17〜20

17///嫌われると好きになっちゃうルーク
18///嫌われると好きになっちゃうルーク2
19///八重歯というオプションに萌えてみる
20///いやなはなし




















17///嫌われると好きになっちゃうルーク

*色物注意

 大変だ、あまりの事にルークの息は切れた。全力疾走で廊下を駆け、途中投げつけられた注意も聞こえない。自分に充てがわれている部屋前でキキィとブレーキを、バン! と叩いて扉を開けた。中にはガイが驚いた顔で、手元に何か小さな機械を弄っている。ルークは勢いをそのまま、ダカダカと入ってその機械をぽいとベッドへ捨てた。ああっ!? と悲痛な声を上げるガイの首根っこを掴み、驚愕をそのまま言葉にする。

「ガイ、どうしよう! 俺ユーリにすげー馬鹿にされてすげーきゅんってきたんだけど!!」
「……またか、ルーク」
「またなんだよ、また! 前々からあ、こいつ俺の事すげー馬鹿にしてるなって目で見られてたのは分かってたんだけど、今日マジで言われた!!」
「何て言われたんだ?」
「お坊ちゃまは考える脳をお持ちでないようで。ってさ、ゴミを見るような目で言うんだぜ……。あああ、思い出しただけで痺れるんだけど……!」
「落ち着けルーク、どうどう」
「はーやべー、超きゅんってする。心臓がやばい、ヒールかけてくれ」
「グミで我慢しろって。……お前のその性癖も相変わらずだな」
「ああ、まさかここできゅんきゅんするとは思わなかったぜ」

 ルークは思い出したのか、頬を紅潮させて胸元の服をぎゅうと握りしめる。その頭がだんだん下がって、ベッドへぽふりと倒れこんだ。ガイは呆れを含んでその様子を見るが、ついにはぷるぷると悶え始めている。
 ルークには厄介な性癖がある、嫌われると好きになってしまうのだ。冷たくされたり馬鹿にされたりすると胸がきゅんとしてしまうらしい、けれどマゾじゃないぞとは本人の談。ガイは昔からこの性癖の相談相手になっているが、大概ろくでもない事にしかならない。

 国を離れてアドリビトムで世話になる事になり、ここの人間は基本的に善人が殆ど。だからルークがそう目を引く事など無いだろうとガイは思っていたが、とんだダークホースが居たものだ。ユーリ・ローウェルの評判はそれなり、ただ貴族嫌いなのは聞いたが連れているエステルこそ王族なのだから言う程嫌いではないのだろうと、ガイは予想して放っておいた。
 実際ガイが遅れて合流した時にはルークから特に何も言ってこなかったのだから、ただ会う機会が無かっただけかもしれないが。しかし蓋を開けてみればこれだ、ユーリはルークのスイッチを押してしまったらしい。

「あーやべー、明日どうしようエステルと依頼の約束しちまったよユーリ来るかな? 一緒のPTだったらどうしよう俺普通で居られる自信がないぞ!」
「戦闘危ないんじゃないのか、付いて行ってやろうか?」
「ああ、そうだな頼む。いくらきゅんきゅんしてても迷惑はかけたくねーし。あああでもそんで役立たずだなって言われたらどうしよう嬉しくってリミッツゲージ減らねーよ!」
「落ち着け、もう十分上がってる」

 ルークは両手で顔を覆い、ぶんぶんと頭ごと振り回す。耳たぶまで真っ赤で、ああこれは久しぶりに本気で惚れたか、とガイはユーリに同情した。

「ど、どうしようガイ! 久しぶりだからなんかこう、おおお抑えらんないんだけど!?」
「そうだなぁ、ティア以来か?」
「ああ、ティアは結局全然冷たくなかったから。この感じはどっちかと言うと初対面のジェイドん時くらいだな」
「……あの時は酷かったな」

 ルークが最後に相談してきたのは1年程前の、ティアの護衛が就いた時だ。基本的にティアはナタリア付きだが、ルークを護衛する時もあった。彼女のクールであろうとするスタイルから、ルークはしょっぱなきゅんとしたらしい。調子に乗らないで! と強く言われる度にドキドキして膝を突きそうになったとルークは言うのだから、本物だ。しかしルークが意識して付き合っていく内に、あれは嫌ったり冷たくしている訳では無いと分かってその上態度も軟化したので、いつの間にか消え失せてしまったらしい。
 ルークの悪癖の問題点はここだ。嫌われると好意を持って意識し近付くのだが、相手も同じように好意を持ち出すとその気持ちが失せてしまうらしいのだ。嫌いになる訳では無い、ただ単に恋愛好意が友情好意にシフトするだけ。今ではティアとは程良い距離で、仲間として付き合えている。
 愛されるより愛したい、追いかけられるより追いかけたい。むしろ迫られると萎える、そんな面倒な性癖は困ったものだが、これがルークを助けている事実もあるのがもっと厄介なのだ。
 ルークを嫌っている相手を取り込んで味方にしてしまう、こうやってライマの中で足場を固めるのに一役買っている。特にジェイド、彼は始めルークを心底馬鹿にして見下していたのだが。ガイは思い出して、思い出だけでもうんざりした。語るのも嫌になるくらい色々あって、ジェイドも今ではそれなりにルークを補佐してくれている。
 短所を長所に、と言えば一見良い事のように聞こえるが……。ルークの好意は単純で、好意なのは確かだがあまり恋愛の匂いをさせない。なので相手も恋愛の好きだと辿らせず、仲間や友人付き合いで終着させている。だがそれも今の所の話で、何時刃傷沙汰にならないかガイは心配している。きゅんとくれば老若男女関係無しというのもまた問題だ、惚れっぽいのか冷めやすいのかよくわからない。

 対象からすれば、良い関係を築き上げたと言っていいだろう。だが全てを知っているガイからすれば、ルークの性癖の残骸……そんな暴言が思い浮かんでどうにも微妙な気持ちにさせる。ライマ国内で済ませておけば最低限もみ消せるが、無国籍ギルドのメンバー相手についにやってしまった。
 ユーリは大人なのでそう変な事にならないだろうが、今日からまたルークの相談が毎夜あるかと思うとガイは今から肩が重い。普段やる気なさげにしているのに、好きになったらまっ直線で純粋になる。このギャップが相手を取り込むのだろうと、幼馴染み兼兄貴分としての評価だ。

「はあー、やっべーじっとしてらんない、今から会いに行ったら迷惑かな? 邪魔すんなとか言われちゃう? マジで言われたら俺鼻血出しちゃいそうなんだけど!」
「明日会うんだから我慢しろって、嫌われ……たらお前には好都合なんだよな……」
「もう今じゃアッシュくらいなんだもん、俺を罵倒してくれるのって。スパーダとかチェスターって口悪いだけだし、……イリアはルカにだけだしなー」

 そもそもルークのこの性癖の原因はアッシュで、そのくせアッシュは未だにこの事実を知らない。なので知らずにルークを罵倒して悦らせているのだから、この双子はよく咬み合っているものだ。

「ユーリの皮肉ってなんか切り口斜めなんだよなー、もっとジェイドみたいにバッサリやってくんないかな? でもこれはこれで、じわじわなぶられてる感じがして好きなんだけど」
「ユーリもまさか皮肉を言ってそんな反応が返ってきてるとは思わないだろうなぁ」

 好きになったのだからしょうがない、何度か窘めても結局今まで治らなかった。これはもうルークの一部として付き合う他ないのだ、と兄貴分としては取り敢えずルークの身の無事を祈るだけ。そして同時に生まれる、新たな犠牲者にガイは南無南無と空に拝んだ。





























18///嫌われると好きになっちゃうルーク2

*色物注意

 ルークがユーリを好きになって、もうそろそろ時期だなとガイは考えている。一人部屋で小型機械の修理をしながら、ひーふーみー、と日数を思い出す。あの日を境にルークはユーリの後を付け回して追いかけて纏わり付いて、大体1ヶ月。今までの経験上もうそろそろ関係が変わってくるはずだ。今回は久しぶりで、ライマ以外の人間だという事がルークをより燃え上がらせて行動的にさせている。キラキラした瞳と染まる頬を前面に押し出して、時間があれば何時でも視界の隅に収まっていようと傍に居続けるのだ。直接好きと言わないあたりがより悪どい、もとい上手い事やっている。
 ヘタすれば粘着質ストーカーだ、ルークの顔が良いのが本当に救いなのだから救われない。相手も好意を持ち出すのだから有耶無耶になっている部分で、未だ気持ち悪いから近寄るな、で終わった試しが無いのだから本当にルークはすごい。あれはある意味カリスマと呼んでいいかもしれない、それくらいには幾人もの感情を反転させてきた実績がある。しかしまず最初に嫌われなければならないのだからハードルが高すぎるか。
 そしてルークの恋は大抵、その相手からの好意で終わりを告げる。その期限が大体1ヶ月なのだ、統計的に。ちなみにジェイドの時は流石に3ヶ月かかって、あの時ばかりは本当にそのまま付き合ってしまうのではないかと危惧したが、結局杞憂に終わっている。

「……がーいー……」

 そこへ主がゾンビのような声を上げて部屋に帰ってきた、見るも無残に意気消沈している。この様子は何時ものアレで、やっぱりユーリも例に漏れなかったかとガイは溜息を吐く。ルークはのっそりした足並みで時間をたっぷりかけてベッドまで辿り着き、ばったりと体ごと倒れこんだ。

「どーした、今日はユーリと一緒に依頼に行ってたんだろ」
「うん、まあ……」
「戦闘でヘマでもしたか?」
「殆どユーリがフォローしてくれたから、むしろ暇だった」
「じゃあ昼食で嫌いな物が出て笑われたか」
「キノコが出たけど、ユーリが食ってくれた」
「じゃあ我儘言って困らせたか」
「言ったは言ったんだけど、しょーがねーなーって言いながら結局叶えてくれた……」
「……ルーク」
「ガイ……。これってあれかな、何時ものやつかな」
「何時ものやつだな、完全に」
「やっぱりかよおおおおおおっ!!」

 ルークは頭を抱えてジタバタと、陸で泳ぐなんて器用な事をしている。うわああああ! と悶え叫ぶ、1ヶ月前とは正反対の意味で。

「なんかー、ユーリちょー優しいんだよーすげー笑い返してくれるしー! 依頼に出たら弁当作ってくれてるしー中身俺の好物ばっかりだしーシャレになんないくらい美味いしぃー!」
「語尾を伸ばさない。……それで?」
「俺の武器選びすっげー真剣にしてくれるしー街に二人きりで連れ出してくれるしー1個のアイスを二人で食べさせ合いっこしちゃったしー宿屋とかツインで取っちゃうしいいいいい!!」
「……おいルーク、後ろは無事か」
「でっろでろに甘いんだけど時々強引に手を引く事もあるしいいい!? 昨日押し倒されて好きって言われちゃったしいいいいっ!!」
「もう一度聞くぞ、……尻は無事か」
「嫌いだ屑近寄んなって言ってくれたら好き抱いて! って言うんだけどなああああっ!!」
「ユーリ、可哀想に……」

 どうやってその状況を脱したのか非常に気になったが、恐らく多分、無事なのだろう。しかしユーリ側からすれば想像しただけで可哀想で、ガイは涙を禁じ得ない。自分に対して絶対好きだろうという態度をずっとしてきた相手に告白したら拒否される、前世でどれだけ残虐行為を働けば今世でこれ程の罰を受けるのだろうか。
 そもそもルークのきゅん、というのが恋愛的なのかどうかが怪しいのが問題なのだ。被虐嗜好なのか構われたいのか追いかけたいのか逆境が好きなのか、長年ルークに付き従ってきたガイですらいまいち分からない。恐らく本人もハッキリとは理解していないのだろう、相談時に出る言葉は大体ただの悶え叫びであって、肉体関係を連想させる事は綺麗サッパリ出てこないのだから。
 そうなると可哀想なのは相手だ、これでもし本当にルークを好きになってしまったらどうなるか。今回その長年の謎を、ユーリが体を張って証明してくれたが。ルークに好意を持った時点でルーク側に恋愛的好意は無くなる、お互いの矢印が相対する事は無いのだ。

「……どうしよう、ガイ。俺ってすごい酷い奴? ごめん無理って言った時ユーリすげーヒビ入ってた」
「直球に断ったな、お前……」
「だってまさかキスされて舌まで入れられるとは思わなかったんだもん……。俺ビックリしちゃって、なんかこーとにかく逃げ出したいって、思ってさ……」

 舌まで入れられて、その時点でガイは噴いた。モテる男の秘訣は優しさの中にも強引さらしいが、中々ユーリは忠実にモテ男のようで。ルークはバタ足を止めてシーツに突っ伏し、頭をぐしゃぐしゃに掻いて乱している。その声色がガイの想像以上に弱っていて、これは新しいパターンだと眉を潜めた。

「……その、今までは軽く触れるだけだったから。急にそんな、なんかエロかったし……。心臓が飛び出そうで、どうしたらいいのか分かんなくって」
「おいちょっと待て軽く触れるだけってどういう意味だ今まではって今までそんなチュッチュしてたのか」
「か、軽くだって! 額とか、頬とか……。すげー偶に口にもしてきたけど」
「おい、ユーリ結構手ぇ早いな!」
「だってお前馬鹿だなーとか、言った後にしてくるんだぜ避けらんないだろ!?」
「ルーク、それは単なるデレだ」
「……まあそんな気はしてたんだけどよ、目が全然冷たくないし」

 分かってて受けていたとは、これはどうにも。ちょっとばかり真剣に、今までと違うのかもしれない。ルークの言動も態度も、過去を例に見れば例外しかない。
 ルークの好意を受けて、相手側がそういう意味で愛した事は今回が初めてだ。それにルークは戸惑っているのは分かるが、その戸惑いように拒絶の色が薄い。確かに始めはルークからの好意で始まった事には間違いないのだが……。

「ガイ、どうしよう。ちゃんと言った方がいいかな、俺変態だから無理って」
「正しい言い方だけどその言い方は止めとけ……割れ鍋に綴じ蓋だった時が大変だ」
「ユーリって一匹狼気取ってるけど結構まともで多数派だよな、普通にフェミニストだしよ。そんな奴が俺みたいな性的異常者好きになるとか、ちょっとかわいそすぎねぇ?」
「ルークストップだ、そういう言い方好きじゃないね。俺のご主人様を貶さないでくれるか?」
「ごめん、ありがとガイ。でもさ……」

 今度は急に、うじうじしだしたルークにガイは驚きを隠せない。ルークは自分の性癖を異常とは思いつつも恥じてはいなかった、なのにこんな風に言うとは。
 これはまさか、本当に洒落にならない事態になっているのかもしれない。というかもうなっている。ガイはさっきまでユーリに同情していたのを完全に取り消して、ついにやりがやがったなこの野郎と勝手な怒りを向けた。
 問題児でもルークはライマの未来の王様で、婚約者が居て、男で、ガイにとって大事な幼馴染みで主だ。どう考えても問題しかない相手との恋を素直に祝福するにはちょっとばかり無理がありすぎる。一体どうすればいいんだ、思わぬ形で二人の思考は一致するが、それが二人知る事はなさそうだ。





























19///八重歯というオプションに萌えてみる

*萌え属性的な意味での八重歯
*ちゅーしてます

「近寄るなよ大罪人が! お前自分のしでかした事わかってんのか!」

 話に聞いていたライマ国の王位継承者殿は、初対面で人を大罪人呼ばわりする大変お育ちの宜しい人物らしい。突然イチャモンを付けられたが、それにしてもガルバンゾからの王女誘拐嫌疑が遠いライマまで広がっているとは思わなかった。確かにガルバンゾは大国だが、王女誘拐なんて大事件をそう簡単に国外に持ち出すものだろうか、下手すれば自国騎士団の恥にも繋がりそうなものだが。もしや騎士団達の個人的な恨みで広まった……なんて流石にないか。
 そう考えて黙っていると、無視されたと感じたのか朱毛をぴんと跳ねさせて王位継承者殿はぷんすか怒り始める。カルシウムが足りてないようで、何をそこまでトンガらせているのかユーリにはよく分からない。いっそ元気なもんだ、と感心しながら口は挟まず見ている。
 ふとそこで、大口開けて怒鳴る相手のある点に気付く。それは別に誰にあろうが大して気にするような事ではないのだが、ふとこの人物にあるにはどこかアンバランスなイメージをもたらすなと思ったのだ。

「おい、お前聞いてんのかよ!」
「……犬歯? いや、八重歯か」
「!!」

 歯並びの少し左側、1本の歯が尖って伸びているのだ。口を大きく開けていたのでよく見えた。そうぽつりと口を零せば、相手は目をまん丸く開けて驚き両手で口を塞ぐ。大きく開けた瞳はいきなりイメージが変わって、妙に子供っぽさを前面に押し出した。そして顔が一気に耳まで赤くなる、その反応にユーリの方こそ戸惑う。

「な、なんか文句でも……あんのかよ!」
「いや、なんかイメージないなと思って」
「イメージって……。お、俺は犬じゃねぇからな!」

 両手で抑えているのでもごもごさせているが、噛み付いてくる態度が余計に犬のようだ。むしろ犬じゃない、と言ったせいでユーリには最早そうだとしか見えなくなった。だが別段、犬でもいいのではないか。ユーリには身近にラピードが居るし、そういえばギルドの古参であるカイウスだって犬だ。いや本人にそう言えば怒るだろうから言わないが。
 この目の前の王位継承者殿は、大口開けて吠えるくせに自分の八重歯はあまり良く思っていないのだろうか。

「別に、犬でもいいんじゃないの。狼だって牙生えてるし、格好良いだろ」
「……!」

 そう何の気無しに言えば、相手の目はもっと大きくなった。今度は驚いた後何を思ったのか、じっと強く見つめてくる。それに妙な居心地の悪さを感じて、ユーリはたじろいだ。
 相手は両手をゆっくり下ろして、少しだけ怯えるように聞いてくる。

「……か、格好良い、か?」
「狼、格好良いだろ。それにちょっと珍しくって、レアな感じがして良いと思うけど」
「お、お前……!」

 正直にそう言えば、瞳の翡翠色がやたらとキラキラしている。顔の赤みは引いたが、頬はまだ興奮しているのか残っていた。相手はバンバン! と突然ユーリの肩を叩いてきて、鼻息荒く嬉しそうに喜びだした。

「お前、中々分かってるじゃねーか! そーだよな、牙、格好良いよな!」
「イテ、ちょっ……イテェだろうが!」
「大罪人のわりに話が分かる奴だ、褒めてやる!」
「はあ、そーですか。そりゃどうも」
「俺はルークだ、ルーク・フォン・ファブレ。覚えておくように!」
「へいへい。オレは大罪人なんて名前じゃねーからな」
「お前の名前、何?」
「ユーリだよ、ユーリ・ローウェル」
「ユーリな、覚えたぞ!」

 さっき大罪人、と呼んでくれた事はもうすっかり頭から消え去ったらしい。ルークは嬉しそうににかっと笑い、尖った八重歯を見せている。それがなんだか、下町に居た悪ガキのようで妙に似合っていた。可笑しいな、ついさっきまでは正反対だと思っていたのに。
 ルークは完全に警戒を解いて、剣何使ってるんだ、とかお前強いの、と聞いてくる。よく分からないが懐かれたようで、まあピリピリと毛を逆立てられるよりもいいかもしれない。

*****

「んぐ、……ぅ」

 少しうるさい言葉を吸ってやれば、ルークの肩はすぐに硬直する。背中に回した手で耳たぶに触れればぴくりと小さく跳ね、薄っすら開いて確認すれば真っ赤になった表情が映った。ぎゅっと固く瞼を閉じて、何度交わしても慣れなさそうな反応。それが面白くて、ユーリは毎回突然にキスをする。
 したいな、と思うタイミングは実の所あったりするのだ。それはルークの八重歯がちらりと見えた時。話している時だとか、笑っている時だとか。基本的にはルークが怒って怒鳴っている時が大多数なのだが、そんな事をもしも告げてしまえば、もうルークはユーリの前で口を開かなくなるかもしれない。いやルークの事だから、分かっていても何度でもやってしまいそうではあるが。
 初めてルークの八重歯を見た時は、遊び盛りの子供のようだ、そんな割合健全な方向で可愛く思っていたのだが。好意を持ちつ持たれつ、の関係に発展してからは妙に妖しさを感じさせるのだ。純真無垢な子供にエロティシズムを持たせる歪なアンバランスさ、悪い性癖の一種のように興奮してしまう。

 二人きりの時はその欲望に正直に、唇を吸うと言うよりか八重歯を舐める。本人の口から出る言葉とは正反対に大人しくなってしまった唇をこじ開けて、歯列を舌でなぞり特に八重歯を念入りに。そうするとルークの体はビクビクと殊更激しく反応して、すぐに体の力を抜いてしまう。
 へにゃあとなった背中を抱いて、軽く離れる。すると瞳はぼんやり蕩けて潤み、頬はリンゴのように真っ赤だ。その表情はいたずらな子供だと思わせた影を完全に消して、一気に色艶を増やす。相変わらずギャップが激しくて、まるでルークが二人いるみたいだ。
 ユーリはもう一度キスを落とし、ちう、と舌を吸っては執拗に八重歯部分を舐める。上唇に触れて柔らかい、そこだけふやけてしまいしまいそうだった。ルークはぎゅっと目を閉じてそれに翻弄され、ユーリの肩を震える手で必死に掴んでいる。
 あまり続けるとルークは息が出来ない、程々にしなければと思うが反応が楽しくてつい夢中になってしまう。鼻で息をしろ、と何度も教えているのだが中々実践出来ないようだ。ぷは、と離してやればはぁはぁと息が荒い。開いた口の中、唾液に濡れる八重歯が覗く。どうしてもそれを見ると、もっとしたくなる誘惑が止まらなかった。

「……ーり。お、お前……っ。あんま、……やるなばかっ」
「ん? 何が」
「歯、……舐めるなよっ」
「キスしてるだけだぞ、オレは。ルークが過剰に反応してんだよ」
「う、ううううそつけっ! 絶対絶対狙ってやってる!」
「例え狙ってたとしても、感じてるのはルークだろ? 反応しちまう方が悪いな」
「えうっ!? え、あ……それは」

 図星を突かれて、ルークは真っ赤な顔をもっと真っ赤にする。だからと言って追求を止めてしまう辺りが、ルークらしくてツメが甘い。目をきょろきょろさせて戸惑い、半開きの口から見える八重歯がどうしても注目を奪う。濡れた唇が余計に誘っていて、ユーリは再度そこへと蓋をした。





























20///いやなはなし

ファブレ双子とジェイド
いつもの喧嘩風景と収め方

「大体貴様は何も考えてなさすぎる! こっちがどれだけ尻拭いをしてきたと思ってやがるんだ!」
「何言ってんだよアッシュだって何回場をぶち壊したと思ってんだ、お前短気すぎんだよ!」

 わいわいぎゃあぎゃあ、今日もファブレの双子は絆を深めるのに余念が無い。きっかけがあればどんな些細な事からでも繋げてくる、その連携プレーは見事と言えよう。けれどそのコースは何時でも決まりきっている。始めは政治を絡めた内容でも、応酬を続けていけばどんどん下らなくなっていく。最終的には子供の頃の恨み節を持ちだしてあーだこーだ、これをティアかガイが止めるまでやり続ける。
 まぁ正直どうでもいいんですけどね、とジェイドは思う。けれどこれを毎度毎度、人の前でやらないでもらいたいものです、そう普通に感想を漏らす。
 アドリビトム船内で喧嘩をすれば誰かしら止めに入る。だからかは知らないがこの双子、最近めっきりライマのアッシュの部屋で喧嘩をするのだ。ここで喧嘩は止めるという方向に行かないのだから、相変わらず歪んでいる。
 そして毎日毎日そんな代わり映えのしない至極どうでもいい茶番に付き合う堪忍袋の緒が、ジェイドにはもう無い。元々無いが。邪魔されて片付かない書類が机の上で束になっている、インクが乾いてしまったペンを置いてジェイドは静かに言った。

「毎日毎日飽きもせず、貴方達双子は本当にどうしようもないですね」
「アッシュが悪い! 俺のやることにいちいちイチャモンつけやがって!」
「貴様の品性を欠いた行動に俺がどれだけ迷惑被っていると!」
「もういっそ、もう一人くらい兄弟を増やして間に立ってもらっては? もし貴方達の下にもう一人居たらどうします?」

 突然のジェイドの質問、それは余りに突飛で二人の思考が止まる。けれどそれ自体は前々からそんな事があればいいな、とルークは思っていたので嬉々として答えた。

「勿論べったべたに甘やかして可愛がる! アッシュみたいな可愛くない弟はもうやだ!」
「兄弟なんかこの屑一人だけで充分だ。今でさえ迷惑しているというのにこれ以上面倒はごめんだ!」
「……はぁ? 俺が何時アッシュの世話になったっつーんだよ」
「貴様のような屑に可愛いだなんて思われたくない、想像するだけで吐き気がする」
「お前弟だろうが! もっと兄を敬えっつーの!」
「尊敬出来ない兄なんざ屑で充分だ!」
「お前勉強出来るだろーけどめっちゃ対人受け悪いんだぞ知ってんのか!? この頭でっかち!」
「貴様はヘラヘラと遊んでいるだけだろうが! もっと歴史と政治を学べ!」

 始まった、またこれだ。ジェイドは眼鏡のブリッジを上げてにこやかに笑い、できるだけ穏やかに告げる。

「つまりお二人の良い所を集めて一つにすればいい、という事ですよね。そんな貴方達の為にお二人の遺伝子を掛け合わせて新たな生命を誕生させましたよ、喜んでください。名前は一文字ずつ取って「アール」です。性別は男だとか女だとか、今のご時世どちらでもいいですよね? そんなお二人の意見を尊重して両性具有にしておきましたから!」

 流暢にすらすらと、ノンブレスに高速詠唱で鍛え上げた早口がなんとも聞き取りやすい。一文字漏らさず聞こえたその内容に、ルークとアッシュは呆然と固まる。

「え? ……う、嘘だよな?」
「い、いやまさか、いくらこいつが鬼畜眼鏡でも」
「け、けどジェイドだぞ?」
「……ああ、ジェイドだしな」

 はっきりと嘘で冗談……だよな? と希望を込めて尋ねても、ニコニコと笑うその顔が怖い。目も口もちゃんと笑っている、だからこそ怖い。ジェイドは真剣に笑顔と真顔両方で嘘も冗談も残酷な真実も告げる人間なのだから。

「さて、このアドリビトムの科学者達の協力を仰げばその冗談も冗談で無くす事が出来ますが……。どちらがいいですか?」
「…………お、俺今のままでいいでーす。あっしゅだいすきー」
「……お、俺もだ。すすす素晴らしいく……兄上だと思っている」
「そうですよね、仲が良いのは大変良い事です」
「……ははは、そうだなー」
「ははは、その通りだな……」

 例え嘘でもジェイドの口から出れば本当になってしまうのではないか。そんな得も言えぬ恐ろしさを感じさせる、それがネクロマンサージェイド。二人は冷や汗を垂らして手を取り合い、偽りなき偽りの仲を見せつけた。
 けれどジェイドの攻撃はこれだけでは終わらない、口を開く動作に二人の心臓が跳ね上がる。

「ところで今の冗談、どこまでが冗談だと思います?」
「……え?」
「二人が産まれた時王は大層お喜びになられたのですが、女の子も欲しかったと言っておられましてねぇ。争いの元になる上王妃様のお体の事もあって無理だったのですが……。そこで我が軍部に秘密裏に依頼されまして、王と王妃様の遺伝子を掛け合わせて新たな生命を……」
「もうやめろ! お前が言うとまじでシャレになってないから! まじでまじで!!」
「おおおお俺の兄弟は生涯この屑一人で充分だ!」
「研究室に資料が残っていれば、帰還した後計画の続行を……」
「うおおおおい! 悪かったって謝るからもう止めろ!」
「軍部の資料室よ今すぐ燃えろどさくさに紛れて!」








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