5〜8

5///「ユーリ・ローウェルには秘密がある」の軽いその後
6///もしもALがラブラブラコンだったら
7///焦ルーク
8///お別れYL(シリアスっぽい)




















5///「ユーリ・ローウェルには秘密がある」の軽いその後
 最近、バンエルティア号内で行列が見受けられる。並んでいるのはマオ・リッド・ソフィ・リオン・アーチェetc…、あまり関連性は無いように見受けるこの集団の目的はただ一つ。
 行列の最先端、先頭に居るユーリは口元を引き攣らせて言った。

「オレの後ろに並ぶなっての」
「今日はボク、シフォンケーキが食べたい気分なんだよねー」
「菓子もいいけど肉は出ないのか?」
「お花を集めてアスベルとシェリアにあげるの!」
「パフェだ、いいからパフェを出せ」
「タダでお菓子貰えるんでしょ? まだー?」

 各々勝手な言葉に、ユーリは久方ぶりにイラッとした。わいわいと騒がしい中心を振り切るように走り出して、速攻でその場を後を抜ける。船内はあまり逃げ場所は無い、適当に走れば甲板に出た。ふぅと息と溜息を吐いて足を止める、今日の空は憎らしいほど青い。
 ユーリの秘密がギルドの人間に知れ渡ったのは最近だ、最近と言ってもリネン室でルークに知られたのも同じ頃。あれだけ秘密だと言っておいたのに、時期を見ればどう考えてもルークがバラして回ったとしか考えられない。
 ユーリの足元にぽとぽと画鋲が落ちてきた。再発してから花と菓子しか降っていなかったのに、ついに別の物が降りだすようになっていた。良くない傾向だ、そう思っても自分ではどうにも出来やしない事は嫌になるくらい知っている。
 甲板に画鋲は危険と思い、拾い集めている時だった。街から戻ったルークが、タラップを登って姿を現したのは。

「お、ユーリじゃん!」
「……ルーク」

 ユーリの姿を見つけて、嬉しそうな表情を顔一杯に浮かべている。その笑顔を正面から受けたユーリの前に、べちゃりとバニラアイスが落ちてきた。此方へ勢いをつけて走っていたので、急に止まれないルークの足がアイスでつるりと滑る。

「うあっ!?」
「危ねぇ!」

 手に持っていた画鋲を後ろへ放り投げて、ギリギリその手を掴む。グイッと自分側へ引っ張って、バランスを崩しているルークの腰を抱き停めた。勢いよく腕を引いた事と、腰に回す腕のせいで二人は思わず隙間なく密着して抱きしめ合う状態。
 ぎゅうと触れ合う肌を通して、二人は心臓の鼓動を交換しているようだった。肩越しのルークの息と、強く抱くユーリの熱さ。は、と気付いたのは二人同時。

「わわわわわ、悪い! 助かった!」
「あ、ああ……」
「俺っ、あああああアンジュの所行ってくるからっ」
「お、おう……」
「ま、……また後でな!」
「……また」

 ぴゅう、と赤い顔で逃げるように去る後ろ姿を見つめて、ユーリの横にはボトリとホールケーキが落ちてきた。
 そしてルークと一緒に出ていたアニスとガイが、遅れて甲板に上がって潰れたケーキを哀れんだ。

「……勿体無〜い。せめてシートを敷いてれば食べれたのにぃ」
「器が無いってのは致命的だなぁ」
「っていうかぁ、いい加減自覚すればいいのにね」
「まぁ、ちょっとバレバレすぎるなあれは」
「食べ物を粗末にすると罰が当たるんだから! 素直に周りに誰か待機させて、いっくらでもイチャつけば救世主になれるよ」

 ユーリの秘密をバラして回らなくとも、ルークに会うだけで自ら宣伝するように様々落としているという事実は、今の所まだ当人同士だけが知らない話だった。




























6///もしもALがラブラブラコンだったら
 ジェイドは頭を抱えた、比喩では無い文字通り頭を抱えたのだ。昔からこの王子は自分の予想を遥かに超える事ばかり言うし実行する。それは思考の固まったジェイドを、時に驚かせ時に感心させた。しかしそれと同じくらい、心底嫌にさせるのだ。そろそろ17になっていい加減未来の王として自覚し、自分の立場と世間体というものを教えこまねばならない。本来ならばもっと早い段階でその教育をさせるべきであったが、周りの妨害にあって出来なかったのだ。その妨害の主が父親である国王自身なのだから、質が悪い。
 さて現実逃避もそろそろにして、現実に目を向けなければならない。ジェイドは未だ目の前で大喧嘩している双子を溜息深く見つめた。

「だからなんで部屋が別なんだよ! 一緒でいいじゃん!」
「馬鹿を言え! 結婚前に婚約者と同じ部屋で寝るなど、国の大臣達に知れたら事だろうが!」
「このギルドで誰がチクるってんだよバッカじゃねーの! だからナタリアをあっちの部屋にやって、ティア達と一緒にすりゃいい話だろ!」
「そんな事をしたらあの部屋に男がヴァン一人になるだろうが!!」
「師匠はいいだろ別に! 師匠なんだから!!」
「駄目だ! ナタリアにヴァンの胡散臭さが移ったらどうするんだ!!」
「せ、師匠のどこが胡散臭いんだよ! ちょっとくらいラスボス臭してるのがカッコイイんだろ!」
「どこがちょっとだ! 頭の先から足先まで詰まってるだろうが!!」
「貴方達論点がズレていますよ」

 少しばかりツッコミをいれると、アッシュがギッと睨みながら、ルークが助けを求めるように振り向く。

「ジェイドからも言ってくれよ!」
「お前からも言ってやれ!」
「あーもう、貴方達は本っ当に面倒くさいですね」

 そうそう滅多に自分の心情を吐露しないジェイドが、嘘偽り無く曝け出してやると言わんばかりに言う。何をこれだけ言い争っているのかと、その理由が下らないのだ。

「俺は絶っっ対、アッシュと離れないからなっ! 絶対絶対、アッシュと一緒に寝る!!」
「この馬鹿が! こんな狭いベッドで二人寝たら、寝違えるだろうが! 城じゃないんだぞ!」

 問題はそこでは無い、17の男二人よりにもよって王子が。しかもアッシュとて否定していないではないか、想像するだけで暑苦しい。

「なんでそんなに反対すんだよ! お前、俺と離れてもいいのかよ!」
「……いい加減、弟離れしろこの屑が。そんな事でライマの混乱を収められると思っているのか!」

 お、とジェイドは思い直す。ルークは嫌々と駄々をこねているが、アッシュの方は割合まともな思考だったか。しかしその期待はアッサリと裏切られる。

「お前が王になりその背中を俺は背負う。そうすれば未来永劫共に二人居れるだろう、忘れたのか」
「忘れてない……! けどアッシュ、俺は本当はただずっと一緒に居れればそれだけで良かったんだ!」
「言うな、生まれは選べんものだ。そんな不幸を嘆くより、重なって生まれた幸運に感謝している」
「俺も、お前と双子に生まれてきて良かった……」
「ルーク……」
「アッシュ……」

 同じ顔した男が二人、鏡合わせのように手と手を合わせて互いを見つめ合う。ナルシストも真っ青で、二人下手に見目麗しい分色んな意味で目の毒だ。ジェイドはこの双子と何年も付き合ってきて、何度も見ているこの光景を今日も自分の記憶領域から消して、邪魔せぬよう静かに部屋を出た。




























7///焦ルーク
 さて、どうしよう。ルークは率直に悩んだ、どうすればいいのか。もし困ったのならばまずはガイに尋ねるべきだ、それが駄目ならヴァンに。基本大抵の事はこのツーステップで事足りる、もし案件が特殊で二人では駄目だった時でもまだカードはある。最終手段はジェイドで、それでもどうしても駄目だった時はアッシュだ。因みに最終手段の二人は未だに使った事はない、だがある意味では優先順位は裏返る。しかし今はその時では無い、ルークはぶんぶんと頭を振って振り払った。

 今回だけは誰かになんとか頼む事は出来なさそうだ、しかし自分一人では如何ともし難い。いや、ルークは分かっていた。これはただ自分の心の問題であり、難癖付けて二の足を踏んでいるだけなのだ。

 時は金なり、アニスがそんな事を言っていた気がする。全くそのとおりだ、タイミングが肝心だった。最初の時にえいやとやってしまえれば良かったのに、変なタイミングで気付いてしまった。早くしなければチャンスは無くなってしまうかもしれない、けれど焦れば焦るほど腕が動かなくなる。こんな事ならば気付かなければ良かったかもしれない、しかし自分の記憶は戻らない。ああどうすれば、どうしたらいいんだ! 段々と混乱の中、ルークは訳がわからなくなってきた。頭に血が昇り、汗がじわり浮かぶ。緊張で体は強張るのに、左腕だけは微かに震えた。

 ちらりと隣を見れば、街で購入したと言うスイーツ特集の雑誌を真剣な眼差しで読むユーリ。ベッドに座り、視線はただひたすら写真に釘付けだ。ルークはその横で、同じようにベッドに座っている。部屋は二人きりで、他に誰も居ない。こんな事滅多に無いというのに、滅多に無いユーリは此方を向きもしない。足を組んで左手でページを時折捲り、パラリと室内に音を響かせている。放置されて不貞腐れていたルークだが、此方を向く右腕が無防備に後ろ手を突いているのを発見して、途端に忙しくなった。

 何時も毎回、ユーリは気にした風もなく簡単にやってのける。しかしいざ自分がしてみようと思えば、なんと難しい事か。しかし猶予はもう余り無い、ユーリが捲るページもあと少し。時間が無い、だが躊躇う。
 さて、どうしようか。ルークは率直に悩み続けた。

///ユーリの手を握りたいルーク




























8///お別れYL(シリアスっぽい)
 天気は晴天、憎らしい程に。いっそ嵐が吹いて船から出られなくなれば良かったのに、とはどちらの言葉だったろうか。しかしラザリスの脅威が去り世界に平和が訪れて以来、祝福かと思えるくらい天気は乱れなかった。誰かの祝福が誰かの呪いと思えるとは、これもまた二人どちらとも言えず顔を歪めるしかない。

 タラップを降りて大地に足を着けば、後は馬車に乗るだけ。しかしルークの足は中々進まない、先にライマの皆を待たせていると分かっていても、足が意志に反して動かない。いや、意志に従っているからこそ動かなかった。

「……時間だ。あんまり待たせるとまた怒られるぜ?」
「ああ、……分かってる」

 見送りは一人、昨夜盛大にお別れパーティを船内でやる代わり、この場を譲ってもらった。ユーリは黒髪をはためかせ、同じように風に遊ばれる朱金を撫でるように抑える。こうやってやれるのも、これで最後。ただしみじみと、ユーリは殊更丁寧に撫でた。今までなら大なり小なり文句や手が飛び出していたルークでも、今日ばかりは大人しく受ける。
 二人共、分かっていた。だから何時ものように軽口で皮肉る事もせず、振り払う事もせず。ただ最後のこの場を惜しんだ。一秒を引き伸ばすように。

「変な物食って腹壊すなよ、一人でどっか行ってコケるんじゃねーぞ」
「馬鹿にしてんのか、オメーはよ……。ガキじゃねーぞ俺は」
「……ガキじゃないから、心配してんだろ」
「…………おう」

 髪を梳いた手を、そのまま頭上にやって頭を撫でる。少し体を引き寄せれば二人の距離は詰まった、けれど触れ合わない。二人の声は密やかに、抱き合わなければ聞こえないくらい小さな声で語り合う。

「今日の夜、星を見ろ。雲一つ無いから綺麗に見えるはずだ」
「星を? ……分かった、星を見ればいいんだな」
「ああ。来年の今日も、再来年の今日も見ろよ。オレも見る、この船の甲板から、ガルバンゾの下から同じ物を見るんだ」
「けど、曇ってたらどうすんだよ? 見上げても星が見えなかったら……意味が無いじゃん」
「馬鹿、雲があっても星は出てんだろ。大地からは見えなくても、ちゃんとそこにあるんだ」
「そっか、見えなくても、……ちゃんとそこにあるのか。……分かった、必ず見る。5年後も10年後も、この日の夜は絶対に星を見る」
「忘れてくれるなよ? 一人だけ待ちぼうけとか嫌だぞオレは」
「夜に星見るだけだろ、忘れねーよ。絶対何があっても、忘れるもんか」

 言葉尻は強く、噛み締めるように。ロマンチックな言葉をからかう暇もない、最後に二人視線を絡めた。瞳に浮かぶ感情は静かに強い、ただ覆らない事実だけを知らしめる。それはルークの意志でもあり、ユーリの意志とも。
 ルークは名残惜しげに、だが思うよりかはあっさりとその身を引いた。そして自信たっぷり、とっておきの顔で言う。

「それじゃあな、ユーリ」
「ああ、元気でやれよ。ルーク」

 それに合わせるように、ユーリの表情も。ただ笑っているのか歪んでいるのかは、この場に第三者が居なければ分からない事だった。

 くるり翻して、ルークの足は進んだ。さよならの言葉も、再開を望む言葉も無く。そしてユーリも鮮やかな朱金が見えなくなるまで、その場を離れなかった。







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