2 |
ルークの事が知れ回って数日。 なんとお坊ちゃんはまた引き篭もりに戻っていた。 何でも船内を歩くだけで人垣が出来てしまって、金のガチョウ状態になるらしい。それにキレたルークがお篭り中、と。 風呂とトイレ以外出てきやしない。食事も半々で部屋で取ったりして、食堂にも滅多に現れない。 出てもライマのお守りが付いていたりして近づけない。偶にカイウスと一緒に居るが、見つかると逃げ隠れてしまう。 構いたいメンバーの皆は「きっと環境が変わって緊張してるのに、構いすぎてストレスになっちゃったんだね」という意見で落ち着いた。完全に猫扱いだ。 自分も構いに会いたいが、流行モノみたいに混じって可愛がるのも面白くないのでどうしても揶揄って茶化してしまう。 この前も珍しくルークが一人俺に会いに来て、なんでもライマの眼鏡に入れ知恵されたのか、俺の事を大罪人だとか言ってきたもんで、つい遊んでしまった。 俺自身はビクビクしながらも興味有気にしている猫耳にマジ萌えしていたというのに。 しかしルーク自身、少しばかり猫耳ってのに過剰に引け目を持っている気がする。 ここアドリビトムの皆はノリはいいが、本気で嫌がってる事をする奴は居ないし、順応性が高い。人間やら喋る動物やら獣人やら精霊やらはみ出した奴らなんぞいくらでも居る。何時まで経っても閉じこもってるばかりじゃ駄目だろう。 何とかして手を引いてやれたらいいんだが、今の俺じゃ扉を開ける事すら難しい。 さてどうしたもんだかね、そう考えていた頃だった。 「ルークと朝食をご一緒する約束をしたんです!」 「は? なんだって?」 見た目はぽややんと天然そうなのに、このお姫様は時折とんでもない行動力を発揮する。 さて朝食に食堂に行こうとした時、このセリフに俺は耳を疑った。 「昨日、ナタリアとお茶している時に偶然、ルークと会いまして。その時に」 にこにこと嬉しそうにしているが、色々説明が省かれている。 だから何で偶然会って朝食の約束をこぎつけるんだよ。俺は偶然ですら会えないんだぞ。これも王家の力なのか。 「ルークとは中々お話できる機会が無かったので、とても楽しみです!」 「良かったですね、エステリーゼ様」 見るからに浮かれているエステルに、それを見守っているフレン。お前は父親かっつーの。 しかしルークと朝食か……。俺もご相伴に預かろうかね。 そう企んでいると、「エステルいるー?」とリタが部屋に入ってきた。 リタとエステルは仲がいい。国元じゃ関係性なんて無かったのに、どこに共通点があるんだか分からない。最近じゃよく食事やクエストに一緒に行っているらしい。 「リタ、どうしたんです?」 「ちょっといい? 科学部屋まで来て欲しいんだけど…」 「今からです?」 「すぐ済むわ。前言ってたやつだから」 「あ、あれです? わかりました!」 アレやソレで会話すんなよ。傍から聞いてると宇宙語だからなそれ。 「ユーリ、私少し科学部屋に行ってくるので、ルークを呼んできてもらっていいですか?」 「俺は使いっパシリかよ」 帰りに部屋に寄ればいいだろ、と言おうと思ったが止めた。 どう考えても俺に優しい展開だったから。これぞ正しく棚ボタってやつだ。 「それでは先に行って準備をしておきますね」 「済みません、フレン。すぐ行きますから」 「んじゃ俺もお坊ちゃんを呼びに行きますか」 各々部屋を出て、エントランスでエステルと別れると俺はルークの部屋の前に立った。 この廊下の先が医務室って事もあって、この扉の前を通るのは幾度とある。 しかし毎回名残惜しげに通り過ぎるだけで終わっていた。 構いたがるメンバーは何度か部屋まで遊びに行こうとしたらしいが、嫌がっている時に踏み込むべきではないと大人組に諭され、部屋襲撃までは無い。 ここの扉を外から開けるなんて、ライマの奴らとカイウス以外では初めてじゃないだろうか? そう思うと何故か急に緊張してきた。 初対面がアレで、件の『大罪人』だ。恐らく俺は碌な印象が無いだろう。 しかし今回は「エステルに頼まれて」という大義名分がある。何を躊躇しているんだ、やれユーリ・ローウェル! 猫耳に会うんだ。 プシュ、とドアを開けてからわざとらしく壁をノックする。入る前から気づいていたらしいヴァンが浅く会釈し、挨拶してくる。何時見ても年齢不詳くさい顔だ。 「よう、おはようさん。ルーク居るか? エステルと朝食の約束してただろ?」 「ああ、お早う。話は聞いている。ルークは起きたばかりでな、少し待っていてもらっていいかな?」 「おいおい、ガキ共なんかもう朝飯終わらせてる頃だぜ? 寝汚いお坊ちゃんだな」 「うっせー! 聞こえてんだぞ大罪人!!」 「ルーク、急に動かないで」 部屋の奥から高い声色が飛んでくる。声を聞いたのも久しぶりだった。 ベッドに座りながら、ティアに髪を梳いてもらっているルークがいた。 遠くから見ても高そうな細工の櫛で、ティアが神経質そうな仕草でゆっくりと丁寧に梳く様は、宮廷献上の機織り細工を編み上げているようにも見える。 鮮やかな朱色が櫛を通る度にキラキラと輝いて見えるのは幻じゃないはずだ。 「ティア、もういいって。どうせすぐ崩れるんだから」 「崩してしまうのはどこの誰なのかしら? あなたすぐくしゃくしゃにしてしまうんだから……。一日の始めくらい、キチンとしてちょうだい」 「んだよ、うっぜー」 ぶつくさ言いながらもルークは大人しくしている。耳も立っているし、尻尾も小さくだがゆったりと揺れている。雰囲気も構う姉とむずがる弟のようだ。 「わざわざ呼びに来てもらって、すまないな」 「いや、エステルが先にリタに呼ばれてな。すぐ行くからってんで、俺はただの伝達係」 「それはそれは……」 「天然王族サマの宮使えは辛いね? 俺は違うけど」 「てめコラ! 聞こえてるってんだよ!!」 元気よく飛んできた小瓶を軽く受け止めると、これまた嫌味っぽく笑い返してやる。 ますます頭に血を上らせたお坊ちゃんがみるみる赤くなって、立ち上がろうとしてティアに叱責を受けて、不貞腐れている。ちくしょう猫耳かわいい。 「はい、いいわよ」 「おっせーよ……。うらっ! 行くぞ大罪人」 「へいへい。そんじゃな」 艶々にさせた朱金を靡かせて、可愛くない足取りで俺の前を素通る。その瞬間微かに甘い、柑橘系のいい匂いがした。香油か何か使ってるんだろうが、嗅覚からの刺激は思いの外俺を動揺させてダメージを与える。何のダメージなのかは自分でも分からないが。 「もう、ルーク? 人をそんな風に呼んじゃ駄目でしょう」 「いいんだよこいつは大罪人で」 「ま、俺もお坊ちゃん呼びだから相こだな」 「坊ちゃん言うんじゃぬぇー!」 「んじゃ行くか」 「無視すんなっ」 プリプリ怒りながら尻尾をブンブン揺らして歩くルークの後ろ姿を見ながら、これはこれでじゃれあいとして有りだなと相当低い位置で勝手に満足していると、食堂手前で追いかけてきたらしいティアに声を掛けられた。 「んだよ? なんか忘れ物か?」 「あの、ユーリにちょっと……」 「何か用か?」 「……俺は腹減ってるんだよ! 先食ってるからな!」 「おい、ちょ……。それで、何かあんのか?」 「ええ、その、これを」 少し走ったのか、その頬は紅潮していて見る者が見れば勘違いしてしまいそうな表情だ。何やら言い出し難そうに後手でモジモジしているのも悪い。多分ゼロス辺りならイチコロだろう。 「これをお願い」 躊躇いながらも、ハッキリとした声で渡された物はガルバンゾでは見た事のない機械だった。 意図が分からず困惑していると、押し付けるように手渡される。 「譜業撮影機……。カメラよ」 「はぁ」 「これで朝食を摂るルークを撮影してほしいの」 「……はぁ?」 「余す所無く、お願いね」 「ちょっと待て」 「今日のメニューはルークの好物のチキンサラダがあったから、シャッターチャンスは逃さないで。絶対によ」 「頼むから分かる言語で喋ってくれないか?」 「可愛いルークを可愛く撮るだけよ。こんな素敵な仕事は無いわ」 仕事か、それ? うっとりとした瞳のティアは、拒否を許さなかった。何かこう、怨念という執念を感じる。 そりゃ好物を嬉しそうに食べるルークは、想像だけでも可愛い。だがそれを写真に収めるとなると話は別じゃないか? 誰だって食ってる時にいきなりスナップされて良い気はしないだろう。あの神経質そうなお坊ちゃんだとカメラを向けた瞬間に引っ掻けてきそうだ。 「部屋を出て食事をするルークはまだ断然レアなの。最近ちょっとづつ部屋から出ようとしているみたいだから、その成長過程として重要な写真になるのよ。分かる?」 わからん。 ティアの熱弁は止まりそうにない。 俺はルークの好物はチキン、とだけ記憶して聞き流していた。 「新しい環境に戸惑いながらも頑張るルークはとっても可愛くて、バンエルティア号に来てからアルバムがどんどん増えているわ。私はルークの成長を余す事なく記録する責務があるの」 「そりゃ重要任務なこって……」 「……もし写真を撮ってきてくれるのなら、アルバムを見せてあげてもいいわ」 「……何?」 「ライマでのルークよ」 「まじか……」 「天使のスマイルショットもあるわ」 「超重要任務は一人じゃ気が重いだろ。微力だろうが、手伝わせてもらうぜ」 「分かってもらえて嬉しいわ」 美味い餌に釣られてつい引き受けてしまったが、結局写真を撮る隙もなく、せっかくのルークとの食事もこっちが勝手にギクシャクして何時の間にか終わってしまった。 エステルと会話している猫耳が可愛かった事しか覚えてねぇ。 写真を撮れなかった俺がルークのスマイルショットを見れるはずもなく、あの後ティアにOVLからのホーリーランス×3→秘奥義コンボを食らってゴミカスみたいになった。 くそ、なんて狡猾な罠なんだよ。 |