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星晶による燃料枯渇問題でお先真っ暗なルミナシアではあるが、アドリビトムに居るとそうでもないかもなって麻痺してしまう。 多分今自分の周りが過不足無く廻っているせいだろう。ガルバンゾに居た頃は経済の煽りやら治安の悪さを直に感じていて、どっかの地区の誰が死んだとかあっちで強盗があっただかよく聞いたものだった。 小国には小国の、大国には大国の闇ってのが当然あって、俺は俺の刃が届く範囲だけを守っていた。 まぁ何の成り行きだかお姫様を連れて逃避行しちまう事になるとは思ってもみなかったが。 だから本当の所、雪玉みたいに事件も人材も事態も大きくなっていくアドリビトムは正直ヒヤヒヤしている。けれど同時にこの杞憂だって心配しすぎだって鼻で笑われる事にもなるだろうってのも予測できちまう。 けどいくら無国籍ギルドだからって、色んな所の王族サマやら貴族をホイホイ受け入れちまうのはどうなんだよって前々から思っていた。 もちろんそれは俺自身が好きじゃないってのもあるが、権限持ちってのは色々面倒が多い。 エステルを連れ出しただけで芋蔓式で色々付いてきたってのに、これ以上あっちもこっちも背負ってどうするんだよ? 容量ってのを考えてもらわないと、こっちも手助けできる限度ってのがあるんだぞ。 と、この間ライマ国からまた新たに王族サマを迎え入れたと呑気にフレンから聞いた時には思ったもんだ。 しかし、俺はそれを訂正する。 神様世界樹様アンジュ様。あんたらは本当に最高だ。 目の前で軽く俯いて、でも大きな碧色の瞳は攻撃的に上目遣い。肩をキュッと寄せて緊張している。長い赤髪の終わり際が金色に透けていて、綺麗なグラデーションになっていた。こんな色初めて見る。髪を辿って視線を下ろせば足の間に髪と同じ様にグラデになっているフワフワしたものがある。なんだこれは、と一瞬考えてああ尻尾か、と納得する。視線を頭に戻す。そこには頭と同じ朱色の毛並みがピョコンとあって、同化するように三角の毛玉が乗っている。いや、今は耳を後ろに引いていしまっていて、目に見えてプルプルしていた。 「猫耳・・・」 「な、なんだよっ。なんか文句あんのか!?」 毛を逆立てた猫みたいに、近寄るものなら噛み付くぞと全身で威嚇している。 巷によくある猫耳カチューシャか? とも思ったが、頭にある猫耳も、足に挟まれてる尻尾も、まるで生きてるみたいに動いている。 もしかしてこれは俺が見ている幻想か何かか? いやまて昨日は飲んでないぞと自分で突っ込むも、どうしても目の前の存在を信じ切れない。 いや信じたいが信じて裏切られたら溜まったもんじゃないだろうが! 朝ロックスに晩用のデザート用意してますと言われ浮かれて晩になったら全て食べられてしまいました・・・。と宣告された時の事を思い出せ! 三日三晩夢に出たんだからな。 いや、そうじゃない今は違うだろ? 猫耳だ。問題は今目の前だ。 「んだよ・・・。な、何か言えよ・・・」 泣きそうな声色に、猫耳が完全にペタンと倒れる。 そりゃそうだろう、さっきから俺は猫耳と呟いたきり、凝視している。目線に力があるなら穴が開くだろう。しかし離れてくれないからこっちだって困ってるんだ。 とは言え、俺はこんな奴は知らない。初顔だ。 依頼人なのか新しいメンバーなのか迷子なのか、サッパリだ。 これだけ目立つ姿なら、アドリビトムで話題に上らない訳が無い。話好きのエステルがどこぞこから仕入れてくるのか、船内の話題には事欠かない。 そこでふと思い出す。この赤髪。 赤い髪はここじゃそれ程珍しくない。けれど確か、最近メンバー入りした王族サマが、こんな感じの色で長さだったような気がする。名前は確か・・・。 「お前、アッシュの親族かなんかか?」 「え! わ、分かんのか?」 アッシュの名前を出した途端、反応が顕著だ。挟まっていた尻尾をピンと立て、耳も此方に向いている。 遠見で見ただけだから余り自信は無かったが、どうやらこいつにとってアッシュの名前は重要だったようで、先程の明らかにビビってる態度が嘘みたいに興味を持ったみたいだ。くそ、猫耳がかわいいじゃねーか・・・。 「ルーク!」 「あ、カイウス・・・」 「急に居なくなるから探したんだぜ? なんで甲板に上がってるんだよ」 「わりぃ、ちょっと・・・」 「まぁ、いいけどな。よぉユーリ。クエスト帰り? お疲れ」 「お、おぉ」 突然現れたカイウスは、この「ルーク」という猫耳と親しげだった。カイウスはアドリビトムの初期メンバーで船内での顔は広い。 カイウスが知ってるって事は、実はルークは結構前から船に居たってのか? カイウスは俺の物言いたげな表情に気付いたのか、ルークを紹介し始めた。 「こいつ、ルーク・フォン・ファブレ。ほら、この前ライマの王女様と王子様がメンバー入りしただろ? その双子の兄の方だよ」 「双子? 俺が見た時は一人だったぜ? 髪色の濃い方」 「そっちが弟のアッシュ。ルークは人怖がって、来た当初は引き篭ってたんだって」 「ちょ、カイウス! それは言わないって・・・!」 「大丈夫だって! このギルドに悪い奴なんて居ないから、心配せずにもっと顔出せばいいんだよ。案外何でもないもんだからさ」 「け、けどさ・・・」 ライマといえば軍人・総長・王女・王子様と軒並み高位カタログで一般人皆無だったメンバーだ。俺の培われた貴族嫌いも多少はマシになってきたものの、ここまで山盛りだと自分でも気付かず皮肉腰になってしまいそうになる。 そして俺一人置いてきぼりで、何やら目の前でわんにゃんワールドが開かれている。あれか、動物異種の仲良しは可愛いね、ってやつか。女子供が喜びそうだ。 しかしライマの王子様が来たのは一週間程前のハズで、それまで話題に登らなかったって事は、それまでずっと部屋に引き篭もってたのか。 食事やトイレとか、どうしてたんだと思ったが、猫トイレか! と思いついて即座にいや目の前のルークは猫だが人間だ・・・、と思い直した。 「俺もルークと会ったのは偶然なんだ。夜中にトイレに出たら、バッタリ会ってさ。慌てて逃げるから追っかけて捕まえたらこの猫耳だろ? 俺も耳が付いてる先輩として、相談にのったんだ」 「犬と猫で問題ないのか」 「中身は人だからな」 「そうか」 意味わかんねーよ。だから何で猫耳なんだよ。 「いい加減引き篭ってないで、みんなに挨拶しに行こうって言ってたんだ」 「成る程、それが嫌で逃げ出したのか」 「逃げてねーよ!! 馬鹿にすんなよ!!」 「自己紹介も自分で出来なかったくせに」 「うっ・・・」 二十一年間生きてきて、自分の性格を得とも損とも思っていなかったが、俺は初めてこのクセを呪った。なんでこんなセリフがペラペラと出てしまうんだ。前世の呪いか。 「そういうユーリだってまだ名乗ってないじゃん。気にすんなよルーク、ユーリはこういう奴だから」 「いけすかねー奴ってのは分かった」 「おいおい、悪かったって。俺はユーリ・ローウェル。まぁよろしく? お坊ちゃん」 「坊ちゃん言うな! ロン毛!」 「お前もロン毛だろ・・・」 「ほらルーク。食堂から順番に挨拶してこーぜ? 俺が付いてってやるから」 「わぁーったよ・・・」 そんなに嫌なのか、尻尾をだらんとさせながら渋々とカイウスに引っ張られて行くルークを見送る。 結局何でルークに猫耳と尻尾があるのか分からなかった。やっぱり本物なのだろうか?見た目だけなら完全に生物っぽかったが・・・。 大体カイウスはアバウトなんだよ。色々端折ってるだろ、絶対。 けど、猫耳・・・。 そう、正直に言えば俺は猫耳が大好きだ。嫌な言い方をすれば性癖って奴だな。 自分のキャラを知っている分、今迄口にしたことも無い。 別に猫が好きって訳でもない。ただ猫耳が好きなだけだ。 そう、猫耳が悪い。俺は悪くねぇ。 ルミナシアのアドリビトム。 最初はなんて所だと思ったが、全くこんな所程天国は無いな。 俺は自分でも気が付かない程浮かれ、スキップかましてる姿をよりにもよってレイヴンに見つかり、晩酌を奢る羽目になったが、おっさんのキープ酒を空にしてやったので全く気にならなかった。 ギルドにルークの事が知れ渡り、各メンバーで『猫のキモチ』という雑誌が回されたのは言うまでもない。 |