25///天使はいたんだ5 |
翼が生えようがルークは基本的に変わらない、流石に大っぴらに街へ出る事は無くなったが、普通に依頼を受けてダンジョンで戦闘もする。ただし翼の抵抗力のせいで今までどおりの戦い方は一切出来なくなり、相変わらずよく羽根をぶつけたり扉に挟んだりしていた。
昼食、翼が邪魔なので時間を少しずらしてルークと共に食事をする事にしているのだが。今日のメニューはルークの好物で、嬉しそうに食べている。羽根は毎朝ユーリが落としてやっているので、もうぽろぽろと落ちる事は無い。
「あ〜、腹減った腹減った!」
一人居るだけで騒がしいティトレイが、ルークの返事を待たずに隣の席に座る。ヴェイグはクレアから水を受け取り、向かいの席に座った。
「うんまそ〜、ルークは何食ってんだよ」
陽気なティトレイが顔を覗きこみ、ルークの皿にちょっかいを出そうとする。それを嫌がり、ルークは翼を広げてガードした。手は届かなくなったが、皿のメニューはしっかり目に入ったようで、ティトレイは歓声を上げる。
「お、照り焼きチキンか! って事は俺らのも? なぁロックス」
ルークのウザがっている態度を物ともせず、ティトレイは親しそうに話す。それは何時もの事なので、周りはあまり気にしない。だが今日この時だけは、それが裏目に出てしまった。ティトレイの問いかけにルークは不思議そうな顔をして、ハテナ顔で困惑する。普通に食事しているだけなのに、良いも悪いも無いはずだ。
「だってそれ鳥だろ、共食いにならないのか?」
ぴしり、とその場の空気が凍る。
ルークの全身がびたりと不自然に固まり、まるでタイムストップを受けたように表情も無になった。隣のユーリは……いやその場の全員が無言となり、食堂はシーンと静まり返る。その異様な空気を全く読まず、ティトレイは腹減った〜と陽気に食事を待っていた。
気不味い空気が食堂を包み込む。ユーリはごくりと唾を飲み込んで、そうっと隣を覗きこんだ。ルークの口元は歪んでいるが、少し可笑しそうに笑っているようにも見える。引き攣った笑いが本人の口から出て、苦笑を含めて普通そうに言った。
「は、はは……。共食いかぁ。そう言えば俺、羽根生えてるんだよな。でもよ、翼があるからって別に鳥って訳じゃねーし。共食いは無いよなぁ」
ちょっとばかり違和感はあるが、ルーク本人がそう言って笑う。これは周りが思っていたよりも、特に気にする事では無かったのかもしれない。気を使い過ぎた事で高まった緊張が抜けて、食堂は一瞬和やかになる。
「ごめん、トイレ……残りいらない」
覚束無い足取りで、ふらふらと出て行く。ユーリはそれを静かに見送って、悔やむような声で言った。
「……だよなぁ」
すぐに立ち上がり、ルークの後を追いかける。この日から数少ないルークの好物であったチキンは、食べられない類に仲間入りする事となった。 ▲ |
26///天使はいたんだ6 |
陽が暖かい日中、甲板の照り返しで汗ばむくらいの陽気の中ルークは仁王立ちしていた。翼をばさりと広げる様は風格を感じさせ、見た目だけならば天上の使いのよう。
「俺は鳥になる!」
ユーリと、クレスとロイドが思い思いに声援を贈る。ルークは自信満々の笑みで羽根をふわりと広げ、軽く羽ばたく。最近やっと思い通りに動かせられるようになった、と言っていたらこれだ。翼があるんだから飛ぶのは当然の流れだろ! と言うその気持ちも、まあ分からなくもない。けれどそれをルークがする、となるとどうしてか付きまとう不安が消せなかった。
あまり翼に慣れ親しむと、本当に翼を切除しなくなるのではという懸念がある。なんだかんだ言ってもルークは王位継承者なのだし、このままでは人前に出る事も困難になっていくだろう。今はアドリビトムで好きなように出来るが、将来的には必ず切らなくてはならない。
「よぉし、いくぞーっ!」
海面は穏やかで、天気も良い、風も少ない。けれどバンエルティア号は船体自体が大きいので、ここから飛び込むと結構な高さになる。入水角度を調節出来ればいいが、もし体全面で水面を打てばかなりの衝撃になるだろう。
「でりゃあああああっ! ルーク、いっきまーーーーすっ!」
ダダダダッと助走をつけ、ルークはダンッ! と船首部から勢い良くジャンプした。
ルークは背中の羽根をばさりと伸ばして風に乗り、そのまま鳥のように飛んで……行くのかと思う程優雅なポーズだった。そんな優雅なポーズのまま、斜め鋭角でばしゃん! と思い切り海に落ちる。恐らく空中10秒も保たなかったのではないだろうか。
「ルーク!」
ルークはばしゃばしゃと暴れて、ほぼ溺れている。羽根の浮きでなんとか持ちこたえているようだが、あの暴れっぷりではすぐに海水を含んで逆に重りとなってしまうだろう。
「あいつ泳げないのか!」
一瞬パニックになるが、ユーリの言葉でロイドが船内に走ってセネルを呼びに行く。クレスは近くにあった浮き輪をルークの近くに投げ大声で声をかけるが、必死なルークが大暴れする波の動きで遠ざかってしまう。
「あんの馬鹿、泳げないなら先に言え!!」
がぼげべごぼ……と無情にもルークは沈んでいき、白い翼があっという間に海の底へ飲み込まれていった。ユーリは辛抱堪らず飛び込み、近くに浮いている浮き輪を掴んでルークの近くまで泳ぐ。海面近くに羽根が散らばっていて、ゾッとする。
「おべげえええええっ!」
ユーリの心の底からの罵倒が、空高く一帯に思い切り響き渡る。救命胴衣も断るし自信満々だったから、最低限大丈夫だろうと信用した此方が馬鹿だったのだ。ルークに常識は通用しない、今回の件でユーリはそれを嫌になる程思い知らされた。
その後慌ててやって来たセネルに救出され、ルークは盛大に叱られた。ウィルとアンジュとジェイドとアニーと……まあ船員の殆どの大人たちに叱られたのは言うまでもない。けれど同時に、飼育係であるユーリもしっかりばっちり怒られ、なんとなく理不尽さを感じずにはいられなかった。 ▲ |
27///天使はいたんだ7 |
「さむい、さむいぃぃぃ〜っ」
がたがたた、とルークは可哀想なくらいに震えている。バンエルティア号は現在、ロニール雪山付近に停泊していた。その煽りを食らって、ある種鉄の要塞であるこの船内の冷え込みは痛いくらい。
「お前、腹出してるから……。長袖着ろ長袖」
ぐりぐり、とルークは頭をユーリの胸元に擦りつけ、寒さからじっとしていられない。ユーリは仕方なく部屋に戻ってベッドに座り、抱きついているルークごとシーツを被せて暖を取った。
翼が生えたせいでルークの背中は全開だ、裁縫のできるルーティに頼んで元の服を改造している。けれどそれ専用にするのも難しいので、結局の所丈を短くして肌を出しっぱなしにしているのだ。それでは寒い気温の時は中々に辛いだろう、それに翼のせいで空間を取ってどうしても隙間が出来る。ぺたりと畳んでも骨格の問題で、どうしても鳥のようにぴったり閉じれないのだ。
「さむい〜、ユーリ寒いんだよぼけええええっ」
ユーリは正面から温めるように抱き締めつつ、背中の震えている翼をチェックする。朝の間にまたどこかでぶつけてきたのか、羽根が所々乱れていた。それを丁寧に整え直し、ついでに余分な羽根を落としていく。その後は羽根を撫でたり背中を擦ってやれば、摩擦熱で少しずつルークの震えは治まっていった。
「もう俺、ここに停泊してる間は部屋から一歩も出ないからな!」
ルークはシーツを両手に持ってユーリの胸元へぎゅーっと力いっぱい抱き着き、亀が甲羅へ引き籠もってしまったような形を取る。ユーリは呆れるが、まあ確かに今のルークではこの寒さは辛いだろう事も想像出来た。
その光景を、傍から見ているフレンは正直戸惑う。怒るべきだろうか、だがルーク様が寒そうなのは確かだし……。うーんうーんと悩む横では、エステルとジュディスがキャッキャッと喜んでいた。
「鳥達が身を寄せ合って暖を取っているみたいで可愛いです!」
フレンの気遣いで毛布を渡したが、どちらにせよ二人抱き合う状態は変わらずむしろぬくぬくとなって強固になったと言う事だけ言っておこう。 ▲ |
28///天使はいたんだ8 |
躾は重要だ、悪い事をしたらすぐに叱る。何故いけない事なのかきちんと教え、どうすればよかったのかと自ら考えさせれる事が出来れば一番良い。感情的に怒ってはいけない、相手は良くも悪くも素直なのだから。
それがぷっつりと切れ、こうなるともう実力行使しか無いという結論に出た。
「やーめーろーふやけるううううっ!!」
ルークはばたばたと暴れるが、翼を捕らえられて身動きは僅かなもの。必死に手足で背後のユーリを振り払おうとするが、悲しいかな届かない。むしろ暴れれば食い付きは強くなり、背中の皮膚にびしりと引き攣りが走る。
翼が生えている肩甲骨の辺りは敏感で、弱点だ。触れられると弱いし、根本を持たれると取れてしまいそうで怖い。なんというか、抜けそうで抜けない歯、みたいなものなのだ。だからルークはこの箇所を滅多な事では人前に晒さないし触れさせない、ライマの人間とクレスとロイド、後はユーリくらいだろうか。
「やめ、やめろばかあああっ! ふやけるから、うぎゃああああああっ!」
背中の翼付け根辺りは、何度も言うが敏感だ。ユーリはルークの翼を両手で押さえ、その付け根部分をあぐあぐと噛んでいる。翼の根本骨に当たる感触がルークに鳥肌を立てさせ、とにかくじっとしていられない。唾液でじゅくじゅく濡れて少し重くなっていく感覚もしっかり感じ取れるくらいなのだ。
「はう、うぅ……。だめ、ゆーりそれやだっ」
ユーリの体当たりな躾の現場を、アンジュはびしょ濡れのまま微妙な気持ちで見ている。周りの人間も同様だろう、ルークの翼に付く水滴の量は見た目以上に多いので犠牲者もそれなりだ。けれどそれ以上に、この目の前の光景にどうしていいのか分からない。
ルークの翼根本をあぐあぐと噛んで躾をしている黒衣の断罪者さんは、一体どこへ向かっているのだろう。恐怖に慄き震えているルークの声は、時々甲高くなってそこだけ聞けば誤解させてしまいそうだ。船員全員が利用するこのエントランスホールで、15歳未満入室禁止指定なんて掛けれる訳も無い。 ▲ |