猫耳大使に一目惚れするユーリの話








3
記憶喪失の変人がディセンダーと判明してから、事態はより大きくなってきた。
この間ヘーゼル村の住人が移動する為に、砂漠の魔物を掃除する任務をこなした後日の事だ。
ディセンダーが何やら人間を拾ってきたらしい、とエントランスが多少の騒ぎになっていた。

「ようルビア。どうしたんだ?」
「あ、ユーリ。カダイフ砂漠で人助けしたら、なんでもライマの関係者だったんですって。世間って狭いわよね」
「へぇ、そりゃまた」

ホールの中心には、ジェイドとアンジュが何やら話し込んでいる。二人の奥に隠れてチラチラと人影が見えるから、それが件の人物らしい。

「偶然とはいえ、よくここに辿り着けましたね。貴方の忠誠心は驚嘆に値しますよ」
「俺を突き落とした本人がよく言うよ……」
「嫌ですね、あれは撹乱作戦だと貴方も納得ずくの事でしたでしょうに」
「本気だったろあれ! あの後大変だったんだからな」
「しかし、迎えに行こうと思っていたら此方に来てしまうとは。その過保護っぷりは相変わらずですね」
「仕方ないだろ? じっとしてられなくてな」

見えない姿に会話だけ聞いていても、特に何も思うことはない。
あのお坊ちゃんの国の事なのは分かるが、それこそ俺がどうこう出来る事でもなし。
俺は段々と興味が失せていって、名前だけ聞いてとっとと去ろうと決めた。

「それじゃあ、貴方も今日からアドリビトムのメンバーって事でいいのね?」
「ああ、よろしく頼むよ」
「私はリーダーのアンジュです。よろしくね」
「私、ルビアよ。よろしくね」
「シング・メテオライトだよ! 何か困った事があったら声掛けて!」
「はは、よろしく。俺はガイ・セシルってんだ。ギルドは初めてだから、お手柔らかに頼む」
「ガイさんって大人でカッコイイですねっ」
「謙虚な所も素敵ね」

「俺様、こいつ嫌い〜」
「こらゼロス! そーいう事言うなって」

金髪碧眼に爽やかそうな好青年。こりゃ女が放っておかないタイプだな。早速女性陣から絶賛されて、一部の男からブーイングを食らってる。ご苦労さんなこって。
そう思ってクエストに出ようとしたその時だった。
バタバタと慌てた足音に、息を切らした朱金の猫耳が現れた。その形相に、ぽかんと全員が視線を集める。
しかしお坊ちゃんは物ともせず、ガイを認めては一直線だった。

「ガイ!!」
「ルーク!」

キラキラと輝かんばかりの笑顔で、ガイに力一杯抱きつくルーク。弾丸みたいな頭突きだったが、両手を広げて受け入れたガイはビクともしていない。すげぇ。
はしゃぎまくって二人してクルクル回ってる。何だお前ら、ベタな恋人同士かなんかか。

「ガイのばか野郎!! 来るのがおせーんだよ!!」
「なんだルーク、俺が居ない間寂しかったのか?」
「んな訳ねーだろ!? お前なんか居なくても全っ然平気だったっつーの」
「俺は心配だったよ。待たせて悪かったな? ルーク」
「ったく、今回は特別に許してやるけど、次から勝手に居なくなんなよ?」
「はいはい、申し訳ございませんでしたご主人様」
「反省の色がねーぞコラぁ」

笑顔満開、尻尾全開でブンブン。甘えた声でぎゅうぎゅうにくっついて擦り寄っている。
オイコラ、この猫耳は誰だ……。胃の下の方でイラっとした瞬間、ふと思い出した。
以前ティアに頼み込んで見せてもらったアルバム。
殆ど隠し撮りアングルかカメラ目線の怯え顔だったのには別の意味でビビったが、この船で見たことの無い、信頼を寄せて微笑む写真も少なからずあった。
あの写真の笑顔と、同じだった。



ガイがギルド入りしてから、お坊ちゃんの態度が大きく変わった。
引き篭もりをやめて、ガイの周りをウロチョロしている姿をよく見かけるようになった。そこから慣れてきたのか、時々ロイドやクレスの面倒見のいい奴らと居る事もある。
表情もハッキリと違いを感じた。以前はカイウスが横に居ても伏目がちだったり、どこか警戒している風だった。それが今のルークは如何にもワガママいっぱいナマイキ坊ちゃん面して、人にイチャモン付けるまで増長していた。
これがまたギルドメンバーは「ガイが飼い主さんがだったんだね」「ルークが安心出来るようになって良かったね」と概ね評判がいい。おいあのお坊ちゃん一応王位継承者だぞ。
しかし俺はどうにも納得いかない。
別に俺は特に何もしてないが、腑に落ちないというか、何故かイラっとする。
これがカイウス辺りが言うなら分かる。今迄飯をやってた野良が飼い猫だったみたいな気分なハズだ。カイウスはそんな事言わなそうだが。
俺はむしろ弄って遊んでた訳であって、文句を言える筋合いは無い。
なのに、上手く説明できない不愉快さに俺の不機嫌は知らず募っていた。


フレンと廊下を歩いていると、甲高い声に少し困った様子の声。最近じゃよくある光景。
ガイに突飛な我儘を言っているルークを見かけ、俺はまたかと溜息を吐く。
良い子ちゃんのフレンが声を掛けるもんだから、そんなつもり無かったのに思わず俺も口を出してしまった。
お坊ちゃん専用のデッカイ風呂が欲しいとゴネている様は、ただの子供の我儘で、構って欲しいポーズにしか見えなかった。
つい何時ものクセで思いつくままに皮肉ってやったら、尻尾をブワッとさせて怒り、ツンと可愛くない顔でソッポを向く。
ガイが来て以来ルークが俺個人に会いに来る事が無くなって、ますます接点が無いってのにどうして自分で自分を下げちまうかね、俺は。
横でフレンとガイがお互い大変だね、と妙なシンパシーぶっているのがまた気に食わない。

綺麗な朱金の猫耳を見ればああ可愛いなと思うのに、その隣の金髪まで目に入れてしまうと途端にモヤっとして落ち着いて鑑賞できやしねぇ。
ガイの後ろの方で、黒いオーラを迸らせながらナイフ握り締めてるティアを応援しそうになっている事は秘密だ。









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