 ガイの怒りをルーク……いや、ジェイドが……収めてくれそうにない、どう考えても。だからユーリは自ら動いて己の潔白を証明しなければならないのだ。
 ガルバンゾでの指名手配も問題だが、こちらの方はより身近と言うかもっと深刻で厄介な問題である。何せあのルーク王子様の、愛人。笑いすぎてヘソで茶が沸く。こんな話はどう考えても馬鹿な話で、一体誰が信じると言うのか。噂好きなバンエルティア号の少年少女はともかく、少なくともガルバンゾからのギルド仲間達は鼻で笑ってくれるはず。ユーリはそう信じた、ら裏切られた。

「あんた、エステルとルークの二股かけてるんですって!? さいってー馬鹿じゃないの見損なったわ!!」
「ま青年の人生だからね、どう生きようが良いとは思うんだけどね。でも二人揃って王家狙うとか、ちょっと玉の輿狙い過ぎてあからさまじゃない? もちょっと上手くやんなよ〜」
「貴方って前から表情を出さない方だと思っていたのだけれど……。思っていた以上に熱烈なのね、一生を添い遂げて同じお墓に入るんですって?」
「ユーリ、切腹してくれ。僕が親友として介錯するよ、さあ。……逃げるのかい、エステリーゼ様とルーク様のお心を弄んでおいて、逃げるというのかい!?」
「ユーリ、ルークと結婚してナタリアの愛人になるって聞きました、本当なんです?」


「仲間って何だっ!!!!」

 ユーリは廊下で頭を抱えて叫んだ。馬鹿なのか、自分の周りには馬鹿しかいなかったのか驚愕の事実だ今更に!! ガルバンゾに置いてきたラピードが途端に恋しくなる、相棒ならばきっと信じてくれるはずだ!

 一日、いや一晩経っただけだと言うのに、あのお茶会の出来事は船内全てにまわり回っており、すれ違う全員に何かしらのリアクションを貰った。消耗品の補充にショップへ行けば、あのラッコ達にすらルークさんと結婚するんだキュ? とつぶらな瞳で聞かれたのだ。その時ユーリは自分の足元が二番底、いや三番四番底の奈落まで落ちた。

 あんな馬鹿みたいな話を訂正せず広め、広まってしまうこのギルドが果てしなく嫌だ。気の良い人間が多い分、悪乗りにも乗ってしまう人間が多い。どうせ皆面白半分、話題のネタとして言っているのだろう。内容の衝撃度は抜群なのだ、スナック感覚なお茶請けに丁度いい馬鹿話。
 と、いう感じで分かってもらっていなければ、ユーリは今すぐこの船を降りて国に帰りたくなる。いやガルバンゾはまずいのだが、でもとりあえず自分の心の為に地元に帰りたかった。まさかこの歳でホームシックになるとは、……これはホームシックと言っていいのか微妙だが。

「お、色男〜」

 非常に面白がるような声、何時もは特に何も思わないが今日この時点で聞くと大変癇に障る。ゼロスがニヤニヤと、指差して笑っていた。

「……うるっせえよ色男」
「大人気だね、もうあんたの話で船内中持ち切りよ」
「ここの奴ら暇すぎだろ、今そんな事よりもラザリスに全力を尽くす時なはずだ」
「うっわ、おたくが言うとびっくりする程説得力ないねぇ」

 自分でもそう思ったが、ゼロスに同調するのは気に入らないので黙っておいた。朝から昼過ぎの今まででユーリの精神は十二分に擦り切れている、その心労を分かっている様子のゼロスはそれでも立ち位置を変えないようだ。

「人の噂も75日、精々明るい笑い話を船内に届けてくれよ」
「75日も耐えられるか! っていうかよ、あんたも面白がってんじゃねーっての」
「まあまあ、暗〜い話よりもラヴ! な方がいいじゃんよ」
「ヴ! って言うな、気持ち悪い」
「苛々するなよ、大人だろ? こういう質の話もスマートに付き合ってやればいいんじゃないの」
「大人だから我慢しないんだよ、何が原因なのかはっきり分かってるんだから余計な」
「んじゃ本命が別に居るのか?」
「だから、そういう話じゃねーだろうが」

 ゼロスとの会話はわざとらしく、普段の冷静さを置いてきてしまいそうになる。何を言いたいのか、この手の人間特有のまわり回った話し方は、今日でなければ付き合ってやってもいいのだが。
 ユーリは苛々する腹を無理矢理蓋して、無視する事に決めた。最初が強烈な話ならば、薄まるのもきっと早いはず。75日も待つのは御免だが、数週間で皆飽きるだろう。

「あ、まさか……俺様の尻を狙ってるってんじゃないだろうな!?」
「漸毅狼影陣ッ!!」




 今のゼロスとのやり取りで、ユーリは数週間でも待つのを止めた。今すぐ、一秒でも早くルークに話の訂正をしてもらう。少なくとも今晩までにはフレンに伝えてもらわなければ、部屋に戻った瞬間切腹ショーだ。フレンは現在、骨をも断ち切る剣を吟味しに街へ降りている。

 ライマ部屋前、ルークの部屋の扉を多少乱暴にノックする。ゲシゲシ、と蹴っても反応が無い、ユーリは迷いなく部屋を開けたが無人。逃げたか、と思ったがルークの方でも質問攻めにあっているのかもしれない。そもそも話を作った本人なのだから、当然だろうけれど。
 自分の失敗で自分に迷惑がかかるならばともかく、こんな種類の迷惑と失敗は冗談じゃない。ルークも何かしたいのならば、自分の力だけでやってくれと言いたかった。

 アンジュにルークの行方を聞くか、そう考えて部屋を出ると丁度、隣の部屋からアッシュが出てくる。あ、とお互い顔を見合わせ、奇妙に沈黙の空間が流れた。
 双子の弟で、国ではルークの影を務めているらしい。ナタリアからの言葉はそれはもう、恋する乙女よろしく褒め称える言葉ばかり。傍から聞いていると、ちょっとばかり完璧超人すぎて近寄りがたい。本人をある程度知っている分余計に、ナタリアのフィルターを垣間見る。
 ユーリは瞬間、アッシュに同情した。あの兄に、ナタリア。ものすごく苦労しそうなポジションだ、眉間に皺だってそりゃこれだけ深くなるだろう。
 アッシュは今回の話を聞いているのか、心底からの溜息を吐いてユーリに詫びた。なんだかその態度が、長年こなしてきた深みを感じさせる。

「……すまんな、あの馬鹿が」
「……あんたも苦労してんだな」
「あいつの考えそうな事は分かっている、この話はこっちで始末しておく」
「そりゃ助かる、特にフレンにはきちんと言っておいてくれ」
「フレン。……そうだな、分かった」

 アッシュは少し思案した後、すたすたと去っていく。通じ合い過ぎて、逆に怖い。だが思ったよりも早く片付きそうで、心強い味方が居て良かったと心底思った。

 誰も居ない廊下、ユーリはふと考える。ルークは結局、何がしたかったのか。解決を任せられる人間が居る事を知って、ようやく落ち着けた心に当然の疑問が浮かぶ。
 だってユーリにしろルークにしろ、二人の仲は特別良い関係ではない。もちろん喧嘩が成立する程悪くも無いが、あんな話の相方にするには違和感しか覚えないだろうに。
 アッシュは心当たりがあるらしい、それが少し気になる。これだけ心労をかけられたのだから、その内容事情を聞く権利はあるはずだ。
 あのお茶会現場、言うだけ言ってルークの態度はしょぼくれていた。何かに失敗した、と体全体で表現していたのでよく覚えている。その失敗パターンがユーリへの不名誉な噂ならば、一体成功パターンとはどうなっていたのか。知りたいような知りたくないような。
 ユーリはやっぱり、ルークに会おうと決めて足を動かした。


 ルークに会ったのは、結局甲板の上。ティアとアニスを連れて出かけているらしい、と聞いて待っていればそれ程時間も経たずに帰って来た。
 ルークは何か手にコップを持ち、両側に女子二人をはべらせている。何やってんだあいつは、とユーリの眉は自然に歪む。コップには液体が入っているらしく、零さないようにゆっくり歩いているので大層遅い、すっトロイ。
 のろのろと甲板まで上がってきた前方を塞げば、ルークは影でようやく気付く。顔を上げて、ああ、と薄い反応。ユーリはそれに、少しぴきりとくる。こちらと朝から多大なる精神的攻撃に曝され続けていたと言うのに、話の発生源である本人は女をはべらせて安全な外へ買い物とは随分優雅なようで。
 自分が些か攻撃的思考になっているのを承知で、ユーリは低い声をかけた。

「お坊ちゃん、朝からどこ行ってやがった」
「ん、ああちょっとな。何、なんか用」

 なんだこいつこの野郎。ユーリは特大にイラッとしたが、一応ティアとアニスが居るので我慢した。彼女達はユーリの登場に、じろじろと無遠慮に視線を刺す。

「人の性癖に文句をつけるつもりはないけれど、不誠実なのはどうかと思うわ。……ルークで遊んでいるのなら、いますぐ止めてちょうだい」
「ねーユーリ! どうやってルーク様の愛人になったの!? アニスちゃんでも全っ然してくれないのにぃ〜!」

 駄目だこの二人、乗っているのか真剣なのか判断が付かない。ユーリはちょっとばかり話があるから、ルークを借りると言ってその場を連れ出す。手の中のコップがゆらゆらと揺れて、ルークは抗議の声を上げたが無視した。


 昨日の惨劇の舞台である展望室、ガイが破壊した跡が生々しく残っておりあれが夢で嘘でもなかった事をはっきりと告げている。ユーリは上がった瞬間振り返り、ルークに少々キツ目の声で問い質す。

「お前な、どういうつもりであんな事言ったんだ」
「あーもーお前が引っ張るから、中身半分になっちまっただろうが!」

 だがルークは手元のコップを気にしており、ユーリの言葉を無視して怒る。怒っているのはこちらだと言うのに、このお坊ちゃまは。ユーリはそのコップに視線を落として見れば、水らしき液体がちゃぷんと。ストローが入っているのだが、それは奇妙な形をしていた。コップの底でVの字に曲がり、上に伸びる途中でハートを描いてくるんと曲がっている。吸口は上に二つ、これは一体どこから水を吸うストローなのだろうか。

「なんだよ、これ」
「カップルストロー」
「……なんだよ、それ」
「なんか近くの池の水を汲んでカップルストローで飲めば永遠に魂が結合されるとかなんとか」
「それ呪いだろ」
「カップルの水だってよ、1杯600ガルド」
「高っ、お前馬鹿か!!」
「んだよ、わざわざ汲んで手ずから持って帰ってきたってのに!」
「水筒に入れればいいだろ!?」
「なんかこのコップに入れなきゃ効果が無いっていいやがるから!」
「ボッタクリの大嘘だろ分かれよ! ……それで、お坊ちゃんはそれをどうしたいんだ」
「ナタリアの前で、二人で飲もうと……あっ!」

 ユーリは瞬時に奪い取り、コップ半分の水を1秒もかけず全て飲んだ。ズゴーッと行儀悪く、水滴も残さず飲み切る。クネクネしたやたらと重いカップルストローの飲みくちをガジガジと歯で噛み、ペッと床に捨てた。

「あーっ! お前、俺が折角!」
「これ以上馬鹿な事にオレを巻き込むんじゃねえよ」
「……別に、巻き込んだ訳じゃなくって。ちょっとだけ顔貸してくれれば良かったんだ」
「あの話の、どこか顔だけだ! オレはガイに命取られそうになったしフレンに切腹を迫られてんだぞ!」
「だって、ナタリアがよぉ」

 ルークは唇を尖らせ、拗ねた表情で視線を逸らす。可愛くない、全然ちっとも可愛くない。ユーリははああああああ、と肺の空気を全て吐き、とりあえず気分を切り替える事にした。
 何かしたい事があると言うのならば、最初からきちんと言ってもらわなければ困る。せめて心の準備くらいさせてもらいたい、一応100ガルド分の恩義はちゃんと感じているのだから。

「お前、なんであんな事言ったんだ」
「…………その」

 気不味そうなルークの言葉は、言い淀んでいる。どうしようか迷っているのは見てとれたが、それはどういう意味で迷っているのかまでは分からない。ユーリを信用しておらず利用しておいて自分の中だけで計画を進めたいのか、単純に怒られるのを恐れているのか。
 外から見るルークは我儘だが、他人を利用する馬鹿ではない。そのくらいの信頼はユーリにもあるが、言い換えればその程度しか此方だって信用していないのだ。お互い利用し利用される間柄ですらないのに、今回のルークは違和感しか無い。
 そのルークがどうしてこんな事をしたのか、ユーリには興味が湧いた、と言う事にしておこう。正直言うと針が振り切れてハイになっているだけだが。

 ルークはぼそぼそと、目線を足元に落として言う。その態度がどうにも、悪い事をして不承不承に言い訳をする子供のように見えるのは何の錯覚だろうか。ユーリは眉間を揉んで首を振った。

「普通さ、婚約者居るのに男が好きだって言えば不潔最低屑変態! って言うもんじゃねーの?」
「それが普通かどうかは分からねーが、婚約者の男が男を好きって言って簡単に受け止めるのは無理だと思うぞ」
「だよなー」
「……で?」
「……うん、まあその、よ」

 たっぷりの沈黙を吸った後、ルークはふぅと溜息を吐いて諦めの表情を見せた後、言い難そうにぽつぽつと語り始めた。

「その……。ナタリアとの婚約を、解消したい」

 正直これは予想出来ていた。昨日のルークはあからさまであったし、何度も諦めずトライするさまは涙を誘う。その生贄が自分で無ければの話だったが。止めるのも良くないので、ユーリは無難に普通の反応をしておく。

「なんで、いい子じゃねーか結構抜けてるけど」
「婚約は俺とだけど、元々ナタリアとアッシュが恋仲なんだよ」
「ああ、まあ見た目思い切りそうだな……」

 前々からナタリアとルークは婚約者と言うよりも、姉弟と称した方が正しいんじゃないかという態度だった。喧嘩もするが仲はいい、優秀な姉がちょっと拗らせている弟を叱る、みたいな。
 対してアッシュにこそ、婚約者なのではという言動や期待感。船内で大っぴらに口にしている訳では無いが、見つめる視線の熱はただの幼馴染みで婚約者の弟、という肩書に収まっていない。
 心は違うのに婚約者が決められているのならば従う、と言うのもナタリアの性格を知っていると微妙に疑わしい。彼女は自分の気持ちをストレートに表現する方であるし、歪んだ関係性を纏うには外からでも似合わなく見える。
 しかし昨日の席でナタリアの言葉は、寛大と称していいのだろうか、あれは。真面目過ぎてすっ飛ばした典型に見えなくも、ない。ルーク渾身の告白をあっさり受け入れられてしまい、ユーリの評判を犠牲にした。穿った見方をするのならば、継承権第一位の妻という席にしがみついていると言えなくもないが……。

 だがルークの目的が婚約破棄と言うのならば、昨日の方法を取らなくとももっと手段があっただろうに。何をどうこんがらせて、よりにもよって男の恋人が居るから、なんて言い出したのか。
 そもそも恋人が居るからと言っても結婚していなければ無意味だと思うのだが。結婚までに他の関係を清算、だなんてよく聞く話だ。そこから愛憎沙汰に発展するのも、よく聞く話だが。

「弟の恋路の邪魔になってる自分が退こうって事か? ご立派な考えだけどよ、それ普通に婚約解消すればいい話じゃねーか」
「男から振るとナタリアの評判に傷が付くだろ? 特に俺みたいなちゃらんぽらんから振られるってさー、どんだけよって話になっちまう」
「自分でちゃらんぽらん言うなよ……」
「真面目で通ってるナタリアから振った方がいいんだよな」
「でもお前、王位後継者なんだろしかも第一位の。将来の王様が約束された相手ならどれだけ馬鹿でも離す方が馬鹿だって考える奴は多いと思うけど?」

 愛を取るか金を取るか、それは人によって様々だ。お綺麗事を言うならば人は愛によって満たされるが、愛だけでは腹が膨れないのも事実。特に一度高い地位に就いた人間は、転がり落ちるのを嫌がるだろう。
 だがそれにナタリアが当て嵌まるか、と言われれば首を捻る。船内で見る限り、彼女がそんな考え方をするとは到底思えない。
 他に何か理由があるらしい、ルークはぽりぽりと頭を掻き面倒臭そうに言った。

「それなんだけどー、そもそも国を継ぐ条件がナタリアとの結婚なんだよな、正確に言うと俺の継承権って3位だし」
「何? どういう事だ」
「1位が陛下の妹である俺の母上で、2位が陛下の娘であるナタリア。でもライマじゃ女は継承権無いから、俺が繰り上げ1位」

 継承権一位なのだから、当然ルーク達が現ライマ国王の息子だと思っていたのだが、どうやら違うようだ。国によって王族王子に対する名称の定義は変わってくるが、ライマでは王家血筋の人間ならば王子と呼んでいるようだ。そうなるとルーク達以外の王家血筋が居れば相続争いが激しそうだが、そんな話を聞いた事は無いので居ないのだろうか。
 ユーリはアドリビトムに来るまでガルバンゾを出た事が無かったので、他国のやり方にはどうもピンとこない。

 だがふと思いつく、今の説明で確かにルークは陛下の妹が自分の母親と言った。そうなると、ナタリアとはかなり近い血になるのではないだろうか。

「あれ、って事はおまえら従兄弟なのか」
「まあな。だから俺からするとナタリアって正直婚約者って言うより、口煩い姉上みたいなもんなんだよ」
「へえ、でもアッシュと恋仲なのか」
「あの二人、真面目馬鹿だからフィーリング合うんだよ……」
「ああ、成る程……」

 まったくもってしっくりきてしまった、成る程真面目馬鹿。ルークも方向性は違うが確実に真面目馬鹿なので、血筋恐るべしと言った所か。

「だからー、俺的立場で言うと1位だけどナタリアに振られても割りとダメージ少ないって言うか、イメージ的に問題無いわけ。むしろ俺が振っちまう方が、陛下の娘を軽んじてるって見られて家的にもアッシュ的にも問題なんだわ」
「はーん、そのまま言っちまえばいいだろ。お前らで結婚しろって」
「言ったっつーの、二人に!」
「マジでか、お前結構行動的だなおい……」
「けどさ、あの二人真面目馬鹿だから……。大人達の決め事を自分から拒否しないんだよなー。民が絡むと無茶するくせに、自分が我慢すればいいって問題だと黙りこむんだよ」
「そりゃ困ったちゃんだな」
「このままじゃ次ライマに帰ったら継承式と結婚式の計画が一気に進んじまう、早い所ナタリアには俺を振ってもらわなきゃ困るんだよ!」

 ルークは頭を抱えてぶんぶんと朱金を振り乱し、うがーっと唸る。どうやらこの計画自体は随分前から遂行されていたようで、行き詰まり停滞しているらしい。ユーリを巻き込んだ昨日は、実際かなりの最終段階だったのだろう。だがそんな重要な役目を勝手に任せないでもらいたい、おまけに何も知らされていなかった。
 そもそもルークの立てる作戦なんぞ、想像だがきっと人格のまま随分拙いのだろう。アッシュと口喧嘩している場面でも、よく言い負かされて無視されている。我慢や根回しが足りず、勢いで行動しているのかもしれない。会話での説得は理想的ではあるが、相手を鑑みなければ上手くいくはずもない。

 それでもルークなりに、きっと一生懸命やったのだろう事も想像が付いた。だってこんな、ユーリを前にして眉をハの字にしてしまうくらいには、弱音を見せている。
 ルークの性格で他人に弱い姿を見せるなんて、意地が保たれている間はきっとしない。だからこそ、ユーリはどうしたもんかと考えた。100ガルドの恩からではあるが、こんな表情を見てそうか頑張れよ、と突き放すのも可哀想な気がしている。

「……そこでなんで女連れて来ないんだよお前は。ティアとかアニスとか、いくらでもいただろ」
「馬鹿、並の女でナタリアに勝てるか! ユーリを紹介してもじゃあ愛人にって言っちまう奴だぞ!」
「……偏見が無いってのも、問題だな」
「ナタリアが反対しなけりゃアッシュも最終的には認めちまう、あ〜もうどうすりゃいいんだ!?」

 ナタリアに弱いのは双子共通のようだ、いやもしかしたらこれも血筋かもしれない。しかし本当に、何故婚約解消の生贄にユーリを選んだのか。アドリビトムの女性陣を選択しなかったという点においては、きっと別方向に惨劇が広がるだろう事が予想されるので正解と言えよう。
 まあルークの人脈は随分に狭いので、きっと目に止まった範囲なのだろう。そこで100ガルド分の一生の恩を宣言したユーリは、飛んで火に入る夏の虫だったのか。なんてタイミングだ、色々と。
 展開的に上がって落ちてまた上がって、現在地下に潜る勢いで落ちている。さあ後は上がるだけ、と気楽に言える楽天家ならばどれだけ良かったのやら。ユーリとしてはこれ以上潜って、ルミナシア中心核に突入しない事を祈るばかりである。

 グツグツ煮えているルークの顔は髪色共に真っ赤で、うんうん唸っていた。こんな風に必死な表情も初めて見るユーリは、もうルークをただの小生意気なお坊ちゃんと思えなくなる。そう例えば、犬が自分の尻尾を追いかけてくるくると目を回しているような。考えてこれは褒めてないな、と繕い直す。
 するとハッと思いついたのか、ルークの顔が輝きに満ちる。ナイスアイデアが浮かんだ! と表情でそのまま言っているのが面白くて、ユーリは隠し切れない口元を手で隠す。
 が、流石ルーク。そのナイスアイデアは突っ込みしか入らなかった。

「そうだ! ユーリお前女になって子供産んでこいよ! 俺愛人持たない宣言するから、それでナタリアに振ってもらおう!」
「おいまてこの野郎1日使ってもツッコミきれない部分ありまくりだぞその提案は! なにナイスアイデア! って顔してんだ馬鹿かこのレンコン頭!!」
「脳みそスカスカって廃人じゃねーか俺は健康体だぞ!」
「正しく受け取ってるのになんでそう間違った返しをするんだお前は!?」

 王家の人間は基本的にボケ属性だとエステルで学んだと思っていたのだが、ルークは別方向で酷い。どちら共、その根本が純真そうなのが余計に。いいやウッドロウやアッシュは違うはず、……多分。


 この後結局、ルークの突飛な作戦にユーリがひたすら駄目出しをし続けた。聞いていると常識を逸脱したような、なのに時々馬鹿みたいにクソ真面目な作戦案。ルークの脳内が計り知れてしまう、結果ユーリにとってルークは最終的に駄目な類の人間だと烙印を押す事になった。

 ずっと船内でルークの側に誰かが居るのを不思議に思っていたのだ。ルークは窮屈そうに唇を尖らせ時には不満も零していたのに、どうして一人の時間を与えてやらないのかと。王子様だからと考えたが、しかしアッシュやナタリアは個人行動を許していた。
 しかし近くで接してみれば成る程、これは一人にしておけない人種だ。町で会ったパティシエのように、周りが手を貸してやらねば自滅まっしぐら。と言っても案外強かそうでもあるので、時間を重ねればそれも強みなりそうではあるが。正直それまでに何か重大な事をやらかしてしまいそうで、はらはらする。
 自分は一体何時の間に子を持つ親になってしまったのか、そんな気分だ。昨日見せたガイの錯乱が、今ではほんの少しだけ分かってしまいそうな自分が嫌になった。




*****

 結局ルークの提案を総ボツにして、次に何か行動する時は必ず先に教えろとしっかり言いつけておいた。あまり効果は期待していないが、頭の端っこくらいは引っ掛かってくれる事を願う。
 部屋に帰ったユーリを待っていたのは、やたらと重装備をしていたフレン。昨日言っていた切腹、が頭によぎってギクリとしたがどうやら装備を外している最中のようで。

「フ、……フレン?」
「ああ、ユーリ。アッシュ様から聞いたよ、誤解だったんだってね。ごめんね、いきなりあんな事を言って本当に早とちりだったよ」
「いや、分かってくれればいいんだ」
「でもどうしよう、僕の貯金が無くなるくらいの剣を買ってしまったよ……。見れくれるかい、切れ味良さそうだろ、骨まで綺麗に切れそうで」
「……本当に誤解は解けてるんだよな?」

 すらりと美しい刀身を晒し、フレンは爽やかに笑顔。それが昨日の、笑顔でキレていたガイを思い出してしまって怖い。手に持つ剣は装飾も少なく、フレンに相応しそうな質実剛健さだった。フレンはガルバンゾで騎士団団長をしているのだが、その貯金が空になった程の値段、そんなもの聞きたくない。

 ビクビクと足が逃げてしまいそうになるが、フレンが騙し打ちなんてする訳も無いので無理矢理落ち着けてベッドに転がる。逃げたり迎え撃っても対応出来るように固めていたのだろう、ガチャガチャと重そうな装備を解除する音を目を閉じながら聞き、こいつマジで殺ろうとしてやがったと背中が冷える。本気でアッシュに感謝するが、同時になんと言って説得したのかも気になった。

 あの時アッシュは、ルークの考えそうな事は分かっていると言っていたのを思い出す。元々婚約解消の件はずっと聞いていたのだろう、だからあの反応だった。だがあれを受け入れる気は薄そうだ、だからこそ今回ルークはあんな暴挙に出たのだろうけれど。
 双子の片方と婚約しているが、恋仲なのは別の方。全くなんて典型的な色恋沙汰だろう、三角関係物のテンプレートではないか。だが物語とファブレ双子との違いは、当事者である婚約者ルークがそれを何とかしたいと思っている点。
 小さな可能性として、本当はルークはナタリアが好きだが想い合っている二人を邪魔したくないと思っている、と。考えたがその線は薄そうだ、ルークは可哀想な程態度に出すタイプで心を隠しておけない。

 もう一つ気になっている点。ナタリアとの結婚が王位継承の条件ならば、婚約解消してしまうとルークは王になれないのでは。けれど今日の作戦会議で、そんな事実は欠片も出てこなかった。
 時々彼は自分を「第一位王位後継者なんだぞ!」と偉ぶる材料にしていたのだから、気付いていない訳もあるまい。
 そりゃまあアッシュが国王になれば、臣下達は安心しそうではある。だがルークのような王様も、案外悪くないのではないかとユーリは思った。破茶滅茶ではあるが、裏表なく人を惹き付ける。精一杯好意的解釈をして、あれも一種のカリスマだと言えると思う。

 短期間の内に随分贔屓が入った判定をしているな、とユーリは自分で考えた。たった少しの間なのに、ルークのペースに巻き込まれている事を今更ながらに自覚する。他人の範囲に入ってもそれに逆らえる位の自己は保っているはずだが、あまりの激流につい流されているなんて。
 ふう、と溜息で流して考える事を止めた。深く考えると嵌りそうでよろしくない、どういう意味でも。

 その時の事はまたその時考えよう、そう決めてユーリはごろりとベッドに寝転がる。こうやって一時の休息を得ている合間、またも裏でじわじわと事態が進行しているとは、考えも及ばなかった。








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