猫耳大使に一目惚れするユーリの話








4
ラザリスからの侵略が本格化し、科学者を中心にやにわに忙しくなってきた。
もちろん俺自身もクエストに駆けずり回って、したくもないのに汗だくだ。護衛だ討伐だの戦闘関連が増えてきたのも肌で感じる。
その中で唯一の癒しは疲れも吹っ飛ぶ甘いデザートと、時折すれ違う猫耳をからかう事。
ガイが隣に居れば後のフォローを任せれるから、思う存分苛めれる訳だ。おっと違う、遊べる訳だ。
俺の謎の不快感も変わらずそのままで、むしろ少しづつ蓄積されていってるような気がする。この間なんか遂にリタにウザい! と一蹴されてしまった。
ウザいのは同感なんだが、原因が分からないんだから仕方ない。

趣味と実益を兼ねたデザート作りも、最近じゃ楽しくない。
今も無心になりたくてキッチンを借りてひたすら生クリームをホイップしているが、どうにも気分が乗らない。
急に嫌になって、カシャンと些か乱暴に泡立て機を放り投げる。クリームがハネて零れたが、もう知るもんか。
どうしたもんかね、そう溜息を零すと誰かが入ってきた。

「よう、随分調子良さそうじゃないか」

ガイだ。
今一番見たくなかった面だな。何故か勝手にそう思った。

「そう見えるんなら医務室かハロルドに見てもらったほうがいいぜ」
「俺の女性恐怖症知ってるだろ? どちらにしてもごめんだな」
「ロックス達は今甲板に洗濯物干しに出てる。キッチン使うなら退くけど?」
「いや、ユーリに用があるから。丁度良かった」
「……俺に?」

いくらなんでもルークで遊びすぎたか? 健気な従者からついにクレームかなと呑気に思ったが、ガイの面持ちが割合真剣であった。

「なんだよ?」
「ルークの事だ」

まぁそうだろうな。あのお坊ちゃんくらいしか接点が無い。最近はそれも接点と言っていいのか微妙な感じだが。

「ユーリはルークの事、どう思ってる?」
「はぁ? 何だよいきなり」
「結構真面目な話」
「世間知らずの唯我独尊ボンボン、ってくらいかね」
「きっついなー。ま、甘やかしてるのは事実だしな」
「分かってんなら控えろよ。あんなでも一応未来の王様なんだろ? 今からアレじゃ先が知れるぜ」
「その辺はおいおいやるさ。他には?」
「他にはって言われてもな……。あいつクエスト出ないし、あんたの周りウロチョロしてるだけでコミュニケーション能力壊滅だし、これ以上俺から言う事なんかねーよ。
王だのなんだのも、俺はライマの人間じゃないから実質他人事だし」
「そうか」

わざと悪く言う俺も俺だが、自分の主をここまでこき下ろされてそっかで終わらすなよ。お前お坊ちゃまの親友兼兄貴兼使用人なんだろうがよ。
自分が言ったにも関わらず、反論しないガイにまた不審感が募る。

「まどろっこしいな。何が言いたい?」
「うん、まぁ。ユーリにもっとルークを構ってやってくれって頼みに」
「お坊ちゃまのお世話係はあんただろ? 使用人さんよ。さっきの俺のセリフ聞いてたのかよ」
「そう言うなって。分かってるさ」
「何が分かってるってんだ。あんたのそのしたり顔、結構ムカつくぜ」
「ハハ、ユーリのそんな顔初めて見たな。いつもクールに流してるのに」
「よーく分かった。つまり喧嘩売ってるんだよな? よし買うぞ」
「違う違うって! ちゃんと説明する。まぁ聞いてくれよ」

立て掛けておいた刀を取ろうとして、慌てるガイにほんの少し胸がすく。
ってかなんだ俺は。餓鬼かよ。
流石に自分らしくない振る舞いに、頭を冷やして今度は大人しくテーブルに着く。
ガイも了承したのか、その向かいに座る。

「そもそも、なんでルークに獣耳が着いてるって話なんだけどさ」
「ああ、そういえば結局聞いた事ないな」
「一応トップシークレットだしな」
「随分緩いトップシークレットだな」

猫耳になった経緯はライマからは当然、船内からも聞く事は無かった。一度カイウスにそれとなく聞いてみたが、さぁ? で終わってしまった。自分に獣耳があるからって不問にするなよ、と突っ込みたくなった。

「二年前かな。事の起こりはアッシュが高熱で倒れたんだ。薬も魔法も効かず、三日三晩寝込んだままだ。流石にこれは怪しいってんでジェイド達が調べてみたら、アッシュは呪いにかかってるって言うんだよ」
「呪い? えらく胡散臭いな」
「俺も最初は疑ったよ。けど実際不自然な程熱は下がらないし、それらしい病気の原因も見つからない。ウダウダ協議してる間にアッシュは目に見えて弱っていった」
「この船に乗ってるアッシュ様は随分飛ばしてるように見えたが」
「結論から言うと、ルークがその呪いを引き受けたんだ。アッシュが床に臥せってるのは知らせてたが、原因は言ってないはずだった。どこから聞いたのか、秘蔵図書の禁書まで持ちだして独自解釈で勝手にやっちまったらしい」
「そりゃまたアグレッシブだな」
「昔のルークは手がつけられないヤンチャだったからな」

妙に自慢気な使用人にやっぱりイラッとするも、話の腰を折るまいと黙る。

「本来そんな無茶失敗するはずなのに、何をどうやったのかルークとアッシュの双子の同位性が上手い具合いっちまったらしく、見事に成功しちまった。次の日アッシュの熱は嘘みたいに引いたよ」
「病魔が移ったなら、あいつも寝込んだんじゃないのか?」
「いや、どうもアッシュからルークに転移した際、呪いが変質したんじゃないかって。詳しい事は分からないが、ルークの健康に異常は出なかった」
「随分都合良く運んだもんだな。それで、その話とお坊ちゃんの猫耳に何の関係が?」
「ここからだから、焦るなって。その時なんだよ、ルークに猫耳と尻尾が付いたのは。神官に診てもらったら、呪いの供物に猫を使った影響じゃないかって。
呪いは消えたけど効果が無くなった訳じゃないからルークの体に定着して留まってるんだろうってさ」
「なんだそりゃ? 本当なのかよ?」
「そりゃ胡散臭いけどけどいくら調査しても祓っても猫耳は消えない。
終いにゃ実害が無くなっただけでも良しとしようじゃないか。で終わり」
「……あのお坊ちゃん、王位継承第一位だよな?」
「そりゃな。ただ今回アッシュとルークが兄弟と言っても双子で、アッシュの頭角も目覚ましい頃だったってのが問題だ」
「切り捨てか替え玉か。ひでぇもんだな」

本人を他所に、胸糞悪い話だった。
貴族への嫌悪はガルバンゾに居た頃からあった。けどこの船に乗ってからはそんな意識も少しづつ変わったと思ったのに、今こうして聞いているだけで簡単に蘇ってくる。

「実際アッシュの体力は限界で、これ以上手を拱いてれば死んでたんじゃないかって話もあった」
「んじゃお坊ちゃんはアッシュの命の恩人じゃねーか。なんであんな仲悪いんだよ」

ルークが船内をブラつく様になって、アッシュと衝突する場面も数多く目にした。
今迄引き篭もってた分そりゃ強烈だった。
正直猫耳のルークを詰るアッシュは大変顰蹙を買ったが、アッシュが激昂するのは基本的にルークと顔つき合わせた時くらいなもので、これも兄弟コミュニケーションの一つなのだろうか? と困惑して第三者から強く言い出せなかった。

「そりゃアッシュは知らないからな」
「はぁ?」
「ルークが口止めして、ジェイドが賛成したんだよ。実際被害者だろ、アッシュは。
あいつにしてみりゃ、急に病に倒れて生死の境を彷徨ってただけだし」
「まぁそりゃそうだけどよ……。他の奴らは知ってんのか?」
「ジェイドとヴァンに俺、陛下と極一部の大臣だけだ」
「ナタリアも知らないのか? 婚約者だろ?」
「ナタリアはむしろ喜んでたぜ? 可愛いってな。猫耳ついたくらいじゃ気にしないってハッキリ言ったよ」
「そりゃまた」

豪胆なんだか無思慮なんだか。
いや、あのお嬢様は何時でも本気だったな。本当に気にしてなさそうだ。

「それで、そんな姿のルークを人前に晒す訳にもいかない。なんたって未来の王だ。王妃実家のファブレ家に帰してそれからは軟禁状態さ」
「それこそあいつのせいじゃないだろうが」

知らず力が篭っていたのか、苛立ち紛れにテーブルを叩いた音は大きく食堂に響いた。
けれど思考はどんどんヒートアップして、収まることを知らない。
国元に居た頃のお坊ちゃんは知らないが、仮にも王位継承者だ。フレンを通じてエステルの苦労を多少は聞いてる。比べるつもりはないが、その苦しみを一切無視して都合が悪くなったら切り捨てるのか?

「そりゃルークは悪くない。けど、事実ルークの為に負傷者が出る事件もあった」
「暗殺か? どこまで……」

聞いてられなくなって、ガイからも目を背ける。
俺が怒ってもどうしようもない事なのは分かる。けど見た事の無いあいつの悲しむ顔を想像して、胸にどす黒い感情が湧き上がるのを止められなかった。

「いや、違う。ルークの世話を巡ってメイドや騎士団が刃傷沙汰をしょっちゅう起こしてな」

………………あ?

「なんだって?」
「ほら、猫耳のルークは可愛いだろ? 尻尾も愛らしいし」

こいつ何言ってんだ?
さっきまでの温度差が気持ち悪く、俺はガイの顔を二度見した。二回見たけどガイは真顔だった。

「人の噂に戸は立てられないって言うが、ルークの事はあっという間に城下町にまで広まったよ。誰が流してるのか隠し撮り写真まで触れ回ってな。まぁ写真を撮ってるのはアニスで街で売ってたのもアニスだったんだけど」

ティアが持っていた数多くの写真の謎が今解けた。
しかし子供に怯えてるなよ坊ちゃんよ……。いや、アニスじゃ怯えるか。

「しかも勝手にグッズを作ってそれが流行する始末さ。押収しても押収しても減らない。ついには経済効果って事にして公認しちまった」
「グッズって……」
「コップ下敷き書物ブロマイドクッションシーツフィギア写真集etcだよ。国の保管庫が今やただのコレクター部屋だ」

それはただのオタクだ。
このやり場のない怒りをどうしたらいいんだ。叩いた左手がまだ地味に痛いんだぞ。

「一部過激派が実物を撫でさせろって城にまで潜入してきた時は焦ったな。これも逮捕しても拘留しても減りゃしない。城の留置所もパンパンで牢屋の受け入れ先も無くなっちまうくらいだった」
「ライマって何なんだよ、おかしいだろ全体的に!」
「このままじゃ政務にも妨げになるからってんでファブレ家に帰っても、やっぱり一緒でな。侵入者も減らないからもう町民は捕まえた先から放流だよ。
お陰でせっかくルークが帰ってきたのに一年は部屋からもロクに出れやしなかった」
「今俺は心底あのお坊ちゃんに同情してる」
「一年ちょっとで多少は収まったが、鼻息荒い連中にルークも怯える一方で自主的に出ようとしなかった。暁の従者にそこを上手く利用されたんだろうな。
元々政敵と組んでたのはあるだろうが、『ルークが城下町に出てこないのは国が隠匿しているからだ』って陽動されて今回のテロが勃発したんだ」
「ライマ滅んでいいんじゃねーのか?」
「そう言うなって。ブームってちょっと熱が収まった頃が一番やばいんだぞ」

なんてこった、そんなモンで国が滅びそうになるだなんて笑い話にもならない。そりゃアッシュもカリカリするだろう。
いや、しかしお坊ちゃんは悪くない。原因なだけで、そのまた原因がアッシュで、根本の原因がそもそも呪いで……。駄目だ、こんがらがってきた。

「ぶっちゃけ今一番問題なのはルーク本人だ。
あいつあんな成りになって周りの態度が変わりまくったのが、全部自分のせいだと思ってる。間違っちゃいないけど」
「パッと見は可愛いな、主に耳が」
「そ。周りは愛でてるけど一歩違えばそりゃルークの人権は無いって言ってるみたいなものだった。ペットって家族にはなるけど人間じゃないだろ」
「それは……」

その言葉にガルバンゾに残してきたラピードを想う。
あいつはそこらの人間より賢いし強い。ペットだなんて主従じゃない、フレンならば主従だろうが俺とは対等の関係だ。
けど確かに人間であるか、と問われればNOだ。けどそれは元々の種族の問題であって本来は問題にするべき所じゃない。
だがルークは人間だ。
王位継承者として一般人より相当尊ばれてきた身に、保護される獣のような、珍獣扱いはさぞ堪えただろう。

「あいつにとって愛でて慈しむ視線は、全部蔑まれてるのと同等さ」
「そりゃ行き過ぎじゃないのか? 確かに歳相応の扱いでは無いが……」
「だから、そう思い込んでるルークが問題なんだよ」
「すれ違ってるって事か」
「今まで王位継承者として厳しくも指導されてきたのに、急転して猫可愛がりだ。一般人ならともかくルークは時期国王だぜ? 傷一つ無い双子の片割れが居るし、国民には隠すように軟禁されるし。疑いもするだろ」
「成る程な……」

今までルークの妙に頑なな態度と、可愛がるアッシュ以外のライマの人間との温度差は感じてきた。
ティアはアレだし、ナタリアは気にしていない。アニスは……まぁルークが金塊にでも見えてるのかもしれない。ルークがやたらヴァンとガイを信頼しているのは、獣耳が生えてからも態度を変えていないからか。ジェイドは……どうなんだろうな。
可愛いだけの見た目だと思ったが、案外実情はドロドロしてたのか。

「今のルークは疑惑の不連鎖に雁字搦めになってて一人じゃ一歩も動けない状態だ。それをユーリに助けてやってもらいたいんだ」
「……なんで俺なんだよ」
「ユーリはルークの猫耳にあまり興味無いみたいだし、いつも淡々としてるだろ? 今のルークに必要なのは強引さと冷静さだ」
「別に俺はそんなつもりないけど? あんたの勝手な評価を当て嵌めるのは止めてくれねぇか。
第一強引さと冷静さならガイ、自分の方が当て嵌まってんじゃないのかよ。
あんた何だかんだ言って面倒なんで他人にやらせようとしてるんじゃないのか?」
「ライマの人間じゃ駄目だ。どうあっても祖国の影がチラつく。
別に俺が助けてやってもいいが、それじゃルークは永遠に他者の助言に振り回されるだけの王になる。そんな王に国民は付いて来るか? それこそアッシュが即位した方がいい」
「独裁が王じゃねーだろ。支えられて王になるのも悪くない」
「それはただの傀儡化だ。ルークを道化にさせたいのか」
「だからあんたらが居るんだろうが」
「普段はいいさ。けど王政をとっている以上最終判断は王だ。一人で決断しなきゃならない時が必ず来る。その時になって潰れてほしくないんだ」
「俺を利用したいってのか」
「そう言ってたんだけど、分からなかったか?」

こいつ……。
俺は最初、ガイ・セシルをただの世話好き使用人だと思っていた。
ただルークが全面の信頼を置いている、という点を除いて王族と親しいだけの使用人だと。けどそれは俺が勝手に侮っていただけだった。
こいつは自分の考えをもってルークという主人に仕えている。
その為なら搦め手も使うし、自分の意思も潰す。

「俺になんのメリットがあるんだよ。他国の面倒事に首突っ込むなんて、エステルの件だけで充分だ」
「だから、だろ? 俺はこれでも人を見る眼を持ってるつもりさ。
それにな、ルークもユーリの事結構気に入ってる。あんな態度とられたの、初めてだって」
「勘弁してくれよ……」
「一から十までしてくれって言ってる訳じゃない。一歩踏み出させてくれたらいい、後はこっちで面倒見るさ」
「美味しい所だけ掻っ攫うつもりかよ?」
「そんなつもりは無いんだけど、そう思うならよろしく頼むよ。ユーリ」
「あーあーあーあー。もう勝手に言っててくれ。俺はやらない、お坊ちゃんなんて知らないからな」
「じゃあ報酬に俺が今からケーキでも作るか。好きなんだよな? デザート。
ルークがユーリはゲロ吐きそうな甘党だって言ってたし。この生クリーム使わせてもらうぜ」
「おいそれは俺が点てたクリームだぞ!」

誰がゲロ甘だ! 俺の制止も聞かずキッチンに立ちだしたガイは、意外な程鮮やかな手付きで小麦粉卵バター砂糖を合わせて生地を作る。どうやらカップケーキを作るらしい。
普段から料理をしているのだろう、手際が良い。
強引なガイのペースに巻き込まれてうんざりしたのもあるが、もういいかもしれない。
暫くして焼きあがる生地のふんわりとした甘い匂いに釣られて、俺は段々考える事を放棄した。

ガイはルークを心配してる。俺も何だかんだ言って気になっている。
ならもうそれでいい。人の思い通り動くのは好きじゃないがこれも乗りかかった船だ。
後はどうとでもなれ。

俺はこの時、ずっと心に伸し掛かってたイライラが消えていたのに気付かなかった。
それはずっと機会を伺っていたルークの中に、爪先でも入れた気がしたから。




「それじゃ結局あのお坊ちゃんは猫人間なのか人間猫なのかどっちなんだ」
「あれはただの飾りみたいな物だから、神経繋がってるアクセサリーってのが一番近いかな」
「猫っぽい行動はしないのか」
「全然しない。むしろルークは魚嫌いだぞ」
「夢があるのか無いのかわからないな……」
「猫耳なんかあっても無くてもルークは可愛いだろ」
「今分かった! お前は態度が変わってないとかじゃなくて、最初からそうだったんだろ!?」
「何を今更」









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